2020年2月19日水曜日

太ひげ危機一発(2月度活動報告)


 前回から引き続き,フトヒゲソコエビ類の分類について特集しています.
 ちなみに件の記載論文は無事投稿致しました.現在審査中です.


 突然ですが,フトヒゲクイズです.

 次のうち,どちらが「フトヒゲソコエビ類」でしょうか???







 ちなみに,先月も述べましたが,フトヒゲソコエビ類というグループは分類学的には存在しません.「古き良きフトヒゲソコエビ科」に対応するイメージで用いています.
 かつての「フトヒゲソコエビ類」は,現在の Lysianassidra小目 のうち 3上科(Alicelloidea上科,Aristoidea上科,Lysianassoidea上科)にまたがるものと解釈できます.しかし,小目体系を整備した Lowry and Myers (2017) を読み進めていくと,これら3上科の判別文の辻褄が合わないことがわかります.特に,Aristoidea上科とLysianassoidea上科を分けるだけの材料は,今のところ示されていないと考えられます.

 とはいえ,いきなり32科全体を相手にすると精神が保ちません.今回は都合のいい局面だけ,大枠として上科を活用させてもらいます.



 さて,クイズの答えはわかりましたでしょうか.



 そうです.



 Aはフトヒゲカマキリヨコエビ,Bがフトヒゲソコエビ属です.
 「フトヒゲソコエビ類」 のイメージとして,このように丸っこい姿を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか.




 さて,フトヒゲクイズ第二弾です.
 次のうち「フトヒゲソコエビ類」はどれでしょう?




 今のところ,「フトヒゲソコエビっぽい」状態から科や属まで落とせる文献は,Barnard and Karaman (1991) くらいと思われます.しかし,その後に設立された”フトヒゲソコエビ科”のグループが47属程度あり,逆に当時有効だったのに現在は使用されていない属もそれなりの数あったりして,いちいち変換して検索表を転がしていくのはかなり酷です.また,当然のことながら当時は体制が現在(下目・小目・上科)と異なります.”フトヒゲソコエビ科”をおおまかに5つに分ける方式が採用されていますが,これは現在の体系とはかなり矛盾するため,そのままでは使えません.さらに,伝統的な形式で書かれた検索表は玄人向けに書かれている部分があり,示された形質を理解するのに労力を求め,枝分かれした検索表を何度も右往左往することを前提とするなど,まさにカオスを極めています.



※ちなみにこちらのサイトでは,選択肢を選んでkeyを走らせればヨコエビを同定できるようですが,種数が少なすぎて厳しいです.



 そこで,ある程度フトヒゲ歴のある人だけでなく,ヨコエビを触ったことがある程度のベントス関係者が実際に使用して同定ができる資料としての検索表を作ってみることにしました.
 私は,二又式検索表にあまり良いイメージがありません.
 二又式は研究者が扱いやすい形質から,行き当たりばったりに作っていけば,形になります.しかし,裏を返せば,ある意味利用者本位ではないと思われます.検討しにくい形質が邪魔をして検索表の初期で躓いて挫折したり,標本に欠損部位があったため検索表が走らなかったり,結果に至るルートが一本に絞られるゆえの弊害を感じています.
 そんなわけで,今回もマトリクス様式で作成してみました.



 さて,クイズの答えはわかりましたでしょうか.


 そうです,


 答えは,CとDです.
 このように,フトヒゲソコエビ類は形態がまあまあ多様で,丸っこいのもいれば,細長いのもいます.

 フトヒゲソコエビ類は,都合よく一つの巨大な群として扱われてきた歴史がある一方,いくらなんでも一つの科にするのは無理があると考える人もいました.そういった流れで,1980年代から Lowry と Stoddart のコンビが科を設立しまくっており,この論文のシリーズは今日までで40本以上になっているようです.

 今月は,40年近くかけて細分化されてきた「科単位」での同定を試みます.




同定


 ここから先,「フトヒゲソコエビっぽい」状態からマトリクス検索表を使って科に落とす手段を検討します.

