2020年12月10日木曜日

ROAD TO DESCRIPTION Ⅷ(12月度活動報告・その1)


 2016年からずっとやってる、ヨコエビの新種記載を目指す営みの記録です。このたび無事「受理」となりましたので、このシリーズもやっと終幕となります。

 過去の経緯はコチラ。

I(立志篇)II(救済篇)III(解剖篇)IV(研鑽篇)V(調布篇)Ⅵ(散財篇) Ⅶ(描画篇)

 

  当初は1,2年で論文を出す心積もりでいましたが、もう4年です。
 文章量や描画の枚数でいうと、最初の1年半で7割くらいは出来ていました。ここからが長かった。

 

 私はこれまで、筆頭著者として学術論文を書いたことがありません。
 卒研結果を学会発表した時は、ポスターでした。去年出版された Crustaceana の報告 (齋藤・小川 2019) は原著論文ですがコレスポではありません。某同好会誌には、単著で2本ほど出したことがありますが、邦文ですし当然査読のある雑誌ではありません。
 そして当然、今回は初の記載論文ということになります。 
    
 ヨコエビの記載論文は結構読んでいるつもりでしたが、実際に論文を仕上げる前提で勉強をしてみると、論文の構成がどうなっているか、あまりというかほぼ関心を向けてこなかったことに気付きました(スケッチについてもこんなことを言った気がしますが)。受け手側にいるだけでは分からないことがたくさんあることを痛感しました。

 記載論文を作るにあたって、我が師匠から教わったことと、近年復刊して話題となった『種を記載する』(以下,ウィンストン 2008)の内容は、欠くことができませんでした。また、科学論文の書き方の基礎については、師匠から勧められた『理科系の作文技術』(以下,木下 1981)を大いに参考にさせて頂きました。

 その他、論文の書き方について、なかなか熱のこもったサイトを見つけて読んでみました・・・が、覆面なのが頂けません。お時間ある方は読んでみてください。

 

  今回は、こういった知見と既往研究の実例を踏まえながら、記載論文を書いてみて感じたことなど書き連ねてみたいと思います。分類学的な意味での「命名行為」だけでなく、ただ単純に「名前を付ける」営みについても思うところを書いてみます。

 なお、今回は論文が無事に通ったので結果オーライということで私の方法に妥当性があるものと確信してこの記事を公開していますが、全部が全部常に正しいとは限らないので信じ込まないようにして下さい。



 


まず投稿規定を読め


 最初にやるべきは、投稿先に狙いを定めること。そして、投稿規定を確認することです。「テクニック云々以前にルールが大事」です。

 種の記載なので、当然ながら国際的なアクセサビリティが担保されているなど、考慮すべきポイントが色々あります。よく記載が行われている学術誌から選ぶと良いでしょう(ヨコエビが記載されがちな学術誌はこちら)。
 今回記載するのは東京湾の浅場にいる種なので、国内で無料で読める敷居の低さも欲しいところ。
 そんな感じで選びました。

 投稿規定には、投稿にあたって守るべきことが書いてあります。ファイル形式や、文章として成立するか、などなど。そのレベルのルールすら守れない原稿は査読前に返ってくるようです・・・当然ですね・・・

 また、論文には分野などによっていくつかの論文スタイルがあります。APAスタイルMLAスタイルは有名ですが、他に AMAスタイルシカゴスタイルNLMスタイル など様々あり、該当する様式を把握しておく必要があります。
 今回ターゲットとする学術誌はCouncil of Science Editors (CSE)スタイルを踏襲しており、基本ルールの参照元としてケンブリッジ大学出版の書籍が指定されていました。しかし、こちら800pにおよぶ大著らしく、たぶん個人で買うものでなく、研究室に置いてあったりするものと思われます。

 とりあえずこの本は買わずに、投稿規定を熟読して臨みます。




そして命名規約を読め


 記載論文を書くにあたって押さえなければいけないルールとして、「国際動物命名規約 International Code of Zoological Nomenclature(以下、規約)があります。


 規約は、種~科の取り扱い全般に(一部の条項はその上の分類階級にも)適用されます。これに準拠しない論文は学術誌に載らないか、載ったとしても後の研究者に要らない仕事を残すことは必定です。
 日本分類学会連合が正文日本語版PDFを公開していることはよく知られていますが、これは2005年に更新されたバージョンの第四版です(2020年2月現在)。規約そのものは追補としてちょくちょく修正が加えられており、動物分類学会の出版物等を通してそれを知ることができます。「過去の学名をどのように扱ったらよいか」といった部分は、純粋な記載行為とはほとんど関係ないかもしれません。しかしながら、命名行為に臨む以上、最新の規約の内容は把握すべきです。
 実際に、2019年から2020年に出されたヨコエビの論文の中に、先取権や記載の要件に関して不適切であるとして、該当箇所の修正 (Lowry and Myers 2019; Lowry et al. 2019) や記載のやり直しがなされたもの (Ortiz et al. 2018, 2020) もありました。これらはいずれも実績ある研究者の論文ですので、私のようなペーペーはより一層の注意が必要でしょう。
 ちなみに、件の「記載のやり直し」は、Zoobankの番号を取得していない瑕疵によるものでした。今回私が投稿した学術誌は編集部が番号を取得してくれるので、著者は何もしなくていい旨が投稿規定に明示されていました。あんしん。
 また、規約の勧告16.Cにあるように、記載に使用したタイプ標本は適正に管理され、後世の人間が参照できる状態に維持されねばなりません。新種の記載に着手する際に、少なくともホロタイプだけはそれなりの機関への供託ができる根回しが必要です。今回は諸々大変お世話になった国立博物館と、タイプロカリティの地元の県立博物館の2カ所にわけて、記載に使った標本を供託することにしました。

 


言い回し


 とにかく論文を読みまくることが大切、という話をよく聞きます。

 論文の言い回しもやはり時代により変わるので、出来る限り最新のものを読みまくるべきでしょう。

 当初は、ターゲットとなる雑誌の中で、上位分類群の議論を伴う内容で、尚且つ英語ネイティブが書いているものにこだわって読もうとしていました。しかし、いかんせん日本の雑誌なので非常に歩留まりが悪いことに気付き、著者を問わず読むようにしました。

 あとはこのような語の使い方。当たり前ですが読む時より気を遣います。

  • Although
  • However
  • Nevertheless

  • Accordingly
  • Because
  • Hence 
  • There by
  • Therefore
  • Thus

(※詳細な使い方についてはここでは論じません)



 英語力が地面にめり込んでいる私ですが、中高の英語教育では扱われない電信体(テレグラフ)構文を身に付ける必要も生じてきました。散々読んできた記載文はそれで構成されていますし、凝った表現やひねった言い回しが排除されるという部分では救われます。
 英作文については、若手ヨコエビストから Coyle and Law (2013) という参考書を教えてもらい、大変勉強になりました。文系のレポートも含め「研究論文」に関する普遍的なルールやノウハウを丁寧に解説しており、例題やエクササイズを活用して自学ができるようになっています。

 また、執筆が終わった後ですがこのようなnoteを発見しました。英語の構成を日本語で解説している面白い文章で、日本語にしても英語特有の話の組み立て方などが伺えるかと思います。

 


全体の構成


 よくIMRD(イムラッド)と言ったりしますが、慣例や定型に従って組み立てたいと思います。

 骨組みの設計にあたり、想定する投稿先の学術誌に掲載された過去の記載論文を元にしようかと思ったのですが、これがそう簡単でもないことに気付きました。


 例えば、

1. 導入
2. 系統学
 2-1. 調査標本
 2-2. 判別文
 2-3. 記載文
 2-4. 命名学
 2-5. 所見
 2-6. 生息地
 2-7. 分布
 2-8. バリエーション
 2-9. 生時の色彩
3. 謝辞
4. 引用文献


 といった論文もあれば、

1. 導入
2. 材料と方法
 2-1. 採集および形態学的検討
 2-2. 調査標本
 2-3. 記載文
 2-4. 走査電子顕微鏡での観察
 2-5. 塩基配列
 2-6. バリエーション
 2-7. 命名学
 2-8. 分布
 2-9. 所見
3. 属内の検索表
4. 謝辞
5. 引用文献

 といった論文もあります。


 別の学術誌も含めて、2019年の実績を中心に、過去のヨコエビ記載論文の構造をまとめてみました。過去2年で投稿数の上位を占める学術誌(Zootaxa,Zookeys,European Journal of Taxonomy,Species Diversity,Journal of Crustacean Biology)は押さえてあります。


(左列)記載行為が行われているセクションにアスタリスクを付記した。
  (右列)記載行為が含まれるセクションの内訳を示した。 

   ※性別ごとに記された記載文を「Description」にまとめるなど、
部分的に表記を変えている箇所があります。


 同じ学術誌でも、著者によって構成が変わってくることがお分かりいただけると思います。分類群の状況による変動を差し引いても、かなり流動的といえるでしょう。 

 大枠では、記載文はマテメソと考察の間にあり、結果に含まれる(あるいは代わりの項目を立てる)という共通点が見られます。

 
 投稿規定には「純粋な記載であればマテメソ・結果・考察を適宜まとめていい」と書かれていますが、それをマテメソと題するかどうか、その中に記載を入れるかどうかは指示していないようです。
  こういうのはもしかしたら大学院とかの授業であるのかもしれませんが、何しろ当方は学部で終わっていますので、体系的に学術論文の書き方を習ってはいません。自力で当たって砕けろ的な勉強法になります。今回はマテメソ→分類という章立てとして、分類パートの中に記載と所見を入れることにしました。





 タイトルページ


 「タイトル」「著者名」「著者の所属」「ランニングタイトル」を決めます。
 近縁の種の記載や、同じ雑誌の過去の論文などを見ていれば、タイトルやランニングタイトルはスムーズにつけられると思います。個人的には「新種の記載であること」「種~科名(綱・目)」「産地」などの情報をタイトルに入れたほうがよいかと思います。
 所属については、私の場合は順当にいくと社名を書くことになります。しかし、何となく弊社からNGが出そうな予感がしました。かといって直接聞いたら藪蛇になるかとも思い、所属名として使わせてもらえる団体をみつけてそこに入りました(後からそれとなく確認してみましたが,やはり弊社は論文の所属に会社名を使いにくい状況にあるようです)。ちなみに、甲殻類の在野研究者として大大先輩にあたるS社のS氏は、「会社に特に断りなく名前を使って十年以上になるがトラブルになったことは無い」らしいです。会社によって様々かと思います。



アブスト


 アブストラクト abstract。要旨、要約などと言われます。
 有料の雑誌でもアブストは無料で公開されるので、論文の自己紹介と考えたほうがよいかもしれません。
 個人的には、「アブスト」に「新種名」と「簡単な特徴」くらいの情報は欲しいです。ある意味目次のような役割もあるので、「形態分類」「分子系統解析」「文献調査」 など、研究手法の紹介は入れておきたいところ。また「属の検索表」など,記載を構成する要素以外に盛り込んだ内容があれば、積極的に示すべきでしょう。語数などが指定されますので、あまり冗長ではいけませんが。
 また、研究の要点を示すため「アブスト」の後ろに keywords の項があります。あくまで補助的な部分なので、ここに入れる単語はタイトル等に用いられているフレーズとダブらないよう注意が必要です! !



イントロ


 イントロダクション Introduction。導入、緒言とも言います。
 研究背景を述べます。分類の論文では、属や科の研究過程を紹介することになるかと思いますが、シノニムリストで事足りる部分は省略し、今回の記載の意義に直接関係ある部分を述べたほうがよいでしょう。
 「導入」は時系列的に「結果」より前に位置するため、当然のことながら「結果」にあたる内容を含まないようにします!!



