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2025年1月22日水曜日

書籍紹介『深海生物生態図鑑』(1月度活動報告)

 

 美しい写真が満載の書籍が出ました。



— 藤原義弘・土田真二・ドゥーグル・J・リンズィー(写真・文)2025.『深海生物生態図鑑』.あかね書房,東京.143 pp. ISBN:978-4-251-09347-9 

(以下,藤原ほか2025)


藤原ほか(2025)を読む

 さっそくですが、掲載されている端脚目は以下の通りです。

  • テンロウヨコエビ属の一種 Eusirus cuspidatus
  • ワレカラ属の一種 Caprella ungulina
  • ホテイヨコエビ科の一種 Cyproideidae gen. sp.
  • フトヒゲソコエビ上科の一種 Lysianassoidea (fam. gen. sp.)
  • テングウミノミ科の一種 Platyscelidae gen. sp.


 私はこのうち「フトヒゲソコエビ上科の一種」の同定に協力したのですが、こうして見ると学名の表記に難ありですね(括弧に補足しました)。申し訳ない。誰でも言えるような結果に落ちていますが、ちゃんと見るところは見た上で、全球を視野に手順に沿って検討しています。咬脚の形状などを総合的に判断してタカラソコエビ科かツノアゲソコエビ科のどちらかだと思いましたが、私の力量では写真同定には至りませんでした。機会があればいつか実物を確認して結論を出せればと思ってはいます。

 というか、こんな重厚な趣の本の本文中に同定責任者として載ることになるとは、思ってもみませんでした(巻末にちょろっと名前が出ればいいかなくらいのつもりでした)。個人的には、あらゆる出版物に正確なヨコエビの記述されること以外に興味はないつもりでいたのですが、さすがに少しビビりました。


 テンロウヨコエビ属が「海の掃除屋」と紹介されていますが、個人的にこの属をはじめとするテンロウヨコエビ科のかなりの部分は、死骸を食べる「スカベンジャー」よりも他の小さな生物を捕まえる「プレデター」という紹介が合っているではと思っています。確定的なことは何もいえませんが、Lörz et al. (2018) にそういった記述があるほか、同じ科のリュウグウヨコエビ属の一種 Rhachotropis abyssalis (Lörz et al. 2023)、ドゥルシベラ・カマンチャカ Dulcibella camanchaca なんか (Weston et al. 2024) は捕食性と推定されています。また、テンロウヨコエビ属は藤原ほか(2025)にもあるように咬脚がボクサーのような特殊な形状になっていて、これは可動域からみて、咬脚を突き出すのと同時に腕節の接続部が滑らかに動くことで、指節と前節を素早く閉じるような機構になっているのではと思います。この動きは捕食と関係しそうです。ただし、科は違いますが魚と思われる組織に混じって木屑や多毛類のような断片が消化管内から発見されている深海性ヨコエビもいる (Barnard, 1961) ので、死骸に集まるヨコエビの食性は実際のところかなり流動的なのだろうとも思います。

 ワレカラ属の一種は Takeuchi et al. (1989) で再記載されたりしており、界隈では少し名の知れた種かもしれません。本文中にあるように、複眼など生態写真ならではの情報が含まれているのは貴重です。


 見たところ藤原ほか(2025)に掲載された端脚目は全て固定前の写真のように見え、他の分類群も(詳しくないので推測ですが)多くが生時あるいは絶命して間もない個体を使用しているように見えます。「深海生物図鑑カレンダー」の定期購入者であればどこかで見たことのある写真もあるかもしれませんが、ハードカバーに厚口ページの堅牢製本で全面グラビアカラー印刷、これだけしっかり作られた大判の写真集で定価¥6,000-ですから、当方としてはものすごくお買い得に思えます(このサイズ感の学術図鑑だと2万はしそう)(比較対象がおかしい)

 「生態」図鑑と銘打ちつつ、ヨコエビの生態についてこれといった見解が示されていない部分は、読者によっては消化不良となりそうです。が、実際のところ学術研究がそこまで進んでないのでどうにも仕方ないです。一般層としてはやはり「何を食べているか」みたいな部分は生態情報として真っ先に興味の対象となる部分かと思うので、近縁種の情報からこのへんをもう少し引っ張ってきてもよかったかもしれません。もちろん科や属の中でも食性の幅はあるので、どこまで適用できるかは慎重になるべきとは思いますが。

 JAMSTECの研究者による執筆なので、最後に海洋汚染問題とそれに対して海洋研究が果たす役割や、一般読者が深海生物にアクセスできる方法なんかを紹介しています。ページを幾度も繰りながら深海生物の生き様に想いを馳せるのも一興、この本を入り口に深海生物推しの深みにはまっていくのもまた一興、といった造りになっています。



<参考文献>

Barnard, J. L. 1961. Gammaridean Amphipoda from depths of 400–6000 meters. Galathea Report, 5: 23–128.

Lörz​, A.-N.; Jażdżewska, A. M.; Brandt, A. 2018. A new predator connecting the abyssal with the hadal in the Kuril-Kamchatka Trench, NW Pacific. PeerJ, 6: e4887. 

Lörz, A. N.; Schwentner, M.; Bober, S.; Jażdżewska, A. M. 2023. Multi-ocean distribution of a brooding predator in the abyssal benthos. Scientidic Report, 13: 15867.

Takeuchi I.; Takeda M.; Takeshita K. 1989. Redescription of the Bathyal Caprellid, Caprella ungulina MAYER, 1903 (Crustacea, Amphipoda) from the North Pacific. Bulletin of The National Science Museum Series A (Zoology), 15(1): 19–28. 

Weston, J. N. J.; González, C. E.; Escribano, R.; Ulloa, O. 2024. A new large predator (Amphipoda, Eusiridae) hidden at hadal depths of the Atacama Trench. Systematics and Biodiversity, 22:1, 2416430. 

