2026年9月20日日曜日

雨のプラベン(9月度活動報告)



  中山書店から『動物系統分類学』が出ましたね。北海道では日本動物学会大会。いろいろ盛り沢山の9月ですが、ヨコエビおじさんは日本プランクトン・ベントス学会大会に参戦(ROM専)です。


プラベン2026@長大文教キャンパス

 長崎といえば戦後まもなく端脚類相が記述された (Irie, 1948, 1956, 1959) 海域で、日本最大級のヨコエビ相の報文においても対象海域となっていた (Hiryayama, 1983-1988) ほか、漫然とヨコエビ論文を検索すると一番上に出てくると思われる相当メジャーな論文 (松尾ほか, 2007) も長崎をフィールドとしており、五島列島からは幻の淡水ヨコエビとの呼び声高いゴトウドウクツヨコエビが記載されています (Ueno, 1971)。更に遡れば、日本から最初に新種記載された端脚類であるオオワレカラの採集者であるシーボルトが滞在した出島があり、オオワレカラのシンタイプの産地であることやシーボルトが「warekara」という和名を聞き取りした土地とも推定できます (山口, 1993)

 つまりは端脚類の聖地ではあるのですが、上陸は初となります。


ジョルダンだとキャンパス名が「文京」表記になっています。早く直して。


 ヨコエビを主題にした発表がいくつかあり、それぞれ異なる拠点で行われていたのが印象的でした。継続的なものとアドホックなものとがありましたが、ヨコエビの輪は確実に広がっていると感じました。

 今回は事務局に写真を送ってマグネットを作成する企画があり、僭越ながら Trinorchestia cf. trinitatis でエントリーさせていただきました。本種は形態の記述に不備があり、現時点で日本の個体群全てを近縁種と識別できず、種の定義が困難であることからcf.としています。



 ヨコエビを含めたフクロエビ上目のプレイヤーの間で、帯同を強める新たな動きがありました。これから更に盛り上がっていくものと思います。



磯採集@長崎市近郊

 せっかくなので現場に出ましょうかね。


会場から車で30分圏内の自然海岸です。


 粗い砂岩主体でゴリゴリ波に削られています。

 表面がすぐに持っていかれるせいか、付着生物は極めて少ない。クラックや、タイドプールの側面にウニが掘った穴、みたいな限定的な環境にイボイワオウギガニらしき赤い目のデカい十脚類が詰まっています。生息基質に乏しいのでハゼの類がそこここにいて、岩の表面の小型甲殻類はあらかた食い尽くされていると思われます。

 ガサガサする対象がないのでヨコエビ採集には不向き。それでもかろうじて見つけたアオサの類やウミウチワの類のまわりにドロクダムシ科が。砂浜にもヒメハマトビムシ種群はみられなかったものの、山側から来たと思われるホソハマトビムシ属の死骸はみられました。

 潮間帯採集には課題が残りました。もう少し活動圏を広げて選定してもよかったかもしれません。



<参考文献>

 — Hirayama A. 1983-1988. Taxonomic studies on the shallow water gammaridean Amphipoda of West Kyushu, Japan. Part Ⅰ, Part Ⅱ, Part Ⅲ, Part Ⅳ, Part Ⅴ, Part Ⅵ, Part Ⅶ, Part Ⅷ. Publications of The Seto Marine Biological Laboratory.

—  Irie H. 1948. Preliminary report on Pelagic amphipods in the adjacent water. Journal of the Faculty Agriculture, Kyushu University, 9 (1): 3339.

Irie H. 1956. Tube-building amphipods occurring at the "wakame" (a species of brown algae: Undaria prinnatifida) grounds of Simabara, Nagasaki Prefecture. Bullerin of Faculity of Fish., Nagasaki Univ. 4: 1–6, 6 figs.

Irie H. 1959. Studies on pelagic amphipods in the adjacent seas of Japan. Ibid., 8: 20–42, 4 figs., 11 tables.

松尾匡敏・首藤宏幸・東幹夫・近藤寛・玉置昭夫 2007. 諫早湾奥部締め切り後の有明海潮下帯ヨコエビ群集構造の変化. 日本ベントス学会誌, 62: 17–33.

— Ueno M. 1971. The fauna of the insular lava caves in West Japan. VII. Subterranean Amphipoda. Bulletin of the National Science Museum, Tokyo, 14 (2): 161–199. 

山口隆男 (編) 1993. シーボルトと日本の博物学 : 甲殻類.日本甲殻類学会.

2026年7月18日土曜日

今さら書籍紹介『新 写真でわかる磯の生き物図鑑』(7月度活動報告)


  3年前に出た図鑑のレビューをしていないことに気づいたので、今更ですが書籍紹介です。


有山啓之 2023. 端脚目.In: 今原幸光(編著)2023.『新 写真でわかる磯の生き物図鑑』.海文堂,東京.288 pp. ISBN13: 978-4-303-80056-7(以下、新刊)




 前身となる 有山 in 今原 (2011) (以下、旧刊)の出版から10年余、2022年に版元のトンボ出版が解散したことで改訂版が世に出ることはないと考えられていましたが、あの『ヨコエビ ガイドブック』(有山,2022)で名を馳せた海文堂が名乗りを上げ、出版に至りました。


新刊は旧刊よりちょっと小さい。定価もちょっと安い。


 ページ数も少なくなっているのですが、内容の充実度はむしろ上がっていると評判です。分類群全体では集計していませんが、端脚類は以下の通りです。

  1. ヨツデヒゲナガ Ampithoe tarasovi
  2. コウライヒゲナガ Pleonexes koreana
  3. アカヒゲドロソコエビ Grandidierella rubroantennata
  4. フサゲモクズ Hyale barbicornis
  5. イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax
  6. イソヨコエビ属の1種 Elasmopus sp.
  7. フトベニスンナリヨコエビ Orientomaera decipiens
  8. ナガタメリタヨコエビ Melita nagatai
  9. フトメリタヨコエビ Melita rylovae
  10. メリタヨコエビ属の1種 Melita sp. 1
  11. マルエラワレカラ Caprella penantis 
※太字は旧刊から続投。

