2020年12月30日水曜日

2020年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)


 毎年恒例、年に一度の総決算の時期がやってまいりました。
 新種記載のみですが、一年間を振り返ってみます。
 
※2017年実績
※2018年実績 
※2019年実績

 記載者については、基本的に論文中あるいは私信で明言のある場合につけていますが、今年は年内に公開された「Amphipod Newsletter 44(以下、AN44)」にて8月末までの新種がまとめられているため、こちらも参照しています。また、2020年にはクラゲノミの新種やワレカラの新属新種も記載されていますが、本稿では旧ヨコエビ亜目に含まれる分類群のみを対象としております。


New Species of
Gammaridean Amphipods
Described in 2020

(Temporary list)





January

Varela (2020)

Epimeria panamensis Varela, 2020

  2020年初の新種ヨコエビ記載は、恐らく本種です。パナマ湾の深部からヨロイヨコエビ属の1新種を記載。盲目種のようです。20mm程度の小型種のようで、記載図は一般的なヨコエビと同様に線画です。本文はタダで読めます。 





Andrade and Senna (2020a)

Heterophoxus shoemakeri Andrade & Senna, 2020

 ブラジルのリオデジャネイロから ヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae の1新種を記載。形態をベースに、雌雄しっかりおさえているのが素晴らしい。世界に分布する Heterophoxus 属 11種の検索表も提供しています。EJTなので無料で読めます。




 
Kodama et al. (2020)

Sunamphitoe gigantea Kodama, Onitsuka & Kawamura, 2020 オニヒゲナガ

  北海道からニセヒゲナガヨコエビ属 Sunamphitoe の1新種を記載。体言止めの和名が潔いです。その名の通り,体長40mmを越える巨大な種で,形態に加えて分子解析も行っており,属内の類縁関係について記述しています。生態写真まで載っていて楽しい論文です。



Ortiz et al. (2020)

Shoemakerella fissipro  

 Ortiz et al. (2018) にてメキシコ湾から記載を行った新種について,ZooBankナンバーを取得していなかったことから,命名規約に則って一旦無効とし,改めてやり直したようです。



February


Lee, Tomikawa, Nakano and Min (2020)

Pseudocrangonyx joolaei Lee, Tomikawa, Nakano & Min, 2020

 韓国の洞窟から メクラヨコエビ属 Pseudocrangonyx の1新種を記載。アブストに簡単な形態の記述があります。核遺伝子28S rRNA,ヒストンH3領域に加えて,
ミトコンドリア遺伝子COIと16S rRNAを解析し,アカツカメクラヨコエビ P. akatsukai と同じクレードを形成したようです。本文は有料。



Jigneshkumar et al. (2020)

Talorchestia lakshadweepensis Trivedri, Lowry & Myers, 2020 in Trivedri et al. 2020

 インドのチェリユム島から Talorchestia属 の2種を報告。うち一種は既知の T. affinis Maccagno, 1936 と同定され,もう一種を新種として記載したとのこと。本文は有料。





Alves et al. (2020)

Leucothoe oxumae Alves, Neves & Johnsson, 2020
Stenothoe ogumi
Alves, Neves & Johnsson, 2020

 ブラジルより”チビヨコエビ上科”の2新種を記載。サンゴの一種であるヒメイボヤギ Tubastraea coccinea に付着して生活しているとのこと。本文は有料。





Morino (2020a)

Leptorchestia biseta Morino, 2020 ホソオカトビムシ
Miyamotoia daitoensis
Morino, 2020 ダイトウオカトビムシ
Miyamotoia spinolabrum
Morino, 2020 クチトゲオカトビムシ
Morinoia chichijimaensis
Morino, 2020 チチジマオカトビムシ

 小笠原諸島および大東島からオカトビムシ類の2新属4新種を記載。日本の南の島におけるハマトビムシ科の記録としては,かなり総括めいた重みのある論文です。また,昨年設立された Morinoia 属 に「モリノオカトビムシ属」との和名が提唱されました。科博紀要なので無料で読めます。




Ariyama (2020a)

Maera sagamiensis Ariyama, 2020 サガミスンナリヨコエビ
Orientomaera incisa
Ariyama, 2020 キレコミスンナリヨコエビ

 日本からスンナリヨコエビ科の2新種を発表。また,既知の Maera に ホンスンナリヨコエビ属 ,Meximaera に メキシコスンナリヨコエビ属 との和名を,Maera loveni (Bruzelius, 1859) に オオスンナリヨコエビ ,Meximaera mooreana (Myers, 1989) に カワリスンナリヨコエビ との和名を提唱しています。さらに,本邦産15種の検索表を提供しています。



March


Weston, Carrillo-Barragan, Linley, Reid and Jamieson (2020)

Eurythenes plasticus Weston in Weston et al., 2020

 衝撃的な命名に震えました。ヨコエビの学名でここまで攻めたものは今まであまり記憶にありません。WWFが動画をツイートしたことでも,ネットで話題になりました。
 本種はマリアナ海溝の水深 6,010~6,949m に設置したベイトトラップに捕獲されたもので,1個体の後腸内からポリエチレンテレフタレートに類似した繊維が発見されたことから「プラスティック」にちなんだ種小名がつけられました。マイクロプラスティック汚染が深海に及んでいることは以前から取り沙汰されており,浅海域も含めてヨコエビへの影響も研究されていましたが(Remy et al. 2015; Yardy et al. 2020),こうして人類が発見・命名する前の生物にも人類が排出した物質の影響が及んでいるのを目の当たりにすると,改めて思うところがあります。
 記載にあたっては,形態に加えてミトコンドリア遺伝子の2領域(16S,COI)を解析しています。また,この論文は無料で読むことができます(2020年3月5日現在)。




Lowry et al. (2020)

Gondwanorchestia tristanensis Lowry, Myers & Perez-Schultheiss, 2020

 ハマトビムシ科 Talitridae に1新属1新種を記載。20世紀初頭(1937~1938年)に南太平洋のトリスタンダクーニャにて採集され,Orchestia scutigerula Dana, 1852 とされていた標本を再検討したところ,未記載だったことが判明したとのこと。





Okazaki et al. (2020)

Rhachotropis reiwa レイワリュウグウヨコエビ


 令和二年初の広島大学から出た記載論文。その名も「reiwa」という種小名がつきました。深海に生息する テンロウヨコエビ科 Eusiridae・リュウグウヨコエビ属の一種です。




Marin (2020)

Liljeborgia associata 

 日本海からトゲヨコエビ科 Liljeborgidae の1新種を記載。ユムシ Urechis unicinctus の巣穴に共生するとのこと(素人なのでわからないのですがこの分類は大丈夫なんでしょうか)。ESJなので無料で読めます。



Peña Othaitz and Sorbe (2020)

Eusirus bonnieri Peña Othaitz & Sorbe, 2020

 大西洋北東部ビスケー湾の水深 370~1,099m から,テンロウヨコエビ属の1新種を記載。それとともに,全既知種の検索表を提供。本文は有料。



Wang et al. (2020a)

Epimeria liui Wang, Yu, Sha & Ren, 2020

 フィリピン沖の水深 813~1,242m からヨロイヨコエビ属の1新種を記載。ROV「发現」によって採集されたそうです。各付属肢が線画で図示されています。太平洋産ヨロイヨコエビ属の検索表を提供しています。Zookeys なので無料で読めます。




Andrade and Senna (2020b)

Atlantiphoxus wajapi Andrade & Senna, 2020

 大西洋からヒサシソコエビ科の新属新種を記載。ヨコエビの記載にはほとんど使われない「Scientia Marina」というジャーナルですが,無料で読めます。

 

 


Hegna et al. (2020) 

Caecorchestia bousfieldi Hegna & Lazo-Wasem, 2020 in Hegna et al. 2020

 中新世前期の琥珀中から発見された盲目のハマトビムシ類を、CTスキャンを用いた観察によって記載。出版日は Myers and Lowry (2020) の大手術より前なので、現状のハマトビムシ上科のどこに位置するか分かりません。本文は有料。

 



April

Palatov and Marin (2020)

Palearcticarellus smirnovi Palatov & Marin, 2020

Palearcticarellus sapozhnikovi Palatov & Marin, 2020

 アルタイ山脈からマミズヨコエビ科の2新種を記載するとともに、1新属を設立。これまで Stygobromus属とされていた3種 — S. kazakhstanica (Kulkina 1992); S. mikhaili Sidorov, Holsinger & Takhteev, 2010; S. pusillus (Martynov, 1930) — をこの新属に含めるものとしています。本文は読めそうな気配がありませんが、アブストがわりと充実しています。

 

 

 

 Heo et al. (2020)

Microlysias rectangulatus 
Microlysias triangulus 

 韓国からタカラソコエビ科 Tryphosidae の2新種を記載。アブストにわりと詳しい形態の説明があります。




Moskalenko, Neretina and Yampolsky (2020)

Eulimnogammarus etyngovae
Moskalenko, Neretina & Yampolsky, 2020
Eulimnogammarus tchernykhi
Moskalenko, Neretina & Yampolsky, 2020