2023年11月18日土曜日

文化端脚類学 in 博クリ(11月度活動報告その3)

 

 来年で10年になるという、博物学ひいては蒐集趣味をテーマとした物販交流イベント「博物ふぇすてぃばる」。だいたい夏にやってるらしいのですが、冬には「博物クリスマス」という冬季版が例年開かれているらしく、そこにヨコエビにまつわる品を扱うブースがあると聞きつけ、出かけていきました。


 観光客でごった返す浅草。

 6階で小型動物の即売会があるみたいで、ハシゴする人もいるんだろうなと思いつつ、7階の会場へ向かいます。


 先週のデザフェスと比べてしまうと、だいぶこぢんまりとした会場で、端から端まで全部見れるので見落とし感がないのは嬉しいですね。デザフェス会場で見かけたのと同じ出展者さんのブースも4,5つありました。


 まずお目当てのヨコエビです。

 メンダコのベルの分銅として、ヨコエビがあしらわれているとのこと。メンダコの餌としてはやはりヨコエビがメジャーですね。




 いやもうデザインもそうだけど、音がめちゃくちゃいい。特に気に入った真鍮の大きめサイズを購入しました。

 華やかかつ軽やかで、良いレストランに入ったようなワクワク感を鳴らすたびに味わえる感じ。



 博物画(実物)を扱っているブースを発見。何せよ必要な資料はPDFで手に入る世の中で、已むに已まれず古い原書を取り寄せたこともありつつ、ロマン的なものも感じてきました。前から興味はあったのですが、検索できないのが不便でなかなか手が出ませんでした。今回は商品のボリュームがちょうどよく、また分類群ごとにまとめてくれていたので、わりとスムーズに探せました。

 本命の博物画の中に端脚類はありませんでしたが…

 脇に「タバコのトレーディングカード」という箱が。

 その時まですっかり忘れていたのですが、実に95年前のイギリスでタバコのオマケとして実際に流通してた「トレーディングカード」に、フクロエビ上目があしらわれたものがあったような。

 ソーティングする時なみの集中力で探します。


 おいおい。


 ワレカラさんだ!ほんとにあった!


 第2咬脚と背中に剛毛が多いですね。

 簡単に調べてみたくなりました。ここはどこのご家庭にもある「イギリスの磯生物のハンドブック」でも開いて確認してみましょうかね。



 形態が完全に一致するものは載ってませんが、この中では何となく、Caprella acanthifera がモデルになってる気がしますね。


 端脚類に関してはこんな感じです。

 新旧の文化端脚類的産物を同時に味わえる貴重な場でした。ぜひ今後もアンテナを張っていきたいと思います。



<参考文献>

— Hayward, P. J. 2022. 『Rock pools』. Naturalists' Handbooks 35. Pelagic Publishing, London. ISBN978-1-78427-359-0

2023年8月5日土曜日

海(8月度活動報告)

 

 今年の科博の夏休みのやつは「海」とのこと。海といえば当然ヨコエビが関わってくるわけで、覗いてきました。


 なかなかの人手です。


涼しげな看板


 生物の紹介パートに入って、いきなり海洋における線虫の暴力的な多様性が提示されました。もう他の多細胞生物のことがどうでもよくなってしまうレベルです。陸上にそのまま当てはまるものではないですが、いやはや、恐ろしい。


線虫すごいぜ



いました

 これらのヨコエビの画像はネットで散々見ていますが、今回の標本は固定方法なのかライティングなのか、節々の細部までかなり観察しやすく、身体の構造が非常にわかりやすいです。いつも置いてあるだけで御の字だったヨコエビですが、今回は実利として大満足です。それにしても、ダイダラボッチの第2,3尾節背面にある凹みというか2本の強いキールは、一体どんな機能を有しているのでしょう。



ヨコエビの視点(ハイパードルフィン)



ヨコエビの視点(ベイトランダー)


ダイダラボッチの群れ


 とりあえずダイダラボッチを買ってきました。


PN:胸節;PS:腹節;US:尾節;CX:底節板


 全体的に背腹扁平の作りになっていて、あまりヨコエビ感はありません。ぬいぐるみとして側方に平べったいのはちょっと親しみにくい部分もあるので、そういった設計なのではと思います。
 まず体節ですが、頭部のほか胸節7節と腹節3節に加えて、尾節が2節という編成のようです。実際のダイダラボッチは尾節が3節ありますが、互いに被っている部分がありそういったビジュを表現したものと思われます。
 胸脚は7対あり、身体にくっついている底節板と概ね対応しています。これは実際のダイダラボッチと同じですが、第5底節板が異常に大きく、それ以降も、第1~4底節板と同じ深さになっています。また、第6胸節の下に潜り込んだ第7胸節の下から第6・第7底節板が生じており、これは現実のヨコエビの体制からは明らかに逸脱しています。
 二又の付属肢が、第3腹節と第1尾節から1対ずつ生じていますが、実際のヨコエビにおいて腹肢と尾肢は形状が違います。これは恐らく第1尾肢と第2尾肢を表現したもので、この5節になっている尾体部というのは、尾節をオミットしたというより、腹節をオミットしたのかもしれません。その後ろには3対の三角形の棘を有したフリルがありますが、もしかすると尾端にある二又の尾節板と、それに続く二又の第3尾肢を表現しているのかもしれません。
 

 そしてもう一つ、猿田彦珈琲から出ている「超深海ブレンド」。1箱に5袋入っていますがそのうち2つがカイコウオオソコエビとダイダラボッチという、ちょっと正気ではない編成です。6,000m以深に住んでる目に見えるサイズの動物がそんなもんなので、当然の帰着かもしれません。


