7月末、地方の博物館で「ヨコエビ」をテーマとした展示をやるという情報が駆け巡り、衝撃を受けました。
場所は北の大地。
数年来、東農大オホキャン近辺で新しいヨコエビストが爆誕した霊圧を感じてはいたのですが、それと関係はあるのでしょうか。
8月1日から開始の特別企画展「甲殻WONDER・網走のヨコエビ展」。子供の夏休みに合わせた企画展ならなぜ7月からやらないのか疑問に思われるかもしれませんが、網走市内の公立小学校の夏休みは7月25日~8月21日みたいな感じで本州とはだいぶ趣が違うんですよね。しかしまぁ、言ってもしょうがないですが、どのみち夏休み開始には間に合ってないですね。
網走で特にヨコエビ研究が盛んという話は訊かないので、行ってみるまではどういう方向から攻めてくるのかまったくわかりません。しかも主催は地域の郷土博物館です。完全ノーマークでした。恐らく標本とパネルを用いた地域ファウナの紹介を軸として、基礎情報や親しみかたなんかを扱うのではないかと思われました。フクロエビ上目が前に出てるのは、このへんで十脚の多様性がそれほど高くないためでしょうか?
ダンゴムシの観察イベントの実績がある施設のようですが、ほとんどの沿岸性ヨコエビはダンゴムシよりだいぶ小さい気がします。体長で勝てるのはニッポンモバヨコエビとヒゲナガハマトビムシ属,オオエゾヨコエビ属くらいなのでは。なお、本州からしてみると「今更ダンゴムシなんて」と思われるかもしれませんが、北海道では四半世紀前までオカダンゴムシはUMAみたいな存在で、今もそれほどありふれた虫ではないので、このへんの温度感の違いというのも、フクロエビ上目への眼差しと関係があるかもしれません。
茨城や栃木でも潮間帯ベントスや甲殻類をテーマとした企画展でヨコエビが展示されていましたが、分類がされてなかったり或いは怪しかったり、タイトルからハブられてたり、扱いが悪いのはデフォだった想い出(正直網走の展示ポスターも驚くほど主役のヨコエビが目立たないデザインなのですが)。科博で謎の講座が行われたことはありましたが、それ並みの、あるいはそれ以上のイレギュラーに思えます。道東で一体何が起きているのか…
〈網走市某所〉
せっかくなので自力の採集を計画しました。
節理が目立つ火山岩地質の自然海岸で、崖がオーバーハングしています。付近に真新しい落石はないようですが、崖下に長居するのは危ない気がします。
磯環境は洗濯板のような一枚岩で、転石は少ないようです。表面は小さなフジツボで被覆され、これといって大型藻類は見えません。とても限られた範囲にタイドプールがありました。
砂浜は潮上帯から潮間帯上部にかけて泥シルトは少なく、山砂が卓越します。
漂着物はスゲアマモを主体とし各種褐藻が混じるようです。
ヘラムシやコツブムシが多いですね。本州ならアゴナガヨコエビ科とかたくさん出るはず。
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ヘッピリモクズ属Allorchestes。 実物は初めて見ましたが、どのへんが「へっぴり」なのかわかりません。 |
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キタヨコエビ科Anisogammaridaeの2属。 キタヨコエビ属Anisogammarusは初めて見ました。 |
河口に流れ込んで腐朽した褐藻にもトゲオヨコエビ属がついています。
洗濯板の片隅に典型的なタイドプールがあり、こちらを見上げている奴と目が合いました。
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たぶんモクズヨコエビApohyale cf. punctata。これが元祖ですか。 |
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ドロクダ。数は採れず。 |
潮上決戦といきますか。
〈網走市立郷土博物館〉
考古がメインかと思いましたが、どうやら1階が自然史、2階が人文といった構成になっているようです。建物自体が戦前の建築物で、和洋折衷と北海道の大自然やアイヌ文化の文脈を参照しようと試みた、「時代の建築」といった趣です。空調は当然後付けですが、建築家が自らデザインしたという調度品やステンドグラスといった細かいものもそのまま使われていたりして、見応えがあります。
