2021年5月31日月曜日

ドロクダムシについて(5月度活動報告)


 ヨコエビ類の中に、ドロクダムシというグループがあります。
 ヨコエビといえば、身体の下側に底節板が張り出し、身体が横向きになりやすいイメージが強いかと思いますが、ドロクダムシにその気配はありません。

 日本の沿岸で見られるドロクダムシの身体は細長く筒状をしていて、真っすぐに歩いたり泳いだりします。中には底節板が深めのものもいますが、世界的にもその多くが砂泥底にトンネルを掘って暮らしているようです。過半数が明らかな懸濁物食者で、咬脚に密生した長剛毛を使って水中の粒子を濾し取って食べているようです。


 そういった性質をもつドロクダムシですが、沿岸性ヨコエビの中でも特に同定がめんどくさいグループと思われます。

 ドロクダムシの分類を難しくしている要因として、文献が乏しいことに加えて、Bousfield and Hoover (1997) などで用いられている形質を理解しにくいことが挙げられます。

 属の検索表における形態記述は難解で、思うように key が走りません。また、4桁程度のサンプルを見るとわかってきますが、種の識別に有効とされる形質の一部に個体変異があり、形態だけで確証を得るのは困難です。過去には、別種とされた2つのタイプが、累代飼育を経て同種だったと判明した事例があります (Chapman 2007)。ただ、全て諦めて科止まりにしておくのも少し勿体ないグループではあります。


 そんなわけで、ドロクダムシの分類について、知見を整理してみたいと思います。



世界のドロクダムシ科リスト

List of World Corophiidae

 体系はWoRMSに基づく。和名は Ishimaru (1994) に基づき、過去に提唱されていないものの順当と思われるものは括弧内に示した。

 また、Eocorophium属 には2017年に E. longiconum という種が記載されたが、WoRMSには反映されていない。採用しない理由が特に見当たらないため、本リストにはこの種を加え Eocorophium属 を2種とした。


ドロクダムシ亜科 Corophiinae Leach, 1814
 ドロクダムシ族 Corophiini Leach, 1814

  • Americorophium Bousfield and Hoover, 1997 [9種]
  • Apocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [5種]
  • Chelicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [12種]
  • Corophium Latreille, 1806 [11種]
  • (トゲドロクダムシ属)Crassicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [3種]
  • (タイガードロクダムシ属)Eocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [2種]
  • Hirayamaia Bousfield and Hoover, 1997 [3種]
  • Laticorophium Bousfield and Hoover, 1997 [2種]
  • (ウチワドロクダムシ属)Lobatocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [1種]
  • Medicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [7種]
  • Microcorophium Bousfield and Hoover, 1997 [1種]
  • Monocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [11種]
  • Sinocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [13種]

 Haplocheirini Myers and Lowry, 2003(族)
  • Anonychocheirus Moore and Myers, 1983 [1種]
  • Haplocheira Haswell, 1879 [4種]
  • Kuphocheira K. H. Barnard, 1931 [2種]
  • Leptocheirus Zaddach, 1844 [15種]

 Paracorophiini Myers and Lowry, 2003(族)
  • Paracorophium Stebbing, 1899 [8種]
  • Stenocorophium G. Karaman, 1979 [1種]

Protomedeiinae Myers and Lowry, 2003(亜科)
  • Cheirimedeia J. L. Barnard, 1962 [8種]
  • Cheiriphotis Walker, 1904 [17種]
  • Goesia Boeck, 1871 [2種]
  • オオアシソコエビ属 Pareurystheus Tzvetkova, 1977 [8種]
  • Plumiliophotis Myers, 2009 [1種]
  • キヌタソコエビ属 Protomedeia Krøyer, 1842 [13種]

 

ユンボソコエビ科は、第2咬脚がバスケット状でなく且つオスの第1咬脚が発達することで、ドロクダムシ科から識別するそうです。
 

 

 このように、ドロクダムシ科は 2亜科 3族 24属 160種 から構成されます。実はさほど大きなグループではありません。

 現状は、ドロクダムシ上科がドロクダムシ科ヒゲナガヨコエビ科を内包しています。ドロクダムシ科とヒゲナガヨコエビ科は、第3尾肢の剛毛により識別されます。また、その他の近縁の科(カマキリヨコエビ科等)とは、第1触角第3節の長さによって識別可能です(上図)。


