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2025年9月1日月曜日

書籍紹介『水の中の小さな美しい生き物たち』(9月度活動報告)

 またヨコエビが採り上げられた書物が出版されました。

 


仲村康秀・山崎博史・田中隼人(編) 2025.『カラー図解 水の中の小さな美しい生き物たち―小型ベントス・プランクトン百科―』.朝倉書店,東京.384pp. ISBN:978-4-254-17195-2(以下、仲村ほか, 2025)


 出版社は異なりますが『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン』の系譜のように思えます。ボリュームが充実し、ベントス要素が強化された感じでしょうか。なお、ページ数は2倍ちょっと、価格は10倍になっています。



仲村ほか (2025) を読む

 解説のないものも入れて、掲載端脚類は以下の通りです。この他に、表紙に姿があるリザリアライダーの話題も紹介されています。

  • Orientomaera decipiens(フトベニスンナリヨコエビ)
  • Ptilohyale barbicornis(フサゲモクズ)
  • Monocorophium cf. uenoi(ウエノドロクダムシと比定される種)
  • Pontogeneia sp.(アゴナガヨコエビ属の一種)
  • Caprella penantis(マルエラワレカラ)
  • Simorhynchotus antennarius
  • Vibilia robusta(マルヘラウミノミ)
  • Oxycephalus clausi(オオトガリズキンウミノミ)
  • Melita rylovae フトメリタヨコエビ
  • Grandidierella japonica ニホンドロソコエビ
  • Podocerus setouchiensis セトウチドロノミ
  • Sunamphitoe tea コブシヒゲナガ
  • Leucothoe nagatai ツバサヨコエビ
  • Jassa morinoi モリノカマキリヨコエビ
  • Caprella californica sensu lato トゲワレカラモドキ
  • Caprella andreae ウミガメワレカラ
  • Caprella monoceros モノワレカラ
  • Themisto japonica ニホンウミノミ
  • Phronima atlantica アシナガタルマワシ
  • Lestrigonus schizogeneios サンメスクラゲノミ

※仲村ほか (2025) に明示の無い和名は()内に示しています。


 なかなかボリュームがあります。

 だいたいが筆者のKDM先生が撮られた写真のように見受けられます。先生の主な研究テーマである藻場の生態系と端脚類に関するコラムもあり、エンジニア生物や物質循環といった観点から端脚類を見ることもできる構成となっています。KDM研における最新の分類学的知見を反映して「ウエノドロクダムシ」の同定に慎重になっている、といったライブ感があるのもポイント高いです。


 白眉はなんといってもヨコエビからクラゲノミまで揃い踏みしているところにありますが、驚愕したのは、堂々と旧3亜目体制に基づいている点。海外の文献では Lowry and Myers (2017) に基づく現在の6亜目体制を追認する動きが一般的となっている印象がありますが、日本人研究者は亜目を省略するなど距離をとる雰囲気がありました。「国内では不人気」という言い方もできるかもしれませんが、それを形にしたのは非常に画期的です。

 新知見を採用しないというと時代に取り残されている感じもしますが、6亜目体制は「形態に忠実であることを謳っている一方で例外を意図的に無視しており、自己矛盾している」「かといって系統を反映させる気はない(遺伝的知見との整合性を意図したような例外の扱いではない)」「形態的な明朗性・系統反映のポリシー・過去の慣例の全てを犠牲にしたわりに直感的に分かりにくく、使い勝手が良い場面が特にない」といった問題があります。Lowry and Myers (2017) は大量の分類群について形態マトリクスを作成して議論を試みた労作であることは間違いないのですが、このように中途半端な改変を行うより、「尾肢の先端に棘状刺毛があるグループとそうでないグループを発見した」というような発表に留めておいたほうが、論文として評価は高かったのではと思います。端脚類全体を網羅する下目・小目といった新概念を提唱しつつ、結局所属不明科を残したままというのも片手落ちの感があります。そろそろ10年になりますが、特に優れた点の無い体系のため安定して使い続けられる保障がないという判断から、採用に慎重になっている人がいるものと、個人的には理解しています。

 こういった分類のややこしさについても、仲村ほか (2025) は論文を引いて示しています。


 仲村ほか (2025) の印象を一言で表すとすれば「本棚にベンプラ大会」。タイトルからすると「生物ルッキズムを含んだ写真集」のように思えますが、写真はカットの物量こそあれど思いの外小さく、種や話題のチョイスの渋さ・ガチ感が光ります。前述のような分類学の議論をはじめ、ベントス・プランクトン学会大会で聴かれるお馴染みのテーマや学術的な課題が、当然のように並べられています。細菌の項で培地の写真が並んでいるのにはドン引きしました(誉め言葉)。マニアックな生物に対して、その珍奇さよりここに収録されるべき学術的意義に立脚して選定・解説しているのが、プランクトン学会とベントス学会が全面バックアップしているだけのことはあるなと、思いました。375ページに上る大著でありながら、水圏生物の花形である魚類が4ページしかないというのも特徴的だと思います。

 ただ、解説は非常に平易な文章に仕上がっており、文字数もそれほど多くありません。「写真をパラパラ見る」用途として問題はないかと思います。これだけ幅広い生物群を、「小さく美しい」というテーマに沿って網羅的に平等に扱おうと試みた書籍の例はあまりないものと思われます。『深海生物生態図鑑』のようにグラビアの美麗さや物量で押してくるタイプではないのですが、微生物やメイオベントス群集といった、ともすれば味気ない専門書の中の住人であった生物を、ビジュアル図鑑の世界へ招き入れたというのは、大きな出来事のように思えます。中学生から大学まで、生物分類や水棲生物研究全般に興味のある学生には、興味をそそるだけでなく基礎知識の勉強にもなる一冊でしょう。

 『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン』のコスパの良さが異常なので、こちらのほうがエッセンスだけ摂取したい方にはお勧めできるかもしれません。ただ、当然のことながら 仲村ほか (2025) において情報量は格段に増えていますし、学名の併記や参考文献もしっかり押さえられており、実用性を付与されているのは間違いありません。


 ちなみに、「ウミガメワレカラ」という和名が学名と明確に対応された出版物は初めてだと思います(和名の初出は青木・畑中, 2019)。そういった文脈でも参照され続ける文献と思われます。


 最後に、仲村ほか (2025) における端脚類の掲載箇所を詳細にご教示いただいた朝倉書店公式ツイッターアカウント様に、この場をお借りして篤く御礼申し上げます。



<参考文献>

青木優和 (著)・畑中富美子 (イラスト) 2019.『われから: かいそうの もりにすむ ちいさな いきもの』. 仮説社, 東京.39pp. ISBN-10:4773502967

藤原義弘・土田真二・ドゥーグル・J・リンズィー(写真・文)2025.『深海生物生態図鑑』.あかね書房,東京.143 pp. ISBN:978-4-251-09347-9 

Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2017. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265 (1): 1–89.

山崎博史・仲村康秀・田中隼人(指導・執筆) 2024. 『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン クラゲ・ミジンコ・小さな水の生物』.小学館,東京.176pp. ISBN:9784092172975


2025年8月23日土曜日

甲殻WONDER(8月度活動報告)

 

 7月末、地方の博物館で「ヨコエビ」をテーマとした展示をやるという情報が駆け巡り、衝撃を受けました。

 場所は北の大地。

 数年来、東農大オホキャン近辺で新しいヨコエビストが爆誕した霊圧を感じてはいたのですが、それと関係はあるのでしょうか。


 8月1日から開始の特別企画展「甲殻WONDER・網走のヨコエビ展」。子供の夏休みに合わせた企画展ならなぜ7月からやらないのか疑問に思われるかもしれませんが、網走市内の公立小学校の夏休みは7月25日~8月21日みたいな感じで本州とはだいぶ趣が違うんですよね。しかしまぁ、言ってもしょうがないですが、どのみち夏休み開始には間に合ってないですね。


 網走で特にヨコエビ研究が盛んという話は訊かないので、行ってみるまではどういう方向から攻めてくるのかまったくわかりません。しかも主催は地域の郷土博物館です。完全ノーマークでした。恐らく標本とパネルを用いた地域ファウナの紹介を軸として、基礎情報や親しみかたなんかを扱うのではないかと思われました。フクロエビ上目が前に出てるのは、このへんで十脚の多様性がそれほど高くないためでしょうか?

