2024年12月27日金曜日

2024年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)

 

 今年もヨコエビの新種です。

 

※2017年実績
※2018年実績 
※2019年実績
※2020年実績
※2021年実績
※2022年実績
※2023年実績


  学名に付随する記載者については、基本的に論文中で明言のある場合につけています。

 

New Species of
Gammaridean Amphipods
Described in 2024

(Temporary list)

 

JANUARY 

Limberger, Castiglioni, and Santos (2024)

Hyalella jaboticabensis 

 ブラジルからヒアレラ科 Hyalellidae ヒアレラ属の1新種を記載。本文は有料。




FEB

Patro, Bhoi, Myers, and Sahu (2024)

Parhyale odian 

 インド・チリカ湖からモクズヨコエビ科 Hyalidae ミナミモクズ属の1新種を記載。オゴノリ属に付着するようです。本文は有料。



Mussini, Stepan, and Vargas (2024) 

Hyalella mboitui

Hyalella julia 

 パラグアイからヒアレラ属の2新種を記載。Hyalella mboitui の種小名は現地に伝わるグアラニー神話の7体の伝説の怪物の一つ・ボイトゥーテイに由来し、H. julia はパラグアイの生物多様性研究へ貢献したジュリオ・ラファエル・コントレラス氏への献名とのことです。大顎の形状が生息ニッチの違いを反映しているとの考察がなされています。ヒアレラ属をナミノリソコエビ科に含めていますが、現在のコンセンサスは独立したヒアレラ科に位置づけるべきと思います。本文は無料で読めます。




MARCH

Wang, Sha, and Ren (2024a) 

Stegocephalus carolus

 フクレソコエビ科 Stegocephalidae フクレソコエビ属の1新種を、ニューギニア島の北に位置する海山から記載。本文は無料で読めます。




APRIL

Xin, Zhang, Ali, Zhang, Li, and Hou (2024)

Sarothrogammarus miandamensis

Sarothrogammarus kalamensis 

 パキスタンの淡水域からヨコエビ科 Gammaridae の2新種を記載。本文は有料ですが、アブストにわりと細かな形態の記述があります。



Lee and Min (2024)

Pseudocrangonyx seomjinensis 

Pseudocrangonyx danyangensis

 韓国の河川間隙水的な環境からメクラヨコエビ科 Pseudocrangonyctidae メクラヨコエビ属の2新種を記載。形態の検討に加えて、28S rRNA と COI Mt DNA の解析を実施しているとのこと。本文は有料。



Ariyama and Kodama (2024)

リュウキュウマエアシヨコエビ Protolembos ryukyuensis 

ヘコミマエアシヨコエビ Tethylembos cavatus 

 日本近海よりユンボソコエビ科 Aoridae の2新種を記載。T. japonicus ニッポンマエアシヨコエビの生態写真および線画も掲載。そして、何といっても日本産ユンボソコエビ科34種の検索表が載ってる超有用文献です。本文は有料。



Lörz, Nack, Tandberg, Brix, and Schwentner (2024)

Halirages spongiae

 アイスランドの低温海域において海綿表面から得られたウラシマヨコエビ科 Calliopiidae の1新種を記載。9種の検索表を提供。本文は無料で読めます。



Navarro‑Mayoral, Gouillieux, Fernandez‑Gonzalez, Tuya,  Lecoquierre, Bramanti, Terrana, Espino, Flot, Haroun, and Otero‑Ferrer (2024)

Wollastenothoe minuta Gouillieux & Navarro-Mayoral, 2024

 カナリー諸島の水深60mに自生するサンゴに付着するタテソコエビが、新属新種として記載されました。タテソコエビ科 Stenothoidae の属までの二又式検索表が掲載されていてかなり有用です。本文まで無料で読めます。




MAY

Thacker, Myers, Trivedi, and Mitra (2024)

Parhyale kalinga

Chilikorchesta chiltoni 

Grandidierella rabindranathi 

    インドのチリカ湖から3新種と、ハマトビムシ上科 Talitroidea の1新属を記載。アブストに形態の記述がわりとしっかり記されています。本文は有料。



Ahmed, Kamel, Maher, and Zeina (2024)

Pontocrates longidactylus Ahmed, Kamel, Maher & Zeina, 2024

 エジプトからクチバシソコエビ科 Oedicerotidae ハサミソコエビ属の1新種を記載。投稿時点の既知種6種の2又式検索表を提供しています。2024年12月2日現在、本文は無料で読めます。




JUNE

Kaim-Malka (2024)

Paranamixis fishelsoni 

 地中海からマルハサミヨコエビ科 Leucothoidae タンゲヨコエビ属 Paranamixis の1新種を記載。本属において地中海からの記録は初めてとのことです。半世紀のキャリアをもつレジェンド仏人研究者の独り親方仕事です。本文は有料。



Mirghaffari and Esmaeili-Rineh (2024) 

Niphargus elburzensis 

Niphargus zagrosensis 

 イランから ニファルグス属 Niphargus の2新種を記載。形態と分子を見ています。配列はCOI領域と28S領域を見ているようです。本文は無料で読めます。



Ortiz, Winfield, and Chazaro-Olvera (2024)

Pseudorhachotropis longipalpus

 メキシコ湾水深2,321mの海底からテンロウ科 Eusiridae の新属を記載。本文は有料。



Garcia Gómez, Myers, Avramidi, Grammatiki, Ⅼymperaki, Resaikos, Papatheodoulou, Ⅼouca, Xevgenos, and Küpper (2024)

Pontocrates marmario Garcia Gomez & Myers, 2024

 キプロスからクチバシソコエビ科ハサミソコエビ属の1新種を記載。記載図の大部分を、染色した標本の透過光写真で表現しています。地中海のハサミソコエビ属の検索表を提供。2024年6月25日現在、無料で読めます。



Tandberg and Vader (2024)

Stenula traudlae

 ブリティッシュコロンビアから、クダウミヒドラ科に付着するタテソコエビ科の記載。世界に産する Stenula属 17種 と Metopa属 2種 の検索表を提供しています。2024年8月3日現在無料で読めます。




JULY

Giulianini, De Broyer, Hendrycks, Greco, D’Agostino, Donato, Giglio, Gerdol, Pallavicini, and Manfrin (2024)

Orchomenella rinamontiae 

 南極からタカラソコエビ科 Tryphosidae ツノフトソコエビモドキ属の1新種を記載。COI領域を解析しています。形態の記述において、マイクロCTによって得られた3D画像を”デジタルホロタイプ”とするポテンシャルを提示しています。本文は有料ですが、研究内容を紹介した記事がタダで読めます。



Baytaşoğlu, Aksu, and Özbek (2024)

Gammarus sezgini 

 トルコからヨコエビ科ヨコエビ属の1新種を記載。形態の観察に加えて、COI領域と28S領域の解析を行っています。本文は無料で読めます。



Thacker, Myers, and Trivedi (2024) 

Maera gujaratensis

Quadrimaera okha

 インドのグジャラート州からスンナリヨコエビ科 Maeridae の4属の2新種と2既知種を報告。Coleman method を踏襲したスケッチの出来がイマイチで見栄え云々どころでなく信用性に欠けると思われる部分があるのと、文中において可算名詞が正しく複数形表記されてないといった英文法の誤りがあったり、亜属の括弧がイタリックになっているなど「キホンのキ」に問題があり、読んでいると頭が痛くなります。こういった恥ずかしい論文を世に出さないよう、精進していきたいところです。本文は有料。



Pérez-Schultheiss, Fernández, and Ribeiro (2024)

Atacamorchestia atacamensis

Lafkenorchestia oyarzuni 

 チリーからハマトビムシ科 Talitridae の2新属2新種を記載。また、太平洋南東岸から初めてヒメハマトビムシ属 Platorchestia を報告。本文は有料。



Nascimento and Serejo (2024)

Halicoides campensis 

Halicoides iemanja

 大西洋南西域からミコヨコエビ科 Pardaliscidae の2種を記載。ブラジル沖からの本属の記録は初のとのことです。本文は有料。



Ariyama (2024)

オウギヨコエビモドキ Curidia japonica 

 和歌山から北西太平洋初記録科の1新種を記載。Ochlesidae に オウギヨコエビ科,Curidia に オウギヨコエビモドキ属 との和名を提唱。この科はスベヨコエビ科がシノニマイズされた経緯があります(詳細はこちら。本文は無料で読めます。




AUGUST

SOSA et al. (2024)

Cuniculomaera grata Tandberg & Jażdżewska in SOSA et al. 2024

 ベーリング海から、海底に特徴的な巣穴を作るスンナリヨコエビ科の新属新種を記載。オープンアクセスで、一緒に発見された他の分類群の10もの新種が一緒に記載されています。また、その興味深い生態を解き明かした論文 (Brandt et al. 2023) も今のところ無料で読めます。



Bhoi, Myers, Kumar, and Patro (2024)

Floresorchestia odishi Bhoi, Patro and Myers in Bhoi, Myers, Kumar, and Patro, 2024

 インドのチリカ・ラグーンの潮間帯のオゴノリ属の間から、ハマトビムシ科の新種が記載されたようです。何がとは言いませんが、品質が悪いです。本文は有料です。



Stewart, Bribiesca-Contreras, Weston, Glover, and Horton (2024)

Valettietta synchlys

Valettietta trottarum

 太平洋の4,000m以深の深海域から Valettiopsidae科 の2新種を記載。形態の検討に加え、フトヒゲソコエビ類12属の配列情報を用いた分子系統解析を行っていますが、Alicelloidea(ダイダラボッチ上科?)の単系統性は否定されています。本文は無料で読めます(2024年8月現在)。



Kim, Choi, Kim, Im, and Kim (2024) 

Aoroides gracilicrus

Grandidierella naroensis 

 韓国からユンボソコエビ科の2新種を記載。韓国産ユンボソコエビ科9種の検索表を提供。本文は無料で読めます。



Kodama, Mukaida, Hosoki, Makino, and Azuma (2024)

ナンセイソコエビ Podoceropsis nanseiae 

 鹿児島湾からクダオソコエビ科 Photidae の1新種を記載。Podoceropsis属 に ソコエビモドキ属 との和名を提唱しています。鹿児島大がシンプルなプレリリを出しています。本文は無料で読めます(2024年8月現在)。


Hosein, Zeina, Kawy, ElFeky, and Omar (2024)

Vasco amputatus 

 エジプトの紅海沿岸からヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae の1新種を記載。充実した背景情報の記述と精緻なスケッチ、分布情報まで添えてある作り込まれた論文ですが、あらゆる表記で本種の種小名の1文字目が大文字となっており(既知種においては正常の表記)、大変気味が悪いです。本文は無料で読めます。



Stoch, Knüsel, Zakšek, Alther, Salussolia, Altermatt, Fišer, and Flot (2024) 

Niphargus absconditus

Niphargus tizianoi 

 ルーマニアからニファルグス属の2新種を記載。カルパチア山脈の一角の個体群とアルプスの個体群が N. bihorensis の隠蔽種にあたることを遺伝的手法により確認した研究で、この種のタイプ標本をもとに再記載も行って分類学的混乱の整理を試みています。本文は無料で読めます(2025年2月現在)



SEPTEMBER

Mamaghani-Shishvan, Akmali, Fišer, and EsmaeiliRineh (2024)

Niphargus sahandensis

Niphargus chaldoranensis 

 イランからニファルグス属の2新種を記載。形態とCOI領域の解析を併用しています。本文は無料で読めます(2024年12月現在)



Wang, Sha, and Ren (2024b) 