 倍近くに増えてます。
 コウライヒゲナガの属位がカワリヒゲナガヨコエビ属となっていますが、これは Souza-Filho and Andrade (2022) によってヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe に変更されています。
 旧刊で別種の可能性が示唆されていた通り、アカヒゲドロソコエビの学名が最新の知見を反映したものとなっています。この種は和名が先につき、後から和名とマッチした学名がつけられるという、ヨコエビにおいて珍しい命名の経緯をもちます (Ariyama and Taru, 2017)。
 フサゲモクズの属位がモクズヨコエビ属となっていますが、新刊と同じ筆者による 有山 (2022) では フサゲモクズ属 Ptilohyale へ移動されているため、これは筆者の最新の見解を示すものというより旧刊をトレースしたものと思います。旧刊が世に出た時点で、この新属を提唱した Bousfield and Hendrycs (2002) から10年経っておらず、当時は採用していない文献もありました。
 フトベニスンナリヨコエビは旧刊出版後に属ごと記載された種であるため (Ariyama, 2018)、満を持しての登場といったところでしょうか。
 メリタヨコエビ属の1種 Melita sp.1 は、あのパンダメリタヨコエビ M. panda ですね。そして旧刊で紹介されたメリタヨコエビ属の未同定種は、新刊の線画にあるMelita sp. 2 =ヨリパンダメリタヨコエビ M. pandina に該当します (Tomikawa et al., 2025)。

 旧刊を出した出版社が所在する大阪を中心に作られた書物であったことによる地域性なのか、かなり Senticaudata亜目寄りで、テングヨコエビ科のような、それなりに体サイズが大きく属レベルの同定が可能なグループが入っても良かったのではと思います。ただ、紙面に限りがあるのは旧刊も新刊も変わりなく、細かい話をしてもしょうがないですね。磯的環境の潮間帯上部で、粗砂~礫や、緑藻,紅藻なんかの間からざっくり採れる種類は網羅されている印象です。
 旧刊の頃から、近年の図鑑には珍しい硬派な構成で、写真と線画が添えられ分類ができる資料になっています。サイズがコンパクトになって種数が増えているというのはありがたいことで、ヨコエビを採りながら一緒にみられる他分類群までカバーといった使い方もできます。付着性のヨコエビは基質情報も重要となるので、大まかな名前は分かったほうがよいです。

 専門書が出版社と命運を共にして消えていくという話がよくある中で、本書の辿った道筋はかなり特徴的で希望が見えます。


<参考文献>

— 有山啓之 2011. 端脚目.In: 今原幸光(編著)2011.『写真でわかる磯の生き物図鑑』.トンボ出版, 大阪.279 pp. ISBN-13: 978-4887161825

Ariyama H. 2018. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 1: genera Maeropsis Chevreux, 1919 and Orientomaera gen. nov. (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa, 4433 (2): 201–244. 

有山啓之 2022. 『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. ISBN-13: 978-4303800611

Ariyama H.; Taru M. 2017. Three species of Grandidierella (Crustacea: Amphipoda: Aoridae) from coastal areas of the Tohoku and Kanto-Tokai Districts, East Japan, with the description of two new species. Species Diversity. 22 (2): 187–200.

Bousfield, E. L.; Hendrycks, E. A.  2002. The talitroidean amphipod family Hyalidae revised, with emphasis on the North Pacific Fauna: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 3(3): 17–134.

Souza-Filho, J. F.; Andrade; L. F. 2022. A new species of Pleonexes Spence Bate, 1857 (Amphipoda: Senticaudata: Ampithoidae) from the São Pedro and São Paulo Archipelago, Equatorial Atlantic, Brazil, with comments on the genus. Zootaxa, 5209 (2): 199–210.

Tomikawa K.; Yamato S.; Ariyama H. 2025. Black-and-white disruptive coloration may be convergent: a new species of Melita (Amphipoda: Melitidae) from Japan. Zoological Science, 42(6): 605–619. 

2026年6月28日日曜日

ヨコエビワークショップ(6月度活動報告)

 

 ヨコエビの講演をしました。




 詳細は割愛しますが、概ね以下のような流れでした。

  • ヨコエビの基本情報
  • 対象エリアで採取されたサンプルの観察
  • 種類の解説
  • ブルーカーボンにおけるヨコエビ観察の意義
  • 東京湾のヨコエビガイドブックの内容について


 小学校中学年から院生くらいまでを射程に入れた講演で、このようなメニューはなかなかないのではと思います。実際どのくらいお役に立てたかは分かりませんが、基礎的な部分から環境教育の実践といった部分まで、興味関心にはなるべくお応えできるよう腐心したつもりです。


 敢えてこの記事には、自分にとっての学びや気づきについてだけ書かせて頂こうと思います。


ヨコエビは小さすぎる

 今更。ルーペでの観察はまず成立しない。


端脚目全体の分類体系を俯瞰できる図は使いやすかった

 上科までのものを作れば、更に使い勝手が増す気がします。

※当日使用した図において、一部亜目が欠落しておりました。すみません。


攻撃性への関心

 見るからに捕食性を示すような見た目でないためか、自分より大きな獲物を狩る肉食性というような性質は興味を引きやすいようです。著名な報告として、刺し網漁業における食害 (石川ほか, 2026) と養殖魚類に対する攻撃 (Stepien and Brusca, 1985) が挙げられます。


 ヨコエビについて、どこまで分かっていて、どこから分かってないか、おおまかに伝えることはできたと思います。私の分からないこと、あるいは学問的に基盤の弱いところについて、そのまま受け容れて頂けたのはありがたかったです。

 ヨコエビの教育的意義については私もなかなかアイデアがひねり出せずにいますが、富川・吉村 (2025) という教育的意義に相当な軸足を置いた論文が出ましたので、これはかなり心強いのではないでしょうか。


 思いのほかヨコエビへの関心は高く、また基礎的な情報を得る機会が不足していることを実感しました。このブログやツイッター、Wikipediaなどでなるべく確かな情報を簡単に手に入れられるよう考えてきたつもりでしたが、薄々気付いていた「文字で虚空に叫んだとて」という部分はやはり無視できないものと改めて思いました。



〈参考文献〉

— 石川哲郎・武川淳司・大竹優也・太田吉陽・松田絵里 2026. 刺し網漁獲物を食害するヨコエビ類スイムシヨコエビ(新称)Aroui onagawaeの仙台湾からの報告と分布特性.日本水産学会誌 J-STAGE早期公開版,4 pp. 

Stepien, C. A.; Brusca, R. C. 1985. Nocturnal attacks on nearshore fishes in southern California by crustacean zooplankton. Marine ecology – progress series, 25: 91–105. 

吉村比呂・富川光 2025.端脚類(節足動物門:甲殻亜門)を用いた生物分類教材開発に向けた標本観察方法の確立.広島大学大学院人間社会科学研究科紀要 教育学研究:35-42.


