稀代の本格的なフィールド調査マンガにして今やベントス関係者の必読書と言ってよい『ガタガール』。
和歌山で企画展と関連イベントが開かれるとのことで、出掛けて行きました。
南紀白浜は本州のオーソドックスな生物相を見ることができつつ、明瞭に黒潮の影響を受けており、特に海洋生物では色鮮やかなソフトコーラルを観察することができるなど、南国的な楽しみができる場所として知られているようです。昆虫ではサツマゴキブリやイシガケチョウといった、関東ではまず憧れるばかりの顔触れを見ることができました(近畿においてもオリジナルの分布ではなく、近年北上している昆虫です)。
サツマゴキブリ |
イシガケチョウ |
京都大学瀬戸臨海実験所もここ白浜にあり、およそ100年にわたり様々な海岸生物の生きざまを解き明かしてきました。
昭和天皇行幸の折は現在も残る研究棟に立ち寄られたという、歴史上大きな出来事の舞台にもなっています。
瀬戸臨海実験所の特色として、現在に至るまで一般向けの水族館が併設されていることが挙げられます。今回の展示会場の1つもここです。
もう1つの会場である南方熊楠記念館は、熊楠の功績を称えて半世紀ほど前に建てられたもので、熊楠が記した書類や所蔵していた文献などを展示しています。改築を経てかなりナウくて綺麗な建物になっています。この地に住んでいた熊楠が、すぐ近くに見える神島で昭和天皇を迎えて戦艦長門に移り御進講を行ったとのことですが、そういった歴史の現場を展望台から眺めることもできるロケーションとなっています。
これらの施設は白浜の臨海というエリアにあります。周辺一体は砂岩でできた白っぽく脆い地質で、波で削られて切り立った崖となります。砂浜は狭いものの、砂岩由来の白く細かい砂の帯と人工的に敷かれたと思われる礫の帯が連続しており、たくさんの海藻がそこへ打ち上がります。海岸森は崖の上の台地まで続いており、中に入ると照葉樹やシダ類からなる艶やかな低層植生が眼に飛び込んできて、ガタガール無印2巻 (小原, 2017) を彷彿とさせるこんな看板もありました。
No more ”カニ踏んじまった” |
臨海実験所正面の浜はよく掃除がされておりヨコエビリティは低めです。
一方、実験所の北側、熊楠記念館の裏の浜に下りることができるのですが、漂着物も多く、磯場が広がっていてなかなか良さげです。
あまり潮は良くなかったのですが、ガサガサするとこんな感じ。
Elasmopus イソヨコエビ属 |
Maeridae スンナリヨコエビ科 |
Hyalidae モクズヨコエビ科 |
モクズはあまり多くなく、アゴナガヨコエビ科が優占しておりました。また、小さなテングもいました。怪しげなヒゲナガヨコエビもいましたが、大きな個体を得ることが出来ず。もう少し深場にいるのかもしれません。
さて、白浜水族館の「ガタガール生物展」では、主に無印から特別編にかけて登場した生物の標本や生体が展示してあります。
常設の展示の中にはヨコエビがいます。Elasmopus イソヨコエビ属 とのことです。
amphipod in aquarium (cf. Elasmopus) |
熊楠記念館の「ガタガール原画展」では、複製原画のほかネーム,PC処理前生原稿,設定メモなどが展示され、関連グッズの再現まで行われているという、少し正気の沙汰とは思えない構成です。随所にどこかで読んだような、というか、書いた覚えのある文章が解説パネルとして掲出され、ガタガールのウィキペディアを読んだことがある人なら思わずニヤリとしてしまう工夫がされています。無印1巻表紙 (小原, 2016) のカバー返しに作者近影として掲載されていたニホンドロソコエビの生原画も展示されています。フィールドと文献の両方に造詣が深く、あくまで実物を示すことに強いこだわりを持っていたという熊楠のマインドがここにあるようです()。
初日はギャラリートークでしたがネットに載せられない話も多いはずなので割愛します。
その夜、かねてより画策していた灯火採集を敢行しました。
ターゲットは最近何かと話題のヒメハマトビムシです。
まず日暮れと同時に行動開始。バットに水を張り、適当な光源を当てます。今回は、LEDに加えて、白熱電球,紫外線ランプ,ケミカルライト(サイリューム)を用意しました。
開始20分程度はまだ日も高くハマトビの気配はありません。
風も強くあまり気温が高くない感じです。不安が募ります。
コツは、いろいろな場所にとりあえず置いてみて採れるところを探す、という感じのようです。
開始30分ほどで、捕獲の傾向が見えてきました。
今回はほとんど基質を攪乱しない状態でライトによる誘引のみですが、普段の昼間の採集でハマトビリティが高いと見定めてひっくり返すような、良い感じの漂着物の真ん中に置いたバットでの捕獲が目立ちます。やはりか、といった感じです。
今回は小原ヨシツグ氏のほか有志数名が集っていまして、空振りするわけにはいかなかったので、一安心しました。
爆釣ポイントに、持ってきて頂いたダイビング用ライトでバットを照すと、付近の地面を覆い尽くすような大量のプリティー生物がピョンピョンしており、面白いようにバットの中に溜まっていきます。強光を浴びてパニックになっているようにも見えます。
ここで少し実験をしてみます。
バットにより捕集効率がバラついています。試しに高輝度のLEDを他のバットにも向けてみると、そこに多く集まるようになります。
ハマトビムシにLEDの光はよく見えており、かつ誘引源として用いる場合に有効であると考えて良さそうです。
