2019年5月24日金曜日

Once Upon a Time in Okayama 4(5月度活動報告その3)



 ふたたび岡山に足を踏み入れました(過去の経緯はこちら→ Once Upon a Time in Okayama 1,2,3).GWに 「今期はこれで終わり」と言ったような気もしますが,おそらく気のせいでしょう.


 当初,GWまでに採集を終わらせるという計画でした.しかし,その後収集した文献に気になるところを見つけてしまいました.さらになぜか潮も良いので,腹に飼っている干潟の虫がどうにも騒ぎ出してしまい,現場へ赴いて裏取りを試みた次第です.


 今回の遠征期間,予報では曇りが続くようです.大潮で曇り.これはもう海に行くしかないのでは(真顔).



岡山県某所.



 いや,絶対いないよね.ターゲットのあいつ絶対いないよね.



 海藻がなさすぎます.

 堤防の向こうは淡水湖で,元々ここ一帯は汽水環境だったようです.堤防が閉められた状態でも周辺河川や水路から淡水の流入があり,水は(測定していませんが)恐らくかなり甘め.

 今回気になった記述というのは,某岡山県水産試験場報告書なのですが,ニッポンモバヨコエビ(Ampithoe lacertosa)の記録があります.しかし,私の経験上,台風の後のようなタイミングでもない限り,A. lacertosa が生息するようには思えません.


 上空ではカラスとトンビが鎬を削っていました.


 かなり泥.死を覚悟するレベル.


ほら結構どろどろしてる.


電マ弐号機.
 これまで(11月とか5月とか)ネタ扱いでしたが,今回からガチ採集用具として投入.



 掘っても無臭.東京湾奥のような硫黄のオイニーは皆無で,還元されてる感があまりない.栄養塩が少なく有酸素分解能力を超えたバイオマスが溜まらないのかもしれません.



いつものドロソコと,
尾節が分かれているタイプのドロクダ.


 このドロクダ,一応これまで私が回った岡山県内の調査地では出てこなかった種ですが,3月公開のリストには掲載されています.東京湾では,江戸川や荒川などのかなり甘めの泥底にいます.改めて見ると大きいですね.


 護岸と石積にはいろいろ付着しており,磯的環境になっているので,一応フジツボやイガイを剥がしてみます.


尾節が癒合するタイプのドロクダ.



 Googleロケハンでは周囲に砂浜らしい場所も見つけており,地元の小学生からも打ち上げ物の多い海岸があると聞いたのですが,やや距離があり制限時間内には辿りつけませんでした.ここら一帯の水路や湾は地盤が低いようで,全体に泥が優占しており,見て回ることができた範囲では,ハマトビリティも感じられません.



 実り少なく意外性もないまま離脱.一応,Ampithoe valida っぽい未成熟個体は得られましたが,A. lacertosa はおらず.
 いないことを確かめる的な感じではあったので,ひとまずこの遠征の前哨戦はこれで良いことにします.







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 何より本当の戦いは2日目,磯採集です.

 某倉敷市自然博物館の報告書では Hyale grandicornisGrandidierella sp. が記録されており,前者は誤同定ではないのか?後者はいったいどういうことなのか?とても気になりました.


 早朝.


 起きたら暗すぎてビビりましたが,身支度を整えるころにはあたりが白み始め,朝靄の中に瀬戸内の島々が緑を頂いて海に浮かんでいるのが見えました.

 
 ホテルからのアクセスは申し分ありませんが,船着き場があることや幹線道路にも近いことから,人の手が入ってあまりヨコエビリティは高くないのではと思い,Googleロケハンの段階では調査の候補地から外していました.


岡山県某所.


 そんな場所も,実際に訪れてみれば申し分のない自然海岸です.突き出た岬のような地形で,近くに川がなく,波を遮る構造もないことから,わりと外湾的な雰囲気があります.

 立派な鯛を釣り上げていたおっさんに話を聞いたところ,浜に下りるのが難しいせいか人がほとんど来ない穴場とのこと.崖から松がせり出す瀬戸内然とした風景ですが,わりと急なのか岩場から上の潮上帯にはほとんど砂浜を伴わず,落ち葉や打ち上げ海藻が溜まっている場所はありません.ハマトビリティ無し.

