2019年6月4日火曜日

後ろ前旅情(6月度活動報告)


 このたび,縁あって,ウシロマエソコエビ(Eohaustorius)属を集めるプロジェクトに参加することになりました.

 ウシロマエソコエビ属は,多くのヨコエビ類において前向きについている第4胸脚が後ろ向きについていることから名付けられました(石丸 私信).


 ヨコエビ属(Gammarus)はオーソドックスな体制を具えたヨコエビ.
第3,4胸脚は形状が互いに似ており,第1,2咬脚と同じく前方向へ向かって生えている.
第5~7胸脚は前者と異なる形状をして,
後ろ方向へ向かって生えている.歩く時の機能も異なる.
 ウシロマエソコエビ属(Eohaustorius)の第4胸脚は後ろ向きに生えており,
形状も第5~7胸脚に似ている.


  日本におけるウシロマエソコエビの記録は,天草地方(富岡湾)の潮下帯からスナウシロマエソコエビ(Eohaustorius subulicola)が記載されているほか,東京湾からは E. setulosus が報告されています(小川 2011;山田 2015).

 E. subulicola は第3腹側板後角が独特なカーブを描いて上向きに曲がっている点で,同属の他種と識別できます(生態や分布の詳細は,有山 (2012) 参照のこと).

 E. setulosus は韓国で記載された種であり,日本の生息状況は十分に解明されていません.山田 (2015) は漁業資源である二枚貝などとともに朝鮮半島から持ち込まれた外来種と推測しており,私もその説を支持します.盤州干潟の潮間帯では,山田氏の記録では遅くとも2004年には本種が採れているとようです.また,私の手元のサンプルを確認する限り2010年から昨年まで本種が採れています.これらのことから,本種が盤州干潟に定着しているのは確実と考えられます.また,実際に繁殖していると思われる状況をたびたび確認しています.




 さて,今回は特定の種を狙って採るミッションです.このため,かなりの土地勘を要します.しかも,岩礁や海藻など空からの写真で像が分かるものとは異なり,砂地を追いかけねばならず,圧倒的に経験値が足りません.自力ではどうしようもないため,過去の採集場所を教えて頂きました.


近畿地方某所.




 サーファーがいっぱいいますね.驚くべきことに,スナウシロマエソコエビを求める人は私の他にはいないようです!どうやらここは,そういう場所のようです.あの腹側板のカールは,絶対見ておいたほうがいいと思うんですがねぇ…


 ウシロマエソコエビといえば,遠浅で汀線まで歩いて1時間かかる盤州干潟のイメージがありました.
 一方,今回の調査地は遠浅には違いないですが,20㎝の干潮では幾つかの瀬が浮くだけで全体的に地盤が低いようです.海岸草地から汀線へのアクセスはしやすく,コンパクトな砂浜に思えます.



 さて,いつものように洗濯ネット作戦.


 しかし,細目ネットは砂が抜けない.


 どうやらこのあたりは粒径が粗く,ちょうど目合いと同じサイズの砂粒が優占しているらしく,ヨコエビと一緒にネット上へ残ってしまうようです.効率が悪すぎる.
 

 2mm目開きの中目ネットも投入します.

中目での残留物.アカン.


 しかしこれでは肝心のヨコエビが抜けてしまう.


 引き潮のはずなのにひっきりなしにそれなりの大きさの波がやってきます.サーファーには良いのでしょうが,こちらにとってはだいぶつらい…


 何も採れないのは,精神衛生上よくありません.モチベーション維持のため,絶対にハズレのない海藻ガサりもやっておきます.


ヒゲナガヨコエビ科(Ampithoidae).
よく見たらヤバい奴かもしれない.


カマキリヨコエビ科(Ischyroceridae).




ドロクダムシ科(Corophiidae).



アゴナガヨコエビ科(Pontogeneiidae).でかめ.



タテソコエビ科(Stenothoidae).