 ダンゴムシの観察イベントの実績がある施設のようですが、ほとんどの沿岸性ヨコエビはダンゴムシよりだいぶ小さい気がします。体長で勝てるのはニッポンモバヨコエビとヒゲナガハマトビムシ属,オオエゾヨコエビ属くらいなのでは。なお、本州からしてみると「今更ダンゴムシなんて」と思われるかもしれませんが、北海道では四半世紀前までオカダンゴムシはUMAみたいな存在で、今もそれほどありふれた虫ではないので、このへんの温度感の違いというのも、フクロエビ上目への眼差しと関係があるかもしれません。


 茨城栃木でも潮間帯ベントスや甲殻類をテーマとした企画展でヨコエビが展示されていましたが、分類がされてなかったり或いは怪しかったり、タイトルからハブられてたり、扱いが悪いのはデフォだった想い出(正直網走の展示ポスターも驚くほど主役のヨコエビが目立たないデザインなのですが)。科博で謎の講座が行われたことはありましたが、それ並みの、あるいはそれ以上のイレギュラーに思えます。道東で一体何が起きているのか…



〈網走市某所〉

 せっかくなので自力の採集を計画しました。

 節理が目立つ火山岩地質の自然海岸で、崖がオーバーハングしています。付近に真新しい落石はないようですが、崖下に長居するのは危ない気がします。


 磯環境は洗濯板のような一枚岩で、転石は少ないようです。表面は小さなフジツボで被覆され、これといって大型藻類は見えません。とても限られた範囲にタイドプールがありました。

 砂浜は潮上帯から潮間帯上部にかけて泥シルトは少なく、山砂が卓越します。

 漂着物はスゲアマモを主体とし各種褐藻が混じるようです。

 ヘラムシやコツブムシが多いですね。本州ならアゴナガヨコエビ科とかたくさん出るはず。


ヘッピリモクズ属Allorchestes
実物は初めて見ましたが、どのへんが「へっぴり」なのかわかりません。

キタヨコエビ科Anisogammaridaeの2属。
キタヨコエビ属Anisogammarusは初めて見ました。

 河口に流れ込んで腐朽した褐藻にもトゲオヨコエビ属がついています。


 洗濯板の片隅に典型的なタイドプールがあり、こちらを見上げている奴と目が合いました。



たぶんモクズヨコエビApohyale cf. punctata。これが元祖ですか。

ドロクダ。数は採れず。

 潮上決戦といきますか。

ヒメハマトビムシ種群。

 ヒゲナガハマトビムシもいるはずですが、昼間に採るのはやはり難しいですね。



〈網走市立郷土博物館〉

 考古がメインかと思いましたが、どうやら1階が自然史、2階が人文といった構成になっているようです。建物自体が戦前の建築物で、和洋折衷と北海道の大自然やアイヌ文化の文脈を参照しようと試みた、「時代の建築」といった趣です。空調は当然後付けですが、建築家が自らデザインしたという調度品やステンドグラスといった細かいものもそのまま使われていたりして、見応えがあります。



 「甲殻WONDER」は、一部常設展や他館から展示物を借りつつ、大きく「網走における甲殻類の利用」「甲殻類の化石」「非カニ下目・ヤドカリ下目十脚類」「カニ下目」「ヤドカリ下目」「口脚目―アナジャコ下目―エビジャコ上科/オキアミ目―アミ目/カブトガニ」「六幼生綱/等脚目」「端脚目」「汎甲殻類」といったテーマごとにまとめられています。



 会期は8月末までで今日はギャラリートークの日なのですが、これからパネルや標本はもう少し増やす予定とのことでした。



 気になる企画の趣旨ですが、昨年にテーマとしていた「ダンゴムシ」から派生してその親戚という位置づけでヨコエビをターゲットに据えたそうです。1年間サンプルを蓄積し準備してきたものの、分類に苦戦して種名の確定に至ったのはごく一部、とのこと。確かに難物のドロクダムシ科やヒゲナガハマトビムシ属といった標本が散見され、現状種分類が不可能ともいえる側面が見えつつ、キタナミノリソコエビなど比較的落ちやすいグループもいました。道東では厚岸周辺での研究進捗が比較的有名ですが、網走の潮間帯においてまとまった研究はないように思えるので、先立つものがない不便さは大きいと思います。また、展示担当学芸員の方は地下水性種にも興味があるそうで、洒落にならない展開が待っている可能性もありそうです。こわい。


 ギャラリートークに参加されていたのは概ね近郊にお住まいと思われる方々で、この博物館のイベント常連といった雰囲気でした。定員20名に対して当日飛び込み含めて参加者は8名ほど。ヨコエビに対してこれといったアツさを持って帰って頂けたのかわかりませんが、色彩の多様性はリアクションが良かったような気がします。

 確かに日本の温帯~寒帯において潮間帯をガサガサした時に見られる端脚類の色や形は、同所的に獲れる他の甲殻類と比べて、目単位で見るとより多様な気がします。



 個人的に「甲殻WONDER」の白眉はなんといっても日本に2つしかないオニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas の化石標本のうち1つが展示されていることです。これを生で見れることは他の施設ではまずありません。


 また、端脚類の標本や写真はどれも美麗で、多くの深海展などで見られる白く褪色してフォルマリン瓶の向こうにいる、みたいなヨコエビ像より目に楽しいのは印象的でした。ダイダラボッチはもともと白いので仕方ないですが。アクアマリンふくしまでヒロメオキソコエビを液浸にせず特殊な薬品によって柔軟性を保ったまま展示するといった試みが昨年学会発表されていましたが、やはり褪色する液浸より乾燥標本とかのほうが、短期間では間違いなく見栄えがするといえるでしょう。


ヒゲナガハマトビムシ属の主張が強い。

 タイトルにある「網走のヨコエビ」については、分類や生態の掘り下げは十分でなく、例えば地場の端脚類相を勉強したいという方にはあまり有用ではないかもしれません。ただ、富川(2023)でも採り上げられた、ホッチャレ(放精・産卵を終えた鮭の遺骸)を分解するという部分や、またその鮭の餌資源になっている話などが、魚の剥製や写真を交えて紹介されており、網走の重要な漁業資源を支えている一面にリアルな感覚をもって触れることができるでしょう。

 甲殻類全体としては、入れ子構造を示す複雑な分類の概念や、似て非なるものにややこしい呼び名がついていることに対して、果敢に説明を試みている点に好感がもてます。


 「甲殻WONDER」はほぼ個人的研究の賜物らしく、残念ながら今後機材などを揃えてヨコエビをフィーチャーしていく予定はないとのことですが、まぁ、企画展でヨコエビを扱うこと即ち端脚沼に骨を埋める覚悟、というのも相当不健全に思えますので、改めて、研究基盤のない拠点でもヨコエビに光を当てた展示を積極的にやってほしいという気持ちです。

 

 ちなみに、網走市立郷土博物館の人文パートは縄文から昭和までを網羅していますが、網走に特有かつ北海道考古学において重要な発見とされているオホーツク文化の展示は、分館のモヨロ貝塚館でより掘り下げられています。



<参考文献>

2025年7月12日土曜日

聖地巡礼シリーズ「松川浦」

 

 函館福井と続けてきた、主に端脚類のタイプ産地を廻るこのシリーズ(?)。今回は環境省のモニタリングサイト1000の調査協力で、福島県の松川浦に行ってきました。サンプルの同定協力はしたことがありますが、現場は初です。





松川浦の端脚類相

 松川浦は言わずと知れたヨコエビ聖地の一つではあるものの、継続して端脚類研究の拠点になっているわけではなく、何より32年前に採られた手法がプランクトンネット採集であったため、親しみやすい潮間帯のファウナはあまり語られていないのが実情だったりします。


過去の調査結果
文献 Hirayama and Takeuchi (1993) 環境省 (2013) 富川 (2013)
出現種 Pontogeneia stocki, Atylus matsukawaensis, Synchelidium longisegmentum, Dulichia biarticulata, Gitanopsis oozekii, Stenothoe dentirama, Lepidepecreum gurjanovae, Eogammarus possjeticus, Tiron spiniferus, Allorchestes angusta, Ampithoe lacertosa, Aoroides columbiae, Corophium acherusicum, Ericthonius pugnax, Gammaropsis japonicus, Guernea ezoensis, Jassa aff. falcata, Synchelidium lenorostralum, Melita shimizui Ampithoidae gen. sp., Grandidierella japonica, Corophiidae gen. sp., Melita shimizui, Melita setiflagella, Ampithoe sp.
Ampithoe lacertosaAmpithoe valida, Hyale sp., Melita shimizui, Talitridae gen. sp.