 沿岸の海藻は,潮間帯下部の砂底を埋め尽くすほど繁茂したモクが目立ちます.しかし,汀線際の岩場上に緑藻や紅藻は少なく見え,ヨコエビの種数を稼ぐにはもっと欲しいかなと.泥が溜まったところはサンゴモに取られていて,岩場の泥干潟みたいな場所はなかなか見つからず.これで本当にドロソコエビ属(Grandidierella)が採れるのだろうか…?


 海藻をガサると,やはり外房を彷彿とさせるモクズ感.しかし,ニセヒゲナガはいないらしい.Jassa も少ない.ドロクダはわりといる.
 石の下にはメリタとGammaropsis


ソコエビ属(Gammaropsis).目録としては新メンバー.


これはProtohyaleHyale属ではない.

 結局 Hyale grandicornis は採れませんでした.採れないから居ないということにはなりませんが,何にせよ30年前の報告書であり,Bousfield & Hendrycks (2002) のレビューが出る遥か前の記録なので,知見が十分でなかったとも考えられます.あるいは昔はいたものが今はいなくなったのか・・・?またいつか,改めてここを攻めたいと思います.



 その他海藻の間からは,Aoroides と,触角に毛が多いヒゲナガはメスしか採れず.ドロノミ(Podocerus)もいますがどうせ未記載なのがわかっているのであまりサンプルは増やしたくない…


 潮間帯の下から攻めていきましたが,丹念に見るとタイドプールには少し泥っぽい場所もあります.

ドロソコエビ属(Grandidierella).


 やりました.

 こちらで Grandidierella と共存しているのは,尾節が分かれているタイプではなく,尾節が癒合するタイプのドロクダですね.

 こうして見ると,ヨコエビ相は外湾的というより,やや内湾的なメンバーの割合が多いでしょうか.



 狙っていたグループのサンプルが揃ったのと,潮がヤバいので,岩礁から外れた砂浜へ移動し,締めの潮上決戦をおっぱじめることにします.



 打ち上げ海藻は貧弱です.
 しかし,草地や岩礁と連続したこの幅広い砂浜,そこらへんに点在する謎の穴,手ぶらで帰ることにはならない気がします.Platorchestia joi でもいるのではとおもむろに砂堀りを開始すると・・・






?!!



デカすぎ.


 迷う余地もなく Trinorchestia です.

 いくらなんでもデカすぎます.

 森野・向井 (2016) によると体長25mmとのことですが,今回得られた個体は触角がまだまだ長くなりそうなので,もっと大きくなるのではないでしょうか.


 このサイズ感.深いところから引き揚げるでもしないとなかなかお目にかかれないボリュームのヨコエビさんです.ピョンピョンするヒメハマトビムシとは対照的に,「ゴロン」と出てくる感じが堪りません.


 そして機動力.普通の深さのバットからは容易に脱出してしまいます.しかし,身体の比率でいうとヒメハマトビムシほど飛距離を稼げない様子・・・生息密度も高くなく,1頭1頭を狙って捕る感じなので,掘り出してさえしまえばあとは虫取りの要領です.今回はEHT法の準備はしておらず,高塩分への応答は不明です.



 何はともあれ自己初採集のヒゲナガハマトビムシです.岡山県初記録というのがもはやどうでもよくなるレベルの感動…!!瀬戸内の奇跡!!そりゃヴィレヴァンに出品したくもなるわ.


 さて,問題が一つ.こやつは何者なのか?


 日本に分布しているヒゲナガハマトビムシ属(Trinorchestia)は,担名種の Trinorchestia trinitatis とされています.しかし,笹子 (2011) は北海道,宮城,福島,千葉,京都などから得られたサンプルの形態形質を検討し,その中から,韓国から記載された T. longiramus の特徴を具える個体を見出だしています.


 どうなんだろうか…?


