2026年4月1日水曜日

2026年4月1日活動報告

  カイコウオオソコエビは独自のセルラーゼをもち、また体表にアルミニウムを凝集するという研究があります。エネルギーやレアアースの確保に苦慮する島国日本に、これらの性質が希望をもたらす可能性があります。





 こちらの資料では、官民学一体で海底資源の確保に動いていることが分かります。

 手順は以下の通りとされています。

  • 海底からレアアースを含む泥とヨコエビを採取し、加圧した容器に格納して保持する
  • 一定期間経過後、ヨコエビを捕集する
  • 凍結乾燥後に粉砕し、得られた粉末を溶媒に溶かし込み、液クロにかける(セルラーゼの回収)
  • 残った液体を再調整した後、キレート剤を添加し、電解膜で回収(レアアースの回収)
  • 残滓は舗装材など土木分野へ転用


 現時点では海底の泥の試掘を行っている段階で、陸上での小規模パイロットプラント稼働を経て、大規模な事業化を目指すようです。

 深海性のヨコエビは種特異的に様々な金属元素を濃縮することがミソで、必要な元素に応じて対応する種類のヨコエビを誘引・捕獲するシステムが構築できます。元々レアアース泥は汚染物質の含有量が少なく高品位の資源といわれていますが、回収した底泥から、あるいは海底の広い範囲から目的の元素だけを回収することができれば、更にクリーンで無駄のない採掘が可能になります。


 バイオアッセイとして歴史の長いヨコエビが、観測だけでなく工業的な生産ラインに組み込まれる時代はすぐそこまで来ているようです。















 というわけで、今年もエイプリルフールでした。

 カイコウオオソコエビの元ネタは Kobayashi et al. (2019) ですが、実はネオジム,ガドリニウム,イッテルビウムがフトヒゲソコエビ類に濃縮される現象に着目し、生理的応答を調べた研究は実在するんですよね (Riedel et al. 2024)。もっともこれは、海底レアアース採掘時に発生する廃棄物が引き起こす海洋汚染の影響という話です。


<参考文献>

— Kobayashi H.; Shimoshige H.; Nakajima Y.; Arai W.; Takami H. 2019. An aluminum shield enables the amphipod Hirondellea gigas to inhibit deep-sea environments. PLoS One: 17.

— Riedel, J. A.; Smolina,I.; Donat, C.; Svendheim, L. H.; Farkas, J.; Hansen, B. H.; Olsvik, P. A. 2024. Into the deep: Exploring the molecular mechanisms of hyperactive behaviour induced by three rare earth elements in early life-stages of the deep-sea scavenging amphipod Tmetonyx cicada (Lysianassidae). Science of The Total Environment,  952, 175968.


 「カイコウオオソコエビのアルミニウム装甲」は「そもそもアルミを含むゲルという説だった」「後の研究で否定された」という意味で、二重で間違っていますのでご注意ください。


 なお、本稿の画像作成にはChatGPTのサポートを得ました。

2026年3月6日金曜日

2026年のヨコエビギナーへ(文献紹介第十二弾)


  今年もヨコエビの知見を得るのに有用な文献を紹介します。過去の実績はこちらにあります。


イチオシ

吉村比呂・富川光 2025.端脚類(節足動物門:甲殻亜門)を用いた生物分類教材開発に向けた標本観察方法の確立.広島大学大学院人間社会科学研究科紀要 教育学研究:35-42.

 初学者に最適な手引き文献に、新たなラインナップが加わりました。教材という視点から、活かした状態でヨコエビを運搬・撮影するプロの手法を「ここまで教えていいの?」というくらい親切に解説しています。本文は無料で読めます。当該メソッドで撮影された美麗なカラー写真がこれでもかと目白押しで、生体撮影の予定がない方も眺めるだけでも楽しいと思います。


 有山啓之 2023. 若手の会自由集会報告「ヨコエビガイドブック」の出版について. 日本甲殻類学会 Symposium Report,CANCER, 32: 57–60.

 吉村・富川 (2025) 以前にヨコエビの撮影メソッドを紹介した出版物は、この有山 (2023) くらいでした。 学会集会の発表を報文化したもので内容はかなりコンパクトですが、標本撮影に関しては固定状態による性状の違いや写り込むゴミの除去などに触れているのが特色です。無料で読めます。


メリタヨコエビ科の分類にオススメ

 パンダメリタヨコエビ,ヨリパンダメリタヨコエビが話題なので、メリタヨコエビ科の分類に有用な文献を挙げていきます。

— Labay, V. A. 2013. Review of amphipods of the Melita group (Amphipoda: Melitidae) from the costal waters of Sakhalin Island (Far East of Russia). I. Genera Megamoera Bate, 1862 and Armatomelita gen. nov. Zootaxa3700(1): 65–112.

