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2025年2月17日月曜日

ハイエンド角栓取りピンセット(2月度活動報告)

 

 やたら細かいピンセットが市販されているらしいとのことで、購入してみました。

 その名も「CELL TWEEZER」


開封の儀。
大仰なケースに入って¥1,900-くらい。

 やたら格式高いです。美容サロン御用達みたいのを売りにしているようです。

 要するに「ハイエンド角栓取りピンセット」です。


 コシは結構強くて疲れやすいかもしれません。

 先っぽはほとんど「針」で、肉眼ではどうなってるのかわかりません。手持ちの精密ピンセットと比べてみます。



厚み

※比較対象のピンセットは焼き・研磨済みで新品の外観とは異なります


 ほっそ。

 実体顕微鏡で見てもまだ針ですね。

 公称「0.06mm」らしいですが、どこの何を言ってるのかよくわかりません。先端の短辺とかそういうことでしょうか。


 ヨコエビ界隈でも特に微小なため嫌われているタテソコエビ stenothoid と比べてみましょう。


CELL TWEEZER 5 と
岡山県産不詳タテソコエビ科
(頭部:点線で表示)


 こうして見ると、出荷時のままでは先端の嵌合が甘いのが分かります。ヤスリあるいは砥石がけは必要でしょう。ピンセットサロン(省略禁止)案件かもしれません。

 現状、KFI 3c あたりでも付属肢をつまむ作業には不自由していませんが、角栓ピンセットもよく躾ければそれなりの戦力にはなりそうです。ケース付きでも DUMONT No.0 あたりよりかなり安いですし、ステンレスなのも嬉しい。タングステンを除くとこれほど細いものは無い気がします。


 ちなみに AioBos というブランドにも角栓取りピンセットがありますが、質感がちょっと安っぽくてあまり好みではありませんでした。コシはCELL TWEEZER よりマシかも。0.05 mm のラインナップがあるようです。


これは商品説明に「0.01mm以下」とありまんまと騙されて買った0.08mmバージョン。
やはりオリジナルケースに入ってます。
特に用途の無い角栓ケア用ニードルもついて¥1,800-くらい。


 なお、いずれのハイエンド角栓取りピンセットも現在はAmazonのページが消えているようです。個々の製品の調達は安定していないものと考えたほうがよさそうですが、「格安の精密ピンセット」みたいなジャンルとして一考の余地があるのではと思います。

2023年12月11日月曜日

バルサムとユーパラルとホイヤーと(12月度活動報告)


 ヨコエビの形態分類に供する標本は、ほとんどの場合、液浸標本とした後にスライドグラスへ封入して観察する必要があります。 

 過去にはこのようにあるいはこのように、プレパラートに封入する手順をご案内しました。では、何に封入すればよいのでしょうか?



グリセリン Glycerin

 付属肢を本体から取り外した後、グリセリンに仮封入するとスケッチがはかどります。解剖からスムーズに移行でき、圧倒的に透明度が高く視界がクリアだからです。当然ながら流動的なので、持ち運んだり長期保管したりできません。1年もすれば空気が入って、じきに乾いてペカペカになります。あと、どこからともなくケナガコナダニがやってきます。
 流動的なプレパラートは、例えば折れる寸前まで尖らせた極細のタングステンニードルを横から差し込んだりすれば、カバーガラスの下の付属肢の向きを変えられます。よって、スケッチを行うときはグリセリンプレパラートが最良です。
 解剖をグリセリンアルコール中で行う場合、封入時にグリセリンを使うと馴染みやすいという利点もあります。目的を果たしたら、適当なタイミングでしっかりした封入剤に移し替えます。
  グリセリンは流動的といいましたが、他の「永久」プレパラート封入剤の硬化前の粘度と比較してもだいぶ緩いので、カバーガラスをかける時にパーツを定位置に留まらせるのは大変難しく、よく踊ります。次に挙げる「ホイヤー液」をグリセリンに添加するとアラビアゴムのおかげで粘度が上がりますが、無水エタノールとの相性が悪くなるため注意が必要です。