 属位変更はなんとかなるとして、後に日本個体群が別種として記載されたブラブラソコエビAoroides columbiae(→A. curvipesなどは解釈に注意が必要です。Jassa aff. falcataは順当にいけばフトヒゲカマキリヨコエビJ. slatterlyと推定されますが、他の近似種や未記載種の可能性もあります。
 富川 (2013) の各種は0.5mm目合いの篩にかけて採取されたもので、モニ1000の定量調査に近い手法で行われています。Hyale sp.は恐らくフサゲモクズPtilohyale barbicornis、Talitridae gen. sp.は広義のヒメハマトビムシであろうと思います。


 今回の調査結果はいずれ然るべき媒体でアウトプットされるはずですが、本稿ではフィールドの雰囲気だけお伝えします。比較対象が関東の干潟になってしまうのはご了承ください。



松川浦北部前浜的干潟

 砂州から内側へ突き出た遊歩道の周辺が、調査地になっています。遊歩道の左手には転石帯、右手にはヨシ原が広がっています。転石帯側は、遊歩道根元の少し引っ込んだエントリーポイントから澪筋を越えると、いつの間にか流れのある川へ至ります。ヨシ原側は、汀線方向へ進むにつれカキ礁が卓越します。基質は全体的に有機物の多い砂泥で、転石帯にはパッチ状に底無し沼的なゾーンがあります。


 今回はアオサやオゴノリの繁茂はみられず、干出面はホソウミニナとマツカワウラカワザンショウに被覆されています。深さのある場所では流れの中にアマモの群落が散見されます。


 アマモ葉上やカキ殻表面にはホンダワラ類の付着が散見されました。
 端脚類はアマモ葉上で最も充実しており、表在底生グレーザー・植物基質寄りの自由生活ジェネラリスト・遊泳グレーザーの3者が最も優占していました。いずれの基質においても、造管濾過食者はかなり少ない、むしろほとんどいない印象です。




松川浦南部河口的干潟

 最奥部に開口した細い水路周辺に形成されている、典型的な内湾の富栄養泥干潟です。表層に触れるだけで還元化した黒い部分がのぞくシルトの底質に、転石やカキ殻が散らばっています。一歩進めるごとに足をとられ、ケフサイソガニ類が横っ飛びします。膝をついてじっとしていると、いつの間にか大量のヤマトオサガニに取り囲まれます。

 造管懸濁物食者が高密度に棲息し、漂着物のような多少柔軟性のある基質の周囲には硬質基質寄りの自由生活ジェネラリストが見えますが、際立って端脚類の多様性が高い箇所はみられません。


 潮上帯において、打ち上げ物は陸由来の植物質が卓越し、転石帯とともに、関東の同様の環境から推測できる代表的な属ないし種の構成となっています。 



おまけ:松川浦北部河口

 ここはモニ1000の対象ではありませんが、かなり特色のあるポイントです。


 松川浦に注ぐ最も大きな川の河口部です。ヨシ原が発達しており、深みにはわずかなカキ殻などの硬質基質にオゴノリやアオサが付着しています。底質は基本的に石英や珪岩などが卓越する明色の砂泥で、場所により陸上植物砕屑物が多く混入したり、ヨシ原が幅広く残っている場所ではシルト・クレイ分が増えて底なし沼化しています。泥干潟おなじみのカニがひしめいています。

 甘めかつ基質の多様性が低い環境で、大型藻類上や堆積物中には植物基質寄りの自由生活ジェネラリスト,遊泳性グレーザー,表在底生グレーザー,硬質基質寄りの自由生活ジェネラリストが優占していました。顔ぶれは三番瀬や小櫃川河口に似ています。潮上帯転石下にはフナムシ属が優占し、ヨコエビは僅少でした。



 今回は、定量調査を補完しリストを充実させる意味合いで定性調査専任での参加でした。結論からいうと劇的な種数増には至りませんでしたが、フィールドの感じは何となく掴めてきたので是非ともリベンジしたいところです。もし松川浦という海域のインベントリを行う場合、燈火採集や硬質基質の要素が加われば、科~種の数はもう少し増やせそうです。もはや干潟のモニ1000ではありませんが。



おまけ:蒲生干潟

 環境省やWIJとは関係なく、地元で連綿と継承されてきた定量調査に同行しました。

過去の調査結果
文献 松政・栗原 (1988) Aikins and Kikuchi (2002) 近藤 (2017)
出現種 Grandidierella japonica, Corophium uenoi, Kamaka sp., Melita sp. Corophium uenoi, Grandidierella japonica, Eogammarus possjecticus, Melita setiflagella Monocorophium insidiosum, Grandidierella japonica


 なんと蒲生干潟には「カマカが出る」んですね。
 これはヨコエビストにとって垂涎ものなのですが(平たくいうと、この形態的にも系統的にも特異な科は生息地が限定的かつ体サイズが微小なため、おいそれとはお目にかかれないのです)、今回はダメでした。分布や生息環境を踏まえると、恐らくモリノカマカKamaka morinoiであろうと思います。宮城県のRDBにも掲載されていることですし。
 ウエノドロクダムシMonocorophium uenoiとトンガリドロクダムシM. insidiosumの是非についてここで掘り下げることは避けますが、これら文献における記述内容と今回の実地調査の結果を総合的に判断して、この地においてモノドロクダムシ属の形態種は2種いると解釈して差し支えないものと思います。


 水門を挟んで七北田川河口に接続した潟湖で、堤防の外側に陸上植生からヨシ原の連続性が維持されている奇跡的な場所です。奥部はきめ細かなシルト・クレイで、下るにつれ砂が卓越してきます。ヨシ原を縫い水門へ続く本流は、地盤高が下がるにつれて陸上植物の砕屑物が混ざった砂質からカキ殻の混じる富栄養砂泥へ変容します。本流は水門に近づくにつれ深さを増し、貧酸素化が顕著で三番瀬の澪筋を彷彿とさせます。



 潮廻りの関係か、植物基質寄りの自由生活ジェネラリストが大量に遊泳していて驚きました。底質中には造管性懸濁物食者がパッチ状に分布しており、潮上帯は海浜性種しか得られませんでした。

 調査範囲外だったため手を伸ばしていませんが、潟湖に加えて蒲生干潟の一部とされている七北田川河口の砂浜も、潟湖とはだいぶ様子がかなり違うのでなかなか面白そうです。

 


 東北の干潟をベントスの専門家と一緒にがっつり回るという経験は、かなり貴重でした。ベントス研究拠点としての東北大の将来が心配される中、石巻専修大の底力を目の当たりにしました。



<参考文献>

Aikins, S.; Kikuchi, E. 2002. Grazing pressure by amphipods on microalgae in Gamo Lagoon, Japan. Marine Ecology Progress Series245: 171–179.

Hirayama A.; Takeuchi I. 1993. New species and new Japanese records of the Gammaridea (Crustacea: Amphipoda) from Matsukawa-ura Inlet, Fukushima Prefecture, Japan. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 36(3):141–178.

環境省 2013. 平成24年度 モニタリングサイト1000 磯・干潟・アマモ場・藻場 調査報告書.

— 近藤智彦 2017. 東北地方太平洋沖地震と津波攪乱後の蒲生干潟 (宮城県) における底生生物の群集動態と優占種の生活史戦略(学位論文).

松政正俊・栗原康 1988. 宮城県蒲生潟における底生小型甲殻類の分布と環境要因.日本ベントス研究会誌33/34:33–41.

富川光 2013. 東日本大震災による津波が松川浦(福島県相馬市)の生物多様性に与えた影響の評価と環境回復に関する研究. 公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団平成25年度助成研究報告書. pp.123–132.


2024年12月27日金曜日

2024年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)

 

 今年もヨコエビの新種です。

 

※2017年実績
※2018年実績 
※2019年実績
※2020年実績
※2021年実績
※2022年実績
※2023年実績


  学名に付随する記載者については、基本的に論文中で明言のある場合につけています。

 

New Species of
Gammaridean Amphipods
Described in 2024

(Temporary list)

 

JANUARY 

Limberger, Castiglioni, and Santos (2024)

Hyalella jaboticabensis 

 ブラジルからヒアレラ科 Hyalellidae ヒアレラ属の1新種を記載。本文は有料。




FEB

Patro, Bhoi, Myers, and Sahu (2024)

Parhyale odian 

 インド・チリカ湖からモクズヨコエビ科 Hyalidae ミナミモクズ属の1新種を記載。オゴノリ属に付着するようです。本文は有料。



Mussini, Stepan, and Vargas (2024) 

Hyalella mboitui

Hyalella julia 

 パラグアイからヒアレラ属の2新種を記載。Hyalella mboitui の種小名は現地に伝わるグアラニー神話の7体の伝説の怪物の一つ・ボイトゥーテイに由来し、H. julia はパラグアイの生物多様性研究へ貢献したジュリオ・ラファエル・コントレラス氏への献名とのことです。大顎の形状が生息ニッチの違いを反映しているとの考察がなされています。ヒアレラ属をナミノリソコエビ科に含めていますが、現在のコンセンサスは独立したヒアレラ科に位置づけるべきと思います。本文は無料で読めます。




MARCH

Wang, Sha, and Ren (2024a) 

Stegocephalus carolus

 フクレソコエビ科 Stegocephalidae フクレソコエビ属の1新種を、ニューギニア島の北に位置する海山から記載。本文は無料で読めます。




APRIL

Xin, Zhang, Ali, Zhang, Li, and Hou (2024)

Sarothrogammarus miandamensis

Sarothrogammarus kalamensis 

 パキスタンの淡水域からヨコエビ科 Gammaridae の2新種を記載。本文は有料ですが、アブストにわりと細かな形態の記述があります。



Lee and Min (2024)

Pseudocrangonyx seomjinensis 

Pseudocrangonyx danyangensis

 韓国の河川間隙水的な環境からメクラヨコエビ科 Pseudocrangonyctidae メクラヨコエビ属の2新種を記載。形態の検討に加えて、28S rRNA と COI Mt DNA の解析を実施しているとのこと。本文は有料。



Ariyama and Kodama (2024)

