いかがお過ごしでしょうか。
潮が引く日にはいてもたってもいられず、仕事をサボ休暇をとって訪れたのはこちら。
江ノ島です。
去年秋、片瀬海岸よりホソツツムシCerapusとハマトビムシPlatorchestia、そしてホソヨコエビEricthoniusの触角を持ち帰ったことは記憶に新しいものの、その日はえのすいを満喫したところで日暮れも迫り、江ノ島上陸は断念しました。 「湘南の海にヨコエビを求めて」
今回はそのリベンジです。
片瀬海岸はやや泥の混じる粗砂の環境で、岩場には褐藻なんかがウネウネしてるイメージ。江ノ島に行った人から桟橋の下に大量の海藻が見えたと聞き、これはモクズヨコエビのフィーバーではないかと妄想を逞しくしておりました。
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最干潮は昼、事情により上げ潮に転じるくらいのタイミングで到着しました。小雨ちらつくあいにくの天気にも関わらず途切れない人の列。やはりみんなこの潮を狙ってヨコエビを取りに来たのでしょうか(違)
本土と連絡する橋のすぐ脇、砂泥底の上に転石やら漂着物やらが程よく乗っかっている海岸が見えます。名前の分からない紅藻が散乱していてgood!
今日の装備はとりあえずジーパンにスニーカー、念のため胴長と合羽をリュックに忍ばせてあります。
おもむろに石の上の紅藻をちぎって掻きわけてみると、根元から出てくる出てくるモクズヨコエビ類、そしてカマキリヨコエビJassa属。
赤,緑,橙など色鮮やかなモクズヨコエビ類 |
Jassaのオス |
1ガサ目でこの成果とは、順調すぎる滑り出しです。
ちなみに根元のヒゲがない紅藻にはほとんど何もいない |
砂泥底にベタッと横たわる藻類やロープのかたまりをどかすと、モクズヨコエビ類に混じってフトメリタMelita rylovaeらしきものが採れます。(※補遺1)
緑のはモクズ、黒っぽいのがメリタ(おそらくフトメリタ) |
汀線の石の表面の紅藻を洗ってみると、わずかにヒゲナガヨコエビ科とドロクダムシ科が出るものの、カマキリヨコエビはついぞ見ず、ほぼモクズヨコエビ類しか出ません。モクズヨコエビ、だんだん食傷気味になってきます。このモクズも恐らく1種ではないのでしょうが、今回はとにかく潜在的なヨコエビリティ(ヨコエビが採れる可能性)の把握を目的としているので、似たものをそんなに採っても仕方がないのです。
褐藻は打ちあがっている量が少なく、ヨコエビもほぼついていない。ここでは紅藻を狙うのがよいようです。
ヨコエビと一緒によく採れるのがコツブムシ。イソガニっぽい丸みの強いカニ(未成熟含む)も多いです。
陸側のコンクリート表面を黄色い双翅目幼虫が這い回り、それに混じっている黄色味を帯びた甲殻類はドロクダムシ科。どこから出てきたのかとよく見てみれば、階段も柱もことごとく表面がドロクダムシの巣で覆われています。表面にいるのは干潮時に巣に戻れなかった個体と思われますが、もしかしたら他に何か事情があるのかもしれません・・・
この密度、恐らく平米数十万個体には達しているのではないか(適当) |
イガイやタテジマイソギンも共存しているようですが、付着の密度はとても低い。アリアケドロクダムシに覆われた三番瀬の杭でももう少しムラサキイガイやユウレイボヤが頑張ってる気がします。
ちなみに、ここのドロクダムシはアリアケばかりの三番瀬とは異なり、トンガリドロクダムシMonocorophium insidiosumっぽいです。
石の上の藻類から採れたヒゲナガヨコエビ(※補遺1)とドロクダムシ、赤いのはモクズ |
石やカキをどかしてみると、モクズヨコエビ類よりフトメリタが多いです。(※補遺1)そしてなぜか暴れない。三番瀬でも新浜でも石をどかすとすぐに逸散してしまいますが、江ノ島のヨコエビはどっしり構えています。気温のせいか、土地柄なのか・・・・。とにかく接写の撮影は非常にやりやすそうです。
その中に、見慣れないドロクダムシ上科ぽいヨコエビを見つけて拾ってみました。ニッポンドロソコエビよりかなり小さいですが、触角が赤味を帯びているドロソコエビGrandidierella属(ユンボソコエビ科)のようです。