※深海生物由来の成分は含まれません


5袋中2袋がヨコエビという異常グッズ。


他の3袋はこれ。


 猿田彦といえば天狗のような風貌の国津神ですが、今後はテングヨコエビをモチーフにしたコーヒーなんかを作ってくれないですかね(無理筋)。


 ヨコエビ成分は少なく、また今日は混みまくっていてじっくり見れていない部分もありますが、副題の「生命のみなもと」に内包される多様な意味合いが興味深い構成となっていました。まだの方はぜひ足を運んでみてください。


 

<おまけ>


いつもの。

 Gammarus sp. とありますが、どう見ても Hyalella あたりなんですよね。


2023年3月27日月曜日

書籍紹介『深海の生き物超大全』(3月度活動報告その3)


 最近フィールドに出ていないこともあり書籍紹介が続いています。

 今回は『深海の生き物超大全』(以下、石井 2022)です。

 こういった書物も昔は片っ端から目を通していたのですが、ヨコエビに関して押並べて洗練される気配がないこともあってしばらくスルーしてました。


359ページにわたって
全613種のオリジナルカラーイラストが載って2600円。
正気の沙汰ではありません。 


 タイトルや帯からして良い子のための教養書といった趣ですが、開いてみると単なる子供向けでないことがわかります。ルビが振ってあるわけでもなく、高校生以上対象の一般書を意図しているようです。


 掲載端脚類は以下の通りです(登場順)。

  • キタノコギリウミノミ Scina borealis
  • オオタルマワシ Phronima sedentaria
  • オニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas
  • マルフクレソコエビ Stegocephalus inflatus
  • エピメリア ルブリエキュエス Epimeria rubrieques
  • カイコウオオソコエビ Hirondellea gigas
  • プリンカクセリア ヤミエソニ Princaxelia jamiesoni
  • ダイダラボッチ Alicella gigantea
  • オオオキソコエビ Eurythenes gryllus
  • カプレラ ウングリナ Caprella unglina
  • アビソドデカス スティクス Abyssododecas styx


 帯でも謳っていますが、一般書にカラーイラストとして登場したことがなさそうな種がかなり含まれています。

 この著者、どうやら二足の草鞋系イラストレーターらしいのですが、これだけの原稿を分筆せずまとめ上げるというのは只事ではありません。また当然端脚類の専門家ではないはずですが、少なくともここ10年くらいの分類体系・生態学的知見などを過不足なく把握していて、浮ついた誇張やこれといって間違った記述はみられませんでした。そのリサーチ力や記述力に驚かされます。類書の中で指折りの労作といえるでしょう。


 帯に同じ科がまとまっていて比較しやすいとありますが、目はことごとくバラバラになっています。生息環境ごとの章立てゆえ仕方ない部分もありますが、ページのデザイン上、目はかなり軽視されており、マイナー分類群を追いにくい構成となっています。

 分類群の名称については 石井 (2022) が出版された7月22日の1か月以上前(6月5日付)に「Eurytheneidae科」にはオキソコエビ科,「パルダリシダ科」にはミコヨコエビ科との和名が提唱されていますが(有山 2022)、反映させる術はなかったと思われますので、仕方のないことです。

 イラストは精密ですがあくまでインプレッション優先で描かれていて、第1触角の副鞭があり得ない場所から生えているように見えたり底節や基節の表現が一定しないなど、真に受けてはいけないポイントもあります。正確な姿を知りたい方は然るべき文献にあたるべきです。

 また、学名の仮名表記は独自に考えられたものでコンセンサスのあるものではなく、例えば E. rubrieques の種小名は「紅色+騎手/騎士」に由来するはずなので、読みは「ルブリエキュエス」より「ルブリエクェス」といった感じになるのではと。

 冒頭で最新の知見をもとにしていると言いつつ参考文献が皆無であること、(ヨコエビ以外でですが)属名の頭文字が小文字になっているところがあるなど生物学の書物として読む上での危うさや、「触角」をずっと「触覚」と表記しているなどエディタについても脇の甘さは気になるところです。


 昨今の二足の草鞋系クリエーターの勢いを象徴する一冊かと思います。どのくらい売れたのかは知りませんが、こういった量こそ質みたいな狂気の作品が出版されるのは喜ばしいことです。



<参考文献>

— 有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂,東京.160 pp. [ISBN: 9784303800611]

— 石井英雄 2022.『深海の生き物超大全』.彩図社,東京.359 pp. [ISBN: 9784801305861]


2021年7月31日土曜日

ヨコエビの寿司性に就ひての一考察(7月度活動報告)

 

  最近、アクアマリンふくしまのツイートがバズっていますね。

  展示している「ヒロメオキソコエビ」「ウオノシラミ属の一種」(しらみちゃん)が寿司に見えるという話で、過去に一世を風靡したカイコウオオソコエビも巻き込んで世間は寿司祭りの様相です。




 

※イメージ

 

 カイコウオオソコエビは長らく「エビの握り」と混同されてきましたが、しらみちゃんは「エビ」あるいは「サーモン」に見えます。ヒロメオキソコエビはさしづめ「えんがわ」か飾り包丁の入った「イカ」でしょうか。

 

 カイコウオオソコエビとしらみちゃんはともに「エビ」担当ですが、ずいぶんベクトルの違うエビに見えます。これはまさか・・・

 

 

 思った通りです。

 

 カイコウオオソコエビはおそらく、2012年にリリースされたこの記事に代表されるJAMSTECの写真が発端となって寿司説が流布したものと思われますが、その写真に見られるボディのツヤ感やローズピンクのムラ感、胸節表面を縦に走る筋の感じが、甘えびを2,3尾載せた握りによく似ています。