 同定できる/できないで言えば,あまり安心できるメンバーではありませんが,良しとします.



 潮間帯を右往左往してみたところ,細目洗濯ネットで濾せるところもあるようです.粒径としては,お馴染みの東京湾の砂干潟に近いと思われます.

 粒径が細かい場所を中心に洗濯ネット作戦を展開したところ,効率がアップしたお陰か,基質の選好性があるのか,粗い場所よりよく採れる気がする!


 たくさんいたのがクチバシソコエビ科(Oedicerotidae).過去,一度にこんな大量にクチバシソコエビを採ったことはない,というくらい採れます.盤州ではかなりレアキャラなのですが,ここではウシロマエソコエビより遥かに採りやすいです.
 


第1咬脚は亜はさみ状で掌縁が直角にならない;
第2咬脚はハサミ状で,前節と腕節の癒合していない箇所は指節と同長程度;
第7胸脚基節後縁が下垂する;
などの特徴により,Eochelidium属と同定しました.



マルソコエビ科(Urothoidae).目がかわいい.


ヒサシソコエビ科(Phoxocephalidae)の一種.
標本はもらったことがあるものの同定したことが無いため,
今回は科止めで.


  ヒサシソコエビ科は自己初採集.頭頂が平たく両刃剣のように前方へ突出していて,めちゃくちゃカッコいいです.そして2秒で砂に潜り込む早業.



 そして・・・

スナウシロマエソコエビ(Eohaustorius subulicola)の第3腹側板のカールに注目.


 やりました.


 現場では属がせいぜいですが,持ち帰って検鏡したところ,今回のターゲットであるスナウシロマエソコエビ(Eohaustorius subulicola)と判明しました(解剖していないので厳密にはアレですが・・・).

 Hirayama (1985) に記された図を最初に見たとき,正直何かの冗談にさえ思えた第3腹側板のカールは,確かに実在しました.この形質にどのような意味があるのかは分かりませんが,とりあえず我々にとっては手っ取り早く見分けるポイントとしてありがたいです.

 落射光写真ではあまり形がわかりませんがご容赦下さい.




 潮も満ちてきたので潮上決戦に向かいます.

 海岸は意外とハマトビリティが薄く,厳選した海藻をめくると奥深くから Platorchestia pacifica が出てきました.過去の研究では,近畿から色々と愉快なハマトビムシが報告されているのですが,今回は出会えず.



 総括.

 目的のサンプルを得ることができましたが,もう少し潮位にこだわったほうがよい気がしました.また,基本的に潮間帯上部での活動を想定している採集用具も,潮間帯下部の採集を意識して改善したいと思います.もうじき,大きな個体が採れない時期に差し掛かってくると思われるので,追加でやるならいつやるかを考えなければいけません.




(参考文献・web)
有山啓之 2012. スナウシロマエソコエビ. In: 日本ベントス学会 (編) 『干潟の絶滅危惧動物図鑑 海岸ベントスのレッドデータブック』. 320pp. 東海大学出版会, 平塚. ISBN978-4-486-01943-5 C3645
Hirayama, A. 1985. Taxonomic studies on the shallow water gammaridean Amphipoda of West Kyushu, Japan — IV. Dexaminidae (Guernea), Eophiliantidae, Eusiridae, Haustoriidae, Hyalidae, Ischyroceridae. Publications of The Seto Marine Biological Laboratory, 30(1/3): 1–53.
— Jo, Y. W. 1990. Four new species of sand-burrowing haustoriid Amphipoda (Crustacea) of Korea. Bulletin Zoölogisch Museum, 12(9): 117–144.
小川洋 2011. 東京湾のヨコエビガイドブック. open edition ver.1.3. web publication. 140p.
山田一之 2015. Eohaustorius setulosus Jo, 1990.MIAW.(作成日:2008年6月30日;最終更新日:2015年5月14日;閲覧日:2019年6月2日)