2023年12月11日月曜日

バルサムとユーパラルとホイヤーと(12月度活動報告)


 ヨコエビの形態分類に供する標本は、ほとんどの場合、液浸標本とした後にスライドグラスへ封入して観察する必要があります。 

 過去にはこのようにあるいはこのように、プレパラートに封入する手順をご案内しました。では、何に封入すればよいのでしょうか?



グリセリン Glycerin
 付属肢を本体から取り外した後、グリセリンに仮封入するとスケッチがはかどります。解剖からスムーズに移行でき、圧倒的に透明度が高く視界がクリアだからです。当然ながら流動的なので、持ち運んだり長期保管したりできません。1年もすれば空気が入って、じきに乾いてペカペカになります。あと、どこからともなくケナガコナダニがやってきます。
 流動的なプレパラートは、例えば折れる寸前まで尖らせた極細のタングステンニードルを横から差し込んだりすれば、カバーガラスの下の付属肢の向きを変えられます。よって、スケッチを行うときはグリセリンプレパラートが最良です。
 解剖をグリセリンアルコール中で行う場合、封入時にグリセリンを使うと馴染みやすいという利点もあります。目的を果たしたら、適当なタイミングでしっかりした封入剤に移し替えます。
  グリセリンは流動的といいましたが、他の「永久」プレパラート封入剤の硬化前の粘度と比較してもだいぶ緩いので、カバーガラスをかける時にパーツを定位置に留まらせるのは大変難しく、よく踊ります。次に挙げる「ホイヤー液」をグリセリンに添加するとアラビアゴムのおかげで粘度が上がりますが、無水エタノールとの相性が悪くなるため注意が必要です。



ホイヤー液 Hoyer
(ガムクロラール Gum-chloral)
 グリセリンベースの半永久プレパラート封入剤で、ホイヤー液というのは数あるガムクロラール系レシピの最古参とのことです。ヨコエビのプレパラート作成において王道の手法で(石丸1985;富川・森野2009)、近年の論文のマテメソを読んでもそれをうかがうことができます。
 どうやらガムクロラール系というのは本来自作するものらしく、目的によってアレンジを重ねたりするものらしいのですが、「ホイヤー液」は出来合いのものを買うことができます。
 液体は黄色を帯びています。液の成分上、グリセリン解剖・仮封入してからの移行が容易です。無水アルコールには馴染みません。硬化にはわりと時間がかかり、一週間やそこらではまだねばつきます。硬化したホイヤー液はグリセリンを触れさせると容易に緩みます。お湯でも軟化が可能なようです。
 ホイヤー液を用いたプレパラートの寿命はなんとものの数年(!?)と言われており、実際のところは数十年は維持できるとの話も聞きますが、寿命を迎えるとひび割れてくるらしいです。このまま使い続けてよいものか…



カナダバルサム Canada balsam
 既知の封入剤ではトップクラスの耐久性を誇り、これに敵うものは無いとも囁かれます。何にせよ歴史の長さがありますので、新参者が土俵に乗れない側面はあるでしょう。
 バルサムモミ Abies balsamea という針葉樹の樹液を、キシレンやトルエンに溶解させて使用するレジン系封入剤です。強い粘性のある黄色の液体です。いわば琥珀に封じ込めるような感じでしょうか。ただ、硬化の過程でトルエンがアウトガスとなるため、条件によってはヒビ割れが生じるようです。
 バルサムを使ったプレパラートの寿命は私の寿命を遥かに上回っており、今さら自分でプレパラートをこさえて検証する術はありません。しかし、バルサムの屈折率はヨコエビの外骨格と非常に近く、普通の生物顕微鏡の透過光では、見えづらく感じます。また、水と馴染まないため、封入前には無水エタノールに浸けて充分に脱水する必要があります(この工程をミスると白濁します)。
 価格:25g(溶解前の結晶)で1,600円程度。