マテメソ


 Material and Method。材料と方法。
 記載論文であれば、まず対象となる標本がどのように得られたのか、などの情報をここに示します。実験系の論文より単調な構成となることが多く、他の論文の書き方を参考に構築する感じです。



結果


 リザルト Result。

 実験論文であれば、マテメソに示した方法によって得られた結果を、正直に記すパートになります。

 「結果」の中で種を記載する場合、何が書かれるべきなのか。私は読み手の要求という視点から論文を書いてみましたので、その時の心持ちを整理してみます。

※あくまで「こういう事例を見かけた」「私はこう思って書いた」というレベルの話です。



 <調査標本:material examined> 

  • 記載に使用した全標本を挙げる。
  • 「標本番号」+ 「成熟度・性別」+「体長」+「採集地」+「採集日」+「採集者」(パラタイプの場合は個体数)。
※「採集地」の情報は、整理した上で「生息地」などの別項目を立てて述べる。「体長」を独立させた論文もある。


<判別文/標徴:diagnosis> 
  • 当該分類群の定義、改訂されるまでは種そのものの輪郭として扱われる。
  • その新種を、種として認識するにあたって必要不可欠な特徴が押さえてある。
  • 現状の知見および定義の範疇で、この特徴を具えているものをこの種として同定する、という手掛かり。
  • 図鑑を作る時に、似た種をいくつも載せるとしたら、種ごとの解説文として掲載してほしい文章。


<記載文:description> 
  • タイプ標本の特徴を余すところなく記述する。
  • 将来的に分類に使われる形質まで漏らさない勢いで、図と文が相補関係になるように記述する。


 <命名学:etymology> 
  •  命名者のみが知る真実を語る。



<変異:variation> 

  • 形態の幅を記録する。

 


<体色:coloration> 

  • 生時あるいは固定後の色彩を記録に残す。



<生息地:habitat> 

  • 地理的特性や微環境について記述。

※「水深」などを独立させた論文もある。


<分布:distribution> 

  • 地図上の生息域の広がりを示す。



 多くの記載論文において「結果」は記載文を収納する役割を果たしますが、「結果」を設けない代わりに「Taxonomy」や「Systematics」が設けられることもあります。

 書きながら思ったのは・・・例えば、マテメソに「採集をして得られたサンプルを分析する」と記し、結果として既知種に同定されたとします。当然、「結果」には同定結果を記述することになります。
 一方、サンプルが未記載と判明すれば、「結果=未記載種と判断された」と述べることになりそうです。だとすれば、その未記載種を記載する行為を含むセクションは「結果」の後に独立した項目として存在しうるのではないでしょうか?マテメソに「もし未記載であったら記載する」と書かれていれば、記載行為も「結果」に含まれそうなものですが、記載するかどうかをマテメソに明記することはあまりない気がします。

 そもそも、新種について判別文を書く場合、あるいは上位分類の判別文を修正する場合,これは「結果」と「考察」のどちらに含まれるのでしょうか?形質情報を選別し、目的をもって並べているところからすると「結果」でしょうか。


 なお、ウィンストン (2008) にはこのような記述があります:

  • 「判別文」は「記載」の一部をなす。
  • 「記載」は「考察」の前が来ることが多い。
  • 「考察」に相当するものとして「所見 Remarks」のほか、「Taxonomic Discussion」「Taxonomic implication」「Relationships」「Comments」「Comparisons」が置かれたり、題がない場合もある。


 つまり、記載行為そのものは「考察」やそれに類するセクションには含まれず、記載の最初に来る「判別文」が「考察」に組み込まれることは無いようです。

 しかし、既往研究に挙げられた特徴を検討して当該新種との違いを論じながら「判別文」を組み立てる場合、少し「考察」めいてくるような気もします。「定義」に照らして「結果(事実)」を見極めて判断を行うのが分類学の営みだとすれば、「判別文(定義)」に対する筆者の見解が「考察」にあたるのは当然だとしても、「判別文」そのものが「考察」に含まれるかというと迷います。

 とはいえ、やはり「結果」で形態の記述だけを行って、その後に「考察」かなんかで記載している論文なんてのは私も見た記憶がないので、今回は王道に従って「結果」に相当するセクションで記載を行うことにしました。
※過去の論文では,「sp.」止まりで形態の線画が掲載され,後の論文で図なしで記載行為が行われたこともあります (Nagata 1965)。また,過去に記載されたある種が紆余曲折を経て別の種のジュニアシノニムになり,そのことに後から気付いた研究者が形態の記述を伴わずに種の記載行為を行ったこともあります (Stock and Biernbaum 1994)。いずれにせよ,形態の記述と記載稿を分けるのは,特殊な事情と考えてよさそうです。



 先に触れたように、ヨコエビの新種記載には色々な経緯があって、それぞれ事情によって項目は変わるはずです。
 今回は特に、幾度か葬送されつつもそのことが世間に広まっていない故に現世に留まっている「とある属」を丁重に弔いつつ止めを差さねばならぬので、当然あるべき「近似種との比較」に加えて、「高次分類の議論」を入れなければならない。これを「結果」として扱うのに迷いましたが、「分類」の章を立てることで解決しました。



考察


 Disscusson ディスカッション。
 事実(結果)に基づき、そこから考察を導きます。


<所見:remarks>
  • 新種とみなす根拠。
  • 標本に関することで、推測や意見を含むもの。あるいは記載文やその他の項目に落とし込むことが難しい情報。

 
<考察>
  • 先行研究を踏まえた今回の新種の位置づけ。
  • 比較的雑多な話題、網羅的な内容を扱うことができる。

 このへんは相対的な区分になると思います。

 他種との識別点の議論が、あくまで今回の新種を軸に行われていれば「所見」に馴染みますが、当該新種のウェイトが小さい場合「考察」に馴染むかもしれません。

  
 記載を行うにあたって、近縁種との比較は欠くことができません。その過程や結果を読み手と共有することは更に重要なことと捉えられているようで、多くの論文において近縁種との識別には多くのスペースが割かれ、多様な手法による検討が惜しみなく行われている印象です。

 その「比較」は「考察」ゾーンに含まれるべきで、特に「所見」として記述されることが多いと思います。しかし、「他種との関係」などと題して独立した項を設けたり、「differential diagnosis」と題して「判別文」の中で識別点を述べるパターンもあるらしく、このあたりは分類群の慣例に従うのが良さそうです。



謝辞


 Acknowledgement。テレグラフから離れ、気持ちを表すパートです。
 卒論では A4 の 1P をぎっしり謝辞で埋めた経験があり、謝辞において後れを取らない自信があったのですが(?)、今回は英語なのと、研究室の同僚というようなノリでは決して紹介できないような方ばかりで、唸りながら既往研究の謝辞を読み漁る日々が続きました。

 そんな中、 このようなサイトを発見しました。

 「世界初(!?)謝辞自動生成システム」という眼を疑う表記。

 さっそく自動生成システムを使ってみたところ・・・限界を感じたため採用を断念しました。しかし、他にもいろいろコーナーがあり、豊富な文例と頻出ワードの解説など、痒い所に手が届くネ申サイトです.このサイトを謝辞に連ねたいくらいです。
 みなさんもぜひご活用下さい。

 また、もう謝辞を書き上げた後に見つけたのですが、こちらのブログで謝辞の構成など簡潔に紹介されています。良記事です。




引用文献

 リファレンス Refarence。
 文献をいかに表記するか、かつてこのブログでも取り上げましたが、論文スタイルに適合するよう体裁を整える必要があります。ワードには参考文献を管理する機能が実装されていますが、投稿先の要求に適合するとは限りません。
 引用文献は、番号を振って管理する場合は本文中での登場順に、著者名・出版名の組み合わせで管理する場合は筆頭著者のファミリーネームのアルファベット順に、論文の最後に掲載されることになります。一方、文中において1つの引用箇所で複数の文献を挙げる場合は、出版年の時系列順に並べます!
 最初の方に触れた「論文のスタイル」は、引用文献にも影響を与えます。インデントや行間などの設定は省略しますが、概ね以下のような違いが出てきます。

【APA style】
Lowry, J. K. & Myers, A. A. (2017). A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265(1), 1–89.

【MLA style】
Lowry, Jim K. and Myers, Alan A. "A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida)." Zootaxa, vol. 4265, no. 1, 2017, pp. 1–89.

【Chicago style】
Lowry, Jim K. and Myers, Alan A. "A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida)." Zootaxa 4265, no. 1, (2017): 1–89.

【AMA style】【NLM style】
Lowry JK, Myers AA. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa. 2017;4265(1):1–89.

【CSE style】
Lowry, J. K. and Myers, A. A. 2017. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265(1): 1–89.

 こちらのサイトに CSEスタイル 引用の例が載っていて参考になりました。また、Coyle and Law (2013) では MLAスタイル と APAスタイル の構成を解説しています。




名付ける楽しみ

 もしかすると、名前をつけたい欲求が大きい人間かもしれません。和名、学名、ちょっとひねって名付けたいタイプの人間です。
 詳細は省きますが、命名規約に定められるところの学名は(一部の例外を除き)アルファベット26字のみを用いて綴られる決まりになっています。全体はラテン語やギリシャ語(化した単語)によって構成され、これには性別などのルールがあります。例えば属には、男性・女性・中性の3性があり、性別に対応して種小名の語尾を変化させます。

 具体的には、Gammaropsis属は女性なので、種小名は ~a (例:G. japonicaと綴られます。Aoroides属は男性であるため、種小名は ~s(例:A. curvipesMonocorophium属は中性なので、種小名は ~m(例:M. insidiosumとなります。

 属の性別は設立時に指示がある場合はそれに従い、そうでなければ、属名そのものの語尾や、既知種の語尾などから判断することができます。しかし、レジェンドクラスの名だたる分類学者もたまに間違えたりしていますので(Ishimaru 1985; Hirayama 1988)、注意が必要です。


 その種の形態や生態にちなんだ特徴から、名前をつけるのが理想です。
 しかし、例えば命名時には十分に大きいと思って「gigas」などと名付けても実は後からもっと大きな種がゴロゴロ見つかるとか、命名時には底生が多い中で珍しい特徴と思われ「pelagica」などと名付けても後にむしろ遊泳性種が多いことが判明するとか,わかりやすい名前をつけたつもりで、かえって後世の混乱につながる命名をしてしまう可能性もあります。

 また、属名と種小名のセットで構成される学名のシステムにおいては、最初に記載された時の属と種の組み合わせが後からバラバラになる前提で考える必要があります。後に新種が見つかる場合だけでなく、属位変更があった時にも,混乱が起こり得ます。そういうわけで、個人的には、分類学的に安定性が乏しいグループについては、相対的な特性に基づく命名しないほうがよいと思っています。つまり、種やそれ以上の分類が安定に程遠いヨコエビの学名は、まだ油断ができないと思っています。
 

 なので、種名については、揺らぐことのない絶対的な事柄(タイプロカリティや関係者)から持ってくるのもアリでしょう。人への献名には「美しくない」と批判をする人もいるようですが、記載してもし尽せない現実が横たわるα分類にどれだけ携わった上での発言なのかは大いに疑問です(まあ,仮に一つの属に含まれる過半数の種が献名だったりしたら,研究者名簿を見ているようで変な気分はするでしょうが)。また、最近の話題でいえば筆頭著者がセルフ献名した十脚類の事例がありましたが (Saengphan et al. 2020)、ヨコエビ界隈でも著者が自分の名前を学名につけた例は記憶にありません。

 ヨコエビ界隈では恩師や高名な研究者に経緯を示して名付けられた種のほかに、発見者 (Berge et al. 1999; Stoddart and Lowry 2010; Lowry and Stoddart 2011a) や、携わった機関(Joseph et al. 2018)、調査船 (Chevreux 1899; Stoddart and Lowry 2010; Kodama and Kawamura 2019) などに由来する種もあります。中には、ひたすら肉親とか知人の名前をつけまくった論文 (Coleman and Lowry 2006) などもあり、これはさすがにやりすぎだと思います。

 個人的には、地元の伝承とか物語Ruffo et al. 2000;Krapp-Schickel 2009d’Udekem d’Acoz and Verheye 2017; Sidorov 2020)、あるいは少数民族の言語や方言に因んだ種小名が好みです(Ishimaru 1985; Kuribayashi and Kyono, 1995; Nakamura et al. 2019。好きなアーティストに献名してニュースになった事例 (Thomas 2015) もありましたし、好きなビールの銘柄 (Weston et al. 2020) に因んだ命名や、最近では新元号「令和」から命名されたのもいました(Okazaki et al. 2020)。

 ヨコエビは、日本に分布するものでも、種や上位分類群に和名がないこともあります。科とか属に和名がない場合は、種の記載のついでに和名を提唱するチャンスかもしれません。
 和名は、図鑑やニュースに載らないまでも、レポートに使われたり観察会で紹介されたりと、学者以外の人がよく使います。学名に使われるアルファベットは、アナグラムだったりそもそも意味がなかったりしても、記号として用いられるため問題はありません(ただし単語として成立しない出鱈目な配列はダメですし、規約の勧告25でも使いやすいこと等が示されています)。しかし、和名はそうはいかないと思っています。
 さきほど「相対的な特性から命名しないほうがいい」と述べましたが、和名についてはちょっと違う気持ちを持っています。和名は属位変更の影響を受けませんし、国内だけで成立すればよいので、全世界の構成種を考慮せねばならない学名より名付けやすいはずです。そもそも(一部を除いて)運用を拘束する決めごとが無いので、例えば動物の中で他の種と被っても名前が消えたりしません(例:ベニスズメ,ヤマトシジミ,ミミズク,マツムシ等)。なお、学名の場合は同じ規約が適用される枠組みの中では被ることは許されませんが、動物 vs. 植物など異なる規約が支配する分類群同士では制限がありません(例:ByblisLeucothoeStenia 等)
 こういった理由で、学名とは少し趣を意として、あまり事務的な側面を考えずに特性を重視して分かりやすく名付けたほうが親切な気がします。

 個人的には、テッポウダマウチデノコヅチホヤノカンノンダイダラボッチなど、印象的な和名を数多く提唱した Ishimaru (1994) が最高だと思います。また、学名もそうですが和名は長くしようと思えば「ニセクロホシテントウゴミムシダマシ」とか「セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ」とか「リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコ」というようにいくらでも長くなるので、個人的にはリュウキュウホソオツノアルキといった「体言止め」を活用して引き締まった和名が好きです。ただし、「コナガ」「カスマグサ」のように省略が過ぎて伝わりにくくなるのも考えものかと思います。



横棒にご注意


 論文の執筆にあたり、今まで考えたことも無い壁に直面しました。

 まずこちらの文章をご覧ください。

 The specimens were chilled to −5 ℃ before preserved in 99% ethanol.
 Maxilliped palp: 4‐articulated; inner plate with 3 apical spines — each spine reduced and robust — and followed with 6–7 fine setae.



