2023年10月15日日曜日

久々の学会発表(10月度活動報告その2)


 久方ぶりに東京海洋大学を訪れました。





日本甲殻類学会 第61回東京大会

Carcinological Society of Japan 

61st Annual Meeting (CSJ61)


 学会でずっとROM専を決め込んでいるうちに、最後の学会発表から干支が一回りしております。前回はあの激震の生態学会なので、完全に浦島太郎です。



 今回はポスターで海亀の背中のヨコエビ・ワレカラの話をしました。こういったブログを書いたこともありますが、当時はまさか論文化する立場になるとは思っていませんでした。立ち寄って下さった方々ありがとうございました。まだ投稿誌が定まっていない案件ではありますが、なるべく早く皆さんの元へお届けできるよう進めて参ります。


 今回、ヨコエビに関する発表はかなり豊作でした。

 ここ10年ばかりの印象ですが、近年は複数拠点が安定して取り組むようになり、題材も記載的研究と生態や行動が密に連携している様子が伺え、大変嬉しいです。ポスター発表では他の端脚ネタを聞けず悔しい思いをしましたが、色々な方に便乗性ヨコエビに興味を持ってもらえた手応えを感じることができたのは貴重でした。


 ご近所分類群である等脚類、しらみちゃんネタなど本ブログで扱ったことがある話題があったりして面白かったですね。こちらもかなり研究者人口が増えてました。近年は適応放散のモデルとして扱われたり、記載分類のフェーズから昇華していく気配があります。分類学分野でもまだまだやることは沢山あるそうですが、それも含めてこれから一層盛り上がっていくことかと思います。


 しばらく学会ありませんが、何かしら案件あればお声かけください。


2023年10月2日月曜日

アスワメクラヨコエビ(2023年10月度活動報告その1)

 

 福井の博物館でヨコエビを見れるとのことなので、ついでに採集もしようと出かけていきました。



<F県M海岸採集>

 

なかなか良さげな海岸ですね。

 打ち上げ海藻と松林。ちょっと岡山に似ている感じもします。この引っ込んだ砂浜と植生の感じ、犬島南岸ぽい。ということは、狭義のヒメハマトビムシ(広義のDemaorhestia joi)(※補遺)もワンチャンあるか…?


 堤防には特に何もありません。アオノリ的なサムシングをガサガサするとエビ(十脚)。


 砂を掬ってみると粒径は粗め。まずい。ナミノリソコエビ狙いでしたが、これはボウズの公算大です。ヒサシソコエビやクチバシソコエビならあるいは…


 ダメだ。全く採れない。


 打ち上げ物を徐にめくってみます。 

 信じがたい。何もいない。

 小雨パラつくハマトビ日和じゃぁないのか?


 潮間帯上部はヨシの枯死体が優占し、汀線際はホンダワラ類やらミルやらが見られますが、かなりオオカナダモの割合が多く、陸域からの供給が多いものと考えられます。

 砂浜で拾った褐藻なんかをガサガサしてみても、何も出ません。ヨコエビだけしか視認できない変態知覚を有しているわけではなく、ゴカイ、巻き貝、メガロパ、コペなどもいません。あらかた波に洗われて、元々付いていた表在ベントスは落ちてしまうのでしょう。


 熱海の経験を思い出して堤防近くのヨシをめくってみると。


 おるやん。



 検索表からするとニホンヒメハマトビムシですが、オスの第7胸脚は肥大化しません。第1尾肢の棘数や触角の太さからすると、オカトビ系ということはなさそう。あまり大きな個体が採れなかったので、胸脚の発達が弱いだけか、あるいは…


 あとは最後の希望をかけて、堤防に挟まった諸々の藻屑を漁ります。


?フサゲモクズ Ptilohyale cf. barbicornis

 オスが採れたのは良いものの、成熟してないようであまり形態形質がはっきりしません。なお、フサゲモクズは潮間帯上部に棲息する本邦最普通種です。

 そういうことか。

 硬質基質のクラックや付着物の隙間に細々と暮らすフサゲモクズだけがこの海岸に棲めるヨコエビであって、攪乱の大きい砂浜は潜砂性種にとって良い環境ではないようです。





<福井市自然史博物館>

 こちらの記事で、22日までアスワメクラヨコエビ (Shintani et al. 2023) の展示をしてるとのことだったので、のぞいてみました。

 年内に新種記載されたばかりの生物を生体展示というのがそもそもしょっちゅうあることではないのですが、それが洞窟性の小型甲殻類となると相当レアな試みだと思います。


博物館はほぼ山頂のような場所にあります。



 どうやら、昆虫展の一角でやってるみたいです。


 これは…



おるおる。

 アスワメクラヨコエビ Pseudocrangonyx asuwaensis と初対面。

 洞窟性種なので、この時期に室内展示するため常に冷却を要するVIP待遇となっております。

 折しも本日、共同通信はじめ産経新聞などで報道がありましたが、食性については推測の域を出ませんね。富川先生から以前お伺いした話からすると、バクテリア食という線が濃厚な気がします。

 「新種認定」とか、ところどころ表現が気になるものの、かなり「真面目に騒いでる」感じが伝わってきます。

 発見場所である足羽山というのは、沖積平野に頭を出している「氷河時代の削り残し」で、ここに産する地下性動物というのは他と隔離されて独自の歴史を歩んできたものと考えられ、大変貴重な存在といえます。そういった足羽山の洞窟生態系の特異性がこの博物館の1つのテーマになっていて、今回もそれに沿った構成になっていました。


 それにしても…



 (アスワ)メクラヨコエビに言及したパネルだらけです。

 それに限らず、足羽山で量的に優占するのか、陸棲ヨコエビも他博物館に比べるとかなり扱いが良い雰囲気。


常設展の土壌動物コーナーにオカトビがいます。パネルの属位は古いようです。

 あと、入り口で売っていた図録、何気なくパラパラしていたら、半分以上にヨコエビが載っていて思わず爆買いしてしまった。




 もうこれは、福井は恐竜王国,蕎麦王国に次いで「ヨコエビ王国」でもあると言っても過言ではないのでは(過言です)。


 慌ただしい初福井でしたが、ヨコエビ収率が悪かったことを除けばかなりの充実度でした。ここまでヨコエビを堪能できる博物館があるとは(しかも海産はノータッチ)。福井のヨコエビリティの全貌を把握するには至りませんでしたが、いくらなんでも潮間帯~潮上帯で10種を切ることはないのではと思います。ご縁があれば調査してみたいとこではあります。


 

<補遺>

 “ヒメハマトビムシ“に対応する学名は Demaorhestia joi とされていますが(=狭義のヒメハマトビムシ)、「真の D. joi」といえる大陸個体群に対して、約20年にわたり同種とされていた台湾個体群が D. pseudojoi という別種にされました (Lowry and Myers 2022) 。これら2つの個体群と同種と考えられていた日本個体群について十分な検討は行われておらず、厳密にはどっちつかずという状況です。大陸と同種か、台湾と同種か、あるいは全く別の種か、はたまたこれらは結局同種なのか…。

 日本個体群が過去に D. joi と同定された経緯は間違いなくあり、現状それを覆せる証拠もないことから、消極的に踏襲しているという意味での「広義の D. joi」です。ただ、積極的に支持する証拠もまたありません。



<参考文献>

 Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa5100(1): 1–53.

