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2026年6月28日日曜日

ヨコエビワークショップ(6月度活動報告)

 

 ヨコエビの講演をしました。




 詳細は割愛しますが、概ね以下のような流れでした。

  • ヨコエビの基本情報
  • 対象エリアで採取されたサンプルの観察
  • 種類の解説
  • ブルーカーボンにおけるヨコエビ観察の意義
  • 東京湾のヨコエビガイドブックの内容について


 小学校中学年から院生くらいまでを射程に入れた講演で、このようなメニューはなかなかないのではと思います。実際どのくらいお役に立てたかは分かりませんが、基礎的な部分から環境教育の実践といった部分まで、興味関心にはなるべくお応えできるよう腐心したつもりです。


 敢えてこの記事には、自分にとっての学びや気づきについてだけ書かせて頂こうと思います。


ヨコエビは小さすぎる

 今更。ルーペでの観察はまず成立しない。


端脚目全体の分類体系を俯瞰できる図は使いやすかった

 上科までのものを作れば、更に使い勝手が増す気がします。

※当日使用した図において、一部亜目が欠落しておりました。すみません。


攻撃性への関心

 見るからに捕食性を示すような見た目でないためか、自分より大きな獲物を狩る肉食性というような性質は興味を引きやすいようです。著名な報告として、刺し網漁業における食害 (石川ほか, 2026) と養殖魚類に対する攻撃 (Stepien and Brusca, 1985) が挙げられます。


 ヨコエビについて、どこまで分かっていて、どこから分かってないか、おおまかに伝えることはできたと思います。私の分からないこと、あるいは学問的に基盤の弱いところについて、そのまま受け容れて頂けたのはありがたかったです。

 ヨコエビの教育的意義については私もなかなかアイデアがひねり出せずにいますが、富川・吉村 (2025) という教育的意義に相当な軸足を置いた論文が出ましたので、これはかなり心強いのではないでしょうか。


 思いのほかヨコエビへの関心は高く、また基礎的な情報を得る機会が不足していることを実感しました。このブログやツイッター、Wikipediaなどでなるべく確かな情報を簡単に手に入れられるよう考えてきたつもりでしたが、薄々気付いていた「文字で虚空に叫んだとて」という部分はやはり無視できないものと改めて思いました。



〈参考文献〉

— 石川哲郎・武川淳司・大竹優也・太田吉陽・松田絵里 2026. 刺し網漁獲物を食害するヨコエビ類スイムシヨコエビ(新称)Aroui onagawaeの仙台湾からの報告と分布特性.日本水産学会誌 J-STAGE早期公開版,4 pp. 

Stepien, C. A.; Brusca, R. C. 1985. Nocturnal attacks on nearshore fishes in southern California by crustacean zooplankton. Marine ecology – progress series, 25: 91–105. 

吉村比呂・富川光 2025.端脚類(節足動物門:甲殻亜門)を用いた生物分類教材開発に向けた標本観察方法の確立.広島大学大学院人間社会科学研究科紀要 教育学研究:35-42.


2026年2月23日月曜日

パンダヨリパンダ(2月度活動報告)

 

 一昨年にパンダメリタヨコエビ昨年ヨリパンダメリタヨコエビが記載されたことは記憶に新しいですが、これらパンダ柄メリタがジャイアントパンダ去りし和歌山県で生体展示されているとのことで、見てきました。



すさみ町立エビとカニの水族館

 実は初訪問となります。白浜の臨海実験所にはお邪魔したことがありますが、この時はパンダは見られず。





 訪れる前、かなりこぢんまりした施設という印象でしたが、実際観てみると物量は相当なものでかなり見応えありました。そしてウミガメとペンギンがいるとは露知らず。他にも甲殻類以外の展示も相当充実していました。

 これだけ細やかな運営ができるのはやはり海水がほぼ掛け流し状態というのもあるでしょう。地震大国においてかなり不安を煽る立地ではあるものの、海辺の水族館はやはり品質が良い。


 さて。


よく見ると標示が一部落下してるようですね

 過去に訪れた様々な端脚生体展示の中でも群を抜いた情報量と質ですね。パンダメリタヨコエビとヨリパンダメリタヨコエビのそれぞれの記載論文でコレスポとなった、広島大学の富川先生が全面監修していて、ヨコエビの特性から記載論文のシステム、メリタヨコエビの研究状況に至るまでとにかく分かりやすい本質情報の洪水です。水圏生物に配慮して周りが暗いので、少しだけ読みにくいのが難点ですが。