Phoxirostus longicarpus

Phoxirostus yapensis 

 Laphystiopsidaeというレアな科を太平洋の熱帯域から報告。Phoxirostus属を設立するとともに2種を記載。「頭頂が尖っている」という意味の属名ですが、近縁種を見渡しても突出はそれほど目立ちません。Laphystiopsidae科の4属の検索表を提供。本文まで無料で読めます。



Souza-Filho, Guedes-Silva, and Andrade (2024)

Adeliella debroyeri

Tectovalopsis potiguara

Epimeria colemani

Alexandrella cedrici

 ブラジル北東部のPotiguar海盆から4新種を記載。4種中1種の種小名は地名に由来、3種がヨコエビ界隈の著名な西側研究者(フランスのクロード・ドゥブロワイエ,ベルギーのセドリック・デュデケム・ダコ,ドイツのチャールズ・オリバー・コールマン)に献名されています。本文は有料。



Tomikawa, Yamato, and Ariyama (2024)

パンダメリタヨコエビ Melita panda 

 NHKの特集でスケッチがチラ見せされたり、広大の図書館に原画が展示されたり、じわじわ盛り上がっていたメリタヨコエビ科 Melitidae メリタヨコエビ属の新種がついに記載されました。海外のサイトでも取り上げられていますね。

 そうとしか言いようのない模様から、かねてよりヨコエビストの間で「パンダメリタ」と呼ばれていた集団の一部です。タイプ産地は卓越したジャイアントパンダの繁殖技術をもつ某動物園の近くであるため、これも必然的な帰着の命名といえるでしょう。あまりに出来すぎていることから「人為的にパンダ模様にしたものではないか」という陰謀論さえ飛び交っているようですが、たとえ写真でもジャイアントパンダを見たことがあれば本種の体色が厳密には「パンダ柄」ではなく「逆パンダ柄」であることに気づかないはずはなく、また白浜だけに棲息するものでもないことから、パンダ模様に染められたなどという妄言には一顧だにする価値もないことは言うまでもありません(そういう意味では、狙って白浜産標本をタイプに指定したように思えます)(知らんけど)

 形態的にはカギメリタヨコエビに近いようですが、体色のほかにオスの第1咬脚前節前縁の突出部に大きな特徴があります。また、有山 (2022) に掲載されているパンダ感のある未記載種 Melita sp. 2 とは、第3尾肢外肢の節数で識別が可能です。

 第二著者にメリタヨコエビ類の大家である大和茂之先生が入っており、しばらくヨコエビの記載研究をお休みされていた大和先生の復帰作という点でも非常に話題性のある論文といえます。無料で読めます。




DECEMBER

Copilaş-Ciocianu, Prokin, Esin, Shkil, Zlenko, Markevich, and Sidorov (2024) 

Palearcticarellus hyperboreus Sidorov & Copilaş-Ciocianu, in Copilaş-Ciocianu et al., 2024

Pseudocrangonyx elgygytgynicus Sidorov & 

Copilaş-Ciocianu, in Copilaş-Ciocianu et al., 2024

 ロシアのエリギギトギン湖からマミズヨコエビ科 Crangonyctidae の1新種を記載。ミトコンドリアCOI,核16S,ヒストンH3,18S,28Sの領域を用いてマミズヨコエビ科やメクラヨコエビ科を含む Crangonyctoidea上科(マミズヨコエビ上科?)の系統関係を解析するとともに、地理的イベントとの整合性も示しています。本文は有料。



Weston, González, Escribano, and Ulloa (2024)

ドゥルシベラ・カマンチャカ Dulcibella camanchaca 

 アタカマ海溝からテンロウ科の1新種を記載。新しいタイプの捕食性種ということで、力を入れて生態特性の推定をしています。物見高いサイトが虚飾織り交ぜて取り上げていましたが、本当の研究内容を知りたい場合カラパイアの書き方が一番誤解が少ないと思います。本文は無料で読めます。



Choi and Kim (2024)

Melita aestuarina

 韓国からメリタヨコエビ属の1新種を記載。”シミズメリタヨコエビ”についても韓国から初報告しています。本文は有料。



Stoch, Citoleux, Weber, Salussolia, and Flot (2024)

Niphargus quimperensis 

 ブリュターニュからニファルグス属の1新種を記載。科全体の分子系統解析を行い、Niphargellus属をニファルグス属の新参シノニムとしています。本文は有料。



Labay (2024)

Vonimetopa longimana 

 樺太からタテソコエビ科の1新種を記載。Vonimetopa属6種の二又式検索表を提供。本文は無料で読めます(2024年12月現在)。


 というわけで、54 56 58が記載されたようです。



<参考文献>

Ahmed, Y. S.; Kamel, R. O.: Maher, S.; Zeina, A. F. 2024. New Species of Genus Pontocrates Boeck, 1871 (Amphipoda: Oedicerotidae) from the Red Sea Soft Bottom Substrates, Egypt. Egyptian Journal of Aquatic Biology and Fisheries28(3): 257–267.

Ariyama H. 2024. Curidia japonica sp. nov., the First Species of the Family Ochlesidae from the Northwest Pacific (Crustacea: Amphipoda). Species Diversity29(2): 199–207.

Ariyama H.; Kodama M. 2024. Three species of the family Aoridae Stebbing, 1899 (Crustacea: Amphipoda) collected from remote islands in southern Japan, with a key to all Japanese species of the family. Zootaxa, 5433(4): 500–528.

Baytaşoğlu, H.; Aksu, İ.; Özbek, M. 2024. Gammarus sezgini sp. nov. (Arthropoda, Amphipoda, Gammaridae), a new amphipod species from the Eastern Black Sea region of Türkiye. Zoosystematics and Evolution, 100(3): 989–1004. 

Bhoi, G.; Myers, A. A.; Kumar, R. K.; Patro, S. 2024. A new species of the genus Floresorchestia (Crustacea, Amphipoda, Talitridae) from Chilika Lagoon, east coast of India. Zootaxa, 5493 (5): 590–598.

Choi J.-H.; Kim Y.-H. 2024. A new species of the genus Melita (Crustacea, Amphipoda, Melitidae) and a new record for Melita shimizui from Korean Brackish Waters. Zootaxa, 5551(3): 512–530.

Copilaş-Ciocianu, D.; Prokin, A.; Esin, E.; Shkil, F.; Zlenko, D.; Markevich, G.; Sidorov, D. 2024. The subarctic ancient Lake El’gygytgyn harbours the world’s northernmost ‘limnostygon communityʼ and reshuffles crangonyctoid systematics (Crustacea, Amphipoda). Invertebrate Systematics, 38: IS24001. 

Do Nascimento, P. S.; Serejo, C. S. 2024. New findings of the family Pardaliscidae from the southwestern Atlantic: the genus Halicoides Walker, 1896. Zootaxa, 5481(5): 501–519.

Garcia Gómez, S. C.; Myers, A. A.; Avramidi, E.; Grammatiki, K.; Ⅼymperaki, M. M.; Resaikos, V.; Papatheodoulou, M.; Ⅼouca, V.; Xevgenos, D.; Küpper, F. 2024. A new species of Pontocrates Boeck, 1871 (Crustacea, Amphipoda, Oedicerotidae) from Cyprus. Zootaxa5474(1): 59–67.

Giulianini, P. G.; De Broyer, C.; Hendrycks, E. A.; Greco, S.; D’Agostino, E.; Donato, S.; Giglio, A.; Gerdol, M.; Pallavicini, A.; Manfrin, C. 2024. A new Antarctic species of Orchomenella G.O. Sars, 1890 (Amphipoda: Lysianassoidea: Tryphosidae): is phase-contrast micro-tomography a mature technique for digital holotypes? Zoological Journal of the Linnean Society, 201(3): zlae075. 

Hosein, S. G.; Zeina, A. F.; Soheir Abdel Kawy, S. A.; ElFeky, F. A.; Omar, N. R. 2024. A New Species of Vasco, Barnard and Drummond (1978) (Amphipoda:Phoxocephalidae) from the Egyptian Red Sea Coast. Egyptian Journal of Aquatic Biology & Fisheries, 28(4): 1643–1654.

Kaim-Malka, R. M. 2024. A new species of the family Leucothoidae (Crustacea, Amphipoda) from the Mediterranean Sea, Paranamixis fishelsoni sp. nov. Zootaxa, 5463(3): 441-450.

— Kodama M.; Mukaida Y.; Hosoki T. K.; Makino F.; Azuma T. 2024. A new species of the genus Podoceropsis Boeck, 1861 (Crustacea: Amphipoda: Photidae) from Kagoshima Bay, Japan. Plankton & Benthos Research19(3): 141–152.

Labay, V. S. 2024. Vonimetopa longimana sp.n. (Crustacea: Amphipoda: Stenothoidae), a new amphipod species from the Russian coasts of the Sea of Japan. Arthropoda Selecta, 33(4): 527–535.

— Lee C.-W.; Min G.-S. 2024. Two new species of Pseudocrangonyx (Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from the hyporheic zones in South Korea. Zootaxa5433(2): 249–265.

— Limberger, M.; Castiglioni, D. S.; Santos, S. 2024. Description of one species of freshwater amphipod Hyalella (Crustacea, Peracarida, Hyalellidae) from the northwest region of the state of Rio Grande do Sul, Southern Brazil. Zootaxa, 5403(3): 331–345.

Lörz, A.-N.; Nack, M.; Tandberg, A.-H.S.; Brix, S.; Schwentner, M. 2024. A new deep-sea species of Halirages Boeck, 1871  (Crustacea: Amphipoda: Calliopiidae) inhabiting sponges. European Journal of Taxonomy930: 53–78.

Mamaghani-Shishvan, M.; Akmali, V.; Fišer, C.; EsmaeiliRineh, S. 2024. Two New Species of Stygobiotic Amphipod Niphargus (Amphipoda: Niphargidae) and their Phylogenetic Relationship with Other Congeners from Iran. Zoological Studies, 63:e23.

Mirghaffari, S. A.; Esmaeili-Rineh, S. 2024. Two new species of groundwater-inhabiting amphipods belonging to the genus Niphargus (Arthropoda, Crustacea), from Iran. Zoosystematics and Evolution, 100(2): 721–738. 

Mussini, G.; Stepan, N. D.; Vargas, G. 2024. Two new species of Hyalella (Amphipoda, Dogielinotidae) from the Humid Chaco ecoregion of Paraguay. ZooKeys, 1191: 105–127.

Navarro‑Mayoral, S; Gouillieux, B.; Fernandez‑Gonzalez, V.; Tuya, F.; Lecoquierre, N.; Bramanti, L.; Terrana, L.; Espino, F.; Flot, J.-F.; Haroun, R.; Otero‑Ferrer, F. 2024. “Hidden” biodiversity: a new amphipod genus dominates epifauna in association with a mesophotic black coral forest. Coral Reefs

Ortiz, M.; Winfield, I.; Chazaro-Olvera, S. 2024. A new genus and species of Eusiridae (Crustacea, Amphipoda, Amphilochidea) from bathyal sediments off the southwestern Gulf of Mexico. Zootaxa, 5468(3): 569–580.

Patro, S.; Bhoi, G.; Myers, A. A.; Sahu, S. 2024. A new species of amphipod of the genus Parhyale Stebbing, 1897 from Chilika Lagoon, India. Zootaxa, 5410(3): 376–383.

Pérez-Schultheiss, J.; Fernández, L. D.; Ribeiro, F. B. 2024. Two new genera of coastal Talitridae (Amphipoda: Senticaudata) from Chile, with the first record of Platorchestia Bousfield, 1982 in the southeastern Pacific coast. Zootaxa, 5477(2): 195–218.