— Shintani A.; Umemura S.; Nakano T.; Tomikawa K. 2023. A new species of the genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from subterranean waters of Japan. Zootaxa, 5301(3): 383–396. 

2023年9月18日月曜日

文化端脚類学ことはじめ(2023年9月度活動報告3)

 

 文化端脚類学 Cultural amphipodology とは未だに真っ当な場で提唱された形跡のない学問分野であり、端脚類を自然科学的手法によって理解しようとする(自然)端脚類学とは異なり、端脚類の文化的側面に着目している。人間が端脚類に対して試みた、自然科学以外のありとあらゆるアプローチを記述することで、その変遷や意義を理解の下に置くことがその目的である。

 今回は芸術作品のほか、漫画などのサブカル的創作物に登場する端脚類について時系列に列挙し、その意義を比較検討していく。今回は両側からの検証には至っていないが、今後はより幅広い視点から端脚類が芸術のモチーフとなる意義についてより深められるスキームの開発を進めていきたい。

※以下、ネタバレを含みます。

 


— 「ハマトビムシ」のあやとり

 これは恐らく有史以前の芸術。ソースは国際あやとり協会のHPですが、どうやらアメリカ原住民には「ハマトビムシ」のあやとりが伝わっていたようです。輪の下側を横に張り、あそびを持たせた上側をその上に跨らせ、横に張った糸を引っ張ったり緩めたりしながら跨らせた糸を弾き上げることで、ハマトビムシの跳躍を表現しているようです。



—  1900? Chromo chocolat ⅾ'aiguebelle. —Les crustaces—. "Le Cyame", "La Dulichia", "L'Epimeria""L'Iphimedia".

 ここから有史以降となります。

 100年以上前のフランスにて、「チョコレートのおまけトレーディングカード」に端脚類が採用されたことがあったようです。顔ぶれは以下の通り。

  • クジラジラミ類
  • シャクトリドロノミ属
  • ヨロイヨコエビ属
  • カッチュウヨコエビ属(モデルは Epimeria loricata か?)

 自然物・人工物問わず、万物をカードにまとめるという博物学的なコンセプトで、恐ろしい種類が作られたようです。甲殻類というシリーズが設けられて特集され、かつ端脚類だけでこれだけラインナップされているというのは驚きです。参照した博物学の書籍などでの扱われ方が影響している気がしますが、原典は辿れませんでした。



— 1928. Wills’s cigarettes. 20 Wonders of the sea. A series of 50. “skeleton shrimp”.

 イギリスの「タバコのおまけトレーディングカード」のモチーフにワレカラが採用されたことがあります。

 これもフランスのチョコレートと同様、万物をカード化するという野心的な企画です。タバコを吸う大人がカードを集めたり交換したりしている様子を思い浮かべると微笑ましく思えますが、子供にあげたりする用途が想定されていたのでしょうか。全体の種類がチョコレートほど多くないのか、あるいは端脚類が推されてないのか、ワレカラ以外のものは見つかりませんでした。



— Lurçat, J. 1957–1965. “Le Chant du Monde“.

 半世紀以上前のタペストリーに、ハマトビムシがあしらわれています。付属肢の節まで表現されておりハマトビムシ上科は確実であるものの、当然ながら種同定には適しません。かなりお行儀のよい側面図であることから、野外で観察したというより、分類学の専門家により描画された学術的スケッチを参照したように見えます。プロポーションや資料の入手しやすさを考慮すると、欧州における海浜性ハマトビムシ類の代表種である Talitrus saltator をモデルにした可能性が高いと思います。 

 ハマトビムシ類が自然の一部をなすものと理解されていて、その普遍性あるいは形態的な面白さが、モチーフとなった要因ではないでしょうか。

 実物はフランスのアンジェロにあるためなかなか見に行けませんが、Bellan-Santini (2015) では写真付きで紹介されています。このあたりで確認頂くのがお手頃かと思います。

 


 Brand, S. (ed.) 1968. Whole Earth Catalogue. #1010. 64 pp. (Fall 1968)

 続いてカウンターカルチャーから。

 ヒッピー文化のバイブルとしてあまりに有名な本書の創刊号に、ヨコエビとウミノミが出てきます。顔ぶれは以下の通り。

  • Harpinia plumosa
  • Stegocephalus inflatus 
  • Hyperia galba 

 側面像のボディプランの多様性を、二次元格子の変形で表現する場面でモデルにされるという、左右扁平生物・ヨコエビにうってつけの役目を負っています(スナソコエビ属は背腹に扁平のはずだし、フクレソコエビはほぼ球形だし、ウミノミはヨコエビじゃないですが)



チゾン,A.; テイラー, T.(訳:山下明生) 1975. 『バーバパパたびにでる』. 32 pp. 講談社, 東京. ISBN978-4-06-128761-7

 皆さんご存知の(Youtuberでないほうの)バーバパパですが、最初はシリーズではなくパパ一人だけの単発作品でした。そしてその続編にあたる本作は、シリーズ第一作に位置づけられるもので、ここでやっとバーバパパファミリーが出てきます。

 冒頭、突如として体調不良にみまわれたバーバパパは医師の診察を受け、伴侶「バーバママ」を探すよう促されます。その場面で後ろの壁にかかっている画が、完全にヨコエビです。書きこまれているパーツの感じからすると、恐らく鉤頭虫の生活環を示した図と考えられます。この吸虫はしばしば寄生生物のモデル生物として扱われ専門書に登場することから、生物学の教師をしていたタラス・テイラーによって教科書等から持って来られたものと推測されます。本編は、苦労して女性と結ばれる課題婚型のプロットですが、世界各地を旅して結婚そのものに対する考えを深める部分に重きが置かれています。

 なぜこの絵が出てくるのか。寄生虫の図ということで医師のオフィスに飾られたものと思われますが、特にバーバパパという「人ならざる者」を診察する医師であることから、人以外を宿主にもつ生物が採用されたのではないでしょうか。 タラスが個人的に気に入っていたのかもしれません。

 


— 野呂昶(文); 遠藤てるよ(画)「メクラヨコエビのゆめ」.