触角の縞模様の違いは微妙ですが、オスの第一咬脚の基節の膨らみ具合がニッポンドロソコより弱い気がします 触角柄部はニッポンドロソコより太い気が・・・(※補遺1) |
今回は胴長の出番はなく、波を避けながら軽い足取りで採集を決めました(?)。
潮目を選べば、長靴やマリンブーツで楽しめると思います。
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さて、潮があがってきたため撤収。
更なるヨコエビリティを求めて海岸の偵察をすることにします。
更なるヨコエビリティを求めて海岸の偵察をすることにします。
地元の海鮮を売るお店を眺めていたところ、うっかりホンビノスを発見してしまう |
橋の反対側の砂浜は、陸繋島たる江ノ島を象徴するような、本土との間に大きく弧を描いた砂州が波に洗われる光景が拡がっています。
この砂浜からもややヨコエビリティを感じますが、前回はハマトビムシすらそれほど採れなかったことから、採集にはフルイを用いるなど工夫が必要かと思われます。
この砂浜からもややヨコエビリティを感じますが、前回はハマトビムシすらそれほど採れなかったことから、採集にはフルイを用いるなど工夫が必要かと思われます。
江ノ島側の護岸には良い感じに付着生物がついて紅藻も漂い、ヨコエビリティの高さが伺えるものの、降りる階段などはありません。網で掬うか、本土側から歩いてくるか…一人ではやらないほうがよさそうですね。
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更に進むとヨットハーバーに到着。
桟橋や杭、ロープなど、船だまりにはヨコエビリティ高めのアイテムがつきものですが、いかんせんそうしたものを物色する行為は要らぬ警戒を引き起こすことが予想されます。案の定、桟橋の垂直面に触れられるような場所には、関係者以外立ち入り禁止の標示あり。
ヨットハーバーのエリアの真ん中は突堤のような感じになっています。とりあえず先端まで行ってみます。
すると・・・なんと、岬の先端に謎のスペースが・・・
タイドプールで・・・遊ぶ…だと…? |
お言葉に甘えてヨコエビを探します。
お座なりに組まれてコンクリで固められた石の枠が、砂利の溜まったプールを囲むような構造です。
プールの中には意図されているのかいないのか、いい感じに泥の溜まった部分もあり、何らかの生活痕も見えます。
泥の上に転石が乗っているのでめくってみるとフトメリタ。(※補遺1)
砂利の上の石の下には、シミズメリタっぽい白くて小さいヨコエビ。より大きく黄色っぽいメリタもいて、タイドプールでは3種程度のヨコエビがみられましたが、いずれもメリタです。
壁面や転石ばかりでなく、捨てられたゴミの表面にもサンゴモが付着し、まさに磯的な環境となっています。ケガキとヒサラガイがあたちこちにひっつき、石の裏にはタマキビやトウガタガイ科っぽい巻き貝がみられます。
ヤドカリもユビナガなどではなく干潟では馴染みのないもの。イソヨコバサミっぽいのは橋の下の砂泥底にもいた気がしますが、ここにいるのはホシゾラヤドカリ?江ノ島のヤドカリ相の論文を見つけましたが、このタイドプールは調査ポイントに入っていないっす。 また、フジツボの空き殻を拾い上げると、イソカニダマシぽい異尾類も見つかりました。
カニ相はやはりイソガニが優占しているようです。
プールの水が多いところに動きがあると思ったら、イソスジエビ的な十脚類。エビはもうええんや、ワイはヨコエビがほしいんや。
結論: ここはメリタ天国
タイドプールまわりは大型藻類がない代わりに石の表面に付着したサンゴモやその他のうっすらした藻類が非常に滑りやすく、サンダルはもってのほか。ただの長靴でも厳しいかもしれません。マリンブーツか胴長で、グローブを付けるなど手を切らないような工夫も必要です。
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by Google Map |
A:砂泥底
B:タイドプール
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橋を渡って本土へ戻ります。