 以下に提供するマトリクス検索表は6個あり,Key 0,I,Ⅱ の3つの大枠を構成します.


Key 0 からスタートして,科(属)に落ち着くまでお付き合いください.


 フトヒゲソコエビ類は,幾つかの形質のパターンの組み合わせで識別されていて,検討すべき部位やバリエーションがわりと限られている反面,どの形質を重視するかによって大枠の分類体系からがらっと変わってしまう危うさがあります.今回は,伝統的な大枠の分類にこだわらず,「より見やすく・少ない要点」で識別することを目指し,使えるものは何でも使いました.
 中には珍しい特徴をもつグループというのがあり,Key 0 や「赤マス」は,先にそういう変わり者を除外することで同定の効率化を狙う仕組みです.





フトヒゲソコエビ類の検索入門

(Key 0:異形のグループ)

  • Key 0 で採り上げた形質は他の科にみられないため,厳密に一致すれば,科が特定される.
  • Key 0 では10科を識別可能.これら以外のグループは Key Ⅰ 以降で扱う.
Key 0:このKeyに合致しない場合→ Key Ⅰ[1] へ進む.



フトヒゲソコエビ類の形態マトリクス検索表

(Key I:科あるいは上科まで)

  • Key 0 のどれにも当てはまらなかった場合,Key Ⅰ [1] へ進む.
  • 最初に,【0】赤いマスの形質と合致するかを確認する.赤いマスの形質は他のグループとほぼ重複しないため,1項目でも当てはまれば,その科である可能性が高い.
  • 赤いマスに当てはまらない場合,他の形質を総合的に見て絞り込む. 
  • それぞれのタテ列ごとに,形質を1つずつ確認して,合致しないものを候補から除外する.タテに見て,選択肢の少ない形質 —例えば「⑦第3尾肢外葉」の列は選択肢が「【1】1節」「【2】2節」の2種類しかない— から先に潰していけば,検討すべき選択肢をなるべく少なくできる.
  • 右からでも左からでも確認しやすい形質から検討を開始してよいが,2つ以上のタテ列を同時に見ると検討すべき情報量が増えて絞り込みに時間がかかるため,必ず一つずつ見ること.
  • グレーのマスは,1つの科(上科)に2つ以上の形質が当てはまることを示す.絞り込みの過程で,グレーのマス内の形質が1つでも他の科と重複する場合,その形質ではグループを識別できないことを示すので,他の形質を優先して検討する.
  • Key Ⅰ [1] に宛てはまらない場合は,[2][3][4] の順に進む.
  • Key Ⅰ [1]~[4] のどれにも当てはまらなかった場合は,Key Ⅱ[1] へ進む. 
  • 「see also~」は,別の検索表の提案である.この表記がある分類群については,提案された検索表も確認することで,より多角的な検討が可能になる. 
Key I [1]:第1触角鞭部第1節の長さが,柄部第2+3節よりも長い.

Key I [2]:第1触角鞭部第1節の長さが,柄部第1+2+3節よりも長い.

Key Ⅰ[3][4]:第1触角柄部の幅あるいは長さが,鞭部を上回る.


 Key Ⅰ[1]~[4]のマトリクス検索表に用いた形質とそのバリエーションは,次の通りです.
①第1触角:[1]~[4]
②大顎:【1】~【5】
③第1咬脚:【0】~【2】,【4】
④第2咬脚:【0】,【2】~【4】
⑤底節板:【0】~【3】
⑥第3尾肢全体:【1】~【3】
⑦第3尾肢外葉 :【1】~【2】