パンダメリタヨコエビ Melita panda

ヨリパンダメリタヨコエビ Melita pandina

 まぁ、違うっちゃ違うよね。

 形態学上は第3尾肢外肢に第2節が付加されるかどうか、といった明確な違いがあるものの、肉眼では「ヨリパンダのほうが模様がクッキリ」という違いくらいしかなさそうですね。模様の形状も体躯もほとんど同じ。これは野外での識別は厳しい。というか、仮に水槽の中で混ざっても、ほぼ気づかない気がします。

 交尾前ガードをしている個体もおり、生時の様子がよく分かります。餌を食べている様子が見れなかったのは残念。

 水槽の前で足を止めた年配のご夫妻、奥様が「かわいー」と黄色い声を上げてらっしゃいました。


 同館においては、これら2種の繁殖も狙っているとのこと。大型のメリタヨコエビなので水槽環境との相性は良さそうです。そして何より「横向きに移動する」という特性が、水槽においてあの微小甲殻類の姿を最大限見やすくする効果をもたらしているようです。同じサイズでも水槽底面や側面に対して身体の下部を向けて定位するような生物は、かなり見づらいでしょうから。メリタヨコエビは基質のビーズに沿って水槽の壁に整列していて、時々逆立ちしようよ、とばかり身体をくるりと回したり、オス同士がドツきあったりするものの、基本的には手前の壁沿いでイベントが起こるので、ずっと見てられます。

 今後レギュラーメンバー化するようなことがあれば、世界的にも珍しい「ヨコエビ専用の常設水槽をもつ水族館」となるのではと大いに期待させられます。



磯的環境

 せっかくなのでフィールドにも繰り出してみましょうか。これまでの和歌山での採集は白浜,名草浜と数えるほどで、まだまだ知見が足りません。

 最干潮の2時間前くらいで、あまり干出していません。かろうじて汀線より出ている転石に付着した緑藻や褐藻を洗っても、恐らくフサゲモクズと思われる幼体が多少出てくるだけで、あまり面白くありません。これは仕方ない。

 岩の上に小さなタイドプールがあります。これまで見向きもしてきませんでしたが、網走の経験がここで活きてきます。実はこの微小環境、特異的に棲息するヨコエビがおるのです。


 ツルツルした岩場ですね。数センチの深さの凹みに水が溜まっています。これといって海藻らしい海藻の姿もないタイドプールですが、こんなとこにもヨコエビはいます。


 このカサガイの縁とかクラックの隙間に入っています。模様がよく似てます。

アトモクズ属 Apohyale


 驚かすと、水中を猛スピードで遊泳し、更には水から勢いよく飛び出してジャンプして手が付けられません。とにかく瞬発力が異常に高い。サキモクズ属 Protohyale にはそのような能力はありませんので、普通の洗い出し法でヨコエビを集めるのとは全く違う工夫が必要になります。それでも浅場から海藻を持ち上げてバケツやバットに放り込み、振盪し、水を替え、といった動作を伴う洗い出し法より、こちらは最小限の動きで済むため、粘っていれば形態の検討に必要な何個体か集めることはできます。

 なお、パンダ柄メリタは採れませんでした。



<関連記事>


2025年8月23日土曜日

甲殻WONDER(8月度活動報告)

 

 7月末、地方の博物館で「ヨコエビ」をテーマとした展示をやるという情報が駆け巡り、衝撃を受けました。

 場所は北の大地。

 数年来、東農大オホキャン近辺で新しいヨコエビストが爆誕した霊圧を感じてはいたのですが、それと関係はあるのでしょうか。


 8月1日から開始の特別企画展「甲殻WONDER・網走のヨコエビ展」。子供の夏休みに合わせた企画展ならなぜ7月からやらないのか疑問に思われるかもしれませんが、網走市内の公立小学校の夏休みは7月25日~8月21日みたいな感じで本州とはだいぶ趣が違うんですよね。しかしまぁ、言ってもしょうがないですが、どのみち夏休み開始には間に合ってないですね。


 網走で特にヨコエビ研究が盛んという話は訊かないので、行ってみるまではどういう方向から攻めてくるのかまったくわかりません。しかも主催は地域の郷土博物館です。完全ノーマークでした。恐らく標本とパネルを用いた地域ファウナの紹介を軸として、基礎情報や親しみかたなんかを扱うのではないかと思われました。フクロエビ上目が前に出てるのは、このへんで十脚の多様性がそれほど高くないためでしょうか?

