2023年5月23日火曜日

ヨコ●●国立大学(5月度活動報告その2)

 

 まだ関東近郊でアタックしていない自然海岸がありました。

 天下のヨコ⚫⚫国立大学(通称:横国)・臨海環境センターのお膝元、当然ヨコエビは研究され尽くしているものと思われますが、行ったことがなかったので覗いてみます。


 海水浴場になってるようです。朝の天気が微妙で大型連休から絶妙に離れてるので、たぶんごった返しではないはず。

 よい子の皆さんが磯遊びに興じていますね。

 打ち上げ海藻は多様ですが、歩いて行ける範囲には ヒラガラガラ? Dichotomaria が多く、そこにヒラミル Codium latum が混じったり、岩の空いてるところに サンゴモの類 Corallina が入ったりと、概ね単調なリズムです。ところどころ、潮間帯の上部には イシゲ Ishige、砂を被る岩のあたりに別の幅広い褐藻がチョロチョロと。


クロサギ(鳥)Egretta sacra

野生個体は初めて見たかもしれん



 汀線際まで進むと、ホンダワラ類 Sargassaceae が少し出てきて、紅藻も Laurencia が加わるなど多少バリエーションが増えてきますが、葉の切れ込みが多いヨコエビが好むような紅藻や緑藻が群生するようなエリアは見えません。少し特徴的なのは、ハイミル Codium lucasii sensu lato の近縁でしょうか。めくるとヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe などがゴロゴロと採れましたが、かなり飛び石的な環境のようでほとんど見かけませんでした。


大きなチビマルヨコエビ属 Houstonius
5mmくらいあったので、現場では別のグループに見えた
もはやチビとは呼ばせない


タテソコエビ科 Stenothoidae


ヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe


ユンボソコエビ属 Aoroides




ドロノミ属 Podocerus



カマキリヨコエビ属 Jassa


小さめのイソヨコエビ属 Elasmopus


たぶんフトメリタヨコエビ Melita cf. rylovae


 さて、水面に漂うこれは何でしょう。








 カツオノカンムリ Velella velella ですね。引っくり返ることもあるようです。瞬間的に相手の形態を捉えて類推する能力は磯で生き残るために重要です。


 これは何でしょう。




 死んだ ミカン属 Citrus のようですね。新鮮な個体は、捕食時に圧力を加えられると、刺激性・溶解性・引火性をもつテルペン油を霧状に噴射することで知られ、これも大変危険な生物です。



Hypselodoris festiva

アオ いいよね

いい…




 ここから潮上決戦へ移ります。
 海水浴場らしく人工物はある程度清掃され、河川由来とみられるヨシなどの枯死体と流木、わずかに海藻が混じっています。エボシガイまみれの浮きや瓶なども漂着している。



ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis


 なぜか ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis ばかり採れ、タイヘイヨウヒメハマトビムシの特徴を具えたヒメハマトビムシ種群 Demaorchestia joi sensu lato (cf. Platorchestia pacifica) が混じる感じでした。猫の額ほどの砂浜、塩分はかなり甘めで、不安定な環境に見え、ヒメハマトビムシ種群のみ定着できると予想していたので意外です。海藻の打ち上げが目立たないかわり陸域から植物の供給が多く、そのせいかもしれません。

 なお、落ち葉を噛んだ転石があったのでホソハマトビムシ属を探してみましたが、見つかりませんでした。


ニホンスナハマトビムシ♂(上)とヒメハマトビムシ種群♂(下)



潮上帯採集でごつい手袋が必要な理由(ウミケムシ Amphinomidae)


 ドロノミ属とカマキリヨコエビ属には不自由せず、またタテソコエビ科がわりと採れるという特徴がみられましたが、ヒゲナガヨコエビ属など同定が可能なグループは少ない場所と考えられます。昔から "The Only Good Amphipod Is an Identified Amphipod" と言われるように(言われたことない)、同定ができるグループが採れることは、誰かにオススメできるかどうかという点で重要と考えています。

 他に、サキモクズ属は採れたことは採れましたが、バイオマスも種多様性も少なそう。イソヨコエビ属も多産とは言えなさそうです。転石帯があるためか「砂の中の岩」だけの磯ではあまり会えないメリタを稼げるのは良いです。

 最干潮を二時間ほど回ってもあまり潮位に変化はなく、長く遊べる場所のように思われます。ただ、潮回りはそれほど悪くないにも関わらず歯応えは薄かったので、上記の種構成の特徴の他に、パピコの入手が非常に容易なことと、意外と便利だったアクセス以外には、あまり利点はなさそうです。



2023年5月9日火曜日

Gammarid Week (5月度活動報告)


  今年のGW後半はかなり良さげな潮廻りなので、いそいそと出かけてみました。

 なお、以下の写真はほとんどラヴ・プリズンを経て解凍した個体ですが、今回はサンプル処理の途中で資材が品切れとなり、仕入れ待ちの間は解凍・固定作業を止めていたため写真が録れず、そのぶんブログ更新が遅れました(言い訳)。



〈ハイアイアイ臨海実験所銚子臨海実習〉

 ハイアイアイ臨海実験所についてはこちらを参照。ハイアイアイ群島の生態系においてもヨコエビが重要な役割を担っていたことが示唆されていますが (Stümpke 1961)、ヨコエビ相の記述やその種間関係が解き明かされることがなかったのは慚愧に堪えません。

 さて、今回はヨコエビ採取のポイントを見て頂こうという実習です。特定のグループを狙っていましたが、勝手知ったる銚子を選んだのもそのためです。

 ただ、勝手知ったるとはいえ最後に来たのはコロナ禍の前で、銚子電鉄がバンナム資本に呑まれている状況は知らず。それより文豪つながりで角川とコラボとかしないすかね。


白波の騒ぐ磯辺の…

 風は容赦ありませんが、数字通りまでは潮は引いてる感じです。サクサクとヨコエビを集めていきます。


チビマルヨコエビ属 Hourstonius


テングヨコエビ亜科 Pleustinae 


モクズヨコエビ科 Hyalidae


Ampithoe changbaensis(和名未提唱)


コウライヒゲナガ Ampithoe koreana
さんざんヨコエビおじさんが不満をこぼしていた処遇がやっと見直され、
コウライヒゲナガは無事ヒゲナガヨコエビ属に戻ってきました (Souza-Filho and Andrade 2022)。おかえりなさい。


