本稿の内容は一定範囲で独自に調査した結果を掲載したものであり、安全性や法的妥当性を保障するものではありません。筆者は、本稿の内容に基づく行動により生じたありとあらゆる結果に、一切の責任を負わないものとします。また、コメントやメール等での個別の問い合わせには一切応じられません。これらにご同意いただけた方のみお読みください。
以前(2021年1月)、動物分類学のメーリングリスト上で海外への標本輸送に関する意見交換がされていました。
従来、危険物を含む液浸標本は航空便で郵送できなかったので、船便が使われていました。しかしとうとう船でも送れなくなり、これからどうする?という話題でした。新ルールになってから、基準をクリアしても「疑いがある」という理由で窓口で弾かれるという証言もありました。
これは、主に 70vol% ~ 99% のエタノールを使った液浸標本(以下、高濃度アルコール液浸標本)を扱うヨコエビストにとって一大事です。引火性液体でない保存液に切り替えるとしても、ホルマリンは別の危険物に該当しますし、そもそも在野研究者はホルマリンを使えません。かといって、形態分類に用いるのであれば乾燥標本などもってのほかです。しかも、このメーリス上で明確な答えは示されず…。
ではどうすれば?というわけで、必ずしも時系列になっていませんが、件のメーリス以降に収集した情報や実際に試した方法などをご紹介します。
海外への送付
国際郵便事情'22:エタノールは送れるか?
国際航空運送協会の危険物規則書および特別規定A180
船便への規制を受けて、海外郵便の最新事情を解説してくれた人がいました。
液浸標本を海外に郵送する方法 〜 IATA 特別規定 A180 〜 (tamagaro.net)
この IATA(The International Air Transport Association:国際航空運送協会)というのは業界団体です。なぜ民間組織の規定が重要なのか、以下に整理してみます。
国連の主要機関 ECOSOC(Economic and Social Council:経済社会理事会)の傘下に、ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)という専門機関があります。この ICAO が定める指針に従い、IATAは毎年 DGR (Dangerous Goods Regulations:危険物規則書) を更新しているそうです。民間組織とはいえ、かなり確かな筋から発信を行っていることが窺えます。 この危険物規則書は年次の改訂部分のみウェブサイトから閲覧できますが、全文は冊子あるいはPDFを購入しないと読めません。いずれも 300ドル以上するので、入手は諦めてこのブログの記述に全乗っかりすることにします。このセクションは孫引き満載の旨、予めご了承ください。
さて、この危険物規則書においてエタノールは区分3:RFL(Flammable Liquid)に該当するようです。要するに、エタノールを含む液浸標本は引火性の航空危険物であり、原則的に海を越えられないことになります。危険物規則書に示された航空危険物は、民間組織の枠を超えて万国共通の郵便禁制品に組み込まれるなど、航空貨物輸送において重要な位置を占めています。
ただし「特別規定」なるものが存在し、危険物規則書に示された品目であっても、一定の条件を満たせば航空危険物から除外できるようです。その一つが含有率で、例えばエタノールは「24vol% 以下のもの」は特別規定144により除外されるそうです。
また、この含有率を越えていても以下の条件を満たせば除外できるとのことで、これが特別規定A180らしいです。
- プラスチックかガラスの瓶に入った液浸標本で、特定の保存液に浸漬されたもの
- 瓶の中の自由液体は 30mL 未満
- 瓶を入れた第1のプラスチック袋をヒートシールにより密封
- 第1のプラスチック袋を吸収剤とともに第2のプラスチック袋へ入れてヒートシールにより密封
- 第2のプラスチック袋を緩衝材とともに頑丈な密閉容器に収納
対象となる保存液は以下の国連番号で示されるものだけらしく、それ以外に特別規定A180の恩恵はないようです。
- 国連番号1170 エタノール又はその溶液(アルコールの含有率が24容量%以下の水溶液を除く。)[エチルアルコール][アルコール][変性アルコール][工業用アルコール]
- 国連番号1198 ホルムアルデヒド(水溶液)[ホルマリン][ギ酸アルデヒド]
- 国連番号1987 アルコール類(他に品名が明示されているものを除く。)
- 国連番号1219 イソプロパノール[イソプロピルアルコール][2-プロパノール]
この国連番号というのは、ECOSOC(経済社会理事会)が定めたTDG(United Nations Recommendations on the Transport of Dangerous Goods :国連危険物輸送に関する勧告)の中の危険物輸送モデル規則第3.2章に示されたもので、航空のみならずその他の経路による輸送も含めた国際的な取り決めの根幹をなすものらしいです。
字面からすると国連番号1987には1価以外のアルコール(プロピレングリコールやグリセリン)が含まれる気配がないでもありませんが、詳細を確認するとどうやらこの「アルコール」は引火性液体のみを指しているらしいので、プロピレングリコールやグリセリンはそもそも航空危険物ではないみたいです。
我らが KDM先生も、海外への発送方法について日本郵便へ詳細に問い合わせを行っています。
Masafumi KODAMA on Twitter: "【備忘録】高濃度エタノール液浸標本を海外に発送する場合の話 要点1:IATA A180の方法では国際郵便約款の「航空危険物」には該当しないが、郵便法の「郵便禁制品」に該当するのでダメ 要点2:高濃度エタ小瓶をさらに真水を満たした大容器に厳封すれば、航空危険物にも郵便禁制品にも該当しないのでOK" / Twitter (archive.md)
特別規制A180をクリアした上で、日本郵便の約款や法令を遵守する必要があるとのことです。
国際郵便約款
日本郵便が定める国際郵便約款の文言はウェブサイトで全文無料公開されています。やったぜ。該当するのは以下の通りです(2024年8月現在)。