SOSA; Brandt, A.;, Chen, C.; Engel, L.; Esquete, P.; Horton, T.; Jażdżewska, A. M.; Johannsen, N.; Kaiser, S.; Kihara, T. C.; Knauber, H.; Kniesz, K.; Landschoff, J.; Lörz A.-N.; Machado, F. M.; Martínez-Muñoz, C. A.; Riehl, T.; Serpell-Stevens, A.; Sigwart, J. D.; Tandber,g A. H. S.; Tato, R.; Tsuda M.; Vončina, K.; Watanabe H. K.; Wenz, C.; Williams, J. D. 2024. Ocean Species Discoveries 1–12 — A primer for accelerating marine invertebrate taxonomy. Biodiversity Data Journal, 12: e128431. 

Souza-Filho, J. F.; Guedes-Silva, E.; Andrade, L. F. 2024. Four new species and two new records of deep-sea Amphipoda (Crustacea: Peracarida) from Potiguar Basin, north-eastern Brazil. Journal of Natural History, 58(41–44): 1615–1655.

Stewart, E. C. D.; Bribiesca-Contreras, G.; Weston, J. N. J.; Glover, A. G.; Horton, T. 2024. Biogeography and phylogeny of the scavenging amphipod genus Valettietta (Amphipoda: Alicelloidea), with descriptions of two new species from the abyssal Pacific Ocean. Zoological Journal of the Linnean Society, 201, zlae102.

Stoch, F.; Citoleux, J.; Weber, D.; Salussolia, A.; Flot, J.-F. 2024. New insights into the origin and phylogeny of Niphargidae (Crustacea: Amphipoda), with description of a new species and synonymization of the genus Niphargellus with Niphargus, Zoological Journal of the Linnean Society, 202(4). zlae154. 

Stoch, F.; Knüsel, M.; Zakšek, V.; Alther, R.; Salussolia, A.; Altermatt, F.; Fišer, C.; Flot, J.-F. 2024. Integrative taxonomy of the groundwater amphipod Niphargus bihorensis Schellenberg, 1940 reveals a species-rich clade. Contributions to Zoology, 93(4): 371–395.

Tandberg, A. N. S.; Vader, W. 2024. Description of a new species of Stenula Barnard, 1962 (Amphipoda: Stenothoidae) from British Columbia, Canada associated with Bouillonia sp. (Cnidaria: Hydrozoa: Tubulariidae), with a key to the world species of StenulaJournal of Crustacean Biology, 44, ruae036.

Thacker, D.; Myers, A. A. Trivedi, J. N. 2024. On a small collection of Maeridae Krapp-Schickel, 2008 (Crustacea: Amphipoda) from Gujarat, India. Zootaxa, 5474(5): 563–583.

Thacker, D.; Myers, A. A.; Trivedi, J. N.; Mitra, S. 2024. On a small collection of amphipods (Crustacea, Amphipoda) from Chilika Lake with the description of three new species and a new genus. Zootaxa, 5446(3): 383-404.

Tomikawa K.; Yamato S.; Ariyama H. 2024. Melita panda, a new species of Melitidae (Crustacea, Amphipoda) from Japan. ZooKeys, 1212: 267–283. 

Wang Y.; Sha Z.; Ren X. 2024a. One new species of Stegocephalus Krøyer, 1842 (Amphipoda, Stegocephalidae) described from a seamount of the Caroline Plate, NW Pacific. ZooKeys, 1195: 121–130. 

—  Wang Y.; Sha Z.; Ren X. 2024b. Taxonomic exploration of rare amphipods: A new genus and two new species (Amphipoda, Iphimedioidea, Laphystiopsidae) described from seamounts in the Western Pacific. Diversity, 16(9): 564pp. 

Weston, J. N. J.; González, C. E.; Escribano, R.; Ulloa, O. 2024. A new large predator (Amphipoda, Eusiridae) hidden at hadal depths of the Atacama Trench. Systematics and Biodiversity, 22:1, 2416430. 

Xin W.; Zhang C.; Ali, A.; Zhang X.; Li S.; Hou Z. 2024. Two new species of Sarothrogammarus (Crustacea, Amphipoda) from Swat Valley, Pakistan, Zootaxa, 5432(4): 509–534.


<その他参考文献>

有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』.海文堂,東京.160頁.ISBN 9784303800611.

Brandt, A.; Chen, C.; Tandberg, A. H. S.; Miguez-Salas, O.; Sigwart, J. D. 2023. Complex sublinear burrows in the deep sea may be constructed by amphipods. Ecology and Evolution, 13: e9867. 


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<補遺>28-xii-2024

— Copilaş-Ciocianu, Prokin, Esin, Shkil, Zlenko, Markevich, Sidorov (2024) を追加


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<補遺2>17-ii-2025

— Stoch, Knüsel, Zakšek, Alther, Salussolia, Altermatt, Fišer, and Flot (2024) を追加 

2024年11月17日日曜日

書籍紹介『タイムカプセルの開き方』(11月度活動報告)

 

 9月、10月は活動が滞っておりました。否、活動しすぎたのかもしれません。いずれご報告できればと思います。

 今扱っているサンプルの分子系統解析をお願いすることになった共同研究者から、出版されたばかりのホットな書籍を紹介してもらったのですぐポチりました。


『種生物学シリーズ タイムカプセルの開き方 博物館標本が紬ぐ生物多様性の過去・現在・未来』(以下、種生物学会 2024)を読む


 種生物学会 (2024) は、複数の著者が寄稿した論文集のような構成となっています。それぞれの記事はタイトルに非常にマッチしていて、一言で言うならば、博物館標本を扱う分子生物学研究の最前線について書かれた書籍です。

 ちなみにヨコエビは出てきませんが、個人的に親交のある方が書いた文献が思わぬところでちらほら引用されていたりして、ニヤリとしました。


 第1部は、超並列シーケンサー(所謂”次世代シーケンサー”)という新技術が、DNA解析の効率向上のみならず、分子生物学研究の在り方まで変えていく過程を多角的に述べたセクションといえます。

 近年流行りの「研究者の人柄が分かるエッセイ」として読むこともできますが、どの記事も問題意識・課題と研究手法(短いDNA断片を解析する技術)、研究対象(博物館標本)が結びつく過程が鮮やかに描かれており、研究者を志す若者に大きな示唆を与えるものと思います。


 第2部は、具体的な研究事例や手法を掘り下げていく構成になっています。

 基礎知識や具体的な手技の工夫だけでなく、解析サンプルとして博物館標本を用いる場合やそういった依頼を受けた場合の注意点がチェックリスト化されているなど、面倒見の良さが目立ちます。また、有用なサイトを紹介する記事があるのも特色といえるでしょう。ちなみに最近、BHLは画像管理の委託先へのサイバー攻撃により画像表示ができなくなり、種生物学会 (2024) に示されたような真価を発揮できない状態でしたが、今は少しずつ復旧しているようです。


 同位体分析の事例紹介もありますが、全体的にほぼ「博物館標本からいかに遺伝物質を取り出し、その劣化した遺伝物質からいかに情報を引き出すか」という話題で統一されています。タイトル通り、分子生物学が標本の外見からは分からない情報を巧みに引き出し、時計を巻き戻すように研究対象の過去を解き明かしていきます。分類群やアプローチの違いで、三者三様の新鮮な味わいがあります。


 私がしつこく有用性を宣伝しているプロピレングリコール液浸標本も、その先駆的分類群である昆虫のセクションで登場します。

 昆虫の場合、酢酸エチルなどの化学物質を使って〆ることが多く、また虫害を防ぐため標本庫の燻蒸はつきものです。しかし、こういった薬剤がDNAの断片化を引き起こし、解析の効率を低下させる可能性があるようです。乾燥標本としたチョウの中脚においてDNAが残っているといえるのはせいぜい30年とのことですが、肉食性の種は自己消化により断片化が促進されるなど、グループにより違いがあるようです(第3章)。チョウは食植性かつ薬品を使わず〆るため、特にDNA損傷リスクの小さいグループといえるでしょう。

 ヨコエビの場合、安楽死にはしばしば”凍てつく愛の監獄”(ラヴ・プリズン:小原, 2016)が用いられますが、これは恐らくDNAへの影響が最も少ない方法の一つです。しかもすぐ固定液中に密栓浸漬するため「虫も食わない」状態となり、生物の遺骸が空気中に露出している乾燥標本のように虫害や燻蒸による損傷リスクもありません。固定液も酵素の不活化を狙っているため、肉食性種特有のDNA損傷も恐らく防げます。別の要因での劣化は避けられないにせよ、標本作製や管理の工程そのものにDNAに有害なプロセスを含まないというのはアドバンテージな気がします。また同じプロピレングリコール液浸標本でも、昆虫は現状としてエッペンドルフチューブ的なディスポーザブルな使途を想定された樹脂製容器を用いる手法なのに対して、甲殻類やクモなど昆虫と同じ門で同じようなサイズ感の生物で全身を液浸標本にする場合は、長期保管が考慮されたガラス瓶を用います。こういった面からも、昆虫に適合したプロピレングリコール液浸手法というのは、アルコール液浸で管理されてきた節足動物標本において昆虫を上回る保存性を有するのではと思います。

 なお、種生物学会 (2024) にはありませんが、液浸標本には保存液の揮発や瓶の破損といったリスクのほか、紫外線や単純な経時劣化による遺伝物質の変質なども課題となると思います。こういった話題も今後文献上で議論されたりこういった書籍にまとめてくれると有難いと思います。


 特に印象深かったのは、DNAバーコードリファレンスの信頼性に言及した記事。博物館標本はその実物が永続的に管理・保管されており、専門家が分類に関わっているため、そこから配列情報を得て紐づけできれば極めて理想的なリファレンスが取得できるというのです。

 裏を返せば、そうではないリファレンスがどのようなものか、考えてしまいます。そもそも高精度に種同定ができるほど形態分類に造詣が深ければ形態分類の特性を理解しているはずで、実物もスケッチも残さずサンプルの廃棄なんてできるはずないという想像はつくところです。つまり、悪く言えば、標本や文献等を指定しない配列データや、文献の指定があっても形態形質の検討過程の透明性や追証性の担保に不足のある場合は、素人のなんちゃって同定の可能性があるわけです。

 劣化し短断片となったDNAまで分析できる超並列シーケンサーなどの技術は非常にパワフルで、使いこなせればあらゆる疑問や課題を解決できるポテンシャルがありますが、それはあくまで現状の分類体系との整合性を整理した上での話であって、翻せばその既存の分類体系こそ(原則論として)博物館等の収蔵施設が維持を担ってきた標本が核となって積み上げてきたものであり、博物館標本に触れることは分子生物学の命題に迫る側面もある気がします。博物館標本の活用は、分子生物学のサンプルの一つの選択肢ではなく、既存の生物学の基盤たる分類体系をDNA解析の世界に導入する、重要な架け橋といえるのではないでしょうか。種生物学会 (2024) は、そういった根源的な部分を改めて考えるきっかけとなりました。



参考文献


2024年8月29日木曜日

液浸標本の運搬方法(2024年8月度活動報告)

 本稿の内容は一定範囲で独自に調査した結果を掲載したものであり、安全性や法的妥当性を保障するものではありません。筆者は、本稿の内容に基づく行動により生じたありとあらゆる結果に、一切の責任を負わないものとします。また、コメントやメール等での個別の問い合わせには一切応じられません。これらにご同意いただけた方のみお読みください。 

 

 以前(2021年1月)、動物分類学のメーリングリスト上で海外への標本輸送に関する意見交換がされていました。

 従来、危険物を含む液浸標本は航空便で郵送できなかったので、船便が使われていました。しかしとうとう船でも送れなくなり、これからどうする?という話題でした。新ルールになってから、基準をクリアしても「疑いがある」という理由で窓口で弾かれるという証言もありました。


 これは、主に 70vol% ~ 99% のエタノールを使った液浸標本(以下、高濃度アルコール液浸標本)を扱うヨコエビストにとって一大事です。引火性液体でない保存液に切り替えるとしても、ホルマリンは別の危険物に該当しますし、そもそも在野研究者はホルマリンを使えません。かといって、形態分類に用いるのであれば乾燥標本などもってのほかです。しかも、このメーリス上で明確な答えは示されず…。


 ではどうすれば?というわけで、必ずしも時系列になっていませんが、件のメーリス以降に収集した情報や実際に試した方法などをご紹介します。


海外への送付

国際郵便事情'22:エタノールは送れるか?