ホイヤー液 Hoyer

(ガムクロラール Gum-chloral)
 グリセリンベースの半永久プレパラート封入剤で、ホイヤー液というのは数あるガムクロラール系レシピの最古参とのことです。ヨコエビのプレパラート作成において王道の手法で(石丸1985;富川・森野2009)、近年の論文のマテメソを読んでもそれをうかがうことができます。
 どうやらガムクロラール系というのは本来自作するものらしく、目的によってアレンジを重ねたりするものらしいのですが、「ホイヤー液」は出来合いのものを買うことができます。
 液体は黄色を帯びています。液の成分上、グリセリン解剖・仮封入してからの移行が容易です。無水アルコールには馴染みません。硬化にはわりと時間がかかり、一週間やそこらではまだねばつきます。硬化したホイヤー液はグリセリンを触れさせると容易に緩みます。お湯でも軟化が可能なようです。
 ホイヤー液を用いたプレパラートの寿命はなんとものの数年(!?)と言われており、実際のところは数十年は維持できるとの話も聞きますが、寿命を迎えるとひび割れてくるらしいです。このまま使い続けてよいものか…



カナダバルサム Canada balsam

 既知の封入剤ではトップクラスの耐久性を誇り、これに敵うものは無いとも囁かれます。何にせよ歴史の長さがありますので、新参者が土俵に乗れない側面はあるでしょう。
 バルサムモミ Abies balsamea という針葉樹の樹液を、キシレンやトルエンに溶解させて使用するレジン系封入剤です。強い粘性のある黄色の液体です。いわば琥珀に封じ込めるような感じでしょうか。ただ、硬化の過程でトルエンがアウトガスとなるため、条件によってはヒビ割れが生じるようです。
 バルサムを使ったプレパラートの寿命は私の寿命を遥かに上回っており、今さら自分でプレパラートをこさえて検証する術はありません。しかし、バルサムの屈折率はヨコエビの外骨格と非常に近く、普通の生物顕微鏡の透過光では、見えづらく感じます。また、水と馴染まないため、封入前には無水エタノールに浸けて充分に脱水する必要があります(この工程をミスると白濁します)。
 価格:25g(溶解前の結晶)で1,600円程度。



ユーパラル(ユパラル)Euparal


 ケミカルな香りが立ち上る、褐色を帯びた粘性のある液体。その実体はバルサムと同じレジン系封入剤で、Callitris quadrivalvis というヒノキ科針葉樹の樹液を原料とし、溶剤などを加えて封入剤としての特性を持たせたとのことです。原料となる樹脂は接着剤等の用途で100年以上の歴史があるようです。基本的にはカナダバルサムと同等の性質と考えて良いのではないでしょうか。
 色味はホイヤー液より透明に近く、屈折率はヨコエビの外骨格とは違っているようで見にくさは感じません。ヨコエビの記載でも何例か使用事例があります(Hughes & Lörz 2019, 2023; Kodama & Kawamura 2021)。ただ、実際に使ってみると、肉厚のパーツは著しく萎縮し、皺が寄って観察しにくくなるようです。
 カナダバルサムと同様に、封入するパーツは無水エタノールで脱水する必要があります。ただし、脱水から包埋までの間にモタモタしてエタノールが飛ぶと、パーツ内に空気が入り込んでプレパラートのクオリティが極端に低下するため、そのへんも考慮しなければなりません。
  これを防ぐには、やはりグリセリン添加した無水エタノール中への浸漬が必要となります。しかし、ユーパラル中に入って一見無色の粒となったグリセリンは、透過光で観察すると気泡と同じくどす黒い影になります。完全に詰みます。 外骨格内をグリセリンで満たして水分の蒸発を防ぎつつ、外骨格表面は無水エタノールでドライに仕上げることが、ユーパラル封入成功のカギのようです。
  ユーパラルの粘つきは相当しつこいですが、アセトンできれいに落ちます。ただし、それだけ敏感にアセトンを吸収するようで、封入済プレパラートの縁を拭いたりすると一旦硬化した部分が緩んでカバーガラスがズレたりします。
 専門家の見解についてはこちらで確認できます。
 価格:50mLで5,000円程度。 



 これらをまとめるとこうなります。

  


 


