昨年7月に「端脚オフ」を開催して半年以上。
更なるヨコエビのポテンシャルを追究すべく、再び『ガタガール』シリーズの作者である小原ヨシツグ氏とともに、「ハマトビオフ」を企画しました。
九十九里のロケハンと同様、後背草地の感じられる砂浜をターゲットとし、なおかつ今回はなるべく多くの属を得られるよう、礫っぽさと磯っぽさを追加しました。
諸々の事情から着想・企画・実施のスパンが極めて短く、ロケハンもグーグルマップで済ませるというおよそ人様をお招きして良い状況ではなかったのですが、幸いにもお声かけした方々の何人かと日程が合ったので、何とかオフ会0人を回避することができました。
今回は「潮上決戦」と題し、どれだけ多くの種類のハマトビムシを集められるかを競います(すいません今考えました)。
朝、集合したのはこちら。
ツイッターで見かけた時は笑いましたが、こういうふざk・・・粋なことをする鉄道会社もあるのですね。 |
三浦半島の西岸。
港がひしめきあう辺りで、釣り人には人気のスポットのようです。
「横須賀のヨコエビ」 というのも韻を踏んでいてなかなか良さげです(?)。
潮上決戦に挑む勇者たちです |
海藻は打ちあがっているものの、ピョンピョンしている虫はみあたりません。
船をしょっちゅう上げ下げしているのでしょう、砂浜は踏み荒らされてあまり安定した隠れ場所がないのかもしれません。
今日は小潮でしかもほぼ満潮の時間にフィールドに到着したため、漁師さんに訝しがられましたが、にこやかに挨拶を交わした後、一同めいめいに海藻やら石やらをめくります。
砂質はかなり粒が大きく、川砂やら貝殻やら植物片やらが多く不均質でした。
このツヤは・・・ |
ヒメハマトビムシ種群です |
気温は手元の温度計で12℃程度。寒いせいかハマトビがほぼ跳びません。掘った砂に目を凝らすと丸まっていて、簡単に手で採れる状態でした。
今回は人数が多いためあちこち探しながらかなり個体数が集まりました。それでも恐らくまだまだ砂に紛れて隠れていることでしょう。
多様な手法を試すということで、かつて伊豆で使用した最終(採集)兵器「沈黙を抱く湖(エキストラハイパートニック)」の威力をご披露しましょう。
跳ねない・・・
EHT法の利点はあちこちに飛び跳ねて分散するハマトビムシを面で受け止めることですが、何しろハマトビが跳ねないためその真価が発揮されません。
仕方がないので見つけたハマトビを沈めて捕獲します。
高張液の中ではオスのハマトビは脱出できずジタバタしていますが、メスは縁から登っていきます。恐るべし。水深をとらないとEHT法とはいえどもハマトビの生命力には太刀打ちできないということでしょう。
少し進むと、家の土台が朽ちたような場所がありました。
コンクリートの枠に砕石やコンクリート片がガラガラと溜まり、落ち葉と混ざっているような場所です。
磯的環境かつ安定した潮上帯環境ということで、 石をどかしてキタフナムシを物色していると、おやどこかで見たような背中が・・・
ミナミホソハマトビムシ。参加者の間でもデカいと話題に。 |
いつぞやぶりのミナミホソハマトビムシPyatakovestia iwasaiでした。
卒論生当時、さる方に生体を提供していただいたことがありますが、そういえば当時は未記載種だったわけですねこれは(汗)
南三陸にてホソハマトビムシPyatakovestia pyatakoviを捕獲したのは礫浜に打ちあがった海藻下でした。
ホソハマトビムシ属は砂質より石を好み、海藻だけでなく落ち葉のような植物質も利用しているようです。
また、このガラの下は見た感じ有機物の多い泥質となっていて、このグループは海岸林の縁のような場所にも生息できるのかもしれません。
ちなみにこちらがそのホソハマトビムシP. pyatakoviです。
南三陸町産 無印ホソハマトビムシ |
お わ か り い た だ け た だ ろ う か ?
第1尾肢の外肢にトゲがあるのがホソハマトビムシP. pyatakoviで、トゲがなくツルツルしているのがミナミホソハマトビムシP. iwasaiです。
このホソハマゾーンの近くにはヒメハマトビムシ種群も出現していて、連中の環境選好性の幅広さを実感しました。
この後、 2時間半ほどさまよいましたが、なかなか良い砂浜がなく、体力の消耗も激しいので、半ばヤケになってハマトビ以外のヨコエビを探すという暴挙に出たりもしました。
地元の方も浜に出ていたのでハマトビを探しているのかと思ったら違った |
浜から続く岩場。漂着物なし。絶対ハマトビはいない。 |
石を洗って落ちるメリタを小原氏に渡しつつ、潮上決戦がもはやなし崩し的に潮間帯にその舞台を移してしばし経った頃、石からぽとりとヨコエビが落ちました。
モクズヨコエビ科の一種 |
モクズヨコエビ gen. sp. です。
交尾前ガード中のペアを採ることができましたが、一部険しい形質があり、Bousfield & Hendrycks (2002) のキーが進みません。今後の課題とします。
とりあえず今回の採集では、ハマトビムシ上科2科3属3種を数えることができたようです。まずまずの成果と言えるのではないでしょうか(強引)。
寒い中お付き合いいただいた皆様、誠にありがとうございました。
~~~~~
では、持ち帰ったヒメハマトビムシ種群をさっそく同定してみます。このグループにはいろいろ難しいことがあるのですが、今回はそのへんを勘弁して頂き、簡便な咬脚の剛毛を使います。
・・・これjoiやん。
オス:前節下縁に剛毛がある メス:掌縁に剛毛がある |
お わ か り い た だ け た だ ろ う か ?
