2024年6月30日日曜日

書籍紹介『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン』(6月度活動報告その2)

 

 書籍紹介です。

 SNSで話題となっていた『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン クラゲ・ミジンコ・小さな水の生物(以下、山崎ほか 2024)が、6月25日に発売されました。

 端脚類界隈ではプランクトニックな役割はウミノミ・クラゲノミ・タルマワシなんかに任せている関係で、まずヨコエビは載っていない想定でしたが、タナイスなど底生生物も本邦トップクラスの専門家が監修を行った上でしっかり掲載しているとのことで、ヨコエビも多少の期待ができるかもしれないと考え、おそるおそる購入しました。

 それにしても…安すぎんか?小学館大丈夫か。

 ただ所詮は子供向けの簡易図鑑ですからね。端脚類コーナーが半ページくらいあって、種同定が半分以上合ってれば、まぁ、大手出版社の一般向け書籍としては及第点ではないでしょうか。過去の学習図鑑は惨憺たるものですから。

 前フリはここまでにして。



 山崎ほか (2024) の掲載端脚類は以下の通りです。

  • ニホンウミノミ
  • オオトガリズキンウミノミ
  • オリタタミヒゲ類
  • オナガズキン
  • ツノウミノミ
  • アシナガタルマワシ
  • タルマワシモドキ
  • オオタルマワシ
  • アリアケドロクダムシ
  • フトベニスンナリヨコエビ
  • チゴケスベヨコエビ
  • ニホンドロソコエビ
  • トゲワレカラ
  • ヒヌマヨコエビ
  • モズミヨコエビ
  • マルエラワレカラ


 プランクトンの話題がメインではありますが、ベントスの生息地の説明にもわずかに底生端脚類(アリアケドロクダムシやトゲワレカラ)が登場しています。また、大きさ比較のコーナーでアシナガタルマワシが、チリモンのコーナーにはトガリズキンウミノミが紹介されています。

 それにしても…

 ヨコエビの種の選定が絶妙、かつ同定精度の高さが尋常ではありません。写真で確認できる形質を見る限り、おかしな点は見当たりません。

 エンカウント率が高い浅海普通種を多く収録して実用性に軸足を置きつつ、咬脚など写真同定の余地のある形態形質が発達している種をメインに据えて正確性・検証可能性を担保し、なおかつこれらにこだわらず話題の種もしっかりフォローしています。何が起きたのかと思ったら、K大のK先生が協力されているとのこと。納得の仕上がり。


 結論。

 山崎ほか (2024) は海洋ベントスを扱った一般向け写真図鑑のニュースタンダードと言えるのではないでしょうか。他の分類群の精度は分かりませんが、ヨコエビのクオリティが相当高いことから考えると、全体にわたって細かく注意が払われた、かなりの労作であることが窺えます。1冊1,100円はさすがに安すぎるのではないでしょうか。特にヤバいと思ったのは巻末付近にある系統樹。スーパーグループの概念に基づいていて、監修に名を連ねている錚々たるメンバーの本気度が伝わってきます。

 残念な点を挙げるとすれば、学名の併記がないようです。こういった一般的図鑑の仕様上仕方ないですが、分類体系が確定的とはとても言えない分類群をこれだけふんだんに扱っているので、良い写真を載せながらも結局何を示しているのか分からなくなる展開は予想されます。この点では、一般向け写真図鑑の分野でいえば、丸山 (2022) に分があるように思えます(陸棲ヨコエビの掲載あり)

 何はともあれ、こういった専門家の膨大な知識や技術を子供に惜しげもなく伝える図鑑が低価格で出回ることは、非常に良いことです。各社がこういった方面に参入し、名作が生み出され続けることを願います。



<参考文献>

丸山宗利(総監修)2022.『学研の図鑑 LIVE(ライブ)昆虫 新版』.学習研究社,東京.316pp. ISBN978-4-05-205176-0

山崎博史・仲村康秀・田中隼人(指導・執筆) 2024. 『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン クラゲ・ミジンコ・小さな水の生物』.小学館,東京.176pp. ISBN9784092172975


