2023年10月2日月曜日

アスワメクラヨコエビ(2023年10月度活動報告その1)

 

 福井の博物館でヨコエビを見れるとのことなので、ついでに採集もしようと出かけていきました。



<F県M海岸採集>

 

なかなか良さげな海岸ですね。

 打ち上げ海藻と松林。ちょっと岡山に似ている感じもします。この引っ込んだ砂浜と植生の感じ、犬島南岸ぽい。ということは、狭義のヒメハマトビムシ(広義のDemaorhestia joi)(※補遺)もワンチャンあるか…?


 堤防には特に何もありません。アオノリ的なサムシングをガサガサするとエビ(十脚)。


 砂を掬ってみると粒径は粗め。まずい。ナミノリソコエビ狙いでしたが、これはボウズの公算大です。ヒサシソコエビやクチバシソコエビならあるいは…


 ダメだ。全く採れない。


 打ち上げ物を徐にめくってみます。 

 信じがたい。何もいない。

 小雨パラつくハマトビ日和じゃぁないのか?


 潮間帯上部はヨシの枯死体が優占し、汀線際はホンダワラ類やらミルやらが見られますが、かなりオオカナダモの割合が多く、陸域からの供給が多いものと考えられます。

 砂浜で拾った褐藻なんかをガサガサしてみても、何も出ません。ヨコエビだけしか視認できない変態知覚を有しているわけではなく、ゴカイ、巻き貝、メガロパ、コペなどもいません。あらかた波に洗われて、元々付いていた表在ベントスは落ちてしまうのでしょう。


 熱海の経験を思い出して堤防近くのヨシをめくってみると。


 おるやん。



 検索表からするとニホンヒメハマトビムシですが、オスの第7胸脚は肥大化しません。第1尾肢の棘数や触角の太さからすると、オカトビ系ということはなさそう。あまり大きな個体が採れなかったので、胸脚の発達が弱いだけか、あるいは…


 あとは最後の希望をかけて、堤防に挟まった諸々の藻屑を漁ります。


?フサゲモクズ Ptilohyale cf. barbicornis

 オスが採れたのは良いものの、成熟してないようであまり形態形質がはっきりしません。なお、フサゲモクズは潮間帯上部に棲息する本邦最普通種です。

 そういうことか。

 硬質基質のクラックや付着物の隙間に細々と暮らすフサゲモクズだけがこの海岸に棲めるヨコエビであって、攪乱の大きい砂浜は潜砂性種にとって良い環境ではないようです。





<福井市自然史博物館>

 こちらの記事で、22日までアスワメクラヨコエビ (Shintani et al. 2023) の展示をしてるとのことだったので、のぞいてみました。

 年内に新種記載されたばかりの生物を生体展示というのがそもそもしょっちゅうあることではないのですが、それが洞窟性の小型甲殻類となると相当レアな試みだと思います。


博物館はほぼ山頂のような場所にあります。



 どうやら、昆虫展の一角でやってるみたいです。


 これは…



おるおる。

 アスワメクラヨコエビ Pseudocrangonyx asuwaensis と初対面。

 洞窟性種なので、この時期に室内展示するため常に冷却を要するVIP待遇となっております。

 折しも本日、共同通信はじめ産経新聞などで報道がありましたが、食性については推測の域を出ませんね。富川先生から以前お伺いした話からすると、バクテリア食という線が濃厚な気がします。

 「新種認定」とか、ところどころ表現が気になるものの、かなり「真面目に騒いでる」感じが伝わってきます。

 発見場所である足羽山というのは、沖積平野に頭を出している「氷河時代の削り残し」で、ここに産する地下性動物というのは他と隔離されて独自の歴史を歩んできたものと考えられ、大変貴重な存在といえます。そういった足羽山の洞窟生態系の特異性がこの博物館の1つのテーマになっていて、今回もそれに沿った構成になっていました。


 それにしても…



 (アスワ)メクラヨコエビに言及したパネルだらけです。

 それに限らず、足羽山で量的に優占するのか、陸棲ヨコエビも他博物館に比べるとかなり扱いが良い雰囲気。


常設展の土壌動物コーナーにオカトビがいます。パネルの属位は古いようです。

 あと、入り口で売っていた図録、何気なくパラパラしていたら、半分以上にヨコエビが載っていて思わず爆買いしてしまった。




 もうこれは、福井は恐竜王国,蕎麦王国に次いで「ヨコエビ王国」でもあると言っても過言ではないのでは(過言です)。


 慌ただしい初福井でしたが、ヨコエビ収率が悪かったことを除けばかなりの充実度でした。ここまでヨコエビを堪能できる博物館があるとは(しかも海産はノータッチ)。福井のヨコエビリティの全貌を把握するには至りませんでしたが、いくらなんでも潮間帯~潮上帯で10種を切ることはないのではと思います。ご縁があれば調査してみたいとこではあります。


 

<補遺>

 “ヒメハマトビムシ“に対応する学名は Demaorhestia joi とされていますが(=狭義のヒメハマトビムシ)、「真の D. joi」といえる大陸個体群に対して、約20年にわたり同種とされていた台湾個体群が D. pseudojoi という別種にされました (Lowry and Myers 2022) 。これら2つの個体群と同種と考えられていた日本個体群について十分な検討は行われておらず、厳密にはどっちつかずという状況です。大陸と同種か、台湾と同種か、あるいは全く別の種か、はたまたこれらは結局同種なのか…。

 日本個体群が過去に D. joi と同定された経緯は間違いなくあり、現状それを覆せる証拠もないことから、消極的に踏襲しているという意味での「広義の D. joi」です。ただ、積極的に支持する証拠もまたありません。



<参考文献>

 Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa5100(1): 1–53.

— Shintani A.; Umemura S.; Nakano T.; Tomikawa K. 2023. A new species of the genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from subterranean waters of Japan. Zootaxa, 5301(3): 383–396. 

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