 バイカル湖から固有のヨコエビ2新種を記載。



Di Rossi et al. (2020)

Ptilohyale corinne

 アルゼンチンから Ptilohyale属 の 1新種 を記載。日本のフサゲモクズ P. barbicornis と同属です。過去の不適切な処理をレビューしつつ,本属に含まれる 12種 の検索表を提供しています。本文は有料。



Andrade and Senna (2020c)

Pseudharpinia bonhami Andrade & Senna, 2020
Pseudharpinia jonesyi
Andrade & Senna, 2020
Pseudharpinia pagei
Andrade & Senna, 2020
Pseudharpinia planti
Andrade & Senna, 2020


 大西洋から ヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae の4新種を記載。Pseudharpinia
属の全種の検索表を提供しています。本文は有料。




Shimoji et al. (2020)

Calliopius ezoensis エゾウラシマヨコエビ

 北海道東岸からウラシマヨコエビ属の1新種を記載。形態と分子(核遺伝子ヒストンH3領域,ミトコンドリア遺伝子16S領域,核遺伝子28S リボソームRNA領域,ミトコンドリア遺伝子COI領域)を検討しています。ヨコエビの新種記載はあまり用いられない「Proceedings of the Biological Society of Washington」という雑誌に載っており,本文は有料ですが,アブストに詳細な形態の記述があります。



Weston, Peart and Jamieson (2020)

Civifractura serendipia
Stephonyx sigmacrus


 インド洋の深海 4,932 m において,ベイトトラップに集まったヨコエビを解析し,Uristidae科に2新種を記載。うち1種は新属が建てられました。分子と形態を併用しており,ミトコンドリア遺伝子は 16S rDNA 領域と COI 領域,そして核遺伝子は ヒストン 3 と 28S rRNA を使っています。フカミソコエビ属とダイダラボッチ科の検索表を提供。無料で読めます。



May


Feirulsha and Rahim (2020)

Pereionotus tinggiensis

 マレーシアからゴクゾウヨコエビ属の1新種を記載。メスに限って11種の検索表を提供しています。



Alves, Lowry and Johnsson (2020)

Magnovis elizabethae Alves, Lowry & Jonsson, 2020

 ブラジルの大陸棚からハッジヨコエビ小目の1新種を記載.新属を建てるとともに,新科Magnovidaeと,新上科Magnovioideaを設立。本文は有料ですが,アブストに形態の記述があります。AN44では2019年の記載ですが、WoRMSでは2020年となっているのでこちらに準じました。




 

 

June

 Cannizzaro, Balding, Lazo-Wasem and Sawicki (2020)

Crangonyx parhobbsi Cannizaro & Sawicki, 2020 

  フロリダ半島からメクラヨコエビ属の1新種を記載。本文は有料。



Ariyama and Moritaki (2020)

Bathyceradocus japonicus Ariyama & Moritaki, 2020 チンボクヨコエビ

 以前から話題になっていた沈木性スンナリヨコエビ科に1新種を記載。各ニュースサイトに採り上げられて話題になりました.チンボクヨコエビ属との和名も提唱しています。熊野灘から採取し鳥羽水族館の水槽に展示していた沈木の中に棲んでいたのを発見されました。同属他種はだいたい水深1,000~5,000mの漸深層に生息しますが,本種は330~400mの比較的浅い深度から得られています。有り難いことに本文は無料で読めます。7属の検索表を提供。



Gouillieux et al. (2020)

Idunella bacheleti 

 ビスケー湾からトゲヨコエビ科(Liljeborgiidae)の1新種を記載。




Marrón-Becerra et al. (2020)

Hyalella tepehuana Marron-Becerra, Hermoso-Salazar & Rivas, 2020

 メキシコのドゥランゴから Hyalella属 の1新種を記載。SEM画像を多用した形態一本の記載で、中米産15種の Hyalella属 の検索表を提供しています。近似種との識別点はアブストに詳しく載ってます。Zookeys なので本文まで無料で読めます。




Nurshazwan et al. (2020)

Cerapus bumbumiensis Nurshazwan, Ahmad-Zaki & Azman, 2020

 マレイシアから ホソツツムシ属 Cerapus の1新種を記載。ホソツツムシ属の検索表を提供しているとのことです。本文は有料。



Winfield and Hendrickx (2020)

Epimeria karamani Winfield & Hendrickx, 2020

 太平洋東部メキシコ沖からヨロイヨコエビ属 Epimeria の1新種を記載。本文は有料ですが、アブスト中に詳細な形態の記述があります。



Myers and Lowry (2020)

Orchestia forchuensis Myers & Lowry, 2020
Orchestia perezi
Myers & Lowry, 2020
Orchestia tabladoi Myers & Lowry, 2020

 3新種を記載。Orchestia属 の担名種にあたる O. gammarellus のタイプ産地を精査した上でネオタイプを指定しており、隠蔽種を炙り出した感じです。新種記載に加えて、かつて O. gammarellus のシノニムとして消された O. inaequalipes を復活させています。本文は有料です。



Reis et al. (2020)

Hyalella catarinensis
Hyalella rioantensis


 ブラジルから Hyalella属 の2新種を記載。形態のみを検討しています。ブラジル南部から報告されている既知種を加えた12種の形態マトリクスを提供。本文は無料で読めます。

 なお、AN44 にて「悲しいことに本文は読んでないが新種の名前だけ判明している」として、この論文で記載された種を「Hyalella kaingang」「Hyalella xabriaba」と紹介していますが、前者は Bueno et al. (2013) で記載されており、後者は Bueno et al. (2013) の「xakriaba」を「xabriaba」と綴ったものとみられ、どちらも明らかに誤りです。

 

 

 

 Murat and Sket (2020)

Rhipidogammarus gordankaramani Murat & Sket, 2020

 トルコからヨコエビ科の1新種を記載。Rhipidogammarus属の8種の二又式検索表および形態マトリクスを掲載しています。

 



Cannizzaro, Gibson and Sawicki (2020)

Simplexia longicrus Cannizzaro, Gibson & Sawicki, 2020
 
 テキサスからスキマヨコエビ科の1新属1新種を記載。本種と Parabogidiella americana の2種を収納する新科 Parabogidiellidae が建っています。本文は有料。




Marin and Palatov (2020)

Gammarus martynovi Marin & Palatov, 2020

タジキスタンからヨコエビ属の1新種を記載。






July


Ariyama (2020b)

Grandidierella contigua Ariyama, 2020 リンセツドロソコエビ
Grandidierella japonicoides
Ariyama, 2020 ニホンドロソコエビモドキ
Grandidierella nana
Ariyama, 2020 チビドロソコエビ
Grandidierella pseudosakaensis
Ariyama, 2020 ニセオオサカドロソコエビ

 南西諸島から6種のドロソコエビ属(Grandidierella)を報告するとともに、4新種を記載。本土の種と類似した形態をした種も見つかっており、今後の分類学的研究に与える影響は大きそうです。G. gilesi Chilton, 1921 には ケアシドロソコエビG. halophila Wongkamhaeng, Pholpunthin & Azman, 2012 には ムネトゲドロソコエビ との和名を提唱しています。リンセツドロソコエビ G. contigua の和名および学名は、第1咬脚掌縁の歯の配列の様子に由来するとのことです。6種全てに対してオスの形態に基づく検索表を提供。本文は有料。



Ali-Eimran et al. (2020)

Grandidierella pawaiensis 
Grandidierella sungeicina


 シンガポールからドロソコエビ属(Grandidierella)の2新種を記載。G. pawaiensis はガーリーなピンクです。南シナ海に分布する7種の検索表を提供。EJTなので無料で読めます。




Hughes (2020)

Lepidepecreoides stoddartae Hughes, 2020

 南大西洋から タカラソコエビ科 Tryphosidae の1新種を記載。フトヒゲソコエビ類研究者の Stoddart に献名されています。本文は有料。




Lowry and Myers (2020)

Clippertonia schmitti Lowry & Myers, 2020

 太平洋メキシコ沖に浮かぶ仏領クリッパートン島からハマトビムシ上科の1新種を記載。新属を建てています。鳥の巣から見つかったとのことです。




Morino (2020b)

Aokiorchestia jajima Morino, 2020 ミナミオカトビムシ

 森野 (1991) で紹介され、森野 (1999) や 森野 (2015) でも未記載のままだった「ミナミオカトビムシ」に、とうとう学名が与えられました。Platorchestia属の1種として扱われた期間が長かったものの、結局新属が建ちました。改めて線画を見ると PlatorchestiaMorinoia とだいぶ趣が違うように感じられます。属名は『土壌動物検索図説』の監修者でもある日本の土壌生物学の権威・青木淳一博士に献名されています(※タイトルでは属名が「Aokiorcheestia」となっていますが、誤植です。下記の引用文献のところではこちらで修正をかけました)。種小名は、産地の一つである京都・舞鶴港に浮かぶ蛇島に由来します。




Sidorov (2020)

Paramoera (Ganigamoera) koropokkuru Sidorov, 2020 

色丹島からミギワヨコエビ属の1新種を記載。種小名がかわいいです。



Wang et al. (2020b)