(11) 液体の物質を送付する場合
ア 第一の容器は、不漏出性のものとし、1リットルを超える液体の物質を包有しないこと。
イ 第二の包装は、不漏出性のものとすること。
ウ 二以上の第一の容器を単一の第二の包装に入れる場合には、第一の容器は、一個ごとに包装するか又はそれらが接触しないよう離して入れること。
エ 吸収性の材料を第一の容器と第二の包装との間に入れること。この吸収性の材料は、液体の物質の漏洩により、緩衝材又は外部の包装を変質させないよう第一の容器の内容品全体を吸収する十分な量とすること。
オ 第一の容器又は第二の包装は、不漏出性を失うことなく、95キロパスカル(0.95バール)の内圧に耐えることができるものであること。
カ 外装の総容量が、4リットルを超えないこと(ただし、その容量には、内容品の見本を冷却するために使用される氷又はドライアイスは含まれません。)。
さらに「別記2 ガラス製品その他壊れやすい物品、液体又は液化しやすい物品等を差し出す場合の特別な包装」という表には、「液体又は液化しやすい物品」について「漏出を完全に防止する容器に入れ、破損した場合に液体を吸収するよう適当な保護材を詰めた堅固な箱に入れること。箱のふたは、容易に離れないように取り付けること。」とあります。
密閉容器の具体的な強度等を除き、特別規制A180を遵守することで自ずと国際郵便約款をクリアできそうです。
郵便禁制品
国際郵便と内国郵便とで微妙に異なり、また国際郵便においても万国郵便条約に基づく「万国禁制品」(万国郵便条約第二部第一章第十五条3)と各国が独自で定めたもの(日本では郵便法第十二条)とがあるようです。
日本独自の国際郵便禁制品について条文や附則上には具体的な記述を確認できないものの、日本郵便のウェブサイトにはそれらしいページがありました。
また、これは万国禁制品を含めた包括的なもののようですが、引火性液体カテゴリの具体的な条件も載っていました(2024年8月現在)。
3) 引火性液体
(1) 密閉容器テストの場合は摂氏60度(華氏140度)以下、開放容器テストの場合は摂氏65.6度(華氏150度)以下で引火性蒸気を発生させる液体、液体混合物、又は溶液若しくは懸濁液の形で固体を含む液体(例えば、塗料、ワニス、ラッカー等が含まれる。ただし、その危険の性質により別に分類される物質は含まない。)。上記の温度は、一般に引火点と呼ばれる。
(2) (1)に掲げる液体のうち、引火点が摂氏35度(華氏95度)を超えるものは、以下に該当する場合には、引火性液体とみなす必要はない。
ア 3の物質の可燃性を試験する方法を用いても、燃焼しない場合
イ ISO2592に基づく燃焼点が摂氏100度(華氏212度)を超える場合
ウ 水の含有量が重量で90パーセントを超える混和性溶液の場合
(3) それぞれの引火点又は引火点を超える温度で運送される液体は、すべて引火性液体とみなす。
(4) 液体の状態で、高い温度で運送され、最高の運送温度(その物質が運送中にさらされると思われる最高温度)又はこれを下回る温度で引火性蒸気を発生させる物質は、また、引火性液体とみなす。
(5) [例]ベンゼン、ガソリン、アルコール、引火性溶剤及び合成洗浄剤、引火性塗料、引火性ワニス、剥離剤、シンナー
エタノールの引火点は 4wt% でやっと 62℃ 程度とされており、高濃度アルコール液浸標本においては到底「引火点 60℃」を越える状態は実現できません。
ただ、これは引火性液体全般の規定で、アルコール飲料としては24度(=24vol%=19.61wt%)を下回ることで許される仕組みになっているようです。度数の基準をクリアした国際郵便には「Not Restricted, as per Special Provision A58」、引火点と度数の両方をクリアした場合は「Not Restricted」と表書きしておくと、手続きがスムーズとのことです。この A58 も国際航空運送協会特別規定のようですが、液浸標本に適用する場面はなさそうです。
消防法
エタノールは1価アルコール類なので、消防法第二条七項表1における「危険物第4類引火性液体アルコール類」に該当します。
このカテゴリは貯蔵において「指定数量」を超えると諸々の規制対象となりますが、運搬においては指定数量に関係なく遵守されるべき梱包基準があるようです。
それに照らせば、以下の通りになるようです。
- 内装:高濃度アルコール液浸標本に用いられる瓶(第一の密閉容器)はたいていガラスかプラスチックなので、5L までは問題なさそうです。
- 外装:木かプラスチックが定められているため、例えば紙袋や段ボールは規定外ということになります。「特別規制A180・国際郵便約款・郵便法・消防法準拠の梱包方法」でいえば、瓶を「第二の密閉容器」に格納する際にプラスチックを選定するのが、この規定への対応ということになりそうです。
梱包の一例
このたび海外へ液浸標本を発送することになり、受け取り側の研究者へ改めて問い合わせて詳細な指示をもらいましたが(2024年4月)、概ね以下のような方法でした(適宜省略・改変しています)。
- ラベリングした小瓶にエタノールとともに標本を入れる。
- 小瓶を適当な吸収材に包み、密閉できる容器に格納する。
- 密閉容器を、内容物のメモとともに外箱へ入れる。
- 内容物のメモの複写を外装へ貼り付けたうえで、「科学研究のための保存処理済生物遺骸標本」と表書きする。
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瓶をユ●パックに入れたうえで、キ〇タオルに包んだ例。 摺切容量 37.5mL の No.4 規格瓶(第一の密閉容器)は、8分目が 30mL になるので、 液体は 5分目まで入れています。 「第二の密閉容器」はダ■ソーのパッキン付きプラスチック製弁当箱です。 |
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図にするとこんな感じですね |
船便でのエタノール輸送が OK だった時代、このような構造にして米国へ液浸標本を送ったことがあります。無事届きました。
国際郵便事情'24:非1価アルコールは送れるか?