リュウキュウマエアシヨコエビ Protolembos ryukyuensis 

ヘコミマエアシヨコエビ Tethylembos cavatus 

 日本近海よりユンボソコエビ科 Aoridae の2新種を記載。T. japonicus ニッポンマエアシヨコエビの生態写真および線画も掲載。そして、何といっても日本産ユンボソコエビ科34種の検索表が載ってる超有用文献です。本文は有料。



Lörz, Nack, Tandberg, Brix, and Schwentner (2024)

Halirages spongiae

 アイスランドの低温海域において海綿表面から得られたウラシマヨコエビ科 Calliopiidae の1新種を記載。9種の検索表を提供。本文は無料で読めます。



Navarro‑Mayoral, Gouillieux, Fernandez‑Gonzalez, Tuya,  Lecoquierre, Bramanti, Terrana, Espino, Flot, Haroun, and Otero‑Ferrer (2024)

Wollastenothoe minuta Gouillieux & Navarro-Mayoral, 2024

 カナリー諸島の水深60mに自生するサンゴに付着するタテソコエビが、新属新種として記載されました。タテソコエビ科 Stenothoidae の属までの二又式検索表が掲載されていてかなり有用です。本文まで無料で読めます。




MAY

Thacker, Myers, Trivedi, and Mitra (2024)

Parhyale kalinga

Chilikorchesta chiltoni 

Grandidierella rabindranathi 

    インドのチリカ湖から3新種と、ハマトビムシ上科 Talitroidea の1新属を記載。アブストに形態の記述がわりとしっかり記されています。本文は有料。



Ahmed, Kamel, Maher, and Zeina (2024)

Pontocrates longidactylus Ahmed, Kamel, Maher & Zeina, 2024

 エジプトからクチバシソコエビ科 Oedicerotidae ハサミソコエビ属の1新種を記載。投稿時点の既知種6種の2又式検索表を提供しています。2024年12月2日現在、本文は無料で読めます。




JUNE

Kaim-Malka (2024)

Paranamixis fishelsoni 

 地中海からマルハサミヨコエビ科 Leucothoidae タンゲヨコエビ属 Paranamixis の1新種を記載。本属において地中海からの記録は初めてとのことです。半世紀のキャリアをもつレジェンド仏人研究者の独り親方仕事です。本文は有料。



Mirghaffari and Esmaeili-Rineh (2024) 

Niphargus elburzensis 

Niphargus zagrosensis 

 イランから ニファルグス属 Niphargus の2新種を記載。形態と分子を見ています。配列はCOI領域と28S領域を見ているようです。本文は無料で読めます。



Ortiz, Winfield, and Chazaro-Olvera (2024)

Pseudorhachotropis longipalpus

 メキシコ湾水深2,321mの海底からテンロウ科 Eusiridae の新属を記載。本文は有料。



Garcia Gómez, Myers, Avramidi, Grammatiki, Ⅼymperaki, Resaikos, Papatheodoulou, Ⅼouca, Xevgenos, and Küpper (2024)

Pontocrates marmario Garcia Gomez & Myers, 2024

 キプロスからクチバシソコエビ科ハサミソコエビ属の1新種を記載。記載図の大部分を、染色した標本の透過光写真で表現しています。地中海のハサミソコエビ属の検索表を提供。2024年6月25日現在、無料で読めます。



Tandberg and Vader (2024)

Stenula traudlae

 ブリティッシュコロンビアから、クダウミヒドラ科に付着するタテソコエビ科の記載。世界に産する Stenula属 17種 と Metopa属 2種 の検索表を提供しています。2024年8月3日現在無料で読めます。




JULY

Giulianini, De Broyer, Hendrycks, Greco, D’Agostino, Donato, Giglio, Gerdol, Pallavicini, and Manfrin (2024)

Orchomenella rinamontiae 

 南極からタカラソコエビ科 Tryphosidae ツノフトソコエビモドキ属の1新種を記載。COI領域を解析しています。形態の記述において、マイクロCTによって得られた3D画像を”デジタルホロタイプ”とするポテンシャルを提示しています。本文は有料ですが、研究内容を紹介した記事がタダで読めます。



Baytaşoğlu, Aksu, and Özbek (2024)

Gammarus sezgini 

 トルコからヨコエビ科ヨコエビ属の1新種を記載。形態の観察に加えて、COI領域と28S領域の解析を行っています。本文は無料で読めます。



Thacker, Myers, and Trivedi (2024) 

Maera gujaratensis

Quadrimaera okha

 インドのグジャラート州からスンナリヨコエビ科 Maeridae の4属の2新種と2既知種を報告。Coleman method を踏襲したスケッチの出来がイマイチで見栄え云々どころでなく信用性に欠けると思われる部分があるのと、文中において可算名詞が正しく複数形表記されてないといった英文法の誤りがあったり、亜属の括弧がイタリックになっているなど「キホンのキ」に問題があり、読んでいると頭が痛くなります。こういった恥ずかしい論文を世に出さないよう、精進していきたいところです。本文は有料。



Pérez-Schultheiss, Fernández, and Ribeiro (2024)

Atacamorchestia atacamensis

Lafkenorchestia oyarzuni 

 チリーからハマトビムシ科 Talitridae の2新属2新種を記載。また、太平洋南東岸から初めてヒメハマトビムシ属 Platorchestia を報告。本文は有料。



Nascimento and Serejo (2024)

Halicoides campensis 

Halicoides iemanja

 大西洋南西域からミコヨコエビ科 Pardaliscidae の2種を記載。ブラジル沖からの本属の記録は初のとのことです。本文は有料。



Ariyama (2024)

オウギヨコエビモドキ Curidia japonica 

 和歌山から北西太平洋初記録科の1新種を記載。Ochlesidae に オウギヨコエビ科,Curidia に オウギヨコエビモドキ属 との和名を提唱。この科はスベヨコエビ科がシノニマイズされた経緯があります(詳細はこちら。本文は無料で読めます。




AUGUST

SOSA et al. (2024)

Cuniculomaera grata Tandberg & Jażdżewska in SOSA et al. 2024

 ベーリング海から、海底に特徴的な巣穴を作るスンナリヨコエビ科の新属新種を記載。オープンアクセスで、一緒に発見された他の分類群の10もの新種が一緒に記載されています。また、その興味深い生態を解き明かした論文 (Brandt et al. 2023) も今のところ無料で読めます。



Bhoi, Myers, Kumar, and Patro (2024)

Floresorchestia odishi Bhoi, Patro and Myers in Bhoi, Myers, Kumar, and Patro, 2024

 インドのチリカ・ラグーンの潮間帯のオゴノリ属の間から、ハマトビムシ科の新種が記載されたようです。何がとは言いませんが、品質が悪いです。本文は有料です。



Stewart, Bribiesca-Contreras, Weston, Glover, and Horton (2024)

Valettietta synchlys

Valettietta trottarum

 太平洋の4,000m以深の深海域から Valettiopsidae科 の2新種を記載。形態の検討に加え、フトヒゲソコエビ類12属の配列情報を用いた分子系統解析を行っていますが、Alicelloidea(ダイダラボッチ上科?)の単系統性は否定されています。本文は無料で読めます(2024年8月現在)。



Kim, Choi, Kim, Im, and Kim (2024) 

Aoroides gracilicrus

Grandidierella naroensis 

 韓国からユンボソコエビ科の2新種を記載。韓国産ユンボソコエビ科9種の検索表を提供。本文は無料で読めます。



Kodama, Mukaida, Hosoki, Makino, and Azuma (2024)

ナンセイソコエビ Podoceropsis nanseiae 

 鹿児島湾からクダオソコエビ科 Photidae の1新種を記載。Podoceropsis属 に ソコエビモドキ属 との和名を提唱しています。鹿児島大がシンプルなプレリリを出しています。本文は無料で読めます(2024年8月現在)。


Hosein, Zeina, Kawy, ElFeky, and Omar (2024)

Vasco amputatus 

 エジプトの紅海沿岸からヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae の1新種を記載。充実した背景情報の記述と精緻なスケッチ、分布情報まで添えてある作り込まれた論文ですが、あらゆる表記で本種の種小名の1文字目が大文字となっており(既知種においては正常の表記)、大変気味が悪いです。本文は無料で読めます。



Stoch, Knüsel, Zakšek, Alther, Salussolia, Altermatt, Fišer, and Flot (2024) 

Niphargus absconditus

Niphargus tizianoi 

 ルーマニアからニファルグス属の2新種を記載。カルパチア山脈の一角の個体群とアルプスの個体群が N. bihorensis の隠蔽種にあたることを遺伝的手法により確認した研究で、この種のタイプ標本をもとに再記載も行って分類学的混乱の整理を試みています。本文は無料で読めます(2025年2月現在)



SEPTEMBER

Mamaghani-Shishvan, Akmali, Fišer, and EsmaeiliRineh (2024)

Niphargus sahandensis

Niphargus chaldoranensis 

 イランからニファルグス属の2新種を記載。形態とCOI領域の解析を併用しています。本文は無料で読めます(2024年12月現在)