Bathya brevicarpus Wang, Zhu, Sha & Ren, 2020

 沖縄トラフの熱水噴出孔からウラシマヨコエビ科の1新種を記載。新属を建てています。ウラシマヨコエビ科の検索表を提供。EJTなので本文は無料。
 

 
 

August


Lee, Tomikawa and Min (2020)

Pseudocrangonyx wonkimi Lee, Tomikawa & Min, 2020

 韓国・全羅南道の洞窟からメクラヨコエビ属の1新種を記載。分子と形態を両方見ています。本文は無料で読めます。
 
 
 
Lowry, Springthorpe and Myers (2020)

Carpentaria tropicalis Lowry, Springthorpe & Myers, 2020

 オーストラリアからハマトビムシ上科の1新種を記載。Protorchestiidae
科に1新属を建てています。本文は有料。
 
 
 
Jarzembowski et al. (2020)
 
Gammaroidorum vonki
 
 英国の白亜紀前期の化石をもとに、新属新種を記載。本文は有料。



 

 September

 
Tomikawa, Kakui and Fujiwara (2020)

Nicippe beringensis

 海洋地球研究船「みらい」の調査によってベーリング海の水深 520~536m から得られた標本をもとに、Pardaliscidae科 ミコヨコエビ Nicippe属 の1新種を記載。ノルウェイで得られた N. tumida Bruzelius, 1859 の標本を検討・再記載するとともに、ミコヨコエビ属6種の形態検索表を提供。本文は無料。
 
 
 
Momtazi (2020)

Ampelisca linearis Momtazi, 2020
Ampelisca lowryi
Momtazi, 2020
Ampelisca persicus
Momtazi, 2020

 ペルシャ湾とオマーン湾から,スガメ属 Ampelisca の3新種を記載するとともに、ヒトツメスガメ A. cyclops を再記載したとのこと。
 
 

Jung, Kim, Kim and Yoon (2020)

Pseudocrangonyx concavus
Pseudocrangonyx crassus
Pseudocrangonyx gracilipes
Pseudocrangonyx minutus
Pseudocrangonyx villosus

 
 韓国からメクラヨコエビ属の5新種を記載。韓国から報告されている8種について検索表を提供.分類には形態のみを用いています。本文は無料。





October

Pérez-Schultheiss and Pardo (2020)

Isaeopsis chiloensis

 チリからカマキリヨコエビ科の1新種を記載。本属はこれまで I. tenax K. H. Barnard, 1916 のみが知られている単型分類群であり、これが史上2種目の報告となります。イチョウガニ科の Metacarcinus edwardsii Romaleon setosum に付着するそうです。本文は有料。

 

 

 

Hagihara, Nakano and Tomikawa (2020)

Paramoera shakotanensis

 北海道の幌内府川からアゴナガヨコエビ科ミギワヨコエビ属の1新種を記載。アブストにまあまあ形態の記述があります。本文は有料。





November

Ariyama, Kodama and Tomikawa (2020)

Maera denticoxa キタスンナリヨコエビ
Quadrimaera angulata マルスンナリヨコエビ

  日本のスンナリヨコエビレビュー第4弾。2新種を報告。本邦既知17種の検索表を提供しており大変ありがたいです。

 

 

Johansen and Vader (2020) 

Nicippe isaki Johansen & Vader, 2020 

 北極圏に位置するスヴァールバル諸島から ミコヨコエビ属 の新種を記載。本文は有料ですがアブストが充実しています。

 

 

December

Momtazi and Maghsoudlou (2020)

Pleonexes nargessi Momtazi & Maghsoudlou, 2020

 ペルシャ湾とオマーン湾から Pleonexes属 を報告。1新種を記載しています。新種 P. nargessi の第5~7胸脚は多少 Pleonexes属 っぽいものの、尾節板には鈎状の突起がないなど気になる要素がみられます(Pleonexes属の怪しさについてはこちら)。この論文では過去に報告された P. kava の形態の幅をマトリクスで示しつつ、新種の正当性を主張しています。さらに、Ampithoe qeshmensis Layeghi & Momtazi, 2018 を Pleonexes属 に移動させています。P. geshmensisP. nargessi によく似ており、尾節板にこれといった突起はないものの、第5、6胸脚はやや把握器様の形状です。本文は有料。



Kwon, Kim, Heo and Kim (2020)

Gammarus baengnyeongensis

 北朝鮮と対面する最前線にあたる韓国の白翎島と大青島から、ヨコエビ属 Gammarus の1新種を記載。



Verheye and D’Udekem D’Acoz (2020)

Eusirus pontomedon

 背面にトゲの多い特徴的なテンロウヨコエビ属の1種を記載。これまで E. perdentatusE. giganteus という2種が知られていましたが、それぞれに異なる遺伝的集団を内包していることが分かったとのことで、E. perdentatus から派生した1集団を別種として記載したとのことです。 


 

 というわけで、今年は 81 82 種が記載されたようです。

 なお、富川先生らがマリアナ海溝のSSF(蛇紋岩化した橄欖岩上に形成される化学合成生態系に特徴づけられる研究サイト)で得られた Princaxelia属 の新種をズーキーズで記載しそうな雰囲気がありましたが、12月30日現在、まだ御publishされていないようです。




<2020年新種記載文献>
Ali-Eimran, A.; Lee, Y.-l.; Azman, B. A. R. 2020. Two new species of Grandidierella (Amphipoda, Corophiida, Aoridea) from Singapore. European Journal of Taxonomy, 683: 1–28.
Alves, J.; Lowry, J. K.; Johnsson, R. 2020. A new superfamily and family of Hadziida (Amphipoda: Senticaudata), with a description of a new genus and new species from the Brazilian continental shelf. Zootaxa, 4779(4).
Alves, J.; Neves, E.; Johnsson, R. 2020. Two new Amphilochida (Amphipoda: Amphilochidea) associated with the bioinvasive Tubastraea coccinea from Todos-os-Santos Bay, Bahia State, Brazil. Zootaxa, 4743(1).
Andrade, L. F.; Senna, A. R. 2020a. A novel species of Heterophoxus Shoemaker, 1925 (Crustacea, Amphipoda, Phoxocephalidae) from southeast and southern Brazil, with an identification key to world species of the genus. European Journal of Taxonomy, 592: 1–16.
Andrade, L. F.; Senna, A. R. 2020b. Atlantiphoxus wajapi n. gen., n. sp. (Crustacea: Amphipoda: Phoxocephalidae), a new deep-sea amphipod from the southwestern Atlantic. Scientia Marina, 84(2).
Andrade, L. F.; Senna, A. R. 2020c. Four new species of Pseudharpinia Schellenberg, 1931 (Crustacea: Amphipoda: Phoxocephalidae) from southwestern Atlantic and new records of P. tupinamba Senna & Souza-Filho, 2011. Zootaxa, 4763(4).
Ariyama H. 2020a. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 3: genera Maera Leach, 1814, Meximaera Barnard, 1969 and Orientomaera Ariyama, 2018 (addendum), with a key to Japanese species of the clade (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa, 4743(4): 451–479.
Ariyama H. 2020b. Six species of Grandidierella collected from the Ryukyu Archipelago in Japan, with descriptions of four new species (Crustacea: Amphipoda: Aoridae). Zootaxa, 4810(1).
Ariyama H.; Kodama M.; Tomikawa K. 2020. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 4: addenda to genera Maera Leach, 1814 and Quadrimaera Krapp-Schickel & Ruffo, 2000, with revised keys to Japanese species of the clade (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa, 4885(3): 336–352.
Ariyama H.; Moritaki T. 2020. A new species of the genus Bathyceradocus from the Kumano-nada, central Japan (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Crustacean Research, 4: 61–71.
Cannizzaro, A. G.; Balding, D.; Lazo-Wasem, E. A.; Sawicki, T. R. 2020. A new species rises from beneath Florida: molecular phylogenetic analyses reveal cryptic diversity among the metapopulation of Crangonyx hobbsi Shoemaker, 1941 (Amphipoda: Crangonyctidae). Organisms Diversity & Evolution:1–18.
Cannizzaro, A. G.; Gibson, J. R.: Sawicki, T. R. 2020. A new enigmatic genus of subterranean amphipod (Amphipoda : Bogidielloidea) from Terrell County, Texas, with the establishment of Parabogidiellidae, fam. nov., and notes on the family Bogidiellidae. Invertebrate Systematics, 34(5): 504–518.
Di Rossi, C.; Sciberras, M.; Bulnes, V. N. 2020. Description of Ptilohyale corinne sp. nov. (Amphipoda: Hyalidae) from the Bahía Blanca estuary, Argentina, including a key to all valid Ptilohyale species. Zootaxa, 4763(1): 125–137.
Feirulsha, N.-S.; Rahim, A. A. 2020. A new species of Pereionotus (Amphipoda, Senticaudata, Phliantidae) from Pulau Tinggi, Sultan Iskandar Marine Park, Malaysia. Zoosystematics and Evolution, 96(1): 195–203.
Gouillieux, B.; Bonifacio, P.; Lavesque, N. 2020. Idunella bacheleti sp. nov., a new Liljeborgiidae species (Crustacea: Amphipoda) from the Capbreton Canyon (Bay of Biscay, NE Atlantic Ocean). Cahiers de Biologie Marine, 61: 311–322.
Hagihara, K.; Nakano, T.; Tomikawa, K. 2020. A new species of Paramoera (Crustacea: Amphipoda: Pontogeneiidae) from an estuary habitat in Hokkaido, Japan. Journal of Natural History, 54(19–20): 1279–1292. 
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<その他参考文献>
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— 森野浩 2015. ヨコエビ目. In: 青木淳一 (ed.) 『日本産土壌動物 第二版-分類のための図解検索』[1]. pp.1069-1089. 東海大学出版会, 東京. [ISBN978-4-486-01945-9]
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Yardy, L.; Amanda Callaghan 2020. What the fluff is this? — Gammarus pulex prefer food sources without plastic microfibers. Science of The Total Environment, 715(1).
Vader, W.; Tandberg, A. H. 2020. Amphipod Newsletter 44. 1–65. [Web publication](AN44)