ところが…
最寄りの郵便局へ国際小包を持ち込んだところ(2024年8月)、以下のような理由で謝絶となりました。
- 高濃度エタノールを真水に厳密して一つにしたとて、これがアルコール24vol% 以下であることを SDS(安全データシート)などの書面で証明できないといけない(確かにそれはそう)。
- アルコール飲料でない場合、引火点が 60℃ を上回る等、郵便禁制品の規定に引っ掛からないことを書面で証明せねばならない。
- グリセリン類は全てダメ。
- プロピレングリコールは専門部署がSDSを個別審査する必要あり。
※グリセリンおよびプロピレングリコールの液浸標本の特徴についてはこちら。
先のブログにもありましたが、液浸標本というマニアックなジャンルにおいて日本郵便から統一見解が示されることはまず期待できないため、窓口から得られるのは個々の解釈に依る非統一見解といえます。郵便局あるいはスタッフによっては、より厳格、あるいは緩い結論が出される可能性があります。マニアックである以上、甘受せざるを得ないでしょう。
また、IATA航空危険物や特別規定が郵便局に参照されているとはいえ、原則論として両者は異なる指揮系統にあるはずで、IATA の基準がそのまま郵便局に適用できないという点は改めて意識すべきかもしれません。
それはそうと、国際郵便の伝票は 2024年3月1日からウェブ作成に一元化されてましたね。国際郵便約款も、直近では 2024年5月5日に改正されています。過去の実績や問い合わせ内容が通用すると思っていましたが、状況は刻一刻と変化していると考えたほうがよさそうです。
(私見)プロピレングリコールのどこがダメ?
国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号に記載がないので航空危険物ではなく、また引火点が 98℃ 周辺という点で万国共通の郵便禁制品の基準もクリアしています。よって、通常は申告対象とは考えないと思います。
メーカや用途が異なるプロピレングリコールの SDS を比較すると、有効数字が違うほか、濃度が 95% 以上だったり 100% 以下だったりというブレがあるようです。これにより引火点が変動すると思われますが、そもそも 99% 以上の濃度において引火点が既に 100℃ 付近にあるため、濃度が下がるにつれ更に 60℃ から遠のいていき、ボーダーを争う展開にはなりえません。よって、SDS は引火性の判断に使われないと考えられます。
ならば、引火性より税関関係、例えば輸出貿易管理令のいわゆる「キャッチオール規制」などに関係しているのかもしれません。「審査基準は非公開」と言われたので猶更意味深です。標本のやりとりは「贈物」扱いなので輸出入という考えはありませんでしたが。
AGCのウェブサイトでは、プロピレングリコールの製品規格に「飼料添加物」「医薬部外品原料規格」「一般工業用」「食品添加物」「日本薬局方」の5区分があり、それぞれ内容が異なります。特に食添グレードの場合は消費税に軽減税率が適用されるわけですが、こういった法律上の差が輸出に関わりそうな雰囲気を感じます。ダウ・ケミカルのウェブサイトでも、「USP/EP」「Industrial Grade」などのグレードごとに SDS が掲載されており、やはり内容は微妙に異なります。こういった位置づけの違いが、審査の対象となっているのでしょうか。
(私見)グリセリンのどこがダメ?