 これは今のところ、このサイトでしか存在が確認できていません。 何かの全集か雑誌に掲載されていた短編のようですが、国会図書館で検索してもヒットしませんでした。

 異常誕生譚の体裁をとり、母親が我が子を捨てに行くという非常に重たいストーリーではありますが、最後に救いが待っています。 

 挿絵や文中の表記を見るに、胸甲が発達していることから明らかにヨコエビではなく、強いていえば十脚類のエビ類がモデルに思えます。少なくともメクラヨコエビ Pseudocrangonyx とは無関係です。しかし、このプロットにおいてヨコエビの名を借りたことはあながち間違いではないと思います。というのも、ヨコエビは多くのエビと異なり子供を産みっぱなしにせずしばらく保持して育てるのと、一部の種では複眼の有無に種内多型がみられることが知られているからです(篠田 2006; Lörz et al. 2020)

 ただ、本書にそういったバックボーンがあったわけではなく、単純にドラマの主題に適した「メクラ」という和名と、身近な淡水域に暮らしていることから、メクラヨコエビが採用されたものと思います。



— 「禅師かっぱ」像.美祢市商工会.

 秋芳洞の入り口に位置する商店街に、興味深い像が建っているそうです。BuNaでも富川先生が紹介しています。

 かつてこの地が干ばつにみまわれた時、禅師様が秋芳洞で祈祷を行い、そこに河童たちが従ったという伝承があるそうです。その河童のなかにどうやらヨコエビストがいたらしく、手に明らかにヨコエビを持っています。アカツカメクラヨコエビ Pseudocrangonyx akatsukai が地元から愛されている証拠でしょうか。



— 1999. 「シルバー事件」(PS3用ゲーム).株式会社アスキー.

 登場人物が飼っているカメの餌として「ヨコエビ」という語が出てきます。サブカル的ヨコエビのはしりかもしれません。本作は2021年に Nintendo Switch に再編・移植されましたが、ヨコエビのくだりも引き継がれているようです。



— 光瀬龍(作); 加藤唯史(画) 2003. 第2話 ヒキガエルとハマトビムシ 『ロン先生の虫眼鏡(1)』.秋田書店,東京.

 自然科学系の漫画の金字塔のような作品です。ヨコエビが描かれた漫画としては最古のもののように思われます。原作のエッセイは単行本として出版されていますが、そちらにはこのエピソードは含まれていないようです。

 ヒキガエルとハマトビムシの隠れた関係が描かれます。体制が誤っているなど描画のクオリティは甘いですが、興味深いネタでとても面白いです。



— 川上統 2009(初演). ワレカラ.In組曲甲殻類 第二集.

 ワレカラをモチーフとした現代音楽。2022年に楽譜とCDがリリースされましたが、初演は2009年です。第5~7胸脚を使って基質にしがみついて身体の前半を揺らす行動や、触角や口器を細かく動かす動作などを表現したとの由。

 肉眼で捉えることが難しいワレカラの細かな動きまで目を配る、作曲家の凄まじい観察眼と深い想いが伝わってくる一曲です。現代音楽の中でも特定の生物の形状や動きといった具体的な事柄を表現する作品は珍しいようです。なおこの組曲、端脚目としては第四集に「タルマワシ」,第五集に「ダイダラボッチ」の製作を控えているとのことで、この組曲は目が離せないコンテンツです。

 音楽でマイナー甲殻類を表現するのは突飛な発想のように思えますが、前例がないわけではありません。日本動物学会 第94回大会(自由集会)で紹介されたとおり、20世紀初頭にエリック・サティが「Embryons desseches」という組曲を発表しており、その中に「d'edriophthalma」という2分30秒の楽章があるそうです。「Edriophthalma」というのは当時使われていた目階級分類群で、端脚類や等脚類など眼柄と胸甲を欠く甲殻類を指すようです。富川先生は「フクロエビの胎児」と訳していました。

 


— 青木優和『われから かいそうにすむちいさないきもの』(自費出版).

 青木 (2019) については文献紹介でレビューした通りですが、本書はその前身となる自費出版本です。青木2019は何かと検索表や研究法が注目されがちですが、本書にそれはなく、本編もいきなりワレカラの世界から始まります。ワレカラの心情を擬人化したボーイミーツガールもので、筋はありがちながら表在ベントスの世界へ丁寧に落とし込まれており楽しいです。そして、あちこちにヨコエビが出てきます。ちなみに、青木 (2019) のヨコエビの第1触角は単肢ですが、自費出版バージョンには副鞭があります。



TBS系 2012. 『日曜劇場 ATARU』「CASE3 身勝手な男心vs奇妙な女心」(2012年4月29日放送).

 中居くんが演じる主人公が警察に協力して事件を解決する、異能系推理ドラマといった構成です。主人公・チョコザイはサヴァン症候群という設定で、(なぜか)膨大な知識を有しています。

 港で男性の遺体が発見され、当初は事故と考えられた。被害者の行動や周囲を調べるうちに、動機など関係者を疑うに足る要素が見つかっていくが、アリバイは堅い。そんな中、 チョコザイは現場近くの市場で海苔を物色しながら「エビがありません」「スイーパー」という謎の言葉を発する。この「エビ」は、被害者の胃内容物の情報からチョコザイが連想したものだった。確かめてみると港では「ヨコエビ」が多数生息しており、このヨコエビの成分は胃内容物の「エビ」と一致した。また、海の掃除屋(スイーパー)であるヨコエビの分解作用により、被害者の死亡推定時刻が実際より早めに見積もられていたことが分かった。これによって、犯人のアリバイは崩れた。

 恐らくこのエピソードは、永田ほか (1967) に掲載されている実際の事件を下敷きにしているものと思われます。このブログやwikiにも色々書いたので詳細は割愛しますが、ヨコエビの分解作用は軟組織の蚕食によって部分的な白骨化が起こり、死後1日程度の御遺体でも一見すると何週間も経ってるように見える類のもので、検視の死亡推定時刻を数時間ずらすというレベルではないです。あと、犯人がヨコエビによる影響を予期していなかったにも関わらず的確にアリバイ工作をしているのが、ミステリーとしては引っ掛かるところです。

  また、劇中では「港で採取されたサンプル」という設定でヨコエビの生体がメインキャストらとの共演を果たしていますが、見たところどうやら海産種ではなく実験動物として流通している Hyalella azteca が使用されているようです。



伊藤寿規 2014. 「深海児」週刊モーニング.講談社.