「甲殻WONDER」は、一部常設展や他館から展示物を借りつつ、大きく「網走における甲殻類の利用」「甲殻類の化石」「非カニ下目・ヤドカリ下目十脚類」「カニ下目」「ヤドカリ下目」「口脚目―アナジャコ下目―エビジャコ上科/オキアミ目―アミ目/カブトガニ」「六幼生綱/等脚目」「端脚目」「汎甲殻類」といったテーマごとにまとめられています。
会期は8月末までで今日はギャラリートークの日なのですが、これからパネルや標本はもう少し増やす予定とのことでした。
気になる企画の趣旨ですが、昨年にテーマとしていた「ダンゴムシ」から派生してその親戚という位置づけでヨコエビをターゲットに据えたそうです。1年間サンプルを蓄積し準備してきたものの、分類に苦戦して種名の確定に至ったのはごく一部、とのこと。確かに難物のドロクダムシ科やヒゲナガハマトビムシ属といった標本が散見され、現状種分類が不可能ともいえる側面が見えつつ、キタナミノリソコエビなど比較的落ちやすいグループもいました。道東では厚岸周辺での研究進捗が比較的有名ですが、網走の潮間帯においてまとまった研究はないように思えるので、先立つものがない不便さは大きいと思います。また、展示担当学芸員の方は地下水性種にも興味があるそうで、洒落にならない展開が待っている可能性もありそうです。こわい。
ギャラリートークに参加されていたのは概ね近郊にお住まいと思われる方々で、この博物館のイベント常連といった雰囲気でした。定員20名に対して当日飛び込み含めて参加者は8名ほど。ヨコエビに対してこれといったアツさを持って帰って頂けたのかわかりませんが、色彩の多様性はリアクションが良かったような気がします。
確かに日本の温帯~寒帯において潮間帯をガサガサした時に見られる端脚類の色や形は、同所的に獲れる他の甲殻類と比べて、目単位で見るとより多様な気がします。
個人的に「甲殻WONDER」の白眉はなんといっても日本に2つしかないオニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas の化石標本のうち1つが展示されていることです。これを生で見れることは他の施設ではまずありません。
また、端脚類の標本や写真はどれも美麗で、多くの深海展などで見られる白く褪色してフォルマリン瓶の向こうにいる、みたいなヨコエビ像より目に楽しいのは印象的でした。ダイダラボッチはもともと白いので仕方ないですが。アクアマリンふくしまでヒロメオキソコエビを液浸にせず特殊な薬品によって柔軟性を保ったまま展示するといった試みが昨年学会発表されていましたが、やはり褪色する液浸より乾燥標本とかのほうが、短期間では間違いなく見栄えがするといえるでしょう。
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ヒゲナガハマトビムシ属の主張が強い。 |
タイトルにある「網走のヨコエビ」については、分類や生態の掘り下げは十分でなく、例えば地場の端脚類相を勉強したいという方にはあまり有用ではないかもしれません。ただ、富川(2023)でも採り上げられた、ホッチャレ(放精・産卵を終えた鮭の遺骸)を分解するという部分や、またその鮭の餌資源になっている話などが、魚の剥製や写真を交えて紹介されており、網走の重要な漁業資源を支えている一面にリアルな感覚をもって触れることができるでしょう。
甲殻類全体としては、入れ子構造を示す複雑な分類の概念や、似て非なるものにややこしい呼び名がついていることに対して、果敢に説明を試みている点に好感がもてます。
「甲殻WONDER」はほぼ個人的研究の賜物らしく、残念ながら今後機材などを揃えてヨコエビをフィーチャーしていく予定はないとのことですが、まぁ、企画展でヨコエビを扱うこと即ち端脚沼に骨を埋める覚悟、というのも相当不健全に思えますので、改めて、研究基盤のない拠点でもヨコエビに光を当てた展示を積極的にやってほしいという気持ちです。
ちなみに、網走市立郷土博物館の人文パートは縄文から昭和までを網羅していますが、網走に特有かつ北海道考古学において重要な発見とされているオホーツク文化の展示は、分館のモヨロ貝塚館でより掘り下げられています。
<参考文献>
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