 一方、しらみちゃんは全体に黄色みが強く橙色に見え、背面に筋感はなくよりフラットです。これはボイルしたエビの開きを載せた握りによく似ています。

 

 これらが似ているのは、カイコウオオソコエビ(端脚目)やしらみちゃん(等脚目)と、寿司ネタのエビ(十脚目)が、同じ軟甲類というグループに属していて比較的近縁なせいだと思います。これに加えて、寿司に用いられるエビの身は第1~5腹節と尾節(尾肢と尾節板)に相当する部分で、これはそのままカイコウオオソコエビやしらみちゃんとも対応します。


 しかし、シャリは違います。寿司におけるシャリは、ネタであるエビとは分類学的にかなり遠いイネ(被子植物:単子葉類)の胚乳が人為的に付加されたもので、元々身体の一部をなしていた構造ではありません。

 カイコウオオソコエビにおけるシャリは、主に底節板より先の胸脚に相当するようです。一方、しらみちゃんの場合は底節板にわりと色がついていて、ネタ側に相当するように思えます。しらみちゃんのシャリは基節から先の胸脚と、保育嚢から構成されるようです(そう、しらみちゃんは女の子なんです!!)。


 

 思うに、以下のような要素が寿司性に寄与しているのではなかろうかと思います。

  • 上に色の濃い「ネタ」・下に白っぽい「シャリ」が位置する
  • プロポーションが一般的な寿司の範疇に収まる(幅:厚:長=1:2:2.5~4.5程度ではないでしょうか)
  • 「ネタ」の方が少し大きく、垂れ下がっている
  • 「ネタ」上面は平らで、横に筋がある
  • 「シャリ」下面は丸く、多少凹凸がある


 そういう要素を満たす動物は他にもいる気がします。例えば・・・

 


 ミズムシ(等脚目)はシャコ(口脚目)と同じ軟甲類に含まれるので、これも分類学的に近位であることと、形態的に相同であることが、寿司性の演出に寄与した例と思われます。

 ヒメアルマジロ(哺乳綱)については中トロ(マグロ:硬骨魚綱)と分類学的に遠く、相同性もありません。そのせいか、今回はガリ(被子植物:単子葉類)に助けを求めることとなりましたが、相当な寿司性を具えています。ヒメアルマジロは種小名に「truncatus」とある通り、尾部が切り落とされたような形状をしていますが、これがマグロのサクの感じとよく似ています。

 

 端脚目や等脚目は背側の殻が厚く、表面がごつごつしていたり、色素が多く含まれたりします。対照的に腹側や脚は殻の表面が平滑で色が薄めです。こういった条件は寿司への収斂を促す可能性があります。

 これからもまだまだ寿司性を具えたヨコエビやその仲間たちが見つかるかもしれません。もっと探してみたいと思います。



 

2020年11月29日日曜日

他の動物に棲み込み・共生を行うヨコエビ(11月度活動報告)


 ヨコエビは、隣接したニッチを行き来し幾度も適応を繰り返して多様化を遂げたという説を過去に紹介しました。

 海藻への適応では、他へ移動できないほど形態を変化させたグループ(ミノガサヨコエビ科 Phliantidae,ネクイムシ科 Eophliantidae 等)が知られていますが、動物へ寄生するヨコエビはやはり中途半端のように思われ、比較的容易に他のニッチへ移っていける状態のように見えます。

端脚類が付着する海産動物の模式図。

 

 ヨコエビ(Senticaudata,Hyperiopsidea,Amphilochidea,Colomastigidea の4亜目体制)では、付着生活に特化して遊泳力を犠牲にしたグループとしてワレカラの仲間が知られています。特に鯨類への付着に特化して身体を扁平に、歩脚を鈎状に変化させたクジラジラミは、ずば抜けて付着生活への適応が進んでいるといえましょう。
 端脚目 Amphipoda 全体でいえば、ヨコエビとは別にクラゲノミ亜目という外洋性のグループがおり、クラゲなど寒天質浮遊性動物に寄生しています。このグループの一部は幼生期をもつなど暮らしぶりが特殊化していて、ヨコエビより寄生生活に適応しているようです(変態することで「宿主の探索」と「成長・繁殖」という異なる目的にそれぞれ特化した身体構造を獲得できると思われます)。 




  しかし、こういったスペシャリストであっても、ある種の等脚類のように体節を喪失するレベルの適応は見せていません。

 このように付着生活へ特化しきれていないヨコエビですが、動物に付着する事例は世界中から報告され、近年も何本か論文が出ています。寄生も含めて、そういった話題を集めてみました。




魚類

 2019年、ネットを賑わせた寄生性ヨコエビが ジンベエドロノミ Podocerus jinbe です (Tomikawa et al. 2019)。この種は、美ら海水族館の生け簀で飼われていたジンベエザメの口内(鰓耙)に付着した状態で発見されました。鰓を通過する海水に含まれる有機懸濁物を頂戴して生活しているとされていますが、1個体に1,000匹もついていたとのことで本当に邪魔になっていないのか気になるところです。
 軟骨魚類については他に、北大西洋においてカッチュウヨコエビ上科の Lafystius sturionis Krøyer, 1842 が ガンギエイ grey skate をはじめとする多様なエイにつくことや、北大西洋および北太平洋においてはフトヒゲソコエビ上科の Opisa tridentata Hurley, 1963 がアブラツノザメ Squalus suckleyi につくことが知られています.同じくフトヒゲソコエビ上科に含まれるサカテヨコエビ科 Trischizostomatidae Trichizostoma raschi は クロハラカラスザメ Etmopterus spinax に寄生するとのことです (Benz and Bullard 2004)
 また、サカテヨコエビ属は Bathypterois phenax(イトヒキイワシ属の一種)などの硬骨魚類へ寄生する(Freire and Serejo 2004)ことも知られています。