ユーパラル(ユパラル)Euparal

 ケミカルな香りが立ち上る、褐色を帯びた粘性のある液体。その実体はバルサムと同じレジン系封入剤で、Callitris quadrivalvis というヒノキ科針葉樹の樹液を原料とし、溶剤などを加えて封入剤としての特性を持たせたとのことです。原料となる樹脂は接着剤等の用途で100年以上の歴史があるようです。基本的にはカナダバルサムと同等の性質と考えて良いのではないでしょうか。
 色味はホイヤー液より透明に近く、屈折率はヨコエビの外骨格とは違っているようで見にくさは感じません。ヨコエビの記載でも何例か使用事例があります(Hughes & Lörz 2019, 2023; Kodama & Kawamura 2021)。ただ、実際に使ってみると、肉厚のパーツは著しく萎縮し、皺が寄って観察しにくくなるようです。
 カナダバルサムと同様に、封入するパーツは無水エタノールで脱水する必要があります。ただし、脱水から包埋までの間にモタモタしてエタノールが飛ぶと、パーツ内に空気が入り込んでプレパラートのクオリティが極端に低下するため、そのへんも考慮しなければなりません。
  これを防ぐには、やはりグリセリン添加した無水エタノール中への浸漬が必要となります。しかし、ユーパラル中に入って一見無色の粒となったグリセリンは、透過光で観察すると気泡と同じくどす黒い影になります。完全に詰みます。 外骨格内をグリセリンで満たして水分の蒸発を防ぎつつ、外骨格表面は無水エタノールでドライに仕上げることが、ユーパラル封入成功のカギのようです。
  ユーパラルの粘つきは相当しつこいですが、アセトンできれいに落ちます。ただし、それだけ敏感にアセトンを吸収するようで、封入済プレパラートの縁を拭いたりすると一旦硬化した部分が緩んでカバーガラスがズレたりします。
 専門家の見解についてはこちらで確認できます。
 価格:50mLで5,000円程度。 



 これらをまとめるとこうなります。

  


 


 その他:有機溶媒系

 ユーパラルやオイキットは一般人には非常に敷居が高く、ネットで個人に卸してくれるようなサイトを血眼になって探していた時に、偶然見つけました。

「マウントクイック」

 何のひねりもないネーミングですね。

 成分表示を見ると「キシレン60%」とあり、何かをキシレンに溶かし込んでいる様子がうかがえます。正体を知りたかったのですが、メーカーのサイトでいくら調べてもそれらしい成分名が出てこない。問い合わせフォームに打ち込んで送信ボタンを押す寸前、「成分が分かったから何やねん」という天の声が聞こえて思いとどまりました。まあ、そういうモンがあるというだけで十分でしょう。とりあえず。

 ユーパラルよりも有機溶媒系の臭いが強いです。液の粘性というか糸を引く感じも他の封入剤とは一線を画しており、まさに接着剤といった感じ。あと、完全に無色です。ホイヤー液をはじめヨコエビ界隈の封入剤は黄色と相場が決まっていますが(?)、これは新鮮ですね。

 そして何より、固まるのが速い。速すぎる。その名に恥じぬ速さです。

 パーツをササッと1個入れる分には良いですが、ヨコエビは基本的に15対の付属肢・6個の口器部品・1個の尾節板をプレパラートにするので、合計22個の細片をシャーレからスライドガラス上に移動させることになります。後半から完全にマウントクイックの縁が固まってるのがわかります。

 ホイヤー液やユーパラルのタックフリータイムは1週間やそこらで済みませんが、マウントクイックは1日やそこらで硬化するのでそれは便利です。 

 しかし、ホイヤー液やユーパラルは圧力をかけても体積が変化しないのに対して、マウントクイックは相当柔らかく、硬化前も硬化後もそれ自体が凹んだり伸びたりします。何が起こるかというと、封入後にカバーガラスに圧力がかかった場合、そこだけがピンポイントに凹んで簡単にガラスが割れてしまうのです(ホイヤー液やユーパラルは伸縮しないので圧力は基本的にカバーガラス全体に分散されます)。速攻で硬化する性質から気泡が入りやすいのに、カバーガラスを押しながらそれを追い出すことはできません。

 というわけで、プレパラート1つあたりのパーツ点数が少ない時など、利用可能な場面が限られてくるように思われます。

 



その他:親水系


ゼラチン Gelatin

 植物生理や病理分野でスライドガラスの作成過程に「寒天」を含むメソッドがあるようです。さすがに包埋材として用いることはないようですが、とりあえずやってみますか。

 どう考えても腐るので、アズレン(アズレンスルホン酸ナトリウム水溶液)を添加することにいたします。

 顆粒状の寒天をスーパーで購入、ゼリーの要領で80~90℃くらいのお湯に溶かします。固まらないうちに付属肢を包埋してみると…

 白濁するね?

