引き続きハッジヨコエビ上科のメンバーを紹介します。諸事情によりだいぶ時間が空いてしまいましたが。
前回:ハッジヨコエビ上科について(I)メリタヨコエビ編(2月度活動報告)
センドウヨコエビ科は広義の「メリタグループ」に扱われることが多く、Ren (2012) では「Melita-Eriopisa Complex」という扱いになっていたりします。
前回述べた通り、センドウヨコエビ科は 2節からなる長大な第3尾肢外葉 をもつことで知られます。実物を見ると、尾肢を含めたそのスレンダーな体形が特徴的に見えます。しかし、実際のところセンドウヨコエビ科のうち2割の属は外葉が1節からなり、逆にメリタヨコエビ科において先端の1節が根元の1節より発達している属は半数にも及ぶことから、注意が必要です。
正確な分類にあたっては、こういった大枠の形質でまず目星をつけた後、他グループとされている中にある「例外」の形質を確認して、裏付けするとよいでしょう。
センドウヨコエビ科の形態マトリクス。 |
21属約80種からなります。このなかの Panamapisa属 は記載されたばかりです。
<名前について>
「センドウヨコエビ」は Eriopisa属 に宛てられた和名ですが (Ishimaru 1994)、煽動なのか、仙道なのか、よくわかりません。長い尾肢を櫂に見立てて「船頭」とした、と推定するヨコエビストが多いようです。なお、中国語では洒落っ気も何もない「毛钩虾」(※钩虾=ヨコエビ)とされています。
Eriopisa属 はもともと「Eriopis」として設立されましたが (Bruzelius 1859)、先取権の問題を解決するために Stebbing (1890) が Eriopisa として記載し直しました。ギリシャ神話に由来すると思われ、アポロンの娘あるいは「アルゴ探検隊の大冒険」でお馴染みの英雄・イアソンの娘に Eriopis という名前を見出すことができます。メリタヨコエビ属 Melita についてもアポロンの娘 Melite と関わりがあるものと思われます。
<グループ分け>
さて、Stock (1980) は、次の特徴に基づいてセンドウヨコエビ類を大きく2つのグループ(①Eriopisa line/②Eriopisella line)に分けています。
- ①第1小顎内葉は幅広い vs. ②第1小顎内葉は幅狭い三角形
- ①第2小顎に斜走剛毛列および非縁部(内側の面)の剛毛を具える vs. ②第2小顎は縁部のみ剛毛列を具える
- ①第1咬脚はtranseverseかつ第2咬脚と形状が異なる vs. ②第1咬脚と第2咬脚は形状が似ており亜はさみ形
ただ、これらの特徴についても、きれいに分かれる属とそうでない属とがあり、厳密な定義として有用ではありません。ハッジヨコエビ界隈にはそういうのが多いですね。
日本からは、とりあえず以下の種が報告されています。
- (和名未提唱)Psammogammarus lobatus Ariyama, 2015 / 大阪 東川河口(砂干潟 石の下)
- マワタリスキマヨコエビ Psammogammarus mawatarii Tomikawa et al., 2010 / 口永良部島(潮溜まり砂底)
- ドロヨコエビ Nippopisella nagatai (Gurjanova, 1965) / 瀬戸内海(水深30-50m);インド
- (和名未提唱)Paraflagitopisa excavate Ariyama, 2015 / 大阪 豊国崎(小石、貝殻の間)
- リュウキュウホソオ Victoriopisa ryukyuensis Morino, 1991 / 沖縄 泡瀬干潟 マングローブ泥底
- シコクホソオヨコエビ Victoriopisa wadai Ariyama, 2015 / 愛媛 加茂川(泥干潟 石の下)
ただし、どうやら不確定な記録や未報告の事例がまだあるようで、全貌の解明は遠そうです。特に、日本とインドという隔たった分布をもつ ドロヨコエビ は、地域によってわりと明確な形態形質の差があるように見受けられ、検証が俟たれます。
世界的に見てセンドウヨコエビ類 はアンキアラインや湧水からも多く報告されているものの、日本ではそういった環境での知見がないため、それに近い場所を探せばまだまだ新種や新記録が出てくるような気がします。
なお、スキマヨコエビ Psammogammarus属 を センドウヨコエビ Eriopisa属 の新参シノニムにすべきとの主張 (van der Ham and Vonk 2003) があったりしますが、コンセンサスは得られていないようです。この論文は純粋な形態分類で、ローラー作戦でフェノグラム解析をかけていますが、前述のように多様な形状を示す小顎の形質を十分考慮していないなど設計上の問題があるように思えます。
なお、WoRMS(2022年7月現在)で独立した属として扱われている Impertiopisa属 については スキマヨコエビ Psammogammarus属 のシノニムとする説があります。Ruffo and Schiecke (1976) の原記載を見ても スキマヨコエビ属 の判別文の範疇に収まるのは間違いなく、こちらはコンセンサスが得られていると言ってよさそうです (Ariyama 2015)。
さきに述べた通り、長大な第3尾肢で特徴づけられている センドウヨコエビ類 の中には第3尾肢副葉先端に第2節を付加しない属も多く、副葉全長が柄部と同長の属すらいます。そのため、科レベルの同定でもポイントを絞らず、様々な形質を俯瞰的に確認する必要があります。強いて挙げるとすれば、第2咬脚の性的二形がないことが、他の近縁のハッジヨコエビ上科との安定した識別点です。ただ、成熟した雌雄を採取しないと同定できないというのは、あまり洗練された分類体系とはいえません。
また、センドウヨコエビ類と下目レベルで異なる Niphargus属 は長い尾肢などの特徴が似ており、過去の文献ではしばしば混乱がみられます(といっても当時は”古き良きヨコエビ科”の時代なので、お隣さん程度の取り違えでしたが)。大きな外形的特徴としては、第5~7胸脚基節が幅広いことによって Niphargus属 と識別することができます。また、Niphargus属 は欧州から中東にかけての地下水域に生息しますが、センドウヨコエビ類はより広い分布を誇り、生息環境には海洋も含まれます。
