2021年8月27日金曜日

ピアレビューは突然に(8月度活動報告)

 

 起床後、いつものようにジーメールを立ち上げる。

 生命科学分野の連絡に使っているアドレスを開くと、学術誌共有サイトが今日も論文を勧めてきた。何かの文献をタダで入手する代償として登録したサイトで、今後のことも考えてまだそのままにしているが、勧めてくるタイトルの多くは求めるものではないか、すでに目を通したものばかりだ。

 その中に、ただならぬメールを見つけた。

 差出人は学生の頃からのお付き合いになる端脚類研究者。その内容は驚くべきことに、分類学論文の査読依頼だった。

 

 

 大学卒業後、どこぞの学術誌から研究室宛てに論文の査読依頼があったという話を思い出した。何らかの伝手からヨコエビ研究者が在籍しているとの噂を聞きつけたそうだが、一足違いで該当者はアカデミーの世界を去っていた。今回はそのリベンジになるような気がした。

 投稿準備中の原稿を抱えてはいたが、記載の核心を書き換える可能性がある材料を追加する予定で、それが入手できるまで少し時間があった。そして何より、投稿先の候補の一つとしていた学術誌であった。

 2秒ほど悩んでから引き受けることを決めた。 

 

 

 実際のところ、責任著者として、共著者として、それぞれ1度しか査読受けたことがない。ほとんどの学術誌に対するスタンスを一読者として貫いてきたヨコエビ愛好家としては、未知の領域といわざるを得ない。それでも、新しい知見があるたぴ論文を買い漁り、時に「物足りない」「詰めが甘い」などと悪態をつきながら、主に分類学や系統分類学の分野では最新の情報をアップデートしてきたつもりだ。その結果はウィキペディアの記事、あるいはブログに反映してきた。査読する立場になることは正直考えたこともなかったが、これだけ知的資源を消費しておきながら、今さら戦線の遥か後方でガヤを飛ばすのが本分、などと言うのも白々しい気がする。

 

 査読に際して有象無象のウェブサイトを読み漁ったが、もちろん真理を突いていそうなものは見当たらず、従って本記事もその有象無象に伍することになるわけだが、備忘録的に経緯や流れを記しておく。

 

  1. 査読依頼(突然来る)
  2. 規定の確認(※1)
  3. 査読実施(※2)
  4. 編集部へ流す(まだ提出してないのでこの先はよくわからん)

 

※1・・・投稿規定への適合性や文章として成立するか等は、大枠として編集部が確認して受け取るかどうかをジャッジするのが普通のはず。査読者は専用の文書(チェックシートやガイドライン)、そして動物分類学の場合は命名規約(ICZN)およびその改訂履歴を把握しながら査読を進める。

※2・・・分野や論文の長さにもよろうが、査読に費やす期間は1か月とか2か月とかだろう(過去に受けた時は4か月くらいかかった気がするが)。 編集部のチェックを差し引くと査読者の持ち時間は更に短くなり、今回提示された納期もやはりそんな感じであった。自分の論文がそろそろ次の動きに入る可能性もあるためあまりダラダラとやってはいられないという至極手前勝手な事情もあり、数週間で片をつけるように動いた。

 

 

 査読は匿名という固定観念があったが、過去に受けた時に署名らしきものが見受けられたのと、今回も査読者が希望すれば名前を明かすシステムになっていた。わたしが産まれる前からヨコエビと戦っているような超大先輩の原稿に対しかなり厳しめにコメントを付けたので、名前を明かす勇気がなく、今回は匿名希望としたい。

 思えば、匿名査読者がどの論文をレビューしたかを知るのは編集部だけである。どれだけ頑張って査読しても、その努力を知る者はごく僅か。これぞ縁の下の力持ち、人類の叡智の研鑽に勤しむ知のアスリート達の究極の社会貢献の姿ではなかろうか。

  