爬虫類

 モクズヨコエビ科の Hyachellia が、アカウミガメとアオウミガメの体表から見つかっています (Yabut et al. 2014)。また、ウミガメドロノミ Podocerus chelonophilus というそのままの名前のやつもいます (Yamato 1992)
 ウミガメはワレカラやタナイスなどの生息基質として知られていますが、こういった小型甲殻類はウミガメの体表の溝に入り込んだり、生える海藻に付着しているようです。




脊索動物

 その名も「ホヤノカンノン(海鞘之観音)」というヨコエビは、ホヤ類の体表に埋没して生活しています。近縁のエンマヨコエビ科の各属とは、歩脚の先端が亜はさみ形になっていることで識別されるほど、属レベルで付着・埋没生活への適応がみられます。Foster and Thoma (2016) や 星野 (2020) で美麗な生態写真を見ることができます。




海綿動物

 経験上、マルハサミヨコエビ科 Leucothoidae や イソヨコエビ属 Elasmopus などが入っていたりします。海綿は、濾過食者として新鮮な水流やデトリタスを得やすい環境に定位しやすいと思われ、棲み込みだけでなくデトリタス食ヨコエビの足場としても利用されやすい気がします。

 文献ではセバヨコエビ科 Sebidae の記録が散見され、Seba alvarezi セバヨコエビ属の一種 (Winfield et al. 2009) が棲み込むことが知られています。

 ネット上では、ツツヨコエビの一種が付着する様子が紹介されていたりします(asturnatura.com)。

 また、アシマワシヨコエビ Maxillipius rectitelson が乗っかっている写真もあります (星野 2020)




刺胞動物

 刺胞動物と共生するには毒の銛を克服する必要があるように思えますが、タテソコエビ科 Stenothoidae との親和性が高くわりと事例が報告されているようです (Marin and Sinelnikov 2018; 星野 2020)。ヒメイボヤギ Tubastraea coccinea にマルハサミヨコエビ属 Leucothoe とタテソコエビ属 Stenothoe が付着するとの報告もあります (Alves et al. 2020)
 イソバナ Melithaea flabellifera にはテングヨコエビ科のイソバナヨコエビ Pleusymtes symniotica が付着することが知られています (Gamô and Shimpo 1992)。

 深海イソギンチャク Bolocera tuediae からは、フトヒゲソコエビ類の一種 Onisimus turgidus が見つかっています (Vader et al. 2020)。 

 クダウミヒドラ類には、マスト形成ヨコエビである キシシャクトリドロノミ Dulichia biarticulata がマストを形成して付着する様子が観察されています (星野 2020)

 

 



軟体動物

 タテソコエビ科の Metopa alderiiMe. glacialis と、ツノアゲソコエビ属の一種 Anonyx affinis は、Musculus discorsMu. laevigatusMu. niger などの二枚貝の中に入り込むことが知られているようです (Just 1983; Tandberg, Schander and Pleijel 2010; Tandberg, Vader and Berge 2010)。生態写真はベルゲン大学博物館のブログで見ることができます。




棘皮動物

 著名なところでは、シャクトリドロノミ属の一種 Dulichia rhabdoplastis が、ハリナガオオバフンウニ Mesocentrotus franciscanus のトゲの先にマストを作る事例が知られています(Invertebrates of the Salish Sea)。

 ロス海では「南極ウニ」の一種 Sterechinus neumayeri に付着するフトヒゲソコエビ類 Lepidepecreella debroyeri が発見されています (Schiaparelli et al. 2015)
 エゾテングノウニヤドリ Dactylopleustes yoshimurai は、エゾバフンウニ Strongylocentrotus intermedius の棘の間に生息しています。町田 (1991) は D. obsolescens (not Dactylopleustes obsolescens Hirayama, 1988; D. cf. yoshimurai) を解剖し、体内がウニの組織らしきもので満たされているのを確認しており、ウニの軟組織を食べている可能性が高いようです。今年の夏には、ウニ付着性ヨコエビが宿主の弱った組織に集まるという事例が発表されており (Kodama et al. 2020)、ウニ付着性ヨコエビは今ホットなテーマの一つと思われます。

 ナマコの体腔内から見つかっているフトヒゲソコエビ類 Adeliella属 もいます (Frutos et al. 2017)
 メリタヨコエビ属の一種は、ヒトデの一種 Ophionereis schayeri の体表に付着している様子が観察されていますが、その関係は十分にわかっていないようです (Lowry and Springthorpe 2005)




環形動物

 カンザシゴカイ類の棲管に、イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax が二次的に棲管を形成して生活する様子が報告されています (星野 2020)

 

 

 


甲殻類

 バイカル湖に生息する Pachyschesidae 科 は、他の大型ヨコエビの覆卵葉内部に寄生します (Karaman 1976)
 カニに付着する例もあります (Vader and Krapp 2005)。また、日本からはイセエビの鰓室に入り込むという、その名も イセエビチビヨコエビ Gitanopsis iseebi というチビマルヨコエビの仲間が知られています (Yamato 1993)
 鳥羽水族館がブログに載せていたヤドカリの体表から発見された Isaea属の未記載種は、日本からは報告が乏しいグループなので続報が俟たれます。

 深海ではフトヒゲソコエビ類の一種 Paracyphocaris praedator が、遊泳性十脚類ヒオドシエビ類の一種 Oplophorus novaezeelandiae の卵に擬態しながら卵を摂食しているとの説があります (Lowry and Stoddart 2011)。これは卵に対する寄生や捕食の類ですが、親エビに対しては体表付着という扱いになるでしょう。

 その他、Vader and Tandberg (2015)  にすごくいろいろ載ってます.無料なのがありがたいですが、ところどころリファレンスが間違っているので注意が必要です。