<参考文献>
— Barnard, J. L.; Barnard, C. M. 1983. Freshwater Amphipoda of the World, I. Evolutionary patterns and II. Handbook and bibliography. Hayfield Associates, Mt. Vernon, Virginia. xix + 830 pp.;50 figs.
— Bruzelius, R. M. 1859. Bidrag till Kännedomen om Skandinaviens Amphipoda Gammaridea. Kongliga Svenska Vetenskaps-Akademiens Handlingar, Ny följd, 3(1), 1–104; 4 pls.
— Gurjanova, E. 1965. К вопрос о системе и родственные отношениях родов Eriopisa, Eriopisella и Niphargus (сем. Gammaridae, Crustacea—Amphipoda). [On the question of systematics and interrelations between the genera Eriopisa, Eriopisella and Niphargus (fam. Gammaridae, Crustacea—Amphipoda)]. Труды Зоологического Института Академии Наук СССР, 35: 216–231; 4 figs.
— Ishimaru S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29–86.
— Ledoyer, M., 1968. Amphipodes Gammariens de quelques biotopes de substrat meuble de la région de Tuléar. Republique Malgache etude systematique et ecologique. Annals of the University of Madagascar (Science, Nature & Math), 6: 249–296.
— Ledoyer, M., 1979. Expédition Rumphius II (1975). Crustacés parasites, commensaux. etc. (Th. Monod et R. Serène. ed.) VI. Crustacés Amphipodes Gammariens. Bulletin of the National Museum of Nature and Science Ser. 4, 7. Sect. A, (1): 137–181.
— Ledoyer, M. 1982. Faune de Madagascar 59 (1): Crustacés Amphipodes Gammariens: Familles des Acanthonotozomatidae à Gammaridae.
— Ortiz, M.; Lalana, R. 1997. Amphipoda. Travaux du Museum. National d'Histoire Naturelle. Grigore Antipa, 38: 29–113.
— Ren X. 2012. Fauna Sinica, Invertebrata Vol. 43. Crustacea: Amphipoda: Gammaridea (II). Science Press, Beijing, 651 pp. (in Chinese with English abstract and descriptions of new species).
— Ruffo, S.; Schiecke, U. E. 1976. Descrizione di Eriopisa gracilis n.sp. (Amphipoda, Gammaridae) delle coste di Malta e ridescrizione di E. coeca (S. Karaman, 1955) (= E. peresi M. Ledoyer, 1968). Bolletino del Museo Civico di Storia Naturale di. Verona, 2: 415–438.
— Ruffo, S.; Vigna Taglianti, A. 1988. Gammaropisa arganoi n. gen. n. sp. from the phreatic waters of southern Anatolia (Crustacea, Amphipoda, Gammaridae s. lato). Bollettino del Museo Civico di Storia Naturale di Verona, 14, 241–253.
— Stebbing, T. R. R. 1890. The right generic names of some Amphipoda. Annals and Magazine of Natural history, 6(5): 192–194.
— Vonk, R. 1988. Psammomelita uncinata n. g., n. sp. (Crustacea, Amphipoda, Melitidae) from infralittoral sand interstices on Curaçao. Stygologia, 4: 166–176 .
— Yerman, M. N. 2009. Melitidae, the Eriopisella group. In: Lowry, J. K.; Myers, A. A. (Eds) 2009. Benthic Amphipoda (Crustacea: Peracarida) of the Great Barrier Reef, Australia. Zootaxa, 2260: 713–717.