2026年5月5日火曜日

宇野太郎伝(5月度活動報告)

 

 日本ヨコエビ研究の祖というと、誰が思い浮かぶでしょうか。永田樹三?岩佐正男?アナンデールやタッターソール、あるいは入江春彦やシーボルドを挙げる方もいるかもしれません。

 個人的に、日本初のヨコエビ研究者といえば宇野太郎だと思います。当時の東京帝国大学理科大学(東大大学院理学系研究科に相当)で卒業研究にヨコエビの分類を選び、動物学博士の学位を取得した人物なので、生粋の「ヨコエビ研究者」と言えるのではないでしょうか(異論は認める)。


 宇野太郎(以下、太郎)に関する情報源は非常に限られています。普通に検索して出てくるのは動物学雑誌の記事2篇、太郎本人による うの (1901) と、同窓生による 高橋 (1902) くらいです。とはいえこの 高橋 (1902) は相当な情報量があり、太郎に関して以下のことがわかります。

  • 生没年・生没地
  • 研究内容と進捗
  • 学歴


 このたび、若手ヨコエビ研究者駒鳥氏@komadoriyahataから支援を受け、また金沢市内泉野図書館および石川県立図書館にリファレンスをかけて情報収集を行いましたので、粗はありますが現時点での結果をご報告します。それにしても、図書館には普段から異常な調べ物をする逸般人が多く来館するためか、理由も訊かずに協力してくれるのはありがたいです。



東京

 太郎の業績を確認してみます。うの (1901) のほか、マッキントッシの原稿を翻訳した報文が幾つかあります (マッキントッシ, 1901a–c)。うの (1901) もステビングの種リスト (Stebbing, 1888) のレビューのようなものなので、海外の研究事情を日本に紹介するようなスタイルを好んだようです。今日の日本動物学会ではこのような原稿は受け付けられない気がしますが、時代ですね。そして肝心の卒論は東京大学にあるものと思いますが、これは関係者に手を回してもらう必要がありそうです。

 太郎は大学側の扱いの上では東京の出身とされており(東京帝国大学, 1916)、御茶の水幼稚園を出てからずっと東京にいて「家」として東京に在住していた実態があるといえそうです。文科省のホームページによると、当時の幼稚園は今とさほど変わらない年齢をカバーしていたそうなので、太郎は生後間もなくから遅くとも6歳までの間に東京へ移住していたことになります。

 病没した時には小石川同心町に住まいがあったとのことですが、この町名は明治五年に成立したものらしく、太郎が上京した時から住んでいた家ではなく、後に進学に応じて移り住んだ場所かもしれません。上京の折、太郎単身で東京の縁者に預けられていた可能性もありますが、太郎が3歳になった時点で一家で金沢から東京へ移住していた可能性を考えるべきでしょう。ただ、戦前の東京の情報はだいたい失われていることが多いため確かな材料を得ることは困難と思われ、ここで一旦保留とします。



金沢

 太郎は「加州金澤寺町」に生まれたとあります。生家が残っている可能性はまずなさそうですが、親類は辿れるかもしれません。



 石川県立図書館が提供する「石川県ゆかりの人物」のサイトで宇野姓を検索すると、16人が該当しました。太郎本人は拾えませんでしたが、ここに血縁者が含まれる可能性があります。太郎の先祖は加賀藩の侍だったとあるので、今も残る寺町という地名と合わせて、絞り込みはできないでしょうか。

 武家としての宇野家には様々な系統があるようです(石川県姓氏歴史人物大辞典 編纂委員会, 2000;以下、歴史人物大辞典)。ただ、どの家が寺町に拠点を置いていたかは分かりません。

 石川県のデジタルコレクションにある寛文七 (1668) 年の「金沢図(寛文金沢図)」、延宝年間 (1672~1681年) の「金沢図(延宝金沢図)」で寺町の地割を確認したものの、確認できる武家屋敷に宇野姓はみられませんでした。その他、宇野家の始祖である宇野鉄作榮應が寛永六 (1629) 年に居を構えていたという油車など、宇野家にゆかりのある町の周囲でも探してみましたが、宇野家らしき屋敷は見つかりませんでした。城下全体までは見れていないため、寛文・延宝年間には他の文献に登場する町には住んでいなかったのかもしれませんし、町名の対応の誤りや役職や屋号で記載されている可能性といった、探索の精度も再考が必要かもしれません。

 享保九 (1725) 年にまとめられたと考えられている侍帳では、宇野姓は4人です(高木,1999:以下、侍帳)。ただ、出大工町片町2丁目,古道といった町名はあるものの、寺町に居住していた家はないようです。

 明治三 (1870) 年の時点で加賀藩ゆかりの宇野姓の人物は17人が数えられ、その菩提寺は10あります。このうち、寺町に菩提寺を持つのは2人です(古川, 1997;以下、先祖由緒并一類附帳)


 妙法寺は鉄作榮應の菩提寺で、この家系は歴史人物大辞典で「八郎左衛門系」とされています。


 八郎左衛門系は、前田利常に仕え200石を数えた八郎左衛門から始まり、享保九 (1725) 年には定番御馬廻五番組で120石を奉じていた小忠太長太夫、そして幕末から明治にかけては三郎左衛門栄精とその子・直次郎益之のつながりが見えます(侍帳,諸氏系譜,先祖由緒并一類附帳,歴史人物大辞典)


 墓碑は15基あり、うち1基は「榮應」と読める文字、そして大正時代に直次郎益之が建てたものも確認できました。他の墓碑には宝永,天保,慶応,文久といった年号を読み取れるものがありましたが、ほとんどが戒名のみ記載されており、系譜との対応はできませんでした。


 実成寺は洪平保親の子・辰太郎親孝の菩提寺で、明治三 (1870) 年当時の石高は100石だったようです(先祖由緒并一類附)


 ただ、今回の踏査では墓碑を発見することはできませんでした。


 加賀藩は前田利常が計画的に寺院をまとめて寺町を整備した経緯もあって、鉄作榮應が油車に居を構えていたように、そもそも菩提寺と同じ街に住んでいるとは限りません。寺町に菩提寺のない家も太郎の系譜にあたる可能性があります。

 先祖由緒并一類附帳は太郎生誕の前年の調査に基づいています。子をなす可能性がある年齢での絞り込みも試みましたが、除外できる家はなさそうです。

 少なくとも江戸中期においていずれの家も川向かいの城下に居を構えていて、太郎の家系はどこかの時期に寺町へ移住、明治になって東京へ移ったようです。享保から明治の間には100年単位の隔たりがありますので、この間を埋める史料が見つからない限り諸家の足取りは見えてきません。


