2016年2月13日土曜日

ROAD TO DESCRIPTION (第一弾)


 学位ナシ,肩書ナシ,金ナシの一般人が、執念だけを武器に新種記載を目指すこの企画(?)。まず、ヨコエビの記載に必要なものを挙げていきます。


1.標本


  欠損なく状態のいいもの。
 記載は1個体で行うが、普通は複数個体をparatypeとして指定する。

2.引用文献


  対象のタクサにおける先行研究。
 属・科の設立や処遇の変更に関わった論文については、孫引きせず原典をあたるべきと思っているが果たしてどうか。

3.記載文

  導入と特徴の記述を英語で。
 英語じゃないと世界の研究者の活動に寄与できない。

4.図


  全体図と付属肢の拡大図。あとできれば写真。
 図は殻の厚みを表現しない外側だけの線画です。

5.投稿先ジャーナル


  査読のある学術誌で世界の人に読んでもらえるもの。
 その国の言葉で刊行されているモノグラフみたいな本で記載とかしてはいけません。



 そもそもなんで記載を目指すことになったのかといえば、ヨコエビのイラストを描こうと思って、学生時代に採取した写真を漫然と眺めつつ、それと同種と思っていた既知種のスケッチを見ていた時、両者が同一種などではないということに、気づいてしまったのです。
 このヨコエビについてろくな報告書は読んだ記憶がありませんし、写真つきで紹介しているソースは東京湾生態系研究センターのHPか『東京湾のヨコエビガイドブック』くらいで、そのいずれにおいても同定は既知種の学名となっており、今のところ気付いている研究者はいない様子。
 私がやらなきゃ、永遠に放置される。
 このまま誰にも知られずに粉々になる前に何とかしなければ、そう思って、まあ分類群としても科から5属8種が知られるのみだったはずだし、いけるんじゃないかと思って着手したわけです。


-進捗報告-


  ヨコエビの記載をすると決意してまず我が師に相談しました。
 ただ、私が学生なら例えば教授には面倒をみる義務があったりしますが、私の面倒をみる義務のある人などどこにもいないわけで、そこは探り探りにならざるを得ません。

 好意に甘えるという形でひとまず設備を借りて標本の観察と解剖。プレパラートの作成まで行いましたが、♂♀を1個体ずつ処理したところで時間切れ。朝9時から18時ごろまで頑張りましたが、昔の勘を取り戻したようなところで終わりました。

 初めての記載論文で、研究を進めるにあたって指導してくれる人はどうしても必要です。
 しかし、その人の研究はその人の責任において行われるもので、論文の著者名というのはそういうものですよね。
 ここは分からないところを極限まで突き詰めてから確実に理解できるところまで専門家に教えを乞い、それを基に自分で間違いないというところまでしっかりと論文を仕上げて、また専門家に見せてボコボコにされつつ、レフェリーに全てを委ねるという流れが必要なのかなと思います。

 我が師も実はヨコエビの研究者ではなく、もう少し(いやだいぶ)大きい十脚類の記載を主に行っています。ということで、設備やノウハウが少し違うので、やはり専門家にみてもらわないとだろうとのことでした。



<標本>

私が学生時代に集めた1000個体ほどが手元にありますので問題なし。でも、新たに採りに行きたさはあります。当時は記載に使うなど夢にも思っていないので、固定がしっかりされていない標本があったりして怖いです。
 ヨコエビは交接する習性があるので、♂♀の成熟個体を容易に他と識別した上で採取できます。
解剖およびその後の観察を容易にするため、できるだけ大きな個体が交接しているところを採取したいです。
 ただ、大きいということはそれだけ長生きしているということで、欠損がある可能性もあります。このへんがたぶん難しいのです。 

 結論: 干潟行きたい



 <文献>

入手困難文献が必要なことが分かり慌てましたが、コネによって必要なものを集めることができました。本当にありがとうございました。

 国立国会図書館の活用方法について、続報があります。
 1月には強襲作戦によって国立国会図書館に進入し、文献を漁りました。(国立国会図書館は分類ヲタクの救世主たるか?

 ただ、欲しい文献があるからといっていちいち永田町まで出張るのも現実的ではないので、ネットで依頼する方法にチャレンジしました。
  今回チャレンジしたのは石丸(2001)という文献で、20世紀までの世界のヨコエビの分類学の状況をものすごいパワーでわずか5pに集約した濃厚な文献です。是非とも読みたい。

①まず、国立国会図書館のデータベース「NDLサーチ」で目当ての文献を探します。文献名でも著者名でもOK。
②複写依頼をします。国立国会図書館をフル活用するには、1月の投稿でも述べましたが、利用者カードを取得する必要があります。ネットから申し込む時にもこのカードに記されている番号と別途発行されるパスワードが必要です。
③待つ。今回は到着まで1週間かかりませんでした。ページ数が少ないのでポストに入れてくれました。受け取りに行く手間はなし。
④支払い。悪質な滞納にはペナルティが課せられるとのことですが、一日や二日遅れたところで催促の電話などはありません。非常に研究者気質向けです(?)