 当然といえば当然ですが、他のいかなる封入剤でも見たことのない状態になりました。透過性が非常に悪い。アドホックなプレパラートにしても使い勝手は悪そうです。


 2カ月後…


 ダメです。



水飴 Starch syrup

 屈折率が優れていて観察能が極めて高く、藻類の研究分野では常連という話も聞きますが、タイプ標本など重要な標本の長期保存にはさすがに限界がありそうです(カビ,ヒビ割れ等)。これもやってみますか。

 こちらもどう考えても腐るので、アズレンを添加します。世の中では酢酸とかイソジン(ポピドンヨード)を使うレシピが出回っているようです。酢酸はpHを下げて甲殻類の外骨格を破壊することが懸念され、またヨードは視界に影響を与えそうなので、アズレンを選択しました。

 封入直後の視界は極めて良好です。グリセリンと同じか、それ以上によく見えます。


 そして2カ月後…



 意外と良好です。

 常温常湿で放置していましたが、水飴自体はまだ粘っこい感じを保っています。これが完全に乾燥すると、ヒビ割れを招くような気がします。また、恐らく標本に麦芽糖がまとわりつくので、レジン系プレパラートへの移行には適さないものと考えられます。

 ガムクロラールのような親水性封入剤への移行ありきで、一時的な観察用プレパラートを作成するのには適している気がします。


 


 なお、こちらのサイトにはこれ以外のプレパラート封入剤の比較がいろいろ載っています。今は入手できないものもありそうですが。

 以下、使ったことは無いですが、聞いた話です。



オイキット(ユーキット)Eukitt

 キシレン溶媒系ですが、キシレンフリーやUV硬化バージョンもあるそうです。

 実に70年の歴史がありますが、主に病理分野の研究用途において長期保管用封入剤として著名なようです。自然科学系で悪い噂というのはありませんが、そもそもほとんど情報ありません。

 価格:100mLで5,000~10,000円程度。


パーマウント Permount

 日本では病理分野の研究用途で使用されているようですが、欧州の一部の博物館では自然科学系分野で主流のようです。55%もトルエンを含有するため、経時劣化に伴ってアウトガスを生じ、ヒビ割れは避けられないとのこと。真の永久プレパラートたりえないと考えられます。

 価格:100mLで22,000円。



Shandon Synthetic Mountant

 後述するカンファレンスで、米国スミソニアン国立自然史博物館が長期の耐久性を認めていた封入剤です。過去に別名で流通していた経緯があったり、呼び名は複数あるようです。現在、Paraloid B-48N, Acryloid B-48N などと呼ばれているものも同じ成分との由。日本では専ら病理分野での使用とみられます。

 メタクリル酸メチルを主成分とし、要するにアクリル樹脂のようです。トルエンベース,キシレンベースなど様々なバリエーションがあるようですが、どれが最良かまでは明言されていませんでした。メチルエチルケトンやアセトンにも溶解するようですが、そういったオリジナルレシピも世の中に流通しているのかもしれません。レシピによっては、スミソニアンがお墨付きを与えたような効果は得られないかもしれず、続報が俟たれます。

 価格:500mLで20,000円程度。



パラフィン Paraffin

 後述するカンファレンスによると、少なくとも動物標本用の長期封入剤としては最悪の部類に入るようです。ヒトの遺体・臓器を保存するために包埋するとは聞きますが、形態分類学の用途での半永久保存には向いていないと考えた方がよさそうです。

 



封入剤の特性と封入手順

 過去の記事は主にホイヤー液を念頭に書いていましたが、ユーパラル(レジン系)を使う場合はだいぶ注意しないとプレパラートが台無しになることがわかりました。前述の通り、ユーパラルはエタノールともグリセリンとも相性が悪く、標本の表面に黒い玉とか雲のような影がまとわりついてとても観察できる代物ではなくなるのです。

 この悲劇を防ぐため、ユーパラルの封入手順はホイヤー液とは変わってきます。まとめるとこうなります。

 

解剖から封入に至るまで、グリセリンとエタノールの割合が異なる液体をいくつか行き来する必要があります。ちょっとめんどくさいですね。


 しかも、種の記載といった重要な局面に供する線画を得る場合、工程はさらに複雑化します。付属肢はプレパラート化されてからが本番ですが、解剖が終わって残ったボディは往々にしてくたびれており、スケッチに耐えない場合が多いです。というわけで、以下のように適当なタイミングで描画工程を挟むことになります。 

 

※ちなみに、生物顕微鏡下で全身を観察する場合、個体の大きさによってはホールスライドガラスを導入したほうがよいでしょう。ホールスライドは凹みなしに比べてガラス全体の厚みが増して鏡筒のクリアランスにはハンデになりますが、低倍率で全身をスケッチするぶんには問題ないかと思います。

  