国際航空運送協会の危険物規則書および特別規定A180

 船便への規制を受けて、海外郵便の最新事情を解説してくれた人がいました。

液浸標本を海外に郵送する方法 〜 IATA 特別規定 A180 〜 (tamagaro.net)

 この IATA(The International Air Transport Association:国際航空運送協会)というのは業界団体です。なぜ民間組織の規定が重要なのか、以下に整理してみます。

 国連の主要機関 ECOSOC(Economic and Social Council:経済社会理事会の傘下に、ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関という専門機関があります。この ICAO が定める指針に従い、IATAは毎年 DGR (Dangerous Goods Regulations:危険物規則書) を更新しているそうです。民間組織とはいえ、かなり確かな筋から発信を行っていることが窺えます。 この危険物規則書は年次の改訂部分のみウェブサイトから閲覧できますが、全文は冊子あるいはPDFを購入しないと読めません。いずれも 300ドル以上するので、入手は諦めてこのブログの記述に全乗っかりすることにします。このセクションは孫引き満載の旨、予めご了承ください。

 さて、この危険物規則書においてエタノールは区分3:RFL(Flammable Liquid)に該当するようです。要するに、エタノールを含む液浸標本は引火性の航空危険物であり、原則的に海を越えられないことになります。危険物規則書に示された航空危険物は、民間組織の枠を超えて万国共通の郵便禁制品に組み込まれるなど、航空貨物輸送において重要な位置を占めています。

 ただし「特別規定」なるものが存在し、危険物規則書に示された品目であっても、一定の条件を満たせば航空危険物から除外できるようです。その一つが含有率で、例えばエタノールは「24vol% 以下のもの」は特別規定144により除外されるそうです。

 また、この含有率を越えていても以下の条件を満たせば除外できるとのことで、これが特別規定A180らしいです。

  • プラスチックかガラスの瓶に入った液浸標本で、特定の保存液に浸漬されたもの
  • 瓶の中の自由液体は 30mL 未満
  • 瓶を入れた第1のプラスチック袋をヒートシールにより密封
  • 第1のプラスチック袋を吸収剤とともに第2のプラスチック袋へ入れてヒートシールにより密封
  • 第2のプラスチック袋を緩衝材とともに頑丈な密閉容器に収納

 対象となる保存液は以下の国連番号で示されるものだけらしく、それ以外に特別規定A180の恩恵はないようです。

  • 国連番号1170 エタノール又はその溶液(アルコールの含有率が24容量%以下の水溶液を除く。)[エチルアルコール][アルコール][変性アルコール][工業用アルコール]
  • 国連番号1198 ホルムアルデヒド(水溶液)[ホルマリン][ギ酸アルデヒド]
  • 国連番号1987 アルコール類(他に品名が明示されているものを除く。)
  • 国連番号1219 イソプロパノール[イソプロピルアルコール][2-プロパノール]

 この国連番号というのは、ECOSOC(経済社会理事会)が定めたTDG(United Nations Recommendations on the Transport of Dangerous Goods :国連危険物輸送に関する勧告の中の危険物輸送モデル規則第3.2章に示されたもので、航空のみならずその他の経路による輸送も含めた国際的な取り決めの根幹をなすものらしいです。

 字面からすると国連番号1987には1価以外のアルコール(プロピレングリコールやグリセリン)が含まれる気配がないでもありませんが、詳細を確認するとどうやらこの「アルコール」は引火性液体のみを指しているらしいので、プロピレングリコールやグリセリンはそもそも航空危険物ではないみたいです。



 我らが KDM先生も、海外への発送方法について日本郵便へ詳細に問い合わせを行っています。

Masafumi KODAMA on Twitter: "【備忘録】高濃度エタノール液浸標本を海外に発送する場合の話 要点1:IATA A180の方法では国際郵便約款の「航空危険物」には該当しないが、郵便法の「郵便禁制品」に該当するのでダメ 要点2:高濃度エタ小瓶をさらに真水を満たした大容器に厳封すれば、航空危険物にも郵便禁制品にも該当しないのでOK" / Twitter (archive.md)

 特別規制A180をクリアした上で、日本郵便の約款や法令を遵守する必要があるとのことです。


国際郵便約款

 日本郵便が定める国際郵便約款の文言はウェブサイトで全文無料公開されています。やったぜ。該当するのは以下の通りです(2024年8月現在)

(11) 液体の物質を送付する場合 

ア 第一の容器は、不漏出性のものとし、1リットルを超える液体の物質を包有しないこと。 

イ 第二の包装は、不漏出性のものとすること。 

ウ 二以上の第一の容器を単一の第二の包装に入れる場合には、第一の容器は、一個ごとに包装するか又はそれらが接触しないよう離して入れること。 

エ 吸収性の材料を第一の容器と第二の包装との間に入れること。この吸収性の材料は、液体の物質の漏洩により、緩衝材又は外部の包装を変質させないよう第一の容器の内容品全体を吸収する十分な量とすること。 

オ 第一の容器又は第二の包装は、不漏出性を失うことなく、95キロパスカル(0.95バール)の内圧に耐えることができるものであること。 

カ 外装の総容量が、4リットルを超えないこと(ただし、その容量には、内容品の見本を冷却するために使用される氷又はドライアイスは含まれません。)。 

 さらに「別記2 ガラス製品その他壊れやすい物品、液体又は液化しやすい物品等を差し出す場合の特別な包装」という表には、「液体又は液化しやすい物品」について「漏出を完全に防止する容器に入れ、破損した場合に液体を吸収するよう適当な保護材を詰めた堅固な箱に入れること。箱のふたは、容易に離れないように取り付けること。」とあります。

 密閉容器の具体的な強度等を除き、特別規制A180を遵守することで自ずと国際郵便約款をクリアできそうです。



郵便禁制品

 国際郵便と内国郵便とで微妙に異なり、また国際郵便においても万国郵便条約に基づく「万国禁制品」万国郵便条約第二部第一章第十五条3)と各国が独自で定めたもの(日本では郵便法第十二条とがあるようです。

 日本独自の国際郵便禁制品について条文や附則上には具体的な記述を確認できないものの、日本郵便のウェブサイトにはそれらしいページがありました。

 また、これは万国禁制品を含めた包括的なもののようですが、引火性液体カテゴリの具体的な条件も載っていました(2024年8月現在)

3) 引火性液体

(1) 密閉容器テストの場合は摂氏60度(華氏140度)以下、開放容器テストの場合は摂氏65.6度(華氏150度)以下で引火性蒸気を発生させる液体、液体混合物、又は溶液若しくは懸濁液の形で固体を含む液体(例えば、塗料、ワニス、ラッカー等が含まれる。ただし、その危険の性質により別に分類される物質は含まない。)。上記の温度は、一般に引火点と呼ばれる。

(2) (1)に掲げる液体のうち、引火点が摂氏35度(華氏95度)を超えるものは、以下に該当する場合には、引火性液体とみなす必要はない。

  3の物質の可燃性を試験する方法を用いても、燃焼しない場合

  ISO2592に基づく燃焼点が摂氏100度(華氏212度)を超える場合

  水の含有量が重量で90パーセントを超える混和性溶液の場合

(3) それぞれの引火点又は引火点を超える温度で運送される液体は、すべて引火性液体とみなす。

(4) 液体の状態で、高い温度で運送され、最高の運送温度(その物質が運送中にさらされると思われる最高温度)又はこれを下回る温度で引火性蒸気を発生させる物質は、また、引火性液体とみなす。

(5) [例]ベンゼン、ガソリン、アルコール、引火性溶剤及び合成洗浄剤、引火性塗料、引火性ワニス、剥離剤、シンナー

 エタノールの引火点は 4wt% でやっと 62℃ 程度とされており、高濃度アルコール液浸標本においては到底「引火点 60℃」を越える状態は実現できません。

 ただ、これは引火性液体全般の規定で、アルコール飲料としては24度(=24vol%=19.61wt%)を下回ることで許される仕組みになっているようです。度数の基準をクリアした国際郵便には「Not Restricted, as per Special Provision A58」、引火点と度数の両方をクリアした場合は「Not Restricted」と表書きしておくと、手続きがスムーズとのことです。この A58 も国際航空運送協会特別規定のようですが、液浸標本に適用する場面はなさそうです。



消防法

 エタノールは1価アルコール類なので、消防法第二条七項表1における「危険物第4類引火性液体アルコール類」に該当します。

 このカテゴリは貯蔵において「指定数量」を超えると諸々の規制対象となりますが、運搬においては指定数量に関係なく遵守されるべき梱包基準があるようです。

 それに照らせば、以下の通りになるようです。

  • 内装:高濃度アルコール液浸標本に用いられる瓶(第一の密閉容器)はたいていガラスプラスチックなので、5L までは問題なさそうです。
  • 外装プラスチックが定められているため、例えば紙袋や段ボールは規定外ということになります。「特別規制A180・国際郵便約款・郵便法・消防法準拠の梱包方法」でいえば、瓶を「第二の密閉容器」に格納する際にプラスチックを選定するのが、この規定への対応ということになりそうです。



梱包の一例

 このたび海外へ液浸標本を発送することになり、受け取り側の研究者へ改めて問い合わせて詳細な指示をもらいましたが(2024年4月)、概ね以下のような方法でした(適宜省略・改変しています)

  1. ラベリングした小瓶にエタノールとともに標本を入れる。
  2. 小瓶を適当な吸収材に包み、密閉できる容器に格納する。
  3. 密閉容器を、内容物のメモとともに外箱へ入れる。
  4. 内容物のメモの複写を外装へ貼り付けたうえで、「科学研究のための保存処理済生物遺骸標本」と表書きする。


瓶をユ●パックに入れたうえで、キ〇タオルに包んだ例。
摺切容量 37.5mL の No.4 規格瓶(第一の密閉容器)は、8分目が 30mL になるので、
液体は 5分目まで入れています。
「第二の密閉容器」はダ■ソーのパッキン付きプラスチック製弁当箱です。

 

図にするとこんな感じですね

 船便でのエタノール輸送が OK だった時代、このような構造にして米国へ液浸標本を送ったことがあります。無事届きました。



国際郵便事情'24:非1価アルコールは送れるか?

 ところが…

 最寄りの郵便局へ国際小包を持ち込んだところ(2024年8月)、以下のような理由で謝絶となりました。

  • 高濃度エタノールを真水に厳密して一つにしたとて、これがアルコール24vol% 以下であることを SDS(安全データシート)などの書面で証明できないといけない(確かにそれはそう)
  • アルコール飲料でない場合、引火点が 60℃ を上回る等、郵便禁制品の規定に引っ掛からないことを書面で証明せねばならない。
  • グリセリン類は全てダメ。
  • プロピレングリコールは専門部署がSDSを個別審査する必要あり。

※グリセリンおよびプロピレングリコールの液浸標本の特徴についてはこちら


 先のブログにもありましたが、液浸標本というマニアックなジャンルにおいて日本郵便から統一見解が示されることはまず期待できないため、窓口から得られるのは個々の解釈に依る非統一見解といえます。郵便局あるいはスタッフによっては、より厳格、あるいは緩い結論が出される可能性があります。マニアックである以上、甘受せざるを得ないでしょう。

 また、IATA航空危険物や特別規定が郵便局に参照されているとはいえ、原則論として両者は異なる指揮系統にあるはずで、IATA の基準がそのまま郵便局に適用できないという点は改めて意識すべきかもしれません。

 それはそうと、国際郵便の伝票は 2024年3月1日からウェブ作成に一元化されてましたね。国際郵便約款も、直近では 2024年5月5日に改正されています。過去の実績や問い合わせ内容が通用すると思っていましたが、状況は刻一刻と変化していると考えたほうがよさそうです。



(私見)プロピレングリコールのどこがダメ?