次に、ハマトビが泳ぐバットの中に異なる2種類の光を入れてみます。
面白いことに、紫外線ランプとLEDを並べてバットの一角を照すと、紫外線のほうに多く集まります。位置を交換しても同様でした。白熱電球と比べても、LEDより白熱電球のほうが集まりやすいような感じでした。
すなわち、ハマトビムシを灯火採集する場合、紫外線を含む光源を用いたほうが効率的である可能性が考えられます。
Platorchestia ヒメハマトビムシ属 |
誘引された個体をざっと確認しましたが、2mm程度の微小な個体がとても多く、成熟個体の特にオスについてはかなりレアでした。これは、同じ場所で昼間に漂着物をひっくり返すという従来の方法によって得られる個体群の構成と大差はない印象です。
種同定のためにある程度成熟したオスを採取したいところですが、つまりはたくさんの個体を採ってその中から拾うことになります。
これだけ大量の個体を得るにはかなりの量の漂着物をひっくり返す必要があり、またバットに普通の海水を張るだけではすぐ逸散してしまいます。光を当てるだけで向こうから寄ってきて、しかも留まってくれるというなら、こんなに楽なことはありません。
ハマトビ採取において灯火採集はアリということが確認されました。
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遠征2日目、白浜最大の干潟である内之浦にて干潟観察会です。
内之浦はもともと田辺湾南岸の入り込んだ海岸線だったところを、大人の事情で堤を築き、水路でのみ海とつながる内海化した場所とのことです。成り立ちは東京湾で言うところの谷津干潟とか新浜湖を彷彿とさせます。
周回徒歩15分程度の泥干潟です。電柱の上でイソヒヨドリが鳴き、干潟面ではアオサギやシギsp.が餌を探していて、なぜかテングチョウも泥の上にいます。まわりをウメエダシャクが乱舞しこれもどことなく谷津干潟っぽいです。
そんな小さな干潟ですが、公園として整備されており、駐車場もあり、自販機があり、水道やトイレも充実しております。コンビニやバス停まで徒歩5分。観察にはかなり有利です。
パッと見の印象は海藻が少ないということ… つまり谷津や新浜よりだいぶ海の影響が少ないと思われます。
さっそくドロソコを探しますが、驚くほど採れません。
卒論を始めた頃、初めての採集で江戸川のヨシ原にうずくまって延々と泥を濾していたことを思い出します。
しかし不肖この私も無為に干潟に埋まってきたわけではありません。心の中のヨコエビが囁くままに、今度は澪筋に入って牡蛎殻をガサります。
澪筋の底は黒く無酸素分解されている感があります。牡蛎殻も泥に埋もれていた部分が真っ黒で、陸由来の落葉が主な有機物の供給源となっているようです。コケゴカイとミズヒキゴカイが多い感じです。
ドロソコおった。
橋をくぐって上流に行ったところで、なんとかオスを見つけました。
Grandidierellaドロソコエビ属 |
和歌山と言えばAriyama (1996) で記述された多くのドロソコ標本の産地ですが、どうやら内之浦にいるのはニホンドロソコエビのようです。
白浜はとても良い土地だったのですが、いかんせん関東からは遠く、あまりガタガールファンを集められなかった印象があります。地元でこのマンガの知名度はかなり低いと思われ、こじんまりとしたイベントでした。
とはいえ、マイナーながらも作り手のこだわりが詰められた展示の数々、今月いっぱいまでとは実に勿体ない。会期いっぱい、より多くの人の目に触れてほしいと願います。
帰り、白浜駅を利用しました。
水族館の出前展示があり、なかなか癒されました。
Kuroshio Sirara (mascot charactor of Shirahama St.) |
実はこのたびの遠征にて、瀬戸臨海実験所に籍を置かれている大和茂之先生とお会いすることができました。日本のメリタヨコエビ研究に先鞭をつけられた先生で、ヨコエビストの間で知らない人はいません。白浜の地理や歴史の概要を教えて頂き、本稿にも採り入れさせて頂きました。ヨコエビトークに花が咲き、とても楽しい時間を過ごしたのですが、コーヒーをMelittaのドリッパーで淹れるかどうかだけは聞きそびれてしまいました。この話はまたの機会に積み残しです。
(参考文献)
- Ariyama, A. 1996. Four Species of the Genus Grandidierella (Crustacea: Amphipoda: Aoridae) from Osaka Bay and the Northern Part of the Kii Channel, Central Japan. Publications of The Seto Marine Biological Laboratory, 37(1/2): 167-191.
- 小原ヨシツグ 2016. 『ガタガール①』. 講談社. 174p. (in Japanese)
- 小原ヨシツグ 2017. 『ガタガール②』. 講談社. 229p. (in Japanese)
(web)
- 白浜水族館特別企画展「ガタガール生物展」(3/3-5/30まで)
- 3月3日(土)ガタガール原画展がオープン!(南方熊楠記念館)
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