 4号連続で掲載された読み切り作品です。事故により有人深海探査艇に閉じ込められた乗員たちの人間模様を描くパニックサスペンス。

 事故が起こる前、探査船の外に見える深海生物の中にヨコエビがちらっと登場します。「カイコウオオソコエビの近縁種」とコメントされています。深海生物の中で特に過酷な環境に適応したグループであることから採用されたと思われます。



— Inertia Game Studios 2014. 「facility47」(アプリゲーム). 

 氷に閉ざされた研究施設で目覚めた主人公が、ヒントをかき集めて脱出を図るゲーム。美麗な止め絵をベースに、一人称視点であちこちを触ってアイテムやスイッチを探す。脱出のステップと並行して謎解きが進み、最後に決断を迫るというエンディング分岐型の凝った構成で、映画のように作りこまれた世界観を体感できます。日本語版は今のところありませんが、STEAMで配信されており、英語版のダウンロードやプレイは可能。

 有料版のみですが、脱出に使うアイテムの中にフトヒゲソコエビ類と思われるヨコエビの液浸標本やら、ウミグモやらが出てきます。「antarctic invertebrates」などでググると、ヨコエビが結構上位に出てきます。極域で採れる小型の生き物の中で特にヒントとして指示しやすい形態的特徴があったことが、抜擢の理由ではないかと思います。



— ZENのロゴマーク

 北半球のアマモ場研究ネットワーク (The Zostera Experimental Network: ZEN) のロゴに、ヒゲナガヨコエビ科とみられるヨコエビが象られています。

 日本ではどちらかというとアオサのような場所で多産し、アマモ属の代表種というイメージはありませんが、どうやらサンフランシスコでは海草に深刻なダメージを与えるほどモズミヨコエビが爆増するらしく (Harper et al. 2022)、そういった、日本とは異なる生態学的地位を示すヒゲナガヨコエビ類の姿が念頭にあったのかもしれません。



— バイカルヨコエビの京焼

 琵琶湖博物館のお土産コーナーで売られていた一品。清水焼の陶芸作家・廣田朱里氏による作品らしいです。「バイカルヨコエビ」というのはバイカル湖に産するヨコエビの総称と思われますが、この作品のモチーフは明らかに琵琶湖博物館で飼育展示されているアカントガンマルス・ヴィクトリィです。詳細な流通期間は不明ですが、私が購入したのは2016年夏で、わりと初期かと思います。

 デフォルメされつつ雰囲気を損なわない造形もさることながら、色つやがまさにアカントガンマルス生体のそれというか、素朴さの中にも確かな写実性が宿る品です。こういった立体造形物において付属肢をどのように単純化するか等、端脚類のデザインを落とし込むには課題が多いこともわかります。


 

— Silt-clay 2017. 「外来種のなげき」on「うちの父さん仕事は研究」. POLYDORA RECORDS

 2017年9月リリースの、あまりに有名な Silt-clay のファーストマキシシングル2曲目に、「トンガリドロクダ」(=トンガリドロクダムシ, Monocorophium insidiosum)が登場します。 干潟の外来種としてのエントリーと考えられます。



— ウラノ 3Dペーパーパズル 「バイカルヨコエビ」

 アカントガンマルスをモデルにしたとみられるペーパークラフトです。2018年頃から見かけるようになりました。特徴的なシルエットや、琵琶湖博物館で展示が始まったという話題性から採用されたように思えます。

 高精度のレーザーカッティング技術を売りに、生物をモチーフにした緻密なペーパークラフト作品を数多く世に送り出している株式会社ウラノさんによるもので、ネットショップから買えます。



駒井悠 2019. 第1067話 「楽しい釣り仲間「よこえび」」. In:『大人のそんな奴ァいねえ!!(5)(Webコミックサイト「モアイ」2018/11/08更新分).講談社,東京.

 ひたすら雑学を紹介する四コマとして有名な本作にヨコエビが登場。ちなみに元ネタは例の事件です。

 


小原ヨシツグ 2019. 第11話「ヨコエビはエビじゃない!! その①」~第13話「ヨコエビはエビじゃない!! その③」. In:『ガタガールsp. 阿比留中生物部活動レポート(2)』. 2019年5月8日刊行(電子書籍).講談社,東京.

 言わずと知れた「ガタガール」には伝説のヨコエビ回があります。しかも連続3話。電子書籍しか出ていないのは大変な痛手です。紙の本が読みたい。



— Full Depth Studio のロゴ

 渋谷のライブ配信用スタジオのロゴ。深海マザー氏によるもので、モデルはダイダラボッチ Alicella gigantea とのことです。



Gruber, B. (wrote) 2021. SpongeBob SquarePants (season 13). ”Under the Small Top(邦題:海ノミ大サーカス)”. 

 スポンジボブ(シーズン13)に登場する Sea fleas は、英語圏での用法や劇中でのビジュアルからして、ヨコエビの類をイメージしている部分が多いとみられます。

 スポンジボブの隣人・イカルド・テンタクルズ(Squidward Q. Tentacles)の元に、謎の荷物が届く。それはスポンジボブが通販で購入した「Circus sea fleas box」が誤配されたものだったが、日頃からスポンジボブを鬱陶しく思っているイカルドは本人に知らせることなく、乱雑にゴミ箱へと葬る。しかし、中にいた「Circus sea fleas」が箱から出てきて、好き勝手にイカルドを吸血して悩ませるように…。

 「Circus sea fleas」は、全身が紫色で二足歩行、2本のアンテナを持ち、4つ指の前足・2つ指の後足を1対ずつ具え、典型的なヨコエビの姿そのものではありませんが、逆に Sea fleas と呼ばれる他の生き物・スナホリガニ Hippidae やスナノミ Tunga penetrans を示す形態的特徴はありません。ただ、これの元ネタは明らかに「蚤のサーカス」であり、それを単純に海中へ持ってきて、俗に「Sea fleas」と呼ばれている有象無象と言葉遊び的に置き換えたというのが実際のところだと思います。集団で吸血を行う小さな生き物ということで、2017年のオーストラリアの例の事件も脚本の念頭にはあったものと思います。どのみち、「Sea fleas」というのは亜目の和名として実在する「ウミノミ」とは異なる生物を指すもので、これを「海ノミ」と訳すのは混乱を招く処遇だと思います。



中原ふみ 2022. ナッちゃんはテンションで水深が変わる 第9話「海底2万マイル」. In: 漫画誌 ハルタ vol.98, 角川書店, 東京.