 ダンゴムシの観察イベントの実績がある施設のようですが、ほとんどの沿岸性ヨコエビはダンゴムシよりだいぶ小さい気がします。体長で勝てるのはニッポンモバヨコエビとヒゲナガハマトビムシ属,オオエゾヨコエビ属くらいなのでは。なお、本州からしてみると「今更ダンゴムシなんて」と思われるかもしれませんが、北海道では四半世紀前までオカダンゴムシはUMAみたいな存在で、今もそれほどありふれた虫ではないので、このへんの温度感の違いというのも、フクロエビ上目への眼差しと関係があるかもしれません。


 茨城栃木でも潮間帯ベントスや甲殻類をテーマとした企画展でヨコエビが展示されていましたが、分類がされてなかったり或いは怪しかったり、タイトルからハブられてたり、扱いが悪いのはデフォだった想い出(正直網走の展示ポスターも驚くほど主役のヨコエビが目立たないデザインなのですが)。科博で謎の講座が行われたことはありましたが、それ並みの、あるいはそれ以上のイレギュラーに思えます。道東で一体何が起きているのか…



〈網走市某所〉

 せっかくなので自力の採集を計画しました。

 節理が目立つ火山岩地質の自然海岸で、崖がオーバーハングしています。付近に真新しい落石はないようですが、崖下に長居するのは危ない気がします。


 磯環境は洗濯板のような一枚岩で、転石は少ないようです。表面は小さなフジツボで被覆され、これといって大型藻類は見えません。とても限られた範囲にタイドプールがありました。

 砂浜は潮上帯から潮間帯上部にかけて泥シルトは少なく、山砂が卓越します。

 漂着物はスゲアマモを主体とし各種褐藻が混じるようです。

 ヘラムシやコツブムシが多いですね。本州ならアゴナガヨコエビ科とかたくさん出るはず。


ヘッピリモクズ属Allorchestes
実物は初めて見ましたが、どのへんが「へっぴり」なのかわかりません。

キタヨコエビ科Anisogammaridaeの2属。
キタヨコエビ属Anisogammarusは初めて見ました。

 河口に流れ込んで腐朽した褐藻にもトゲオヨコエビ属がついています。


 洗濯板の片隅に典型的なタイドプールがあり、こちらを見上げている奴と目が合いました。



たぶんモクズヨコエビApohyale cf. punctata。これが元祖ですか。

ドロクダ。数は採れず。

 潮上決戦といきますか。

ヒメハマトビムシ種群。

 ヒゲナガハマトビムシもいるはずですが、昼間に採るのはやはり難しいですね。



〈網走市立郷土博物館〉

 考古がメインかと思いましたが、どうやら1階が自然史、2階が人文といった構成になっているようです。建物自体が戦前の建築物で、和洋折衷と北海道の大自然やアイヌ文化の文脈を参照しようと試みた、「時代の建築」といった趣です。空調は当然後付けですが、建築家が自らデザインしたという調度品やステンドグラスといった細かいものもそのまま使われていたりして、見応えがあります。



 「甲殻WONDER」は、一部常設展や他館から展示物を借りつつ、大きく「網走における甲殻類の利用」「甲殻類の化石」「非カニ下目・ヤドカリ下目十脚類」「カニ下目」「ヤドカリ下目」「口脚目―アナジャコ下目―エビジャコ上科/オキアミ目―アミ目/カブトガニ」「六幼生綱/等脚目」「端脚目」「汎甲殻類」といったテーマごとにまとめられています。



 会期は8月末までで今日はギャラリートークの日なのですが、これからパネルや標本はもう少し増やす予定とのことでした。



 気になる企画の趣旨ですが、昨年にテーマとしていた「ダンゴムシ」から派生してその親戚という位置づけでヨコエビをターゲットに据えたそうです。1年間サンプルを蓄積し準備してきたものの、分類に苦戦して種名の確定に至ったのはごく一部、とのこと。確かに難物のドロクダムシ科やヒゲナガハマトビムシ属といった標本が散見され、現状種分類が不可能ともいえる側面が見えつつ、キタナミノリソコエビなど比較的落ちやすいグループもいました。道東では厚岸周辺での研究進捗が比較的有名ですが、網走の潮間帯においてまとまった研究はないように思えるので、先立つものがない不便さは大きいと思います。また、展示担当学芸員の方は地下水性種にも興味があるそうで、洒落にならない展開が待っている可能性もありそうです。こわい。


 ギャラリートークに参加されていたのは概ね近郊にお住まいと思われる方々で、この博物館のイベント常連といった雰囲気でした。定員20名に対して当日飛び込み含めて参加者は8名ほど。ヨコエビに対してこれといったアツさを持って帰って頂けたのかわかりませんが、色彩の多様性はリアクションが良かったような気がします。

 確かに日本の温帯~寒帯において潮間帯をガサガサした時に見られる端脚類の色や形は、同所的に獲れる他の甲殻類と比べて、目単位で見るとより多様な気がします。



 個人的に「甲殻WONDER」の白眉はなんといっても日本に2つしかないオニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas の化石標本のうち1つが展示されていることです。これを生で見れることは他の施設ではまずありません。