 海綿(コルクカイメン属 Suberites)付きの貝殻を使用しているカイメンホンヤドカリ Pagurus pectinatus などから複数のヨコエビ(テングヨコエビ科:Sympleustes japonicus,カマキリヨコエビ科:Ischyrocerus commensalis,タテソコエビ科:Metopelloides paguri)が見つかった、という報告もあります (Marin and Sinelnikov 2016)。こうなると、もはや誰が誰に寄生しているのか訳が分かりません。



 やはりヨコエビ類において付着生活への適応度合いは低く、眼で見てヨコエビと分かるレベルの体制を具えています。明確な寄生性というより、デトリタス食において多少の御利益があるとか、底生自由生活の延長線上にある印象です。岩場などに棲むヨコエビは、二枚貝の足糸の間にコケムシやら海綿やらが入り込んだ構造に隠れていることがよくありますが、彼らにとって生きたベントスの体表もそういう複合的な環境と、大した違いはないのかもしれません。付着生物の体組織そのものに用事はなく、二次的に自ら造成した生息基質を利用しているヨコエビがいることは、その典型と思います。いずれ等脚類や橈脚類のように身体が袋状に変化してしまう日がやってくるのか、気になるところです。

 

 



2017年9月30日土曜日

科博の深海展に行ってきました(9月度活動報告)



 2017年夏、上野にまた深海展がやってきました。

 前回は2013年でしたね。実に四年ぶり。


 ネットでは、ホルマリン漬けにがっかりだの人混みでよく見えないだの飛び交っておりましたが、どうやらヨコエビの展示もそれなりにあるらしいとのことで、会期も終わりに近づいた9月末、覆卵葉いっぱいに希望を詰めこみつつ、仕事を放り出して上野の地に降り立ったのでした。





  今回は3点のダイダラボッチAlicella giganteaをはじめ複数種のヨコエビが展示されていました。

ダイダラボッチその1。


ダイダラボッチその2。
隣にはイガグリヨコエビ
Uschakoviella echinophora



ダイダラボッチその3。
 隣にはカイコウオオソコエビHirondellea gigas

えびのおすし。

 今回の目玉の一つが、しょこたんによる音声ガイド。しかもその中でカイコウオオソコエビ役まで務めているという驚きの仕様。リピートしてしまいました。行かれていない方はたぶん金輪際聴く機会がないと思われますがこれは勿体ない。けもフレでいうとツチノコっぽい感じでした。


最近の音声ガイドはすごいっすね。

 しょこたん(カイコウオオソコエビ)は「エビじゃなくてヨコエビ」と断言していたのでこれは端脚類界隈に光明となるでしょう(合掌)。
 



10924mから有孔虫の記録があるものの、
カイコウオオソコエビが稼いだ深度は相当なもの。



 深海の生物を紹介する中で、新種記載についてコーナーを設けていたのが印象的でした。図録でもそのへんの話題を見開きで紹介するなど、分類学のエッセンスを伝えようとする姿勢があります。


トウホクサカテヨコエビTrischizostoma tohokuense


 このトウホクサカテヨコエビという種は福島県沖で得られた標本に基づいて2009年に記載されたヨコエビで、フトヒゲソコエビ上科に含まれます。帰宅してから調べてみると、なぜかちゃんと文献をDLしてあったのですが全く記憶にない・・・ (記載論文はここからタダで読めます)

 サカテヨコエビ科サカテヨコエビ属は咬脚が亜はさみ状となりますが、普通のヨコエビと逆向きになっていて、特徴的なグループです。魚類に体表寄生することを最近知りました(Freire & Serejo, 2004)。



日本海のヨコエビとして紹介されていたオオオキソコエビ。
 ”ユーリテネス科”ということで、上位分類に和名はない。

 オオオキソコエビEurythenes gryllusは、Ishimaru 1994で和名提唱されたもののしばらく放置されていたヨコエビの一つです。こちらの書籍でも「エウリセネス・グリルス」と学名のカナ表記で紹介されていましたね。表記も揺れていて全く顧みられていない感が・・・
 
 カイコウオオソコエビ,ダイダラボッチ,オオオキソコエビはどれも「巨大ヨコエビ」あるいは「超巨大ヨコエビ」と表現されてよく似ています。


 こちらは去年作ってみた見分け方です。



 すみません、正しくはこちらです。
深海ヨコエビ3種の見分け方

 オオオキソコエビは生時はかなり鮮やかな赤色をしているようです。

 このEurythenes属は他の種もまあまあ大きいですが、オオオキソコエビは中でも飛びぬけています。



 後半は地学パートで、やはり東日本大震災のメカニズムが解き明かされていく様子は、国立博物館として世に出さねばいけないという強い想いを感じました。

 ずぶの素人ですが、地震発生時のプレートの状態から津波が発生する関係性や、実際にズレた断層を発見してその周辺を調査して明らかになった数々の要因など、恐るべき先端科学の威力というか、映画『アルマゲドン』を彷彿とさせるSFチックなガジェットや映像にしばし酔いました。


 

 流れで常設展(地球館)も見学。


Gammarus sp. !?