— Labay, V. A. 2014. Review of amphipods of the Melita group (Amphipoda: Melitidae) from the coastal waters of Sakhalin Island (Far East of Russia). II. Genera Quasimelita Jarrett & Bousfield, 1996 and Melitoides Gurjanova, 1934. Zootaxa3869(3): 237–280.

— Labay, V. A. 2016. Review of amphipods of the Melita group (Amphipoda: Melitidae) from the coastal waters of Sakhalin Island (Far East of Russia). III. Genera Abludomelita Karaman, 1981 and Melita Leach, 1814. Zootaxa4156(1): 1–73.

 メリタヨコエビ類についてこちらで多少解説しましたが、こちらはメリタヨコエビ属に近縁な海産属を分類するにあたって重要な文献です。樺太の知見であり種レベルでは他地域と一致しない部分もありますが、属の概要を把握することができます。


— Yamato S. 1990. Two New Species of the Genus Melita (Crustacea: Amphipoda) from Shallow Waters of the Seto Inland Sea of Japan. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory34: 149–165.

 ホシノメリタヨコエビ M. hoshinoi,ヨツハメリタヨコエビ M. quadridentata の新種記載論文です。京大のリポジトリから無料でアクセスできます。



コラム:Senticaudata-Amphilochideaとの付き合い方

 和名はないものの、ヨコエビを扱う上で避けては通れない「Senticaudata」「Amphilochidea」という亜目。

 2017年の大事件以降、実質的に「ヨコエビ」が消滅した混乱は容易には終息せず、たびたび「亜目なきヨコエビの扱い方」という問題が取り沙汰されています。実際、研究者の間ではどういった扱いをされているのでしょうか。



 全てのヨコエビの論文を集計することはできなかったので、Zookeysで行われた新種記載論文に絞って採用状況を確認してみました。

 結論からいえば、年を追って浸透、といった傾向には見えず、初期から一定の割合で採用され続けている様子が見受けられます。この母数では何とも言えませんが、初期の採用者が継続して使用し続けている一方、途中から使い始める研究者は少ないのかもしれません。

 日本では、新体制設立当初に全くと言ってよいほど人気がなかった事実があります。改めて集計してはいないものの、体感的にこの空気感は続いているように思え、日本の研究者の多くは今なお見送り側であり続けている印象です。


 生物学の知見を採用する基準は忖度でも勝ち馬でもないはずですが、モノを言うのはコンセンサスなので、どのくらい共通認識のある枠組みなのかは重要です。その視点でいえば「Senticaudata」「Amphilochidea」は WoRMS (Horton et al., 2026) に掲載される水準のコンセンサスを有しており、学術をはじめ様々な場面で採用に足るものです。ただし、この枠組みの採用不採用が議論の土俵に立てるかを左右するようなことはなく、従って積極的に用いる動機はなく、消極的な不使用に至るのは当然の帰着といえそうです。


 政治的背景を抜きにした実用面、「Senticaudata」「Amphilochidea」を採用しにくい理由には以下のものがあります。

  • 従来の体系と互換性に乏しい
  • 亜目の識別点とされる形質に例外がある
  • 系統関係と整合性がない

 Lowry and Myers (2017) の分類体系を支持しない分子系統解析の結果には、Sotka et al. (2016) や Copilaş-Ciocianu et al. (2019)といった例があります。また、形態分類の視点からは d’Udekem d’Acoz & Verheye (2017) という強い批判があり、これに対する反論 (Myers & Lowry, 2018) も問題を認めつつ一定の合理性があるという主張に留まり、立場の違いを鮮明にしただけで根本的な解消には至っていません。

 従来の「ヨコエビ亜目」「ワレカラ亜目」「クラゲノミ亜目」という体系も、必ずしも系統との整合性はありません。むしろ「ワレカラ亜目」において、系統解析の結果を踏まえると「Senticaudata」の中にドロクダムシの仲間と一緒に格納する新体制のほうが、系統との整合性は高いといえます (Ito et al., 2008)。ただ、そういったバランスが全体に行きわたってはおらず、要するに旧体制を上書きするほどの強い説得力があるとはいえないのです。そして純粋な形態分類における中途半端さと、系統分類学との関わりの薄さから、学術的議論の基盤となる共通認識としての価値が生まれず、存在意義に繋がっていないことが伺えます。