引火点はプロピレングリコールより更に高い 176℃ 周辺なので、こちらもホームページの記載などから申告の必要性を読み取ることはできません。
グリセリンの製法には植物のほか動物原料を使用する場合もあるようで、動物由来の加工品への輸出規制絡みでしょうか。まぁそれを言ってしまうと、標本そのものが動物じゃないかという話にはなってきますが。あるいは、窓口担当の物言いにはニトログリセリンとグリセリンを一緒にしている雰囲気があったので、そのへんとも関係があるのでしょうか。
プロピレングリコールを送ってみる
プロピレングリコールに賭けるしかなさそうなので、SDSをゲットすることにします。
ネット上をざっと探しただけで、10件以上ヒットしました。しかし、実際に標本作製に使用しているメーカのものは見つかりません。手当たり次第にダウンロードした SDS に紐づいている商品をネットショッピングで購入できるか調べたところ、唯一、前述の旭硝子製食添グレードがヒットしました。一般向けネットショッピングで購入でき、かつ企業のウェブサイトから自由に SDS をダウンロードできるのは、調べた限りではこれだけのようです。
結局、既に購入して使っていたプロピレングリコールのメーカに個別に問い合わせて送ってもらいました。ありがとう。よく見たら MSDS だけど(SDSは2012年から導入された名称)。
1週間後…。
再度窓口に持ち込んでみると、やはり中身に関する質問は概ねウェブサイトの項目に基づいていて、プロピレングリコールが審査対象になるとは到底思えません。そのまま受領・会計の流れになったのでストップをかけて、MSDS を出しました。
「公式サイトを読んでも、窓口で聞かれたことに答えても、審査対象と気づけないのは大丈夫なのか」「このままチェックをすり抜けて送付された場合どうなるのか」と窓口担当に聞いてみましたが「局の職員は化学物質の素人なので万全なチェックは不可能(それはそう)」「専門部署において何らかの理由で荷物が差し戻しになっても運賃が返ってこないので、自主的に申告すべき(それでも払い戻されるとは限らない)」と言われました。要するに「自分で瓶詰めする(製品まるごとでない)ものを送る場合、何らかの疑義がある前提で自主的に相談すべき」ということでしょう。ここまで教えてもらえただけで、次からだいぶ違う気がします。
5日後…。
どうやら無事に届いたようです。
こんな感じのスケジュールでしたね。これに関してはケースバイケースにも程がありますが、備忘録として。
- 1日目:地元郵便局受付
- 2日目:中継局を経由
- 3日目:国際交換局受付・同発送
- 4日目:相手国の国際交換局到着・税関へ提示
- 6日目:配達開始・完了
ちなみに…荷物に添付したプロピレングリコールの MSDS は、SDS への移行が行われておらず、しかも記載の住所は公式サイトやラベルと異なっている古いものでした。適切な更新が行われていないので、見る人が見れば NG でしょう。ただ、大手でないメーカは SDS を更新する体力がなかったりするのか、10年以上前の MSDS を現役で運用しているところは時々見かけます。郵便局が見ているポイントはそこではなかった、ということでしょう。
国際郵便以外の手段
国際郵便がうまくいかなくとも、どうやら民間の輸送会社という選択肢があるようです(以下、2024年8月現在)。各社のウェブサイトを覗いてみましたが、約款が公開されてるわけではなかったりして、完全に個別問い合わせとなりそうです。
- DHL Express:危険物に対応したサービスがあるという噂を聞きましたが、サイトの記述からは分かりませんでした。問い合わせる価値はあるでしょう。
- FedEx:会社そのものより、個人的にはトム・ハンクス主演の某映画の印象が強いですね。リチウム電池や医療物流を強みとしているようで、危険物に対応可能な雰囲気がありますが、サイトからは読み取れませんでした。
- ポチロジ:追加料金を支払うことで「航空危険物」を受け付けてくれるらしいです。高濃度アルコール液浸標本が該当するかは不明。
なお、ヤマト運輸の国際宅急便は「酒類」が軒並み謝絶とのことで、高濃度アルコール液浸標本に希望はなさそうです。グリセリンやプロピレングリコールは分かりません。佐川急便の飛脚国際宅配便は「引火性の物」を取り扱いできないとのことですが、引火点をクリアすれば希望があるような雰囲気はあります。また、日本通運にドアツードア国際輸送サービスという個人向けメニューがあるようですが、危険物に関する記述は見当たりませんでした。
これらとは別に、フォワーダーという業種の業者によって、目的に合わせて様々な輸送手段を合理的に組み合わせた輸送システムを提案・管理してもらうことができるようです。ただ、定期的に送る場合でないと選択しづらそうです。
その他、危険物輸送に関する国際的な取り決め
国立国会図書館のリサーチ・ナビに、極めてよくまとまったページがありました。利用者 ID なしでアクセス可能です。ただし、専門機関の実務的な書類が主体となっており、そのほとんどは英語なため、正しく理解するには高度な専門知識が必要です。
また、危険物輸送に関する根源的な部分や GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)など隣接したルールとの関係性を理解するには、独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所のページもあわせて読むとよいと思います。こちらは国連の実務書類のほか、国内の法令についてもリンクが貼られていて便利です。
国内への送付
国内の航空輸送関係では航空法施行規則第194条というものが該当するようで、ICAO(国際民間航空機関)の規定に準じて国交省が定めるもののようです(国交省資料)。引火性液体に関しては「引火点60℃以下」とあり、このへんも国際郵便の基準と同様のようです。