 なればこそ、そのシステムの維持に払われるコストに、強い関心を抱かざるを得ない。

 被査読者すなわち学術論文を書く側は、原則的にその仕事ぶりが衆目に晒され、個人の実績として積み上がっていくシステムになっている。しかしその学術論文が学術論文たることを担保する重要な要素こそ人知れず行われることが多い「査読」であり、その過程はその妥当性の担保も含めて全てが表沙汰になるわけではない。しかし、査読そのものの質が担保されていなければ、それを拠り所としている学術論文そのものの品質が問われる事態とならないか。査読者を複数選んでそれぞれにレビューさせるのはそのためかと思われるが、それによって各々の査読の質が底上げされるわけではない。

 分類学では、その手法そのものがありふれたものであっても、該当する分類学にそれなりに詳しくなければ妥当性を判断できないことが多いと考えている。特定の分類群に携わる人間は潤沢に存在するとは限らず、わたしの処女記載論文の例を引くまでもなく、論文の執筆にあたって同じ土俵にいる人間に声を掛け過ぎると必然的に査読者不足を招く。マイナー分類群の呼び声高いヨコエビはそういうことが日常的に起きやすい気もするが、そういった層の薄さが査読の質を下げることはあっても上げることは稀だとすれば、マイナー分類群の抱える問題の根深さが浮き彫りとなろう。


(つづく?)


2021年7月31日土曜日

ヨコエビの寿司性に就ひての一考察(7月度活動報告)

 

  最近、アクアマリンふくしまのツイートがバズっていますね。

  展示している「ヒロメオキソコエビ」「ウオノシラミ属の一種」(しらみちゃん)が寿司に見えるという話で、過去に一世を風靡したカイコウオオソコエビも巻き込んで世間は寿司祭りの様相です。




 

※イメージ

 

 カイコウオオソコエビは長らく「エビの握り」と混同されてきましたが、しらみちゃんは「エビ」あるいは「サーモン」に見えます。ヒロメオキソコエビはさしづめ「えんがわ」か飾り包丁の入った「イカ」でしょうか。

 

 カイコウオオソコエビとしらみちゃんはともに「エビ」担当ですが、ずいぶんベクトルの違うエビに見えます。これはまさか・・・

 

 

 思った通りです。

 

 カイコウオオソコエビはおそらく、2012年にリリースされたこの記事に代表されるJAMSTECの写真が発端となって寿司説が流布したものと思われますが、その写真に見られるボディのツヤ感やローズピンクのムラ感、胸節表面を縦に走る筋の感じが、甘えびを2,3尾載せた握りによく似ています。

 一方、しらみちゃんは全体に黄色みが強く橙色に見え、背面に筋感はなくよりフラットです。これはボイルしたエビの開きを載せた握りによく似ています。

 

 これらが似ているのは、カイコウオオソコエビ(端脚目)やしらみちゃん(等脚目)と、寿司ネタのエビ(十脚目)が、同じ軟甲類というグループに属していて比較的近縁なせいだと思います。これに加えて、寿司に用いられるエビの身は第1~5腹節と尾節(尾肢と尾節板)に相当する部分で、これはそのままカイコウオオソコエビやしらみちゃんとも対応します。


 しかし、シャリは違います。寿司におけるシャリは、ネタであるエビとは分類学的にかなり遠いイネ(被子植物:単子葉類)の胚乳が人為的に付加されたもので、元々身体の一部をなしていた構造ではありません。

 カイコウオオソコエビにおけるシャリは、主に底節板より先の胸脚に相当するようです。一方、しらみちゃんの場合は底節板にわりと色がついていて、ネタ側に相当するように思えます。しらみちゃんのシャリは基節から先の胸脚と、保育嚢から構成されるようです(そう、しらみちゃんは女の子なんです!!)。


 

 思うに、以下のような要素が寿司性に寄与しているのではなかろうかと思います。

  • 上に色の濃い「ネタ」・下に白っぽい「シャリ」が位置する
  • プロポーションが一般的な寿司の範疇に収まる(幅:厚:長=1:2:2.5~4.5程度ではないでしょうか)
  • 「ネタ」の方が少し大きく、垂れ下がっている
  • 「ネタ」上面は平らで、横に筋がある
  • 「シャリ」下面は丸く、多少凹凸がある