ヒゲナガヨコエビ類の未記載種



ソコエビ属 Gammaropsis



イソヨコエビ属 Elasmopus(どうせ未記載)


メリタヨコエビ属 Melita


カクスンナリヨコエビ属 Quadrimaera


アゴナガヨコエビ属 Pontogeneia


 うんざりしたのでサンプルはほとんど採っていませんが、褐藻・紅藻表面の付着ヨコエビで最も多かったのはサキモクズ属 Protohyale のようでした。


 コアマモの根元の砂をガサガサやると見慣れない白い影が。


ヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae

 「波当たりの強い銚子に自然砂浜はないので潜砂性ヨコエビはいない」などと言っていたのは完全な思い込みでした(確かにこのへんの粒径はヒサシソコエビ科が優占していた光市の海岸に近いので、予想は働かせるべきでした)。そして今でこそ海水浴場として波消しブロックの裏側に飼い殺しにされている砂浜は、実は護岸の整備が進む前はこのあたりにありふれた風景の一つで、君ヶ浜あたりはとんでもない広さの自然海岸が広がっていたとのこと。改修によって幾多の潜砂性ヨコエビが滅んだかと思うと残念です。当時の粒径の構成や分布はよく分かりませんが、仮に今みられる砂に近い底質が主体であったなら、海水浴場に生き残っている面子は当時の潜砂性ヨコエビ相を反映していると期待してもよいかもしれません。




〈I県某所開拓事業〉

 新たなヨコエビ産地を求めて関東を彷徨っております。

 ある地域のヨコエビ相を知りたい、あるいは逆に特定のグループを見たい・採りたいといった要望にヨコエビおじさんが応えるためには、各地のヨコエビの状況を正確に把握している必要があります。こういう分布も積極的にアウトプットすべきなのですが、いかんせん未記載・国内未記録のオンパレードで、現状の種や属の分類も安定しないため、後世に禍根を残さぬためには記載レベルのしっかりとした報文となってしまいます。現状とりあえず明らかに未記載種というやつが多すぎるため、これを片付けながら各地のヨコエビ相を報告していければ理想的です。

 Googleロケハンによりかなりのポテンシャルは感じていますが、余裕をもって日帰り採集を行う場合の限界がこのへんになりそうです。


不安要素として相変わらず天候は微妙

 

関東にこんな砂州が残っているとは。


 最寄駅からしばし歩きます。電車が少ないためオンタイムの現着・離脱は難しく、時間ロスは大きめです。

 基本的には砂浜。かなりの規模がありヒゲナガハマトビムシに期待しましたが、粒径がお気に召さないのか全くヒットせず。

 波がすごい。不用意に近づくと被るでしょう。

 潜砂性種もいる可能性はありますが、今回は装備がないので見送り。気が向いたらチャレンジしてみたいです。

 それにしても海藻もとい硬質環境がない。1時間半前ですが気配なし。


 砂の表面に生えている紅藻をガサガサっと。


 ウソやん。





 大量のモクズヨコエビ科。

 拾うのが追いつきません。

 それにしても、同種なのに体色がこんなに違うのがヨコエビの怖いところです。


それにしてもこの金色は一体どうしたことでしょう。
筆で塗ったようにしか見えませんが、残念ながら生時からこれです。


 最干潮回ってからが引きが良くていい感じ。


イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax


オタフクヨコエビ亜科 Parapleustinae ?

 科数はそれほどではありませんでしたが、物量が恐ろしい場所でした。


ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis


 潮上帯では流木下にニホンスナハマトビムシ,オオハサミムシ,シロスジコガネらしき幼虫と蛹がみられました。


 季節変化はわかりませんが、紅藻にひたすらモクズヨコエビ・コツブムシ・ヘラムシが多産する地域のようです。風が強く波頭の高さに恐怖を覚えたものの、マイナス潮位でこれですから、海況が穏やかであったとしても、かなり引かない限りは自由に歩き回れるフィールドではないかもしれません。動き回る必要のないほど量的な優位性を感じましたが、種構成は極めて単調でした。触れそうな基質が紅藻のみであるため、汀線に沿って移動しても種構成が劇的に変わる可能性はなさそうなので、通ってポテンシャルを見極める必要がありそうです。



<参考文献>

Souza-Filho, J. F.; Andrade; L. F. 2022. A new species of Pleonexes Spence Bate, 1857 (Amphipoda: Senticaudata: Ampithoidae) from the São Pedro and São Paulo Archipelago, Equatorial Atlantic, Brazil, with comments on the genus. Zootaxa, 5209(2): 199-210. 




2023年4月29日土曜日

甲殻類ワールド開幕(4月度活動報告)

 

 栃木県立博物館で甲殻類の企画展が開かれるとのことで、フライヤーに一切ヨコエビが登場しないなど推されてない感は察しつつ、足を運んでみました。

 栃木県立博物館といえば過去に「よろいを着けたおどけもの」や「節足動物の多様な世界」など、ヨコエビ的にイカした企画展をやってますね。期待するのは的外れでないはず、という打算的判断です。


 2階の一番奥に位置する企画展会場をまず拝んでみます。まだ誰も来てない様子。一番乗りかしら。


 圧倒的十脚類!これぞメジャー分類群の横暴!約15,000種の十脚目と、各10,000種の等脚目・端脚目、どの目も陸域から深海まで進出してるし、勢力にそれほど格差は(以下省略)



 「日本に約600種類」はおかしい数字ではありませんが、ソースが分かりません。有山 (2022) による2021年までの集計に、2022年中に記載された17種と、今年1月に記載された1種 (Ariyama & Mori 2023) および新たに分布が報告された1種 (Kodama & Hemmi 2023) を加えると、開催初日である4月29日時点では 512種 となるでしょう。

 栃木県に海はないので、海産ヨコエビの分類は驚くほど淡白、というか、かろうじてヨコエビとして同定されている程度。


 しかし、栃木県内の記述に関しては面目躍如。去年新種も記載されたことですし (Shintani et al. 2022)、アツい話題なのは間違いないでしょう。確かにこれまでの解明状況は青森や神奈川などに及ばない部分もあるでしょうが、調査によりアゴトゲヨコエビを報告するなど本邦ヨコエビ相の知見を牽引しうる県だと思います。