 明瞭な凸部があるという第2咬脚の特徴は T. trinitatis とよく合致します.
 尾肢については,内肢と外肢の比が同定形質とされていますが,笹子 (2011) が指摘しているように,Jo (1988) の記載には長さの比は数値で示されておらず,図を見る限りは非常に微妙な差のように思われます(Jo 1988 がいつの間にか無料で読めるようになっていますね・・・驚きです・・・).
 今回はひとまず森野・向井 (2016) に示された同定形質と矛盾しないことと, Jo (1988) および笹子 (2011) が議論の中心に据えている第2尾肢の形状を拠り所に,T. trinitatis として同定・報告しました.



 さて,Jo (1988) に記された T. longiramus の remarks においては,T. trinitatis との識別にあたって,次の形質も挙げられています.実際のところ両者の違いはどこにあって,今回の岡山県産サンプルは胸を張って T. trinitatis と言えるのでしょうか?

  • 第4胸脚の指節は爪に被さって突出する構造がある(vs. トゲを欠く)
  • 左大顎の可動葉は6歯(vs. 5歯)
  • 顎脚鬚の第4節は退化的(vs. これを欠く)

オスの第2咬脚:指節の根元に凸部があり,掌縁には凹部がある.
第2尾肢:副肢の内肢と外肢の比.
顎脚髭:第3節の先端に微小な第4節が付加されている.
左大顎:可動葉に5歯を具える.
第4胸脚:指節の先端近くに張り出し部および剛毛あり.


 岡山産オスは,5つの形質のうち3つが該当するものと判断しました.つまり T. trinitatis とも T. longiramus とも言えない,ということです.しかし,これら5つの形質には,以下のような問題があります.

  • 第2咬脚の凸部と凹部の形状の違いは,description の文言や図の描かれ方に違いがあるものの,定量的に表現されていない.
  • 口器および第4胸脚の形質について Morino (1972) は文章として述べておらず,図から読み取るしかない.Jo (1988) は網走産サンプルを確認し,T. longiramus と同定しているが,T. trinitatis の標本との比較を行ったかどうかは不明.
  • Jo (1988) は尾肢の内肢と外肢の長さの違いを重視しているが,定量的な基準など十分な情報が示されていない.

 特に T. longiramus の命名の由来ともなっている第2尾肢の特徴については,Jo (1988) が何をいわんとするのか,探る必要がありそうです.


岡山産オスの左第2尾肢.
内肢:外肢は8:7で,やや内肢が長い.


岡山県産オスにおいて,第2尾肢副肢の長さのみを比べると内肢が長くなります.しかし,尾肢の柄部において内肢より外肢のほうがより遠位から生えており,先端の位置は概ね揃っています.極端に言うと,副肢の長さを比べる時に「柄部についたまま比べる」のと「別々に測る」のとで,どちらの種に合致するかが変わってしまう状態です.

 Jo (1988) における T. longiramus の図は,内肢:外肢=9:8と読み取れますが,先端の位置がズレています.よって,副肢を外しても外さなくても常に内肢が長いのが T. longiramus と考えられます.
 対照的に,Jo (1988) が引用している Morino (1972) では,T. trinitatis の図は内肢と外肢の先端が揃っています.しかし,生える位置の関係は不明瞭で,尾肢そのものの長さを図から読み取ることができません(推定1:1).
 一方,Jo (1988) が T. longiramus として扱っている Stephensen (1945) の図は,内肢:外肢=5:4でだいぶ先端の位置がズレて見えます.しかし,柄部から生える位置は揃っていました.
 よって,Jo (1988) が重視する尾肢の長さの違いは,「尾肢そのものの長さ」「端部の位置関係」の両方を指すものと判断しました.つまり,岡山県産オスが T. trinitatis T. longiramus のどちらかに相当するか,第2尾肢では判断がつきませんでした.


 だんだん訳がわからなくなってきたので,他のサンプルも見てみようと思います.
 以前,大槌のさる方から頂いたサンプルです.


左大顎:可動葉に6歯を具える.
顎脚髭:第3節の先端に微小な第4節が付加されている.
第4胸脚:指節の先端近くに張り出し部および剛毛あり.
第2尾肢:副肢の内肢と外肢の端部は同じ位置.