なお、ゆうパックは「5L 以下・70vol% 以下のアルコール飲料」について航空便での送付が可能となっています。ただし、飲用に供されないものは恐らく内国郵便版郵便禁制品(これも郵便法第十二条?)の「アルコール類を六○パーセント以上含有するその他の製品」が適用となり、保存液のアルコール濃度を 59vol% まで落とさなければ、プランや経路に関わらず送付できないことになります(2024年8月現在)。
ゆうパックで送れる液浸標本とは
ならば開き直って、KDM先生が挙げていたように高濃度アルコール標本を「59vol%エタノール水溶液に入った状態」で送付する方法を考えてみます。
シンプルに、59vol% のエタノール水溶液を調整し、一旦バッファとなるシャーレなんかに浸して濃度を安定させてから瓶に移していく、といった方法が考えられます。ただし、この方法に穴があるとすれば、肝心の59vol% を書面で証明できないことです。
であれば、59vol% を下回る出来合いの消毒液を購入して、それに浸漬するのがよいでしょう。こういった低濃度のアルコール製剤は酒税法の関係で往々にして IPA(イソプロピルアルコール)などが添加されていますが、むしろ標本を引き締める効果があり、経験上、形態保存に問題はないと認識しています。ただし、添加物によっては形態保存に極めて有害な場合があるため、特にクエン酸や乳酸といったpHを下げる成分の割合や、ジェルタイプかどうかなどは、必ず事前に確認してください。
濃度だけでいえば以下のような商品が該当しますが、必ずしも性能を確認しておらず、また SDS の整備状況も検証していません。
- ニイタカ ビーバーアルコールCS(46.30%*)
- サラヤ アルペットNV(約58vol%)
- セッツ ユービコールノロV(57vol%)
- シーバイエス アルコール除菌剤EX(40~50%*)
- シーバイエス 除菌用アルコールプロ(58vol%)
- TOAMIT エタノス除菌スプレー(55~58vol%)
※( )内はエタノール濃度;*は重量濃度か体積濃度か不明
アルコール液浸標本は脱水された遺伝物質分解酵素が働かなくなっているだけで、水分が戻れば復活し再び遺伝物質の分解が始まるようです。よって、アルコール濃度を下げる方法は形態観察において検討の余地はあっても、遺伝子解析を目的としたサンプルには危険と思います。
ちなみに、日本郵便が定める内国郵便約款(2024年8月現在)には、アルコールについて具体的な文言はありません。引火性液体が該当しそうな文言には以下のものがあります。
(郵便物として差し出すことができない物等)
第6条 次に掲げる物は、これを郵便物として差し出すことができません。
(1) 爆発性、発火性その他の危険性のある物で総務大臣が指定するもの
(2) 毒薬、劇薬、毒物及び劇物(官公署、医師、歯科医師、獣医師、薬剤師又は毒劇物営業者が差し出すものを除きます。)
(3) 生きた病原体及び生きた病原体を含有し、又は生きた病原体が付着していると認められる物(官公署、細菌検査所、医師又は獣医師が差し出すものを除きます。)
(4) 法令に基づき移動又は頒布を禁止された物
(5) 人に危害を与えるおそれのある動物(学校又は試験所から差し出され、又はこれにあてるものを除きます。)
2 その外部に郵便以外の送達役務であって当社が提供するものを表す文字が記載されている物は、その外部に郵便を表す文字が記載されている場合であっても、これを郵便物として取り扱いません。
液体に関する部分では、第9条(郵便物の包装)に以下の記述があります。
液体、液化しやすい物、臭気を発する物及び腐敗しやすい物
びん、缶その他の適当な容器に入れ、これを内容品が漏出しないよう密封した上、外部の圧力に耐える堅固な箱(容器が外部の圧力に耐える場合には、封筒その他の物を含みます。以下この欄において同じとします。)に納め、箱には、万一容器が破損しても完全に内容品の漏出を防ぐ装置をすること。
ウェブサイト記載の禁制品を踏まえた上で、国際郵便約款や消防法のスタイルを守れば、これら約款にも十分合致しそうです。
民間運送会社の状況
ただ、日本郵便のほか、ヤマト運輸や佐川急便など大手民間宅配会社各社いずれも、表看板では「アルコール類」には軒並み「NO」で統一しているようで、クリア条件を細かく提示しているところは見当たりません。
公共交通機関で薬品の手持ち運搬を試み大変なことになった事件があり、その無謀さに批判が集まりました。その流れで、研究機関を念頭に置いていると思われるツイートがありました。名前のあった各社の対応状況について、個人も利用可能か各社のウェブサイトで確認してみました(断りがない限り2024年8月現在;時期はもとより地域によりサービス内容が異なる可能性があります)。
- 赤帽:チャーター便でアルコール輸送可能。個人でも営業所持ち込みなら対応可(※2022年2月に個別問い合わせ)。
なお、上記「危険物」に具体的な定義はないようですが、郵便関係の法令や消防法第二条七項表1に準ずるものと推察されます。その場合、いわずもがな高濃度アルコール液浸標本が該当します。ホルマリン液浸標本もまた、許される道理はないでしょう。
赤帽にチャーター便の見積をとった時は、自分でレンタカーを借りて運転していくか本気で悩むレベルの金額であり(実際チャーターはそういうことなので)、個人で少量の場合は選択しにくいです。
前述の通り東北新幹線硫酸・硝酸火傷事件は重く受け止めねばならず、「業者がダメなら公共交通機関で手持ち」というのは厳に慎むべきです。しかし「液浸標本の輸送は日本全国津々浦々に自分で車を運転して持っていくのが最適解」というのも、現実味が薄すぎます。
非1価アルコールはどうか?