 

 ドロクダムシ科には2亜科が含まれます。これら2亜科は、咬脚の剛毛配列によって識別されます。ドロクダムシ亜科は微粒子を濾し取る形状となっていますが、Protomedeiinae亜科 はそうではありません(ドロクダムシ亜科の第2咬脚の形状については直近ではこの記事に透過光写真を載せています)

 代表的な文献 Bousfield and Hoover (1997) では、ドロクダムシ科は ドロクダムシ亜科 に加えて ヤドカリモドキ亜科 Siphoecetinae(ハイハイドロクダムシ,スナクダヤドムシが含まれる)が含まれることになっていました。その後、Myers and Lowry (2003) の大改造を経て、今日ではヤドカリモドキ類は カマキリヨコエビ科 Ischyroceridae に含められています。その根拠の一つは、前述の触角の節の長さということになってます。

 かつてドロクダムシ上科には相当な数の科が含まれていて、伝統的にカマキリヨコエビ科やドロノミ科などもその仲間とされていました。現在この「伝統的なドロクダムシ上科」は概ね下目に格上げされています。このように、ドロクダムシの仲間の分類階級は時代によって変遷を重ねており、亜目として扱われたこともあります (Barnard and Karaman 1983)




ドロクダムシ亜科ドロクダムシ族の同定

 ドロクダムシ亜科の約半数はドロクダムシ族(≒ ”古き良きCorophium属” )に含まれます。ドロクダムシを征服するにはこの ”古き良きCorophium属” を押さえることが重要です。

 ドロクダムシ族と他の2族とは、以下のような形質で識別できます。なお、Myers and Lowry (2003) は Haplocheirini族 の判別文に ”第1,2尾肢の副葉に棘状剛毛列を密生する” と記していますが、ドロクダムシ族の第1,2尾肢副葉にも棘状剛毛の列や束がみられ、Myers and Lowry (2003) からはその密度を評価する基準が読み取れなかったため、今回は採用しませんでした。


 

 

 

 さて、ドロクダムシ族に含まれる13属は、今のところ Bousfield and Hoover (1997) で同定できます。しかしながら、前述の通りこの論文は至るところに理解が難しい部分があり、そもそも手元の標本が未記載の可能性すらあるという「ヨコエビあるある」も相まって、思ったような結果が得られない場面が多いように思われます。

 そこで、Bousfield and Hoover (1997) で用いられている形質のうち、使いやすいものだけを選んでマトリクス検索表を作成しました。

 

参考文献:Bousfield and Hoover 1997 .
これを使えば7形質だけで13属を識別できる(はず)。

 「第3腹側板が鋭く尖る」と「第2尾肢が第1尾肢より長い」という形質は、それぞれ単一の属にしかないことが分かります。これら2つの形質を確認すれば、まず2属が確定します

 

 なお、日本の沿岸では以下の種が報告されています。

  1. Crassicorophium属:トゲドロクダムシ C. crassicorne
  2. Eocorophium属:タイガードロクダムシ E. kitamorii
  3. Lobatocorohpium属:ウチワドロクダムシ L. lobatum
  4. Monocorophium属:アリアケドロクダムシ M. acherusicum,トンガリドロクダムシ M. insidiosum,ウエノドロクダムシ M. uenoi
  5. Sinocorophium属: ニホンドロクダムシ S. japonium,トミオカドロクダムシ S. lamellatum,タイリクドロクダムシ S. sinensis

  Ishimaru (1994) にはあと4種ほど挙げられていますが、それぞれ要点となる文献が手元になく、記録の妥当性を検証できませんでした。いずれ確認したいと思います。日本産生物種数のHPでドロクダムシ科が13種になっているのも、恐らくこれら4種を加算しているためかと思われます。


 私の知る限り、磯とか干潟でドロクダる場合、個体数では Monocorophium属 が圧倒的に多い気がしますので、まずは Monocorophium属 と関係がありそうな形質を確認していくと検索が早いかもしれません(ちなみに、三浦2008の「二ホンドロクダムシ」の写真は、Monocorophium属 のように見えます)。ただ、まだ報告されていないやつもいるでしょうから、決めつけてはいけません。

 ドロクダムシ類は太平洋で20年以上まともにレビューされていませんから、調べれば調べるほど発見があるグループかもしれません。また、日本固有属が1つ、香港固有属が2つもあることから、太平洋北西部は世界的に見てもドロクダムシ族の多様性が高いのではとも思います。




Haplocheirini族の同定

 Anonychocheirus属,Haplocheira属,Kuphocheira属,Leptocheirus属 の4属からなります。 主に大西洋や亜南極に分布します。かつてユンボソコエビ科に含められていました。せっかくなので形態マトリクスを作成しました。

 
参考文献:Moore and Myers 1983; Barnard and Karaman 1991.