 他の分類群も、科とかのがっつりめの検索表が提供されています。ミジンコについては白旗を揚げてる感もありますが(タイトルに謳ってるのに)、等脚類はかなりの充実。しかもこれらは図録にしっかり収録されています。買わない選択肢はないです。



 ヨコエビに割かれるリソースが少ないことは予見していましたが、陸域産と海産でこれほど差があるとは思ってませんでした。あと、展示内全ての分類群に学名併記がなく(隣接の菌類の展示は学名付き)、知見が固まった十脚ベースの設計であることが覗えます。まあ、「ヒメハマトビムシ」と手書きされた標本にうっかり四半世紀前の学名が添えられていようものなら、その場でキュレーターを呼ばざるを得ない可能性もあるので、ある意味正しい対応なのですが…。図録も、メスとはいえ科レベルの分類を見送るべきとは思えない海産種の同定が全く行われておらず、甲殻類の多様さ・奥深さみたいなテーマを掲げたわりに踏み込みが浅く、物足りなさを感じます。

 図録の掲載ヨコエビは茨城・千葉の出現種を念頭に写真を見る限り、

Ampithoe cf. changbaensis

Thorlaksonius sp.

Ampithoe sp.

Elasmopus sp.(どうせ未記載)

Ampithoe cf. shimizuensis

 くらいのことは言えると思います。


 テーマに沿って集められた大量の十脚類標本の物量には圧倒されるものがあります。解説はやや散らかり気味にも思えますが、甲殻類の基礎情報に触れることができ、楽しみ方を見つけられることでしょう。古文書における日本最古の甲殻類の記録や、室町時代に描かれた掛け軸については修復作業の過程を含めた展示など、人文的アプローチに関してとても意欲的に感じられました。

 5月の大潮に合わせて茨城某所の磯で観察会が開かれるとのことで、既にキャンセル待ちの状況らしいす。内陸県民の海への憧憬にはどうしても凄まじいものが出てしまいます。井上 (2012) では茨城の沿岸からかなりのヨコエビが報告されており、来月の会でそれらが適当にあしらわれるのは残念ではありますが、栃木県博がいずれ海産種に多少のやる気を出してくれる日が訪れることを祈るばかりです。



<参考文献>

— 有山啓之 2022. 『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. [ISBN: 9784303800611]

— Ariyama H.; Mori K. 2023. Two Distinctive Amphipods (Crustacea) Collected from the Ariake Sea, Western Japan, with the Description of a New Species. Species Diversity28(1): 31-44.

— 井上久夫 2012. 茨城県の海産小型甲殻類 III. ヨコエビ相(端脚目,ヨコエビ亜目). 茨城生物, 32: 9–16.

Kodama M.; Henmi Y. 2023. Southernmost record of Rhachotropis aculeata (Lepechin, 1780) (Crustacea: Amphipoda: Eusiridae) in the Pacific Ocean with notes on the geographical genetic divergence. Marine Biodiversity, 53(25). 

 Shintani A.; Lee C.-W.; Tomikawa K. 2022. Two new species add to the diversity of Eoniphargus in subterranean waters of Japan, with molecular phylogeny of the family Mesogammaridae (Crustacea, Amphipoda). Subterranean Biology44: 21–50. 

2023年4月1日土曜日

2023年4月1日活動報告


 最近、ケラのようでケラでない「ツツケラ」という直翅類が話題を集めています。収斂進化の賜物といえましょうが、ヨコエビにも類似した種がいます

 それが Cylindrachetecaris australis です。

 




 第1胸節から第4胸節までが癒合した特殊な体制を持っています。第3,4胸および腹肢・尾肢を欠き、尾節が全て癒合していることから、長らくワレカラ亜目として扱われてきましたが、近年では所属不明群として扱われているようです。


 第2咬脚はモグラのような形状になり、指節は消失しているようです。第5胸脚以降は似通った形状で、長節・腕節は肉厚、各節の前後の縁部に短剛毛を密生しています。指節はやはりほとんど残っていませんが、前節前縁に太く直線的な棘状剛毛があります。

 地下水系の底部に堆積した砂中に穿孔して一生を送る、極めて珍しい種のようです。視力を失っているとのことですが、Journal of Oligophotic Kinetics and Ecology誌に掲載された記載論文では、運動パターンやメカニズムも記述されています。どうやらこの種は触角を用いて化学物質を感知し、また自らも付属肢を用いて発音することで疎密波を地中に伝達させて、地中に何があるかまで把握できるようです。歩脚をはじめとして各所に長い剛毛を具えており、振動を感じるのに役立っているとのことです。

<Reference>

— Roper, S. 1959. New species of extraordinally infaunal amphipod from Western Australia. Journal of Oligophotic Kinetics and Ecology, 41: 23–31.  


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 というわけで、今年もエイプリルフールでした。ただまあこういう姿ではないにせよ、地中を掘り続ける生活に適応したヨコエビが新たに見つかる可能性がないとは言い切れないです…

2023年3月27日月曜日

書籍紹介『深海の生き物超大全』(3月度活動報告その3)


 最近フィールドに出ていないこともあり書籍紹介が続いています。

 今回は『深海の生き物超大全』(以下、石井 2022)です。

 こういった書物も昔は片っ端から目を通していたのですが、ヨコエビに関して押並べて洗練される気配がないこともあってしばらくスルーしてました。


359ページにわたって
全613種のオリジナルカラーイラストが載って2600円。
正気の沙汰ではありません。 


 タイトルや帯からして良い子のための教養書といった趣ですが、開いてみると単なる子供向けでないことがわかります。ルビが振ってあるわけでもなく、高校生以上対象の一般書を意図しているようです。


 掲載端脚類は以下の通りです(登場順)。

  • キタノコギリウミノミ Scina borealis
  • オオタルマワシ Phronima sedentaria
  • オニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas
  • マルフクレソコエビ Stegocephalus inflatus
  • エピメリア ルブリエキュエス Epimeria rubrieques
  • カイコウオオソコエビ Hirondellea gigas
  • プリンカクセリア ヤミエソニ Princaxelia jamiesoni
  • ダイダラボッチ Alicella gigantea
  • オオオキソコエビ Eurythenes gryllus
  • カプレラ ウングリナ Caprella unglina
  • アビソドデカス スティクス Abyssododecas styx