 また、端脚類の標本や写真はどれも美麗で、多くの深海展などで見られる白く褪色してフォルマリン瓶の向こうにいる、みたいなヨコエビ像より目に楽しいのは印象的でした。ダイダラボッチはもともと白いので仕方ないですが。アクアマリンふくしまでヒロメオキソコエビを液浸にせず特殊な薬品によって柔軟性を保ったまま展示するといった試みが昨年学会発表されていましたが、やはり褪色する液浸より乾燥標本とかのほうが、短期間では間違いなく見栄えがするといえるでしょう。


ヒゲナガハマトビムシ属の主張が強い。

 タイトルにある「網走のヨコエビ」については、分類や生態の掘り下げは十分でなく、例えば地場の端脚類相を勉強したいという方にはあまり有用ではないかもしれません。ただ、富川(2023)でも採り上げられた、ホッチャレ(放精・産卵を終えた鮭の遺骸)を分解するという部分や、またその鮭の餌資源になっている話などが、魚の剥製や写真を交えて紹介されており、網走の重要な漁業資源を支えている一面にリアルな感覚をもって触れることができるでしょう。

 甲殻類全体としては、入れ子構造を示す複雑な分類の概念や、似て非なるものにややこしい呼び名がついていることに対して、果敢に説明を試みている点に好感がもてます。


 「甲殻WONDER」はほぼ個人的研究の賜物らしく、残念ながら今後機材などを揃えてヨコエビをフィーチャーしていく予定はないとのことですが、まぁ、企画展でヨコエビを扱うこと即ち端脚沼に骨を埋める覚悟、というのも相当不健全に思えますので、改めて、研究基盤のない拠点でもヨコエビに光を当てた展示を積極的にやってほしいという気持ちです。

 

 ちなみに、網走市立郷土博物館の人文パートは縄文から昭和までを網羅していますが、網走に特有かつ北海道考古学において重要な発見とされているオホーツク文化の展示は、分館のモヨロ貝塚館でより掘り下げられています。



<参考文献>

2025年7月12日土曜日

聖地巡礼シリーズ「松川浦」

 

 函館福井と続けてきた、主に端脚類のタイプ産地を廻るこのシリーズ(?)。今回は環境省のモニタリングサイト1000の調査協力で、福島県の松川浦に行ってきました。サンプルの同定協力はしたことがありますが、現場は初です。





松川浦の端脚類相

 松川浦は言わずと知れたヨコエビ聖地の一つではあるものの、継続して端脚類研究の拠点になっているわけではなく、何より32年前に採られた手法がプランクトンネット採集であったため、親しみやすい潮間帯のファウナはあまり語られていないのが実情だったりします。


過去の調査結果
文献 Hirayama and Takeuchi (1993) 環境省 (2013) 富川 (2013)
出現種 Pontogeneia stocki, Atylus matsukawaensis, Synchelidium longisegmentum, Dulichia biarticulata, Gitanopsis oozekii, Stenothoe dentirama, Lepidepecreum gurjanovae, Eogammarus possjeticus, Tiron spiniferus, Allorchestes angusta, Ampithoe lacertosa, Aoroides columbiae, Corophium acherusicum, Ericthonius pugnax, Gammaropsis japonicus, Guernea ezoensis, Jassa aff. falcata, Synchelidium lenorostralum, Melita shimizui Ampithoidae gen. sp., Grandidierella japonica, Corophiidae gen. sp., Melita shimizui, Melita setiflagella, Ampithoe sp.
Ampithoe lacertosaAmpithoe valida, Hyale sp., Melita shimizui, Talitridae gen. sp.

 属位変更はなんとかなるとして、後に日本個体群が別種として記載されたブラブラソコエビAoroides columbiae(→A. curvipesなどは解釈に注意が必要です。Jassa aff. falcataは順当にいけばフトヒゲカマキリヨコエビJ. slatterlyと推定されますが、他の近似種や未記載種の可能性もあります。
 富川 (2013) の各種は0.5mm目合いの篩にかけて採取されたもので、モニ1000の定量調査に近い手法で行われています。Hyale sp.は恐らくフサゲモクズPtilohyale barbicornis、Talitridae gen. sp.は広義のヒメハマトビムシであろうと思います。


 今回の調査結果はいずれ然るべき媒体でアウトプットされるはずですが、本稿ではフィールドの雰囲気だけお伝えします。比較対象が関東の干潟になってしまうのはご了承ください。