 そんな中、仲村ほか(2025)では「敢えて旧3亜目体制に戻す」という手法が採られました。これは一般向け書籍での措置とも読めますが、「Senticaudata」「Amphilochidea」を広く採用する必要が無い、という扱いにも思えます(さすがに分類学の学術誌において旧体制を持ち出すと物言いがつく可能性はあります)。


 では、「Senticaudata」「Amphilochidea」の新体制に本当にメリットは無いのか。

 亜目から上科まで視点を転ずれば、ごく一部の所属不明群を除いて、ヨコエビ全体が秩序の中に置かれているのが特色です。このことで、より細やかに科より上の類似性を表現できます。それぞれの分類単位に収められている下位分類群の数が少なめに抑えられていて、大箱に入っている小箱の数が少ないことが取り回しの良さに繋がっています。これらは、高次分類止めの同定を行う場面で利点になります。Lowry and Myers (2013, 2017) がいずれもOAでリリースされているのも、端脚類の分類の基盤として遍く採用されることを意図しているものと思います。


 使いたい人が使い、そうでない人は見送る。今のところ個々の判断が許されています。

 端脚類全体の分子系統解析が終わるにはかなりの時間がかかりそうですし、そもそも系統を分類と融合しなければならないというのも一つの思想に過ぎませんし、かといってまた形態フェノグラムをやっても同じような結果にしかならない可能性は高く、しばらくは決定打に欠ける状態が続くものと予想されます。

 安定性が求められる分類システムにおいて「10年やそこら」というのは非常に短いスパンと言わざるを得ません。また、時間のかかる分子系統解析を少しずつ進めるにつれ、既存の分類体系と大幅な乖離が明らかになり、またそれを支持する形態形質が開発されるようなことがあれば、4亜目体制は全体を一気に組み替えるのではなく少しずつ崩されていくことになります。そうなると、ただでさえ流動性が高いと見られがちな領域は、更に流動化するリスクが高いといえます。

 亜目~上科の領域は不安定なものと解釈し、比較的安定している目とか科だけを採用するのが賢明な気がします。特に思想が無ければ引き続き、紛争地帯を避けて触らない、という接し方が無難に思えます。



<参考文献>

— Copilaş-Ciocianu, D.; Borko, Š.; Fišer, C. 2019. The late blooming amphipods: Global change promoted post-Jurassic ecological radiation despite Palaeozoic origin. Molecular Phylogenetics and Evolution143: 106664.

— d’Udekem d’Acoz, C.; Verheye, M. L. 2017. Epimeria of the Southern Ocean with notes on their relatives (Crustacea, Amphipoda, Eusiroidea). European Journal of Taxonomy, 359: 1–553.

Horton, T.; Lowry, J.; De Broyer, C.; Bellan-Santini, D.; Copilas-Ciocianu, D.; Corbari, L.; Costello, M.J.; Daneliya, M.; Dauvin, J.-C.; Fišer, C.; Gasca, R.; Grabowski, M.; Guerra-García, J. M.; Hendrycks, E.; Hughes, L.; Jaume, D.; Jazdzewski, K.; Kim, Y.-H.; King, R.; Krapp-Schickel, T.; LeCroy, S.; Lörz, A.-N.; Mamos, T.; Senna, A. R.; Serejo, C.; Souza-Filho, J.F.; Tandberg, A. H.; Thomas, J. D.; Thurston, M.; Vader, W.; Väinölä, R.; Valls Domedel, G.; Vonk, R.; White, K.; Zeidler, W. 2026. World Amphipoda Database. Senticaudata. Accessed through: World Register of Marine Species at: https://www.marinespecies.org/aphia.php?p=taxdetails&id=719424 on 2026-02-13 

Ito A.; Wada H.; Aoki M. N. 2008. Phylogenetic analysis of caprellid and corophioid amphipods (Crustacea) based on the 18S rRNA gene, with special emphasis on the phylogenetic position of Phtisicidae. The University of Chicago Press Journal, 214: 176–183.

Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2013. A phylogeny and classification of the Senticaudata subord. nov.(Crustacea: Amphipoda). Zootaxa, 3610 (1): 1–80.

Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2017. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265 (1): 1–89.

Myers, A. A.; Lowry, J. K. 2018. The Senticaudata, a suborder of the Amphipoda – A commentary on d’Udekem d’Acoz and Verheye (2017). ZooKeys, 730: 149–153. 