 「水深(=テンション)に対応する魚介類」を周囲に現出させる能力をもつ(?)女子高生・ナッちゃん。第9話では度重なる失敗に見舞われてテンションを下げまくった結果、とうとう水深10,900mに達してカイコウオオソコエビが出現してしまう。

 気分の浮き沈みを水深に置き換えることで、主人公の気持ちを可視化する装置として水深に応じた様々な生物を用いています。そうなると、深海最深部に棲息する数少ないマクロ生物として有名なカイコウオオソコエビにお呼びがかかるわけです。


 

大童澄瞳 2023. 映像研には手を出すな!第56話「みんな子供だった」. In: 月刊!スピリッツ  2023年3月号, 小学館, 東京.

 作業工程の実況動画などでかねてより予告されていたヨコエビ登場回は、巨大なコマに緻密に描き込まれたわくら葉やダフニアに混じっての出演。構図からするとこのチャームの画像がモデルと思われましたが、大童氏いわくモデルはないとのことです。

 今回ヨコエビがいたのは屋上ビオトープであるため、購入した水草等への混入あるいは意図的な移入の可能性もあります。いずれにせよ、アクアリウムの分野からアプローチされた例といえるでしょう。



— 早良朋 2023. 『へんなものみっけ! 9』ビッグ コミックス. 小学館, 東京. (2023年7月12日発売) ISBN9784098617388

 博物館の仕事のあれこれをリアリティたっぷりに描く驚異の作品ですが、とうとうヨコエビが登場。ただ『よこえび』という架空の絵本に登場人物が感化されるという、小道具として出てきます。セリフから『われから』と『がろあむし』が念頭にありそうです。

 「ヨコエビの中のヨコエビ」であるヨコエビ属ではなく、どうやら表紙には陸棲のオカトビムシがあしらわれているようです。生態特性から、陸上でのフィールドワークにおいて親しみやすいグループであり、そういった方向からの起用と考えられます。



— ジェフリー・フォード(著);谷垣暁美(編訳) 2023. イーリン=オク年代記. In: 『最後の三角形ジェフリー・フォード短篇傑作選』. 東京創元社, 東京. 446pp., ISBN978-4-488-01683-8

 ニュージャージー州の浜辺で拾われた貝殻の中から見つかった、イーリン=オクという名のトゥイルミッシュ(妖精)が記した年代記を紹介するという体裁の作品です。文字通り砂上の楼閣に住まう妖精の、わずな一夜の冒険に満ちた生活を描いていますが、「ハマトビムシ」のファーゴが相棒という驚きのバディものです。

 ただ、飛び跳ねるという描写こそあれ、「全身毛むくじゃら」「くぼみのある小さな頭」など、現実のハマトビムシとはかなり違うようです。原作本の入手に至りませんでしたが、どうやら原文では「a sand flea」との表記らしいです。スナホリガニのビジュアルを念頭に置いているのかもしれません。

 本を電顕で見ても文字は読めないだろうとか、突っ込みどころもいっぱいありますが、『平行植物』とか『幻の動物とその生息地』に似た、絶妙な「本当に居そうな感じ」から始まる、楽しい幻想文学です。そして短編集全体にわたり、SFともファンタジーともオカルトともつかない、じわっと掌が汗ばむような不思議な雰囲気が漂っています。



— 切手

 詳細は 大森 (2021) に詳しいですが、以下の通り挙げます。

 Amaryllis philatelica の種小名は「切手蒐集 Philatelia」に由来している筋金入りの「切手ヨコエビ」ですが、切手に象られてから新種記載まで実に18年もかかっています。また、今年新種記載されて (Tomikawa et al. 2023) 話題となっている Hyalella yashmara も長らく種名が未確定で、やはり記載まで20年以上経っています。それにしてもなぜ1984年は当たり年なのでしょう…?




 他には、例えばTシャツなどのオンデマンド印刷市場において、様々なデザインに用いられています。際限がないので、これは別の機会に改めてまとめてみたいと思います。

 なお、創作物に登場する端脚類として、日本の和歌に登場する「われから」が世界最古の可能性があります。しかし、この正体について思うところがあるため、今回はラインナップには加えませんでした。和歌の「われから」はなぜ「創作物に登場する端脚類」にカウントされないのか。その理由はまた改めて。




<参考文献>

Bellan-Santini, D. 2015. Order Amphipoda Latreille, 1816. In: Klein, C.V. (ed.) Treatise on Zoology - Anatomy, Taxonomy, Biology. The Crustacea, Volume 5, pp 93-248. E-ISBN: 9789004232518.

Harper, K.E.; Scheinberg, L.A., Boyer, K.E.;Sotka, E. E. 2022. Global distribution of cryptic native, introduced and hybrid lineages in the widespread estuarine amphipod Ampithoe valida. Conservation Genetics, 23:791–806. 

— レオ・レオニ 1990. 『平行植物』.

Lörz, A.-N.; Brix, S.; Jażdżewska, A. M.; Hughes, L. E. 2020. Diversity and distribution of North Atlantic Lepechinellidae (Amphipoda: Crustacea). Zoological Journal of the Linnean Society, 190(4): 1095–1122.

永田武明・福元孝三郎・小嶋亨 1967. フトヒゲソコエビ及びウミホタルによる水中死体損壊例. 日本法医学雑誌, 21(5): 534–530.

ニュート・スキャマンダー(著);松岡佑子(翻訳) 2001.『幻の動物とその生息地』. 静山社. ISBN978-4915512438

— 大森信 2021. 『エビとカニの博物誌―世界の切手になった甲殻類』. 築地書館, 東京. 208pp. ISBN978-4-8067-1622-8 

篠田授樹 2006. 東京都の湧水等に出現する地下水生生物の調査. 東急財団研究助成・一般研究, 28(164). 

舘野鴻 2020. がろあむし. 偕成社, 東京. 40pp. ISBN978-4-03-437080-3

富川光 2023. 特異な環境に出現するヨコエビ類の種多様性と進化.
関連集会 K3 小さきものたちの世界:ゴカイとヨコエビのおもしろ最新トピックス. 日本動物学会 第94回大会.

— Tomikawa K.; Kawasaki Y.; Leiva, A. M.; Arroyo, N. D. 2023. Description of a new thermal species of the genus Hyalella from Peru with molecular phylogeny of the family Hyalellidae (Crustacea, Amphipoda). Systematics, phylogeny and biogeography,  37(4): 254-270. 