ここは前回、ハマトビとホソヨコエビを採った場所ですね。
漂着ワカメを攻めるも収穫なし。
何だか期待して泣きそうな気持ち・・・
このポヤポヤした紅藻(雑)にはモクズヨコエビやドロクダムシなどいろいろいました。
そして念願の・・・
メスと思われますがフサゲヒゲナガAmpithoe zachsiの可能性が高いです |
陸由来の漂着物、イネ科植物のヒゲ根をかきわけてみると・・・
モクズヨコエビ類。とにかくでかく、フサゲモクズの比ではない。 |
巨大なモクズヨコエビが登場。小さな個体はもう見なかったことにして、十分に成熟した2カップルを持ち帰りました。
このオス2個体の模様の違いが気になりますが、同所的に産していることから考えると、種内変異と思われます。
これはかつて土嚢だったと思われるポリエチレンの編み製品。
モクズヨコエビがたくさん、そして小さなカマキリヨコエビ。
他の漂着物を見ながらハマトビムシを探しましたが巡り会うことはできず。
10月にはみられなかった巨大モクズヨコエビの嵐、潮目や漂着物の状態によるのか、季節性があるのか。
本土側の砂泥底は長靴で楽しめそうです。普通の靴の場合は、木の枝などを持ってると、漂着物を引き寄せるのに使えるかもしれません。
今日はバットを持っていきつつも全編をピンセットだけで強行しました。流れ藻などは水を入れたバットにぶち込んでからソーティングすると見やすく、またモクズが跳ねて逃げることも防止できます。
チャック付き小袋を用意して臨みましたが、現場で「ドロクダムシ上科」「その他」に分けるようにしました。前回の教訓で、ハマトビムシのような掃除屋さんが他のサンプルを齧ってしまうような悲劇を繰り返してはならないと思ったからです。この点ではモクズが怖いのと、あとはコツブムシ。幸い、コツブムシが混入したパックでカマキリヨコエビのバラバラ死体が見つかるようなことはありませんでしたが、たぶんこいつはやらかすタイプです。コツブムシを持って帰っても学問のまな板に載せる予定はないのと、サンプルに悪さをするリスクから、なるべくコツブムシは海に返してから帰宅したいものです。
ここでドロクダムシ上科を特別扱いするのは、身体が華奢なこと,フィルターフィーダーが多く互いに食べあうことがない,グレーザーであるヒゲナガヨコエビは純草食でやはりサンプルを害することがない、などの理由です。もし肉食性の種が採れたらそれはまたモクズのパックとも別にしなければならないと思います。
今回は突然の思いつきで敢行となりましたが、今後は計画的に調査したいです!
あと、できれば桟橋の付着系もやりたい・・・
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<参考文献>
- 北嶋 円・伊藤寿茂・岩崎猛朗・冨永早希・佐野真奈美・植田育男・村石健一・萩原清司 2014. 江の島の潮間帯ヤドカリ類相. 神奈川自然誌資料, (35): 17–24.
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<補遺1>
ヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe
江ノ島の紅藻上のものはオスのみ同定し、A. validaの形質と概ね合致しました。本土側のフサゲヒゲナガ的な個体は抱仔メスでした。未同定です。
ドロソコエビ属 Grandidierella
カマキリヨコエビ属 Jassa
本邦既知種の中ではフトヒゲカマキリヨコエビJ. slatteryiに似ています。オスのサンプルにおいて形態変異の幅が大きく、研究材料としては良いものが採れましたが、同定には時間を要すると思われます。メリタヨコエビ属 Melita
フトメリタによく似た色彩でしたが、触角および第3尾肢の形質を検討したところ、別種と判断されました。タイドプールのコーナーでは採取していませんので更に違う種かもしれませんが、フトメリタ然とした色合いはよく似ていました。(2016年6月8日)
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