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補遺(28-IX-2021)

Eusirus pontomedon Verheye & D’Udekem D’Acoz, 2020 を追加。


補遺2 (30-VIII-2024)
・一部書式設定変更。

2020年12月10日木曜日

ROAD TO DESCRIPTION Ⅷ(12月度活動報告・その1)


 2016年からずっとやってる、ヨコエビの新種記載を目指す営みの記録です。このたび無事「受理」となりましたので、このシリーズもやっと終幕となります。

 過去の経緯はコチラ。

I(立志篇)II(救済篇)III(解剖篇)IV(研鑽篇)V(調布篇)Ⅵ(散財篇) Ⅶ(描画篇)

 

  当初は1,2年で論文を出す心積もりでいましたが、もう4年です。
 文章量や描画の枚数でいうと、最初の1年半で7割くらいは出来ていました。ここからが長かった。

 

 私はこれまで、筆頭著者として学術論文を書いたことがありません。
 卒研結果を学会発表した時は、ポスターでした。去年出版された Crustaceana の報告 (齋藤・小川 2019) は原著論文ですがコレスポではありません。某同好会誌には、単著で2本ほど出したことがありますが、邦文ですし当然査読のある雑誌ではありません。
 そして当然、今回は初の記載論文ということになります。 
    
 ヨコエビの記載論文は結構読んでいるつもりでしたが、実際に論文を仕上げる前提で勉強をしてみると、論文の構成がどうなっているか、あまりというかほぼ関心を向けてこなかったことに気付きました(スケッチについてもこんなことを言った気がしますが)。受け手側にいるだけでは分からないことがたくさんあることを痛感しました。

 記載論文を作るにあたって、我が師匠から教わったことと、近年復刊して話題となった『種を記載する』(以下,ウィンストン 2008)の内容は、欠くことができませんでした。また、科学論文の書き方の基礎については、師匠から勧められた『理科系の作文技術』(以下,木下 1981)を大いに参考にさせて頂きました。

 その他、論文の書き方について、なかなか熱のこもったサイトを見つけて読んでみました・・・が、覆面なのが頂けません。お時間ある方は読んでみてください。

 

  今回は、こういった知見と既往研究の実例を踏まえながら、記載論文を書いてみて感じたことなど書き連ねてみたいと思います。分類学的な意味での「命名行為」だけでなく、ただ単純に「名前を付ける」営みについても思うところを書いてみます。

 なお、今回は論文が無事に通ったので結果オーライということで私の方法に妥当性があるものと確信してこの記事を公開していますが、全部が全部常に正しいとは限らないので信じ込まないようにして下さい。



 


まず投稿規定を読め


 最初にやるべきは、投稿先に狙いを定めること。そして、投稿規定を確認することです。「テクニック云々以前にルールが大事」です。

 種の記載なので、当然ながら国際的なアクセサビリティが担保されているなど、考慮すべきポイントが色々あります。よく記載が行われている学術誌から選ぶと良いでしょう(ヨコエビが記載されがちな学術誌はこちら)。
 今回記載するのは東京湾の浅場にいる種なので、国内で無料で読める敷居の低さも欲しいところ。
 そんな感じで選びました。

 投稿規定には、投稿にあたって守るべきことが書いてあります。ファイル形式や、文章として成立するか、などなど。そのレベルのルールすら守れない原稿は査読前に返ってくるようです・・・当然ですね・・・

 また、論文には分野などによっていくつかの論文スタイルがあります。APAスタイルMLAスタイルは有名ですが、他に AMAスタイルシカゴスタイルNLMスタイル など様々あり、該当する様式を把握しておく必要があります。
 今回ターゲットとする学術誌はCouncil of Science Editors (CSE)スタイルを踏襲しており、基本ルールの参照元としてケンブリッジ大学出版の書籍が指定されていました。しかし、こちら800pにおよぶ大著らしく、たぶん個人で買うものでなく、研究室に置いてあったりするものと思われます。

 とりあえずこの本は買わずに、投稿規定を熟読して臨みます。




そして命名規約を読め


 記載論文を書くにあたって押さえなければいけないルールとして、「国際動物命名規約 International Code of Zoological Nomenclature(以下、規約)があります。


 規約は、種~科の取り扱い全般に(一部の条項はその上の分類階級にも)適用されます。これに準拠しない論文は学術誌に載らないか、載ったとしても後の研究者に要らない仕事を残すことは必定です。
 日本分類学会連合が正文日本語版PDFを公開していることはよく知られていますが、これは2005年に更新されたバージョンの第四版です(2020年2月現在)。規約そのものは追補としてちょくちょく修正が加えられており、動物分類学会の出版物等を通してそれを知ることができます。「過去の学名をどのように扱ったらよいか」といった部分は、純粋な記載行為とはほとんど関係ないかもしれません。しかしながら、命名行為に臨む以上、最新の規約の内容は把握すべきです。
 実際に、2019年から2020年に出されたヨコエビの論文の中に、先取権や記載の要件に関して不適切であるとして、該当箇所の修正 (Lowry and Myers 2019; Lowry et al. 2019) や記載のやり直しがなされたもの (Ortiz et al. 2018, 2020) もありました。これらはいずれも実績ある研究者の論文ですので、私のようなペーペーはより一層の注意が必要でしょう。
 ちなみに、件の「記載のやり直し」は、Zoobankの番号を取得していない瑕疵によるものでした。今回私が投稿した学術誌は編集部が番号を取得してくれるので、著者は何もしなくていい旨が投稿規定に明示されていました。あんしん。
 また、規約の勧告16.Cにあるように、記載に使用したタイプ標本は適正に管理され、後世の人間が参照できる状態に維持されねばなりません。新種の記載に着手する際に、少なくともホロタイプだけはそれなりの機関への供託ができる根回しが必要です。今回は諸々大変お世話になった国立博物館と、タイプロカリティの地元の県立博物館の2カ所にわけて、記載に使った標本を供託することにしました。

 


言い回し


 とにかく論文を読みまくることが大切、という話をよく聞きます。

 論文の言い回しもやはり時代により変わるので、出来る限り最新のものを読みまくるべきでしょう。

 当初は、ターゲットとなる雑誌の中で、上位分類群の議論を伴う内容で、尚且つ英語ネイティブが書いているものにこだわって読もうとしていました。しかし、いかんせん日本の雑誌なので非常に歩留まりが悪いことに気付き、著者を問わず読むようにしました。

 あとはこのような語の使い方。当たり前ですが読む時より気を遣います。

  • Although
  • However
  • Nevertheless

  • Accordingly
  • Because
  • Hence 
  • There by
  • Therefore
  • Thus

(※詳細な使い方についてはここでは論じません)



 英語力が地面にめり込んでいる私ですが、中高の英語教育では扱われない電信体(テレグラフ)構文を身に付ける必要も生じてきました。散々読んできた記載文はそれで構成されていますし、凝った表現やひねった言い回しが排除されるという部分では救われます。
 英作文については、若手ヨコエビストから Coyle and Law (2013) という参考書を教えてもらい、大変勉強になりました。文系のレポートも含め「研究論文」に関する普遍的なルールやノウハウを丁寧に解説しており、例題やエクササイズを活用して自学ができるようになっています。

 また、執筆が終わった後ですがこのようなnoteを発見しました。英語の構成を日本語で解説している面白い文章で、日本語にしても英語特有の話の組み立て方などが伺えるかと思います。

 


全体の構成


 よくIMRD(イムラッド)と言ったりしますが、慣例や定型に従って組み立てたいと思います。

 骨組みの設計にあたり、想定する投稿先の学術誌に掲載された過去の記載論文を元にしようかと思ったのですが、これがそう簡単でもないことに気付きました。


 例えば、

1. 導入
2. 系統学
 2-1. 調査標本
 2-2. 判別文
 2-3. 記載文
 2-4. 命名学
 2-5. 所見
 2-6. 生息地
 2-7. 分布
 2-8. バリエーション
 2-9. 生時の色彩
3. 謝辞
4. 引用文献


