2023年2月9日木曜日

書籍紹介「ヨコエビ類からみた琵琶湖の生物地理」In:『琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?』(2月度活動報告)


 2022年11月に出版された 『琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?』に、ヨコエビの節(以下、富川 2022)がありましたのでご紹介します。


表紙に琵琶湖固有種アナンデールヨコエビがいます。


 巻頭に琵琶湖産ヨコエビ3種のカラー写真があります。かわいいですね。

 本書は富川 (2022) のような分類群ごとの解説がほとんどを占めますが、深底部のベントスといった環境に着目した節もあります。殊に魚類に関しては本草学的なアプローチもあり、読んでいて楽しいです。また、巻末に用語解説と参考文献が完備されており、初学者の参考書として活用することができるでしょう。


 さて、本邦において淡水ヨコエビは海産と比べると解明度が比較的高い雰囲気がありますが、「いつ、どこからきたのか」というような進化学的・系統学的な問いに対しては国境を超えた解析が不可欠です。富川 (2022) は極めてローカルな話題を扱いつつ、筆者ならではのグローバルな視点で深い洞察を与えています。そしてその範疇は現在琵琶湖から知られているヨコエビの起源に留まらず、世界的に知られる他の古代湖のヨコエビ相の概説にも及んでいます。琵琶湖博物館ではバイカル湖との連携でアカントガンマルスの展示実績があることからも、こういった比較の意義深さがうかがえます。

 富川 (2022) の構成は以下の通りとなっています。検索表などを提供する類の書籍ではありませんが、内容は極めて専門的でありつつ、表現は平易で読みやすいです。


1.はじめに

2.ヨコエビとは

3.世界の古代湖のヨコエビ

  • バイカル湖
  • チチカカ湖
4.琵琶湖のヨコエビ
  • 分類学的研究の歴史
  • 固有種
  • 外来種
  • 琵琶湖のヨコエビはどこから来たのか


 富川 (2022) を読み、改めてアナンデールヨコエビ(アンナンデールヨコエビ)が分類学的意味で特異な固有種であるばかりでなく、琵琶湖の環境へ巧みに適応した生態を獲得した特異な生物であることを認識しました。アナンデールヨコエビ亜属に含まれるアナンデールヨコエビやナリタヨコエビについては分子系統解析に基づいてある程度侵入・分化のシナリオが描けているのに対して、ビワカマカは情報が不足していることも改めて示され、大いに首を縦に振るところであります。

 本書で触れられている外来種問題はフロリダマミズヨコエビのことで、琵琶湖(滋賀県)は全国に先駆けて警戒体制を敷いていることで知られています。在来のナリタヨコエビとフロリダマミズヨコエビとの間には外来魚による捕食圧の違いがあることが示されていますが、これはそれぞれの種が転石上と水草上という異なる環境を利用するためという考察もなされていて(市原・田辺 2021)、かなりホットな話題です。フロリダマミズヨコエビは日本全体に拡散していて、その適応力の高さから侵入を防ぐことは難しいと考えられている一方、在来ヨコエビとはそもそも生息環境が異なるため直ちに競合や追い出しが起こるかは分からないとも言われます。しかしながら、これほどの勢いで拡散している外来種が、数多いる在来淡水生物に対して何の影響も与えていないと判断するのは無理筋のように思えます。在来ヨコエビのみならず、幅広い生物種を視野に入れて影響を注視する必要があるでしょう。


 琵琶湖というと、(外来種対策ではないですが)日本の湖水生物分野における先進地域というイメージがあり、長い研究史の中で幾度となくレビューが行われ、知見は整理され尽くしている印象でした。しかし本書を読み、個々の生物の起源といったテーマは近年の分子系統解析の手法により深化されている段階にあり、琵琶湖は今もなお生物学的研究の最前線にあることがわかりました。そして何といっても本書はアナンデール博士が琵琶湖の生物相を記述した論文を発表してからちょうど100年にあたる年に出版されたという、記念碑的な書物でもあります。今後も新たな謎や解析手法が出てくるたびに、琵琶湖に注がれる研究者の眼は更に熱を帯びてくるものと思います。



<参考文献>

— 市原 龍・田辺 祥子 2021. PP04 琵琶湖におけるヨコエビの動態解析. 2021 年日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会 講演要旨集.

— 富川光 2022.ヨコエビ類からみた琵琶湖の生物地理.In:西野麻知子 2022.『琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?』.サンライズ出版,彦根.p. 350.