松川浦北部前浜的干潟

 砂州から内側へ突き出た遊歩道の周辺が、調査地になっています。遊歩道の左手には転石帯、右手にはヨシ原が広がっています。転石帯側は、遊歩道根元の少し引っ込んだエントリーポイントから澪筋を越えると、いつの間にか流れのある川へ至ります。ヨシ原側は、汀線方向へ進むにつれカキ礁が卓越します。基質は全体的に有機物の多い砂泥で、転石帯にはパッチ状に底無し沼的なゾーンがあります。


 今回はアオサやオゴノリの繁茂はみられず、干出面はホソウミニナとマツカワウラカワザンショウに被覆されています。深さのある場所では流れの中にアマモの群落が散見されます。


 アマモ葉上やカキ殻表面にはホンダワラ類の付着が散見されました。
 端脚類はアマモ葉上で最も充実しており、表在底生グレーザー・植物基質寄りの自由生活ジェネラリスト・遊泳グレーザーの3者が最も優占していました。いずれの基質においても、造管濾過食者はかなり少ない、むしろほとんどいない印象です。




松川浦南部河口的干潟

 最奥部に開口した細い水路周辺に形成されている、典型的な内湾の富栄養泥干潟です。表層に触れるだけで還元化した黒い部分がのぞくシルトの底質に、転石やカキ殻が散らばっています。一歩進めるごとに足をとられ、ケフサイソガニ類が横っ飛びします。膝をついてじっとしていると、いつの間にか大量のヤマトオサガニに取り囲まれます。

 造管懸濁物食者が高密度に棲息し、漂着物のような多少柔軟性のある基質の周囲には硬質基質寄りの自由生活ジェネラリストが見えますが、際立って端脚類の多様性が高い箇所はみられません。


 潮上帯において、打ち上げ物は陸由来の植物質が卓越し、転石帯とともに、関東の同様の環境から推測できる代表的な属ないし種の構成となっています。 



おまけ:松川浦北部河口

 ここはモニ1000の対象ではありませんが、かなり特色のあるポイントです。


 松川浦に注ぐ最も大きな川の河口部です。ヨシ原が発達しており、深みにはわずかなカキ殻などの硬質基質にオゴノリやアオサが付着しています。底質は基本的に石英や珪岩などが卓越する明色の砂泥で、場所により陸上植物砕屑物が多く混入したり、ヨシ原が幅広く残っている場所ではシルト・クレイ分が増えて底なし沼化しています。泥干潟おなじみのカニがひしめいています。

 甘めかつ基質の多様性が低い環境で、大型藻類上や堆積物中には植物基質寄りの自由生活ジェネラリスト,遊泳性グレーザー,表在底生グレーザー,硬質基質寄りの自由生活ジェネラリストが優占していました。顔ぶれは三番瀬や小櫃川河口に似ています。潮上帯転石下にはフナムシ属が優占し、ヨコエビは僅少でした。



 今回は、定量調査を補完しリストを充実させる意味合いで定性調査専任での参加でした。結論からいうと劇的な種数増には至りませんでしたが、フィールドの感じは何となく掴めてきたので是非ともリベンジしたいところです。もし松川浦という海域のインベントリを行う場合、燈火採集や硬質基質の要素が加われば、科~種の数はもう少し増やせそうです。もはや干潟のモニ1000ではありませんが。



おまけ:蒲生干潟

 環境省やWIJとは関係なく、地元で連綿と継承されてきた定量調査に同行しました。

過去の調査結果
文献 松政・栗原 (1988) Aikins and Kikuchi (2002) 近藤 (2017)
出現種 Grandidierella japonica, Corophium uenoi, Kamaka sp., Melita sp. Corophium uenoi, Grandidierella japonica, Eogammarus possjecticus, Melita setiflagella Monocorophium insidiosum, Grandidierella japonica


 なんと蒲生干潟には「カマカが出る」んですね。
 これはヨコエビストにとって垂涎ものなのですが(平たくいうと、この形態的にも系統的にも特異な科は生息地が限定的かつ体サイズが微小なため、おいそれとはお目にかかれないのです)、今回はダメでした。分布や生息環境を踏まえると、恐らくモリノカマカKamaka morinoiであろうと思います。宮城県のRDBにも掲載されていることですし。
 ウエノドロクダムシMonocorophium uenoiとトンガリドロクダムシM. insidiosumの是非についてここで掘り下げることは避けますが、これら文献における記述内容と今回の実地調査の結果を総合的に判断して、この地においてモノドロクダムシ属の形態種は2種いると解釈して差し支えないものと思います。