 帯でも謳っていますが、一般書にカラーイラストとして登場したことがなさそうな種がかなり含まれています。

 この著者、どうやら二足の草鞋系イラストレーターらしいのですが、これだけの原稿を分筆せずまとめ上げるというのは只事ではありません。また当然端脚類の専門家ではないはずですが、少なくともここ10年くらいの分類体系・生態学的知見などを過不足なく把握していて、浮ついた誇張やこれといって間違った記述はみられませんでした。そのリサーチ力や記述力に驚かされます。類書の中で指折りの労作といえるでしょう。


 帯に同じ科がまとまっていて比較しやすいとありますが、目はことごとくバラバラになっています。生息環境ごとの章立てゆえ仕方ない部分もありますが、ページのデザイン上、目はかなり軽視されており、マイナー分類群を追いにくい構成となっています。

 分類群の名称については 石井 (2022) が出版された7月22日の1か月以上前(6月5日付)に「Eurytheneidae科」にはオキソコエビ科,「パルダリシダ科」にはミコヨコエビ科との和名が提唱されていますが(有山 2022)、反映させる術はなかったと思われますので、仕方のないことです。

 イラストは精密ですがあくまでインプレッション優先で描かれていて、第1触角の副鞭があり得ない場所から生えているように見えたり底節や基節の表現が一定しないなど、真に受けてはいけないポイントもあります。正確な姿を知りたい方は然るべき文献にあたるべきです。

 また、学名の仮名表記は独自に考えられたものでコンセンサスのあるものではなく、例えば E. rubrieques の種小名は「紅色+騎手/騎士」に由来するはずなので、読みは「ルブリエキュエス」より「ルブリエクェス」といった感じになるのではと。

 冒頭で最新の知見をもとにしていると言いつつ参考文献が皆無であること、(ヨコエビ以外でですが)属名の頭文字が小文字になっているところがあるなど生物学の書物として読む上での危うさや、「触角」をずっと「触覚」と表記しているなどエディタについても脇の甘さは気になるところです。


 昨今の二足の草鞋系クリエーターの勢いを象徴する一冊かと思います。どのくらい売れたのかは知りませんが、こういった量こそ質みたいな狂気の作品が出版されるのは喜ばしいことです。



<参考文献>

— 有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂,東京.160 pp. [ISBN: 9784303800611]

— 石井英雄 2022.『深海の生き物超大全』.彩図社,東京.359 pp. [ISBN: 9784801305861]


2023年3月2日木曜日

2023年のヨコエビギナーへ(文献紹介第九弾)


  今年もヨコエビの知見を得るのに有用な文献を紹介します。第九弾です。

 

(第一弾)
— 富川・森野 (2009) ヨコエビ類の描画方法
— 小川 (2011) 東京湾のヨコエビガイドブック
— 石丸 (1985) ヨコエビ類の研究方法
— Chapman (2007) "Chapman Chapter" In: Carlton Light and Smith Manual (West coast of USA)
— 平山 (1995) In: 西村 海岸動物図鑑
— Barnard and Karaman (1991) World Families and Genera of Marine gammaridean Amphipoda

(第二弾)
— Lowry and Myers (2013) Phylogeny and Classification of the Senticaudata
— World Amphipod Database / Amphipod Newsletter
— 富川・森野 (2012) 日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方
— Arimoto (1976) Taxonomic studies of Caprellids
— Takeuchi (1999) Checklist and bibliography of the Caprellidea
— 森野 (2015) In: 青木 日本産土壌動物
【コラム】文献情報のルール

(第三弾)
— 有山 (2016) ヨコエビとはどんな動物か
— 森野・向井 (2016) 日本のハマトビムシ類
— Tomikawa (2017) Freshwater and Terrestrial amphipod In: Species Diversity of Animals in Japan
— Bousfield (1973) Shallow-Water Gammaridean Amphipoda of New England
— Ishimaru (1994) Catalogue of gammaridean and ingolfiellidean amphipod
— 椎野 (1964) 動物系統分類学
【コラム】ヨコエビの分類にはどこから手を付けるか

(第四弾)
— Lowry and Myers (2017) Phylogeny and Classification
— Bellan-Santini (2015) Anatomy, Taxonomy, Biology
— Hirayama (1983–1988) West Kyushu
— 井上 (2012) 茨城県のヨコエビ
— 永田 (1975) 端脚類の分類
— 菊池 (1986) 分類検索, 生態, 生活史
【コラム】文献の入手

(第五弾)
— Arfianti et al. (2018) Progress in the discovery
— Ortiz and Jimeno (2001) Península Ibérica
— Miyamoto and Morino (1999) Talorchestia and Sinorchestia from Taiwan
— Miyamoto and Morino (2004) Platorchestia from Taiwan
— Morino and Miyamoto (2015) Paciforchestia and Pyatakovestia
— 笹子 (2011) 日本産ハマトビムシ科
【コラム】野良研究者

(第六弾)
— Lecroy (2000–2011) Illustrated identification guide of Florida
— Cadien (2015) Review of NE Pacific
— Copias-Ciocianua et al. (2019) The late blooming amphipods
— Bate and Westwood (1863) British sessile-eyed Crustacea
— 青木・畑中 (2019) われから
— Bousfield and Hoover (1997) Corophiidae
【コラム】ヨコエビの同定

(第七弾)
— 岡西 (2020) 新種の発見
— Conlan (1990) Revision of Jassa 
— Ariyama (1996) Four Species of Grandidierella 
— Ariyama (2004) Nine Species of Aoroides 
— Ariyama (2007) Aoridae from Osaka and Wakayama
— Ariyama (2020) Six species of Grandidierella
【コラム】ヨコエビリティの探索


(第八弾)
— Hughes and Ahyong (2016) Collecting and processing
— Буруковский and Судник (2018) Атлас-определитель Балтики и Калининградской 
— Гурьянова (1938) Gammaroidea заливов Сяуху и Судухе 
— Гурьянова (1951) Бокоплавы морей СССР
— Цветкова (1967) Бокоплавов залива Посьет
— Takhteev et al. (2015) Checklist of the Amphipoda from continental waters of Russia

【コラム】海外の司書さんを$29でパシる方法


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<超おすすめ①>

有山啓之 2022. 『ヨコエビガイドブック』. 海文堂, 東京. 160 pp.