(補遺)8-x-2023

  • Gruber (2021) を追加

(補遺2)18-xi-2023

  • chocolate trade card と cigarette trade card を追加

2023年9月9日土曜日

山形遠征(9月度活動報告その2)

 

 毎週のように学会ですが、今回は未知の領域へと足を踏み入れました。


<公益社団法人日本動物学会第94回山形大会>

 端的にというか、端脚的に言うと、アウェイです。山形にあまり行ったことがないというのもありますが、何といっても日本動物学会は個人的に非常に縁の薄い団体なわけです。

 入会したことも大会に出たこともなし。たまにヨコエビが載るズーサイや動物學雜誌を読んだことある程度。そんなわけで今まで参加してなかったのですが、目を離した隙に昨年セトウチドロノミが発表されてしまったので、マークする必要性を感じました。


さすが公社と山形駅到着早々白目を剥いてしまった


 今年はというと…とりあえずヨコエビの口頭発表がない。高校生含めてポスター発表もない。

 その中でワレカラは口頭のトップ。ありがたや。

 ワレカラに関しては組織切片を切り出して生殖腺の位置をヨコエビと比較するといった、しっかり「動物学」をしている研究でした。八景島の調査地は確かにムシャカマキリを採ったことがあり、同じのが採れたのを懐かしく思い出しました。


 そして確実にヨコエビを摂取できる勝算があったのは、何と言ってもシンポジウムです。



<小さきものたちの世界:ゴカイとヨコエビのおもしろ最新トピックス>

 何かと並べられがちなゴカイとヨコエビは、系統がまあまあ離れてるのはもちろん、分類階級も全く異なります。しかしながら、海洋沿岸域でしばしば優占するベントスであることや、微細ゆえに扱いが難しく研究者の少ないマイナー分類群であることなど、共通点があります。

 今回、ヨコエビに関しては別のミーティングや論文で知っていたことがほとんどでしたが、どちらかというと実際に演者にお目にかかって直接話を聞けるというのが嬉しい企画でした。そしてゴカイについては、やはりここまで細かな話を聞く機会がなく、シンポジウムの狙い通り新たな情報として楽しませてもらいました。

 世界の既知種数が約1万とだいたい同じ規模にも関わらず、ゴカイの国内既知種数はヨコエビの3倍という開きがあり、また海洋において分子系統解析のデータの蓄積状況などを考えると、学術的な進捗にはゴカイ勢に分があると思っています。



<ベントス連合フクロエビ支部第n回交歓会>

 シンポジウムの後、都合五時間呑んでましたね。

 またもや内容は濃すぎるためここには書けませんが、やはりゴカイのほうが若手研究者の相は厚い気がします。



<グッズ>

 こちら戦利品です。どちらかというと自分の物欲と戦った感じでしょうか。




 チリモンの端脚代表はツノウミノミということらしいです。確かに画像はよく見ます。

 ハマトビムシの布を使ったボタン。包み屋さん(ショップ名)によると、布は北米のものらしいです。咬脚に発達がみられないのは気になりつつ、よく見る古い文献の Talitrus saltator のシルエットと頭部や触角のプロポーションが違うので、北米といえば Megalorchestia あたりかと思いましたが、調べてみるとどうやら Heck (1851) の Talitrus の図版が元ネタのようです。この属は現在3種が知られ、いずれも地中海や北海に自然分布するため、現代の知見に照らして実際の北米の端脚相を示すものとは見ないほうがよいでしょう。当時は北米のハマトビムシもこの属に同定されていたか、安易にあてはめられたものかもしれません。



 今回、動物学というものの深さと広さを思い知った一方、さすがに全体を総括して700人とか800人とかの研究者を横断的に結ぶ研究というものはそうそうあるものではなく、自分が扱うものを大切にその文脈上にあるものを漏らさず受信することの大切さも感じました。それにしても、哺乳類から昆虫,両生爬虫類,我らが水棲無脊椎などに対して、生理・生態・細胞・遺伝子・形態・内分泌・分類など、本当に多岐にわたるアプローチがなされていることを目の当たりにして、動物学的視座みたいなものを意識せざるを得ませんでした。いつか発表をしてみたいです。



<参考文献>

Heck, J. G. 1851. Iconographic encyclopedia of science, literature, and art. volume II, Botany, zoology, anthropology, and surgery. Rudolph Garrigue publisher.


<補遺>

2023.9.16 改題

2023年9月6日水曜日

北のベンプラ(9月度活動報告)

 

 ベントス学会・プランクトン学会合同大会に参加しました。とっておきのネタが無かったわけでもないのですが、色々あって今回も聴講生です。すいません。


 平日から函館というハードめのスケジュールですが、仕事をかなぐり捨ててやってきました。




 ちょっと天気が悪いですね。

 函館は、私と関係が浅くない某ヨコエビのタイプ産地でもあるため、どうしてもついでの採集を試みたいところ。



<朝採れヨコエビ>

 初日シンポジウムは午後スタートのため、朝イチで海辺を散策します。あいにくの雨です。

 砂浜には漁師さんがいます。漁師さんの仕事場にお邪魔させて頂くという意識は絶対に忘れてはいけないと思います。





 割と簡単に獲れる。

 

ナミノリソコエビ Haustorioides japonicus

 日本から初めて記載されたナミノリソコエビ科です (Kamihira 1977) 。

 夏季個体群なので小ぶりですね。それでも同時期のウスゲナミノリよりだいぶデカい印象です。


 あとは謎のハマトビムシ。ちょっとまだ細部を見れてませんが、成熟オスは採れてないっぽいので結局分からんかもです。




<聖地巡礼>

 夜の干潮を狙い、真の聖地に向かいます。



 波当たりが強い。

 湾の外にあたるためか、朝のポイントより遙かに激しいことになっています。

 いつものように胴長で腰高まで浸かると間違いなく波に飲まれてヨコエビの餌ですので、今日は脛の二割を超えないよう動きます。


 砂浜には照明を設置(誑かす砂上の月光ハマトビキャッチャー)。LEDでも集まることは和歌山で確認済み。北海道の「ヒメハマトビムシ」は恐らく全て未記載なので、この機会に姿を拝みたいところ。




 しかし、この暗がりでも分かる、ヒゲナガハマトビの気配。灯りを付けると20ミリ級の巨躯が次々現れます。カッコいいヨコエビではありますが、呼んでない…


ヒゲナガハマトビムシ属の何か Trinorchestia sp.