Wang, Sha, and Ren (2024b) 

Phoxirostus longicarpus

Phoxirostus yapensis 

 Laphystiopsidaeというレアな科を太平洋の熱帯域から報告。Phoxirostus属を設立するとともに2種を記載。「頭頂が尖っている」という意味の属名ですが、近縁種を見渡しても突出はそれほど目立ちません。Laphystiopsidae科の4属の検索表を提供。本文まで無料で読めます。



Souza-Filho, Guedes-Silva, and Andrade (2024)

Adeliella debroyeri

Tectovalopsis potiguara

Epimeria colemani

Alexandrella cedrici

 ブラジル北東部のPotiguar海盆から4新種を記載。4種中1種の種小名は地名に由来、3種がヨコエビ界隈の著名な西側研究者(フランスのクロード・ドゥブロワイエ,ベルギーのセドリック・デュデケム・ダコ,ドイツのチャールズ・オリバー・コールマン)に献名されています。本文は有料。



Tomikawa, Yamato, and Ariyama (2024)

パンダメリタヨコエビ Melita panda 

 NHKの特集でスケッチがチラ見せされたり、広大の図書館に原画が展示されたり、じわじわ盛り上がっていたメリタヨコエビ科 Melitidae メリタヨコエビ属の新種がついに記載されました。海外のサイトでも取り上げられていますね。

 そうとしか言いようのない模様から、かねてよりヨコエビストの間で「パンダメリタ」と呼ばれていた集団の一部です。タイプ産地は卓越したジャイアントパンダの繁殖技術をもつ某動物園の近くであるため、これも必然的な帰着の命名といえるでしょう。あまりに出来すぎていることから「人為的にパンダ模様にしたものではないか」という陰謀論さえ飛び交っているようですが、たとえ写真でもジャイアントパンダを見たことがあれば本種の体色が厳密には「パンダ柄」ではなく「逆パンダ柄」であることに気づかないはずはなく、また白浜だけに棲息するものでもないことから、パンダ模様に染められたなどという妄言には一顧だにする価値もないことは言うまでもありません(そういう意味では、狙って白浜産標本をタイプに指定したように思えます)(知らんけど)

 形態的にはカギメリタヨコエビに近いようですが、体色のほかにオスの第1咬脚前節前縁の突出部に大きな特徴があります。また、有山 (2022) に掲載されているパンダ感のある未記載種 Melita sp. 2 とは、第3尾肢外肢の節数で識別が可能です。

 第二著者にメリタヨコエビ類の大家である大和茂之先生が入っており、しばらくヨコエビの記載研究をお休みされていた大和先生の復帰作という点でも非常に話題性のある論文といえます。無料で読めます。




DECEMBER

Copilaş-Ciocianu, Prokin, Esin, Shkil, Zlenko, Markevich, and Sidorov (2024) 

Palearcticarellus hyperboreus Sidorov & Copilaş-Ciocianu, in Copilaş-Ciocianu et al., 2024

Pseudocrangonyx elgygytgynicus Sidorov & 

Copilaş-Ciocianu, in Copilaş-Ciocianu et al., 2024

 ロシアのエリギギトギン湖からマミズヨコエビ科 Crangonyctidae の1新種を記載。ミトコンドリアCOI,核16S,ヒストンH3,18S,28Sの領域を用いてマミズヨコエビ科やメクラヨコエビ科を含む Crangonyctoidea上科(マミズヨコエビ上科?)の系統関係を解析するとともに、地理的イベントとの整合性も示しています。本文は有料。



Weston, González, Escribano, and Ulloa (2024)

ドゥルシベラ・カマンチャカ Dulcibella camanchaca 

 アタカマ海溝からテンロウ科の1新種を記載。新しいタイプの捕食性種ということで、力を入れて生態特性の推定をしています。物見高いサイトが虚飾織り交ぜて取り上げていましたが、本当の研究内容を知りたい場合カラパイアの書き方が一番誤解が少ないと思います。本文は無料で読めます。



Choi and Kim (2024)

Melita aestuarina

 韓国からメリタヨコエビ属の1新種を記載。”シミズメリタヨコエビ”についても韓国から初報告しています。本文は有料。



Stoch, Citoleux, Weber, Salussolia, and Flot (2024)

Niphargus quimperensis 

 ブリュターニュからニファルグス属の1新種を記載。科全体の分子系統解析を行い、Niphargellus属をニファルグス属の新参シノニムとしています。本文は有料。



Labay (2024)

Vonimetopa longimana 

 樺太からタテソコエビ科の1新種を記載。Vonimetopa属6種の二又式検索表を提供。本文は無料で読めます(2024年12月現在)。


 というわけで、54 56 58が記載されたようです。



<参考文献>

Ahmed, Y. S.; Kamel, R. O.: Maher, S.; Zeina, A. F. 2024. New Species of Genus Pontocrates Boeck, 1871 (Amphipoda: Oedicerotidae) from the Red Sea Soft Bottom Substrates, Egypt. Egyptian Journal of Aquatic Biology and Fisheries28(3): 257–267.

Ariyama H. 2024. Curidia japonica sp. nov., the First Species of the Family Ochlesidae from the Northwest Pacific (Crustacea: Amphipoda). Species Diversity29(2): 199–207.

Ariyama H.; Kodama M. 2024. Three species of the family Aoridae Stebbing, 1899 (Crustacea: Amphipoda) collected from remote islands in southern Japan, with a key to all Japanese species of the family. Zootaxa, 5433(4): 500–528.

Baytaşoğlu, H.; Aksu, İ.; Özbek, M. 2024. Gammarus sezgini sp. nov. (Arthropoda, Amphipoda, Gammaridae), a new amphipod species from the Eastern Black Sea region of Türkiye. Zoosystematics and Evolution, 100(3): 989–1004. 

Bhoi, G.; Myers, A. A.; Kumar, R. K.; Patro, S. 2024. A new species of the genus Floresorchestia (Crustacea, Amphipoda, Talitridae) from Chilika Lagoon, east coast of India. Zootaxa, 5493 (5): 590–598.

Choi J.-H.; Kim Y.-H. 2024. A new species of the genus Melita (Crustacea, Amphipoda, Melitidae) and a new record for Melita shimizui from Korean Brackish Waters. Zootaxa, 5551(3): 512–530.

Copilaş-Ciocianu, D.; Prokin, A.; Esin, E.; Shkil, F.; Zlenko, D.; Markevich, G.; Sidorov, D. 2024. The subarctic ancient Lake El’gygytgyn harbours the world’s northernmost ‘limnostygon communityʼ and reshuffles crangonyctoid systematics (Crustacea, Amphipoda). Invertebrate Systematics, 38: IS24001. 

Do Nascimento, P. S.; Serejo, C. S. 2024. New findings of the family Pardaliscidae from the southwestern Atlantic: the genus Halicoides Walker, 1896. Zootaxa, 5481(5): 501–519.

Garcia Gómez, S. C.; Myers, A. A.; Avramidi, E.; Grammatiki, K.; Ⅼymperaki, M. M.; Resaikos, V.; Papatheodoulou, M.; Ⅼouca, V.; Xevgenos, D.; Küpper, F. 2024. A new species of Pontocrates Boeck, 1871 (Crustacea, Amphipoda, Oedicerotidae) from Cyprus. Zootaxa5474(1): 59–67.

Giulianini, P. G.; De Broyer, C.; Hendrycks, E. A.; Greco, S.; D’Agostino, E.; Donato, S.; Giglio, A.; Gerdol, M.; Pallavicini, A.; Manfrin, C. 2024. A new Antarctic species of Orchomenella G.O. Sars, 1890 (Amphipoda: Lysianassoidea: Tryphosidae): is phase-contrast micro-tomography a mature technique for digital holotypes? Zoological Journal of the Linnean Society, 201(3): zlae075. 

Hosein, S. G.; Zeina, A. F.; Soheir Abdel Kawy, S. A.; ElFeky, F. A.; Omar, N. R. 2024. A New Species of Vasco, Barnard and Drummond (1978) (Amphipoda:Phoxocephalidae) from the Egyptian Red Sea Coast. Egyptian Journal of Aquatic Biology & Fisheries, 28(4): 1643–1654.

Kaim-Malka, R. M. 2024. A new species of the family Leucothoidae (Crustacea, Amphipoda) from the Mediterranean Sea, Paranamixis fishelsoni sp. nov. Zootaxa, 5463(3): 441-450.

— Kodama M.; Mukaida Y.; Hosoki T. K.; Makino F.; Azuma T. 2024. A new species of the genus Podoceropsis Boeck, 1861 (Crustacea: Amphipoda: Photidae) from Kagoshima Bay, Japan. Plankton & Benthos Research19(3): 141–152.

Labay, V. S. 2024. Vonimetopa longimana sp.n. (Crustacea: Amphipoda: Stenothoidae), a new amphipod species from the Russian coasts of the Sea of Japan. Arthropoda Selecta, 33(4): 527–535.

— Lee C.-W.; Min G.-S. 2024. Two new species of Pseudocrangonyx (Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from the hyporheic zones in South Korea. Zootaxa5433(2): 249–265.