 日本にヨコエビ学が勃興して約120年(※1)。全国45(ヨコ)万人のヨコエビファンが待ち望んでいた書籍がついに出版されました。海産種を中心に雌雄の生態カラー写真がわんさか載っている、世界的にも類のない書籍です。2023年3月時点で第2版2刷のはこびとなっており、かなり売れてるらしいです。ぽつぽつと公立図書館にも入ってるようですし、ビジュアルブック感覚でもとりあえず開いていただければ。決して損はさせません。その読みどころについてはこのあたりをご参照ください。

(※1)うの (1901) を、本邦ヨコエビ学の起点となる文献と考えています。



<超おすすめ②>

 富川光 2023. 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』. 広島大学出版会, 東広島. 198pp. ISBN:978-4-903068-59-6

 2月末に刊行されたばかりの書籍です。見た目と中身とのギャップが異常で、完全に裏切られますのでご注意ください。読みどころはこちらに。ヨコエビの特性について学術的知見の要点がわかりやすく集約されているばかりでなく、本邦浅海域および陸域のヨコエビの代表的グループについて科までの図解検索表が搭載されております。3月1日現在、入手経路が確立していないようですが、とりあえず価格は 2,640円(税込)です。



<アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae の文献>

 結論から述べると、21世紀のアゴナガヨコエビ科の全貌が総括されかつ同定ができる文献はないです。アゴナガヨコエビ属についても同様です。

 アゴナガヨコエビ科は伝統的にテンロウヨコエビ科と姉妹群を形成していましたが、Senticaudata亜目設立と共にバラバラにされてしまった、いわば Lowry and Myers (2013) 被害者の会の一員ということになります。そしてテンロウヨコエビ科は後の分子系統学的検討 (Copilaş-Ciocianua et al. 2019) により、アゴナガヨコエビ科を含むウラシマヨコエビ上科との類縁関係が示唆され、改定前の分類体系に系統学的妥当性があったことが明らかになりました。そればかりでなく、以前から指摘されていたテングヨコエビ科との関連 (石丸 1988) についても裏付けが得られるに至りました。つまり現状、これといった意義のない分類学的枠組みが作りっぱなしの状態で、混沌を極めているわけです。

 ただ伝統的にどういった形態形質が重視され、どういったグループを含めて理解されていたのか等を理解するのに、以下の文献は役立つでしょう。



Bousfield, E. L.; Hendrycks, E. A. 1995. The amphipod superfamily Eusiroidea in the North American Pacific region. I. Family Eusiridae: systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 1(4): 3–59.

 古き良き時代のテンロウ上科として、アゴナガヨコエビ科を含む8科の検索表が掲載されています。迷ったらまずコレ、といったところでしょうか。



— Gurjanova, E. F. 1938. Amphipoda, gammaroidea Zajibob Siaukhu I Sudzukhe (Japonskoe More) [Amphipoda, gammaroidea of Siaukhu Bay and Sudzukhe Bay (Japan Sea)]. Fijnaj Akademii Nauk SSSR, Trudy Gidrobiojogicheskoi Ekspedichii Zinan 1934 Japonskoe Morei [Reports of the Japan Sea Hydrobiological Expedition of the Zoological Institute of the Academy of Science USSR in 1934], 1: 241–404. (In Russian)

 アゴナガヨコエビ科およびアゴナガヨコエビ属の検索表を提供していますが、現在に通用するのは12属のうち8属,15種のうち4種のみです。ちなみにロシア語です。


p. 329~:科から属の検索表 

※以下は属(現在の属)— 現在の科

  • Atyloella — アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae
  • Atyloides — フタハナヨコエビ科 Atylidae
  • Bovallia — アゴナガヨコエビ科 
  • Djerboa — アゴナガヨコエビ科
  • Eurymera — アゴナガヨコエビ科
  • Harpinioidella (=Harpinioides) — ウラシマヨコエビ科 Calliopiidae 
  • ミギワヨコエビ属 Paramoera — アゴナガヨコエビ科
  • アゴナガヨコエビ属 Pontogeneia — アゴナガヨコエビ科
  • Pontogeneiella (=Prostebbingia) — アゴナガヨコエビ科 
  • Prostebbingia — アゴナガヨコエビ科 
  • Pseudomoera — アゴナガヨコエビ科
  • Zaramilla — Zaramillidae


p. 337~:属から種の検索表

※以下は現在の属位を反映したもの(配列は種小名のアルファベット)

  • Gondogeneia antarctica
  • Gondogeneia bidentata
  • Gondogeneia georgiana
  • Gondogeneia gracilicauda
  • Pontogeneia inermis
  • Pontogeneia intermedia
  • Tethygeneia longleyi
  • Gondogeneia macrodon
  • Pontogeneia melanophthalma
  • Pontogeneia minuta
  • アゴナガヨコエビ Pontogeneia rostorata
  • Gondogeneia simplex
  • Accedomoera tricuspidata
  • Gondogeneia tristanensis
  • Gondogeneia ushuaiae



— Gurjanova, E. F. 1951. Bokoplavy morey SSSR i sopredelinyh vod (Amphipoda – Gammaridea), opredeliteli po faune SSSR [Gammarids from USSR seas and adjacent waters (Amphipoda – Gammaridea), determinants of fauna in USSR]. Zoologicheskii Institutom Akademii Nauk [Zoological Institute Academy of Science], 41: 1–1029. (In Russian) 

 アゴナガヨコエビ科3属の検索表を提供しています。アゴナガヨコエビ属については12種が実装されていますが、現在も属位変更がないのは8種です。ちなみにロシア語です。

p. 717~:属から種の検索表

※以下は現在の属位を反映したもの(配列は種小名のアルファベット)

  • Pontogeneia andrijaschevi
  • Pontogeneia inermis
  • Pontogeneia intermedia
  • Pontogeneia ivanovi
  • Pontogeneia kondakovi
  • Tethygeneia longleyi
  • Tethygeneia makarovi
  • Pontogeneia melanophthalma
  • Pontogeneia minuta
  • Tethygeneia pacifica
  • アゴナガヨコエビ Pontogeneia rostorata
  • Accedomoera tricuspidata