<補遺>

  • (I-vii-2024)タナイスを担当された角井先生が、掲載種の学名を別途補完されたようです。これに倣って以下の通り端脚類の学名を補完します。
  • ニホンウミノミ Themisto japonica
  • オオトガリズキンウミノミ Oxycephalus clausi 
  • オリタタミヒゲ類 Platysceloidea fam. gen. sp.
  • オナガズキン Rhabdosoma whitei
  • ツノウミノミ Phrosina semilunata
  • アシナガタルマワシ Phronima atlantica 
  • タルマワシモドキ Phronimella elongata
  • オオタルマワシ Phronima sedentaria
  • アリアケドロクダムシ Monocorophium acherusicum
  • フトベニスンナリヨコエビ Orientomaera decipiens 
  • チゴケスベヨコエビ Postodius sanguineus 
  • ニホンドロソコエビ Grandidierella japonica
  • トゲワレカラ Caprella scaura
  • ヒヌマヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarus) hinumensis
  • モズミヨコエビ Ampithoe valida
  • マルエラワレカラ Caprella penantis(Sタイプ)

2024年6月29日土曜日

まんが王国はヨコエビ王国たるか(6月度活動報告)

 

 日本動物分類学会大会に参加しました。

 論文化されていない未発表の内容も含まれるため、発表についてこの場で言及することは避けますが、第n回全日本端脚振興協会懇親会(仮称)や、第n回日本端脚類評議会和名問題対策チームミーティング(仮称)、サシ飲みなどが併催され、盛況を極めました。牛骨ラーメンと猛者エビとらっきょううまい。




日本端脚審議会和名分科会(仮称)報告

 このたび、本邦に産しないヨコエビの分類群に対して個別の和名は提唱せず、学名のカタカナ表記揺れへの配慮を行うという今後の方針が示されました。属では以下のような先例があります。

  • タリトルス Talitrus (朝日新聞社 1974)
  • ニファルグス Niphargus (朝日新聞社 1974)
  • アカントガンマルス Acanthogammarus (山本 2016;富川 2023)
  • ディケロガマルス Dikerogammarus(環境省 2020)
  • アマリリス Amaryllis(大森 2021)
  • オルケスティア Orchestia(大森 2021)
  • ヒヤレラ Hyalella (大森 2021)
  • プリンカクセリア Princaxelia(石井 2022;富川 2023)
  • ヒアレラ Hyalella (広島大学 2023;富川 2023)
  • ディオペドス Dyopedos(富川 2023)
  • ミゾタルサ Myzotarsa(富川 2023)
  • パキスケスィス Pachyschesis(富川 2023)
  • ガリャエウィア Garjajewia(富川 2023)

 ラテン語をバックグラウンドとする学名に画一的な読みを与えカタカナで表記するのは言語学的に難しい部分がありそうですが、幸い日本はローマ字に親しんでいるので、古典式に近い読みを無理なく直感的に発音できる素地はある気がします。

 現状既に Hyalella属 については「ヒアレラ」(広島大学 2023;富川 2023)と「ヒヤレラ」(大森 2021)という異なる読みがあてられており、今後はこういった差異の調整が必要となってくるものと思われます。

 また、過去に日本から報告されていた種が移動してしまい、和名提唱後に本邦既知種が不在になったグループというのもあります。移動先の分類群が、新設されたり本邦初記録だったりすれば和名を移植すれば事足りますが、既に和名があった場合、元の分類群に和名が取り残される感じになります。厳密には和名を廃してカタカナ読みを当て直すべきですが、分類というものはコロコロ変わるので、また戻ってきたり、別の種が報告されたりする可能性もあり、都度改めて和名を提唱するというのは無用な混乱に繋がる気がします。この辺をどう扱うかは更なる議論が必要かもしれません。