 といった論文もあれば、

1. 導入
2. 材料と方法
 2-1. 採集および形態学的検討
 2-2. 調査標本
 2-3. 記載文
 2-4. 走査電子顕微鏡での観察
 2-5. 塩基配列
 2-6. バリエーション
 2-7. 命名学
 2-8. 分布
 2-9. 所見
3. 属内の検索表
4. 謝辞
5. 引用文献

 といった論文もあります。


 別の学術誌も含めて、2019年の実績を中心に、過去のヨコエビ記載論文の構造をまとめてみました。過去2年で投稿数の上位を占める学術誌(Zootaxa,Zookeys,European Journal of Taxonomy,Species Diversity,Journal of Crustacean Biology)は押さえてあります。


(左列)記載行為が行われているセクションにアスタリスクを付記した。
  (右列)記載行為が含まれるセクションの内訳を示した。 

   ※性別ごとに記された記載文を「Description」にまとめるなど、
部分的に表記を変えている箇所があります。


 同じ学術誌でも、著者によって構成が変わってくることがお分かりいただけると思います。分類群の状況による変動を差し引いても、かなり流動的といえるでしょう。 

 大枠では、記載文はマテメソと考察の間にあり、結果に含まれる(あるいは代わりの項目を立てる)という共通点が見られます。

 
 投稿規定には「純粋な記載であればマテメソ・結果・考察を適宜まとめていい」と書かれていますが、それをマテメソと題するかどうか、その中に記載を入れるかどうかは指示していないようです。
  こういうのはもしかしたら大学院とかの授業であるのかもしれませんが、何しろ当方は学部で終わっていますので、体系的に学術論文の書き方を習ってはいません。自力で当たって砕けろ的な勉強法になります。今回はマテメソ→分類という章立てとして、分類パートの中に記載と所見を入れることにしました。





 タイトルページ


 「タイトル」「著者名」「著者の所属」「ランニングタイトル」を決めます。
 近縁の種の記載や、同じ雑誌の過去の論文などを見ていれば、タイトルやランニングタイトルはスムーズにつけられると思います。個人的には「新種の記載であること」「種~科名(綱・目)」「産地」などの情報をタイトルに入れたほうがよいかと思います。
 所属については、私の場合は順当にいくと社名を書くことになります。しかし、何となく弊社からNGが出そうな予感がしました。かといって直接聞いたら藪蛇になるかとも思い、所属名として使わせてもらえる団体をみつけてそこに入りました(後からそれとなく確認してみましたが,やはり弊社は論文の所属に会社名を使いにくい状況にあるようです)。ちなみに、甲殻類の在野研究者として大大先輩にあたるS社のS氏は、「会社に特に断りなく名前を使って十年以上になるがトラブルになったことは無い」らしいです。会社によって様々かと思います。



アブスト


 アブストラクト abstract。要旨、要約などと言われます。
 有料の雑誌でもアブストは無料で公開されるので、論文の自己紹介と考えたほうがよいかもしれません。
 個人的には、「アブスト」に「新種名」と「簡単な特徴」くらいの情報は欲しいです。ある意味目次のような役割もあるので、「形態分類」「分子系統解析」「文献調査」 など、研究手法の紹介は入れておきたいところ。また「属の検索表」など,記載を構成する要素以外に盛り込んだ内容があれば、積極的に示すべきでしょう。語数などが指定されますので、あまり冗長ではいけませんが。
 また、研究の要点を示すため「アブスト」の後ろに keywords の項があります。あくまで補助的な部分なので、ここに入れる単語はタイトル等に用いられているフレーズとダブらないよう注意が必要です! !



イントロ


 イントロダクション Introduction。導入、緒言とも言います。
 研究背景を述べます。分類の論文では、属や科の研究過程を紹介することになるかと思いますが、シノニムリストで事足りる部分は省略し、今回の記載の意義に直接関係ある部分を述べたほうがよいでしょう。
 「導入」は時系列的に「結果」より前に位置するため、当然のことながら「結果」にあたる内容を含まないようにします!!



マテメソ


 Material and Method。材料と方法。
 記載論文であれば、まず対象となる標本がどのように得られたのか、などの情報をここに示します。実験系の論文より単調な構成となることが多く、他の論文の書き方を参考に構築する感じです。



結果


 リザルト Result。

 実験論文であれば、マテメソに示した方法によって得られた結果を、正直に記すパートになります。

 「結果」の中で種を記載する場合、何が書かれるべきなのか。私は読み手の要求という視点から論文を書いてみましたので、その時の心持ちを整理してみます。

※あくまで「こういう事例を見かけた」「私はこう思って書いた」というレベルの話です。



 <調査標本:material examined> 

  • 記載に使用した全標本を挙げる。
  • 「標本番号」+ 「成熟度・性別」+「体長」+「採集地」+「採集日」+「採集者」(パラタイプの場合は個体数)。
※「採集地」の情報は、整理した上で「生息地」などの別項目を立てて述べる。「体長」を独立させた論文もある。


<判別文/標徴:diagnosis> 
  • 当該分類群の定義、改訂されるまでは種そのものの輪郭として扱われる。
  • その新種を、種として認識するにあたって必要不可欠な特徴が押さえてある。
  • 現状の知見および定義の範疇で、この特徴を具えているものをこの種として同定する、という手掛かり。
  • 図鑑を作る時に、似た種をいくつも載せるとしたら、種ごとの解説文として掲載してほしい文章。


<記載文:description> 
  • タイプ標本の特徴を余すところなく記述する。
  • 将来的に分類に使われる形質まで漏らさない勢いで、図と文が相補関係になるように記述する。


 <命名学:etymology> 
  •  命名者のみが知る真実を語る。



<変異:variation> 

  • 形態の幅を記録する。

 


<体色:coloration> 

  • 生時あるいは固定後の色彩を記録に残す。



<生息地:habitat> 

  • 地理的特性や微環境について記述。

※「水深」などを独立させた論文もある。


<分布:distribution> 

  • 地図上の生息域の広がりを示す。



 多くの記載論文において「結果」は記載文を収納する役割を果たしますが、「結果」を設けない代わりに「Taxonomy」や「Systematics」が設けられることもあります。

 書きながら思ったのは・・・例えば、マテメソに「採集をして得られたサンプルを分析する」と記し、結果として既知種に同定されたとします。当然、「結果」には同定結果を記述することになります。
 一方、サンプルが未記載と判明すれば、「結果=未記載種と判断された」と述べることになりそうです。だとすれば、その未記載種を記載する行為を含むセクションは「結果」の後に独立した項目として存在しうるのではないでしょうか?マテメソに「もし未記載であったら記載する」と書かれていれば、記載行為も「結果」に含まれそうなものですが、記載するかどうかをマテメソに明記することはあまりない気がします。

 そもそも、新種について判別文を書く場合、あるいは上位分類の判別文を修正する場合,これは「結果」と「考察」のどちらに含まれるのでしょうか?形質情報を選別し、目的をもって並べているところからすると「結果」でしょうか。


 なお、ウィンストン (2008) にはこのような記述があります:

  • 「判別文」は「記載」の一部をなす。
  • 「記載」は「考察」の前が来ることが多い。
  • 「考察」に相当するものとして「所見 Remarks」のほか、「Taxonomic Discussion」「Taxonomic implication」「Relationships」「Comments」「Comparisons」が置かれたり、題がない場合もある。


 つまり、記載行為そのものは「考察」やそれに類するセクションには含まれず、記載の最初に来る「判別文」が「考察」に組み込まれることは無いようです。

 しかし、既往研究に挙げられた特徴を検討して当該新種との違いを論じながら「判別文」を組み立てる場合、少し「考察」めいてくるような気もします。「定義」に照らして「結果(事実)」を見極めて判断を行うのが分類学の営みだとすれば、「判別文(定義)」に対する筆者の見解が「考察」にあたるのは当然だとしても、「判別文」そのものが「考察」に含まれるかというと迷います。

 とはいえ、やはり「結果」で形態の記述だけを行って、その後に「考察」かなんかで記載している論文なんてのは私も見た記憶がないので、今回は王道に従って「結果」に相当するセクションで記載を行うことにしました。
※過去の論文では,「sp.」止まりで形態の線画が掲載され,後の論文で図なしで記載行為が行われたこともあります (Nagata 1965)。また,過去に記載されたある種が紆余曲折を経て別の種のジュニアシノニムになり,そのことに後から気付いた研究者が形態の記述を伴わずに種の記載行為を行ったこともあります (Stock and Biernbaum 1994)。いずれにせよ,形態の記述と記載稿を分けるのは,特殊な事情と考えてよさそうです。



 先に触れたように、ヨコエビの新種記載には色々な経緯があって、それぞれ事情によって項目は変わるはずです。
 今回は特に、幾度か葬送されつつもそのことが世間に広まっていない故に現世に留まっている「とある属」を丁重に弔いつつ止めを差さねばならぬので、当然あるべき「近似種との比較」に加えて、「高次分類の議論」を入れなければならない。これを「結果」として扱うのに迷いましたが、「分類」の章を立てることで解決しました。