 水門を挟んで七北田川河口に接続した潟湖で、堤防の外側に陸上植生からヨシ原の連続性が維持されている奇跡的な場所です。奥部はきめ細かなシルト・クレイで、下るにつれ砂が卓越してきます。ヨシ原を縫い水門へ続く本流は、地盤高が下がるにつれて陸上植物の砕屑物が混ざった砂質からカキ殻の混じる富栄養砂泥へ変容します。本流は水門に近づくにつれ深さを増し、貧酸素化が顕著で三番瀬の澪筋を彷彿とさせます。



 潮廻りの関係か、植物基質寄りの自由生活ジェネラリストが大量に遊泳していて驚きました。底質中には造管性懸濁物食者がパッチ状に分布しており、潮上帯は海浜性種しか得られませんでした。

 調査範囲外だったため手を伸ばしていませんが、潟湖に加えて蒲生干潟の一部とされている七北田川河口の砂浜も、潟湖とはだいぶ様子がかなり違うのでなかなか面白そうです。

 


 東北の干潟をベントスの専門家と一緒にがっつり回るという経験は、かなり貴重でした。ベントス研究拠点としての東北大の将来が心配される中、石巻専修大の底力を目の当たりにしました。



<参考文献>

Aikins, S.; Kikuchi, E. 2002. Grazing pressure by amphipods on microalgae in Gamo Lagoon, Japan. Marine Ecology Progress Series245: 171–179.

Hirayama A.; Takeuchi I. 1993. New species and new Japanese records of the Gammaridea (Crustacea: Amphipoda) from Matsukawa-ura Inlet, Fukushima Prefecture, Japan. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 36(3):141–178.

環境省 2013. 平成24年度 モニタリングサイト1000 磯・干潟・アマモ場・藻場 調査報告書.

— 近藤智彦 2017. 東北地方太平洋沖地震と津波攪乱後の蒲生干潟 (宮城県) における底生生物の群集動態と優占種の生活史戦略(学位論文).

松政正俊・栗原康 1988. 宮城県蒲生潟における底生小型甲殻類の分布と環境要因.日本ベントス研究会誌33/34:33–41.

富川光 2013. 東日本大震災による津波が松川浦(福島県相馬市)の生物多様性に与えた影響の評価と環境回復に関する研究. 公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団平成25年度助成研究報告書. pp.123–132.


2024年4月8日月曜日

ヨコエビがいない(4月度活動報告その2)

 

 科博に行ってきました。


企画展「知られざる海生無脊椎動物の世界」


 3月半ばから開催されているこの展示、チラシからも口コミからも端脚類の噂は聞こえてこない。海産無脊椎マイナー分類群の権化・ヨコエビがまさかハブられているというのか?(権化なのか?)行ってみないとわからないので、現場を確認してみたわけです。


…おや、いません。
 
絶妙なバランス感覚の上に成立しているこの解説。
たしかに”脚”は1節あたり一対だが、”肢”は二対ある。






フクロエビ上目の親戚を表敬訪問。



ヨコエビいました。




 どうやら寄生虫の話題の中の挿絵として登場する以上の役割はないらしいです。ヨコエビ上科っぽい。おそらく鉤頭虫の生活環を意識しているのでしょう。



最後に真理が書かれていた。



 今回一番の目玉は、やはりこのアリアケカワゴカイのシンタイプでしょう。1個体のみの展示ではありますが、十分すぎる。ラベルは本物か、あるいは本物を忠実に複製したもののようです。それにしてもすごい。
 児島湾というのは、埋め立てにより土地を獲得してきた岡山市の成り立ちを端的に表している場所です。湾奥は完全に底質が死んでいて、塩分なんかも昔とはだいぶ違っているのだろうなと思います。現地を訪れた時のことを思い出しながら展示を見ていました。



この冊子、展示内容がぎゅっとまとまってるのに無料です。
正気とは思えないぜ(誉め言葉)。


 展示の中にもありましたが、門の数でいうとむしろ「非海産」「脊椎動物」という動物のカテゴリのほうがマイナーで、「海産無脊椎動物」のほうが遥かに多様で基盤的なんですよね。そういった生物の見方を提案する、ありそうでなかった展示だと思います。
 膨大な数の門を扱う関係で、節足動物門のごく一角を成すに過ぎない我らが端脚目の存在感が薄まっているのは必然といえましょう。ちょっと残念な気持ちもありましたが。


 さて、件のヨコエビ(が含まれる)イラストの右下に注目してほしいのですが、提供は目黒寄生虫館の倉持館長ですよね。ということは、目黒寄生虫館に元図があるってコト…?