申込内容確認票,複写明細書,請求書,支払案内など、いろんな書類が付属していてビビりますが、
とにかく同封の電信用紙をコンビニに持って行って払えばOK。


 結論: 国立国会図書館は一度だけ行ってみるとして、あとは遠隔地からかなり活用できる。



 <記載文>

なにぶん英語が苦手なもので・・・とにかく先行研究を読み込んで、ロジックや表現を盗んだりしていく感じで進めています。

 結論: もっと勉強が必要。


<図>

まず自宅に顕微鏡がありません。
 そして図を作るには、顕微鏡だけじゃなくていろいろと他にも必要なものが・・・


 私は論文に載せるような線画を描いたことはないのですが、文献を整理するとこんな感じです。
 数字は、ネットで適当に調べたイニシャルコストです。顕微鏡と備品は高すぎてビビって安めに算出しているので、本当に最低限の価格です。

 
 Coleman(2003,2005)は簡単に完璧な線画が書けるという謳い文句で、アドビのイラストレーターを使った作図方法を提唱しましたが、彼の手掛けた論文の線画はあまりクオリティの高いものには見えないという些か気になる現象が確認されています。
 ここは富川・森野(2009)のスタンダードな方法に則り、しっかり描きたいということで、工程数が多く未経験なためいろいろ未知数ではあるものの、描画装置を用いた方法を採りたいと思います。

 ヨコエビの研究では、実体顕微鏡を用いた全身の観察はもちろん、解剖の後にプレパラートを作成し、生物顕微鏡で観察する過程が含まれます。実体だけでなんとか同定できたとしても、記載するには付属肢の正確なスケッチが必要で、これは生物顕微鏡の領域になります。 
 つまり必要な顕微鏡は2種類。そして原則的に照明や描画装置もそれぞれに1つずつ。国産のお手軽なモデルであっても新品の相場は25~35万程度で、これに15万の描画装置を付けて照明までとなると、2台で100万円程度。安月給の身には冷や汗の出る金額です。 

 ということで、少しでも安く済ませたい気持ちから中古品をアテにしていましたが、どのみち安い買い物ではないため失敗したくないので、悩ましい問題でした。

 これまでの人生で顕微鏡を買ったことがなかったのでどうしたものかと考えあぐねておりましたが、我が師に専門店を教えてもらいました。


   本郷三丁目駅でお馴染み東京大学の前にある浜野顕微鏡というお店です。
(2016年2月13日訪問)


 棚にはたくさんの顕微鏡が並び、窓口の脇には価格表やパンフレットが置いてありますが、人影なし。入り口のインターフォンを鳴らして声をかけると、ややしばしして店主が出てきました。

 まず、確認されたのは次の内容
・対象の生物
・必要な顕微鏡のタイプ
・これまでの顕微鏡使用歴

 どうやらライカの視野を経験してしまうと他で満足できないカラダになるらしいのです。私が研究室で使ってたのはライカの、恐らく100万以上するやつ… やばい…

 どういう観察スタイルになるのか実物を見たいということで、偶然持っていたヨコエビのサンプルを実際に検鏡してみることに…(なぜ持っていたのか)


 やっぱライカだな~



 でもって、顕微鏡を買う(選ぶ)ときに持っていった方がいいものは、
・観察対象(標本、プレパラートなど)
・観察の成果物(線画、写真など)


 小さなシャーレやピンセットは浜野さんが貸してくれます!

 今回はたまたまヨコエビを持ち歩いていたからよかったものの、次回からはプレパラートなども持っていこうと思いました。


 浜野店主が強調していたのは、実際に使ってみて決めること。品質にピンキリある中古はもちろんのこと、新品であってもメーカーによって見えかたが違ったり、微妙な特徴があるため、買ってからコレジャナイみたいなことになりうるとのこと。
 顕微鏡を選ぶにあたって、これまで顕微鏡を買っていった人の話などを聞かせていただきましたが、それが錚々たる顔ぶれで、私のよく知っている方も多くびっくりしました。日本中どこに住んでいても一度でも店に来て実物を見てもらうようにしているという浜野さんの営業スタイルが、研究者の支持を集めている理由の一つなのかなと思いました。

 浜野顕微鏡はオリンパス,ニコン,ライカ,カールツァイスの顕微鏡を専門に扱っていて、新品はもちろん中古の相談に応じてくれます。もちろん日本各地に同業がいて、そこの兼ね合いもあるみたいですが、店頭にない品でも入荷の見込みであったり算段であったり、相談に乗ってくれるので、素人が自分で探したりするより絶対に良いです。
 今回は近日入荷見込みの品に良さげなものがあるとのことで、入ったら連絡をもらえるようお願いしました。
 ネットでは営業時間は平日と土曜日だけで、日曜祝日は休みとなっている記事がありましたが、浜野店主に確認したところ日曜でも営業しているとのこと。ネットには疎いということで、公式HPもないです(^^;)  メールはありますが、アドレスを打ち込むのが苦手とのことなので、まずはこちらからメールを送るのがおすすめです。


 結論: 顕微鏡を買うなら浜野顕微鏡。関東民なら迷わず赤門前へ。



<ジャーナル>

ここ数年で日本人が海産ヨコエビの新種を記載したジャーナルをピックアップしました。今はその投稿規約を読んでいます。
 海外のジャーナルはリテイクが外国語だったりして、到底意思疎通できる自信がないので、とにかく国内の学術誌を考えています(弱気)
 
 結論: コミュ力上げたい




 久々にヨコエビの観察を試みていた私の様子を眺めていた我が師によると、この調子では2年はかかるだろうとのこと。いや、厳しい。




<参考文献>
-Coleman, C.O., 2003. “Digital inking”: how to make perfect line drawings on computers. Organisms Diversity & Evolution, 3(4) :303-304.
-Coleman, C.O., 2005. Speeding up scientific illustrations. A method to avoid time consuming pencil drawingsparticularly in arthropods. NDLTD Union Catalog. http://edoc.hu-berlin.de/oa/reports/reR0F1Pmv6ctQ/PDF/22QyOiOE4cPA.pdf  

-石丸信一, 2001. ヨコエビの分類学の発展-近年の動向. 海洋, 号外 (26): 15-20.
-富川光,森野浩, 2009. ヨコエビ類の描画方法. 広島大学大学院教育学研究科紀要, 17:179-183. http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/00028592