 なお、歴史人物大辞典を参考に諸資料(石川県, 1974等)を検討した結果、次に挙げる宇野家は太郎の系譜と無関係と考えてよいと思われます。

  • 明和年間に絶えた前田家家臣(十兵衛)
  • 田子島の地侍
  • 羽咋郡の一族(明治初頭の藤兵衛・次三郎福久・亀一郎の3代、ならびに明治末期の羽咋郡長・与一順美,飯山高等小学校長・長秀,海軍機関中尉・宗二)
  • 高松町の一族(精一)
  • 文化人(柳壷)



まとめ

 太郎に繋がる系譜を年表に整理してみます。

  • 寛永六 (1629) 宇野家興る
  • 寛文七 (1668)  金沢図まとめられる,太郎の先祖は寺町に居住していない?
  • 延宝年間 (~1681) 金沢図まとめられる,太郎の先祖は寺町に居住していない?
  • 享保九 (1725) 侍帳まとめられる,太郎の先祖は寺町に居住していない?
  • 明治三 (1870) 先祖由緒并一類附帳まとめられる
  • 明治四 (1871) 4月 太郎生まれる
  • 明治七 (1874) 一家東京へ移住?
  • 明治三一 (1898) 7月 太郎、共立學校第二部卒業
  • 同年9月 太郎、帝國大學理科大學に入学
  • 明治三四 (1901)7月 太郎、帝國大學理科大學卒業
  • 明治三五 (1902) 4月 太郎、青山女學院の博物學講師の職を得るが、肺を患い熱海で療養に入る
  • 同年10月15日 太郎、東京にて没する

 東京への移住、名門校への進学など、太郎のキャリアは経済的基盤や社会的地位の高さを伴っているように思えます。八郎左衛門系の石高は享保年間に120石、市郎兵衛系の石高は300石を越えていますので、宇野家においてこの2家が並び立つ存在といえ、太郎はこのどちらかの家から支援を受けていたと推測されます。

 八郎左衛門系の直次郎益之は、大正十二 (1923) 年に日露戦争従軍中に夭逝した武之(息子?)の墓碑を建てており、妙法寺を菩提寺として金沢に残っていたことが考えられます。寺町に生家があったという点で有力ではあるものの、明治初期に東京へ移ったとは思われず太郎の父とは考えにくいです。

 市郎兵衛系の又市直副より後の系譜は不明瞭ですが、「妙円寺」を菩提寺とする大作富素・直作富有・源一郎富良の3名(兄弟と兄の子)は明治三年の石高を足し合わせると335石になるので、ここに繋がるものと解釈できます。直作富有は産業振興や教育分野に携わり、地元石川県で活躍していたことから、太郎の父とは考えにくいです。「妙円寺」という寺院が寺町に現存していない点でも太郎との接点は薄いといえるものの、直作富有が共立学校(開成高校)の設立に携わったという点は太郎の来歴と交わります。直作富有の名は複数の文献にみられるため、ここから辿って市郎兵衛系の全体を押さえることができないか思案しています。

 菩提寺が寺町に立地する・経済的地盤・明治四年より後に足取りがない、という点で洪平保親・辰太郎親孝の家系はかなりポイントが高いですが、他の家系と本質的に違いは無いように思えます。

 調査方法を模索しながら走り出してしまったため時間が足りず、リファレンス頂いた資料の中に精査できていないものがあり、アプローチできていない場所もあります。対象とした年代の文書が多く収められている玉川図書館が改装中で閉館していたのも痛手でした。今後、ほとんど注目されていない太郎の来歴に光を当てるとともに、菩提寺を突き止めてお参りをすることを目標に、引き続き進めていきたいと思います。とはいえ積み新種の処理が優先なので、次のアクションはだいぶ先になると思います。


 最後になりますが、貴重な資料を提供頂き調査にご協力下さった駒鳥氏@komadoriyahata、並びに金沢市立泉野図書館と石川県立図書館の司書の方に篤く御礼申し上げます。



<参考文献>

— 古川脩(編著)1997. 『加賀藩士人別帳』.(先祖由緒并一類附帳

— 石川県 1974.『石川県史 第4編』.石川県図書協会,金沢.

— 石川県姓氏歴史人物大辞典 編纂委員会 2000.『角川日本姓氏歴史人物大辞典17 石川県姓氏歴史人物大辞典』.角川書店,東京.ISBN4-04-002170-3

— 石川県史調査委員会・石川県立図書館史料編さん室 2011.『石川県史資料 近世篇(11) 諸士系譜 四』.石川県,金沢市.

ダブリウ、シー、マッキントッシ William Carmichael  M'Intosh(著),宇野太郎(訳)1901a.海産動物の着色に就て. 動物學雜誌13 (151):164-167.

ダブリウ、シー、マッキントッシ William Carmichael  M'Intosh(著),宇野太郎(訳)1901b.海産動物の着色に就て(十三巻第百五十一號續き). 動物學雜誌14 (159):6-10.

ダブリウ、シー、マッキントッシ William Carmichael  M'Intosh(著),宇野太郎(訳)1901c.海産動物の着色に就て(承前). 動物學雜誌14 (160):46-50.

— 高木喜美子(翻刻)1999.『享保侍帳』.

Stebbing, T. R. R. 1888. Report on the Amphipoda collected by H.M.S. Challenger during the years 1873–1876. Report on the Scientific Results of the Voyage of H.M.S. Challenger during the years 1873–76. Zoology, 29 (part 67): i–xxiv, 1–1737, pls. 1–212.

高橋堅 1902. 理學士 宇野太郎君逝く. 動物學雜誌, 14 (169): 424-425. 

東京帝国大学(編)1916.『東京帝国大学一覧』從大正4年 至大正5年,東京帝国大学, 東京. 国立国会図書館デジタルコレクション (参照 2026-05-05)

うの 1901. 日本近海にて「チヤレンヂー」號に由て採集せられたる「アムフイポーダ」.  動物學雜誌13 (150): 146–147. 