 アワヨコエビ属6種の検索表を提供。分布情報についても大いに参考になるかと思います。


 アゴナガヨコエビ科は一目見てそのグループと分かりやすい特徴に乏しいため、より広い範囲から検討して絞り込んでいく必要があります。上記文献の他は(とりわけ読みにくいことで有名な)Barnard and Karaman (1991) や Cadien (2015) などを適宜参照するのがよいでしょう。

 アゴナガヨコエビ属について、Ren (2012) は中国産3種、Cadien (2015) は北太平洋産4種を対象に、それぞれ検索表を提供しており、日本を含む海域では一応これらが最新の知見となります。しかし、これだけでは国内の分類には全く役に立たないため、2023年現在の既知種をまとめました(※authorshipのcitationは割愛しています)



Pontogeneiidaeアゴナガヨコエビ科 Pontogeneiaアゴナガヨコエビ属 の検索表(Gurjanova 1951 を改変)
 
1. 頭頂は短く直線的に尖り、下垂あるいは上反しない・・・2
— 頭頂はサーベル状に下垂あるいは上反する・・・9
2. 頭頂は幅広く、第1触角柄部第1節の長さおよび幅の50%を超える・・・P. opata J.L. Barnard, 1979
— 頭頂は小さく痕跡的、あるいは第1触角柄部第1節の長さおよび幅の50%に満たない・・・3
3. 第1, 2咬脚の腕節長は前節長より長いかほぼ同長;尾節板は剛毛を欠く・・・4
— 第1, 2咬脚の腕節は前節より短い;尾節板に剛毛を具える・・・8
4. 第1, 2咬脚は腕節長>前節長・・・P. inermis (Krøyer, 1838)
— 第1, 2咬脚は腕節長≒前節長・・・5
5. 第3尾肢の外肢は内肢よりやや長い・・・P. stocki Hirayama, 1990 ホンアゴナガヨコエビ
— 第3尾肢の外肢は内肢より短いかほぼ同長・・・6
6. 第3尾肢の外肢は内肢より短い・・・P. oligoseta Ren, 2012
— 第3尾肢の外肢と内肢はほぼ同長・・・7
7. 尾節板の長さは幅の2倍程度で、2/3程度まで切れ込む・・・P. arenaria Bulyčeva, 1952
— 尾節板の長さは幅の1.5倍程度で、1/2程度まで切れ込む・・・P. littorea Ren, 1992
8. 第1, 2咬脚は腕節長<前節長;尾節板側縁に2対程度の棘状剛毛を具える・・・P. melanophthalma Gurjanova, 1938
— 第1, 2咬脚は腕節長<<前節長;尾節板背面に5束程度の棘状剛毛を具える・・・P. bartschi Shoemaker, 1948
9. 複眼はアルコール固定中で黒色・・・10
— 複眼はアルコール固定中で黄色・・・11
10. 第1, 2咬脚は腕節長>前節長;第3腹側板後縁は弱く突出する・・・P. intermedia Gurjanova, 1938
— 第1, 2咬脚は腕節長>>前節長;第3腹側板後縁は強く突出する・・・P. andrijashevi Gurjanova, 1951
11. 第1, 2咬脚は腕節長>前節長・・・P. rostrata Gurjanova, 1938 アゴナガヨコエビ
— 第1, 2咬脚は腕節長>>前節長・・・12
12. 頭頂は微小かつ下垂する;尾節板は棘状剛毛を欠く・・・P. ivanovi Gurjanova, 1951
— 頭頂は上反する;尾節板は側縁に3対の棘状剛毛を具える・・・P. kondakovi Gurjanova, 1951



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コラム:ヨコエビ採集の安全対策


 フィールドでの安全対策に関して、ネットではまた活発な発信が行われています。こういったテーマは常に関心のトップに置いておかねばと分かっていながらも、人は忘れがちで、口の端に上るのは何かがあった時だけになりがちです。どれほど貴重なサンプル・データをその手に掴もうと、生還しなければ採れたことにはなりません。命がけでやってる自負がある方もいるかもしれませんが、事故が起きれば「覚悟ができている」当人だけの問題では終わりません。研究組織や道楽カテゴリと心中する可能性すらあります。


 事故や遭難の原因は、制度設計や組織の指揮系統など勘案すべき事項が多岐にわたるかと思いますが、個人がルールを踏まえて行動することが前提になるかと思います。危険な場所は立ち入り禁止になっていたり、危険を招く行為はルールとして禁止されていて、これが予防策になりうるわけです。また、これと関連して、生物そのものあるいは生物に関わる産業の保護などを目的として、各種法令が制定されている場合もあります。これについては昨年たいへん良い書籍が出ましたので(山渓いきもの部 2022)、未読の方は参考にしていただきたいと思います。ルールは、知らなければ守れませんので、こういった事柄を事前に調べ、また教えることが第一歩かと思います。

 これらを踏まえた上で個人に帰属する安全対策は、一般論として、事前に然るべき指導を受け無事に帰る術を身につけること、単独行動しないこと、などが挙げられます。原理的・究極的な部分では大変優れたマニュアルが公開されていますのでこちらをまず頭に入れることが肝要かと思います。また、学校など組織に所属されている方は、まずは各々の組織が定めているフィールドワーカー向けの安全マニュアルの類に目を通していただければと思います。そして近年では、インターネットで色々な大学の安全マニュアルを読めたりします。土地柄や調査の内容によって微妙に違いがあったりしますので、「フィールドワーク」(野外調査)「安全」「マニュアル」などのキーワードで検索するとかなり良質な情報が得られますので、参考にしてみてください。また、もう少し敷居を下げてレクリエーション的な活動に対しても、各自治体や民間団体がマニュアルを公開している場合があります。フィールドワークを「野外活動」「自然体験」などに置き換えると、いろいろヒットします。


 その他の非常に主観的で細かな話として、主に潮間帯でのヨコエビ採集にあたってフィールドワーカー個人が予め注意したほうがよい事柄をご提案します。なお、以下の内容は全ての人・地域・調査方法に当てはまるものではなく、また事故・不具合の予防を保障するものではありません。