考察


 Disscusson ディスカッション。
 事実(結果)に基づき、そこから考察を導きます。


<所見:remarks>
  • 新種とみなす根拠。
  • 標本に関することで、推測や意見を含むもの。あるいは記載文やその他の項目に落とし込むことが難しい情報。

 
<考察>
  • 先行研究を踏まえた今回の新種の位置づけ。
  • 比較的雑多な話題、網羅的な内容を扱うことができる。

 このへんは相対的な区分になると思います。

 他種との識別点の議論が、あくまで今回の新種を軸に行われていれば「所見」に馴染みますが、当該新種のウェイトが小さい場合「考察」に馴染むかもしれません。

  
 記載を行うにあたって、近縁種との比較は欠くことができません。その過程や結果を読み手と共有することは更に重要なことと捉えられているようで、多くの論文において近縁種との識別には多くのスペースが割かれ、多様な手法による検討が惜しみなく行われている印象です。

 その「比較」は「考察」ゾーンに含まれるべきで、特に「所見」として記述されることが多いと思います。しかし、「他種との関係」などと題して独立した項を設けたり、「differential diagnosis」と題して「判別文」の中で識別点を述べるパターンもあるらしく、このあたりは分類群の慣例に従うのが良さそうです。



謝辞


 Acknowledgement。テレグラフから離れ、気持ちを表すパートです。
 卒論では A4 の 1P をぎっしり謝辞で埋めた経験があり、謝辞において後れを取らない自信があったのですが(?)、今回は英語なのと、研究室の同僚というようなノリでは決して紹介できないような方ばかりで、唸りながら既往研究の謝辞を読み漁る日々が続きました。

 そんな中、 このようなサイトを発見しました。

 「世界初(!?)謝辞自動生成システム」という眼を疑う表記。

 さっそく自動生成システムを使ってみたところ・・・限界を感じたため採用を断念しました。しかし、他にもいろいろコーナーがあり、豊富な文例と頻出ワードの解説など、痒い所に手が届くネ申サイトです.このサイトを謝辞に連ねたいくらいです。
 みなさんもぜひご活用下さい。

 また、もう謝辞を書き上げた後に見つけたのですが、こちらのブログで謝辞の構成など簡潔に紹介されています。良記事です。




引用文献

 リファレンス Refarence。
 文献をいかに表記するか、かつてこのブログでも取り上げましたが、論文スタイルに適合するよう体裁を整える必要があります。ワードには参考文献を管理する機能が実装されていますが、投稿先の要求に適合するとは限りません。
 引用文献は、番号を振って管理する場合は本文中での登場順に、著者名・出版名の組み合わせで管理する場合は筆頭著者のファミリーネームのアルファベット順に、論文の最後に掲載されることになります。一方、文中において1つの引用箇所で複数の文献を挙げる場合は、出版年の時系列順に並べます!
 最初の方に触れた「論文のスタイル」は、引用文献にも影響を与えます。インデントや行間などの設定は省略しますが、概ね以下のような違いが出てきます。

【APA style】
Lowry, J. K. & Myers, A. A. (2017). A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265(1), 1–89.

【MLA style】
Lowry, Jim K. and Myers, Alan A. "A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida)." Zootaxa, vol. 4265, no. 1, 2017, pp. 1–89.

【Chicago style】
Lowry, Jim K. and Myers, Alan A. "A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida)." Zootaxa 4265, no. 1, (2017): 1–89.

【AMA style】【NLM style】
Lowry JK, Myers AA. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa. 2017;4265(1):1–89.

【CSE style】
Lowry, J. K. and Myers, A. A. 2017. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265(1): 1–89.

 こちらのサイトに CSEスタイル 引用の例が載っていて参考になりました。また、Coyle and Law (2013) では MLAスタイル と APAスタイル の構成を解説しています。




名付ける楽しみ

 もしかすると、名前をつけたい欲求が大きい人間かもしれません。和名、学名、ちょっとひねって名付けたいタイプの人間です。
 詳細は省きますが、命名規約に定められるところの学名は(一部の例外を除き)アルファベット26字のみを用いて綴られる決まりになっています。全体はラテン語やギリシャ語(化した単語)によって構成され、これには性別などのルールがあります。例えば属には、男性・女性・中性の3性があり、性別に対応して種小名の語尾を変化させます。

 具体的には、Gammaropsis属は女性なので、種小名は ~a (例:G. japonicaと綴られます。Aoroides属は男性であるため、種小名は ~s(例:A. curvipesMonocorophium属は中性なので、種小名は ~m(例:M. insidiosumとなります。

 属の性別は設立時に指示がある場合はそれに従い、そうでなければ、属名そのものの語尾や、既知種の語尾などから判断することができます。しかし、レジェンドクラスの名だたる分類学者もたまに間違えたりしていますので(Ishimaru 1985; Hirayama 1988)、注意が必要です。


 その種の形態や生態にちなんだ特徴から、名前をつけるのが理想です。
 しかし、例えば命名時には十分に大きいと思って「gigas」などと名付けても実は後からもっと大きな種がゴロゴロ見つかるとか、命名時には底生が多い中で珍しい特徴と思われ「pelagica」などと名付けても後にむしろ遊泳性種が多いことが判明するとか,わかりやすい名前をつけたつもりで、かえって後世の混乱につながる命名をしてしまう可能性もあります。

 また、属名と種小名のセットで構成される学名のシステムにおいては、最初に記載された時の属と種の組み合わせが後からバラバラになる前提で考える必要があります。後に新種が見つかる場合だけでなく、属位変更があった時にも,混乱が起こり得ます。そういうわけで、個人的には、分類学的に安定性が乏しいグループについては、相対的な特性に基づく命名しないほうがよいと思っています。つまり、種やそれ以上の分類が安定に程遠いヨコエビの学名は、まだ油断ができないと思っています。
 

 なので、種名については、揺らぐことのない絶対的な事柄(タイプロカリティや関係者)から持ってくるのもアリでしょう。人への献名には「美しくない」と批判をする人もいるようですが、記載してもし尽せない現実が横たわるα分類にどれだけ携わった上での発言なのかは大いに疑問です(まあ,仮に一つの属に含まれる過半数の種が献名だったりしたら,研究者名簿を見ているようで変な気分はするでしょうが)。また、最近の話題でいえば筆頭著者がセルフ献名した十脚類の事例がありましたが (Saengphan et al. 2020)、ヨコエビ界隈でも著者が自分の名前を学名につけた例は記憶にありません。

 ヨコエビ界隈では恩師や高名な研究者に経緯を示して名付けられた種のほかに、発見者 (Berge et al. 1999; Stoddart and Lowry 2010; Lowry and Stoddart 2011a) や、携わった機関(Joseph et al. 2018)、調査船 (Chevreux 1899; Stoddart and Lowry 2010; Kodama and Kawamura 2019) などに由来する種もあります。中には、ひたすら肉親とか知人の名前をつけまくった論文 (Coleman and Lowry 2006) などもあり、これはさすがにやりすぎだと思います。

 個人的には、地元の伝承とか物語Ruffo et al. 2000;Krapp-Schickel 2009d’Udekem d’Acoz and Verheye 2017; Sidorov 2020)、あるいは少数民族の言語や方言に因んだ種小名が好みです(Ishimaru 1985; Kuribayashi and Kyono, 1995; Nakamura et al. 2019。好きなアーティストに献名してニュースになった事例 (Thomas 2015) もありましたし、好きなビールの銘柄 (Weston et al. 2020) に因んだ命名や、最近では新元号「令和」から命名されたのもいました(Okazaki et al. 2020)。

 ヨコエビは、日本に分布するものでも、種や上位分類群に和名がないこともあります。科とか属に和名がない場合は、種の記載のついでに和名を提唱するチャンスかもしれません。
 和名は、図鑑やニュースに載らないまでも、レポートに使われたり観察会で紹介されたりと、学者以外の人がよく使います。学名に使われるアルファベットは、アナグラムだったりそもそも意味がなかったりしても、記号として用いられるため問題はありません(ただし単語として成立しない出鱈目な配列はダメですし、規約の勧告25でも使いやすいこと等が示されています)。しかし、和名はそうはいかないと思っています。
 さきほど「相対的な特性から命名しないほうがいい」と述べましたが、和名についてはちょっと違う気持ちを持っています。和名は属位変更の影響を受けませんし、国内だけで成立すればよいので、全世界の構成種を考慮せねばならない学名より名付けやすいはずです。そもそも(一部を除いて)運用を拘束する決めごとが無いので、例えば動物の中で他の種と被っても名前が消えたりしません(例:ベニスズメ,ヤマトシジミ,ミミズク,マツムシ等)。なお、学名の場合は同じ規約が適用される枠組みの中では被ることは許されませんが、動物 vs. 植物など異なる規約が支配する分類群同士では制限がありません(例:ByblisLeucothoeStenia 等)
 こういった理由で、学名とは少し趣を意として、あまり事務的な側面を考えずに特性を重視して分かりやすく名付けたほうが親切な気がします。

 個人的には、テッポウダマウチデノコヅチホヤノカンノンダイダラボッチなど、印象的な和名を数多く提唱した Ishimaru (1994) が最高だと思います。また、学名もそうですが和名は長くしようと思えば「ニセクロホシテントウゴミムシダマシ」とか「セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ」とか「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコ」というようにいくらでも長くなるので、個人的にはリュウキュウホソオツノアルキといった「体言止め」を活用して引き締まった和名が好きです。ただし、「コナガ」「カスマグサ」のように省略が過ぎて伝わりにくくなるのも考えものかと思います。



横棒にご注意


 論文の執筆にあたり、今まで考えたことも無い壁に直面しました。

 まずこちらの文章をご覧ください。

 The specimens were chilled to −5 ℃ before preserved in 99% ethanol.
 Maxilliped palp: 4‐articulated; inner plate with 3 apical spines — each spine reduced and robust — and followed with 6–7 fine setae.