 


Paracorophiini族の同定

 Paracorophium属は第2咬脚がはさみ形となり、Stenocorophium属は第7胸脚が巨大に発達するため識別は容易です。これら2属は南太平洋に分布します。

 

 

 

Protomedeiinae亜科の同定

  6属が含まれます。第3尾肢の形状が非常に重要ですが、逆にそこだけ見ればわりと落ちます。 また、第2咬脚の剛毛の様子や節の長さの比も同定形質に用いられますが、検索表を単純化するために省略しました。

 

参考文献:Barnard and Karaman 1991, Myers 2009.

 

 これらのメンバーは、伝統的にイシクヨコエビ科に含められていました。

 オオアシソコエビ属 Pareurystheus は、本邦からケナガオオアシソコエビ P. amakusaensis が知られます。

 キヌタソコエビ属 Protomedeia は、本邦からはミナミキヌタソコエビ P. crudoliops が知られます。属名はギリシャ神話に同名のネレイデス「Πρωτομέδεια」が登場することから、神話由来と思われます。和名の「キヌタ」は、第2咬脚の形状が木槌状であることから「砧」を連想したものでしょう。たぶん。

 

  以上、現在のドロクダムシ界隈の概況をご案内しました。ドロクダムシ類の中核はドロクダムシ族にあり、その理解には20幾年前の論文が今なお非常に重要です。私が卒研をしていた頃「Amphipacifica」はマイナーで入手困難なジャーナルでしたが、近年は BHL の躍進で非常に入手ハードルが下がりました。皆様にはぜひ Bousfield and Hoover (1997) をDLしていただき、存分にドロクダって頂ければと思います。

 前述の通り、ヤドカリモドキ類など過去にドロクダムシと姉妹群となっていたグループについては、現在は移動しているため説明を割愛しています。このあたりはまた別の機会に。

 

 


<参考文献>
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1983. Australia as a major evolutionary centre for Amphipoda (Crustecea). Australian Museum Memoir, 18: 45–61.
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1991. The families and genera of marine gammaridean Amphipoda (except marine gammaroids). Records of Australian Museum supplment 13, part 1,2, 866p.
Bousfield, E. L.; Hoover, P. W. 1997. The amphipod superfamily Corophioidea on the Pacific coast of North America; 5. Family Corophiidae: Corophiinae, newsubfamilly: systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 2(3): 67–139.
Chapman, J. W. 2007. Gammaridea. In: Carlton, J. T. (ed.) The Light and Smith manual intertidal invertebrates from Central California to Oregon. Fourth Edition, University California Press, 545–618 pp.
Heo, J.-H.; Kim, Y.-H. 2017. A new species of The genus Eocorophium (Amphipoda, Corophiidae) from Korea. Crustaceana, 90(1112): 14051414. 
Ishimaru, S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29–86.
— 三浦知之 2008. 小型甲殻類.In: 三浦知之 2008. 『干潟の生き物図鑑』.南方新社,鹿児島.109–119 pp.
Moore, P. G.; Myers, A. A. 1983. A revision of the Haplocheira group of genera (Amphipoda: Aoridae). Zoological Journal of the Linnean Society, 79: 179–221. With 31 figures
— Myers, A. A. 2009. Corophiidae. In: Lowry, J. K.; Myers, A. A. (Eds.) 2009. Benthic Amphipoda (Crustacea: Peracarida) of the Great Barrier Reef, Australia. Zootaxa, 2260: 1–930.
Myers, A. A.; Lowry, J. K. 2003. A phylogeny and a new classification of the Corophiidea Leach, 1814 (Amphipoda). Journal of Crustacean Biology, 23(2): 443–485.



<参考Web>
— WoRMS(2021年1月)