 そういう要素を満たす動物は他にもいる気がします。例えば・・・

 


 ミズムシ(等脚目)はシャコ(口脚目)と同じ軟甲類に含まれるので、これも分類学的に近位であることと、形態的に相同であることが、寿司性の演出に寄与した例と思われます。

 ヒメアルマジロ(哺乳綱)については中トロ(マグロ:硬骨魚綱)と分類学的に遠く、相同性もありません。そのせいか、今回はガリ(被子植物:単子葉類)に助けを求めることとなりましたが、相当な寿司性を具えています。ヒメアルマジロは種小名に「truncatus」とある通り、尾部が切り落とされたような形状をしていますが、これがマグロのサクの感じとよく似ています。

 

 端脚目や等脚目は背側の殻が厚く、表面がごつごつしていたり、色素が多く含まれたりします。対照的に腹側や脚は殻の表面が平滑で色が薄めです。こういった条件は寿司への収斂を促す可能性があります。

 これからもまだまだ寿司性を具えたヨコエビやその仲間たちが見つかるかもしれません。もっと探してみたいと思います。



 

2021年6月24日木曜日

書籍紹介『三陸の海の無脊椎動物』(6月度活動報告)

 

 多少私が関わった書籍が出版されました。

— 加戸隆介(編著)/奥村誠一・広瀬雅人・三宅裕志(著)2021.『三陸の海の無脊椎動物』恒星社厚生閣,東京.ISBN978-4-7699-1664-2.

 

本文278ページの大ボリューム、
図鑑パートはフルカラーの大盤振る舞いで2,000円です。

 

 かつて三陸には北里大のキャンパスがあり、震災の後に一時閉鎖されたものの、現在は研究センターとして復活したそうです。そういった縁で、三陸の海の生物の知見が集積された本書が著されるに至ったようです。

 本書の大部分は、12門318種(群)の写真および解説に割かれています。各分類群の体制や系統について真摯な記述があるほか、用語解説や採集の注意点等も充実しています。近傍海域において浅海の無脊椎動物を学ぼうとする者にとって、これほどうってつけの本は無いと思います。

 ヨコエビに限ってですが、文化祭にお邪魔した時に本書の私家版を見て私なりにコメントを寄せた内容が反映されており、協力者としてクレジット頂いております。あと、よく見たら参考文献に『ヨコエビガイドブック』を挙げて頂いておりました。恐縮です。

 

 いちおう、端脚類のリストを掲載しておきます。8属18種のようです。5%というのは多いのか少ないのか…

 

  ヒゲナガヨコエビ科 Ampithoidae

  1. ニッポンモバヨコエビ Ampithoe lacertosa
  2. ヒゲナガヨコエビ科の一種

    クダオソコエビ科 Photidae

  3. ニホンソコエビ Gammaropsis japonica

    カマキリヨコエビ科 Ischyroceridae

  4. フトヒゲカマキリヨコエビ Jassa slatteryi
  5. イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax

    ドロノミ科 Podoceridae

  6. ドロノミ属の一種 Podocerus sp.

    テングヨコエビ科 Pleustidae

  7. オタフクヨコエビ Parapleustes bicuspoides
  8. テングヨコエビ科の一種

    アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae

  9. アゴナガヨコエビ科の一種

    タテソコエビ科 Stenothoidae

  10. タテソコエビ科の一種

    ワレカラ科 Caprellidae

  11. セムシワレカラ Caprella brevirostris
  12. トゲワレカラ C. scaura
  13. トゲワレカラモドキ C. californica
  14. コシトゲワレカラ C. mutica 
  15. イバラワレカラ C. acanthogaster
  16. クビナガワレカラ C. equilibra
  17. マルエラワレカラ C. penantis
  18. コブワレカラ C. verrucosa


