2020年4月4日土曜日

岡山県産ヨコエビに新和名を提唱してみた(4月度活動報告)


 岡山に通ってヨコエビを集めた話は既に述べました(Once Upon a Time in Okayama 1, 2, 3, 4).7回の調査で360頭あまりのヨコエビを得て,種を同定するに至りました.ほかに上位分類群で止めているものがあります.また,確実に未記載種というものも含まれています.

 フィールドワークに加えて,県立図書館で文献も漁ったりしてたのですが,こうして得られた調査結果が,2020年3月31日から岡山県のHPで公開されています.

 2019年3月末の時点で端脚目は 1120種(群)だったのですが,採集調査によって23種(群),文献調査によって21種を追加し,3倍以上の 2764(群)まで育てました.これはさすがに自慢してもよいと思いますので,ここで少し威張ります.えっへん.


 さて,和名未提唱の分類群が幾つかあったので,和名を提唱させて頂きました.せっかくなのでその説明をします.




コウライヒゲナガ Pleonexes koreana (Kim and Kim, 1988)

 


 和名は種小名からとりました.「チョウセン」とすると別の意味合いで名付けられた和名(チョウセンカマキリ,チョウセンハマグリ等)と混同されると考えました.また,「高麗」という語感が,Ampithoe 属の中で装飾的な部類に入る本種に合っているように思いました.
 県への報告では Ampithoe 属として出しましたが,実は Peart and Ahyong (2016) で Pleonexes 属に属位変更されてます.
 しかしながら,Peart and Ahyong (2016) には不審な記述が散見されます.例えば,尾節板の突起について,keyで「大きく湾曲する」となっている一方,diagnosisでは「小さい」と書かれています(この形質は Pleonexes 属 最大の特徴とも言えるもので,長らく Ampithoe 属 との識別形質の一つでしたが).なお,P. koreana の記載および今回得られた標本において,尾節板に特に変わったところは見受けられず,Ampithoe 属の特徴とよく一致します.

3種の尾節板(いずれも過去の文献に示された図を元に作成).

 また,第5~7胸脚について,Peart and Ahyong (2016) に掲載された Pleonexes 属 の diagnosis では「把握できる形状」となっています.この形質は Sars (1895) に示された Pleonexes gammaroides の図と合致するものの,P. koreana の記載論文(および今回得られた標本)とは矛盾します.

3種の第7胸脚(いずれも過去の文献に示された図を元に作成).


 このように,Peart and Ahyong (2016) には不可解な点が多いので,コウライヒゲナガを Pleonexes 属 として扱うのは不適切だと(個人的には)思っています(※1).


 さて,本種の最大の特徴は太く立派な咬脚や触角です.成熟したオスであれば,この特徴的な第2咬脚を見れば現場でも容易に同定ができます.
 しかし, この形質で確信がもてない場合,実はフサゲヒゲナガ A. zachsi A. shimizuensis など,触角に毛の多い近似種との識別は容易ではありません.記載論文に示された識別形質は結構頼りないのです.

せっかくなのでまとめました.




ヨツデヒゲナガ Ampithoe tarasovi Bulycheva, 1952

 


 和名は,オスの第1と第2咬脚がともに大きく発達することに由来します.元気な個体を観察すると,4本の咬脚を盛んに動かす様子などが見られます.写真の個体はオスですが,咬脚があまり発達していないので,「四つ手」感は薄いかもしれません.ぜひフィールドで探してみてください(国内のまとまった記録は見つけることができませんでしたが,瀬戸内以東には分布していると考えてよいと思います)
 本種の形質は,モズミヨコエビ A. valida と ニッポンモバヨコエビ A. lacertosa のまさに中間と言えます.咬脚だけを見ても,モズミヨコエビのトレードマークとも言える櫛状構造を具えた台形状突起(オス第2咬脚掌縁)をもちながら,掌縁全体が斜走するというニッポンモバヨコエビの特徴も兼ね備えています.そんなこんなで,近似種との識別点としては,以下のポイントを押さえておけば間違いはないかと思います.

底節板縁部の剛毛は重要な識別形質です.

 印象としては全体的にやや細身で,体色は濃淡のある赤褐色の個体が多いようです.Shin et al. (2010) は逆パンダのような体色を特徴として挙げており,本邦でもこのように白い襟巻あるいは襷を締めた個体がしばしば発見されるようです.一般論としてヨコエビの同定において体色はあてになりませんが,ユンボソコエビ科では体表の色素斑がある程度種の特徴を表すという事例もあり,襷の有無は気になります.個人的には,成長段階や地域個体群の差,あるいは隠蔽種(岡山や市川の個体群は真の A. tarasovi ではない未記載種)の可能性も検討したほうがよいと考えています.今のところ,Shin et al. (2010) に挙げられた形質と特に矛盾しなかったので,本種と同定しています.
 ちなみに最近,脱皮殻から成長を推定する研究が発表されました (首藤・吉田 2019).