 注目いただきたいのは横棒です。

 この横棒、実は4種類あります。


”「−」5 ” : マイナス U+2212

”4「‐」articulated” :  ハイフン  U+2010


”「—」each spine” :  emダッシュ U+2014

”6「–」7 fine” :   enダッシュ U+2013


 いや、もう一緒でよくね?



単位系


 ヨコエビの記載において使うのはほぼ長さ(mm,m,km)くらいで、あとは(国際単位系ではありませんが)せいぜい緯度経度や塩基対(bp)と思われます。

 木下 (1981) にはSI単位系と併用単位などが一通り挙げられています。本書はミリオンセラーの技術書ですが、紙の本だということは覚えておかねばなりません。2019年にキログラムの定義が改訂されたことは記憶に新しいですが、このように単位系には改訂があるので、万全を期すには逐次最新の知見を参照できることが望ましいです。SI について web などでアナウンスしているのは測量や計量に関わる企業だったりするのですが、あまり更新頻度が高くないページが多くて意味が薄いので、ひとまずBIPM(国際度量衡局)のリンクを貼っておきます。

 とはいえ、よほどデリケートな単位を使うことがない限り、重篤な問題は起きない気がします。併用単位を含めて、common sense を記述しつつ多くの人の目に触れて揉まれているソース、例えば wikipedia などで事足りると思います。ちなみにこのブログの執筆時の直近1ヵ月で、wikipedia の「国際単位系(日本語)」は1日平均約500ビュー、2週に1回程度のペースで編集されています。掲載漏れや荒らしのない、ちょうどいい状態にあると言ってよいでしょう(あくまで印象です)。



読んでもらう


 投稿論文の原稿は、提出する前に誰かに読んでもらうべきでしょう。今回私は経験豊富な共著者に恵まれ、また執筆に長い時間をかけたことで多くのヨコエビストにアドバイスをもらう機会を得ました。有り難いことです(この良し悪しについては後述します)。
 また、英語を母原語としないものはネイティブのチェックを受ける旨、投稿規則にて指示がありました。今回は親交のあった米国の院生に依頼しました。

 ちなみに、簡易的な英文のチェックには「Grammarly」というサービスがあります(無料コースあり)。無料コースを使った限り、学術的な表現には全く対応していませんが、数の一致など基本的なもののワードのスペルチェックだけでは引っかからない間違いをたくさん確認したいときなどには有用です。
 また、利用したことはありませんが、海洋生物学や分子生物学の論文(特に甲殻類!)について「ジャパン・サイエンティフィック・テキスト(JST)の英文校閲サービスがオススメとのことです。



投稿してから


 完成した原稿は、投稿規定に定められた方法で提出します。今回は全てEメールでのやりとりでした。送付ができたら編集委員から逐次連絡が来ます。

 私が想定外だったのは、査読者の推薦をお願いされたこと(そもそもそういうシステムがあることを知りませんでした)。
 初めての記載で不安に駆られていた私は、先に述べた通り折に触れてたくさんのヨコエビストに助けを求めており、査読の折にレフェリーたりうるアクティブなヨコエビ研究者をかなり巻き込んでしまいました。「編集者はこの謝辞を見てどうやって査読者を見つけるのかな?」などと悪役のような笑みを浮かべていましたが、それがまさか我が身に返ってこようとは・・・
 査読者の推薦についてはネット上の噂では諸説あり、「著者から推薦された査読者は外すに決まってる」「著者の推薦通りに依頼が来た事例がある」「査読してほしくない人を指定するとその人に回されるに決まってる」「査読してほしくない人の希望はわりと通る」などなど。分野とか雑誌によって事情が違うのかもしれませんが、査読は匿名なので、憶測が生まれるのも無理はありません。

 とりあえず「私個人から原稿を見てくれるよう頼めるほどの関係性は温まってないけどこの分類群に詳しい」方をご指名させていただきました。ただ、当然ですが、結局その希望が通ったかどうかわかりません。

 

  コロナ禍の影響があるかわかりませんが、今回は原稿を送ってから半年後頃にレビュー結果が来ました。

 今回の評定は「掲載可」。ほっとしたのも束の間、メジャーリヴィジョンとの闘いが待ち受けていました。レビュアーによって着眼点は様々で、また2人の共著者と2人のレビュアーのチェックを経てもなお誤植が見つかるなど、恥ずかしいこともありました。著者本人しか分からない情報については間違っていても誰も直してくれませんので、見つかるたびヒヤヒヤします。

 

 さて、原稿が完成してからの流れとしてはこのようになるかと思います。

  1. 雑誌の事務局へ送付
  2. 連絡待ち
  3. (※指示のある場合)査読者指名
  4. 連絡待ち
  5. 事務局から査読結果返答(掲載可/掲載不可)
  6. (※リヴィジョンありの場合)修正原稿および修正点のレポートを提出
  7. 連絡待ち 
  8. (※リヴィジョンありの場合)事務局から再度結果返答(掲載可/掲載不可)
  9. (※場合により)供託標本等のナンバー取得
  10. 初稿提出
  11. 連絡待ち
  12. 最終的な修正箇所の連絡
  13. 修正箇所の確認・返答
  14. 連絡待ち
  15. (※場合により何度かやりとりした後)受理通知
  16. 連絡待ち
  17. 初校確認の連絡 
  18. 初校の確認・返答
  19. 連絡待ち
  20. (※場合により何度かやりとりした後)校了の連絡
  21. 公開待ち
  22. 出版

 

 

 今回はタイプ標本群を2つの博物館へ供託したので、それぞれの管理No.を取得しました。これに前後して、遺伝子情報を GenBank に登録しました。これらNo.を初稿へ反映させ、事務局へ再度提出します。

 振り返ってみると、共著者や事務局からの連絡待ちの間が結構あり、緊張が途切れた場面は多かったかと思います。こういった隙間時間にうまく別の論文執筆を入れたりして、時間を有効活用できるようになりたいものです。

 
 論文の内容についてはまた改めて。


ROAD TO DESCRIPTION


(補遺)2021.3.22

 実は受理の後、図の解像度について物言いが入りまして。だいぶ揉めました。

 文章や図表には数値的な基準がありますが、数値ではない実際の解像度(カクカク具合)については、元データの情報量で管理するしかないです。

 今回は可能な限りベクタで入稿というエクストリーム解決を図りましたが、やはりそれなりの環境がないと危ないと認識しました。

 また、校正の段階にも関わらず誤字とか凡ミスがボロボロと出てきて修正にかなり時間がかかりました。研究遂行能力が問われる局面の一つと思い知りました。


 -----

(補遺2) 15-VIII-2024
・一部書式設定変更。

 

 
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2020年11月29日日曜日

他の動物に棲み込み・共生を行うヨコエビ(11月度活動報告)


 ヨコエビは、隣接したニッチを行き来し幾度も適応を繰り返して多様化を遂げたという説を過去に紹介しました。

 海藻への適応では、他へ移動できないほど形態を変化させたグループ(ミノガサヨコエビ科 Phliantidae,ネクイムシ科 Eophliantidae 等)が知られていますが、動物へ寄生するヨコエビはやはり中途半端のように思われ、比較的容易に他のニッチへ移っていける状態のように見えます。

端脚類が付着する海産動物の模式図。

 

 ヨコエビ(Senticaudata,Hyperiopsidea,Amphilochidea,Colomastigidea の4亜目体制)では、付着生活に特化して遊泳力を犠牲にしたグループとしてワレカラの仲間が知られています。特に鯨類への付着に特化して身体を扁平に、歩脚を鈎状に変化させたクジラジラミは、ずば抜けて付着生活への適応が進んでいるといえましょう。
 端脚目 Amphipoda 全体でいえば、ヨコエビとは別にクラゲノミ亜目という外洋性のグループがおり、クラゲなど寒天質浮遊性動物に寄生しています。このグループの一部は幼生期をもつなど暮らしぶりが特殊化していて、ヨコエビより寄生生活に適応しているようです(変態することで「宿主の探索」と「成長・繁殖」という異なる目的にそれぞれ特化した身体構造を獲得できると思われます)。 




  しかし、こういったスペシャリストであっても、ある種の等脚類のように体節を喪失するレベルの適応は見せていません。

 このように付着生活へ特化しきれていないヨコエビですが、動物に付着する事例は世界中から報告され、近年も何本か論文が出ています。寄生も含めて、そういった話題を集めてみました。




魚類

 2019年、ネットを賑わせた寄生性ヨコエビが ジンベエドロノミ Podocerus jinbe です (Tomikawa et al. 2019)。この種は、美ら海水族館の生け簀で飼われていたジンベエザメの口内(鰓耙)に付着した状態で発見されました。鰓を通過する海水に含まれる有機懸濁物を頂戴して生活しているとされていますが、1個体に1,000匹もついていたとのことで本当に邪魔になっていないのか気になるところです。
 軟骨魚類については他に、北大西洋においてカッチュウヨコエビ上科の Lafystius sturionis Krøyer, 1842 が ガンギエイ grey skate をはじめとする多様なエイにつくことや、北大西洋および北太平洋においてはフトヒゲソコエビ上科の Opisa tridentata Hurley, 1963 がアブラツノザメ Squalus suckleyi につくことが知られています.同じくフトヒゲソコエビ上科に含まれるサカテヨコエビ科 Trischizostomatidae Trichizostoma raschi は クロハラカラスザメ Etmopterus spinax に寄生するとのことです (Benz and Bullard 2004)
 また、サカテヨコエビ属は Bathypterois phenax(イトヒキイワシ属の一種)などの硬骨魚類へ寄生する(Freire and Serejo 2004)ことも知られています。





爬虫類

 モクズヨコエビ科の Hyachellia が、アカウミガメとアオウミガメの体表から見つかっています (Yabut et al. 2014)。また、ウミガメドロノミ Podocerus chelonophilus というそのままの名前のやつもいます (Yamato 1992)
 ウミガメはワレカラやタナイスなどの生息基質として知られていますが、こういった小型甲殻類はウミガメの体表の溝に入り込んだり、生える海藻に付着しているようです。




脊索動物

 その名も「ホヤノカンノン(海鞘之観音)」というヨコエビは、ホヤ類の体表に埋没して生活しています。近縁のエンマヨコエビ科の各属とは、歩脚の先端が亜はさみ形になっていることで識別されるほど、属レベルで付着・埋没生活への適応がみられます。Foster and Thoma (2016) や 星野 (2020) で美麗な生態写真を見ることができます。




海綿動物

 経験上、マルハサミヨコエビ科 Leucothoidae や イソヨコエビ属 Elasmopus などが入っていたりします。海綿は、濾過食者として新鮮な水流やデトリタスを得やすい環境に定位しやすいと思われ、棲み込みだけでなくデトリタス食ヨコエビの足場としても利用されやすい気がします。