 国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号に記載がないので航空危険物ではなく、また引火点が 98℃ 周辺という点で万国共通の郵便禁制品の基準もクリアしています。よって、通常は申告対象とは考えないと思います。

 メーカや用途が異なるプロピレングリコールの SDS を比較すると、有効数字が違うほか、濃度が 95% 以上だったり 100% 以下だったりというブレがあるようです。これにより引火点が変動すると思われますが、そもそも 99% 以上の濃度において引火点が既に 100℃ 付近にあるため、濃度が下がるにつれ更に 60℃ から遠のいていき、ボーダーを争う展開にはなりえません。よって、SDS は引火性の判断に使われないと考えられます。

 ならば、引火性より税関関係、例えば輸出貿易管理令のいわゆる「キャッチオール規制」などに関係しているのかもしれません。「審査基準は非公開」と言われたので猶更意味深です。標本のやりとりは「贈物」扱いなので輸出入という考えはありませんでしたが。

 AGCのウェブサイトでは、プロピレングリコールの製品規格に「飼料添加物」「医薬部外品原料規格」「一般工業用」「食品添加物」「日本薬局方」の5区分があり、それぞれ内容が異なります。特に食添グレードの場合は消費税に軽減税率が適用されるわけですが、こういった法律上の差が輸出に関わりそうな雰囲気を感じます。ダウ・ケミカルのウェブサイトでも、「USP/EP」「Industrial Grade」などのグレードごとに SDS が掲載されており、やはり内容は微妙に異なります。こういった位置づけの違いが、審査の対象となっているのでしょうか。



(私見)グリセリンのどこがダメ?

 引火点はプロピレングリコールより更に高い 176℃ 周辺なので、こちらもホームページの記載などから申告の必要性を読み取ることはできません。

 グリセリンの製法には植物のほか動物原料を使用する場合もあるようで、動物由来の加工品への輸出規制絡みでしょうか。まぁそれを言ってしまうと、標本そのものが動物じゃないかという話にはなってきますが。あるいは、窓口担当の物言いにはニトログリセリンとグリセリンを一緒にしている雰囲気があったので、そのへんとも関係があるのでしょうか。



プロピレングリコールを送ってみる

 プロピレングリコールに賭けるしかなさそうなので、SDSをゲットすることにします。

 ネット上をざっと探しただけで、10件以上ヒットしました。しかし、実際に標本作製に使用しているメーカのものは見つかりません。手当たり次第にダウンロードした SDS に紐づいている商品をネットショッピングで購入できるか調べたところ、唯一、前述の旭硝子製食添グレードがヒットしました。一般向けネットショッピングで購入でき、かつ企業のウェブサイトから自由に SDS をダウンロードできるのは、調べた限りではこれだけのようです。

 結局、既に購入して使っていたプロピレングリコールのメーカに個別に問い合わせて送ってもらいました。ありがとう。よく見たら MSDS だけど(SDSは2012年から導入された名称)


 1週間後…。

 再度窓口に持ち込んでみると、やはり中身に関する質問は概ねウェブサイトの項目に基づいていて、プロピレングリコールが審査対象になるとは到底思えません。そのまま受領・会計の流れになったのでストップをかけて、MSDS を出しました。

 「公式サイトを読んでも、窓口で聞かれたことに答えても、審査対象と気づけないのは大丈夫なのか」「このままチェックをすり抜けて送付された場合どうなるのか」と窓口担当に聞いてみましたが「局の職員は化学物質の素人なので万全なチェックは不可能(それはそう)」「専門部署において何らかの理由で荷物が差し戻しになっても運賃が返ってこないので、自主的に申告すべき(それでも払い戻されるとは限らない)と言われました。要するに「自分で瓶詰めする(製品まるごとでない)ものを送る場合、何らかの疑義がある前提で自主的に相談すべき」ということでしょう。ここまで教えてもらえただけで、次からだいぶ違う気がします。


 5日後…。

 どうやら無事に届いたようです。

 こんな感じのスケジュールでしたね。これに関してはケースバイケースにも程がありますが、備忘録として。

  • 1日目:地元郵便局受付
  • 2日目:中継局を経由
  • 3日目:国際交換局受付・同発送
  • 4日目:相手国の国際交換局到着・税関へ提示
  • 6日目:配達開始・完了

 ちなみに…荷物に添付したプロピレングリコールの MSDS は、SDS への移行が行われておらず、しかも記載の住所は公式サイトやラベルと異なっている古いものでした。適切な更新が行われていないので、見る人が見れば NG でしょう。ただ、大手でないメーカは SDS を更新する体力がなかったりするのか、10年以上前の MSDS を現役で運用しているところは時々見かけます。郵便局が見ているポイントはそこではなかった、ということでしょう。



国際郵便以外の手段

 国際郵便がうまくいかなくとも、どうやら民間の輸送会社という選択肢があるようです(以下、2024年8月現在)。各社のウェブサイトを覗いてみましたが、約款が公開されてるわけではなかったりして、完全に個別問い合わせとなりそうです。

  • DHL Express:危険物に対応したサービスがあるという噂を聞きましたが、サイトの記述からは分かりませんでした。問い合わせる価値はあるでしょう。
  • FedEx:会社そのものより、個人的にはトム・ハンクス主演の某映画の印象が強いですね。リチウム電池や医療物流を強みとしているようで、危険物に対応可能な雰囲気がありますが、サイトからは読み取れませんでした。
  • ポチロジ:追加料金を支払うことで「航空危険物」を受け付けてくれるらしいです。高濃度アルコール液浸標本が該当するかは不明。

 なお、ヤマト運輸の国際宅急便は「酒類」が軒並み謝絶とのことで、高濃度アルコール液浸標本に希望はなさそうです。グリセリンやプロピレングリコールは分かりません。佐川急便の飛脚国際宅配便は「引火性の物」を取り扱いできないとのことですが、引火点をクリアすれば希望があるような雰囲気はあります。また、日本通運にドアツードア国際輸送サービスという個人向けメニューがあるようですが、危険物に関する記述は見当たりませんでした。

 これらとは別に、フォワーダーという業種の業者によって、目的に合わせて様々な輸送手段を合理的に組み合わせた輸送システムを提案・管理してもらうことができるようです。ただ、定期的に送る場合でないと選択しづらそうです。


その他、危険物輸送に関する国際的な取り決め

 国立国会図書館のリサーチ・ナビに、極めてよくまとまったページがありました。利用者 ID なしでアクセス可能です。ただし、専門機関の実務的な書類が主体となっており、そのほとんどは英語なため、正しく理解するには高度な専門知識が必要です。

 また、危険物輸送に関する根源的な部分や GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)など隣接したルールとの関係性を理解するには、独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所のページもあわせて読むとよいと思います。こちらは国連の実務書類のほか、国内の法令についてもリンクが貼られていて便利です。



国内への送付

 国内の航空輸送関係では航空法施行規則第194条というものが該当するようで、ICAO(国際民間航空機関)の規定に準じて国交省が定めるもののようです国交省資料。引火性液体に関しては「引火点60℃以下」とあり、このへんも国際郵便の基準と同様のようです。

 なお、ゆうパックは「5L 以下・70vol% 以下のアルコール飲料」について航空便での送付が可能となっています。ただし、飲用に供されないものは恐らく内国郵便版郵便禁制品(これも郵便法第十二条?)「アルコール類を六○パーセント以上含有するその他の製品」が適用となり、保存液のアルコール濃度を 59vol% まで落とさなければ、プランや経路に関わらず送付できないことになります(2024年8月現在)


ゆうパックで送れる液浸標本とは

 ならば開き直って、KDM先生が挙げていたように高濃度アルコール標本を「59vol%エタノール水溶液に入った状態」で送付する方法を考えてみます。

 シンプルに、59vol% のエタノール水溶液を調整し、一旦バッファとなるシャーレなんかに浸して濃度を安定させてから瓶に移していく、といった方法が考えられます。ただし、この方法に穴があるとすれば、肝心の59vol% を書面で証明できないことです。

 であれば、59vol% を下回る出来合いの消毒液を購入して、それに浸漬するのがよいでしょう。こういった低濃度のアルコール製剤は酒税法の関係で往々にして IPA(イソプロピルアルコール)などが添加されていますが、むしろ標本を引き締める効果があり、経験上、形態保存に問題はないと認識しています。ただし、添加物によっては形態保存に極めて有害な場合があるため、特にクエン酸や乳酸といったpHを下げる成分の割合や、ジェルタイプかどうかなどは、必ず事前に確認してください。

 濃度だけでいえば以下のような商品が該当しますが、必ずしも性能を確認しておらず、また SDS の整備状況も検証していません。

  • ニイタカ ビーバーアルコールCS(46.30%*)
  • サラヤ アルペットNV(約58vol%)
  • セッツ ユービコールノロV(57vol%)
  • シーバイエス アルコール除菌剤EX(40~50%*)
  • シーバイエス 除菌用アルコールプロ(58vol%)
  • TOAMIT エタノス除菌スプレー(55~58vol%)

 ※( )内はエタノール濃度;*は重量濃度か体積濃度か不明

 アルコール液浸標本は脱水された遺伝物質分解酵素が働かなくなっているだけで、水分が戻れば復活し再び遺伝物質の分解が始まるようです。よって、アルコール濃度を下げる方法は形態観察において検討の余地はあっても、遺伝子解析を目的としたサンプルには危険と思います。


 ちなみに、日本郵便が定める内国郵便約款(2024年8月現在)には、アルコールについて具体的な文言はありません。引火性液体が該当しそうな文言には以下のものがあります。

(郵便物として差し出すことができない物等) 

第6条 次に掲げる物は、これを郵便物として差し出すことができません。 

 (1) 爆発性、発火性その他の危険性のある物で総務大臣が指定するもの 

 (2) 毒薬、劇薬、毒物及び劇物(官公署、医師、歯科医師、獣医師、薬剤師又は毒劇物営業者が差し出すものを除きます。) 

 (3) 生きた病原体及び生きた病原体を含有し、又は生きた病原体が付着していると認められる物(官公署、細菌検査所、医師又は獣医師が差し出すものを除きます。) 

 (4) 法令に基づき移動又は頒布を禁止された物 

 (5) 人に危害を与えるおそれのある動物(学校又は試験所から差し出され、又はこれにあてるものを除きます。) 

2 その外部に郵便以外の送達役務であって当社が提供するものを表す文字が記載されている物は、その外部に郵便を表す文字が記載されている場合であっても、これを郵便物として取り扱いません。 


 液体に関する部分では、第9条(郵便物の包装)に以下の記述があります。

液体、液化しやすい物、臭気を発する物及び腐敗しやすい物 
びん、缶その他の適当な容器に入れ、これを内容品が漏出しないよう密封した上、外部の圧力に耐える堅固な箱(容器が外部の圧力に耐える場合には、封筒その他の物を含みます。以下この欄において同じとします。)に納め、箱には、万一容器が破損しても完全に内容品の漏出を防ぐ装置をすること。