 その他:有機溶媒系

 ユーパラルやオイキットは一般人には非常に敷居が高く、ネットで個人に卸してくれるようなサイトを血眼になって探していた時に、偶然見つけました。

「マウントクイック」

 何のひねりもないネーミングですね。

 成分表示を見ると「キシレン60%」とあり、何かをキシレンに溶かし込んでいる様子がうかがえます。正体を知りたかったのですが、メーカーのサイトでいくら調べてもそれらしい成分名が出てこない。問い合わせフォームに打ち込んで送信ボタンを押す寸前、「成分が分かったから何やねん」という天の声が聞こえて思いとどまりました。まあ、そういうモンがあるというだけで十分でしょう。とりあえず。

 ユーパラルよりも有機溶媒系の臭いが強いです。液の粘性というか糸を引く感じも他の封入剤とは一線を画しており、まさに接着剤といった感じ。あと、完全に無色です。ホイヤー液をはじめヨコエビ界隈の封入剤は黄色と相場が決まっていますが(?)、これは新鮮ですね。

 そして何より、固まるのが速い。速すぎる。その名に恥じぬ速さです。

 パーツをササッと1個入れる分には良いですが、ヨコエビは基本的に15対の付属肢・6個の口器部品・1個の尾節板をプレパラートにするので、合計22個の細片をシャーレからスライドガラス上に移動させることになります。後半から完全にマウントクイックの縁が固まってるのがわかります。

 ホイヤー液やユーパラルのタックフリータイムは1週間やそこらで済みませんが、マウントクイックは1日やそこらで硬化するのでそれは便利です。 

 しかし、ホイヤー液やユーパラルは圧力をかけても体積が変化しないのに対して、マウントクイックは相当柔らかく、硬化前も硬化後もそれ自体が凹んだり伸びたりします。何が起こるかというと、封入後にカバーガラスに圧力がかかった場合、そこだけがピンポイントに凹んで簡単にガラスが割れてしまうのです(ホイヤー液やユーパラルは伸縮しないので圧力は基本的にカバーガラス全体に分散されます)。速攻で硬化する性質から気泡が入りやすいのに、カバーガラスを押しながらそれを追い出すことはできません。

 というわけで、プレパラート1つあたりのパーツ点数が少ない時など、利用可能な場面が限られてくるように思われます。

 



その他:親水系

ゼラチン Gelatin

 植物生理や病理分野でスライドガラスの作成過程に「寒天」を含むメソッドがあるようです。さすがに包埋材として用いることはないようですが、とりあえずやってみますか。

 どう考えても腐るので、アズレン(アズレンスルホン酸ナトリウム水溶液)を添加することにいたします。

 顆粒状の寒天をスーパーで購入、ゼリーの要領で80~90℃くらいのお湯に溶かします。固まらないうちに付属肢を包埋してみると…

 白濁するね?

 当然といえば当然ですが、他のいかなる封入剤でも見たことのない状態になりました。透過性が非常に悪い。アドホックなプレパラートにしても使い勝手は悪そうです。


 2カ月後…


 ダメです。



水飴 Starch syrup

 屈折率が優れていて観察能が極めて高く、藻類の研究分野では常連という話も聞きますが、タイプ標本など重要な標本の長期保存にはさすがに限界がありそうです(カビ,ヒビ割れ等)。これもやってみますか。

 こちらもどう考えても腐るので、アズレンを添加します。世の中では酢酸とかイソジン(ポピドンヨード)を使うレシピが出回っているようです。酢酸はpHを下げて甲殻類の外骨格を破壊することが懸念され、またヨードは視界に影響を与えそうなので、アズレンを選択しました。

 封入直後の視界は極めて良好です。グリセリンと同じか、それ以上によく見えます。


 そして2カ月後…



 意外と良好です。

 常温常湿で放置していましたが、水飴自体はまだ粘っこい感じを保っています。これが完全に乾燥すると、ヒビ割れを招くような気がします。また、恐らく標本に麦芽糖がまとわりつくので、レジン系プレパラートへの移行には適さないものと考えられます。

 ガムクロラールのような親水性封入剤への移行ありきで、一時的な観察用プレパラートを作成するのには適している気がします。


 