 注目いただきたいのは横棒です。

 この横棒、実は4種類あります。


”「−」5 ” : マイナス U+2212

”4「‐」articulated” :  ハイフン  U+2010


”「—」each spine” :  emダッシュ U+2014

”6「–」7 fine” :   enダッシュ U+2013


 いや、もう一緒でよくね?



単位系


 ヨコエビの記載において使うのはほぼ長さ(mm,m,km)くらいで、あとは(国際単位系ではありませんが)せいぜい緯度経度や塩基対(bp)と思われます。

 木下 (1981) にはSI単位系と併用単位などが一通り挙げられています。本書はミリオンセラーの技術書ですが、紙の本だということは覚えておかねばなりません。2019年にキログラムの定義が改訂されたことは記憶に新しいですが、このように単位系には改訂があるので、万全を期すには逐次最新の知見を参照できることが望ましいです。SI について web などでアナウンスしているのは測量や計量に関わる企業だったりするのですが、あまり更新頻度が高くないページが多くて意味が薄いので、ひとまずBIPM(国際度量衡局)のリンクを貼っておきます。

 とはいえ、よほどデリケートな単位を使うことがない限り、重篤な問題は起きない気がします。併用単位を含めて、common sense を記述しつつ多くの人の目に触れて揉まれているソース、例えば wikipedia などで事足りると思います。ちなみにこのブログの執筆時の直近1ヵ月で、wikipedia の「国際単位系(日本語)」は1日平均約500ビュー、2週に1回程度のペースで編集されています。掲載漏れや荒らしのない、ちょうどいい状態にあると言ってよいでしょう(あくまで印象です)。



読んでもらう


 投稿論文の原稿は、提出する前に誰かに読んでもらうべきでしょう。今回私は経験豊富な共著者に恵まれ、また執筆に長い時間をかけたことで多くのヨコエビストにアドバイスをもらう機会を得ました。有り難いことです(この良し悪しについては後述します)。
 また、英語を母原語としないものはネイティブのチェックを受ける旨、投稿規則にて指示がありました。今回は親交のあった米国の院生に依頼しました。

 ちなみに、簡易的な英文のチェックには「Grammarly」というサービスがあります(無料コースあり)。無料コースを使った限り、学術的な表現には全く対応していませんが、数の一致など基本的なもののワードのスペルチェックだけでは引っかからない間違いをたくさん確認したいときなどには有用です。
 また、利用したことはありませんが、海洋生物学や分子生物学の論文(特に甲殻類!)について「ジャパン・サイエンティフィック・テキスト(JST)の英文校閲サービスがオススメとのことです。



投稿してから


 完成した原稿は、投稿規定に定められた方法で提出します。今回は全てEメールでのやりとりでした。送付ができたら編集委員から逐次連絡が来ます。

 私が想定外だったのは、査読者の推薦をお願いされたこと(そもそもそういうシステムがあることを知りませんでした)。
 初めての記載で不安に駆られていた私は、先に述べた通り折に触れてたくさんのヨコエビストに助けを求めており、査読の折にレフェリーたりうるアクティブなヨコエビ研究者をかなり巻き込んでしまいました。「編集者はこの謝辞を見てどうやって査読者を見つけるのかな?」などと悪役のような笑みを浮かべていましたが、それがまさか我が身に返ってこようとは・・・
 査読者の推薦についてはネット上の噂では諸説あり、「著者から推薦された査読者は外すに決まってる」「著者の推薦通りに依頼が来た事例がある」「査読してほしくない人を指定するとその人に回されるに決まってる」「査読してほしくない人の希望はわりと通る」などなど。分野とか雑誌によって事情が違うのかもしれませんが、査読は匿名なので、憶測が生まれるのも無理はありません。

 とりあえず「私個人から原稿を見てくれるよう頼めるほどの関係性は温まってないけどこの分類群に詳しい」方をご指名させていただきました。ただ、当然ですが、結局その希望が通ったかどうかわかりません。

 

  コロナ禍の影響があるかわかりませんが、今回は原稿を送ってから半年後頃にレビュー結果が来ました。

 今回の評定は「掲載可」。ほっとしたのも束の間、メジャーリヴィジョンとの闘いが待ち受けていました。レビュアーによって着眼点は様々で、また2人の共著者と2人のレビュアーのチェックを経てもなお誤植が見つかるなど、恥ずかしいこともありました。著者本人しか分からない情報については間違っていても誰も直してくれませんので、見つかるたびヒヤヒヤします。

 

 さて、原稿が完成してからの流れとしてはこのようになるかと思います。

  1. 雑誌の事務局へ送付
  2. 連絡待ち
  3. (※指示のある場合)査読者指名
  4. 連絡待ち
  5. 事務局から査読結果返答(掲載可/掲載不可)
  6. (※リヴィジョンありの場合)修正原稿および修正点のレポートを提出
  7. 連絡待ち 
  8. (※リヴィジョンありの場合)事務局から再度結果返答(掲載可/掲載不可)
  9. (※場合により)供託標本等のナンバー取得
  10. 初稿提出
  11. 連絡待ち
  12. 最終的な修正箇所の連絡
  13. 修正箇所の確認・返答
  14. 連絡待ち
  15. (※場合により何度かやりとりした後)受理通知
  16. 連絡待ち
  17. 初校確認の連絡 
  18. 初校の確認・返答
  19. 連絡待ち
  20. (※場合により何度かやりとりした後)校了の連絡
  21. 公開待ち
  22. 出版

 

 

 今回はタイプ標本群を2つの博物館へ供託したので、それぞれの管理No.を取得しました。これに前後して、遺伝子情報を GenBank に登録しました。これらNo.を初稿へ反映させ、事務局へ再度提出します。

 振り返ってみると、共著者や事務局からの連絡待ちの間が結構あり、緊張が途切れた場面は多かったかと思います。こういった隙間時間にうまく別の論文執筆を入れたりして、時間を有効活用できるようになりたいものです。

 
 論文の内容についてはまた改めて。


ROAD TO DESCRIPTION


(補遺)2021.3.22

 実は受理の後、図の解像度について物言いが入りまして。だいぶ揉めました。

 文章や図表には数値的な基準がありますが、数値ではない実際の解像度(カクカク具合)については、元データの情報量で管理するしかないです。

 今回は可能な限りベクタで入稿というエクストリーム解決を図りましたが、やはりそれなりの環境がないと危ないと認識しました。

 また、校正の段階にも関わらず誤字とか凡ミスがボロボロと出てきて修正にかなり時間がかかりました。研究遂行能力が問われる局面の一つと思い知りました。


 -----

(補遺2) 15-VIII-2024
・一部書式設定変更。

 

 
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Tomikawa, K.;  Yanagisawa, M.; Higashiji, T.; Yano, N.; Vader, W. 2019. A New Species of Podocerus (Crustacea: Amphipoda: Podoceridae) Associated with the Whale Shark  Rhincodon typus.  Species Diversity, 24: 209–216.
Weston, J. N. J.; Peart, R. A.; Jamieson, A. J. 2020. Amphipods from the Wallaby-Zenith Fracture Zone, Indian Ocean: new genus and two new species identified by integrative taxonomy. Systematics and Biodiversity, 18(1): 57–78.
— ウィンストン, ジュディス・E[馬渡峻輔・柁原宏 訳]2008.『種を記載する』新井書院,東京,653 pp.,ISBN:9784903981000
動物命名法国際審議会 2000.国際動物命名規約第4版日本語版.xviii +  133  pp.日本動物分類学関連学会連合,札幌.