 確証はありませんが、おそらく収録されていない知見がまだあると思われます。また、今後調査を続ければ、ヨコエビはまだまだ出てくるのではないのでしょうか。

 私家版の時点でどういう形に仕上がるのかよく分かっていなかったのですが、このように出版されクレジットされるのであれば、もう少し内容に突っ込んだり標本の検討に参加しても良かったかなと思います。種リストとしての厚みはもとより、各動物門の概要や磯の生態系についての知見を網羅的に深めることができる良書ですが、同定キーが無いことや、未収録・未同定の項目があるのは、まだ変身を残している印象があります(こういった書物にキーは必須とは思いませんが、地元のアマチュアにとっては大いにニーズがあるものと思います)。更に研究が進んでパワーアップすることを祈っております。その時はもっとドラスティックにご協力させていただきたく。

 

2021年5月31日月曜日

ドロクダムシについて(5月度活動報告)


 ヨコエビ類の中に、ドロクダムシというグループがあります。
 ヨコエビといえば、身体の下側に底節板が張り出し、身体が横向きになりやすいイメージが強いかと思いますが、ドロクダムシにその気配はありません。

 日本の沿岸で見られるドロクダムシの身体は細長く筒状をしていて、真っすぐに歩いたり泳いだりします。中には底節板が深めのものもいますが、世界的にもその多くが砂泥底にトンネルを掘って暮らしているようです。過半数が明らかな懸濁物食者で、咬脚に密生した長剛毛を使って水中の粒子を濾し取って食べているようです。


 そういった性質をもつドロクダムシですが、沿岸性ヨコエビの中でも特に同定がめんどくさいグループと思われます。

 ドロクダムシの分類を難しくしている要因として、文献が乏しいことに加えて、Bousfield and Hoover (1997) などで用いられている形質を理解しにくいことが挙げられます。

 属の検索表における形態記述は難解で、思うように key が走りません。また、4桁程度のサンプルを見るとわかってきますが、種の識別に有効とされる形質の一部に個体変異があり、形態だけで確証を得るのは困難です。過去には、別種とされた2つのタイプが、累代飼育を経て同種だったと判明した事例があります (Chapman 2007)。ただ、全て諦めて科止まりにしておくのも少し勿体ないグループではあります。


 そんなわけで、ドロクダムシの分類について、知見を整理してみたいと思います。



世界のドロクダムシ科リスト

List of World Corophiidae

 体系はWoRMSに基づく。和名は Ishimaru (1994) に基づき、過去に提唱されていないものの順当と思われるものは括弧内に示した。

 また、Eocorophium属 には2017年に E. longiconum という種が記載されたが、WoRMSには反映されていない。採用しない理由が特に見当たらないため、本リストにはこの種を加え Eocorophium属 を2種とした。


ドロクダムシ亜科 Corophiinae Leach, 1814
 ドロクダムシ族 Corophiini Leach, 1814

  • Americorophium Bousfield and Hoover, 1997 [9種]
  • Apocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [5種]
  • Chelicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [12種]
  • Corophium Latreille, 1806 [11種]
  • (トゲドロクダムシ属)Crassicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [3種]
  • (タイガードロクダムシ属)Eocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [2種]
  • Hirayamaia Bousfield and Hoover, 1997 [3種]
  • Laticorophium Bousfield and Hoover, 1997 [2種]
  • (ウチワドロクダムシ属)Lobatocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [1種]
  • Medicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [7種]
  • Microcorophium Bousfield and Hoover, 1997 [1種]
  • Monocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [11種]
  • Sinocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [13種]

 Haplocheirini Myers and Lowry, 2003(族)
  • Anonychocheirus Moore and Myers, 1983 [1種]
  • Haplocheira Haswell, 1879 [4種]
  • Kuphocheira K. H. Barnard, 1931 [2種]
  • Leptocheirus Zaddach, 1844 [15種]

 Paracorophiini Myers and Lowry, 2003(族)
  • Paracorophium Stebbing, 1899 [8種]
  • Stenocorophium G. Karaman, 1979 [1種]