 文献ではセバヨコエビ科 Sebidae の記録が散見され、Seba alvarezi セバヨコエビ属の一種 (Winfield et al. 2009) が棲み込むことが知られています。

 ネット上では、ツツヨコエビの一種が付着する様子が紹介されていたりします(asturnatura.com)。

 また、アシマワシヨコエビ Maxillipius rectitelson が乗っかっている写真もあります (星野 2020)




刺胞動物

 刺胞動物と共生するには毒の銛を克服する必要があるように思えますが、タテソコエビ科 Stenothoidae との親和性が高くわりと事例が報告されているようです (Marin and Sinelnikov 2018; 星野 2020)。ヒメイボヤギ Tubastraea coccinea にマルハサミヨコエビ属 Leucothoe とタテソコエビ属 Stenothoe が付着するとの報告もあります (Alves et al. 2020)
 イソバナ Melithaea flabellifera にはテングヨコエビ科のイソバナヨコエビ Pleusymtes symniotica が付着することが知られています (Gamô and Shimpo 1992)。

 深海イソギンチャク Bolocera tuediae からは、フトヒゲソコエビ類の一種 Onisimus turgidus が見つかっています (Vader et al. 2020)。 

 クダウミヒドラ類には、マスト形成ヨコエビである キシシャクトリドロノミ Dulichia biarticulata がマストを形成して付着する様子が観察されています (星野 2020)

 

 



軟体動物

 タテソコエビ科の Metopa alderiiMe. glacialis と、ツノアゲソコエビ属の一種 Anonyx affinis は、Musculus discorsMu. laevigatusMu. niger などの二枚貝の中に入り込むことが知られているようです (Just 1983; Tandberg, Schander and Pleijel 2010; Tandberg, Vader and Berge 2010)。生態写真はベルゲン大学博物館のブログで見ることができます。




棘皮動物

 著名なところでは、シャクトリドロノミ属の一種 Dulichia rhabdoplastis が、ハリナガオオバフンウニ Mesocentrotus franciscanus のトゲの先にマストを作る事例が知られています(Invertebrates of the Salish Sea)。

 ロス海では「南極ウニ」の一種 Sterechinus neumayeri に付着するフトヒゲソコエビ類 Lepidepecreella debroyeri が発見されています (Schiaparelli et al. 2015)
 エゾテングノウニヤドリ Dactylopleustes yoshimurai は、エゾバフンウニ Strongylocentrotus intermedius の棘の間に生息しています。町田 (1991) は D. obsolescens (not Dactylopleustes obsolescens Hirayama, 1988; D. cf. yoshimurai) を解剖し、体内がウニの組織らしきもので満たされているのを確認しており、ウニの軟組織を食べている可能性が高いようです。今年の夏には、ウニ付着性ヨコエビが宿主の弱った組織に集まるという事例が発表されており (Kodama et al. 2020)、ウニ付着性ヨコエビは今ホットなテーマの一つと思われます。

 ナマコの体腔内から見つかっているフトヒゲソコエビ類 Adeliella属 もいます (Frutos et al. 2017)
 メリタヨコエビ属の一種は、ヒトデの一種 Ophionereis schayeri の体表に付着している様子が観察されていますが、その関係は十分にわかっていないようです (Lowry and Springthorpe 2005)




環形動物

 カンザシゴカイ類の棲管に、イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax が二次的に棲管を形成して生活する様子が報告されています (星野 2020)

 

 

 


甲殻類

 バイカル湖に生息する Pachyschesidae 科 は、他の大型ヨコエビの覆卵葉内部に寄生します (Karaman 1976)
 カニに付着する例もあります (Vader and Krapp 2005)。また、日本からはイセエビの鰓室に入り込むという、その名も イセエビチビヨコエビ Gitanopsis iseebi というチビマルヨコエビの仲間が知られています (Yamato 1993)
 鳥羽水族館がブログに載せていたヤドカリの体表から発見された Isaea属の未記載種は、日本からは報告が乏しいグループなので続報が俟たれます。

 深海ではフトヒゲソコエビ類の一種 Paracyphocaris praedator が、遊泳性十脚類ヒオドシエビ類の一種 Oplophorus novaezeelandiae の卵に擬態しながら卵を摂食しているとの説があります (Lowry and Stoddart 2011)。これは卵に対する寄生や捕食の類ですが、親エビに対しては体表付着という扱いになるでしょう。

 その他、Vader and Tandberg (2015)  にすごくいろいろ載ってます.無料なのがありがたいですが、ところどころリファレンスが間違っているので注意が必要です。


 海綿(コルクカイメン属 Suberites)付きの貝殻を使用しているカイメンホンヤドカリ Pagurus pectinatus などから複数のヨコエビ(テングヨコエビ科:Sympleustes japonicus,カマキリヨコエビ科:Ischyrocerus commensalis,タテソコエビ科:Metopelloides paguri)が見つかった、という報告もあります (Marin and Sinelnikov 2016)。こうなると、もはや誰が誰に寄生しているのか訳が分かりません。



 やはりヨコエビ類において付着生活への適応度合いは低く、眼で見てヨコエビと分かるレベルの体制を具えています。明確な寄生性というより、デトリタス食において多少の御利益があるとか、底生自由生活の延長線上にある印象です。岩場などに棲むヨコエビは、二枚貝の足糸の間にコケムシやら海綿やらが入り込んだ構造に隠れていることがよくありますが、彼らにとって生きたベントスの体表もそういう複合的な環境と、大した違いはないのかもしれません。付着生物の体組織そのものに用事はなく、二次的に自ら造成した生息基質を利用しているヨコエビがいることは、その典型と思います。いずれ等脚類や橈脚類のように身体が袋状に変化してしまう日がやってくるのか、気になるところです。

 

 



2020年10月11日日曜日

あらためてヨコエビのマイナーさについて考える(10月度活動報告)

 

 このたび縁あって『ベントスの多様性に学ぶ海岸動物の生態学入門』(以下,この教科書)を読むことになり,気付いてしまったことが.

 

 全く期待してなかったんですが・・・

 何と言うか・・・

 結構ヨコエビ出てくるじゃん・・・

 

 ヨコエビって,もしかして超人気の題材なんじゃ・・・

 

 



 この教科書における端脚類の扱い

  • 裏表紙:ワレカラ類
  • p.50:マルエラワレカラの性的対立 
  • p.73–74:一部の甲殻類の子育て(ワレカラ類)
  • p.80–81:ヨコエビ属の環境性決定
  • p.91:海藻の選好性に乏しい端脚類
  • p.152: 有機物の異地性流入を担うヨコエビ
  • p.185, 187:藻場・海草場の棲み込み生物(生態写真)

※単語として登場する箇所もありますが割愛

 なお,p.91:L22–23 で Cymadusa filosa を「モズミヨコエビ類」としていますが,モズミヨコエビは Ampithoe valida と対応する種の和名なので,別属である本種は正確には「ヒゲナガヨコエビ類」とすべきでしょう.C. filosa はモズミヨコエビと同様に種群として扱われることが多く,Cymadusa 属における代表種の一つです.

 また,p.122:L10で「脚類」との表記がありますが恐らく「脚類」の変換ミスでしょう.

 

 このように,この教科書には何カ所も端脚類が登場します.どうせならもうちょっと出してもらってヨコエビの布教にご協力頂いてもいいかな(グヘヘ)と思う反面,これ以上は増えない気がします.

 そんなわけで,改めてヨコエビのメジャー度合/マイナー度合について感じたところを述べてみます.なお,数値的に他群との比較を行って検証を行う類のものではありませんので予めご了承ください.




初学者に対するわかりやすさ

 大学に入ったばかりで,ヨコエビが何たるかを知っている者は少ない.感覚的には,生態学系学科の新入生でその名を聞いたことがある者はごくわずか,wikiに載っているような代表的な写真でヨコエビを正しく指し示せる者はともすれば棄却域へ入ってしまう数値のような気がします.

 カニとか巻貝とかゴカイならまだしも,多くの若人は「ヨコエビ」と聞いてガタガールsp.第12話の干太君のような反応 (小原 2019) が常でしょう.

 まず分かりやすい例を示すのが,生態学初学者向けを謳う教科書の本分でしょう(そういえば大学の授業でヨコエビが出てきたことはほぼ無かった).というわけで,このくらいが丁度良いのかと.


研究例が乏しい

 この教科書は,日本ベントス学会選りすぐりの研究者からなる編集委員により執筆された泣く子も黙る専門書で,古くは19世紀のダーウィンの著書を引用したりしながらも,根幹となる知見は21世紀に入ってからの最新の学説を豊富に採り入れています.ベントスの範囲を「海産の底生無脊椎動物」に限定しつつも,取り扱う範疇は海域に留まらず,普遍性の高い事柄については淡水ひいては陸上生物にも及びます.部分群集に触れたp.124では,近年の事例から幾つかの論文を例として引いており,海岸の生物群集が研究者によってどのように切り取られて料理されてきたかを伺うことができ,バイブスが上がります.

 末尾に13冊程度の参考図書が挙げられているばかりでなく,本文中に引用されている文献のアクセサビリティもまあまあ高く,授業の教科書としてだけでなく自学ツールとしても優れています.p.217–218 では採集調査に関わる注意点なども言い添えられており,痒い所に手が届くというか何というか.

 海岸生物の相互作用,特に多様なファクターを内包した潮間帯という環境に適応した生物たちの性質は,大学でも叩きこまれたし,フィールドで得た肌感覚として持っている自覚がありました.しかし,その特殊性や普遍性についての学際的な解説にじっくり触れたのは初めてかもしれません.

 

 A5版ペーパーバックで250P程度というこの教科書の装丁は,とても取り回し易い!かわいいイラストと平易な文章により構成され,図や字が大きく見やすい!しかし,通底に流れる思想は極めてサイエンティフィックかつドライです.あの名曲「ベントス学会30周年記念本のテーマ~なぜ、今「海岸動物の生態学入門」を買わなければならないのか?~」の中で「表紙かわゆく 中身はタフだ」と紹介されている所以でしょう.例えばこのような表現があります.

性別は,生物の個体群に見られる最も一般的な二型 (p.53: L8)

「食べる」ことは,餌に含まれる物質やエネルギーを獲得するための営み(中略)生物を「物質やエネルギーの運び屋」として捉え(後略)(p.145: L7–9)

 このように,生物という事象に対する科学者特有の遠慮深さとストイックさを,その言い回しの端々から感じることができます.


 また,個体群構造や種分化の解説に際して(生態学の入門書であるにも関わらず)本質的かつ鋭い分類学的見識が披露されているように感じます.

  さて私たちは,とある動物2個体を見たとき,その交配可能性をどのように認識しうるだろう。多数の個体の組み合わせについて,野外あるいは実験室内で交配を観察し,子どもができるか,またその子どもの子孫に繁殖能力があるかを確認するのは,たいへん難しい。そこで私たちは多くの場合,間接的な証拠を積み上げることで種を認識しようとする。(p.22: L3–7)

 こういった背景説明は非常にわかりやすく,海洋生態学を志す学生でなくとも,生物に興味がある全ての人にお勧めしたいです.



 脱線しましたが,ともあれこの教科書は膨大かつタイムリーハードな実践的情報を,とっつきやすい入門書にまとめ上げています.

 毎年出版される論文の面白さや知見の深まりは,ヨコエビもひけは取りません.しかし,海産底生無脊椎動物に典型的な各種の事柄について代表的といえる事例はあまり多くないように思えます.これは,種分類の作業が未だに絶賛進行中であり,生態学などの研究を組み立てる前の「地ならし」が済んでいないことも一因かもしれません.また,そもそもヨコエビは同じ環境に繰り返し侵入したり狭い地域で種分化したりと,似通ったボディプランや生態特性を持ちながら種多様性を増している傾向があります.また,沿岸性のヨコエビは概してライフサイクルの全ステージにおいて小型の自由生活者で,常に魚類の捕食圧に晒され,それに対して身体の隠匿あるいは高い回転率・生産性でカバーしている部分があると言えます.そういった理由で,ベントス全体の多様な形態・生態と比較して戦略が単調で,持ちネタに限りがあることも考えられます.

 なお,端脚目の生理・生態学的知見については Bellan-Santini (2015) で網羅的に取り上げられていますが,あくまで目の性質を記述した性質のもので,海岸生態系における立ち位置を明確にするものではありません.