仲村康秀・山崎博史・田中隼人(編) 2025.『カラー図解 水の中の小さな美しい生き物たち―小型ベントス・プランクトン百科―』.朝倉書店,東京.384pp. ISBN:978-4-254-17195-2

2026年2月23日月曜日

パンダヨリパンダ(2月度活動報告)

 

 一昨年にパンダメリタヨコエビ昨年ヨリパンダメリタヨコエビが記載されたことは記憶に新しいですが、これらパンダ柄メリタがジャイアントパンダ去りし和歌山県で生体展示されているとのことで、見てきました。



すさみ町立エビとカニの水族館

 実は初訪問となります。白浜の臨海実験所にはお邪魔したことがありますが、この時はパンダは見られず。





 訪れる前、かなりこぢんまりした施設という印象でしたが、実際観てみると物量は相当なものでかなり見応えありました。そしてウミガメとペンギンがいるとは露知らず。他にも甲殻類以外の展示も相当充実していました。

 これだけ細やかな運営ができるのはやはり海水がほぼ掛け流し状態というのもあるでしょう。地震大国においてかなり不安を煽る立地ではあるものの、海辺の水族館はやはり品質が良い。


 さて。


よく見ると標示が一部落下してるようですね

 過去に訪れた様々な端脚生体展示の中でも群を抜いた情報量と質ですね。パンダメリタヨコエビとヨリパンダメリタヨコエビのそれぞれの記載論文でコレスポとなった、広島大学の富川先生が全面監修していて、ヨコエビの特性から記載論文のシステム、メリタヨコエビの研究状況に至るまでとにかく分かりやすい本質情報の洪水です。水圏生物に配慮して周りが暗いので、少しだけ読みにくいのが難点ですが。


パンダメリタヨコエビ Melita panda

ヨリパンダメリタヨコエビ Melita pandina

 まぁ、違うっちゃ違うよね。

 形態学上は第3尾肢外肢に第2節が付加されるかどうか、といった明確な違いがあるものの、肉眼では「ヨリパンダのほうが模様がクッキリ」という違いくらいしかなさそうですね。模様の形状も体躯もほとんど同じ。これは野外での識別は厳しい。というか、仮に水槽の中で混ざっても、ほぼ気づかない気がします。

 交尾前ガードをしている個体もおり、生時の様子がよく分かります。餌を食べている様子が見れなかったのは残念。

 水槽の前で足を止めた年配のご夫妻、奥様が「かわいー」と黄色い声を上げてらっしゃいました。


 同館においては、これら2種の繁殖も狙っているとのこと。大型のメリタヨコエビなので水槽環境との相性は良さそうです。そして何より「横向きに移動する」という特性が、水槽においてあの微小甲殻類の姿を最大限見やすくする効果をもたらしているようです。同じサイズでも水槽底面や側面に対して身体の下部を向けて定位するような生物は、かなり見づらいでしょうから。メリタヨコエビは基質のビーズに沿って水槽の壁に整列していて、時々逆立ちしようよ、とばかり身体をくるりと回したり、オス同士がドツきあったりするものの、基本的には手前の壁沿いでイベントが起こるので、ずっと見てられます。

 今後レギュラーメンバー化するようなことがあれば、世界的にも珍しい「ヨコエビ専用の常設水槽をもつ水族館」となるのではと大いに期待させられます。



磯的環境

 せっかくなのでフィールドにも繰り出してみましょうか。これまでの和歌山での採集は白浜,名草浜と数えるほどで、まだまだ知見が足りません。

 最干潮の2時間前くらいで、あまり干出していません。かろうじて汀線より出ている転石に付着した緑藻や褐藻を洗っても、恐らくフサゲモクズと思われる幼体が多少出てくるだけで、あまり面白くありません。これは仕方ない。

 岩の上に小さなタイドプールがあります。これまで見向きもしてきませんでしたが、網走の経験がここで活きてきます。実はこの微小環境、特異的に棲息するヨコエビがおるのです。


 ツルツルした岩場ですね。数センチの深さの凹みに水が溜まっています。これといって海藻らしい海藻の姿もないタイドプールですが、こんなとこにもヨコエビはいます。


 このカサガイの縁とかクラックの隙間に入っています。模様がよく似てます。

アトモクズ属 Apohyale


 驚かすと、水中を猛スピードで遊泳し、更には水から勢いよく飛び出してジャンプして手が付けられません。とにかく瞬発力が異常に高い。サキモクズ属 Protohyale にはそのような能力はありませんので、普通の洗い出し法でヨコエビを集めるのとは全く違う工夫が必要になります。それでも浅場から海藻を持ち上げてバケツやバットに放り込み、振盪し、水を替え、といった動作を伴う洗い出し法より、こちらは最小限の動きで済むため、粘っていれば形態の検討に必要な何個体か集めることはできます。

 なお、パンダ柄メリタは採れませんでした。



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