 今回一緒に行ったヨコエビストのK氏と2人で「どう見てもGammarusじゃない・・・」としばし戸惑いました。ヨコエビ下目ですらない可能性が高いです。

 何とも言えませんが、体サイズ・形態的特徴・入手しやすさから総合的に判断して、Hyalella aztecaの線を洗ってみた方がよさそうです。

 まあ、この展示を見た人が「これがGammarusなんだ~」 と信じきって他で間違いを犯す可能性があるかというとたぶんないですが・・・ でも仮にこうやって写真を撮った人がいてこれをGammarusの資料として使うのはアカンですね・・・ 相談案件ですかね・・・



 
 日本館では植物画の企画展やマリモの展示を見ました。

 「フローラ ヤポニカ」というかなりそそられるタイトルがついていましたが、キュー王立植物園で展示された現在の日本人画家が描いた植物画の原画と、英国で刊行され続けている市民向け植物専門誌『Curtis's Botanical Magazine』の挿絵原画の二本立てでした。日本産の植物を描いているというテーマに沿っていたものの、キュー王立植物園にピンとこない人にはよく分からない展示だったのでは。挿絵はどれも精緻ながら個性があり、必要に迫られて画を書く形態分類クラスタからすれば、さすが画家としか言えません。12月3日まで。

 マリモの展示は、分子系統解析と分布の考察や個体群維持機構など最新の知見をわかりやすく伝えようとしていました。




 科博はあの講座以来でしかもその時は展示はほぼ見ていないので、かなりのご無沙汰でした。根を詰めて観たせいかものすごく疲れましたが、楽しい休日を過ごせました。



K氏のイタリア土産。

恐らくGammarus roeselii




(参考文献)

Freire P.R., C.S. Serejo 2004. The genus Trischizostoma (Crustacea: Amphipoda: Trischizostomidae) from the Southwest Atlantic, collected by the REVIZEE Program. Zootaxa, 645: 1–15.
-Ishimaru, S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29-86.
Tomikawa, K., H. Komatsu 2009. New and Rare Species of the Deep-sea Gammaridea (Crustacea: Amphipoda) off Pacific Coast of Northern Honshu, Japan. Deep - sea Fauna and Pollutants off Pacific Coast of Northern Japan , edited by T. Fujita, National Museum of Nature and Science Monographs, 39: 447-466.

2016年7月9日土曜日

驚異の7月度活動報告(深海展に行ってきました)

 
 ヨコエビを拾った数だけヨコエビを知る。

 つまり最近あまりヨコエビを拾えてないので、危険な状態です。ヨコエビ成分を補給すべく、私はあの場所へと向かいました・・・



・千葉県立中央博物館企画展「驚異の深海生物-新たなる深世界へ-」

 縁あって微力ながら協力させて頂いた「驚異の深海生物」展、本当に微力にも関わらず、協力者に名を連ねたばかりか、招待状まで頂きました。ありがたいかぎりです。
 開催初日のオープニングセレモニー、仕事があって間に合いませんでしたが、展示を観ながら初日の雰囲気を感じました。
 深海生物展といえば10年前にもありましたが、今回は新たな知見が加わったり、世界に1つしかないホロタイプ標本の展示が関連展示も合わせて3種あったり、研究の最前線からお届けするこの網羅性はなかなか他ではなかなかありません。



 ヨコエビは3種の標本を展示。
 ちなみに、私が検鏡・同定したものは展示の選考から漏れたようです!残念!


 以下、ほぼボールのマルフクレソコエビStegocephalus inflatus Krøyer, 1842
 そして、腐肉食性の巨大ヨコエビとして知られるオオオキソコエビEurythenes gryllus Lichtenstein, 1822
コロコロしてるのがフクレソコエビ。オオオキソコエビは生時の写真が添えられており、鮮やかな赤色をしていることが分かります。


 そして世界で一番深いところに住むマクロベントスとしてお馴染みのカイコウオオソコエビHirondellea gigas (Birstein and Vinogradov, 1955)
科博の深海展に出てきたものよりは小さな個体です。
 
 JAMSTECの写真パネルコーナーに”Gammaridea”と同定されたヨコエビのパネルがあります。こちらは博物館はタッチしておらず元の同定のままの展示だということですが、明らかにスガメヨコエビ科Ampeliscidaeの一種です。
 


 フクロエビ上目では、オオグソクムシ属Bathynomusの現生3種と化石種2種が展示されております。 私もこの展示で初めて知ったのですが、コウテイグソクムシと呼ばれる種には学名が対応せず、未記載種とのことです。やばい。ちなみに、展示の解説文にて触れられているLowry & Dempsey 2006は、ネットでタダで読むことができます!オオグソクムシファンはぜひ!
 このBathynomusの化石種というのが、今年4月に出版されたKato et al. 2016で記載されたばかりのコミナトダイオウグソクムシB. kominstoensisで、深海展とは別コーナーですが、一応同じ時期に、地学エリアの一角にて展示されております。 (※こちらの論文は出たばかりなのでまだ無料で読めるところはないようです)

 その他、ムンノプシス,オナシグソクムシ,タナイスなど珍品のオンパレードとなっています。

 今回不遇の分類群となったのは環形動物多毛類で、ハオリムシとタケフシゴカイのみの参戦となりました。タケフシゴカイは科までの同定となっておりますので、我こそはという多毛クラスタの方々は、ぜひ手を挙げてみてください。
 
 ミュージアムショップではオリジナルグッズのTシャツの他、ちょっとマニアックな深海生物グッズもいろいろと仕入れていました。 


 標本によっては皮むけが見られるなど細かいところではちょっとアレなものもありますが、とにかく本物を見せようという心意気が隅々まで満ちています。ハダカイワシだけ30種とか、ワニトカゲギスだけ30種とか、ディープな展示もございますよ。

 
ジオンの流れをくむMSみたいなんですがこれは







・進捗報告
 まだ浜野さんから顕微鏡入荷の連絡がありません。中古にこだわらず新品でも買うかといったところ…夏は仕事でバタバタなので時間をつくってまた相談ですね(;'∀')




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参考文献

-Kato, H., Y. Kurihara and T. Tokita 2016. New fossil record of the genus Bathynomus (Crustacea: Isopoda: Cirolanidae) from the middle and upper Miocene of central Japan, with description of a new supergiant species. Paleontological research, 20(2): 145-156. 
 