国内便において消防法の危険物カテゴリに関わる制約を回避するには「プロピレングリコール液浸標本」「グリセリン浸漬標本」が有効である可能性があります。
グリセリンは国際郵便で NG が出ているものの、3価のアルコールであるため消防法の危険物第4類引火性液体アルコール類には該当しません。プロピレングリコールも2価のアルコールなので同様です。ただ、運送会社が消防法とは別に「アルコール類」として網掛けをしている場合は、引っ掛かることになるでしょう。内国郵便も含め個別問い合わせはしていないため、追加の検証が必要です。
危険物カテゴリに入る可能性がない固定液があればよいのですが。
非引火性液体の検討:BAC
2021年のベントスプランクトン学会でこんな一言がありました。
「塩化ベンザルコニウム(以下、BAC)をDNA保存液として利用」(菅原 2021)
嘘やん。
どこのご家庭にもある BAC。なんとなく保存液として検討したことはありました。しかし、軽くググったところ遺伝子を損傷する可能性があるっぽかったので、候補から除外したのです(アズレンスルホン酸Naについても同様)。
確認してみると、Yamanaka et al. (2017) において「BAC最終濃度0.01%で遺伝物質の92%を10日以上常温保存できる」と報告されているようです。また、改めて遺伝子への影響を調べてみると、Deutschle et al. (2006) という文献がヒットしました。
そうそう、これこれ。
メタンスルホン酸メチルをポジティブコントロールにしていますが、生物学分野で組織保存に使われている話は聞かないですね。組織保存能をもつ試薬と比べたというより、DNA への影響が大きい化学物質の代表でしょうか。この実験は、環境DNA 保存に用いられる濃度(0.01%)を含む様々なBAC 濃度下での生きた細胞の挙動をモニターしているため、死んだ組織を浸潤している液浸標本に起きる現象をうまく表していない可能性がありますね。
また、BAC を DNA 保存用に使うのは環境DNA 研究に用いる「DNAを含んだ水なり何なりのサンプル」であって、Yamanaka et al. (2017) でも生物の全身標本での実績が紹介されていたわけではありません。そしてどうやら、BACの目的は「環境中に生息する微生物によるDNA分解を防ぐための静菌作用」のようで、遺伝子の主の生物がもっている分解酵素を失活させるという従来の固定液(エタノールやホルマリン)とはだいぶアプローチが異なります。また、輸送日数+保存液への置換作業を完了するまでの日数が 10日を大幅に越える場合、どこまで信用できるか分かりません。
ならばせめて、形態の保存はできてほしい。
BAC仮液浸標本の試作
高濃度アルコール液浸標本やプロピレングリコール液浸標本から、BAC仮液浸標本を作製し、輸送の後に元へ戻した時、形態観察に耐えるかを確認したいと思います。
- 食添グレードの 99%+プロピレングリコールに約3年間浸漬し、常温保管していた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus を使用。※採集後、保冷して持ち帰り、7時間 ”ラヴ・プリズン” (小原 2016) した後、固定したもの。
- 無水エタノールへ移行し、室温で 24時間放置する。
- 市販の逆性せっけん液の原液(BAC 濃度 10w/v%)と、汲置水道水を添加し BAC濃度がだいたい 1,0.1,0.01% になるよう調整した水溶液とを用意する(水溶液はキッチン用品レベルの精度にて容積ベースで希釈していますが、原液の比重はほぼ1.0らしいので、検証の目的は果たせていると判断しています)。
- 3で調整した水溶液を別々の瓶に分取し、1,2の標本を浸漬する。
- 4を室温で10日間放置する。
どの濃度の溶液へ入れても、エタノール置換標本は最初に浮き上がり、じきに沈みます。
なお、”室温”は真夏の気温30~35℃、雰囲気湿度は65~70%RHでやってますので、輸送中の環境みたいな点は十分だと思います。
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色は気にしないでください。 触角の欠損は固定時のもので、BAC浸漬によるものではありません。 |
最も出来が良いと思ったのは「プロピレングリコールから無水エタノールに置換した上で BAC濃度 0.01% に浸漬した標本」でした。とはいえ、他の濃度でも付属肢の欠損など致命的な問題は全くありませんでした。
直前の固定液がプロピレングリコールであろうと無水エタノールであろうと、原液(BAC 10%)に浸漬した標本は収縮がみられました。また、中間濃度の標本は表面に顆粒のようなものが生じるように思われます。各パーツの柔軟性には大した違いはないように思われましたが、強いて言えば、0.01% はちょっと軟弱な感じがしました。
これだけ刻めばどこかに良い塩梅のポイントが出てくるかと思いましたが、もしかすると 0.05% くらいがベストかもしれません。
個別に問い合わせはしていませんが、BACに対して国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号は振られておらず、かつ国際郵便および内国郵便においてもこれといった規制を受けないようです。
今回使用したものではありませんが、BAC 10% 製剤の大手商品はネットに SDS が転がっていますので、郵便局から要請があっても対応しやすいと思います。
非引火性液体の検討:油
生物体の保存という観点で、乾燥以外には何があるかと考えると、水溶液とは違うアプローチとして油浸が挙げられます(ハブ酒や干物がダメならオイルサーディン、みたいな非常に乱暴な話をしています)。