 


そもそも目だし

 当ブログは「この世はすべからくヨコエビで溢れている」というスタンスを貫いていますが,実際のところその種数は世界で1万程度です.この教科書に引かれている数値を借りれば海洋生物の種数は20~23万程度なので(生活様式の検討など諸々こまかい話は抜きにして)強気に見ても構成種の割合は5%程度に過ぎません.

 また,いわゆる「ヨコエビ」は目レベルの分類単位です.前述の巻貝やゴカイは一つ上の綱レベルなので,その多様性は比較対象になりません.なお,エビ・カニ等が含まれる十脚目とは張り合ってもよいですが(?),構成員の種数が1.5倍程度なのに対して,そのボディプランや生態の多様性では十脚類に軍配が上がるのは言うまでもありません.なので,このくらいがちょうどよいかと.

 

 

  というわけで,書籍紹介をしたかっただけのようにも見えますが,ここにきて改めてヨコエビの生態学的研究ひいてはその基礎となる分類学的知見の蓄積の重要性が白日の下に晒されたわけです.そして,高校生くらいの年代までにヨコエビの教育を浸透させる必要性も非常に高い.いろいろと仕掛けをせねばなりませぬな.

 

 

 <参考文献>

Bellan-Santini, D. 2015. Order Amphipoda Latreille, 1816. In: Klein, C.V. (ed.) Treatise on Zoology — Anatomy, Taxonomy, Biology. The Crustacea, Volume 5, pp 93–248.

日本ベントス学会 (ed.) 2020. 『ベントスの多様性に学ぶ海岸動物の生態学入門』. 皆文堂, 東京. 248 pp. 

— 小原ヨシツグ 2019. 第12話 ヨコエビはエビじゃない!! その②. In:『ガタガールsp. 阿比留中生物部活動レポート(2)』. 講談社, 東京. 184 pp. (電子書籍)


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補遺 (15-VIII-2024)
・一部書式設定変更。

2020年9月29日火曜日

紅く染める(9月度活動報告)


 ヨコエビの解剖・観察において染色が有効であることは,すでに述べた通りです.


 ドイツのヨコエビ研究者である C. O. Coleman氏 は,分類研究におけるコストである描画作業を簡単にする方法として,組織染色を提唱しています.すなわち,染色したヨコエビの付属肢をスライドグラス上にマウントし,撮影した顕微鏡写真を電子データとして取り込み,それをコンピュータ上でトレースしてベクタ画を描くことで,線画作成の時短を図るとのことです.Coleman (2005) が示した手順はこんな感じです.

  1. 標本の筋肉を酵素で分解する(3mLホウ酸ナトリウムを7mL蒸留水に溶解し,0.1gのトリプシンを加える等).酵素によく馴染むよう,標本は水に浸して固定液を抜いておく.
  2. 溶解液と標本をバイアルへ入れてホットプレートにかけ,40~45℃で1~6時間加温する.
  3. 筋肉を分解した標本を70%エタノール水溶液へ入れ,水酸化カリウムと,乾燥防止のためわずかにグリセリンを加える.
  4. 50~60℃で2~3時間加温して組織を溶かした後,標本をグリセリンに浸漬する.
  5. 標本を再び70%エタノール水溶液に入れ,脱石灰化する.
  6. 70%エタノールにリグニンピンク(Azophloxine)の結晶とわずかにグリセリンを加え,ホットプレートで加温する。適度に染色されたら,標本をグリセリンに戻して完了.



 めんどくさすぎるよ!

 あと,これ,遺伝子解析用サンプルを別にしておかないと,絶対にデータ採れないよね?
※ちなみに,全く違う手法ですが,遺伝子解析用のバッファにタンパク質を反応させ,内部を溶かすこともできます.これなら遺伝子も外骨格も得られます.



 ホットプレートや特殊な試薬など,野良研究者には敷居の高い方法です.

 例えば,上記方法ではなく,シンプルにローズベンガルあたりを使うとします.これもそのへんに売っているような代物ではありません.そして,その染色剤の元を入手できても,希釈・調合すると1ロット500Lくらいになってしまうようで,丁度いい量での販売はしておらず・・・



 そんな中,このような未確認情報が・・・




「魚の鱗の輪紋を観察するのに紅生姜の汁に漬けると見やすい by 林公義先生」



・・・なんですと!?



 さっそくやってみました.



漬け物



<Materials>

  • 70%エタノール液浸ヨコエビ標本(Pontogeneia sp.
  • Rose bengal 染色液
  • 紅生姜(液)*1
  • 福神漬け(液)*2
  • マイクロチューブ

福神漬けと紅生姜の漬け汁(F液,B液).

*1 Beni Shoga: ginger pickled in umezu (mixture of rice vinegar and salt which used to make pickles of Prunus mume). Also pigmented by red Perilla leaves.

*2 Fukushin Dzuke: salt pickled 7 kinds of vegetables (Japanese white radish, cucumber, lotus root, Japanese egg plant, etc.) are chopped and pickled in mixture of soy souse and sweet sake.


















Pontogeneia sp.




<Method>

  1. 同じロットのヨコエビ標本から大きさが同じくらいの3個体を選ぶ.
  2. マイクロチューブに1個体ずつヨコエビ標本を入れ,染色液を注ぐ.
  3. 室温で6時間放置.
  4. ヨコエビ標本を70%エタノールに戻して保管.定着具合を確認.



B: 紅生姜, F: 福神漬け, R: Rose bengal.



  まず,Rose bengal は当然ショッキングピンクなのに対して,B液とF液は色が薄くて何となく染まらなさそうですね.まあ実際漬かってる食品(植物組織)は染まってるので,これがどうヨコエビに反応してくれるかという・・・.


 ちなみに,それぞれの漬け材料はこのような感じ.






 F液(福神漬け)は3種の合成着色料を含むようです.

 Tartrazine(黄色4号),New Coccine(赤色102号),Acid Red(赤色106号)は,いずれもナフサを原料としたタール色素で,ローズベンガルと同系統です.期待できそうです.



 


 B液(紅生姜)はまさに「天然成分」ですね.優しいですね.
 「野菜色素」とありますが,恐らく紫蘇 Perilla frutescens var. crispa で染めているのでしょう.だとすると,つまり色素は Cyanidin なので,ブルーベリージャムなどでもpHの調整により同様の反応になると思われます.

 もっとチープなやつは合成着色料が入っていたかもしれませんが・・・(これもかなり安かったのですが店にこれしか無かったので)





<Result>


 では,こちらが6時間後のヨコエビです.
 


B: 紅生姜, F: 福神漬け, R: Rose bengal.



 驚くほど染め分けられてます.

 F液にはタートラジンが効いているのか,かなり黄色みが出ています.
 

 しかし,ここで気になることが・・・

 触角がなくなってる?!


 F液に入れた個体は第2触角の鞭部が片方ないものでしたが,F液から揚げると両方の鞭部がなくなっていました.


 また,B液の個体を確認すると,第4胸脚などがもろくなっておりました.


 よく分かりませんが,だいたい酸性に寄っていると思われる液性の問題でしょうか・・・?

 
 やはりヨコエビは繊細ということですかね.

 もう少し工夫してみます.





食紅


 既往研究の論文を探したところ,中島 (2005) は酢酸ニューコクシンについて,酢酸オルセインおよび酢酸カーミンと対比する形でタマネギ細胞に対する染色能力を検証し,細胞質までよく染まることを報告しています.


 なるほど,食紅ね・・・



<Materials 2>

  • 70%エタノール液浸ヨコエビ標本(Pontogeneia sp.
  • 食紅(New Coccine 15%)
  • 99%エタノール
  • お湯

<Method 2>

  1. 食紅0.1gを15mLの熱湯に溶解させる.
  2. 食紅水溶液を35mLの99%エタノールと混合し,70%エタノール水溶液50mLとする(N液).
  3. N液にヨコエビ標本を入れ,6時間ほど室温で静置する.

70%エタノール-ニューコクシン水溶液.この状態ではかなり赤い.



 食品に用いる場合,食紅のラベルに記載された使用量は0.03~0.07%程度とされています.N液の調整に際しては,中島 (2005) を参考に,食品用濃度の10倍程度にあたる1%とした上で,普段使用する保存液になじむようエタノールを含む水溶液としました.ちなみに,これらは食紅瓶に付属の匙やらキッチン用品やらで計量しており,有効数字などあったものではないのでそのへんはご了承下さい.

 向こうがほぼ見えない赤色となり,半日ほど置いておくと粒が見えてくるので,飽和したと思われます.なお,この状態で半年くらい室温に放置していますが,濁りや褪色など何ら気になる異常は見られません.

分取したN液.B液よりF液に近く黄色っぽい感じに見える.
 R液のようなビビッドカラーではない.

 
 N液中の染色成分ニューコクシンの濃度としては 300μg/mL(3%)となり,染色成分の濃度としてはローズベンガルのおよそ10倍です.

 中島 (2005) は1%のニューコクシンを含有した酢酸ニューコクシン水溶液を,更に2~4%に希釈して使用し,良好な結果を得ています.前回の実験で酸との相性に不安があるため,今回は酢酸は添加しません.

 ちなみに,食紅は5.5gで150円だったので,N液の単価はローズベンガルと同じ60円/Lとなります.中島 (2005) のように低濃度で染色されることが分かれば,ローズベンガルとコスパ・染色能をめぐって競い合うことが可能ではないでしょうか.


 今のところ,入手しやすさやロットの扱いやすさでは食紅に軍配が上がっています.
 より低濃度で染まるということであれば,価格面でも食紅が勝ることになりますが,果たして・・・



N液で染めた Pontogeneia sp.



 6時間でこの効果!遜色ありませんね.ローズベンガルの場合,染色後にエタノールやグリセリンに馴染ませて液に色が移らないか様子を見るのですが,グリセリン中に入れてもなぜか色が滲出しないようです.ローズベンガルほどのがっつり感はないですが,解剖するにあたってはあまり問題ないです.

 しかし,写真の通り,胸脚が破断しています.F液と同様にサンプルを破損する効果がありそうです.保存液も染色液もエタノール70%のはずなのに・・・

 
 結論として,食紅2g/L 濃度の染色液は,入手しやすさと染色能が優れていることがわかりました.しかし,サンプルの付属肢が破損するのは確実なようです.よりタフなヨコエビでは状況は変わってくるかもしれませんが,液性を中和するなど別の操作も試したいところです.

 

 ここでまた新たな情報が.


 今年のプランクトン・ベントス学会では,ルゴール液(ヨウ素ヨウ化カリウム水溶液)を使用したプランクトンの固定・保存方法に関する発表がありました (佐野ほか 2020).どうやら既往研究では,昆虫やカイアシ類においてホルマリンと比較して組織の収縮が緩慢で,サンプルの硬化による破損リスクを回避できるようです.また,形態だけでなく遺伝子や同位体等の保存能も高いようです.効果が失われるにつれ液の色が薄まるので,品質管理しやすいのも嬉しいです.発表の中ではサンプルの着色が忌避されるような雰囲気がありましたが,こちらとしてはむしろ染色剤として考えています.なお,ルゴール液は自作を推奨されていましたが,Amazonでは100mL入りで5000円程度で売ってます.

 ヨウ素から連想されるのは,同様に殺菌スペクトルが広いとされるアズレンアズレンスルホン酸ナトリウム水和物で,サンプルを青く染められそうな感じがします.実は以前に保存液として検討したことがあるのですが,遺伝子に多少の影響を与える代物のようで躊躇しています.

 これらはいずれ試してみたいと思います.

 

 


<参考文献>

 — Coleman, C. O. 2005. Speeding up scientific illustrations. A method to avoid time consuming pencil drawings particularly in arthropods. NDLTD Union Catalog.
中島憲 2005. 食用色素102号(食紅)による核と細胞質染色-スーパーで購入できる安価で安全性の高い試薬としての有効性について-. 北海道理科教育センター研究紀要, 17: 61–62.
— 佐野雅美・ 真壁竜介・黒沢則夫・茂木正人・小達恒夫 2020. P30 エタノールに代わる分子生物学的解析のための動物プランクトン固定方法. 2020年 日本プランクトン学会・日本ベントス学会合同大会 講演要旨集.