-Lowry, J.K. and K. Dempsey  2006. The giant deep-sea scavenger genus Bathynomus (Crustacea, Isopoda, Cirolanidae) in the Indo-West Pacific, in: RICHER DE FORGES B. & JUSTINE J.-L. (eds), Tropical Deep-Sea Benthos, volume 24. Mémoires du Muséum national d’Histoire naturelle, 193: 163-192. Paris. ISBN: 2-85653-585-2.



2012年4月21日土曜日

書籍紹介01 『深海3,000フィートの~』


ご無沙汰しております。

月1回更新の様相を呈してきました。



書籍紹介をします。
さっき届いたばかりの本です。



『深海3,000フィートの生物(ヴィーナス)たち』



約80種に及ぶ深海生物を一般向けに解説したものです。
「生物」を「ヴィーナス」と読ませるあたり、深海生物に対する深い愛情を感じます。

amazonをサーフィンしている時に見つけて、即買いでした。





表紙はこんな感じ。









ええ、萌え絵です。ある意味、色モノです。
しかし、こういうのに限ってしっかりした基盤をもっていたりする、というのが私の持論です。
果たして本書も、ただの萌え本ではありません。
(ちなみに、私は萌え絵に関しては全くの素人ですので、あしからず。)

本書には2種もヨコエビが載っています
タルマワシも含め、端脚目は3種も載っています。
これは快挙です。
こんなにヨコエビが載った一般書は見たことありません。
見たことがないだけかも・・・


さて、以下がそのページ。





全体的には、分類をベースに生態学的知見や人文的な話題を盛り込んでいる印象で、内容は充実しています。それこそマイナーな種にも平等に見開き2pが与えられているのは、とても良いです。
文中では深海以外のヨコエビに関しても簡潔に触れられていますね。

とにかく、これらのヨコエビはとてもでかいです。博物館でフクレソコエビの仲間(4,50mm)を見て驚愕したことはありますが、その比ではなく、世界には200~300mmレベルの巨大種もいるらしいです。
解剖する時はすごく楽にできるんだろうな・・・

本書で扱われているエウリセネス・グリルスとカイコウオオソコエビはともにフトヒゲソコエビ科Lysianassidaeに属し、形態は素人眼にはほとんど同じです。生態も似通っています。そんな調子で、他の分類群もぱっと見で似たようなものが並んでしまっているのは残念。種ごとの解説がしっかり書かれているだけに、通読した時に一部内容が重複していて勿体ないです。
種数を減らして個々の説明を掘り下げるような企画も面白いと思います。
それとも、女の子が80人勢ぞろいすることに意義があるってことなんでしょうか?




エウリセネス・グリルス(オオオキソコエビ)といえば、深海調査の論文にタダで読めるものが幾つかあったはず。Charmasson and Calmet(1987)などは調査機材の図などもあって、想像をかきたてられます。
分類以外の論文はあまり読んできませんでしたが、遊泳するヨコエビは深度分布などの切り口もあって興味深い題材ですね。

カイコウオオソコエビの論文でよく引用されるのはFrance(1993)でしょうか。これもネット上に転がっていたはず。
『深海3,000フィートの~』でも触れられていますが、本種には生息地ごとに形態的な違いが生じてきているようです。まともな分散様式をもたず、遺伝的交流が希薄なのが要因と考えられます。

ヨコエビは直達発生とよばれる発生様式をもち、プランクトン期がありません
例えばカニのように長距離を移動できない生物は、卵から孵った幼生がプランクトンとして海を漂い、分散していくのがセオリーなのです。ヨコエビは泳ぐといってもたかが知れてますから、どうやって分散しているのかよく分かっていません。France(1993)は、カイコウオオソコエビの遺伝的交流はあまり行われていないことを示唆しており、ヨコエビの分散が起こりにくいことを裏付けているともいえるわけです。
浅い海のヨコエビにもこうした研究を応用できないものかと思っています。


来月あたり、そろそろ調査に行きたいです。





紹介した書籍

北村雄一(著), 深海生物フューチャー・ラボ(編). 2011. 『萌え学イラストガイド 深海3,000フィートの生物(ヴィーナス)たち』 PHP研究所, 東京, 191pp. (ISBN978-4-569-79583-6)





追記

そういえば、個人のwebサイトでも深海生物を擬人化して紹介していたものがありました。その時もカイコウオオソコエビは萌えっ娘になっていたのですが、今回はまたタッチが違って面白いです。

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補遺(21 Jan. 2017)

・和名を修正
・長きにわたってフトヒゲソコエビ科Lysianassidaeは非常に形態が多様で種数の多い科であったが、整理を試みる動きが続いており、2000年前後から科の細分化が進んだ。そして、2013年には22科を含むフトヒゲソコエビ上科Lysianassoideaとして、新しいGammaridea亜目の中に位置づけられた(一覧表参照)。この分類体系では、カイコウオオソコエビはHirondelleidae科に、オオオキソコエビはEurytheneidae科に含められ、フトヒゲソコエビ上科にまとめられている。一方、この新しいフトヒゲソコエビ上科にはダイダラボッチAlicella giganteaを含むAlicellidae科が含まれていないなど、伝統的な見解とは大きな隔たりがある。
 
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文献

Charmasson, S.S. and D.P. Calmet. 1987. Distribution of scavenging Lysianassidae amphipods Eurythenes gryllus in the northeast Atlantic: comparison with studies held in the Pacific. Deep Sea Research Part A. Oceanographic Research Papers, Volume 34, Issue 9, pp.1509-1523.

France, S.C.. 1993. Geographic variation among three isolated population of the hadal amphipod Hirondellea gigas (Crustacea: Amphipoda: Lysianassoidea). Marine Ecology Progress Series, Vol. 92, pp.277-287.