非引火性を目指しつつ油に戻っていくのはやや迷走の感が否めませんが、消防法別表第一において規定される発火点や引火点を越える品目、つまり「引火性液体に該当しない油」は多く、そういったものを選べばある意味安全といえるのではないでしょうか。
一般人による入手や扱いが比較的容易で、引火性液体に該当しないものを挙げてみます。
- オリーブ油:引火点は300℃以上らしいです。
- ナタネ油:引火点は300℃以上らしいです。
- ゴマ油:引火点は280℃以上らしいですが、匂いがキツい気がします。
ヒマワリ油やアマニ油は引火点がプロピレングリコール並みで、またホホバ油やヒマシ油はそれを上回りグリセリンより高い引火点を持ちますが、消防法別表第一備考十七で「一気圧において引火点が二五〇度未満」と定義される「動植物油類」に該当します。よって、これらの油は引火性液体ということで、候補から除外します。
オリーブオイル油浸標本の試作
とりあえず、どこのご家庭にもあるオリーブオイルで検証してみます。
- 食添グレードの 99%+プロピレングリコールに約3年間浸漬し、常温保管していた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus を使用。※採集後、保冷して持ち帰り、7時間 ”ラヴ・プリズン” (小原 2016) した後、固定したもの。
- 食用のスペイン産オリーブオイルに浸漬し、室温で10日間放置する。
- 標本をオリーブオイルから引き揚げ、グリセリンと無水エタノールとを往復させて油滴を振り落とす。
”室温”は真夏の
(以下略)。
プロピレングリコールとそれほど親和性が高くないようで、サンプル表面に滴がまとわりつきます。今回はよく振って剥がします。
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暗いのは気にしないでください。 |
オリーブオイルがかなり標本にまとわりつきますが、上記手順により結構簡単に落ちます。たった1往復ですが、複雑な構造の胸節下部や腹側板,腹肢への残留はありません。また、簡単に無水エタノールへ置換できることもわかりました。
気を付けたいのは、体サイズが小さいあるいは剛毛の多い場合の油滴の挙動と、温度が下がると凝結し標本に影響を与える可能性です。
個別に問い合わせはしていませんが、オリーブ油に対して国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号は振られておらず、かつ国際郵便および内国郵便においてもこれといった規制を受けないようです。
オリーブ油は食品として流通しているほか、「オリブ油」という名称で日本薬局方に記載されていて、複数の製薬会社が製品化しています。ただ、例のごとくネットに SDS が転がっているものと、商品がネットで買えるものとは、一致しませんでした。SDS ではないものの、健栄製薬はウェブサイトにラベルの PDF を載せています。検証はしていませんが、これでも書面の証明になる気がしています。
液体の排除
そもそも「液体を送る」行為そのものが相当なハードルになっている感があります。魚類などでは固定液から引き揚げた湿潤状態で布に包み、それをビニールなどで密閉して「液体でない」状態とする方法が既に確立されているようですが、小型甲殻類の場合は余計な繊維が付着したり擦れたりして観察の障害になりそうな気がします。
この方向でいけば、アルコールと親和性があり水に溶けやすい物質でコーティングすればよさそうです。ただ、こちらで検証したようなゼラチンは熱で標本を痛めますし、水飴は乾燥に時間がかかりすぎてコーティング剤に不向きと思います。
ポリビニルアルコール封入標本の試作
ぼんやりと「ポリビニルアルコール」を考えていた頃、奇しくも「プロピレングリコール」を「ポリビニルアルコール」と誤記している論文が出版されました (Arai et al. 2022)。
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やってみるっきゃないか。 |
恐らく日本で一番有名な「ノリ」の一つでしょう。ラベルとHPに「主成分 PVAL(ポリビニルアルコール)」とあります。琥珀色をしています。
とりあえず、以下の方法でやってみますか。
- 食添グレードの 99%+プロピレングリコールに約3年間浸漬し、常温保管していた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus を使用。※採集後、保冷して持ち帰り、7時間 ”ラヴ・プリズン” (小原 2016) した後、固定したもの。
- 無水エタノールへ移行し、室温で 24時間放置する。
- 水切放スライドガラス上に PVAL製品を適量塗布し、12時間程度乾燥させて膜を形成する。
- 水切放スライドガラス上に新たに PVAL製品を塗布し、エタノールから引き揚げた標本を包埋して馴染ませる。包埋された標本が表面へ浮いてくるので、3で作っておいたPVALの膜を被せて空気に暴露しないようにする。
- 室温で 24時間程度乾燥させる。
- 保管終了後は、水に浸漬し、1時間程度溶解させる。固定液に入れる前に、モヤのように残る PVAL は水で洗い流す。
”室温”は真夏の
(以下略)。
3日程度放置しましたが、24時間経過品とあまり見た目は変わりません。
Φ5 のガラス製シャーレに注いだ湯冷ましに浸漬しすると、室温条件では 30分くらいで溶解されてきます。
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【無水エタノール置換後に包埋】 おわかりいただけただろうか…? |