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補遺 (15-VIII-2024)
・一部書式設定変更。





2020年8月11日火曜日

ディケロガマルス・ヴィローススとは(8月度活動報告)



 環境省は8月6日から,「特定外来生物」に4科・4種群・5種を新規指定することについてのパブコメを開始しています.この中には1種のヨコエビが含まれています.


 そのヨコエビこそ,ディケロガマルス・ヴィロースス = Dikerogammarus villosus (Sowinsky, 1894) —以下,D. villosus — です.
 まだ和名も無い D. villosus は日本での知名度が極めて低く,今回のプレスリリースに触れて初めて知ったという人も少なくないようです.


 D. villosus を特定外来生物に指定する方針が示されたのは,昨年2月のことです.更にさかのぼると,環境省と農水省は2016年の時点 D. villosus を「侵入予防外来種」に定めていました.すでに海外では D. villosus にまつわる問題が数多く報告されており,世界的に問題意識が高まっているのが一因でしょう.近年のWCA(世界端脚類会議)でも,この種に関わる発表がかなりの割合を占めていました.

 D. villosus について,日本語で記述された文章は少ないように思います.近年の研究から幾つかご紹介します.



これがディケロガマルス・ヴィローススだ!!




形態・生態


 こちらのサイトに詳しいです.
 体長は30mmにも達し,(バイカルの連中は例外として)淡水ヨコエビの中ではまあまあ大きく,日本ではまず見かけないサイズ感です.
 背面に縞模様が目立ちますが,体色には変化が多い (Nesemann et al. 1995) との報告もあるので(複数種を混同していた可能性を否定できる材料はないものの),例の如く種の分類において模様は重要ではないと考えておいたほうがよいと思います.他のヨコエビ上科と同様に交尾前ガードを行うようです.

 WoRMS によると原産地は黒海で,完全な淡水からやや汽水っぽい水域まで進出が可能とのことです.




分類


 Dikerogammarus属 は,今のところ5種からなります(WoRMS)D. villosus 以外の種について,環境省の専門家グループ会合では「未判定」扱いとしたようですが,海外では既に外来種となっている種も散見されます.詳細は後述します.

 WoRMS に基づけば,Dikerogammarus属 は ヨコエビ科(Gammaridae)に含まれます.しかし,ミトコンドリアCOI領域を用いた分子系統解析では,Dikerogammarus属 と ヨコエビ科の担名属であるヨコエビ属(Gammarus)との遺伝的な関係は,別の科であるキタヨコエビ科(Anisogammaridae)より更に遠縁であるとの知見が示されています (Hou et al. 2009).科階級の分類については検討を要すると言えるでしょう.






英名


 英語では killer shrimp との別名が与えられています(#ヨコエビはエビじゃない).そう呼ばれる所以には,どうやら魚の卵や稚魚を平らげる旺盛な食欲があるようです.在来ヨコエビと比較して大型であることから,体サイズのアドバンテージがあり,より大きな卵を食べることができるようです (Taylor and Dunn 2017)
 ちなみに,同属の D. haemobaphesdevil shrimp と呼ばれており,性転換を武器にする悪魔のような生態を持っています.後で述べます.




フランス語名


 なお,こちらのサイトによるとフランス語では Gammare du Danube(ドナウのヨコエビ)と呼ばれているらしいです.英名よりだいぶ穏やか,というか優雅ですらあります.ドナウ流域のオーストリアやハンガリーでは,20世紀末には既に名の知れた外来種だったようです.




外来種としての特性


 ライン川において,D. villosus は在来生物の種数、個体数,シャノン多様度を急激に減少させたとのことです.一方,エルベ川においては状況は異なり,環境によって D. villosus の侵入リスクが異なることが示唆されています (Hellmann et al. 2017)

 また,Chen et al. (2012) はライン川上流で D. villosus が優占し,下流で別の侵略的外来ヨコエビである Echinogammarus ischnus が優占するといった現象を報告しています.同一の河川でも,他の外来種との関係によって分布に偏りがみられるようです.

 生息環境の選好性については,実験的に確かめた論文があります.例えば,同属の Dikerogammarus haemobaphes は硬質・人工的な底質を好むのに対して,D. villosus は砂利を好むようです (Clinton et al. 2018)

  他の外来種は,競合や棲み分けだけでなく,相乗効果がみられることもあります.Yohannes et al. (2017) によると,侵略的外来種であるカワホトトギスガイが進出している環境では D. villosus がより定着しやすくなるようです.

 D. villosus は,在来の生態系にどのような影響を与えるのでしょうか.
 肉食性とはいえ,魚卵などを主食としており,他のヨコエビを捕食して直接的な攻撃をするわけではないようです.

 D. villosus は,在来ヨコエビと競争関係になることが多いようです.D. villosus を在来ヨコエビと比較した研究では,魚類の存在を感知しても摂餌行動をやめて逃げることが少ないため摂食効率が高く,また外骨格が発達してより硬くなっていることで,魚類の捕食圧を受けにくいという見解があります (Jermacz and Kobak 2018)

 また,高い捕食圧を与える外来魚 Neogobius melanostomus が存在する環境では,D. villosus が潜伏場所を巡って優位に立ち,結果として在来ヨコエビ Gammarus pulex を絶滅に追い込んだとのことです (Beggel et al. 2016)

 




近縁の外来ヨコエビ


 D. villosus に同属の外来種がいることは既に述べた通りですが,その侵略性には違いがあるようです.

 イギリスの在来ヨコエビ Gammaru pulex を調査した研究では,寄生している微胞子虫(真菌)が Dikerogammarus属にも寄生することが示されました.しかし,D. haemobaphes には寄生するものの,D. villosus には寄生しないとのことです (Bojko et al. 2018).人にとって形態のよく似た2種ですが,寄生生物には明確に識別ができるようです.
 D. haemobaphesD. villosus ほど侵略性が高くないとされており,このケースでは,侵入した先で真菌に寄生されるかどうかの違いが「侵略性の強さ」に表れている可能性があります.ただし,D. haemobaphes には性転換という特技があり,これに微胞子虫の寄生率が関わっているという見解があります.D. haemobaphes が猛威を振るっている地域もあることから,D. haemobaphes がマイルドで D. villosus がシビア,という考え方もいずれ廃れるかもしれません.

 D. villosus のほかに,ユーラシア西部において D. bispinosus が相次いで見つかっているとの報告があります (Copilaș-Ciocianu and Arbačiauskas 2018).これは何シュリンプと呼ばれるのでしょうか.

 
 やや遠縁となりますが,Dikerogammarus属と同じヨコエビ科では,先に挙げた Echinogammarus ischnus や,Gammarus pulexG. roeselii が外来種となっている地域があるそうです.これらの種について,寄生虫との相性と侵略的な性質に関する議論が行われています (Kestrup and Ricciardi 2009;Galipaud et al. 2017)



日本における淡水外来ヨコエビの現状

淡水性の外来ヨコエビとしては,日本にはすでに先客がいます.
 ヨコエビ科とは異なる「マミズヨコエビ科」に含まれる,北米原産のフロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus (以下,フロマミ)という種が定着しています(侵入・拡散等の経緯は Wikipedia 日本語版 に記事があるので割愛します)一部都道府県では規制がかかっているものの,今回の特定外来種の検討には上がってきていません.

 フロマミの体サイズは5mm前後で,D. villosus の巨躯には遠く及びません.このことから,前述のようにあからさまな在来ヨコエビとの競合は起こりにくそうです.
 また,フロマミはワサビに正の選択性を有するとの研究がある(古屋ほか 2011)ものの,より大型の在来ヨコエビによる食害は過去から継続しており,フロマミだけで壊滅的な被害が出たような話は今のところ見当たりません.フロマミは用水路などからも見つかっており,在来ヨコエビが住めない人工的な環境への生息が可能であることから,水質や水温によってある程度棲み分けができていると考えています.しかし一方で,表層水と地下水のどちらにも適応できるというチート能力の持ち主(篠田 2006)であるため,私たちの知らないところでフロマミが在来ヨコエビと競合している可能性もあります.劣悪な環境でも爆発的に繁殖するらしいので,「数の暴力」みたいな現象によってニッチを占有しやすい気もします.
 フロマミの拡散様式については現在研究中ですが,主にペットショップで流通している水草を野に放つことで,そこに混じっていた個体が定着している可能性があります.直接的な捕食/被食や競合関係にとどまらず,目に見えない寄生虫との相性など,在来種への影響が不明確である以上は,野放図な放流は厳に慎むべきと考えます.


 また,これまで定着したとの報告はないものの個人的に気になるのは,実験動物としての流通や水草への混入が日常的に起こっていると思われる,ヒアレラ属 Hyalella sp. or spp. です.本種はバイオアッセイ法に用いられ,比較的古い年代から日本で流通しています.そのせいか,国立科学博物館の新館で恐らく本属と考えられる標本が展示されていたり(同定は間違っていますが),「港で採取されたヨコエビの役」としてドラマ「ATARU」に出演したこともあります.ヒアレラ属はアメリカ大陸原産で,実験動物として流通していることを考えると飼育環境への順応性が高いのでしょうから,フロマミのように人工的な淡水環境を中心に拡散しそうなものですが,いまだに野外での採集例は聞いたことがありません.情勢を注視したいと思います.


 海産種や陸生種の議論はまたの機会に.




2020年7月29日水曜日

ROAD TO DESCRIPTION Ⅶ(7月度活動報告その3)



 ヨコエビの記載に向けた活動をちまちまと垂れ流していくこの企画.前回から実に1年半以上ご無沙汰してしまいましたが,今回は論文の一角をなす「スケッチ」について取り上げます(肝心の原稿はアクセプトされていませんが,図だけは全員のレビュアーとエディターにお褒め頂きました)
 当の私も過去の経緯の記憶が怪しくなってきましたが,これまでの流れは以下の通りです.

I(立志篇)
II(救済篇)
III(解剖篇)
IV(研鑽篇)
V(調布篇)
Ⅵ(散財篇)



なぜ記載にスケッチを添えるのか

Stay with texts



 スケッチというものが,記載において一定の仕事量を占めることはある程度認識しておりました.しかし実際にやってみると,かかる時間と手間の大きさを改めて痛感しました.
 「その昔,絵心のない人は分類学者になれなかった」的な話を聞いたことがあります.
 今日のヨコエビ界隈では,画像技術の発達や表現手法の蓄積,描画装置などツールの成熟などいろいろと恵まれた世の中になり,何なら形態はあてにせず遺伝的な差異で種を記載することもあり得ます(Delić et al. 2017).しかし,今のところ「画を描く作業」が完全に排除されたわけではなく,特に種の記載においては重要な工程の一つであり続けています.

 19世紀のヨコエビの記載は往々にして図がないか,あっても数点の形質を断片的に示すに留まり,あくまで「文章が主役,図は脇役」というスタンスが多い印象です.また,どの国の研究者も判別文はラテン語で書いており,これが記載の要となっている印象を受けます.思うに彼らは生物学を,神の創造物たる自然の事物から秩序を発見する作業として考えていたのではないでしょうか.そして,形而下の世界から脱却して本質のみを抽出し,格式ある言語で記述することが,理想とされていたのではと思います.
 しかし,今は21世紀.当時の枠組みをある程度継承しつつ,分類学のスタイルは大きく変わっています. 特にタイプに対する考えは全く変わっていて,学名は唯一無二の holotype 標本に与えられるという原則もその1つです.つまり,種名は特定の標本につけられ,その標本がもつ情報をいかに共有するかが重視されます.図の果たす役割は,著者が発見した形態的特徴を伝達する際の補助にとどまらず,著者が注目していない holotype の特徴をも内包した holotype の分身へと変遷してきました.
 その最たる例かもしれませんが,現行の『国際動物命名規約』(以下,規約)では,標本を参照できない種について,描画そのものを holotype と同等に扱うとの規定(条73.1.4.;条74.4.)すらあります.研究技術が向上した今日においても,人間が描く画が果たす役割は依然として大きく,場面によってはむしろはるかに重いのです.



(参考)動物のいろいろなタイプ標本

※規約の記述に基づいています.


Holotype(ホロタイプ:完模式標本/正基準標本)

 いわゆる真のタイプ標本で,唯一絶対的な存在です.(何をもって1個体とするか難しい場合は別途議論する必要がありますが原則として)1個体のみを指定し,後世の研究者が参照できるよう保存・管理する必要があります.最良の個体(欠損がない,発達が進んでいる等)を指定しなければダメというわけではありませんが,その後の研究において唯一無二の物的証拠となるため,後の混乱を招かないために種の特徴が明確にわかる個体を選びます.