2026年4月28日火曜日

端脚類に世界はどう見えているか(4月度活動報告その3)

 ヨコエビは眼柄をもたず複眼が頭部の外骨格に埋没しています。身体の姿勢をそのままに眼をあちこちへ向けて情報を得ることができないため、基本的に視覚に頼った生活はしておらず、眼はよくないと言われます。
 種によっては「複眼を失っている」ものもいます。ヨコエビの「無眼種」は往々にして伝統的な形態観察手法において眼が観察できないものを指し、観察可能なレンズ構造を喪失しているだけで、視細胞が残っている可能性はあります。とはいえ、レンズ構造を喪失、あるいは複眼が分散して個眼化しているような種類は、少なくとも像として景色を捉える必要性は薄いのでしょう。
 ヨコエビの視覚について、既往研究から考えてみます。

眼は重要ではない

  • フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus:表層水の個体は複眼を具えるが、地下環境に生息する個体は「複眼を欠く」(篠田, 2006)。 
  • ガイコツヨコエビ科 Lepechinella arctica:複眼の有無は種内多型である (Lörz et al., 2020)。
 配偶相手や餌の探索において視覚に依存していないと考えられます。暗所と明所で行動パターンが変化する局面で、複眼を使っていると思われます。光量が減少したら逃げる、といった簡単なカギ刺激の一つとして視覚が機能しているのかもしれません。複眼の大きさ・存在感がこれらの種と同程度のヨコエビというのは他にもおり、こういった種は暗所適応能力をもつのか、あるいは複眼を欠いている種が明所で複眼を発現させることもあるのか、実験的なアプローチが俟たれます。

光を見てはいる

  • ヨコエビ属 Gammarus:加齢とともに負の光走性を示す (Hunte and Myers, 1984)。
  • ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis:昼間の活動量は日照と負の相関にある (松井ほか, 2023)。
 いずれもレンズ構造がそれなりに発達している種類です。これらの群において、少なくとも光量の多寡を感知して行動を変化させている可能性が示唆されます。他の用途に関する検証が俟たれます。

光だけ見ている

  • カイコウオオソコエビ Hirondellea gigas:感覚器の遺伝子発現を解析したところ、洞窟に生息するヨコエビの長波長 Opsin 遺伝子と近縁の配列が同定された。頭部にはレンズ構造が消失した領域には神経の集中がみられた。実際に光線を照射すると、水中での透過率が高い波長域の近傍にあたる 526 nm 付近の波長で発色団の高い光異性化が確認された(小林ほか,2015)。
 光情報の受容能力は、レンズ構造の消失とは必ずしも関係しないといえます。

捕食

  1. Guerra-García et al. (2014) は、イベリア半島に生息する端脚類の食性を多角的に検討した文献である。
  2. ワレカラ科,チビヨコエビ科,スガメソコエビ科,エンマヨコエビ科(テッポウダマ属),モクズヨコエビ科,マルハサミヨコエビ科,トゲヨコエビ科,アゴナガヨコエビ科(ダイコクヨコエビ属)などで動物由来(甲殻類・環形動物・動吻動物)の内容物が優占している。なお、タテソコエビ科は小川 (2011) でも捕食性であることが示されている。
  3. スガメソコエビ科は分散した個眼をもち、捕食に適しているとは考えにくい。水中の振動を感知している可能性、あるいは濾過食の過程で微小な甲殻類・環形動物を捕集したことも考えられる。
  4. これ以外の種類は、概ねヨコエビにおいて一般的・常識的といえる範疇の複眼構造を有する。
  5. 特に、クチバシソコエビ科は複数の属で甲殻類が優占した。この科のメンバーは、菊池 (1986) において発達した複眼を砂の上に出して獲物を狙うとされ、Yu et al. (2003) において主にソコミジンコ類を捕食しているとされる。
  6. 他方、複眼が目立たないヒサシソコエビ科も2属で甲殻類が優占した。このうち Metaphoxus属 はあまり発達していない複眼をもつが、Harpinia属 は一見すると複眼を持たない。レンズ構造をもたないヒサシソコエビ科は生時、頭部に白点をもつものがいるが、光刺激の受容はできても像を捉えているとは思えない。いずれにせよ、ヒサシソコエビ科は視力においてクチバシソコエビ科より劣位と考えられる。視覚に依存しない狩りの手法があるのかもしれない。
  • Stepien and Brusca (1985) は、生きた魚にフトヒゲソコエビ類 Aruga holmesi が攻撃する様子を野外観察している。この種の複眼はそれなりに発達しており、像を結び動きを追う能力をもつと考えられる。
 クチバシソコエビ科とヒサシソコエビ科は同じような軟質基質に同じように埋没して生活しますが、捕食の様式は全く異なるようです。クチバシソコエビ科はかなり複眼が発達していますが、動きを捉えるだけなのか、獲物の種類等を見極められるのかは、今後の展開に期待です。なお、クチバシソコエビ科の体色パターンは保護色の部類と考えられ、優れた視力が同族認知にも使われている可能性は低いと思います。

性選択

  • ハマトビムシ類:メスを獲得しているオスは、獲得していないオスと比較して体サイズが17%大きかった。体サイズの大きさは雄間闘争の優位性を示すものと考えられる。また、体重(体サイズ)の増大に比例して第2触角の長さは増し、加えて触角の赤みが強まる傾向がみられた。触角の赤さはオスが質の良さをメスへ示すための指標と解釈できるが、実際はメスの選択よりもオスが闘争によってメスを獲得することでペアが形成される傾向が示された (Iyengara and Starks, 2008)。
 実験デザインによっては、メスがオスの体色を識別していることを検証できる気がします。どのくらいの距離でオスを発見し、どのくらいの距離で質の違いを判断できるか、といったデータがとれると相当革新的だと思います。なお、オスの触角が赤みを帯びる現象は日本のヒメハマトビムシ種群でもみられるため、日本でも同様の実験が可能と考えられます。