Protomedeiinae Myers and Lowry, 2003(亜科)
  • Cheirimedeia J. L. Barnard, 1962 [8種]
  • Cheiriphotis Walker, 1904 [17種]
  • Goesia Boeck, 1871 [2種]
  • オオアシソコエビ属 Pareurystheus Tzvetkova, 1977 [8種]
  • Plumiliophotis Myers, 2009 [1種]
  • キヌタソコエビ属 Protomedeia Krøyer, 1842 [13種]

 

ユンボソコエビ科は、第2咬脚がバスケット状でなく且つオスの第1咬脚が発達することで、ドロクダムシ科から識別するそうです。
 

 

 このように、ドロクダムシ科は 2亜科 3族 24属 160種 から構成されます。実はさほど大きなグループではありません。

 現状は、ドロクダムシ上科がドロクダムシ科ヒゲナガヨコエビ科を内包しています。ドロクダムシ科とヒゲナガヨコエビ科は、第3尾肢の剛毛により識別されます。また、その他の近縁の科(カマキリヨコエビ科等)とは、第1触角第3節の長さによって識別可能です(上図)。


 

 ドロクダムシ科には2亜科が含まれます。これら2亜科は、咬脚の剛毛配列によって識別されます。ドロクダムシ亜科は微粒子を濾し取る形状となっていますが、Protomedeiinae亜科 はそうではありません(ドロクダムシ亜科の第2咬脚の形状については直近ではこの記事に透過光写真を載せています)

 代表的な文献 Bousfield and Hoover (1997) では、ドロクダムシ科は ドロクダムシ亜科 に加えて ヤドカリモドキ亜科 Siphoecetinae(ハイハイドロクダムシ,スナクダヤドムシが含まれる)が含まれることになっていました。その後、Myers and Lowry (2003) の大改造を経て、今日ではヤドカリモドキ類は カマキリヨコエビ科 Ischyroceridae に含められています。その根拠の一つは、前述の触角の節の長さということになってます。

 かつてドロクダムシ上科には相当な数の科が含まれていて、伝統的にカマキリヨコエビ科やドロノミ科などもその仲間とされていました。現在この「伝統的なドロクダムシ上科」は概ね下目に格上げされています。このように、ドロクダムシの仲間の分類階級は時代によって変遷を重ねており、亜目として扱われたこともあります (Barnard and Karaman 1983)




ドロクダムシ亜科ドロクダムシ族の同定

 ドロクダムシ亜科の約半数はドロクダムシ族(≒ ”古き良きCorophium属” )に含まれます。ドロクダムシを征服するにはこの ”古き良きCorophium属” を押さえることが重要です。

 ドロクダムシ族と他の2族とは、以下のような形質で識別できます。なお、Myers and Lowry (2003) は Haplocheirini族 の判別文に ”第1,2尾肢の副葉に棘状剛毛列を密生する” と記していますが、ドロクダムシ族の第1,2尾肢副葉にも棘状剛毛の列や束がみられ、Myers and Lowry (2003) からはその密度を評価する基準が読み取れなかったため、今回は採用しませんでした。


 

 

 

 さて、ドロクダムシ族に含まれる13属は、今のところ Bousfield and Hoover (1997) で同定できます。しかしながら、前述の通りこの論文は至るところに理解が難しい部分があり、そもそも手元の標本が未記載の可能性すらあるという「ヨコエビあるある」も相まって、思ったような結果が得られない場面が多いように思われます。

 そこで、Bousfield and Hoover (1997) で用いられている形質のうち、使いやすいものだけを選んでマトリクス検索表を作成しました。

 

参考文献:Bousfield and Hoover 1997 .
これを使えば7形質だけで13属を識別できる(はず)。

 「第3腹側板が鋭く尖る」と「第2尾肢が第1尾肢より長い」という形質は、それぞれ単一の属にしかないことが分かります。これら2つの形質を確認すれば、まず2属が確定します

 