Paratype(パラタイプ:副模式標本/副基準標本/従基準標本)

 記載論文に使用したタイプ標本のうち,holotype ではないもの全てを指します.複数指定することができます.


Allotype(アロタイプ:異性基準標本)

 Paratype のうち,holotype と異なる性別の1個体をこう呼ぶことがあります.あくまで規約における paratype なので,仮に holotype と番をなしていた個体でも,holotype と allotype が同等に扱われることはなく,担名タイプとはなりえません.



Syntypes(シンタイプ:等価基準標本/共基準標本)

 過去の記載論文において,複数の標本が記載に用いられ,単一の holotype を特定できないことがあります.こうした場合,後述する hapantotype でないものに限り,包括して syntype と呼称します.Holotype の扱いが現在のように厳密でなかった頃の記載には,このような事例が多々あります.
 

Hapantotype(ハパントタイプ) 

 原生動物において認められているタイプ標本で,成長段階の異なる複数個体をひとまとまりにしたものです.



Lectotype(レクトタイプ:後模式/後基準標本/選定基準標本)

 Syntype の中から1個体を選び,学名を担う唯一無二の標本と定めた場合の呼称です.Lectotype が定まると同時に,残りの syntype は自動的に paralectotype となります.Lectotype (および paralectotype)が確定されれば,syntype は不可逆的に一つ残らず消滅します.



Neotype(ネオタイプ:新模式標本/新基準標本)

 Holotype が消失した場合,新たに別の標本を指定することが許されています.そういった事情のもとで,holotype と同等のものとして新たに指定された標本が neotype です.Paratype の中から選ばれたり,後述する topotype を用いて指定し直すことも有り得ます.

Topotype(トポタイプ:同地基準標本)

 Holotype と同じ場所から得られた標本を指します.同じ時に採れたかどうかは関係ありません.規約で規定されたタイプ標本の種類ではなく,あくまで neotype の指定などの場面で,特定の holotype を念頭に置いて用いられる便宜的な呼称です.


Cotype(コタイプ)

 現在は使用されない用語です.現在 syntype や paratype として扱われる標本のことを,かつては cotype と呼称していたようです.





何を描くのか

illustration

 記載における描画のゴールは,言い換えると近縁種のスケッチと同じような画を作成する,という点に尽きるかもしれません.
 例えば,昆虫の主要群の記載論文では,ピンポイントの図しかないものやそもそも図の無いものも多いと伺っております.近年の記載でも,スケッチが高度に模式化されているものを目にしますe.g. Evenhuis 2002; Mattingly and Rageau 1958; Naveen et al. 2012).昆虫の種分類は突き詰めると交尾器の嵌合性に帰着するため,特定の部分の差異を効果的に伝達することにこだわった結果こうなったものと思われます.しかし,そういった分類群に慣れた専門家からは,全身の線画を必要とするヨコエビのようなグループは異質なものとして捉えられるようです.
 しかし,ヨコエビは昆虫のようにシンプルな記載図では収まりません.とりあえず文字ではなくビジュアルとして欲しい情報は,
  • 全身のプロポーション
  • 各付属肢の付き方(全付属肢)
  • 剛毛の種類と生え方(各付属肢と各節)
 などでしょうか.
 同定形質が交尾器などに集約されないため, 重なり合った足を取り外した上で,全体をくまなく描画するのが慣例です.

  節数毛の本数などは言葉で記述することが可能ですが,節の形状そして毛の位置向きについては言葉だけで伝えるのは非常に難しいです.というか文才に自信があってもやるべきとは思えません.図1枚で済むのであれば,冗長な記載文に価値などないはずです.

 以下,記載文への付属を推奨する図(①~⑩)について述べます.


 新種記載においては,最初に①全身を側面(あるいは背面)から描いた引きの図を載せるのが慣例となっています.やはり記載しようとする生物の概要を示すのは重要です.しかし,各付属肢は観察しやすいように好きなだけバラバラにしますが,解剖前の全身は光が透過しないなどの理由で非常に見にくく,あまり実用的な図にならないこともあります.中には,解剖前の描画を簡素化し,ほぼ輪郭だけを描いている例もあります (Krapp-Schickel 2011)
 付属肢は歩脚だけでも基本的に7対あり,そこに触角および口器,腹肢と尾肢,尾節板を加えて,描画します.
 触角および③口(上唇,大顎,小顎,下唇,顎脚)は,頭部に付属した状態と,取り外した状態の二通りの記述が求められる場合があります.また,④頭頂および⑤複眼についても重要な同定形質となる場合があります.
 ⑥胸脚のうち,特に咬脚には性的二形を生じることがあるため,だいたいのグループにおいて雌雄ともに描画します(それ以外の胸脚は,覆卵葉以外にこれといった性的二形がない場合は描画しなくとも怒られないと思います).第3胸脚第4胸脚の形状は互いに似ており,過去の文献ではどちらかの描画を省略していることもありますが,近年はだいたい両方書くことが多いです.
 ⑦尾肢および⑧尾節板は,上位の分類を大きく左右し,かつ種の識別に有用な安定した形質を具えます.省略することはまず有り得ません. なお,胸脚と尾肢は基本的に左右対称ですが,極めて稀に咬脚が左右非対称となったりします.そういった場合は左右を記述する必要があります.胸節から尾節にかけての体節は記述されないことも多いですが,種によって表面が隆起したり,毛のようなものを生じることもあります.腹節や尾節の背面後縁の鋸歯や剛毛配列が種の識別に用いられることもあるため,グループによっては背面からの図も要求されます.
 一方、⑨腹肢・腹節は影が薄い部位です.特に腹肢は3対ともどれも似通っており,第1腹肢のみを掲載し,第2腹肢,第3腹肢の描画を省略する論文が多いなど軽視されてきた節があり,私が今回扱う分類群においてもそうでした(が,この度,既知種群との明瞭な識別点となりうる形質を尾肢に見出してしまったため,かなり真面目に検討する必要性が出てきました).種によっては腹肢に性的二形が表れるなど特殊な構造を生じることもあり,そういった形質は詳細に記録する必要があります.腹節はしばしば側部が板状になりますが,その後縁端部の形状はグループによって種の識別に極めて有効であるため,うまく描画する必要があります.
 近年では,⑩解剖前標本の落射視野写真を掲載する記載論文が多い印象があります.技術の進歩によって論文に写真を載せる敷居が下がったのでしょうか.できれば生時の状態が伝わるものが望ましいですが,固定後の写真を載せている論文もあります. 分類形質にが用いられることも少なくないので,スケッチをするにあたり描画装置を用いる意義も理解すべきでしょう. そういった中で道しるべになるのは,繰り返しとなりますが,やはり近縁のグループを扱った先行研究に他なりません.



良い線画を描くには

Ink in Black

 生物のスケッチは,意図をもった省略置換を伴う模式図といえるかもしれません(Di Rossi et al. 2020 などはかなりいい感じに模式化されています).私自身,これを認識はしていたものの,先人の記載図を漫然と見るだけでスケッチを知った気になっていた節があり,本来の在り方が抜けていた気がします.

 ちなみに当方の来歴としては,
1.幼少期,ペイントに親しみビットマップ芸を身につける
2.高校時代に生物スケッチの初歩を学び,つけペンで点描画をたしなむ
3.スケッチ技術のアップデートを行わないまま大学生活に突入
4.独学でオートシェイプ芸を身につけ昆虫図鑑を作る
5.臨海実習でイカスミを用いてイカをスケッチして呆れ果てられる
6.卒論では顕微鏡を見ながらフリーハンドでのスケッチと写真からベクタ的な線画を作成することに至る
7.イラレ・フォトショを知らぬまま卒業
 といった感じです.



 イラレを使った Coleman method (Coleman 2003, 2005) は別として,論文に求められるスケッチはオートシェイプ芸とは異なるルールが存在します.
  採集法などは(まともな標本さえ採れれば)いくらでもオリジナリティが発揮されるかと思いますが,標本の処理,描画,記述などの方法論は,他の研究者が共有しているフレームワークに乗らないと,後の研究に利用されないおそれもあります.

 修行中の身で偉そうなことは言えませんが,形態分類に使える線画を作るエッセンス,即ちヨコエビの構造を正確に記録伝達するための心がけとして,以下のような要点が挙げられます.この際,19世紀のスケッチは忘れてください

  • 外形を描く(近年の記載図で殻の厚みを表現したものには Drumn 2018 などがありますが、普通は厚みを無視します)
  • 比や位置関係を正確に描く
  • 節と膜の関係を理解して描く
  • 剛毛など付属物は類別を重視して描く
  • 輪郭の線は繋げて描く


 私は剛毛の描き分けや節の境界の見極めがウイークポイントでした.

 剛毛の種類を知ることは重要です.
 Oshel and Steele (1988) は16種類くらいに分類していますが,その一部をご紹介します.




(参考)先行研究のいろいろな図


 近年の記載論文におけるスタンダードな図は,さきほど示した①~⑩の要素からなります.他に,透過視野の写真や,SEM(電子顕微鏡)画像を載せることもあります.以下に例を示します.


Myers (2004) 

 線画を使わず付属肢の生物顕微鏡透過視野写真のみで形態を示して記載された種があります.現状入手できる白黒コピーの図を見ると,筋肉組織が透過してしまい節の様子や剛毛の重なりなどが非常に見えにくく,あまり良い方法ではないと思います.



Krapp-Schickel (2011)

 外骨格の厚みや,骨格内の組織の構造と思われる丸い模様まで書き込んでいます.一部の種について,落射視野の標本写真と線画を両方掲載しています.




Marin and Sinelnikov (2018)

 付属肢のスケッチは,外骨格の厚みが表現されていたり,基節に被さった底節板の影が点描として描かれていて,面白い仕上がりになっています.また,それに加えて,カラー生態写真を掲載しています.



d’Udekem d’Acoz and Verheye (2017)

 南極から大量のヨロイヨコエビ類を記載したこの論文では,やはりスケッチは1点も掲載されていませんが,落射視野写真を用い,さらに必要に応じて画像に補助線を書き入れるなどしています.外形の立体的な構造に特徴が表れるヨロイヨコエビ類ならではの方法といえるでしょう.



Kim et al. (2013) 

 こちらの論文では,解剖済の各付属肢を落射視野写真で示すという手法を用いつつ,普通の線画も並べて載せられています.




Lörz et al. (2018)

 落射視野のカラー写真,線画,SEM画像を全て載せています.




Fišer et al. (2013)

 付属肢など全体的に線画をベースとして,細かい部分についてはSEM画像を用いて情報を補っています.Kodama et al. (2016) もこのタイプで,スケッチなどでは表現が難しい rostrum と pseudorostrum の関係を示すため,効果的に使用しています.



Serejo and Lowry (2008) 

 SEM画像をベースとしながらも,腹肢,覆卵葉,底節鰓などについては線画で表現しています.



Lowry and Baldanzi (2016) 

 腹肢や覆卵葉の記載はなく,付属肢の図を全てSEMで仕上げています.同定形質として重要でないにせよ,腹肢や覆卵葉の図を全く載せないのはまずいと思います.



 線画にSEMを併用した記載はよく見かけますが,卓上電顕でも500万くらいした気がするので,やはりパンピーが手を出しにくい方法といえるでしょう.また,SEMだけの記載は年に1本あるかどうかの少数派で,今のところ線画が記載図のベースになっています.



 個人的にネ申スケッチだと思うのは,ニューカレドニアのツツヨコエビとワレカラが描かれた Hirayama (1990) です.ぜひチェックしてみてください.

 また,通常は外形の線画のみとなりますが,Lowry and Berents (2005) では,ホソツツムシが入っていた巣を精緻に描画するとともに、巣の主についても模様を点描で表現していて,息を呑む美しさです.


描きはじめよう

STARTING, MY DRAWING!

 オーソドックスな線画に必要なのは以下のものです.


・お絵描き用紙

「トレス」か「直書き」かによって用意するものが違います.

 次工程(墨入れ)でトレーシングペーパーに写す場合,下絵を描く紙は何でもよいとのこと.というわけで,A3のコピー用紙で充分でしょう.これは500枚で千円しないとか,そういう価格ですね.
 トレーシングペーパーにも厚みなどいろいろあるようです.私はホムセンで入手した40g/平米のものを使っていますが,特に不具合はありません.100枚で1,500円とかそのくらいです.海外では,透明なフィルムに書き写すという手法もあるようです.世の中にはインクジェット対応のPETフィルムなどがあり,利用できそうですが,今回は試していません.