— Limberger, M.; Castiglioni, D. S.; Santos, S. 2024. Description of one species of freshwater amphipod Hyalella (Crustacea, Peracarida, Hyalellidae) from the northwest region of the state of Rio Grande do Sul, Southern Brazil. Zootaxa, 5403(3): 331–345.

Lörz, A.-N.; Nack, M.; Tandberg, A.-H.S.; Brix, S.; Schwentner, M. 2024. A new deep-sea species of Halirages Boeck, 1871  (Crustacea: Amphipoda: Calliopiidae) inhabiting sponges. European Journal of Taxonomy930: 53–78.

Mamaghani-Shishvan, M.; Akmali, V.; Fišer, C.; EsmaeiliRineh, S. 2024. Two New Species of Stygobiotic Amphipod Niphargus (Amphipoda: Niphargidae) and their Phylogenetic Relationship with Other Congeners from Iran. Zoological Studies, 63:e23.

Mirghaffari, S. A.; Esmaeili-Rineh, S. 2024. Two new species of groundwater-inhabiting amphipods belonging to the genus Niphargus (Arthropoda, Crustacea), from Iran. Zoosystematics and Evolution, 100(2): 721–738. 

Mussini, G.; Stepan, N. D.; Vargas, G. 2024. Two new species of Hyalella (Amphipoda, Dogielinotidae) from the Humid Chaco ecoregion of Paraguay. ZooKeys, 1191: 105–127.

Navarro‑Mayoral, S; Gouillieux, B.; Fernandez‑Gonzalez, V.; Tuya, F.; Lecoquierre, N.; Bramanti, L.; Terrana, L.; Espino, F.; Flot, J.-F.; Haroun, R.; Otero‑Ferrer, F. 2024. “Hidden” biodiversity: a new amphipod genus dominates epifauna in association with a mesophotic black coral forest. Coral Reefs

Ortiz, M.; Winfield, I.; Chazaro-Olvera, S. 2024. A new genus and species of Eusiridae (Crustacea, Amphipoda, Amphilochidea) from bathyal sediments off the southwestern Gulf of Mexico. Zootaxa, 5468(3): 569–580.

Patro, S.; Bhoi, G.; Myers, A. A.; Sahu, S. 2024. A new species of amphipod of the genus Parhyale Stebbing, 1897 from Chilika Lagoon, India. Zootaxa, 5410(3): 376–383.

Pérez-Schultheiss, J.; Fernández, L. D.; Ribeiro, F. B. 2024. Two new genera of coastal Talitridae (Amphipoda: Senticaudata) from Chile, with the first record of Platorchestia Bousfield, 1982 in the southeastern Pacific coast. Zootaxa, 5477(2): 195–218.

SOSA; Brandt, A.;, Chen, C.; Engel, L.; Esquete, P.; Horton, T.; Jażdżewska, A. M.; Johannsen, N.; Kaiser, S.; Kihara, T. C.; Knauber, H.; Kniesz, K.; Landschoff, J.; Lörz A.-N.; Machado, F. M.; Martínez-Muñoz, C. A.; Riehl, T.; Serpell-Stevens, A.; Sigwart, J. D.; Tandber,g A. H. S.; Tato, R.; Tsuda M.; Vončina, K.; Watanabe H. K.; Wenz, C.; Williams, J. D. 2024. Ocean Species Discoveries 1–12 — A primer for accelerating marine invertebrate taxonomy. Biodiversity Data Journal, 12: e128431. 

Souza-Filho, J. F.; Guedes-Silva, E.; Andrade, L. F. 2024. Four new species and two new records of deep-sea Amphipoda (Crustacea: Peracarida) from Potiguar Basin, north-eastern Brazil. Journal of Natural History, 58(41–44): 1615–1655.

Stewart, E. C. D.; Bribiesca-Contreras, G.; Weston, J. N. J.; Glover, A. G.; Horton, T. 2024. Biogeography and phylogeny of the scavenging amphipod genus Valettietta (Amphipoda: Alicelloidea), with descriptions of two new species from the abyssal Pacific Ocean. Zoological Journal of the Linnean Society, 201, zlae102.

Stoch, F.; Citoleux, J.; Weber, D.; Salussolia, A.; Flot, J.-F. 2024. New insights into the origin and phylogeny of Niphargidae (Crustacea: Amphipoda), with description of a new species and synonymization of the genus Niphargellus with Niphargus, Zoological Journal of the Linnean Society, 202(4). zlae154. 

Stoch, F.; Knüsel, M.; Zakšek, V.; Alther, R.; Salussolia, A.; Altermatt, F.; Fišer, C.; Flot, J.-F. 2024. Integrative taxonomy of the groundwater amphipod Niphargus bihorensis Schellenberg, 1940 reveals a species-rich clade. Contributions to Zoology, 93(4): 371–395.

Tandberg, A. N. S.; Vader, W. 2024. Description of a new species of Stenula Barnard, 1962 (Amphipoda: Stenothoidae) from British Columbia, Canada associated with Bouillonia sp. (Cnidaria: Hydrozoa: Tubulariidae), with a key to the world species of StenulaJournal of Crustacean Biology, 44, ruae036.

Thacker, D.; Myers, A. A. Trivedi, J. N. 2024. On a small collection of Maeridae Krapp-Schickel, 2008 (Crustacea: Amphipoda) from Gujarat, India. Zootaxa, 5474(5): 563–583.

Thacker, D.; Myers, A. A.; Trivedi, J. N.; Mitra, S. 2024. On a small collection of amphipods (Crustacea, Amphipoda) from Chilika Lake with the description of three new species and a new genus. Zootaxa, 5446(3): 383-404.

Tomikawa K.; Yamato S.; Ariyama H. 2024. Melita panda, a new species of Melitidae (Crustacea, Amphipoda) from Japan. ZooKeys, 1212: 267–283. 

Wang Y.; Sha Z.; Ren X. 2024a. One new species of Stegocephalus Krøyer, 1842 (Amphipoda, Stegocephalidae) described from a seamount of the Caroline Plate, NW Pacific. ZooKeys, 1195: 121–130. 

—  Wang Y.; Sha Z.; Ren X. 2024b. Taxonomic exploration of rare amphipods: A new genus and two new species (Amphipoda, Iphimedioidea, Laphystiopsidae) described from seamounts in the Western Pacific. Diversity, 16(9): 564pp. 

Weston, J. N. J.; González, C. E.; Escribano, R.; Ulloa, O. 2024. A new large predator (Amphipoda, Eusiridae) hidden at hadal depths of the Atacama Trench. Systematics and Biodiversity, 22:1, 2416430. 

Xin W.; Zhang C.; Ali, A.; Zhang X.; Li S.; Hou Z. 2024. Two new species of Sarothrogammarus (Crustacea, Amphipoda) from Swat Valley, Pakistan, Zootaxa, 5432(4): 509–534.


<その他参考文献>

有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』.海文堂,東京.160頁.ISBN 9784303800611.

Brandt, A.; Chen, C.; Tandberg, A. H. S.; Miguez-Salas, O.; Sigwart, J. D. 2023. Complex sublinear burrows in the deep sea may be constructed by amphipods. Ecology and Evolution, 13: e9867. 


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<補遺>28-xii-2024

— Copilaş-Ciocianu, Prokin, Esin, Shkil, Zlenko, Markevich, Sidorov (2024) を追加


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<補遺2>17-ii-2025

— Stoch, Knüsel, Zakšek, Alther, Salussolia, Altermatt, Fišer, and Flot (2024) を追加 

2024年6月29日土曜日

まんが王国はヨコエビ王国たるか(6月度活動報告)

 

 日本動物分類学会大会に参加しました。

 論文化されていない未発表の内容も含まれるため、発表についてこの場で言及することは避けますが、第n回全日本端脚振興協会懇親会(仮称)や、第n回日本端脚類評議会和名問題対策チームミーティング(仮称)、サシ飲みなどが併催され、盛況を極めました。牛骨ラーメンと猛者エビとらっきょううまい。




日本端脚審議会和名分科会(仮称)報告

 このたび、本邦に産しないヨコエビの分類群に対して個別の和名は提唱せず、学名のカタカナ表記揺れへの配慮を行うという今後の方針が示されました。属では以下のような先例があります。

  • タリトルス Talitrus (朝日新聞社 1974)
  • ニファルグス Niphargus (朝日新聞社 1974)
  • アカントガンマルス Acanthogammarus (山本 2016;富川 2023)
  • ディケロガマルス Dikerogammarus(環境省 2020)
  • アマリリス Amaryllis(大森 2021)
  • オルケスティア Orchestia(大森 2021)
  • ヒヤレラ Hyalella (大森 2021)
  • プリンカクセリア Princaxelia(石井 2022;富川 2023)
  • ヒアレラ Hyalella (広島大学 2023;富川 2023)
  • ディオペドス Dyopedos(富川 2023)
  • ミゾタルサ Myzotarsa(富川 2023)
  • パキスケスィス Pachyschesis(富川 2023)
  • ガリャエウィア Garjajewia(富川 2023)