 事前に考えられる危険を予知します。


【磯】
 足元が不安定で、更に波が打ち付けてくる過酷な環境です。転がりやすい・滑りやすい石は一見して判断できないこともありますので、急な動きを避けて慎重に進むことが必要です。バランスを崩して咄嗟に手や足を着いても、着いた先が安定しているとは限りません。波は一定のタイミングで押し寄せてきますが、引き潮あるいは満ち潮の時刻にはめまぐるしく大きさや向きが変わります。沖をこまめに見て白波の高さを確認する,近くを船が通ったら航跡波に備える、などの注意をしたほうがよいです。
 また、波消しブロックの隙間は水流が複雑に入り乱れ、吸い込まれると生還はおろか遺体が上がるかどうかさえわからないと言われます。近づかないことです。 
 磯の脇に崖が切り立っていることがあります。真新しい石などが近くに落ちてないか注意します。

【干潟】
 一見何の危険もないようですが、砂泥の中に鋭い貝殻の破片が埋まっていたり、アカエイ・イシガニ・有毒クラゲなどの危険生物に出くわしたり、いきなり底なし沼にハマる可能性があります。

【河口】
 河口付近や川の中まで入って採集を行う場合、少なくとも直近3日間程度の上流の降水状況を把握すべきと思います。川の形状によっては鉄砲水のリスクがあります。


 
季節のコーデ。
※個人の見解です


 海は陸上動物であるヒトにとってアウェイな環境です。特に都会化されたヒトにとっては、潮間帯さえ完全アウェイです。吹き渡る風さえ、街のそれとは違います。一年を通して肌の露出を極力減らし、気温変化に直接身体を晒さないことが体力維持において重要と考えられます。体力の低下は機動力の低下を招き、思わぬ事故を招く可能性がありますし、何よりせっかくのアクティビティが有意義なものになりません。体力が有り余っている方は平気と思うかもしれませんが…


【夏季】
 遮るもののない海辺に照り付ける太陽は相当なものです。前述の服装によって身を守るとともに、水分を持ち歩くようにします。また、夏の盛りを外れた時期は体感温度が目まぐるしく変わることも考慮すべきです。

【冬季】
 潮汐に依存した採集は自ずと夜潮になります。水辺において冬の夜の寒さは異次元です。どうしても行かなければならない場合、複数人で十分なバックアップ体制を敷くことが重要です。また、干潟なら平坦な道を進めますが、磯は地形が複雑で非常に危険です。転倒や滑落などもそうですが、エントリーポイントが分からなくなると戻れなくなることも有り得ます。よほど慣れた場所でもないかぎり、何人で行っても危険性はさほど減らないように思えます。私は行く気にはなれません。

 また、その他の装身具でいうと、マスクをしたままにしていると水を被ったり誤って水中に落ちた時に呼吸ができず生命に関わります。


 採集用具に関しても、安全対策の一環になると考えています。かさばる器具を持ち歩くことは疲労や忘れ物・紛失につながります。人工物の紛失は環境汚染であるばかりではなく、例えばそれを取ろうとして思わぬ事故が起きる可能性もあります。採集を終えて体力を損耗した状態であっても管理できる点数・重量に収めるべきです。私はサコッシュとリュックに入れるのをデフォとし、手元が空くようにしています。


 前述の生態学会のマニュアルは、組織の体制作りからロープワークや蘇生法まで、極めて幅広くかつ実践的な内容が凝縮されていますので、フィールドに出る前に一読されることを強くお勧めします。その中では自身の危険体験を「武勇伝」のように語ることを戒める文言もあります。

 指導教員や研究リーダー、先輩らは、自らの危険な経験・無理・無茶を武勇伝にしてはいけない。冒してしまった危険な経験や無理は、論文の盗用と同じぐらい恥ずべき経験である。恥を忍んで、同じ過ちを後輩が冒すことがないようにという気持ちで、自らの経験を語るべきである。無謀な野外調査の思い出話や冒険談は、調査前の計画や準備の能力不足を吐露しているだけであり、自らの能力の低さを証明しているに等しいことを、年長者は年少者を前にして自覚すべきである。(p.S4)

 改めて強調しておきますが、これは「誰かの個人的意見」ではなく、委員会組織の見解として表明されているものです。また、その本当の意図については、単純な自分語りの否定とは読まずに前後の文脈からも読み取ったほうがいいと思います。
 危険事例を共有することそのものは安全教育に不可欠と思いますが、例えばもし同様のアクシデントで人一人死んでたら同じテンションで話せるのか、見つめ直すべきとも思います。聞き手に「自分ならもっと上手く立ち回れる」と思わせて災害を増やすと言われることもありますが、単純に「同様の危険を冒して仮に遭難しても無事に生還できて話のタネになる」と思われてしまうのではないでしょうか。現状、フィールドワークの危険事例をシステマティックに集約する仕組みはこれといってなく、個の発信になってしまっているのも、もしかすると武勇伝を許している一因かもしれません。学術組織を中心にそういったプラットフォームを作ることができれば、あるいは尊い人命が喪われる場面を1つでも減らせるような気がしています。

 

<本項おすすめ本以外の参考文献>
— Ren X. 2012. Crustacea, Amphipoda, Gammaridea (II). Fauna Sinica, Invertebrata. vol. 43. Science Press, Beijing, 651pp.