 ヒゲナガハマトビの種分類は混沌としており、既存の同定形質の設定に無理があるため、タイプシリーズを見るしか解決手段はありません。1種にまとまるのか、はたまたとんでもない種多様性が内包されているのか。ペンディング案件のため3、4個体だけ持ち帰らせてもらいます。


 波打ち際ではなんとかナミノリソコエビを少数確保。粒径はかなりムラがあり、生息適地の微環境を探るのにコツがいりそうです。暗いと猶更。


 

<全日本端脚類交流会道南分科会>

 学会大会後の恒例のやつです。

 北大における潮間帯のフィールドといえば厚岸のイメージが強いですが、西側にもサイトがあり、こういったホームページで紹介されています。

 端脚類交流会で時々「カットシ」という言葉が出てきて、北海道にもケット・シー(アイルランド伝承の猫の妖精)がいるのかと思ったのですが、これは「葛登支(かっとし)」という地名で、今まで呑んでた学生さんたちは実は例のホームページを管理しているメンバーだったのでした。


 さて、特に頼まれてはいませんが、所感を述べたいと思います。

  • スンナリヨコエビ科の1種 Maeridae sp.:良好な写真のため属までの同定に支障はないと思います。Ariyama (2018, 2019a, 2019b, 2020) Ariyama et al. (2020)あたりをおさえると、すんなりいくかと思います。
  • フトヒゲソコエビ科の1種? Lysianassidae cf. sp.:Dactylopleustinae亜科にみえます。
  • チョビヒゲモクズ Hyale pumila Hiwatari & Kajihara, 1981:評判の芳しい論文ではありませんがさすがに20年も経つので、Bousfield and Hendrycks (2002) を参照したほうがいい気がします。この体系については本ブログでも取りあげました
  • ニッポンモバヨコエビ Ampithoe lacertosa Bate, 1858:概ね正しいと思いますが、ヨツデヒゲナガも採れる可能性があるので、近似種の整理は性別や成長度合いに左右されない複数形質をピックアップして、密に検証した方がよさそうです。
  • フサゲヒゲナガ?Ampithoe cf. zachsi Gurjanova, 1938:触角に毛が多いヒゲナガヨコエビ属には、フサゲヒゲナガのほかコウライヒケナガや Ampithoe shimizuensis なども候補になります。フサゲヒゲナガの原記載は咬脚がまだ変身を残しているように見えて仕方がないので、これも多角的な検討が必要です。
  • ヒゲナガヨコエビ科の1種 Ampithoidae sp.:わたしもこの類は不案内ですが、オオアシソコエビ属 Pareurystheus のようです。

 なお、近年のヒゲナガヨコエビ科を理解する上では Peat (2007) や Peat and Ahyong (2016) などが重要です(注:最新の処遇ではありませんが大枠として)


 あと、サンプルももらいました。


ヒゲナガヨコエビを頂きました。
こんなんなんぼあってもええですからね。
(メスのため同定困難、モズミっぽいが本州と模様が異なる)


 かなり端脚の発表が多く、また多くの若手に会うことができました。ベントスそしてヨコエビの未来は明るい。

 プランクトンの発表も聴く機会があり、大変美味しい学会でした。皆様お疲れ様でした。



〈参考文献〉

— Ariyama H. 2018.  Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 1: genera Maeropsis Chevreux, 1919 and Orientomaera gen. nov. (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4433(2).

— Ariyama H. 2019a. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 2: genera Austromaera Lowry & Springthorpe, 2005 and Quadrimaera Krapp-Schickel & Ruffo, 2000 (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa, 4554(2).

— Ariyama H. 2019b. Two species of Ceradocus collected from coastal areas in Japan, with description of a new species (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4658(2): 297–316.

— Ariyama H. 2020. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 3: genera Maera Leach, 1814, Meximaera Barnard, 1969 and Orientomaera Ariyama, 2018 (addendum), with a key to Japanese species of the clade (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4743(4): 451–479.

— Ariyama H.; Kodama M.; Tomikawa K. 2020. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 4: addenda to genera Maera Leach, 1814 and Quadrimaera Krapp-Schickel & Ruffo, 2000, with revised keys to Japanese species of the clade (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4885(3): 336–352.

— Bousfield, E. L.; Hendrycks, E. A. 2002. The talitroidean amphipod Family Hyalidae revised, with emphasis on the North Pacific Fauna: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 3(3): 7–134.

— Kamihira Y. 1977. A new species of sand-burrowing marine amphipods from Hokkaido, Japan. Bulletin of the Faculty of Fisheries, Hokkaido University, 28(1): 1–5. pls.I–V.

— Peat, R. A. 2007. A review of the Australian species of Ampithoe Leach, 1814 (Crustacea:  Amphipoda:  Ampithoidae)  with  descriptions  of  seventeen new species. Zootaxa1566: 1-95.

— Peat, R. A.; Ahyong, S. T. 2016. Phylogenetic analysis of the family Ampithoidae Stebbing, 1899 (Crustacea: Amphipoda), with a synopsis of the genera. Journal of Crustacean Biology36(4): 456–474 . 


2023年8月27日日曜日

ワカモン爆誕(8月度活動報告その2)

 

 岸和田から始まった「チリモン(ちりめんじゃこモンスター)」の公認妹?弟?分の「ワカモン(ワカメモンスター)」が開発されたとのことで、覗いてみました。



 岩手県大船渡市の碁石海岸インフォメーションセンターが現場です。

 

 到着早々、さっそくワカモンをゴッチャ。この地域ではワカメに混じる雑多な甲殻類を「シャムシャラリン」と呼ぶらしく(※小田嶋ほか 2014くらいしか文献が無い)、それがイコール「ワカモン」ということになります。ちりめんじゃこのようにゴッチャゴチャの状態のワカモンを、匙で好みの量だけ掬います。珍種が入っていることを祈りつつ。


端脚界隈には堪らない光景です。


 ワカメモンスターは出来たばかりのプログラムで、これが初回。しかもチリモン系列としては東北初の出店とのことです。しかし地元博物館のスペックの高さ故か、チリモンのノウハウがしっかり活かされているためか、道具や資料は洗練されていて進行はスムーズです。


 オープニングではワカモンの背景の説明。チリモンからワカモンが着想され形になった経緯について、なかなか興味深いお話を聞けました。地域の産業たるワカメが選ばれた理由や、イベントとして成立させる道筋。環境教育プログラムの設計や運営といった観点からもものすごく勉強になります。これが500円ですから実質無料です。

 その後、ほとんど分類群の予備知識の無い状態でまず直感でワカモンを仕分けてみます。ヨコエビおじさんは端脚ソーティング経験者ですが、ワレカラは専門外。事前にワカモンの画像を見て該当しそうな種の分類ができる資料を用意して臨みましたが、肉眼では細かい節の様子などは判別困難。結局雰囲気でソートしていきます。

 支給されたピンセットが重くワカモンを破損しそうだったので、私物のピンセットを使用(このへんから目をつけられるようになります)。

 