複眼および視葉の構造

  1. クラゲノミ亜目:中層遊泳性の端脚類のグループで、種類によって頭部全体に複眼の構造が拡大するものが知られる。Lin et al. (2021) はクラゲノミ亜目の4属にヨコエビ属を加えた5属の端脚類を題材として、複眼に連なる神経および脳組織の構造を記述している。
  2. 円錐あるいは円筒形に大きく発達した頭部全体が「眼」になっているフクロウミノミ属 Cystisoma では、視葉が脳体積に占める割合は73%に達する。
  3. 光量が少ない深海に棲むランケオラ属 Lanceola の複眼はヨコエビ然とした大きさであり、視葉は脳体積の6%にとどまる代わりに、嗅葉は24%を占める。
  4. 視葉はその大きさのみならず構造も多様であり、とりわけロビュラ複合体はその構成ひいては在不在に至るまで、クラゲノミ亜目内で差異がみられる。
  5. フクロウミノミ属はロビュラおよびロビュラプレートを共に具えるロビュラ複合体構造を示しており、これはヨコエビ属およびその他の軟甲綱と共通した特徴である。これらの種類が得ている視覚情報の質は、ある部分で似通っている可能性がある。
  6. ロビュラを喪失したクラゲノミ属やタルマワシ属は、細部の形状や動きの感知において妥協しているものと考えられる。ロビュラプレートを一部あるいは部分的に喪失したランケオラ属やタルマワシ属は、広い空間を把握するに留まると考えられる。
  7. クラゲノミ亜目が標的とするゼラチン質プランクトンは動きが緩慢なため、動きの感知に関わる部位を失うことは大きな問題ではない可能性がある。
 クラゲノミ亜目において視葉の構造が特殊化していることが示唆されていますが、フクロウミノミ属を代表とした場合は軟甲綱全体にわたって共通した構造を有しているという結論に帰着するものと思いますので、それぞれの目から異なる系統・生息環境のサンプルを網羅的に集めて解析する必要があると思います。とはいえ、ヨコエビ属とフクロウミノミ属は中層遊泳性と沿岸表在底生という異なる生活様式を持ちながら、系統といった要素によって同じ視葉構造を共有していることが示唆されたといえます。どちらの環境にも対応できる幅をもったシステムを、沿岸表在底生の種が有しているという見方もできそうです。
 Lin et al. (2021) はクラゲノミ属が主にゼラチン質プランクトンを捕食していると述べていますが、杉崎 (1991) は鉛直運動をしながら珪藻食と肉食とを切り替える種を報告しています。捕食行動に耐える視力が求められる一方、対象の形状を見る必要がない摂餌様式もとりうることが、ロビュラを維持しなかったことと関係がある気がします。

複眼および個眼の構造

  1. フトヒゲソコエビ類:Meyer-Rochow and Tiang (1979) はOrchomene cf. rossi の新鮮な標本を解剖し、複眼の微細構造を観察することでどういった視覚情報を得ているかを考察している。
  2. O. cf. rossi は径の大きな桿体を持つことから個眼の受光角が広く、僅かな光を感知することに適した複眼をもつ。これに加えて個眼同士の隔離が十分でないといった特徴から、解像度という意味で視力はあまり良くないといえる。
  3. なお、Pontoporeia affinisAbyssorchomene plebsO. cf. rossi の3種は、個眼の大きさや数が異なるため、像の見え方に違いがあると推測される。また、複眼の色調はそれぞれ赤みを帯びた白色,黒色,橙色をしており、生活環境に応じて異なる遮蔽色素をもっていることが示唆される。
  • ハマトビムシ類:複眼の領域によって機能が異なり、上方は空を感知するといった分担によって砂浜上での位置把握を行っている (Ciofini et al., 2019)。
  • ハマトビムシ類:観察記録および複眼の構造から、夜間と昼間の活動に適応しており、海側と陸側とを識別していると考えられる (Ugolini et al., 2020)。
 これらの種の複眼は大きく発達しているように見えますが、必ずしも視力の良さを示すものではなく、広範囲の光を集めたり、視野角を確保するといった意味がありそうです。複眼の領域の面積を総体として捉えるよりも、個眼の大きさなどの要素を検討することが、視力(解像度)の推定につながるようです。

視物質

  • 甲殻類は発色団として普遍的にレチナール (A1) を具える。これに加え、端脚類では 3-ヒドロキシレチナール (A3) が発見されている。浅海・潮下帯種はレチナールのみをもつが、陸棲・淡水・深海種は3-ヒドロキシレチナールのみ、あるいは両方をあわせもつ(外山,2021)。
 A3は長波長帯に光異性化のピークを持つため、陸棲種は浅海種と比較して、赤色寄りの可視領域に高い感受性を持つ可能性があります。これはIyengara and Starks (2008) が提示した「ハマトビムシ類においてオスの触角の赤色の強さをメスが感知している」というシナリオと矛盾しません。

発光

  •  Thoriellidae科 Chevreuxiopsis franki :顎脚を生物発光させ、その光を装飾的な突起をもつ第2触角で反射、あるいは黒色の第1咬脚で覆い隠すことで、何らかのコミュニケーションをとっていることが示唆されている (Halfter and Coleman, 2019)。
  • Photosella属:胸脚の基節に発光体を具える (Lowry and Stoddart, 2011)。
  • マルソコエビ属 Urothoe poseidonis:体表から発光バクテリアが発見されている (Gillan and Dubilier, 2004)。
  • ハマトビムシ類 Orchestoidea gracilis:体表の発光現象はバクテリアの影響と考えられている (Bousfield and Klawe, 1963) 
 捕食者との関係性が指摘されがちな発光現象、 Thoriellidae科において種内のコミュニケーションに利用されている可能性は大いに検討の余地があります。ただし、そもそも1属を構成する種数が少なく、またオスのみ・メスのみで記載されている種が珍しくないため、この群は基盤となる分類学的知見が不足しています。

色覚

  • ヨコエビ科 Pectenogammarus olivii:日当たりの良い水路に生息する本種は、青色光と紫色光の暴露には反応を示したが、赤色には無反応だった (Grintsov et al., 2022)。
 P. olivii は浅海・汽水に生息する種ですが、これは外山(2021)が示した「浅海・潮下帯種がもつ発色団は短波長寄りの可視領域に光異性化ピークがある」との見解と矛盾しません。ただ、この論文は人工光による光害の影響を踏まえた基礎研究であり、物体の色調に対する認知や反応とは必ずしも結びつかない可能性があります。

体色

  • ハマトビムシ類:鉤頭虫の寄生はハマトビムシ類に体色変化を引き起こす (Lagrue et al., 2016)。
  • フトヒゲソコエビ類:液相クロマトグラフィーを用いてカロテノイドを抽出したところ、オオオキソコエビおよびツノアゲソコエビ属の一種の双方においてアスタキサンチンが主成分であった。それ以外の少量のカロテノイド色素の組み合わせによって、それぞれの種の体色が決定されているものと考えられた (Thoen et al., 2011)。
  • ヨコエビ上科 Eulimnogammarus属:青色/赤色,緑色/黄色の部位でカロテノイドのppm値を比較すると、僅かに差がみられた。体色が異なる個体同士でヘモリンパ液中のクラスタシアニンの分子量を解析したところ、その組成には明瞭な差がみられた。体色の違いは色素タンパクの割合によると考えられる (Drozdova et al., 2020)。体色は必ずしも種の違いを反映せず、異なる体色の個体同士での交尾前ガード行動も観察されている。
 メカニズム,色素の種類,体内での存在状態といった、それぞれ異なるアプローチの研究といえます。分類群や生息環境が異なること、寄生生物といった要因が複雑に絡み合うことを踏まえると、ヨコエビの体色決定についてその生物学的要因から生理学的機序、物理的作用までを一貫して解明することは非常に困難に思えます。摂餌を介した色素物質の移行といった現象も気になります。