 ラテン語をバックグラウンドとする学名に画一的な読みを与えカタカナで表記するのは言語学的に難しい部分がありそうですが、幸い日本はローマ字に親しんでいるので、古典式に近い読みを無理なく直感的に発音できる素地はある気がします。

 現状既に Hyalella属 については「ヒアレラ」(広島大学 2023;富川 2023)と「ヒヤレラ」(大森 2021)という異なる読みがあてられており、今後はこういった差異の調整が必要となってくるものと思われます。

 また、過去に日本から報告されていた種が移動してしまい、和名提唱後に本邦既知種が不在になったグループというのもあります。移動先の分類群が、新設されたり本邦初記録だったりすれば和名を移植すれば事足りますが、既に和名があった場合、元の分類群に和名が取り残される感じになります。厳密には和名を廃してカタカナ読みを当て直すべきですが、分類というものはコロコロ変わるので、また戻ってきたり、別の種が報告されたりする可能性もあり、都度改めて和名を提唱するというのは無用な混乱に繋がる気がします。この辺をどう扱うかは更なる議論が必要かもしれません。

  • シンヨコエビ科 Neoniphargidae:コジマチカヨコエビ Eoniphargus kojimai が含まれていたが、後の研究で ナギサヨコエビ科 Mesogammaridae へ移されたため、本邦未知科となった。
  • カワリヒゲナガヨコエビ属 Pleonexes:コウライヒゲナガ Ampithoe koreana が含められていたが、後の研究でヒゲナガヨコエビ属へ移されたため、本邦未知属となった。

 なお、本邦に自然分布しないと判明しているグループ(フロリダマミズヨコエビ、ツメオカトビムシなど)にも和名は提唱されています。将来的に日本への侵入・定着が起これば、ディケロガマルスなどにも和名が提唱される可能性があります。



T県F海岸

 学会は午後からなので、午前は採集を行うことにします。潮回りは気にせず、ハマトビムシを狙う感じです。

 

とても細かな白砂です。
どうやら花崗岩の風化砕屑物が形成している砂浜のようです。


Trinorchestia sp.
恐らく今日本で一番種同定が困難、
というか不可能なハマトビムシでしょう。
完璧な標本が手元にあっても無理です。
詳細はこちら


メスばかりでよくわかりませんがおそらくヒメハマトビムシ属Platorchestia?
背中に見たことの無いバッテンがついてます。

 なかなか巡り会えずボウズの予感に打ち震えましたが、汀線際の濡れている漂着物の周りにいました。房総や熱海のパターンを思い出します。しかし、ヒゲナガハマトビムシとヒメハマトビムシが混ざっているのはあまり見た覚えがありません。

 他のハマトビムシは採れず。バスの本数がヤバいので撤収。





T県U海水浴場

 学会後に最干潮となるので、夕方から採集を行うことにします。といっても日本海側で小潮なので、ちょっと出れば御の字です。

 天気も微妙な感じで駐車場に若干の余裕が感じられましたが、展望台には人が多く、ヨコエビスト一行はかなり浮き気味…。



 小潮でしたが、引く範囲でも様々なタイプの基質を見られる、変化に富む海岸でした。少し歩いただけでヨコエビ相ががらりと変わる、なかなかポテンシャルの高い自然海岸といえます。


Ampithoe changbaensis は褐藻についていました。
近々和名を提唱したいです。


コウライヒゲナガ Ampithoe koreana
磯的環境の緑藻上だとよく見かけます。


ユンボソコエビ属 Aoroides
なぜか状態よく採れました。


何らかの カマキリヨコエビ属 Jassa


Parhyalella属が結構採れました。
本属の日本における分布情報は文献として出版されたことはないはず。
ちなみに江ノ島で採れた本属は未記載種だったので、
ここのも怪しいです。


日本海沿いだけどオス第7胸脚の太さからすると
タイヘイヨウヒメハマトビムシ Platorchestia cf. pacifica と思われる。
未記載だとしても驚きはない。 


ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis でした。

 10科13属くらいは採れました。大潮の時はさぞかし、といったところ。ヨコエビ王国の資格あり、と言ってよいでしょう。



あとこれなに…?



<参考文献・サイト>

朝日新聞社 [編] 1974. 週刊世界動物百科 (181). 朝日新聞社.

広島大学 2023.【研究成果】ペルー北部の温泉から新種ヨコエビ発見. (プレスリリース)

石井英雄 2022.『深海の生き物超大全』.彩図社,東京.359 pp. [ISBN: 9784801305861]

大森信 2021. 『エビとカニの博物誌―世界の切手になった甲殻類』. 築地書館, 東京. 208pp. ISBN978-4-8067-1622-8 

環境省 2020. 報道発表資料「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令の一部を改正する政令」の閣議決定 について. (2020年09月11日)

富川光 2023. 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』. 広島大学出版会, 東広島. 198pp. ISBN:978-4-903068-59-6

山本充孝 2016. (280)極寒 バイカル湖の生き物. 2016年12月10日 00時44分 (10月17日 13時23分更新). 中日新聞.

2023年10月2日月曜日

アスワメクラヨコエビ(2023年10月度活動報告その1)

 

 福井の博物館でヨコエビを見れるとのことなので、ついでに採集もしようと出かけていきました。



<F県M海岸採集>

 

なかなか良さげな海岸ですね。

 打ち上げ海藻と松林。ちょっと岡山に似ている感じもします。この引っ込んだ砂浜と植生の感じ、犬島南岸ぽい。ということは、狭義のヒメハマトビムシ(広義のDemaorhestia joi)(※補遺)もワンチャンあるか…?


 堤防には特に何もありません。アオノリ的なサムシングをガサガサするとエビ(十脚)。


 砂を掬ってみると粒径は粗め。まずい。ナミノリソコエビ狙いでしたが、これはボウズの公算大です。ヒサシソコエビやクチバシソコエビならあるいは…


 ダメだ。全く採れない。


 打ち上げ物を徐にめくってみます。 

 信じがたい。何もいない。

 小雨パラつくハマトビ日和じゃぁないのか?


 潮間帯上部はヨシの枯死体が優占し、汀線際はホンダワラ類やらミルやらが見られますが、かなりオオカナダモの割合が多く、陸域からの供給が多いものと考えられます。

 砂浜で拾った褐藻なんかをガサガサしてみても、何も出ません。ヨコエビだけしか視認できない変態知覚を有しているわけではなく、ゴカイ、巻き貝、メガロパ、コペなどもいません。あらかた波に洗われて、元々付いていた表在ベントスは落ちてしまうのでしょう。


 熱海の経験を思い出して堤防近くのヨシをめくってみると。


 おるやん。



 検索表からするとニホンヒメハマトビムシですが、オスの第7胸脚は肥大化しません。第1尾肢の棘数や触角の太さからすると、オカトビ系ということはなさそう。あまり大きな個体が採れなかったので、胸脚の発達が弱いだけか、あるいは…


 あとは最後の希望をかけて、堤防に挟まった諸々の藻屑を漁ります。


?フサゲモクズ Ptilohyale cf. barbicornis

 オスが採れたのは良いものの、成熟してないようであまり形態形質がはっきりしません。なお、フサゲモクズは潮間帯上部に棲息する本邦最普通種です。

 そういうことか。

 硬質基質のクラックや付着物の隙間に細々と暮らすフサゲモクズだけがこの海岸に棲めるヨコエビであって、攪乱の大きい砂浜は潜砂性種にとって良い環境ではないようです。





<福井市自然史博物館>

 こちらの記事で、22日までアスワメクラヨコエビ (Shintani et al. 2023) の展示をしてるとのことだったので、のぞいてみました。

 年内に新種記載されたばかりの生物を生体展示というのがそもそもしょっちゅうあることではないのですが、それが洞窟性の小型甲殻類となると相当レアな試みだと思います。


博物館はほぼ山頂のような場所にあります。



 どうやら、昆虫展の一角でやってるみたいです。


 これは…



おるおる。

 アスワメクラヨコエビ Pseudocrangonyx asuwaensis と初対面。

 洞窟性種なので、この時期に室内展示するため常に冷却を要するVIP待遇となっております。

 折しも本日、共同通信はじめ産経新聞などで報道がありましたが、食性については推測の域を出ませんね。富川先生から以前お伺いした話からすると、バクテリア食という線が濃厚な気がします。

 「新種認定」とか、ところどころ表現が気になるものの、かなり「真面目に騒いでる」感じが伝わってきます。

 発見場所である足羽山というのは、沖積平野に頭を出している「氷河時代の削り残し」で、ここに産する地下性動物というのは他と隔離されて独自の歴史を歩んできたものと考えられ、大変貴重な存在といえます。そういった足羽山の洞窟生態系の特異性がこの博物館の1つのテーマになっていて、今回もそれに沿った構成になっていました。