  解剖の精度を上げるため、あるいは美しい線画を得るためには、各節の輪郭が明瞭に見えることが重要です。ライトを強化してもよいのですが、それ以外には、染色するという方法は広く用いられています。過去に検証したとおり、一般人に過ぎないヨコエビおじさんが現実的に入手できる染色剤には限界があり、かつヘタな液を選ぶと標本を損傷するおそれがあります。


 


食紅の再検討

 過去の検証から、食紅を無水エタノールに溶解して標本に使うと、付属肢が外れたり、ダメージを与えるようです。また、粉をそのまま標本に触れさせたりすると、体表に赤いスライムが付着します。観察してみたところ、どうやらこれは食紅の賦形剤として添加されている「デキストリン」のようです。デキストリンより色素(ニューコクシン)のほうが早く溶けるようなので、デキストリンを沈殿させておいて上澄みを使えばイケるのでは…?

 

 というわけで、そういう構造を作りました。

 

 内側の器の中に食紅を入れ、グリセリンを滴下する。
オーバーフローした液を外側の器に溜め、スポイト等で吸い出して使う。


  液体の粘度が低いとデキストリンの粒が舞ったりするのと、解剖に使うグリセリンエタノール中での扱いの良さなどを考慮して、食紅を溶解する液はグリセリンに変更しました。

  染色液は視野が悪すぎて解剖や観察には使えないため、染色後の標本はグリセリンエタノール中に少し置いておき、余分な液を落とすようにします。グリセリンに浸し過ぎると組織が緩むため、必要に応じて無水エタノールに浸して身を引き締めてから解剖するようにします。このような方法にしてから、デキストリンの影響を少なくできているのか、標本が傷むことはなくなりました。






プレパラート管理のトレンド:フンボルト博物館のカンファレンスより

 9月19日~21日、ドイツにあるフンボルト博物館が、プレパラート管理に関するハイブリッド形式の特別会議を催していました。

 いちおう最初に「ここにいない人にも教えてあげてね(大意)」というアナウンスがあったので、豆知識として紹介したいと思います。ただし、個々の発表内容について要旨をそのまま転載といった権限はないですし、あくまで話題の共有と考えて下さい。また、カンファレンスは全体が英語かつ口頭のみ触れられた内容もあったので、聞き間違いや誤訳の可能性もあることを付記しておきます。

  • プレパラート標本の封入剤は極めて多様:国や分類群によっても違うし、同じ研究者でも時代によってレシピが変わったりする
  • プレパラート封入剤の劣化パターン:変色(黒化),結晶化,ヒビ割れ
  • プレパラートを劣化させる要因①封入剤そのもの:アウトガスによるヒビ割れ
  • プレパラートを劣化させる要因②縁部のシール:化学反応により封入剤の変色あるいは結晶化を誘発するが、シールしなければ酸素などの空気中の化学物質との接触が起こりやはり劣化の原因となる
  • プレパラートを劣化させる要因③標本:固定液(フォルマリン)や、透明化に使用した薬剤(クローブ油,フェノール,テルピン油)が残留、あるいは外皮の成分そのものが封入剤と反応する
  • プレパラートを劣化させる要因④環境:光,振動,高温,湿度,化学物質(木製キャビネットの防腐剤等あるいは金属キャビネットのエナメル塗料から放出されるVOCs)
  • プレパラートの加齢を再現する試験方法は確立されておらず、よって前もって封入剤の耐久性について確証を得ることは不可能な状態
  • ホイヤーは一般論として長期保存に向かない
  • ガムクロラールにアセトンを入れるレシピは最悪
  • ラベルが剥離あるいは虫害で破損することでも標本の価値は失われる
  • プレパラートは縦保存より横保存への切り替えが進んでいる(それはそう)
  • 病理分野ではプレパラートのスキャン技術が既に確立しており、転用による自然科学標本のデジタル化促進が期待されている
  • ラベルの読み取りなどプレパラート標本の目録化そのものが進んでおらず、プレパラートのデジタル化はまずメタデータの構築と、個々の標本を画像で記録しアーカイブ化するという、2つの異なる階層で進められている 

 
 


まとめ

  このたび、どうしてもユーパラル中で付属肢が収縮してしまうヨコエビがおり、結局永久プレパラートは作らずにダーラム管中に保存してホロタイプとすることに決めました。プレパラート化しておけば、後で観察したい時に余計な手間をかけずにすぐ検鏡できるメリットはありますが、封入剤との相性によって標本が劣化したり、プレパラート化できないボディと別に管理されることで迷子になるリスクがあります。ただ、プレパラート化しないことで、検鏡のたびにパーツを破損あるいは紛失しうるという大変大きなデメリットがあります。