 ウェブサイト記載の禁制品を踏まえた上で、国際郵便約款や消防法のスタイルを守れば、これら約款にも十分合致しそうです。



民間運送会社の状況

 ただ、日本郵便のほか、ヤマト運輸や佐川急便など大手民間宅配会社各社いずれも、表看板では「アルコール類」には軒並み「NO」で統一しているようで、クリア条件を細かく提示しているところは見当たりません。

 公共交通機関で薬品の手持ち運搬を試み大変なことになった事件があり、その無謀さに批判が集まりました。その流れで、研究機関を念頭に置いていると思われるツイートがありました。名前のあった各社の対応状況について、個人も利用可能か各社のウェブサイトで確認してみました(断りがない限り2024年8月現在;時期はもとより地域によりサービス内容が異なる可能性があります)

  • 第一貨物:個人から依頼できそうな記述なし。
  • 赤帽:チャーター便でアルコール輸送可能。個人でも営業所持ち込みなら対応可(※2022年2月に個別問い合わせ)
  • センコー:個人から発送できそうな記述なし。

 なお、上記「危険物」に具体的な定義はないようですが、郵便関係の法令や消防法第二条七項表1に準ずるものと推察されます。その場合、いわずもがな高濃度アルコール液浸標本が該当します。ホルマリン液浸標本もまた、許される道理はないでしょう。


 赤帽にチャーター便の見積をとった時は、自分でレンタカーを借りて運転していくか本気で悩むレベルの金額であり(実際チャーターはそういうことなので)、個人で少量の場合は選択しにくいです。

 前述の通り東北新幹線硫酸・硝酸火傷事件は重く受け止めねばならず、「業者がダメなら公共交通機関で手持ち」というのは厳に慎むべきです。しかし「液浸標本の輸送は日本全国津々浦々に自分で車を運転して持っていくのが最適解」というのも、現実味が薄すぎます。


非1価アルコールはどうか?

 国内便において消防法の危険物カテゴリに関わる制約を回避するには「プロピレングリコール液浸標本」「グリセリン浸漬標本」が有効である可能性があります。

 グリセリンは国際郵便で NG が出ているものの、3価のアルコールであるため消防法の危険物第4類引火性液体アルコール類には該当しません。プロピレングリコールも2価のアルコールなので同様です。ただ、運送会社が消防法とは別に「アルコール類」として網掛けをしている場合は、引っ掛かることになるでしょう。内国郵便も含め個別問い合わせはしていないため、追加の検証が必要です。

 危険物カテゴリに入る可能性がない固定液があればよいのですが。



非引火性液体の検討:BAC

 2021年のベントスプランクトン学会でこんな一言がありました。

「塩化ベンザルコニウム(以下、BAC)をDNA保存液として利用」(菅原  2021)

   嘘やん。

 どこのご家庭にもある BAC。なんとなく保存液として検討したことはありました。しかし、軽くググったところ遺伝子を損傷する可能性があるっぽかったので、候補から除外したのです(アズレンスルホン酸Naについても同様)



 確認してみると、Yamanaka et al. (2017) において「BAC最終濃度0.01%で遺伝物質の92%を10日以上常温保存できる」と報告されているようです。また、改めて遺伝子への影響を調べてみると、Deutschle et al. (2006) という文献がヒットしました。

  そうそう、これこれ。

  メタンスルホン酸メチルをポジティブコントロールにしていますが、生物学分野で組織保存に使われている話は聞かないですね。組織保存能をもつ試薬と比べたというより、DNA への影響が大きい化学物質の代表でしょうか。この実験は、環境DNA 保存に用いられる濃度(0.01%)を含む様々なBAC 濃度下での生きた細胞の挙動をモニターしているため、死んだ組織を浸潤している液浸標本に起きる現象をうまく表していない可能性がありますね。

  また、BAC を DNA 保存用に使うのは環境DNA 研究に用いる「DNAを含んだ水なり何なりのサンプル」であって、Yamanaka et al. (2017) でも生物の全身標本での実績が紹介されていたわけではありません。そしてどうやら、BACの目的は「環境中に生息する微生物によるDNA分解を防ぐための静菌作用」のようで、遺伝子の主の生物がもっている分解酵素を失活させるという従来の固定液(エタノールやホルマリン)とはだいぶアプローチが異なります。また、輸送日数+保存液への置換作業を完了するまでの日数が 10日を大幅に越える場合、どこまで信用できるか分かりません。

 ならばせめて、形態の保存はできてほしい。


BAC仮液浸標本の試作

 高濃度アルコール液浸標本やプロピレングリコール液浸標本から、BAC仮液浸標本を作製し、輸送の後に元へ戻した時、形態観察に耐えるかを確認したいと思います。

  1. 食添グレードの 99%+プロピレングリコールに約3年間浸漬し、常温保管していた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus を使用。※採集後、保冷して持ち帰り、7時間 ”ラヴ・プリズン” (小原 2016) した後、固定したもの。
  2. 無水エタノールへ移行し、室温で 24時間放置する。
  3. 市販の逆性せっけん液の原液(BAC 濃度 10w/v%)と、汲置水道水を添加し BAC濃度がだいたい 1,0.1,0.01% になるよう調整した水溶液とを用意する(水溶液はキッチン用品レベルの精度にて容積ベースで希釈していますが、原液の比重はほぼ1.0らしいので、検証の目的は果たせていると判断しています)
  4. 3で調整した水溶液を別々の瓶に分取し、1,2の標本を浸漬する。
  5. 4を室温で10日間放置する。

 どの濃度の溶液へ入れても、エタノール置換標本は最初に浮き上がり、じきに沈みます。

 なお、”室温”は真夏の気温30~35℃、雰囲気湿度は65~70%RHでやってますので、輸送中の環境みたいな点は十分だと思います。


色は気にしないでください。
触角の欠損は固定時のもので、BAC浸漬によるものではありません。

 最も出来が良いと思ったのは「プロピレングリコールから無水エタノールに置換した上で BAC濃度 0.01% に浸漬した標本」でした。とはいえ、他の濃度でも付属肢の欠損など致命的な問題は全くありませんでした。

 直前の固定液がプロピレングリコールであろうと無水エタノールであろうと、原液(BAC 10%)に浸漬した標本は収縮がみられました。また、中間濃度の標本は表面に顆粒のようなものが生じるように思われます。各パーツの柔軟性には大した違いはないように思われましたが、強いて言えば、0.01% はちょっと軟弱な感じがしました。

 これだけ刻めばどこかに良い塩梅のポイントが出てくるかと思いましたが、もしかすると 0.05% くらいがベストかもしれません。


 個別に問い合わせはしていませんが、BACに対して国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号は振られておらず、かつ国際郵便および内国郵便においてもこれといった規制を受けないようです。

 今回使用したものではありませんが、BAC 10% 製剤の大手商品はネットに SDS が転がっていますので、郵便局から要請があっても対応しやすいと思います。

 


非引火性液体の検討:油

 生物体の保存という観点で、乾燥以外には何があるかと考えると、水溶液とは違うアプローチとして油浸が挙げられます(ハブ酒や干物がダメならオイルサーディン、みたいな非常に乱暴な話をしています)

 非引火性を目指しつつ油に戻っていくのはやや迷走の感が否めませんが、消防法別表第一において規定される発火点や引火点を越える品目、つまり「引火性液体に該当しない油」は多く、そういったものを選べばある意味安全といえるのではないでしょうか。

 一般人による入手や扱いが比較的容易で、引火性液体に該当しないものを挙げてみます。

  • オリーブ油引火点は300℃以上らしいです。
  • ナタネ油:引火点は300℃以上らしいです。
  • ゴマ油:引火点は280℃以上らしいですが、匂いがキツい気がします。

 ヒマワリ油やアマニ油は引火点がプロピレングリコール並みで、またホホバ油やヒマシ油はそれを上回りグリセリンより高い引火点を持ちますが、消防法別表第一備考十七で「一気圧において引火点が二五〇度未満」と定義される「動植物油類」に該当します。よって、これらの油は引火性液体ということで、候補から除外します。


オリーブオイル油浸標本の試作

 とりあえず、どこのご家庭にもあるオリーブオイルで検証してみます。
  1. 食添グレードの 99%+プロピレングリコールに約3年間浸漬し、常温保管していた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus を使用。※採集後、保冷して持ち帰り、7時間 ”ラヴ・プリズン” (小原 2016) した後、固定したもの。
  2. 食用のスペイン産オリーブオイルに浸漬し、室温で10日間放置する。
  3. 標本をオリーブオイルから引き揚げ、グリセリンと無水エタノールとを往復させて油滴を振り落とす。

 ”室温”は真夏の(以下略)

 プロピレングリコールとそれほど親和性が高くないようで、サンプル表面に滴がまとわりつきます。今回はよく振って剥がします。


暗いのは気にしないでください。

 オリーブオイルがかなり標本にまとわりつきますが、上記手順により結構簡単に落ちます。たった1往復ですが、複雑な構造の胸節下部や腹側板,腹肢への残留はありません。また、簡単に無水エタノールへ置換できることもわかりました。

 気を付けたいのは、体サイズが小さいあるいは剛毛の多い場合の油滴の挙動と、温度が下がると凝結し標本に影響を与える可能性です。

 個別に問い合わせはしていませんが、オリーブ油に対して国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号は振られておらず、かつ国際郵便および内国郵便においてもこれといった規制を受けないようです。

 オリーブ油は食品として流通しているほか、「オリブ油」という名称で日本薬局方に記載されていて、複数の製薬会社が製品化しています。ただ、例のごとくネットに SDS が転がっているものと、商品がネットで買えるものとは、一致しませんでした。SDS ではないものの、健栄製薬はウェブサイトにラベルの PDF を載せています。検証はしていませんが、これでも書面の証明になる気がしています。



補遺:「標本」としての制限

 2024年12月、国内便にて「梱包済瓶詰生物標本(ヨコエビ)」という表書のゆうパックを送ろうとしたところ、拒否されました。ここ数ヶ月、前述の通りの液体および梱包を守った状態にこの表書を付けて問題なかったので、まさに青天の霹靂といったところ。先方の言い分はこんな感じです。

  • 乾燥標本以外は作成過程でアルコールを使うことがあり、1度でも「アルコール」が使われた標本は航空便でも陸路でも輸送できないので、乾燥標本以外の標本は受付不可能
  • 乾燥標本は航空便はNGだが陸路なら輸送可能
  • 「アルコール」の定義は教えられない
  • ゆうパックの条件(自由液体におけるアルコール濃度59vol%以下)をどのように逸脱しているかは教えられない
  • 標本に対する規制は社内のみで共有されるもので、社外へ開示されることはなく、荷物を持ち込む前の事前の問い合わせ窓口も教えられない


 改めてゆうパックのサイトを確認したところこのような記述が。

(一) 引火点摂氏三○度以下のもの

(ニ) 前号以外のもので次に掲げるもの

2. アルコール類(メタノール、ブタノール及び変性アルコールを含む。)及びこれを六○パーセント以上含有する香粧品、酒類その他の製品

 「引火点摂氏三○度以下のもの」というのは3か月前に拾えていませんでした。サイトの階層によって情報量が違うようなので、前回はどうやらいきなり細かいところを開いてしまい、大枠のこれに気づかなかったようです。引火点摂氏30℃のエタノール水溶液は概ね25vol%以下に該当するようなので、高濃度エタノール標本の輸送にはまず向きません。

 ただどのみち総体としての濃度や漏出リスクに興味はなく、窓口はただ「アルコール」に触れた履歴があるかどうかに拘っている様子。航空危険物としての規制か、そもそもこの荷物が「アルコールに触れたのか」の判断も不可能です。アルコールの定義が示されないので。