ざっと15年ぶりですかね。


 2012年頃に2階の大リニューアルをしたみたいですね。その後も展示内容はこまめに更新されていて、昔訪れた時とはだいぶ違うようです。
 子細に覚えていたわけではないけど、確かに目新しい感じが。

 あの図は、ありませんね。
 昔はあったのかもしれませんが、何しろ当時はヨコエビに従事する前なので、気づくことはなかったでしょう。


クジラジラミを表敬訪問。


 相変わらず無料でやってるとのことで、展示室に人が溢れているというのに売店からスタッフがすぐ居なくなったり、管理の手がちゃんと回っていないようです。あまりにひどいと思ったので、つい感情的になり、募金箱に1000円を突っ込んでしまいました。
 

 まぁ、こういう時もあります。
 

2023年11月18日土曜日

文化端脚類学 in 博クリ(11月度活動報告その3)

 

 来年で10年になるという、博物学ひいては蒐集趣味をテーマとした物販交流イベント「博物ふぇすてぃばる」。だいたい夏にやってるらしいのですが、冬には「博物クリスマス」という冬季版が例年開かれているらしく、そこにヨコエビにまつわる品を扱うブースがあると聞きつけ、出かけていきました。


 観光客でごった返す浅草。

 6階で小型動物の即売会があるみたいで、ハシゴする人もいるんだろうなと思いつつ、7階の会場へ向かいます。


 先週のデザフェスと比べてしまうと、だいぶこぢんまりとした会場で、端から端まで全部見れるので見落とし感がないのは嬉しいですね。デザフェス会場で見かけたのと同じ出展者さんのブースも4,5つありました。


 まずお目当てのヨコエビです。

 メンダコのベルの分銅として、ヨコエビがあしらわれているとのこと。メンダコの餌としてはやはりヨコエビがメジャーですね。




 いやもうデザインもそうだけど、音がめちゃくちゃいい。特に気に入った真鍮の大きめサイズを購入しました。

 華やかかつ軽やかで、良いレストランに入ったようなワクワク感を鳴らすたびに味わえる感じ。



 博物画(実物)を扱っているブースを発見。何せよ必要な資料はPDFで手に入る世の中で、已むに已まれず古い原書を取り寄せたこともありつつ、ロマン的なものも感じてきました。前から興味はあったのですが、検索できないのが不便でなかなか手が出ませんでした。今回は商品のボリュームがちょうどよく、また分類群ごとにまとめてくれていたので、わりとスムーズに探せました。

 本命の博物画の中に端脚類はありませんでしたが…

 脇に「タバコのトレーディングカード」という箱が。

 その時まですっかり忘れていたのですが、実に95年前のイギリスでタバコのオマケとして実際に流通してた「トレーディングカード」に、フクロエビ上目があしらわれたものがあったような。

 ソーティングする時なみの集中力で探します。


 おいおい。


 ワレカラさんだ!ほんとにあった!


 第2咬脚と背中に剛毛が多いですね。

 簡単に調べてみたくなりました。ここはどこのご家庭にもある「イギリスの磯生物のハンドブック」でも開いて確認してみましょうかね。



 形態が完全に一致するものは載ってませんが、この中では何となく、Caprella acanthifera がモデルになってる気がしますね。


 端脚類に関してはこんな感じです。

 新旧の文化端脚類的産物を同時に味わえる貴重な場でした。ぜひ今後もアンテナを張っていきたいと思います。



<参考文献>

— Hayward, P. J. 2022. 『Rock pools』. Naturalists' Handbooks 35. Pelagic Publishing, London. ISBN978-1-78427-359-0

2023年10月2日月曜日

アスワメクラヨコエビ(2023年10月度活動報告その1)

 

 福井の博物館でヨコエビを見れるとのことなので、ついでに採集もしようと出かけていきました。



<F県M海岸採集>

 

なかなか良さげな海岸ですね。

 打ち上げ海藻と松林。ちょっと岡山に似ている感じもします。この引っ込んだ砂浜と植生の感じ、犬島南岸ぽい。ということは、狭義のヒメハマトビムシ(広義のDemaorhestia joi)(※補遺)もワンチャンあるか…?


 堤防には特に何もありません。アオノリ的なサムシングをガサガサするとエビ(十脚)。


 砂を掬ってみると粒径は粗め。まずい。ナミノリソコエビ狙いでしたが、これはボウズの公算大です。ヒサシソコエビやクチバシソコエビならあるいは…


 ダメだ。全く採れない。


 打ち上げ物を徐にめくってみます。 

 信じがたい。何もいない。

 小雨パラつくハマトビ日和じゃぁないのか?