2020年11月29日日曜日

他の動物に棲み込み・共生を行うヨコエビ(11月度活動報告)


 ヨコエビは、隣接したニッチを行き来し幾度も適応を繰り返して多様化を遂げたという説を過去に紹介しました。

 海藻への適応では、他へ移動できないほど形態を変化させたグループ(ミノガサヨコエビ科 Phliantidae,ネクイムシ科 Eophliantidae 等)が知られていますが、動物へ寄生するヨコエビはやはり中途半端のように思われ、比較的容易に他のニッチへ移っていける状態のように見えます。

端脚類が付着する海産動物の模式図。

 

 ヨコエビ(Senticaudata,Hyperiopsidea,Amphilochidea,Colomastigidea の4亜目体制)では、付着生活に特化して遊泳力を犠牲にしたグループとしてワレカラの仲間が知られています。特に鯨類への付着に特化して身体を扁平に、歩脚を鈎状に変化させたクジラジラミは、ずば抜けて付着生活への適応が進んでいるといえましょう。
 端脚目 Amphipoda 全体でいえば、ヨコエビとは別にクラゲノミ亜目という外洋性のグループがおり、クラゲなど寒天質浮遊性動物に寄生しています。このグループの一部は幼生期をもつなど暮らしぶりが特殊化していて、ヨコエビより寄生生活に適応しているようです(変態することで「宿主の探索」と「成長・繁殖」という異なる目的にそれぞれ特化した身体構造を獲得できると思われます)。 




  しかし、こういったスペシャリストであっても、ある種の等脚類のように体節を喪失するレベルの適応は見せていません。

 このように付着生活へ特化しきれていないヨコエビですが、動物に付着する事例は世界中から報告され、近年も何本か論文が出ています。寄生も含めて、そういった話題を集めてみました。




魚類

 2019年、ネットを賑わせた寄生性ヨコエビが ジンベエドロノミ Podocerus jinbe です (Tomikawa et al. 2019)。この種は、美ら海水族館の生け簀で飼われていたジンベエザメの口内(鰓耙)に付着した状態で発見されました。鰓を通過する海水に含まれる有機懸濁物を頂戴して生活しているとされていますが、1個体に1,000匹もついていたとのことで本当に邪魔になっていないのか気になるところです。
 軟骨魚類については他に、北大西洋においてカッチュウヨコエビ上科の Lafystius sturionis Krøyer, 1842 が ガンギエイ grey skate をはじめとする多様なエイにつくことや、北大西洋および北太平洋においてはフトヒゲソコエビ上科の Opisa tridentata Hurley, 1963 がアブラツノザメ Squalus suckleyi につくことが知られています.同じくフトヒゲソコエビ上科に含まれるサカテヨコエビ科 Trischizostomatidae Trichizostoma raschi は クロハラカラスザメ Etmopterus spinax に寄生するとのことです (Benz and Bullard 2004)
 また、サカテヨコエビ属は Bathypterois phenax(イトヒキイワシ属の一種)などの硬骨魚類へ寄生する(Freire and Serejo 2004)ことも知られています。





爬虫類

 モクズヨコエビ科の Hyachellia が、アカウミガメとアオウミガメの体表から見つかっています (Yabut et al. 2014)。また、ウミガメドロノミ Podocerus chelonophilus というそのままの名前のやつもいます (Yamato 1992)
 ウミガメはワレカラやタナイスなどの生息基質として知られていますが、こういった小型甲殻類はウミガメの体表の溝に入り込んだり、生える海藻に付着しているようです。




脊索動物

 その名も「ホヤノカンノン(海鞘之観音)」というヨコエビは、ホヤ類の体表に埋没して生活しています。近縁のエンマヨコエビ科の各属とは、歩脚の先端が亜はさみ形になっていることで識別されるほど、属レベルで付着・埋没生活への適応がみられます。Foster and Thoma (2016) や 星野 (2020) で美麗な生態写真を見ることができます。




海綿動物

 経験上、マルハサミヨコエビ科 Leucothoidae や イソヨコエビ属 Elasmopus などが入っていたりします。海綿は、濾過食者として新鮮な水流やデトリタスを得やすい環境に定位しやすいと思われ、棲み込みだけでなくデトリタス食ヨコエビの足場としても利用されやすい気がします。

 文献ではセバヨコエビ科 Sebidae の記録が散見され、Seba alvarezi セバヨコエビ属の一種 (Winfield et al. 2009) が棲み込むことが知られています。

 ネット上では、ツツヨコエビの一種が付着する様子が紹介されていたりします(asturnatura.com)。

 また、アシマワシヨコエビ Maxillipius rectitelson が乗っかっている写真もあります (星野 2020)




刺胞動物

 刺胞動物と共生するには毒の銛を克服する必要があるように思えますが、タテソコエビ科 Stenothoidae との親和性が高くわりと事例が報告されているようです (Marin and Sinelnikov 2018; 星野 2020)。ヒメイボヤギ Tubastraea coccinea にマルハサミヨコエビ属 Leucothoe とタテソコエビ属 Stenothoe が付着するとの報告もあります (Alves et al. 2020)
 イソバナ Melithaea flabellifera にはテングヨコエビ科のイソバナヨコエビ Pleusymtes symniotica が付着することが知られています (Gamô and Shimpo 1992)。

 深海イソギンチャク Bolocera tuediae からは、フトヒゲソコエビ類の一種 Onisimus turgidus が見つかっています (Vader et al. 2020)。 

 クダウミヒドラ類には、マスト形成ヨコエビである キシシャクトリドロノミ Dulichia biarticulata がマストを形成して付着する様子が観察されています (星野 2020)

 

 



軟体動物

 タテソコエビ科の Metopa alderiiMe. glacialis と、ツノアゲソコエビ属の一種 Anonyx affinis は、Musculus discorsMu. laevigatusMu. niger などの二枚貝の中に入り込むことが知られているようです (Just 1983; Tandberg, Schander and Pleijel 2010; Tandberg, Vader and Berge 2010)。生態写真はベルゲン大学博物館のブログで見ることができます。




棘皮動物

 著名なところでは、シャクトリドロノミ属の一種 Dulichia rhabdoplastis が、ハリナガオオバフンウニ Mesocentrotus franciscanus のトゲの先にマストを作る事例が知られています(Invertebrates of the Salish Sea)。

 ロス海では「南極ウニ」の一種 Sterechinus neumayeri に付着するフトヒゲソコエビ類 Lepidepecreella debroyeri が発見されています (Schiaparelli et al. 2015)
 エゾテングノウニヤドリ Dactylopleustes yoshimurai は、エゾバフンウニ Strongylocentrotus intermedius の棘の間に生息しています。町田 (1991) は D. obsolescens (not Dactylopleustes obsolescens Hirayama, 1988; D. cf. yoshimurai) を解剖し、体内がウニの組織らしきもので満たされているのを確認しており、ウニの軟組織を食べている可能性が高いようです。今年の夏には、ウニ付着性ヨコエビが宿主の弱った組織に集まるという事例が発表されており (Kodama et al. 2020)、ウニ付着性ヨコエビは今ホットなテーマの一つと思われます。

 ナマコの体腔内から見つかっているフトヒゲソコエビ類 Adeliella属 もいます (Frutos et al. 2017)
 メリタヨコエビ属の一種は、ヒトデの一種 Ophionereis schayeri の体表に付着している様子が観察されていますが、その関係は十分にわかっていないようです (Lowry and Springthorpe 2005)




環形動物

 カンザシゴカイ類の棲管に、イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax が二次的に棲管を形成して生活する様子が報告されています (星野 2020)

 

 

 


甲殻類

 バイカル湖に生息する Pachyschesidae 科 は、他の大型ヨコエビの覆卵葉内部に寄生します (Karaman 1976)
 カニに付着する例もあります (Vader and Krapp 2005)。また、日本からはイセエビの鰓室に入り込むという、その名も イセエビチビヨコエビ Gitanopsis iseebi というチビマルヨコエビの仲間が知られています (Yamato 1993)
 鳥羽水族館がブログに載せていたヤドカリの体表から発見された Isaea属の未記載種は、日本からは報告が乏しいグループなので続報が俟たれます。

 深海ではフトヒゲソコエビ類の一種 Paracyphocaris praedator が、遊泳性十脚類ヒオドシエビ類の一種 Oplophorus novaezeelandiae の卵に擬態しながら卵を摂食しているとの説があります (Lowry and Stoddart 2011)。これは卵に対する寄生や捕食の類ですが、親エビに対しては体表付着という扱いになるでしょう。

 その他、Vader and Tandberg (2015)  にすごくいろいろ載ってます.無料なのがありがたいですが、ところどころリファレンスが間違っているので注意が必要です。


 海綿(コルクカイメン属 Suberites)付きの貝殻を使用しているカイメンホンヤドカリ Pagurus pectinatus などから複数のヨコエビ(テングヨコエビ科:Sympleustes japonicus,カマキリヨコエビ科:Ischyrocerus commensalis,タテソコエビ科:Metopelloides paguri)が見つかった、という報告もあります (Marin and Sinelnikov 2016)。こうなると、もはや誰が誰に寄生しているのか訳が分かりません。



 やはりヨコエビ類において付着生活への適応度合いは低く、眼で見てヨコエビと分かるレベルの体制を具えています。明確な寄生性というより、デトリタス食において多少の御利益があるとか、底生自由生活の延長線上にある印象です。岩場などに棲むヨコエビは、二枚貝の足糸の間にコケムシやら海綿やらが入り込んだ構造に隠れていることがよくありますが、彼らにとって生きたベントスの体表もそういう複合的な環境と、大した違いはないのかもしれません。付着生物の体組織そのものに用事はなく、二次的に自ら造成した生息基質を利用しているヨコエビがいることは、その典型と思います。いずれ等脚類や橈脚類のように身体が袋状に変化してしまう日がやってくるのか、気になるところです。