 液体の中に標本を入れていることは説明していますが、仮に液体へアルコールが移行するという前提ならその濃度を担保できない(アルコール固定後の標本を入れた状態の保存液のSDSがない等)ことを理由にNGを出せばいいだけで、液体へ移行せず濃度が維持される前提なら論点は標本そのものになるので自由液体への規制は適用されないことになります。

 これまで輸送できたのは陸路限定の宛先だったので、今回は航空便の選択肢がある宛先だったのも警戒心を煽ったのかもしれませんが、前述の通り経路に関わらず受付できないという話なので、標本カテゴリとして扱いが変更されたとしか考えられません。口振りからすると危険物カテゴリとも関係はないようで、とにかく「標本」という表書そのものに反応するようです。

(更新:2024年12月23日)



 液体の排除

 そもそも「液体を送る」行為そのものが相当なハードルになっている感があります。魚類などでは固定液から引き揚げた湿潤状態で布に包み、それをビニールなどで密閉して「液体でない」状態とする方法が既に確立されているようですが、小型甲殻類の場合は余計な繊維が付着したり擦れたりして観察の障害になりそうな気がします。

 この方向でいけば、アルコールと親和性があり水に溶けやすい物質でコーティングすればよさそうです。ただ、こちらで検証したようなゼラチンは熱で標本を痛めますし、水飴は乾燥に時間がかかりすぎてコーティング剤に不向きと思います。


ポリビニルアルコール封入標本の試作

 ぼんやりと「ポリビニルアルコール」を考えていた頃、奇しくも「プロピレングリコール」を「ポリビニルアルコール」と誤記している論文が出版されました (Arai et al. 2022)


やってみるっきゃないか。

 恐らく日本で一番有名な「ノリ」の一つでしょう。ラベルとHP「主成分 PVAL(ポリビニルアルコール)」とあります。琥珀色をしています。


 とりあえず、以下の方法でやってみますか。

  1. 食添グレードの 99%+プロピレングリコールに約3年間浸漬し、常温保管していた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus を使用。※採集後、保冷して持ち帰り、7時間 ”ラヴ・プリズン” (小原 2016) した後、固定したもの。
  2. 無水エタノールへ移行し、室温で 24時間放置する。
  3. 水切放スライドガラス上に PVAL製品を適量塗布し、12時間程度乾燥させて膜を形成する。
  4. 水切放スライドガラス上に新たに PVAL製品を塗布し、エタノールから引き揚げた標本を包埋して馴染ませる。包埋された標本が表面へ浮いてくるので、3で作っておいたPVALの膜を被せて空気に暴露しないようにする。
  5. 室温で 24時間程度乾燥させる。
  6. 保管終了後は、水に浸漬し、1時間程度溶解させる。固定液に入れる前に、モヤのように残る PVAL は水で洗い流す。


 ”室温”は真夏の(以下略)

 3日程度放置しましたが、24時間経過品とあまり見た目は変わりません。

 Φ5 のガラス製シャーレに注いだ湯冷ましに浸漬しすると、室温条件では 30分くらいで溶解されてきます。

【無水エタノール置換後に包埋】
おわかりいただけただろうか…?

 矢印に示した通り、胸脚前節の欠損が散見されます。構造上脆弱なのか、あるいは乾燥・収縮の過程で外縁部に近い部位は引きちぎられやすかったりするのか。高濃度アルコール液浸標本が起点となる場面を想定し無水エタノール置換という工程を挟んだので、固定液の保湿性がなく、PVAL中で標本が乾燥状態となり破損したのかもしれません。

 試しにプロピレングリコールのまま包埋してみましょう。



 肢 1,2 本だけですが、今回はむしろ空気が入りました。固定液というよりは手技の問題みたいです。ただ、付属肢の欠損は全くみられません。やはり、脱水するよりプロピレングリコール漬け状態から包埋したほうがよさそうです。


 なお、サンプルを水に1回浸しただけの状態で無水エタノールへ浸漬すると、残留した PVAL が白く析出します。エタノールには一切溶解しないんですね。エタノール標本に戻す前には、PVAL 成分をしっかり洗い流す必要があります。

 ちなみに、同じく PVAL を主成分とする洗濯糊も同じ条件でやってみましたが、粘度が低いため包埋する時に扱いにくく、また水へ浸漬した時に成分が拡散せず標本がずっとゲルの中に留まっている感じでした。布に染みこんで留まる性質を考えると納得です。こちらは絶対に使ってはいけません。


 個別に問い合わせはしていませんが、PVAL も国連危険物輸送モデル規則第3.2章に基づく国連番号は振られておらず、かつ国際郵便および内国郵便においてもこれといった規制を受けないようです。

 某ノリの SDS は作成されているはずですが、ウェブサイトからダウンロードできる状態ではなさそうでした。

 


 結論

 日本郵便を使う限り、国内外ともに「高濃度アルコール液浸標本を瓶入りでそのまま送付する」のは不可能で、以下のような方法しかなさそうです。

  • 遺伝子解析:①プロピレングリコール液浸標本とする;②液体から引き揚げ、自由液体のない状態で送る.
  • 形態観察:①プロピレングリコール液浸標本とする;②BAC 0.01% 仮液浸標本とする;③オリーブオイル油浸標本とする;④(内国郵便であれば)<59vol%エタノール水溶液の仮液浸標本とする

 何やらプロピレングリコール業者の回し者みたいになってきましたが、そんなことはないですからね。今のところ、目的に応じて柔軟に標本の形態を変えるのが、法規制のリスクをとらずに標本を守る方法と思われます。ただし、これまでの話はあくまで日本の国際郵便禁制品と、万国郵便条約に基づく「万国禁制品」を基礎としています。相手国の規定により更に選択肢が狭まる可能性があります。日本郵便のウェブサイトでは国名で検索することができます。

 形態を見ず遺伝子だけというのであれば、酵素の失活状態を維持するために乾燥標本にしてしまってもよいかもしれません。ただ、乾燥標本には虫害・カビ害のリスクがあるほか、長期保管によってDNAが破損するリスクが高まるため、微妙なところです。


 民間の輸送手段は多様すぎて、検証が追いつきませんでした。ただ、特別規定A180に準じた方法であれば、日本郵便の約款等に縛られず海外へ送付できる可能性があります。

 ただし、遺伝子解析を目的とした標本の移動は ABS(Access and Benefit-Sharing;自動車についてるアレではない)指針に基づく別の規制を受けることがあります。日本産標本の場合はだいぶ緩いので、採集禁止区域で採った個体や保護種を送るといったよほど無神経なことをしなければ問題は起きにくいかもしれません。他の国では ABS の手続きに瑕疵がある状態で採集・持ち出しした標本を使うと、論文が出版されなかったり撤回されたりと、学問の営みに大きな影響を与える可能性があります。各国の状況を事前に調べる必要があるでしょう。


 個人間の国内輸送においては民間が「とりあえずお断り」に走っている雰囲気があり、クリアは厳しそうです。むしろ日本郵便に託したほうが確実かもしれません。



参考文献

Arai T.; Ohno Y.; Tomikawa K. 2022. A new species of the genus Podocerus from the Seto Inland Sea, Japan (Crustacea, Amphipoda, Podoceridae). ZooKeys, 1128: 99-109. 

Deutschle, T.; Porkert, U.; Reiter, R.; Keck, T.; Riechelmann, H. 2006. In vitro genotoxicity and cytotoxicity of benzalkonium chloride. Toxicol In Vitro, 20(8): 1472–1477.

小原ヨシツグ 2016. 第6話 標本! In:『ガタガール①』. 講談社, 東京. 174p.

— 菅原 巧太朗 2021. 自由集会:環境DNAを用いたベントス研究の現状~実際、どの程度使えるものなのか?~. イシガイ科二枚貝タテボシガイのDNA 放出特性及び富栄養化湖沼八郎湖における環境DNA の検出. 2021 年 日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会講演要旨集

Yamanaka H.; Minamoto T.; Matsuura J.; Sakurai S.; Tsuji S.; Motozawa H.; Hongo M.; Sogo Y.; Kakimi N.; Teramura I.; Sugita M.; Baba M.; Kondo A. 2017. A simple method for preserving environmental DNA in water  samples at ambient temperature by addition of cationic surfactant. Limnology, 18:233–241.


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改廃履歴

  • 2024.12.23 「補遺:「標本」としての制限」を追加。
  • 同日 内国郵便禁制品の「引火点摂氏30℃以下」に準拠しない記述に打ち消し線を追加。




2024年7月29日月曜日

ORCHIDを取ってみよう(7月度活動報告)

※本稿のほとんどの部分の執筆時期は公開時よりも2年ほど前です。最後の一文のみ加筆した感じです。


 某出版社のサイトに登録しようとしたら、ORCHID ID の入力を求められました。あー、DOIの人間版みたいなやつですか?

 そういえばあれってどうやって授けられるものなんだろうか。


研究者を識別する「ORCID(オーキッド)ID」とは?調べ方と登録方法(ソウブン・ドットコム)


 創文の記事によると…

オーキッドとは

 Open Researcher and Contributor ID の略で、世界中の研究者に識別子を発行する無料サービスということですね。

 運営しているのは2010年に設立されたアメリカの非営利団体で、登録者数は2019年当時でおよそ780万人。かなり支持を集めているシステムと言えそうです。近年のヨコエビ絡みの論文で、6名くらいいる著者の全員がIDを持っているのも見たことあります。


 その使い方は…なんとサイトに登録するだけで自動付与?

 必要なのは名前とメアドだけ?


 そんなバカな…


 ポチっとな。


 あっ、届いた。


 登録確認メールのリンクを開くだけでNo.発行されてました。

 お手軽~。



 オーキド・ユキナリ氏のアカウントがあるのか気になるところですが、それにしても、ドイ(DOI)姓もオオキド(ORCID)姓もある日本は研究大国ですね。著者名に「Doi」とあったら、たまげる海外研究者もいるのではないか。


 閑話休題。

 さっそく、アクティブと思われるヨコエビ研究者の名前を片っ端から検索してみました。サイトの窓に名前を入れて検索するだけなのですが、名前が一致しても端脚類絡みの論文の登録がなければヨコエビ研究者と確定できないものてし、ノーカウントとしました。「名前を入れただけでは ORCHID を使っていると言えない」というのもありますし、仮に人名と大学名が一致しても同姓同名の可能性、またこちらが把握しているあるいはオーキッドのサイトに入力されている所属が最新でない可能性もあるので、そのへんは厳しめに推測して論文情報だけから判断しました。まあそのための ORCHID なのでこういう作業は完全に本末転倒です。

 結果、有:39人/無:32人で、毎年何本も記載を行っているようなバリバリの研究者でもヒットしない場合がありました(2022年9月現在)。前述の通り厳しくジャッジした結果のカウント漏れはあるかと思われ、そういうグレーなものを入れて多めに見積ると、ヨコエビの分類において最大7割程度の研究者が利用している気がします。


 分類学においてベテランにはあまり採用されていない印象があります。逆にものすごく取りやすいので取っただけになる場合もあるようです。創文のサイトでも言われていますが、内容を充実させることが重要と思います。せめて所属を入れるか文献を1本以上登録するなど、本来の用途として機能する最低限の情報の入力をデフォにするとか、そういったシステムになってると良いかなと思いました。


 ともあれ無事に番号がとれたので、共著に入った論文など入れてみました。何にせよ所属なしの馬の骨おじさんの身なので、コネのない研究機関にアプローチする時に身元を示すツールとして使えるかも。


 とりあえず、名刺にプリントして配布を開始しています。あまり目立った反応はありませんが、「自称ヨコエビ研究者」の「自称」部分を多少緩和する役割は果たしているような気がします。