体色パターン

  • ハマトビムシ類:背面の斑紋パターンに注目し、分類への活用が試みられている (Inoue, 1979; Chapman, 2007; Wildish and Martell, 2013)。
  • ユンボソコエビ属:体表の色素斑のパターンに種間で差異があることが指摘されている (Conlan and Bousfield, 1982)。
  • メリタヨコエビ属:よく似た色彩パターンをもつ2種において、境界のくっきり度合いや色分けエリアが微妙に異なる (有山, 2022; Tomikawa et al., 2025)。
 ハマトビムシ類・ユンボソコエビ属・メリタヨコエビ属の体色は保護色(特に分断色)の機能が主で、種内で同族識別に用いられるとは考えにくいです。


 まとめると以下のようになると思います。

  • 沿岸表在底生種は中層遊泳性より細かな形状の把握に優れている可能性。
  • 大きな個眼は解像度が低い可能性。
  • 「無眼種」は視力を失っていると考えられるが、光情報を得られているかどうかとは別の話。
  • 浅海・潮下帯種と、陸棲・淡水・深海種とでは、短波長および長波長の可視領域での感受性が異なる可能性。
  • 発光する種は僅かであり、意図的に発光して同種他個体同士でコミュニケーションを図る例は立証されていない。将来的に検証されたとしても、非常に稀な例と考えられる。
  • 体色の色調はヘモリンパ液中の色素タンパクの組成によって決定し、斑紋パターンは外骨格内の色素胞の分布により決定するが、種内のコミュニケーションには必ずしも活用されない。


<参考文献>

有山啓之 2022. 『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. [ISBN: 9784303800611]

— Chapman, J. W. 2007. Gammaridea. In: Carlton, J. T. The Light and Smith Manual Intertidal Invertibrates from Central California to Oregon. Fourth Edition, Universary California Press, pp.545–618.

Ciofini, A.; Mercatelli, L.; Yamahama Y.; Hariyama T.; Ugolini, A. 2019. Regionalization in the compound eye of Talitrus saltator (Crustacea, Amphipoda). bioRxiv, 844027.

Conlan, K. E. and Bousfield, E. L. 1982. The Superfamily Corophioidea in the North Pacific Region. Family Aoridae: Systematics and Distributional Ecology. National Museums of Canada, Publications in Biological Oceanography, 10: 77–100.

Drozdova, P.; Saranchina, A.; Morgunova, M.; Kizenko, A.; Lubyaga, Y.; Baduev, B.; Timofeyev, M. 2020. The level of putative carotenoid-binding proteins determines the body color in two species of endemic Lake Baikal amphipods. PeerJ, 8: e9387. 

Gillan, D. and Dubilier, N. 2004. Novel epibiotic Thiothrix Bacterium on a marine amphipod. Environmental Microbiology, 70 (6).

Grintsov, V. A. ; Kuznetsov, A. V. ; Zheleznova, S. N. ; Ryabushko, V. I. 2022. Colour vision of the amphipod Chaetogammarus olivia H. Milne Edwards, 1830 under acute light Exposure. Ecological Safety of Coastal and Shelf Zones of Sea, (4): 104–116. 

Guerra-García J. M.; Tierno de Figueroa, J. M.; Navarro-Barranco, C.; Ros, M.; Sánchez-Moyano, J. E.; Moreira, J. 2014. Dietary analysis of the marine Amphipoda (Crustacea: Peracarida) from the Iberian Peninsula. Journal of Sea Research, 85: 508–517.

Halfter, S. and Coleman C. O. 2019. Chevreuxiopsis franki gen. n., sp. n. (Crustacea, Amphipoda, Thoriellidae) from the deep sea southwest of Tasmania. Zoosystematics and Evolution, 95 (1): 125–132. 

Hunte, W.; Myers, R. A. 1984. Phototaxis and cannibalism in gammaridean amphipods. Marine Biology, 81: 75–79. 

— Inoue K. 1979. The significance of variations in dorsal body markings of Orchestia platensis Krφyer (Amphipoda, Talitridae). Proceedings of the Japanese Society of Systematic Zoology, (16): 23–32. 

Iyengar, V. K. and Starks, B. D. 2008. Sexual selection in harems: male competition plays a larger role than female choice in an amphipod. Behavioral Ecology, 19: 642–649.

— 菊池泰二 1986. 第一編 ヨコエビ類の分類検索, 及び生態, 生活史に関する研究. In: ヨコエビ類の生物生産に関する基礎研究. 昭和60年度農林水作業特別試験研究費補助金による研究報告書. pp. 9–24.

— 小林英城・山濱由美・外山美奈・高久康春・針山孝彦・荒井渉・高見英人 2015. トランスクリプトーム解析から予想されるカイコウオオソコエビの感覚器.ブルーアース 2015発表資料.

Lagrue, C.; Heaphy, K.; Presswell, B.; Poulin, R. 2016. Strong association between parasitism and phenotypic variation in a supralittoral amphipod. Marine Ecology Progress Series, 553: 111–123. 

— Lin C.; Hoving H.-J. T.; Cronin, T. W.; Osborn, K. J. 2021. Strange eyes, stranger brains: exceptional diversity of optic lobe organization in midwater crustaceans. Proceedings of the Royal Society, B, 2882021021620210216 

Lörz, A.-N.; Brix, S.; Jażdżewska, A. M.; Hughes, L. E. 2020. Diversity and distribution of North Atlantic Lepechinellidae (Amphipoda: Crustacea). Zoological Journal of the Linnean Society, 190 (4): 1095–1122.

Lowry, J. K. and Stoddart, H. E. 2011. The tryphosine genera Photosella gen. nov. and Tryphosella Bonnier, 1893 (Crustacea: Amphipoda: Lysianassoidea: Lysianassidae: Tryphosinae) in Australian waters. Zootaxa, 2956: 1–76.

— 松井里菜・柚原剛・市毛崚太郎・鈴木碩通・占部城太郎 2023. P1-079  アクトグラムからわかった砂浜のハマトビムシ類の日周活動:光と湿度の交互作用【A】.  日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨.