矢印に示した通り、胸脚前節の欠損が散見されます。構造上脆弱なのか、あるいは乾燥・収縮の過程で外縁部に近い部位は引きちぎられやすかったりするのか。高濃度アルコール液浸標本が起点となる場面を想定し無水エタノール置換という工程を挟んだので、固定液の保湿性がなく、PVAL中で標本が乾燥状態となり破損したのかもしれません。
試しにプロピレングリコールのまま包埋してみましょう。
肢 1,2 本だけですが、今回はむしろ空気が入りました。固定液というよりは手技の問題みたいです。ただ、付属肢の欠損は全くみられません。やはり、脱水するよりプロピレングリコール漬け状態から包埋したほうがよさそうです。
なお、サンプルを水に1回浸しただけの状態で無水エタノールへ浸漬すると、残留した PVAL が白く析出します。エタノールには一切溶解しないんですね。エタノール標本に戻す前には、PVAL 成分をしっかり洗い流す必要があります。
ちなみに、同じく PVAL を主成分とする洗濯糊も同じ条件でやってみましたが、粘度が低いため包埋する時に扱いにくく、また水へ浸漬した時に成分が拡散せず標本がずっとゲルの中に留まっている感じでした。布に染みこんで留まる性質を考えると納得です。こちらは絶対に使ってはいけません。
個別に問い合わせはしていませんが、PVAL も国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号は振られておらず、かつ国際郵便および内国郵便においてもこれといった規制を受けないようです。
某ノリの SDS は作成されているはずですが、ウェブサイトからダウンロードできる状態ではなさそうでした。
結論
日本郵便を使う限り、国内外ともに「高濃度アルコール液浸標本を瓶入りでそのまま送付する」のは不可能で、以下のような方法しかなさそうです。
- 遺伝子解析:①プロピレングリコール液浸標本とする;②液体から引き揚げ、自由液体のない状態で送る.
- 形態観察:①プロピレングリコール液浸標本とする;②BAC 0.01% 仮液浸標本とする;③オリーブオイル油浸標本とする;④(内国郵便であれば)<59vol%エタノール水溶液の仮液浸標本とする.
何やらプロピレングリコール業者の回し者みたいになってきましたが、そんなことはないですからね。今のところ、目的に応じて柔軟に標本の形態を変えるのが、法規制のリスクをとらずに標本を守る方法と思われます。ただし、これまでの話はあくまで日本の国際郵便禁制品と、万国郵便条約に基づく「万国禁制品」を基礎としています。相手国の規定により更に選択肢が狭まる可能性があります。日本郵便のウェブサイトでは国名で検索することができます。
形態を見ず遺伝子だけというのであれば、酵素の失活状態を維持するために乾燥標本にしてしまってもよいかもしれません。ただ、乾燥標本には虫害・カビ害のリスクがあるほか、長期保管によってDNAが破損するリスクが高まるため、微妙なところです。
民間の輸送手段は多様すぎて、検証が追いつきませんでした。ただ、特別規定A180に準じた方法であれば、日本郵便の約款等に縛られず海外へ送付できる可能性があります。
ただし、遺伝子解析を目的とした標本の移動は ABS(Access and Benefit-Sharing;自動車についてるアレではない)指針に基づく別の規制を受けることがあります。日本産標本の場合はだいぶ緩いので、採集禁止区域で採った個体や保護種を送るといったよほど無神経なことをしなければ問題は起きにくいかもしれません。他の国では ABS の手続きに瑕疵がある状態で採集・持ち出しした標本を使うと、論文が出版されなかったり撤回されたりと、学問の営みに大きな影響を与える可能性があります。各国の状況を事前に調べる必要があるでしょう。
個人間の国内輸送においては民間が「とりあえずお断り」に走っている雰囲気があり、クリアは厳しそうです。むしろ日本郵便に託したほうが確実かもしれません。
参考文献
— Arai T.; Ohno Y.; Tomikawa K. 2022. A new species of the genus Podocerus from the Seto Inland Sea, Japan (Crustacea, Amphipoda, Podoceridae). ZooKeys, 1128: 99-109.
— Deutschle, T.; Porkert, U.; Reiter, R.; Keck, T.; Riechelmann, H. 2006. In vitro genotoxicity and cytotoxicity of benzalkonium chloride. Toxicol In Vitro, 20(8): 1472–1477.
— 小原ヨシツグ 2016. 第6話 標本! In:『ガタガール①』. 講談社, 東京. 174p.
— 菅原 巧太朗 2021. 自由集会:環境DNAを用いたベントス研究の現状~実際、どの程度使えるものなのか?~. イシガイ科二枚貝タテボシガイのDNA 放出特性及び富栄養化湖沼八郎湖における環境DNA の検出. 2021 年 日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会講演要旨集
— Yamanaka H.; Minamoto T.; Matsuura J.; Sakurai S.; Tsuji S.; Motozawa H.; Hongo M.; Sogo Y.; Kakimi N.; Teramura I.; Sugita M.; Baba M.; Kondo A. 2017. A simple method for preserving environmental DNA in water samples at ambient temperature by addition of cationic surfactant. Limnology, 18:233–241.