 それにしても…



 (アスワ)メクラヨコエビに言及したパネルだらけです。

 それに限らず、足羽山で量的に優占するのか、陸棲ヨコエビも他博物館に比べるとかなり扱いが良い雰囲気。


常設展の土壌動物コーナーにオカトビがいます。パネルの属位は古いようです。

 あと、入り口で売っていた図録、何気なくパラパラしていたら、半分以上にヨコエビが載っていて思わず爆買いしてしまった。




 もうこれは、福井は恐竜王国,蕎麦王国に次いで「ヨコエビ王国」でもあると言っても過言ではないのでは(過言です)。


 慌ただしい初福井でしたが、ヨコエビ収率が悪かったことを除けばかなりの充実度でした。ここまでヨコエビを堪能できる博物館があるとは(しかも海産はノータッチ)。福井のヨコエビリティの全貌を把握するには至りませんでしたが、いくらなんでも潮間帯~潮上帯で10種を切ることはないのではと思います。ご縁があれば調査してみたいとこではあります。


 

<補遺>

 “ヒメハマトビムシ“に対応する学名は Demaorhestia joi とされていますが(=狭義のヒメハマトビムシ)、「真の D. joi」といえる大陸個体群に対して、約20年にわたり同種とされていた台湾個体群が D. pseudojoi という別種にされました (Lowry and Myers 2022) 。これら2つの個体群と同種と考えられていた日本個体群について十分な検討は行われておらず、厳密にはどっちつかずという状況です。大陸と同種か、台湾と同種か、あるいは全く別の種か、はたまたこれらは結局同種なのか…。

 日本個体群が過去に D. joi と同定された経緯は間違いなくあり、現状それを覆せる証拠もないことから、消極的に踏襲しているという意味での「広義の D. joi」です。ただ、積極的に支持する証拠もまたありません。



<参考文献>

 Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa5100(1): 1–53.

— Shintani A.; Umemura S.; Nakano T.; Tomikawa K. 2023. A new species of the genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from subterranean waters of Japan. Zootaxa, 5301(3): 383–396. 

2023年9月6日水曜日

北のベンプラ(9月度活動報告)

 

 ベントス学会・プランクトン学会合同大会に参加しました。とっておきのネタが無かったわけでもないのですが、色々あって今回も聴講生です。すいません。


 平日から函館というハードめのスケジュールですが、仕事をかなぐり捨ててやってきました。




 ちょっと天気が悪いですね。

 函館は、私と関係が浅くない某ヨコエビのタイプ産地でもあるため、どうしてもついでの採集を試みたいところ。



<朝採れヨコエビ>

 初日シンポジウムは午後スタートのため、朝イチで海辺を散策します。あいにくの雨です。

 砂浜には漁師さんがいます。漁師さんの仕事場にお邪魔させて頂くという意識は絶対に忘れてはいけないと思います。





 割と簡単に獲れる。

 

ナミノリソコエビ Haustorioides japonicus

 日本から初めて記載されたナミノリソコエビ科です (Kamihira 1977) 。

 夏季個体群なので小ぶりですね。それでも同時期のウスゲナミノリよりだいぶデカい印象です。


 あとは謎のハマトビムシ。ちょっとまだ細部を見れてませんが、成熟オスは採れてないっぽいので結局分からんかもです。




<聖地巡礼>

 夜の干潮を狙い、真の聖地に向かいます。



 波当たりが強い。

 湾の外にあたるためか、朝のポイントより遙かに激しいことになっています。

 いつものように胴長で腰高まで浸かると間違いなく波に飲まれてヨコエビの餌ですので、今日は脛の二割を超えないよう動きます。


 砂浜には照明を設置(誑かす砂上の月光ハマトビキャッチャー)。LEDでも集まることは和歌山で確認済み。北海道の「ヒメハマトビムシ」は恐らく全て未記載なので、この機会に姿を拝みたいところ。




 しかし、この暗がりでも分かる、ヒゲナガハマトビの気配。灯りを付けると20ミリ級の巨躯が次々現れます。カッコいいヨコエビではありますが、呼んでない…


ヒゲナガハマトビムシ属の何か Trinorchestia sp.


 ヒゲナガハマトビの種分類は混沌としており、既存の同定形質の設定に無理があるため、タイプシリーズを見るしか解決手段はありません。1種にまとまるのか、はたまたとんでもない種多様性が内包されているのか。ペンディング案件のため3、4個体だけ持ち帰らせてもらいます。


 波打ち際ではなんとかナミノリソコエビを少数確保。粒径はかなりムラがあり、生息適地の微環境を探るのにコツがいりそうです。暗いと猶更。


 

<全日本端脚類交流会道南分科会>

 学会大会後の恒例のやつです。

 北大における潮間帯のフィールドといえば厚岸のイメージが強いですが、西側にもサイトがあり、こういったホームページで紹介されています。

 端脚類交流会で時々「カットシ」という言葉が出てきて、北海道にもケット・シー(アイルランド伝承の猫の妖精)がいるのかと思ったのですが、これは「葛登支(かっとし)」という地名で、今まで呑んでた学生さんたちは実は例のホームページを管理しているメンバーだったのでした。


 さて、特に頼まれてはいませんが、所感を述べたいと思います。

  • スンナリヨコエビ科の1種 Maeridae sp.:良好な写真のため属までの同定に支障はないと思います。Ariyama (2018, 2019a, 2019b, 2020) Ariyama et al. (2020)あたりをおさえると、すんなりいくかと思います。
  • フトヒゲソコエビ科の1種? Lysianassidae cf. sp.:Dactylopleustinae亜科にみえます。
  • チョビヒゲモクズ Hyale pumila Hiwatari & Kajihara, 1981:評判の芳しい論文ではありませんがさすがに20年も経つので、Bousfield and Hendrycks (2002) を参照したほうがいい気がします。この体系については本ブログでも取りあげました
  • ニッポンモバヨコエビ Ampithoe lacertosa Bate, 1858:概ね正しいと思いますが、ヨツデヒゲナガも採れる可能性があるので、近似種の整理は性別や成長度合いに左右されない複数形質をピックアップして、密に検証した方がよさそうです。
  • フサゲヒゲナガ?Ampithoe cf. zachsi Gurjanova, 1938:触角に毛が多いヒゲナガヨコエビ属には、フサゲヒゲナガのほかコウライヒケナガや Ampithoe shimizuensis なども候補になります。フサゲヒゲナガの原記載は咬脚がまだ変身を残しているように見えて仕方がないので、これも多角的な検討が必要です。
  • ヒゲナガヨコエビ科の1種 Ampithoidae sp.:わたしもこの類は不案内ですが、オオアシソコエビ属 Pareurystheus のようです。

 なお、近年のヒゲナガヨコエビ科を理解する上では Peat (2007) や Peat and Ahyong (2016) などが重要です(注:最新の処遇ではありませんが大枠として)


 あと、サンプルももらいました。


ヒゲナガヨコエビを頂きました。
こんなんなんぼあってもええですからね。
(メスのため同定困難、モズミっぽいが本州と模様が異なる)


 かなり端脚の発表が多く、また多くの若手に会うことができました。ベントスそしてヨコエビの未来は明るい。

 プランクトンの発表も聴く機会があり、大変美味しい学会でした。皆様お疲れ様でした。



〈参考文献〉

— Ariyama H. 2018.  Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 1: genera Maeropsis Chevreux, 1919 and Orientomaera gen. nov. (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4433(2).

— Ariyama H. 2019a. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 2: genera Austromaera Lowry & Springthorpe, 2005 and Quadrimaera Krapp-Schickel & Ruffo, 2000 (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa, 4554(2).

— Ariyama H. 2019b. Two species of Ceradocus collected from coastal areas in Japan, with description of a new species (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4658(2): 297–316.

— Ariyama H. 2020. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 3: genera Maera Leach, 1814, Meximaera Barnard, 1969 and Orientomaera Ariyama, 2018 (addendum), with a key to Japanese species of the clade (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4743(4): 451–479.

— Ariyama H.; Kodama M.; Tomikawa K. 2020. Species of the Maera-clade collected from Japan. Part 4: addenda to genera Maera Leach, 1814 and Quadrimaera Krapp-Schickel & Ruffo, 2000, with revised keys to Japanese species of the clade (Crustacea: Amphipoda: Maeridae). Zootaxa4885(3): 336–352.

— Bousfield, E. L.; Hendrycks, E. A. 2002. The talitroidean amphipod Family Hyalidae revised, with emphasis on the North Pacific Fauna: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 3(3): 7–134.

— Kamihira Y. 1977. A new species of sand-burrowing marine amphipods from Hokkaido, Japan. Bulletin of the Faculty of Fisheries, Hokkaido University, 28(1): 1–5. pls.I–V.

— Peat, R. A. 2007. A review of the Australian species of Ampithoe Leach, 1814 (Crustacea:  Amphipoda:  Ampithoidae)  with  descriptions  of  seventeen new species. Zootaxa1566: 1-95.

— Peat, R. A.; Ahyong, S. T. 2016. Phylogenetic analysis of the family Ampithoidae Stebbing, 1899 (Crustacea: Amphipoda), with a synopsis of the genera. Journal of Crustacean Biology36(4): 456–474 .