第1触角の形質について


 Key Ⅰ[1]および[2]の形質(第1触角の鞭部第1節が長いこと)については,過去の分類においてほぼ使われてこなかった部分であり,検討の余地が多分にあります.特に,種によって性的二形の影響を受ける可能性があることは,予めお断りしておきます.本来は雌雄の差の変異幅を検証してから採用すべきですが,片方の性別のみで記載された種が相当な数に上っていることに加えて,雌雄における発達あるいは縮退傾向を見いだすことができず,検証には至りませんでした.性的二形により選択肢がブレることが明白なグループについては,迷子にならないよう後から救済できるようにしてあります.
 それでも難航する場合はあるかと思います.例えば,手持ちの標本にマトリクス検索表をあてはめた時,[1]か[2]の特徴に合致しているのにそこから先が進まない,あるいはどちらに含めてよいか分からない場合,[1][2]を両方検討することをおすすめします.また,第1触角鞭部第1節が,柄部の各節の長さを超えないまでも,他の鞭部の各節の長さより明瞭に長い場合は,Key Ⅰ [1] に合致したものと仮定して検討することをおすすめします.



Key Ⅰ②大顎のバリエーション.


Key Ⅰ③第1咬脚,④第2咬脚.


Key Ⅰ⑤底節板;⑥第3尾肢全体;⑦第3尾肢外葉.




フトヒゲソコエビ類の形態マトリクス検索表

(Key Ⅱ:上科→科)

  • Key 0, Ⅰ [1]~[4] のどれにもあてはまらなかった場合は,Key Ⅱ[1] へ進む.
  • Key Ⅰ [1] にて Lysianassoidea上科 となった場合は,Key Ⅱ[1] の「Lysianassoidea」と表記のある行を検討する.
  • Key Ⅰ [1] にて Alicelloidea上科 となった場合,Key Ⅱ [2] へ進む.
  • 基本的な使い方は Key Ⅰと同様.

Key Ⅱ[1]:Lysianassoidea上科 と Aristoidea上科.
Acidostomatidae科において,②第1小顎外葉の剛毛配列に
「【3】modified 7/4 arrangement」という形質が示されているが (Stoddart and Lowry 2012) ,
剛毛の本数は9~12本と幅があり,必ずしも7本/4本の剛毛列とならない.


 Key Ⅱ[1]のマトリクス検索表に用いた形質とそのバリエーションは,次の通りです.

①大顎臼歯部:【1】,【3】,【5】※Key Ⅰと共通
②第1小顎外葉先端剛毛配列:【1】~【3】
③顎脚外葉:【1】~【2】
④顎脚外葉先端歯状剛毛:【1】~【2】
⑤第1咬脚:【1】~【2】※Key Ⅰと共通
⑥第2咬脚:【3】※Key Ⅰと共通
⑦第3尾肢外葉 :【1】~【2】※Key Ⅰと共通




Key Ⅱ[2]:Alicelloidea上科.


 Key Ⅱ[2]のマトリクス検索表に用いた形質とそのバリエーションは,次の通りです.

①第1小顎内葉剛毛配列:【1】~【3】
②第1尾節背面構造:【1】~【3】
③第3尾肢外葉 :【1】~【2】※Key Ⅰと共通





<免責> 
  • これらのマトリクスは,可能性のないものを除外し,短時間でグループを絞り込むことを目的としています.同定に際しては必ず文献をあたって,形質が一致することをご確認願います. 
  • 用語に関して,文献における表現との整合性を重視していますが, 過去の研究で解釈が異なるものや,段階的に変化する形質などについては,必ずしも参考文献の表記と合致しない場合があります.図をご確認ください.
  • 基本的には属および科のdiagnosisを元に作成しており,全種の形態は検討していませんので,漏れがある可能性もあります.
  • 当然のことながら,検索表の配列や使用している形質は,系統関係を反映するものではありません.





<引用文献> 
※今回の記事において直接言及のあった文献のみ.Keyの作成には前回のブログに示した参考文献を使用しました.

— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1991. The families and genera of marine gammaridean Amphipoda (except marine gammaroids). Records of Australian Museum supplment 13, part 1,2, 866p.
Lowry, J. K.;Myers, A. A. 2017. A Phylogeny and Classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265(1): 1–89.
Stoddart, H. E.; Lowry, J. K. 2012. Revision of the lysianassoid genera Acidostoma and Shackletonia (Crustacea: Amphipoda: Acidostomatidae fam. nov.). Zootaxa, 3307: 1–34.