タカラソコエビ科 Tryphosidae Lowry and Stoddart, 1997

 


 実は今のところ自力で採集したことのないグループです.写真や線画は見たことがあります.例のプロジェクトで探したのもこのグループです.
  和名の由来は,志賀島で耳にした「タカラムシ」という方言です.正確にナイカイツノフトソコエビを示すものとは断定できませんが,ギリシャ語の”Tryphosa”を「優雅」「かけがえのないもの」といった意味をもつ言葉として女の子の名前に推す英語のサイトを見つけたので,「タカラ」は原語の意味にも近いと考えて決めました.元々 Tryphosa はギリシャ神話に登場する王女の姉妹(の姉)に由来するようです.こういった例は多く,Ampithoe(ヒゲナガヨコエビ)や Dexamine(エンマヨコエビ),Lysianassa(フトヒゲソコエビ),Melita(メリタヨコエビ)などもギリシャ神話のネレイデスに同じ名前があります.
 タカラソコエビ科は42もの属を含むフトヒゲソコエビ類最大のグループで,分類も難しいです.科の概要や,他のフトヒゲソコエビ類との識別については過去のブログ(俺たち太ひげ海賊団太ひげ危機一発)をご参照ください.

他のフトヒゲソコエビ類との主な識別点です.


 今年も岡山に行きたいと考えていましたが,時世が許してはくれなさそうです.今度は新たな島なども開拓したいと思っています.



※1
 Peart and Ahyong (2016) は77形質を検討し,ヒゲナガヨコエビ科分類体系の再構築を試みています.その中で,過去に Ampithoe 属 の新参シノニムとして消されたこともあった Pleonexes 属を,有効な分類群と認めました.しかし, Pleonexes 属のタイプ種として P. gammaroides Spence Bate, 1857 を挙げつつ,構成種の中では本種の記載年を1856年としています.Spence Bate (1857) にも確かに P. gammaroides が登場しますが,Spence Bate (1856) において既に言及があるため, P. gammaroides Spence Bate, 1857 という表記は不適切と思われます(しかし,記載論文を探し出すことはできませんでした)
 なお,WoRMS においては Pleonexes gammaroides Spence Bate, 1857 とともに,Ampithoe gammaroides (Spence Bate, 1856) という種も「accepted」のステータスが与えられています.本種は”原記載においてスペルミスAmphitoe gammaroidesとの表記)があった”とWoRMSに記されていますが,Spence Bate (1856) にその様子は見られませんでした.Spence Bate (1856) に該当する文献が他にあるのかもしれませんが,謎は深まるばかりです.



2020年4月1日水曜日

2020年4月1日活動報告


 端脚類は,日本においてかなり古くから認知されていたことがわかっています.

 ワレカラは言うまでもありませんが,ヨコエビの中にも半ば伝説として扱われているものがいたりします.


 それが,Acanthocephalocaris pelagicus です.

 
   Acanthocephalocaris属は本種のみを含む単型分類群で,単独で Acanthocephalocaridae科を形成します.この科は今日に至っても分類学的地位は確立されておらず,端脚目の中で所属不明群となっています


 全身に凹凸が多く,体節背面や各付属肢に細かい筋状の隆起があります.体長に比して頭部がとても大きく,頭頂は丸みを帯び,頭部背面の半ばには垂直に伸びる鋭い棘が2本あります.複眼はほぼ円形で,その周囲が菱形にへこんでいます.第1,2触角は互いによく似通っており,柄部が著しく縮退する代わりに,鞭部は身体に近い長さまで伸長し,各節に1~3列の長剛毛が環状に配列します.この特徴的な触角は遊泳生活に役立っているものと推測されますが,構造上あまり力強く動かすことはできないため,確かなことはわかりません.
 第7胸脚は幅広く発達し,前節は前縁と後縁の終端がそれぞれ突出しています.
 腹節はかなり圧縮されていますが,各腹肢はまあまあ発達しています.
 第3尾肢は退化し,肉厚の尾節に第2尾肢が付随し,第3尾肢とあわせて尾節全体が三つ又のように見えます.



Acanthocephalocaris pelagicus


 本種は,戦前に欧州の研究者が東洋(おそらく日本)で採取した標本をもとに記載されましたが,タイプの所在も定かではなく,現在はこの妖怪みたいな原記載の図しか残されておらず,伝説的な存在です.


 さて,この姿,どこかで見たことはありませんか?


 ちょっと向きを変えてみましょう.







  ん?








 お前,アマビエじゃねぇか.


 
















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 というわけで,エイプリルフールでした.

 「アマビエ」は,このところネットで話題になっている江戸時代のUMAです.どうやら疫病が流行した時は,アマビエの姿を描いて頒布することが推奨されているようです(疫病が退散するとは言ってない)
 なお,ちょうど本稿ができあがったころ,九大博物館がジョークツイートをしていて考えることは同じだなぁと思いました.ちなみにこれはヨコエビではなくハコエビの化石です.