 毛の多い部位は書き込みが細かくなるため,普通のコピー用紙ではきめが粗く,うまくいかないこともあります.また,消しゴムで消したりという耐久性も求められます.なので,下絵に直に墨入れする場合,ケント紙が推奨です.A3のケント紙は100枚で2,000円くらいです.



 スケッチを描く時は,ジャーナルに掲載されるサイズより大きくします.大きくし過ぎると線が細くなりすぎますが,その点だけご注意ください.
 なぜ大きく描くかといえば,初めから同じサイズで描くより,大きめに書いて縮小した方が精密で綺麗な図が作成できるからです.
 書き損じが多くなければ,ケント紙やトレーシングペーパーは1種あたり20枚くらいの使用となるイメージですので,100枚程度のロットで購入しても在庫過多にはならないでしょう.



・鉛筆

 Hがオススメとのこと.
 よく尖らせることが重要なのでシャープナーは必需品です.
 シャープペンシルを使う場合,細いほうがよく書き込める気がします.


(左から)ダイソー,ぺんてる「graph gear」,「Staedtler 925」,「pilot 500」.


 巷に溢れる筆記具を見ると,学用品やオフィス用品など「字をたくさん書く」方向にステータスを全振りしたものが目立ちます.これらをスケッチに転用した場合の使い勝手に不安があるそこのあなた!製図関係の文房具メーカーにドイツのステッドラー社があります.

 私が使用しているのは「Staedtler 925」という製品です.~500円の価格帯で探ってみた限り,他社品と比べてフィット感が優れていると感じます.同社製品には,シャープペンシルサインペン製図ペンなど幅広いラインナップがあるのでチェックしてみてください.

 このフィット感というのは,タングステン針の柄にも共通していて,「優れた下書き用シャープペンシル」は「優れたタングステンニードルホルダー」でもあります.私はタングステン用に回してしまいましたが,ぺんてるのグラフギアシリーズはグリップに重みがあり描画用としてもなかなか良さげです.

 製図用のシャープペンには数千円するものもあります.そのへんはまあお好みで・・・



メンディングテープ,消しゴム,筆記用シャープペンシル,描画用シャープペンシル,シャープペンシルの芯.



・メンディングテープ

 紙がズレないように押さえます.これがないと口にするのも恐ろしい大変なことが必ず数秒で起こります.100均で買えます.



・墨入れ用ペン

 製図ペンと呼ばれるもの.私の場合,0.05mmで剛毛を描き,0.1mmで外骨格を描きました.
 墨入れには「つけペン」も用いられますが,太さが均一にならないので熟練を要します.まず剛毛用に細いものを使い,先端が摩耗して線が太くなると,外骨格用にジョブチェンジさせるのが一般的なようです.

(左から)「Staedtler 01」,サクラクレパス「Pigma 005」,パイロット「Drawing pen 005」.

 市販されている極細フェルトペンや製図ペンをいろいろ使ってみた感じでは,サクラクレパスの「pigma」が最も黒の発色が鮮やかな印象で,ステッドラーとパイロットがそれに続きます.価格は200円しないくらいです.
 なお,富川・森野 (2009) ではカートリッジ式の「マルスマチック」というステッドラー社製図ペンがオススメされていますが,使い捨てのものとの違いは検証できていません.本体に重量があって書きやすいはず・・・と勝手に推測しています.価格は2000円以上するようです.





 道具を揃えたら,さっそく描き始めます.
 スケッチの要領については,基本的に富川・森野 (2009) に全てが記されており,追加すべき情報は特に無いのですが,生物顕微鏡下での観察に関して個人的に思ったところを述べます.

 ヨコエビをはじめとして小型甲殻類の線画には幾通りかパターンがあり,特に剛毛の表現などは人によって微妙に異なります.

 コペの某先生はペン画の教室に通ったとのことで,個人のスキルによる部分が大きいのでしょう.とはいえ,1つの仕事の中ではルールを統一すべきです.


(左)デジタル描画;(右)手書き.
 右端は剛毛の透過を表現しない例.

 このように外骨格と剛毛は線の太さを変えて混同しないようにします.線が交わった時に奥側の線を遠慮させる(右端)表現もあります.

 また,デジタル描画(デジタルインキング)において,特に太い剛毛をグレーに塗って他の毛と識別する手法もあります (Krapp-Schickel 2011)
 


 デジタル描画は,毛のパーツなどはコピペで対応する場合もあるようです.Colemanいわく「きれいな図が短時間で描ける」とのことですが,Coleman method に忠実に実施する場合,標本を脱脂・タンパク融解して外骨格を得た後,染色して撮影する工程が必要です.このノウハウが確立していないのと,デジタルでは線の端が四角になって「いかにも」な感じが醸されるため,実施は見送りました.

 手書きにせよデジタルにせよ,基本的に見たままを描けばよいのですが,剛毛のタッチにはそれなりにバリエーションがあるようです.

 
さまざまな剛毛の描き方.”Strongly fringed” は,
縁取りがある剛毛とそうでないものを区別するために用います.
右は途中で切れている場合の表現.


 剛毛が生えている根元部分は,何らかの装飾により強調すべきと教わりました.また,特に強く縁どられている根元部分は他と区別して描画するよう心がけました.
 途中で切れているのが見て分かる剛毛(あるいは外骨格の欠損部)については, 点線や「~」マークで本来の状態ではないことを示すのが慣例です.



 描画には,直に描く方法と,トレースする方法があるといいました.
 わざわざ別の紙にトレースするのは,墨入れを書き損じた時の保険と,下書きを後から参照できるため,とのことです.確かに下書きには顕微鏡で見えたものを更に模式化してメモしたりと,単に線画を作成する以上の情報を付加できます.



(上)墨入れ.(下)下書き.


 製図ペンは必ず,このように垂直に立てて使います.




 さもないと



 こうなります




ペン先が斜めになっている不調法者の証.



 ちなみに,スケッチには一枚ごとに,ミクロメーターで正しいスケールを入れておいて下さい.後で詰みます.
 最初に顕微鏡を買ったとき,ミクロメーターを発注し忘れていたので,スケッチにあたっては業者へレンズを送って組み込みをお願いしました.接眼ミクロメーターは数千円で,これにアタッチメントや工賃がそれぞれ数千円ずつかかります.せっかくなので今回は正規の対物ミクロメーターも購入しました.合計で15,000~20,000円程度です.対物ミクロメーターは最初しか使わないので,誰かから借りたりしてもよいでしょう.

 スケッチは,端からうまくレイアウトできると考えなくてよいです過去の文献ではLincoln (1979) のように描いてる途中で付属肢が被ってしまったスケッチもありますが— .後からレイアウトする前提で,1つ1つのバランスは考えず,A3の用紙いっぱいになるべく倍率を上げて書き込むことをお勧めします.

 スケッチが蓄積してくると枚数が増えてかさばるようになります.とりあえず私は上部に足の名前を書き込んでいます.

スケッチの管理例.記載論文の投稿に伴ってどこかしらに標本を供託/寄贈するにせよ,
それまでは,自分の標本管理番号を振って紐づけしておいたほうがよいです.




取り込もう



 さて,スケッチが描けたら,電子データとして取り込まねばなりません.

 拙宅のスキャナーはA4が限界です.縮小して掲載されることを想定してA3の紙に書いたスケッチを,コンビニのコピー機で70%コピーしてから,A4の図としてスキャンし,はじめて線画のデータが得られます.かかる費用は10円×12枚=120円くらいです.


 最初に,PC内で画像のレイアウトを試みました.
 イラレやフォトショなしの縛りプレイを貫いて参りたい所存でしたが,今回は線画の取り込みデータが指定解像度(1200bpi)で4~7MB程度になり,無事死亡のはこびと相成りました.パワポやエクセルに貼り付けてレイアウトしようと試みましたが,自動でサイズダウンされるようで,画質が著しく落ちるのです.

 オートシェイプでトレースしてベクタ化すれば,解像度の制約なく容量が落とせるはずですが,非常にめんどくさいのと,パワポやエクセルで作成したオートシェイプの線は端が四角になっていて,細い剛毛や毛の根元の凹みなど,繊細な表現には向いていないことから,墨入れしたものをスキャンして使いたいところです.


筆者の数少ない特技「オートシェイプ芸」
一般的には何が起こっているのか理解されにくい特殊な芸能の一つで、
国の重要無形文化財に指定されていません。

 そこで,幼少の砌に覚えたもう一つの特技「ビットマップ芸」を駆使することになったのですが,1200bpi の画像ファイルをペイントでこねくり回すのはゲロ重です.しかもなぜかペイントで編集したJPEGを再度ペイントで開こうとすると,エラーになります.


 ということで,どのようなデジタル環境であっても快適に線画をレイアウトするにはどうすればいいか,それはズバリ

アナログ

 ではないでしょうか.

 要するに,スキャンする前にレイアウトを完成させておくわけです.
 子供のころの工作を思い出します.線画を切り取って,紙に貼り付けていきます.紙の段差が影になるので,メンディングテープで埋めます.そしてありがたいことに,メンディングテープはコピーした時に綺麗に向こうが透けるので,被りを気にせず貼りまくることができます.



 しかし,その画像をスキャンしてから,またゲロ重との戦いが始まります.
 とりあえずペイントでゴミを消したりしてましたが,そうやってできあがった画像ファイルの重いこと重いこと.

 投稿規定には「本文と画像を合わせて5MB」とあるのに,画像1枚が既に200MBを超え,泣きそうでした.普通に白黒変換したり拡張子を書き換えるだけでは到底規定を守れそうにありません.


 そこで編集委員に泣きのメールを入れてみたところ,ファイル形式の変更についてかなり細かいアドバイスをもらうことができました.そして「GNU Image Manipulation Program(GIMP)」というフリーソフトを入れてみました.


 このソフト,さすがヌープロジェクトなだけあって,無料なのに非常に高性能.だいたいのファイル形式には対応しており,基本的にどんな画像も自由自在に出し入れできます.PDFをPNGに換えたりなんてこともできます.
 ただ,どうやら「圧縮なしtif(カラー)」→「圧縮tif(白黒)」の変換を苦手としているらしく,何度もエラーを吐いて発狂しそうになりました.一度別の形式を挟んで白黒画像を生成して,例えば「圧縮なしtif(カラー)」→「png(白黒)」→「圧縮tif(白黒)」の順で変換すると上手くいきます.
 最初にビットマップで編集した画像は,圧縮なしのtifでどうやっても 200~10MB くらいでした.しかし,GIMPを使って生成した圧縮tifでは 100~300KB の驚きの軽さ!しかもまたペイントに戻すこともできます.
 
※ちなみに,科学論文に使う写真をフォトショで編集する方法は Bevilaqua (2020) なども参考になりそうです.


 こうして線画を自由自在に操る術を身につけた(?)私は,文章の仕上げに入っていきます.



(次回予告)

線画を仕上げたヨコエビおじさんの目の前に,無数の横棒が現れる!形態分類厨に突き付けられた挑戦か?神の気まぐれか?Unicodeが微笑む時,新しい朝が訪れる.

 次回,ROAD TO DESCRIPTION 「作文」篇

 お楽しみに.





(参考文献)
Bevilaqua, M. 2020. Guide to image editing and production of figures for scientific publications with an emphasis on taxonomy Image editing for scientific publications. Zoosystematics and Evolution, 96(1): 139158.
— Coleman, C. O. 2003. “Digital inking”: how to make perfect line drawings on computers. Organisms Diversity & Evolution, 3(4): 303–304.
Coleman, C. O. 2005. Speeding up scientific illustrations. A method to avoid time consuming pencil drawingsparticularly in arthropods. NDLTD Union Catalog.
Di Rossi, C.; Sciberras, M.; Bulnes, V. N. 2020. Description of Ptilohyale corinne sp. nov. (Amphipoda: Hyalidae) from the Bahía Blanca estuary, Argentina, including a key to all valid Ptilohyale species. Zootaxa, 4763(1): 125–137. 
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Drumn, D. T. 2018. Two new species of Cerapus (Crustacea: Amphipoda: Ischyroceridae) from the Northwest Atlantic and Gulf of Mexico. Zootaxa, 4441(3): 495–510.
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補遺 (16-VIII-2024)
  • 一部誤字の修正。
  • 書式設定変更。