今回のヒメハマトビムシは、どうやらほとんどがPlatorchestia joiだったようです。オス第2咬脚下縁の剛毛を見たのは初めてです。感動ものです。
ちなみにこちらが三番瀬産のPlatorchestia pacificaですが、
三番瀬産のヒメハマトビムシ属の一種(Platorchestia pacifica) オス第2咬脚前節下縁は剛毛を欠きツルツルしている。 |
ぱっと見ぜんぜん変わらん。
形態分類はもちろん形質のコンビネーションが重要なので、今回検討していない腹肢裏側の剛毛の本数など、他の形質をチェックすれば、もっと分かることはあるかと思います。しかし、ここまで普通に似ているとどうしたらよいものか・・・
あと、恐ろしいことに、1頭だけ、その箇所に剛毛がないオスが採れました。
なんということでしょう・・・
とりあえず然るべきルートに流します(逃走)。
※専門家による精査の結果、「P. joi っぽい P. pacifica」との知見が示されました。
このjoiとpacificaの問題について、密かに妄想していたのは、Inoue (1979) という文献で、当時でいうところのOrchestia platensisに2つの系統があるという主張がされていた件です。もしかしてそれが今世間を騒がせているヒメハマトビムシ種群に解決の糸口となるのでは・・・?という淡い期待を胸に、早速形態を確認してみます。
Inoue (1979)では第7胸節背面の紋を11種類くらいに分類し、それを4タイプとして扱って関係性を見ました。結論として、タイプ1のみが独立し、残りのタイプは相互に変異するということが分かったようです。
このタイプ1というのは、全体的に逆Y字あるいは六の字で、他のタイプではよく目立つ背の真ん中を走る黒い帯が、終端に少しだけある、というようなものなのですが・・・
pacificaがタイプ1じゃね・・・?
今回のハマトビオフで得られたヒメハマトビムシ種群については、第2咬脚前節下縁に毛の無かったオスも含め、20個体近くを観察しましたが、いずれも節の中央を通る筋は上部の黒色斑とつながるか、幅よりは明らかに長く伸びていました。
三番瀬産pacificaでは基本的に単純な褐色の三角形の紋があり、後端から伸びる筋らしきものはほとんどありません。ごく低頻度で、写真中央の個体のような小さな斑が出ます。
もしかするともしかするかもしれません。これは今後も追及していきたいと思います。
そしてもう一つ懸案事項。
それは、EHT法がサンプルに与える影響です。
ほっとくと死んでしまうほど強力な塩分に晒された体組織はどのようになっているのか、形態分類に使用する形質に変化はないか、確認してみることにしました。
まず全体。
この写真では多少ライティングの違いもありますが、 目視でも、EHT法のほうが青みが強くなっています。 |
手で捕まえてラヴ・プリズンしたものと、EHT法で〆めたものを、蒸留水に浮かべてみると、ラヴ・プリズンしたサンプルは脚が広がって少々お行儀が悪い感じがします。一方、EHT法のサンプルは各付属肢の向きが揃っており、背筋も伸びています。脚が揃っているのはもしかしたらチャック付きポリ袋での輸送中に高張液の中でお亡くなりになったことによる効果なのかもしれませんが、背筋が伸びているのは説明がつきません。高張液は筋肉に働きかけているのでしょうか・・・?
何はともあれ、背筋が伸びているのはありがたいです。理想的な体勢をしています。 良い影響があると言ってよいかもしれません。
次に軟質部。
抱卵メスを腹側から観察してみます。
底節鰓,覆卵葉,そして胚に至るまで、特にこれといった異常は見当たりません。
結論として、EHT法はサンプルに対して、外部形態を用いた分類に支障を来す類の影響は及ぼさないものと考えられる、としておきます。
最後に・・・
せっかくたくさんハマトビが採れたので、アレをやってみたいと思います。
魚が焼ける皿の上にヨコエビを載せてレンジでチン。約20秒。 |
やや湿り気が残る程度に温めてみました。
湯気に混じる甲殻系のかほり。
そして、箸でつまんで一匹ずつ味わってみると・・・
味がしない・・・
以前メリタを食べた時にも思いましたが、やはりこれは香りを楽しむもので、味を追究するならかなりの量が必要となるでしょう。胸脚が口に残るのも、人によっては気になるかも。
そして何より、分類学的に知見が不足しているサンプルを食すという後ろめたさ。早く解決してほしいものですjoi/pacifica問題・・・
(参考文献)
- Bousfield, E.L., E.A. Hendrycks 2002. The talitroidean amphipod Family Hyalidae revised, with emphasis on the North Pacific Fauna: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 3(3): 7-134.
- Inoue, K.1979. The significance of variations in dorsal body markings of Orchestia platensis Krφyer (Amphipoda, Talitridae). Proceedings of the Japanese Society of Systematic Zoology, (16): 23-32.
- Miyamoto, H., H. Morino 2004. Taxonomic studies on the Talitridae (Crustacea, Amphipoda) from Taiwan, II. The genus Platorchestia. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 40: 67–96.
- Morino,H. and H. Miyamoto 2015. Redefinition of Paciforchestia Bousfield, 1982 and description of Pyatakovestia gen. nov. (Crustacea, Amphipoda,Talitridae). Bulletin of the National Museum of Natural Sciences, Ser.A 41: 105-121.
- 森野浩・向井宏 2016. 砂浜フィールド図鑑(1)日本のハマトビムシ類. 海の生き物を守る会, 京都市.
補遺
17-Mar.- 2018
専門家の同定結果を追加
0 件のコメント:
コメントを投稿