Meyer-Rochow, V. B. and  Tiang K. M. 1979. The effects of light and temperature on the structural organization of the eye of the Antarctic amphipod Orchomene plebs (Crustacea). Proceedings of the Royal Society London B, 206: 353–368. 

小川洋 2011. 東京湾のヨコエビガイドブック (web publication). 138pp. 

篠田 授樹 2006. 東京都の湧水等に出現する地下水生生物の調査. 研究助成・一般研究 vol.28-No.164.

Stepien, C. A. and Brusca, R. C. 1985. Nocturnal attacks on nearshore fishes in southern California by crustacean zooplankton. Marine ecology – progress series, 25: 91–105. 

杉崎宏哉 1991. ニホンウミノミの生態学的研究. 日本生態学会関東地区会 会報, 40: 12–13.

— 外山美奈 2021. 海岸のハマトビムシが視物質の起源を教えてくれる.うみうし通信110:5–8.

 — Thoen, H. H.; Johnsen, G.; Berge, J. 2011. Pigmentation and spectral absorbance in the deep-sea arctic amphipods Eurythenes gryllus and Anonyx sp.. Journal of Polar Biology, 34: 83–93. 

Tomikawa K.; Yamato S.; Ariyama H. 2025. Black-and-white disruptive coloration maybe convergent: a new species of Melita (Amphipoda: Melitidae) from Japan. Zoological Science, 42 (6): 605–619. 

Ugolini, A.; Borgioli, G.; Galanti, G.; Mercatelli, L.; Hariyama T. 2020. Photoresponses of the compound eye of the sandhopper Talitrus saltator (Crustacea, Amphipoda) in the ultraviolet-blue range. The Biological Bulletin, 219 (1): 72–79.

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Yu O. H.; Suh H.-L.; Shirayama Y. 2003. Feeding ecology of three amphipod species Synchelidium lenorostralum, S. trioostegitum and Gitanopsis japonica in the surf zone of a sandy shore. Marine Ecology Progress Series, 258: 189–199.

2026年4月26日日曜日

かくれんぼ展(4月度活動報告)

 

 足立区生物園の企画展でトゲワレカラが展示されているとのことで、見に行きました。


卒研時代のとあるラボ生の勤務先なんですよね。



ポスターにワレカラは描かれてないんですよねぇ…

 「かくれんぼ展」としては他にナナフシとかナナフシとかもラインナップされているのですが、海に接していない地域の施設でワレカラの生体展示というのはかなり攻めていると思います。


オゴノリ Gracilaria にトゲワレカラ Caprella scaura。コレ即ち最強。


 聞くところによると、この水槽は企画展のためのもので期間が終われば撤収してしまうとのことですが、これまで担当者が工夫を重ねて累代飼育のノウハウを蓄えてきたとのことで、引き続きワレカラの観察は続けていくようです。今後も何らかのかたちで展示し続けてくれるとありがたいのですが。


トゲワレカラ抱仔メス(白丸内)


 アマモ水槽にはウミミズムシ gen. sp. とタナイス fam. gen. sp. がいましたが、他の水槽含めてイソヨコエビ属を見つけることはできませんでした。今後の課題とします。


深海生物パネルにいたダイダラボッチ(ブレブレ)

 ワレカラは複数個体が抱仔行動を行っていて、海藻に紛れる生態のみならず、子育ての様子も観察できるのが良いですね。隠れている個体を探すというコンセプトに沿って生息基質としてオゴノリが入れられていて、静止画としては全く見分けがつかないながら、盛んにヘドバンをしているので肉眼でわりと容易く見つけることができます。展示の題材として優れていると思います。


2026年4月1日水曜日

2026年4月1日活動報告

  カイコウオオソコエビは独自のセルラーゼをもち、また体表にアルミニウムを凝集するという研究があります。エネルギーやレアアースの確保に苦慮する島国日本に、これらの性質が希望をもたらす可能性があります。





 こちらの資料では、官民学一体で海底資源の確保に動いていることが分かります。

 手順は以下の通りとされています。

  • 海底からレアアースを含む泥とヨコエビを採取し、加圧した容器に格納して保持する
  • 一定期間経過後、ヨコエビを捕集する
  • 凍結乾燥後に粉砕し、得られた粉末を溶媒に溶かし込み、液クロにかける(セルラーゼの回収)
  • 残った液体を再調整した後、キレート剤を添加し、電解膜で回収(レアアースの回収)
  • 残滓は舗装材など土木分野へ転用


 現時点では海底の泥の試掘を行っている段階で、陸上での小規模パイロットプラント稼働を経て、大規模な事業化を目指すようです。

 深海性のヨコエビは種特異的に様々な金属元素を濃縮することがミソで、必要な元素に応じて対応する種類のヨコエビを誘引・捕獲するシステムが構築できます。元々レアアース泥は汚染物質の含有量が少なく高品位の資源といわれていますが、回収した底泥から、あるいは海底の広い範囲から目的の元素だけを回収することができれば、更にクリーンで無駄のない採掘が可能になります。


 バイオアッセイとして歴史の長いヨコエビが、観測だけでなく工業的な生産ラインに組み込まれる時代はすぐそこまで来ているようです。















 というわけで、今年もエイプリルフールでした。

 カイコウオオソコエビの元ネタは Kobayashi et al. (2019) ですが、実はネオジム,ガドリニウム,イッテルビウムがフトヒゲソコエビ類に濃縮される現象に着目し、生理的応答を調べた研究は実在するんですよね (Riedel et al. 2024)。もっともこれは、海底レアアース採掘時に発生する廃棄物が引き起こす海洋汚染の影響という話です。


<参考文献>

— Kobayashi H.; Shimoshige H.; Nakajima Y.; Arai W.; Takami H. 2019. An aluminum shield enables the amphipod Hirondellea gigas to inhibit deep-sea environments. PLoS One: 17.

— Riedel, J. A.; Smolina,I.; Donat, C.; Svendheim, L. H.; Farkas, J.; Hansen, B. H.; Olsvik, P. A. 2024. Into the deep: Exploring the molecular mechanisms of hyperactive behaviour induced by three rare earth elements in early life-stages of the deep-sea scavenging amphipod Tmetonyx cicada (Lysianassidae). Science of The Total Environment,  952, 175968.


 「カイコウオオソコエビのアルミニウム装甲」は「そもそもアルミを含むゲルという説だった」「後の研究で否定された」という意味で、二重で間違っていますのでご注意ください。


 なお、本稿の画像作成にはChatGPTのサポートを得ました。