 これらをまとめると・・・


驚きの結果が・・・


 Jo (1988) が網走産標本を検鏡して T. longiramus と同定していることと,笹子 (2011) において北海道,宮城,福島,千葉で T. longiramus が報告されていることから,もしかすると岩手県産オスは T. longiramus かもしれないと予想していました.果たして,かなり T. longiramus でした.にもかかわらず,第2尾肢の形状だけは判然としません.



 ちなみに,こちらがヴィレヴァンで購入したヒゲナガハマトビムシ.

芸術作品としての意図を尊重し,解剖はせず.どうせ産地不明だし・・・

 角度を変えながら見ると,第2尾肢の内肢がけっこう長く見えます.
 この尾肢は,T. longiramus で間違いなさそうです.




 以上の通り,Jo (1988) が挙げた4形質(+第2咬脚)を検討した結果,岡山県産オスは真のヒゲナガハマトビムシ T. trinitatis の特徴を具えつつ,T. longiramus の条件を満たす部分がいくつもあることが示されました.特に Jo (1988) が重視していた第2尾肢と第4胸脚について,前者は先端が揃っている点は T. trinitatis に近いと解釈しても,後者は T. longiramus そのものであることを踏まえると,種同定は見送るべきだったかもしれません.報告を急ぎすぎたか?

 このたび T. longiramus に固有とされる形質が同定において必ずしも有効ではなかったことを考えると,岡山県産オス(岩手県産オスも?)は T. trinitatis および T. longiramus とは異なる形質のコンビネーションに基づいて定義される未記載種なのでしょうか.あるいは両者を見分ける別の同定形質の開発が必要かもしれませんし,両者が同種を指している可能性もあります.このあたりはいずれ分子で決着をつける必要があると思います.


 
 何はともあれ,今回”ヒゲナガハマトビムシ”の生息環境を実際に知ることができたのは大きな収穫でした.ヒゲナガハマトビムシは身体が大きく,夜間の活動範囲が広いようなので,汀線から陸までの幅広いエコトーンを要求するものと考えていました.この条件は,今回のフィールドに合致します.
 また,鉄腕d○shの「da○h島」 にヒゲナガハマトビムシが出現して界隈が騒然とした時に,砂はかなり細かく見えました.これも,今回のフィールドと同じ傾向です.
 ただ,今回のフィールドは砂浜上に海藻が乏しく,ヒゲナガハマトビムシの巨躯を支える餌がどのように供給されているか,よくわかりませんでした.周囲を見わたしたところ,砂浜の外れに明らかに人が投棄したと思われる海藻の束がごっそりと落ちていて,そういったものを利用していることが考えられました.そして,汀線の近くには足にまとわりつくほどの藻場が広がっていることから,もしかすると,高い頻度で打ち上げ海藻が供給され,朝までにあらかた食い尽くされているのかもしれません.

 

 岡山県調査の総括. 

 リストの拡充にあたり,まだ行けていない場所が多いことは既に述べました.一方で,調査ごとに増えるリストの行数は,だんだん減ってきました.歩いて行けるエリアについては,岡山のヨコエビリティの実態に迫ることができたのでは,と思います.
 
 結果の詳細は岡山県の発表をお待ちください!





(参考文献)
Bousfield, E. L. & Hendrycks, E. A. 2002. The talitroidean amphipod Family Hyalidae revised, with emphasis on the North Pacific Fauna: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 3(3): 7–134.
Jo, Y. W. 1988. Talitridae (Crustacea — Amphipoda) of the Korean coasts. Beaufortia, 38(7): 153–179.
Morino, H. 1972. Studies on the Talitridae (Amphipoda, Crustacea) in Japan — I. Taxonomy of Talorchestia and Orchestoidea —. Publications of the Seto Marine Biological laboratory, 21(1): 43–65.
森野浩・向井宏 2016. 砂浜フィールド図鑑(1) 日本のハマトビムシ類. 海の生き物を守る会, 京都市.
—  笹子由希夫 2011. 日本産ハマトビムシ科端脚類の分布と分子系統解析. 三重大学修士論文.
— Stephensen, K. 1945. Some Japanese Amphipodes. Videnskabelige Meddelelser Dansk Naturhistorisk Forening, Vol. 108: 25–88.


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