 数あるプレパラート関係論文の中で決定版とされる論文 (Neuhaus et al. 2017) によると、博物館に収蔵する前提のプレパラートに適した封入剤としてバルサムやユーパラルなどのレジン系が挙げられています。理由は「琥珀が何万年や何億年も形状を維持できるならそれと同じような効果があるはずだ」というもので、シンプルな文脈においてこれには同意します。

 親水性・疎水性という面では、封入後の耐久性と生体組織との馴染みやすさがトレードオフになっている感はあります。耐久性は簡単に上げられないと思いますので、やはりレジン系封入剤とサンプルとをいかに馴染ませるかが極めて重要と思われます。

 ただ、屈折率や標本との馴染みの良さなど、作ったばかりの標本の出来栄えばかりに重きを置き、長期保存という使命に対して雑な憶測で臨んできたこれまでの一世紀以上の在り方を、そろそろ見直すべき時期のような気がします。たとえば、何億年と生物組織を保存し続けている琥珀の性質そのものに疑いの余地はありませんが、それをプレパラートに適用するためのアレンジとして「溶解の工程」が不可欠なことを軽視しすぎている感はあります。この有機溶媒は前述の通り、標本との化学反応やアウトガスの原因となり、プレパラートの劣化を引き起こします。つまり、いくら琥珀に倣っているとはいえ、レジン系プレパラートにおいて本来の琥珀の性質が発揮されているわけではないのです。

 カンファレンスを聴いたり文献を読んだりしても、封入剤について決定的な結論は出ませんでした。とりあえず、前述の通り、明確に劣化を誘発する事柄(透明化処理薬品の残留やトルエン含有の有機溶媒系包埋材)については、気づき次第速やかに排除するべきでしょう。また、本稿でも食紅を紹介しましたが、染色剤についても何かしら反応を起こすリスクを踏まえて、全ての標本を染色に供さないことや、染色した標本は包埋せず液浸して保存するなどの工夫は必要かもしれません。

 ちなみに最近『文化財と標本の劣化図鑑』(岩﨑ほか 2023) という良書が刊行されましたが、プレパラート標本に関する情報はありませんでした。液浸標本に関しては充実してますので、機会があれば内容を紹介したいと思います。





 (おまけ)スライドガラスの輸送方法

  そんなプレパラート標本ですが、割れたりズレたりと輸送には大変気を遣います。専用のケースも市販されていますが、容量が大きかったり、一般人に手が届きにくかったり、縦置きだったりして、ちょっと使い勝手が気になります。

 そんな中で見つけたのがこれです。



 ダイソーの名刺入れです。

 何十年と保管すると恐らく封入剤やシール材がPPと癒合したり反応したりして台無しになると思われますが、1・2年やそこらは平気なようです。持ち運び・輸送用として使うべきでしょう。

 なお、スライドガラスの幅に比べてかなり深さがあるため、手前にズレないようスポンジのようなものを入れるとよいです。


 


<参考文献>

— Hughes, L. E.; Lörz, A.-N. 2019. Boring Amphipods from Tasmania, Australia (Eophliantidae: Amphipoda: Crustacea). Evolutionary Systematics, 3(1): 41-52. 

— Hughes, L. E.; Lörz, A.-N. 2023. Unciolidae of Deep-Sea Iceland (Amphipoda, Crustacea). Diversity, 15(4): 546. 

— 石丸 信一 1985. ヨコエビ類の研究法. 生物教材, 19,20: 91–105.

— 岩﨑 奈緒子・佐藤 崇・中川 千種・横山 操 (編) / 京都大学総合博物館(協力) 2023. 『文化財と標本の劣化図鑑』. 136 pp., 朝倉書店, 東京. ISBN:978-4-254-10301-4 

Kodama M.; Kawamura T. 2021. Review of the subfamily Cleonardopsinae Lowry, 2006 (Crustacea: Amphipoda: Amathillopsidae) with description of a new genus and species from Japan. Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom, 101(2): 359–369.

— Neuhaus, B.; Schmid, T.; Riedel, J. 2017. Collection management and study of microscope slides: Storage, profiling, deterioration, restoration procedures, and general recommendations. Zootaxa4322(1).

— 富川 光・森野 浩 2009. ヨコエビ類の描画方法. 広島大学大学院教育学研究科紀要17: 179–183.


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