2024年6月30日日曜日

書籍紹介『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン』(6月度活動報告その2)

 

 書籍紹介です。

 SNSで話題となっていた『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン クラゲ・ミジンコ・小さな水の生物(以下、山崎ほか 2024)が、6月25日に発売されました。

 端脚類界隈ではプランクトニックな役割はウミノミ・クラゲノミ・タルマワシなんかに任せている関係で、まずヨコエビは載っていない想定でしたが、タナイスなど底生生物も本邦トップクラスの専門家が監修を行った上でしっかり掲載しているとのことで、ヨコエビも多少の期待ができるかもしれないと考え、おそるおそる購入しました。

 それにしても…安すぎんか?小学館大丈夫か。

 ただ所詮は子供向けの簡易図鑑ですからね。端脚類コーナーが半ページくらいあって、種同定が半分以上合ってれば、まぁ、大手出版社の一般向け書籍としては及第点ではないでしょうか。過去の学習図鑑は惨憺たるものですから。

 前フリはここまでにして。



 山崎ほか (2024) の掲載端脚類は以下の通りです。

  • ニホンウミノミ
  • オオトガリズキンウミノミ
  • オリタタミヒゲ類
  • オナガズキン
  • ツノウミノミ
  • アシナガタルマワシ
  • タルマワシモドキ
  • オオタルマワシ
  • アリアケドロクダムシ
  • フトベニスンナリヨコエビ
  • チゴケスベヨコエビ
  • ニホンドロソコエビ
  • トゲワレカラ
  • ヒヌマヨコエビ
  • モズミヨコエビ
  • マルエラワレカラ


 プランクトンの話題がメインではありますが、ベントスの生息地の説明にもわずかに底生端脚類(アリアケドロクダムシやトゲワレカラ)が登場しています。また、大きさ比較のコーナーでアシナガタルマワシが、チリモンのコーナーにはトガリズキンウミノミが紹介されています。

 それにしても…

 ヨコエビの種の選定が絶妙、かつ同定精度の高さが尋常ではありません。写真で確認できる形質を見る限り、おかしな点は見当たりません。

 エンカウント率が高い浅海普通種を多く収録して実用性に軸足を置きつつ、咬脚など写真同定の余地のある形態形質が発達している種をメインに据えて正確性・検証可能性を担保し、なおかつこれらにこだわらず話題の種もしっかりフォローしています。何が起きたのかと思ったら、K大のK先生が協力されているとのこと。納得の仕上がり。


 結論。

 山崎ほか (2024) は海洋ベントスを扱った一般向け写真図鑑のニュースタンダードと言えるのではないでしょうか。他の分類群の精度は分かりませんが、ヨコエビのクオリティが相当高いことから考えると、全体にわたって細かく注意が払われた、かなりの労作であることが窺えます。1冊1,100円はさすがに安すぎるのではないでしょうか。特にヤバいと思ったのは巻末付近にある系統樹。スーパーグループの概念に基づいていて、監修に名を連ねている錚々たるメンバーの本気度が伝わってきます。

 残念な点を挙げるとすれば、学名の併記がないようです。こういった一般的図鑑の仕様上仕方ないですが、分類体系が確定的とはとても言えない分類群をこれだけふんだんに扱っているので、良い写真を載せながらも結局何を示しているのか分からなくなる展開は予想されます。この点では、一般向け写真図鑑の分野でいえば、丸山 (2022) に分があるように思えます(陸棲ヨコエビの掲載あり)

 何はともあれ、こういった専門家の膨大な知識や技術を子供に惜しげもなく伝える図鑑が低価格で出回ることは、非常に良いことです。各社がこういった方面に参入し、名作が生み出され続けることを願います。



<参考文献>

丸山宗利(総監修)2022.『学研の図鑑 LIVE(ライブ)昆虫 新版』.学習研究社,東京.316pp. ISBN978-4-05-205176-0

山崎博史・仲村康秀・田中隼人(指導・執筆) 2024. 『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン クラゲ・ミジンコ・小さな水の生物』.小学館,東京.176pp. ISBN9784092172975


<補遺>

  • (I-vii-2024)タナイスを担当された角井先生が、掲載種の学名を別途補完されたようです。これに倣って以下の通り端脚類の学名を補完します。
  • ニホンウミノミ Themisto japonica
  • オオトガリズキンウミノミ Oxycephalus clausi 
  • オリタタミヒゲ類 Platysceloidea fam. gen. sp.
  • オナガズキン Rhabdosoma whitei
  • ツノウミノミ Phrosina semilunata
  • アシナガタルマワシ Phronima atlantica 
  • タルマワシモドキ Phronimella elongata
  • オオタルマワシ Phronima sedentaria
  • アリアケドロクダムシ Monocorophium acherusicum
  • フトベニスンナリヨコエビ Orientomaera decipiens 
  • チゴケスベヨコエビ Postodius sanguineus 
  • ニホンドロソコエビ Grandidierella japonica
  • トゲワレカラ Caprella scaura
  • ヒヌマヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarus) hinumensis
  • モズミヨコエビ Ampithoe valida
  • マルエラワレカラ Caprella penantis(Sタイプ)

2024年6月29日土曜日

まんが王国はヨコエビ王国たるか(6月度活動報告)

 

 日本動物分類学会大会に参加しました。

 論文化されていない未発表の内容も含まれるため、発表についてこの場で言及することは避けますが、第n回全日本端脚振興協会懇親会(仮称)や、第n回日本端脚類評議会和名問題対策チームミーティング(仮称)、サシ飲みなどが併催され、盛況を極めました。牛骨ラーメンと猛者エビとらっきょううまい。




日本端脚審議会和名分科会(仮称)報告

 このたび、本邦に産しないヨコエビの分類群に対して個別の和名は提唱せず、学名のカタカナ表記揺れへの配慮を行うという今後の方針が示されました。属では以下のような先例があります。

  • タリトルス Talitrus (朝日新聞社 1974)
  • ニファルグス Niphargus (朝日新聞社 1974)
  • アカントガンマルス Acanthogammarus (山本 2016;富川 2023)
  • ディケロガマルス Dikerogammarus(環境省 2020)
  • アマリリス Amaryllis(大森 2021)
  • オルケスティア Orchestia(大森 2021)
  • ヒヤレラ Hyalella (大森 2021)
  • プリンカクセリア Princaxelia(石井 2022;富川 2023)
  • ヒアレラ Hyalella (広島大学 2023;富川 2023)
  • ディオペドス Dyopedos(富川 2023)
  • ミゾタルサ Myzotarsa(富川 2023)
  • パキスケスィス Pachyschesis(富川 2023)
  • ガリャエウィア Garjajewia(富川 2023)

 ラテン語をバックグラウンドとする学名に画一的な読みを与えカタカナで表記するのは言語学的に難しい部分がありそうですが、幸い日本はローマ字に親しんでいるので、古典式に近い読みを無理なく直感的に発音できる素地はある気がします。

 現状既に Hyalella属 については「ヒアレラ」(広島大学 2023;富川 2023)と「ヒヤレラ」(大森 2021)という異なる読みがあてられており、今後はこういった差異の調整が必要となってくるものと思われます。

 また、過去に日本から報告されていた種が移動してしまい、和名提唱後に本邦既知種が不在になったグループというのもあります。移動先の分類群が、新設されたり本邦初記録だったりすれば和名を移植すれば事足りますが、既に和名があった場合、元の分類群に和名が取り残される感じになります。厳密には和名を廃してカタカナ読みを当て直すべきですが、分類というものはコロコロ変わるので、また戻ってきたり、別の種が報告されたりする可能性もあり、都度改めて和名を提唱するというのは無用な混乱に繋がる気がします。この辺をどう扱うかは更なる議論が必要かもしれません。

  • シンヨコエビ科 Neoniphargidae:コジマチカヨコエビ Eoniphargus kojimai が含まれていたが、後の研究で ナギサヨコエビ科 Mesogammaridae へ移されたため、本邦未知科となった。
  • カワリヒゲナガヨコエビ属 Pleonexes:コウライヒゲナガ Ampithoe koreana が含められていたが、後の研究でヒゲナガヨコエビ属へ移されたため、本邦未知属となった。

 なお、本邦に自然分布しないと判明しているグループ(フロリダマミズヨコエビ、ツメオカトビムシなど)にも和名は提唱されています。将来的に日本への侵入・定着が起これば、ディケロガマルスなどにも和名が提唱される可能性があります。



T県F海岸

 学会は午後からなので、午前は採集を行うことにします。潮回りは気にせず、ハマトビムシを狙う感じです。

 

とても細かな白砂です。
どうやら花崗岩の風化砕屑物が形成している砂浜のようです。


Trinorchestia sp.
恐らく今日本で一番種同定が困難、
というか不可能なハマトビムシでしょう。
完璧な標本が手元にあっても無理です。
詳細はこちら


メスばかりでよくわかりませんがおそらくヒメハマトビムシ属Platorchestia?
背中に見たことの無いバッテンがついてます。

 なかなか巡り会えずボウズの予感に打ち震えましたが、汀線際の濡れている漂着物の周りにいました。房総や熱海のパターンを思い出します。しかし、ヒゲナガハマトビムシとヒメハマトビムシが混ざっているのはあまり見た覚えがありません。

 他のハマトビムシは採れず。バスの本数がヤバいので撤収。





T県U海水浴場

 学会後に最干潮となるので、夕方から採集を行うことにします。といっても日本海側で小潮なので、ちょっと出れば御の字です。

 天気も微妙な感じで駐車場に若干の余裕が感じられましたが、展望台には人が多く、ヨコエビスト一行はかなり浮き気味…。



 小潮でしたが、引く範囲でも様々なタイプの基質を見られる、変化に富む海岸でした。少し歩いただけでヨコエビ相ががらりと変わる、なかなかポテンシャルの高い自然海岸といえます。


Ampithoe changbaensis は褐藻についていました。
近々和名を提唱したいです。


コウライヒゲナガ Ampithoe koreana
磯的環境の緑藻上だとよく見かけます。


ユンボソコエビ属 Aoroides
なぜか状態よく採れました。


何らかの カマキリヨコエビ属 Jassa


Parhyalella属が結構採れました。
本属の日本における分布情報は文献として出版されたことはないはず。
ちなみに江ノ島で採れた本属は未記載種だったので、
ここのも怪しいです。


日本海沿いだけどオス第7胸脚の太さからすると
タイヘイヨウヒメハマトビムシ Platorchestia cf. pacifica と思われる。
未記載だとしても驚きはない。 


ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis でした。

 10科13属くらいは採れました。大潮の時はさぞかし、といったところ。ヨコエビ王国の資格あり、と言ってよいでしょう。



あとこれなに…?



<参考文献・サイト>

朝日新聞社 [編] 1974. 週刊世界動物百科 (181). 朝日新聞社.

広島大学 2023.【研究成果】ペルー北部の温泉から新種ヨコエビ発見. (プレスリリース)

石井英雄 2022.『深海の生き物超大全』.彩図社,東京.359 pp. [ISBN: 9784801305861]

大森信 2021. 『エビとカニの博物誌―世界の切手になった甲殻類』. 築地書館, 東京. 208pp. ISBN978-4-8067-1622-8 

環境省 2020. 報道発表資料「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令の一部を改正する政令」の閣議決定 について. (2020年09月11日)

富川光 2023. 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』. 広島大学出版会, 東広島. 198pp. ISBN:978-4-903068-59-6

山本充孝 2016. (280)極寒 バイカル湖の生き物. 2016年12月10日 00時44分 (10月17日 13時23分更新). 中日新聞.