 なお、日本の沿岸では以下の種が報告されています。

  1. Crassicorophium属:トゲドロクダムシ C. crassicorne
  2. Eocorophium属:タイガードロクダムシ E. kitamorii
  3. Lobatocorohpium属:ウチワドロクダムシ L. lobatum
  4. Monocorophium属:アリアケドロクダムシ M. acherusicum,トンガリドロクダムシ M. insidiosum,ウエノドロクダムシ M. uenoi
  5. Sinocorophium属: ニホンドロクダムシ S. japonium,トミオカドロクダムシ S. lamellatum,タイリクドロクダムシ S. sinensis

  Ishimaru (1994) にはあと4種ほど挙げられていますが、それぞれ要点となる文献が手元になく、記録の妥当性を検証できませんでした。いずれ確認したいと思います。日本産生物種数のHPでドロクダムシ科が13種になっているのも、恐らくこれら4種を加算しているためかと思われます。


 私の知る限り、磯とか干潟でドロクダる場合、個体数では Monocorophium属 が圧倒的に多い気がしますので、まずは Monocorophium属 と関係がありそうな形質を確認していくと検索が早いかもしれません(ちなみに、三浦2008の「二ホンドロクダムシ」の写真は、Monocorophium属 のように見えます)。ただ、まだ報告されていないやつもいるでしょうから、決めつけてはいけません。

 ドロクダムシ類は太平洋で20年以上まともにレビューされていませんから、調べれば調べるほど発見があるグループかもしれません。また、日本固有属が1つ、香港固有属が2つもあることから、太平洋北西部は世界的に見てもドロクダムシ族の多様性が高いのではとも思います。




Haplocheirini族の同定

 Anonychocheirus属,Haplocheira属,Kuphocheira属,Leptocheirus属 の4属からなります。 主に大西洋や亜南極に分布します。かつてユンボソコエビ科に含められていました。せっかくなので形態マトリクスを作成しました。

 
参考文献:Moore and Myers 1983; Barnard and Karaman 1991.

 


Paracorophiini族の同定

 Paracorophium属は第2咬脚がはさみ形となり、Stenocorophium属は第7胸脚が巨大に発達するため識別は容易です。これら2属は南太平洋に分布します。

 

 

 

Protomedeiinae亜科の同定

  6属が含まれます。第3尾肢の形状が非常に重要ですが、逆にそこだけ見ればわりと落ちます。 また、第2咬脚の剛毛の様子や節の長さの比も同定形質に用いられますが、検索表を単純化するために省略しました。

 

参考文献:Barnard and Karaman 1991, Myers 2009.

 

 これらのメンバーは、伝統的にイシクヨコエビ科に含められていました。

 オオアシソコエビ属 Pareurystheus は、本邦からケナガオオアシソコエビ P. amakusaensis が知られます。

 キヌタソコエビ属 Protomedeia は、本邦からはミナミキヌタソコエビ P. crudoliops が知られます。属名はギリシャ神話に同名のネレイデス「Πρωτομέδεια」が登場することから、神話由来と思われます。和名の「キヌタ」は、第2咬脚の形状が木槌状であることから「砧」を連想したものでしょう。たぶん。

 

  以上、現在のドロクダムシ界隈の概況をご案内しました。ドロクダムシ類の中核はドロクダムシ族にあり、その理解には20幾年前の論文が今なお非常に重要です。私が卒研をしていた頃「Amphipacifica」はマイナーで入手困難なジャーナルでしたが、近年は BHL の躍進で非常に入手ハードルが下がりました。皆様にはぜひ Bousfield and Hoover (1997) をDLしていただき、存分にドロクダって頂ければと思います。

 前述の通り、ヤドカリモドキ類など過去にドロクダムシと姉妹群となっていたグループについては、現在は移動しているため説明を割愛しています。このあたりはまた別の機会に。

 

 