 潮間帯上部はヨシの枯死体が優占し、汀線際はホンダワラ類やらミルやらが見られますが、かなりオオカナダモの割合が多く、陸域からの供給が多いものと考えられます。

 砂浜で拾った褐藻なんかをガサガサしてみても、何も出ません。ヨコエビだけしか視認できない変態知覚を有しているわけではなく、ゴカイ、巻き貝、メガロパ、コペなどもいません。あらかた波に洗われて、元々付いていた表在ベントスは落ちてしまうのでしょう。


 熱海の経験を思い出して堤防近くのヨシをめくってみると。


 おるやん。



 検索表からするとニホンヒメハマトビムシですが、オスの第7胸脚は肥大化しません。第1尾肢の棘数や触角の太さからすると、オカトビ系ということはなさそう。あまり大きな個体が採れなかったので、胸脚の発達が弱いだけか、あるいは…


 あとは最後の希望をかけて、堤防に挟まった諸々の藻屑を漁ります。


?フサゲモクズ Ptilohyale cf. barbicornis

 オスが採れたのは良いものの、成熟してないようであまり形態形質がはっきりしません。なお、フサゲモクズは潮間帯上部に棲息する本邦最普通種です。

 そういうことか。

 硬質基質のクラックや付着物の隙間に細々と暮らすフサゲモクズだけがこの海岸に棲めるヨコエビであって、攪乱の大きい砂浜は潜砂性種にとって良い環境ではないようです。





<福井市自然史博物館>

 こちらの記事で、22日までアスワメクラヨコエビ (Shintani et al. 2023) の展示をしてるとのことだったので、のぞいてみました。

 年内に新種記載されたばかりの生物を生体展示というのがそもそもしょっちゅうあることではないのですが、それが洞窟性の小型甲殻類となると相当レアな試みだと思います。


博物館はほぼ山頂のような場所にあります。



 どうやら、昆虫展の一角でやってるみたいです。


 これは…



おるおる。

 アスワメクラヨコエビ Pseudocrangonyx asuwaensis と初対面。

 洞窟性種なので、この時期に室内展示するため常に冷却を要するVIP待遇となっております。

 折しも本日、共同通信はじめ産経新聞などで報道がありましたが、食性については推測の域を出ませんね。富川先生から以前お伺いした話からすると、バクテリア食という線が濃厚な気がします。

 「新種認定」とか、ところどころ表現が気になるものの、かなり「真面目に騒いでる」感じが伝わってきます。

 発見場所である足羽山というのは、沖積平野に頭を出している「氷河時代の削り残し」で、ここに産する地下性動物というのは他と隔離されて独自の歴史を歩んできたものと考えられ、大変貴重な存在といえます。そういった足羽山の洞窟生態系の特異性がこの博物館の1つのテーマになっていて、今回もそれに沿った構成になっていました。


 それにしても…



 (アスワ)メクラヨコエビに言及したパネルだらけです。

 それに限らず、足羽山で量的に優占するのか、陸棲ヨコエビも他博物館に比べるとかなり扱いが良い雰囲気。


常設展の土壌動物コーナーにオカトビがいます。パネルの属位は古いようです。

 あと、入り口で売っていた図録、何気なくパラパラしていたら、半分以上にヨコエビが載っていて思わず爆買いしてしまった。




 もうこれは、福井は恐竜王国,蕎麦王国に次いで「ヨコエビ王国」でもあると言っても過言ではないのでは(過言です)。


 慌ただしい初福井でしたが、ヨコエビ収率が悪かったことを除けばかなりの充実度でした。ここまでヨコエビを堪能できる博物館があるとは(しかも海産はノータッチ)。福井のヨコエビリティの全貌を把握するには至りませんでしたが、いくらなんでも潮間帯~潮上帯で10種を切ることはないのではと思います。ご縁があれば調査してみたいとこではあります。


 

<補遺>

 “ヒメハマトビムシ“に対応する学名は Demaorhestia joi とされていますが(=狭義のヒメハマトビムシ)、「真の D. joi」といえる大陸個体群に対して、約20年にわたり同種とされていた台湾個体群が D. pseudojoi という別種にされました (Lowry and Myers 2022) 。これら2つの個体群と同種と考えられていた日本個体群について十分な検討は行われておらず、厳密にはどっちつかずという状況です。大陸と同種か、台湾と同種か、あるいは全く別の種か、はたまたこれらは結局同種なのか…。

 日本個体群が過去に D. joi と同定された経緯は間違いなくあり、現状それを覆せる証拠もないことから、消極的に踏襲しているという意味での「広義の D. joi」です。ただ、積極的に支持する証拠もまたありません。



<参考文献>

 Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa5100(1): 1–53.

— Shintani A.; Umemura S.; Nakano T.; Tomikawa K. 2023. A new species of the genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from subterranean waters of Japan. Zootaxa, 5301(3): 383–396.