博ふぇすに行ってまいりました。
今までありそうでなかったワレカラのトートバッグをはじめ、クジラジラミのブローチなど端脚類グッズは年々充実してきています。
そして端脚類が載った書籍がまた出たそうなので購入しました。
むせきつい屋さん(著) ・ 広瀬雅人(監修) 2025.『海のちいさないきもの図鑑』.西東社,東京.176pp. (以下、むせきつい屋さん,2025)です。
箔押しの装丁が豪華です。本邦海産無脊椎動物学もとうとうここまできました。
むせきつい屋さん(2025)を読む
所謂「子供むけ生物学の本」カテゴリのものと思います。
ただだいぶ内容はしっかりしていて、水生生物の生態区分やウミエラの骨片の類型、軟体動物の系統関係やウミウシの近似種まで、大学の研究室レベルの知見がてんこ盛りされています。それも単なる豆知識というより、それぞれの生き物の有り様を理解するためのアプローチとして、生物学の文脈の中に位置づけられている味わいを感じます。かわいくない参考文献群からも、著者が堅実に研究をされていたことが伺えます。悪く言えば教科書的かもしれませんが、ホホベニモウミウシの盗葉緑体やプラニザ幼生の体色決定などここ数年の間に学会発表されてコンセンサスになりつあるような、教科書の水準を上回るアツアツの話題が惜しげも無く投入されており、それにも関わらず、首尾一貫したポップな絵柄と平易な文体によって「分かり易さ」を諦めている部分がどこにもないのは驚くばかりです。
独立の項としてコケムシが入ってないところから、良好な師弟関係が伺えますね。詳しい裏話はわかりませんが、こういう場面で教え子に寄り添って一肌脱いでくれる恩師というのは本当にありがたいものです。
さて、項が設けられている端脚類は次の通りです。
- カイコウオオソコエビ
- オオタルマワシ
- ワレカラ
カイコウオオソコエビについて、示されている食性が植物に偏ってますが腐肉もかなり貪食するものと考えてよいでしょう (Jamieson and Weston. 2023)。また、体組織に脂質を多く含む理由を飢餓への耐性としていますが、個人的には、恐らくこれと同じくらい重要なのは浮力の確保だと思います。脂質を蓄える深海性ヨコエビにおいて意義は一律でなく、個別の種において意味合いは違うのかもしれませんが。
オオタルマワシの和名の由来はあっさりとしています。和名を提唱した入江 (1960)に示されているような(いないような)理由に、忠実な記述だと思います。エイリアンというニックネームについてもあっさりしていて、世の中の議論はもうこのくらいふわっとした認識でよい気がします。それっぽい理由を捻り出すとたぶんドツボに嵌まります。というか、ネット上には話を作っている人が多くて辟易してしまいます。
このような細部は全体の構成に影響を与えませんが、並べてみると、項ごとに濃度や厚みが違う気がします。特にウミクワガタは情報量こそ定型に収めてありますが、生活環やその特性について厳選して詰め込んだ感じがします。
著者は北里大の卒業生で、主に三陸海岸など浅海のベントスに直に触れてきた来歴の持ち主なので、その時に得た豊富な知識や経験が作品に反映されていると思います。過去に書籍紹介したこの本も、その研究の成果の一つです。むせきつい屋さん(2025)の出版にあたり様々な意向が働いたような気がしますが、生き物との付き合いの長さの違いがムラに繋がっているように見えます。
とはいえ、むせきつい屋さん(2025)は150ページ超フルカラーというハイボリュームをたった一人で、テンションを落とさず、たぶんそれほど時間をかけずに仕上げた、恐るべき書物といえると思います。熊坂長範からウルトラマン、タコ焼きから茶釜狸、ゾエアからオエー鳥まで縦横無尽に描けるイラストレーターでありつつ、生物学研究の最先端を子供むけにサマライズできるのは、控えめに言っても働きすぎです。
個人的に白眉と思ったのは、各生物の体サイズ比較。名前や生態にちなんだり、あるいはひねったり、単にサイズが近いモノを選んだり、心地良く軽妙に題材を選んでいるのが最高ですね。
小学生以上から余裕で理解できる構成です。子供向けとして読んでもよいですが、生物学の知識を得る本として大人も驚きをもって読むことができるのは間違いないです。元々アクセサリーやイラストボードといったグッズを提供するブランドだったこともあり、色使いが絶妙なイラスト本としても楽しめると思います。
<参考文献>
— 入江春彦 1960.In:内田清之助 等(著)『原色動物大圖鑑Ⅳ』.北隆館,東京.
— むせきつい屋さん(著) ・ 広瀬雅人(監修) 2025.『海のちいさないきもの図鑑』.西東社,東京.176pp. ISBN:9784791634453
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