<参考文献>
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1983. Australia as a major evolutionary centre for Amphipoda (Crustecea). Australian Museum Memoir, 18: 45–61.
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1991. The families and genera of marine gammaridean Amphipoda (except marine gammaroids). Records of Australian Museum supplment 13, part 1,2, 866p.
Bousfield, E. L.; Hoover, P. W. 1997. The amphipod superfamily Corophioidea on the Pacific coast of North America; 5. Family Corophiidae: Corophiinae, newsubfamilly: systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 2(3): 67–139.
Chapman, J. W. 2007. Gammaridea. In: Carlton, J. T. (ed.) The Light and Smith manual intertidal invertebrates from Central California to Oregon. Fourth Edition, University California Press, 545–618 pp.
Heo, J.-H.; Kim, Y.-H. 2017. A new species of The genus Eocorophium (Amphipoda, Corophiidae) from Korea. Crustaceana, 90(1112): 14051414. 
Ishimaru, S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29–86.
— 三浦知之 2008. 小型甲殻類.In: 三浦知之 2008. 『干潟の生き物図鑑』.南方新社,鹿児島.109–119 pp.
Moore, P. G.; Myers, A. A. 1983. A revision of the Haplocheira group of genera (Amphipoda: Aoridae). Zoological Journal of the Linnean Society, 79: 179–221. With 31 figures
— Myers, A. A. 2009. Corophiidae. In: Lowry, J. K.; Myers, A. A. (Eds.) 2009. Benthic Amphipoda (Crustacea: Peracarida) of the Great Barrier Reef, Australia. Zootaxa, 2260: 1–930.
Myers, A. A.; Lowry, J. K. 2003. A phylogeny and a new classification of the Corophiidea Leach, 1814 (Amphipoda). Journal of Crustacean Biology, 23(2): 443–485.



<参考Web>
— WoRMS(2021年1月)



2021年4月1日木曜日

2021年4月1日活動報告

 

 「ヨコエビがいるならタテエビはいないの?」などとよく聞かれます。

 

 基本的に「いない」と答えてきましたが、やはり「いない」証明というのは難しいもので、とうとう見つけてしまいました。「タテエビ」を。



 この図は『肥中古民具記』の一部です。江戸時代後期に成立したものと推測され、現在の山口県で海岸を歩き回って農具やら打ちあがっている物体やらを書き連ねた、狂気のスケッチブックのような書物です。

 

 



   解説には判読が難しい部分もありますが、どうやらこれは「たてゑひ」という生物のようです。イラストは細かく書き込まれていて、節足動物の体制をよく捉えているように見えます。

 

 

 現在の本邦既知種にこれに該当しそうなものはありませんが、かつて韓国で記載された Pseudocyrtophium longitudinem Jeong, 1987 という種の特徴とは、よく合致します。

 

    

  生時は直立して触角を広げ、餌を集めているのではないかと考察されています。

 発見時の状況について詳しい記述はありませんが、汀線近くで採集されたオス1個体、メス3個体、未成熟3個体を調査標本として挙げています。日本での発見のように打ちあがっていたものか、あるいは生きて水中を漂っていたものかは分かりません。 

 当時 Jeong は本種をドロクダムシ科の新属新種としています。現在もその見解を覆す研究は行われていないようです。

 しかしながら、この種は長らく忘れ去られており、その後の主たるレビューにも取り上げられたことはありません。極めてマイナーで入手困難な雑誌に掲載されたことなどがその要因と考えられます。

 日本でも韓国でもその後に報告はないということは、絶滅したのでしょうか。あるいは、突発的な発見だったのであれば、また機会があれば見つかるかもしれません。記録が乏しいのは、一般的なプランクトンやベントス調査で発見されにくい生活を送っているせいかもしません。再発見される日が来ることを願っています。

 

 

<Reference>

— Jeong, M. 1987. Less known crustaceans (Arthropoda) from Korean coast. Journal of the Royal Society of Cryptobiology, 24: 23–31.

— 神木芙明 1820 (年次). 肥中古民具記. In: 『文政・天保年間諸国産物聚』.伊達書院.



















 というわけで、今年もエイプリルフールでした。

 鹿児島では実際に「タテエビ」と呼ばれるエビが食べられているようですが、正確な分類学的地位はよくわかりません。