  • シンヨコエビ科 Neoniphargidae:コジマチカヨコエビ Eoniphargus kojimai が含まれていたが、後の研究で ナギサヨコエビ科 Mesogammaridae へ移されたため、本邦未知科となった。
  • カワリヒゲナガヨコエビ属 Pleonexes:コウライヒゲナガ Ampithoe koreana が含められていたが、後の研究でヒゲナガヨコエビ属へ移されたため、本邦未知属となった。

 なお、本邦に自然分布しないと判明しているグループ(フロリダマミズヨコエビ、ツメオカトビムシなど)にも和名は提唱されています。将来的に日本への侵入・定着が起これば、ディケロガマルスなどにも和名が提唱される可能性があります。



T県F海岸

 学会は午後からなので、午前は採集を行うことにします。潮回りは気にせず、ハマトビムシを狙う感じです。

 

とても細かな白砂です。
どうやら花崗岩の風化砕屑物が形成している砂浜のようです。


Trinorchestia sp.
恐らく今日本で一番種同定が困難、
というか不可能なハマトビムシでしょう。
完璧な標本が手元にあっても無理です。
詳細はこちら


メスばかりでよくわかりませんがおそらくヒメハマトビムシ属Platorchestia?
背中に見たことの無いバッテンがついてます。

 なかなか巡り会えずボウズの予感に打ち震えましたが、汀線際の濡れている漂着物の周りにいました。房総や熱海のパターンを思い出します。しかし、ヒゲナガハマトビムシとヒメハマトビムシが混ざっているのはあまり見た覚えがありません。

 他のハマトビムシは採れず。バスの本数がヤバいので撤収。





T県U海水浴場

 学会後に最干潮となるので、夕方から採集を行うことにします。といっても日本海側で小潮なので、ちょっと出れば御の字です。

 天気も微妙な感じで駐車場に若干の余裕が感じられましたが、展望台には人が多く、ヨコエビスト一行はかなり浮き気味…。



 小潮でしたが、引く範囲でも様々なタイプの基質を見られる、変化に富む海岸でした。少し歩いただけでヨコエビ相ががらりと変わる、なかなかポテンシャルの高い自然海岸といえます。


Ampithoe changbaensis は褐藻についていました。
近々和名を提唱したいです。


コウライヒゲナガ Ampithoe koreana
磯的環境の緑藻上だとよく見かけます。


ユンボソコエビ属 Aoroides
なぜか状態よく採れました。


何らかの カマキリヨコエビ属 Jassa


Parhyalella属が結構採れました。
本属の日本における分布情報は文献として出版されたことはないはず。
ちなみに江ノ島で採れた本属は未記載種だったので、
ここのも怪しいです。


日本海沿いだけどオス第7胸脚の太さからすると
タイヘイヨウヒメハマトビムシ Platorchestia cf. pacifica と思われる。
未記載だとしても驚きはない。 


ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis でした。

 10科13属くらいは採れました。大潮の時はさぞかし、といったところ。ヨコエビ王国の資格あり、と言ってよいでしょう。



あとこれなに…?



<参考文献・サイト>

朝日新聞社 [編] 1974. 週刊世界動物百科 (181). 朝日新聞社.

広島大学 2023.【研究成果】ペルー北部の温泉から新種ヨコエビ発見. (プレスリリース)

石井英雄 2022.『深海の生き物超大全』.彩図社,東京.359 pp. [ISBN: 9784801305861]

大森信 2021. 『エビとカニの博物誌―世界の切手になった甲殻類』. 築地書館, 東京. 208pp. ISBN978-4-8067-1622-8 

環境省 2020. 報道発表資料「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令の一部を改正する政令」の閣議決定 について. (2020年09月11日)

富川光 2023. 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』. 広島大学出版会, 東広島. 198pp. ISBN:978-4-903068-59-6

山本充孝 2016. (280)極寒 バイカル湖の生き物. 2016年12月10日 00時44分 (10月17日 13時23分更新). 中日新聞.