2023年3月1日水曜日

書籍紹介『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』(3月度活動報告・その1)

 

 近年、ヨコエビ本が豊作です。

 2月末にまた楽しそうな本が出ました。


ほんの去年まで、一般向けに「ヨコエビ」をシングルイシューとした書籍はついぞ出版されていませんでしたので、驚くべきファンシーさにちょっと目を疑うような表紙です。夢かどうかフトヒゲソコエビに齧ってもらって確かめたいところです。特に高度に抽象化されたヨロイヨコエビがかわいいですね。

 

 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』(以下、富川 2023)を児童書か中高生向けの書物だと思っていると、たいへんな裏切りが待っています。目次を見てもまだはっきりと分かりませんが、本文に目を通すと、非常に濃密な内容になっていることに驚かされます。目次から想像される内容の3~10倍くらい濃いです(当社比)。


 「ヨコエビ」とは何か、またその特性である「横向きの姿勢」の特異性を正しく理解するには、ヨコエビやそれを内包する甲殻類という範囲まで含めて、分類学的構造や身体の形状についての基礎知識が必要になります。富川 (2023) ではそういった学術的な下地の形成にかなりのページを割きつつ、そこから先は軽快なテンポでヨコエビの様々な側面について専門的な解説を連ねていきます。

 後半の解説は解剖学のみならず捕食・被食・寄生の関係や、繁殖様式などにも及びます。その濃度たるや、多少甲殻類学に造詣がなければ、この本を開いたほんの数十分前には到底ついていけなかったであろうガチめな領域に達しています。そしてたとえ心得があったとしても、かなり造詣を深められるものになっていると思われます。

 そして、後半部へ達する前に前半部で身につけられる濃密な知見は、ヨコエビの学術書を読み解くためというより、一般書や学校教材などで使われている用語や見方と学術的場面でのそれとの違いを理解するというような、日常場面を土台にした構成になっているところに、芸の細かさを感じました。


 そういった「教科書」的な要素をひととおり堪能した後には、実際の研究を進めるための具体的な情報を手にすることができます。採り方や固定の仕方だけではなく、飼い方にもちょっと触れているところは、とても新しいと思います。また、海水・汽水域の22科と淡水域の10科(重複有)について図解検索表が掲載されています。有山 (2022) でもブレイクスルーと言える巨大な検索表が提供されましたが、富川 (2023) では図が付いていてビジュアル的な理解が捗ります。ハマトビムシ類に限っては 森野 in 青木 (2015) などに前例がありますが、海産でこういった資料が日本語としてまとめられたというのはかなり革新的な出来事です。今日日「フトヒゲソコエビ科」という表記を使うのは誤解を招く可能性もありますが、「類」と読み替えていただくのがスムーズかと思います。

 

 ヨコエビヲタクとして特に驚いたのは、最近では 大森 (2021) で言及があった、恐らく日本最古のヨコエビの商業的生体展示にして世界最高温度帯に棲息する種であろう南米のヨコエビについて、富川先生の手によって分類学的研究が進められているという情報。この属は現在100種ほどを擁し毎年何種も新種が記載される状況が続いているグループで、かつ形態的な差が少ないという難物なのです。続報に期待です。

 あと、本筋とは関係ないですが、引用文献が略式の表記になっていて、個人的にはタイトル込みの citation のほうが論文を探しやすい感があるので、芋づる式に学び直したり知見を深めていったりするには少々敷居が高いように思われました。そしてもっとどうでもいいですが気になった点を少々。すみません…細かいところが気になってしまうものでして…。

(p.76, 77) ”ペランピトエ・フェモラタ”は イッケヒゲナガヨコエビ属 Peramphithoe の消滅に伴って ニセヒゲナガヨコエビ属 Sunamphitoe に属位変更され、現在は S. femorata (Krøyer, 1845) となっている (Peat and Ahyong 2016)。

(p.157など) ”胸肢”という語が「胸脚」と混同されて使用されている可能性がある。「胸肢 thoracopod」はヨコエビにおいて「顎脚 maxilliped」「咬脚 gnathopod」「胸脚 pereopod」に相当し、以下のようになっているはず。

 第1胸肢=顎脚
 第2胸肢=第1咬脚
 第3胸肢=第2咬脚
 第4胸肢=第3胸脚

 :

 第8胸肢=第7胸脚

(p. 179) Brevitalitridae科は「和名なし」となっているが、富川 (2023) において引用文献に連なっている 有山 (2022) で「サキシマオカトビムシ科」という和名が提唱されている。


 個人的には、あまり疑問を持たずに受け入れてきた「ヨコエビが横向きになったまま動き回っている」というシーンをここまで真正面から論じられていることに、蒙を啓かれた感がありました。よくよく考えれば、背腹に扁平となって物の表面に張り付いている生物は数知れず、ヨコエビ(主に上科)のように左右を気まぐれに反転させながら横向きの姿勢を保っているグループというのは、あまり思い浮かびません。その理由を解き明かすカギは、確かにこれまで富川先生がネット記事や講演会などで繰り返し語ってこられた中にヒントがあったのですが、そうした洞察が改めてこうして書籍として再構築されたのは、たいへん意義深いことです。

 これは真の意味での「分かりやすさ」を目指した書物のように思えます。恐らく高校生をターゲットの中心に据えているようですが、単語や表現は可能な限り平易に、しかし記述内容そのものに一切の妥協や省略はなく、知識の無い状態から「ヨコエビはなぜ横になるのか」を理解できるようになる、最も確実かつ最短距離を突っ走っているように感じられました。何かと「分かりやすさ」が求められる今日、手前勝手な誇張や単純化によってそれを実現しようとする手合いは後を絶ちませんが、そういったざんねんな状況に一石を投じるものにも思えました。

 個人的な見どころはあとがきで、本邦端脚類学の権威・森野先生との会話から本のアイディアが出てきたといったくだりは、研究者が普段なにを考えてどういう会話をしているのか、という日常の一コマに想いを巡らせずにはいられません。



<取り扱い状況>

 3月1日現在、一般の書店やネットストアでの取り扱い状況は、わかりませんでした広大出版会ページ。大学生協に問い合わせるか、取り扱い開始を待つ必要がありそうです。



<参考文献>

— 有山啓之 2022. 『ヨコエビガイドブック』. 海文堂, 東京. 160 pp.

— 大森信 2021. 『エビとカニの博物誌―世界の切手になった甲殻類』. 築地書館, 東京. 208pp. ISBN978-4-8067-1622-8 

— 森野浩 2015. ヨコエビ目. In: 青木淳一(編) 『日本産土壌動物 第二版-分類のための図解検索』 1069–1089. 東海大学出版会, 東京. ISBN978-4-486-01945-9

— Peat, R. A.; S. T. Ahyong 2016. Phylogenetic analysis of the family Ampithoidae Stebbing, 1899 (Crustacea: Amphipoda), with a synopsis of the genera. Journal of Crustacean Biology, 36(4): 456–474.

 富川光 2023. 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』. 広島大学出版会, 東広島. 198pp. ISBN:978-4-903068-59-6