 そして種類の解説。

 ところどころ気になる表現はあるものの、最新学説の不安定さに影響されない丁度いい塩梅のラインです。

 ワカモンが優れているところは、体積比でカマキリヨコエビ属九割、ワレカラ九分、残りがその他といった感じで、基本的にワレカラの探索や観察に集中できることです。ワレカラは端脚類の中でも日本における解明度は極めて高く、要点を押さえれば種の同定が可能です。その内訳は、ぱっと見たところマルエラワレカラRタイプが八割、イバラワレカラが一割で、これも絶妙です。イバラのトゲトゲ感はルーペで見ればマルエラからの識別は容易で、絶妙なレアリティは探索意欲を掻き立てます。また、同じ種類でもより大きな個体や完品を探すといった楽しみ方ができるので参加者側のやり込み要素は無限で、逆に構成種が少ないため答え合わせ側の整備がしやすく、恐らく準備次第では腕1本から種の類推も可能と思います。

 カマキリヨコエビに関しては完全に雑魚ですが、thunbed maleの造形や模様など楽しめる部分も多いのではないでしょうか。


 ここから再度時間をかけてソーティング。机間指導を交えたレア種の紹介と、適宜顕微鏡での観察に入っていきます。


 最後は気に入ったワカモンをレジンに封入してお土産を作ってフィニッシュ。時期が時期だけにあまり自由研究にコミットする感じではありませんでしたが、顕微鏡写真を配布したり標本としてまとめる手法が確立すれば、自由研究用の夏の定番メニューになりそうです。


生態の再現をテーマとしました


 概ね予想通り、新しいコンテンツながらチリモンから引き継いだ安定感があります。あっという間に二時間を駆け抜けました。講師の古澤学芸員の専門は地質とのことですが、いきなりこんなマイナー分類群に取り組まれているあたり、只者とは思えません。

 予想外だったのは、端脚類の保存状態の良さ。色こそ変わってますが、体表の刺状剛毛はわりと残っていて種の同定ができそうです(それなのに※Conlan et al. 2021 のキーが流れなかったのでアレの公算大と思われます)。どうやら水揚げ後に釜茹でした時にワカメから外れた屑を干したものらしく、古澤さんいわく茹でることで組織が固定されたのではないか、とのこと。

 ヨコエビを「ヨコエビ」でまとめて細かい分類を回避するスタイルは、この手のイベントではつきものですが、せっかく属が限定されているので、何とは言わなくとも生態特性の情報やワカメやその他の漁業資源との関わりなんかを掘り下げてもいいような気がしました。カマキリヨコエビ属はワカメ葉状部を食べるとの報告もあるので(※桐山ほか 2000)。


 午前午後ともに定員割れのようでヨコエビとかワレカラの弱さに悔しく思う部分もありつつ、これから地域に愛されまた出張するようなイベントになればと思います。徳島とか横浜とかどうでしょう。


※関連する文献の情報は後で追加します



【補遺】<参考文献>

— Conlan, K. E.; Desiderato, A.; Beermann, J. 2021. Jassa (Crustacea: Amphipoda): a new morphological and molecular assessment of the genus. Zootaxa4939(1).

— 桐山隆哉・永谷浩・藤井明彦 2000. 島原半島沿岸の養殖ワカメに発生した魚類の食害が疑われる葉状部欠損減少.Bulletin of Nagasaki Prefectural Institute of Fisheries, 26: 17–22.

— 小田嶋祐希,ほか. 2014. 博物館から海を発信!!~大船渡の生態系を子供たちへ~. 平成26年度Let'sびぎんプロジェクト 活動報告. [web publication]

2023年8月5日土曜日

海(8月度活動報告)

 

 今年の科博の夏休みのやつは「海」とのこと。海といえば当然ヨコエビが関わってくるわけで、覗いてきました。


 なかなかの人手です。


涼しげな看板


 生物の紹介パートに入って、いきなり海洋における線虫の暴力的な多様性が提示されました。もう他の多細胞生物のことがどうでもよくなってしまうレベルです。陸上にそのまま当てはまるものではないですが、いやはや、恐ろしい。


線虫すごいぜ



いました

 これらのヨコエビの画像はネットで散々見ていますが、今回の標本は固定方法なのかライティングなのか、節々の細部までかなり観察しやすく、身体の構造が非常にわかりやすいです。いつも置いてあるだけで御の字だったヨコエビですが、今回は実利として大満足です。それにしても、ダイダラボッチの第2,3尾節背面にある凹みというか2本の強いキールは、一体どんな機能を有しているのでしょう。



ヨコエビの視点(ハイパードルフィン)



ヨコエビの視点(ベイトランダー)


ダイダラボッチの群れ


 とりあえずダイダラボッチを買ってきました。


PN:胸節;PS:腹節;US:尾節;CX:底節板


 全体的に背腹扁平の作りになっていて、あまりヨコエビ感はありません。ぬいぐるみとして側方に平べったいのはちょっと親しみにくい部分もあるので、そういった設計なのではと思います。
 まず体節ですが、頭部のほか胸節7節と腹節3節に加えて、尾節が2節という編成のようです。実際のダイダラボッチは尾節が3節ありますが、互いに被っている部分がありそういったビジュを表現したものと思われます。
 胸脚は7対あり、身体にくっついている底節板と概ね対応しています。これは実際のダイダラボッチと同じですが、第5底節板が異常に大きく、それ以降も、第1~4底節板と同じ深さになっています。また、第6胸節の下に潜り込んだ第7胸節の下から第6・第7底節板が生じており、これは現実のヨコエビの体制からは明らかに逸脱しています。
 二又の付属肢が、第3腹節と第1尾節から1対ずつ生じていますが、実際のヨコエビにおいて腹肢と尾肢は形状が違います。これは恐らく第1尾肢と第2尾肢を表現したもので、この5節になっている尾体部というのは、尾節をオミットしたというより、腹節をオミットしたのかもしれません。その後ろには3対の三角形の棘を有したフリルがありますが、もしかすると尾端にある二又の尾節板と、それに続く二又の第3尾肢を表現しているのかもしれません。
 

 そしてもう一つ、猿田彦珈琲から出ている「超深海ブレンド」。1箱に5袋入っていますがそのうち2つがカイコウオオソコエビとダイダラボッチという、ちょっと正気ではない編成です。6,000m以深に住んでる目に見えるサイズの動物がそんなもんなので、当然の帰着かもしれません。


※深海生物由来の成分は含まれません


5袋中2袋がヨコエビという異常グッズ。


他の3袋はこれ。


 猿田彦といえば天狗のような風貌の国津神ですが、今後はテングヨコエビをモチーフにしたコーヒーなんかを作ってくれないですかね(無理筋)。


 ヨコエビ成分は少なく、また今日は混みまくっていてじっくり見れていない部分もありますが、副題の「生命のみなもと」に内包される多様な意味合いが興味深い構成となっていました。まだの方はぜひ足を運んでみてください。


 

<おまけ>


いつもの。

 Gammarus sp. とありますが、どう見ても Hyalella あたりなんですよね。