 なお、こちらのサイトにはこれ以外のプレパラート封入剤の比較がいろいろ載っています。今は入手できないものもありそうですが。

 以下、使ったことは無いですが、聞いた話です。

その他:樹脂・蝋

オイキット(ユーキット)Eukitt

 キシレン溶媒系ですが、キシレンフリーやUV硬化バージョンもあるそうです。

 実に70年の歴史がありますが、主に病理分野の研究用途において長期保管用封入剤として著名なようです。自然科学系で悪い噂というのはありませんが、そもそもほとんど情報ありません。

 価格:100mLで5,000~10,000円程度。


パーマウント Permount

 日本では病理分野の研究用途で使用されているようですが、欧州の一部の博物館では自然科学系分野で主流のようです。55%もトルエンを含有するため、経時劣化に伴ってアウトガスを生じ、ヒビ割れは避けられないとのこと。真の永久プレパラートたりえないと考えられます。

 価格:100mLで22,000円。



Shandon Synthetic Mountant

 後述するカンファレンスで、米国スミソニアン国立自然史博物館が長期の耐久性を認めていた封入剤です。過去に別名で流通していた経緯があったり、呼び名は複数あるようです。現在、Paraloid B-48N, Acryloid B-48N などと呼ばれているものも同じ成分との由。日本では専ら病理分野での使用とみられます。

 メタクリル酸メチルを主成分とし、要するにアクリル樹脂のようです。トルエンベース,キシレンベースなど様々なバリエーションがあるようですが、どれが最良かまでは明言されていませんでした。メチルエチルケトンやアセトンにも溶解するようですが、そういったオリジナルレシピも世の中に流通しているのかもしれません。レシピによっては、スミソニアンがお墨付きを与えたような効果は得られないかもしれず、続報が俟たれます。

 価格:500mLで20,000円程度。



パラフィン Paraffin

 後述するカンファレンスによると、少なくとも動物標本用の長期封入剤としては最悪の部類に入るようです。ヒトの遺体・臓器を保存するために包埋するとは聞きますが、形態分類学の用途での半永久保存には向いていないと考えた方がよさそうです。

 



封入剤の特性と封入手順

 過去の記事は主にホイヤー液を念頭に書いていましたが、ユーパラル(レジン系)を使う場合はだいぶ注意しないとプレパラートが台無しになることがわかりました。前述の通り、ユーパラルはエタノールともグリセリンとも相性が悪く、標本の表面に黒い玉とか雲のような影がまとわりついてとても観察できる代物ではなくなるのです。

 この悲劇を防ぐため、ユーパラルの封入手順はホイヤー液とは変わってきます。まとめるとこうなります。

 

解剖から封入に至るまで、グリセリンとエタノールの割合が異なる液体をいくつか行き来する必要があります。ちょっとめんどくさいですね。


 しかも、種の記載といった重要な局面に供する線画を得る場合、工程はさらに複雑化します。付属肢はプレパラート化されてからが本番ですが、解剖が終わって残ったボディは往々にしてくたびれており、スケッチに耐えない場合が多いです。というわけで、以下のように適当なタイミングで描画工程を挟むことになります。 

 

※ちなみに、生物顕微鏡下で全身を観察する場合、個体の大きさによってはホールスライドガラスを導入したほうがよいでしょう。ホールスライドは凹みなしに比べてガラス全体の厚みが増して鏡筒のクリアランスにはハンデになりますが、低倍率で全身をスケッチするぶんには問題ないかと思います。

  

  解剖の精度を上げるため、あるいは美しい線画を得るためには、各節の輪郭が明瞭に見えることが重要です。ライトを強化してもよいのですが、それ以外には、染色するという方法は広く用いられています。過去に検証したとおり、一般人に過ぎないヨコエビおじさんが現実的に入手できる染色剤には限界があり、かつヘタな液を選ぶと標本を損傷するおそれがあります。


 


食紅の再検討

 過去の検証から、食紅を無水エタノールに溶解して標本に使うと、付属肢が外れたり、ダメージを与えるようです。また、粉をそのまま標本に触れさせたりすると、体表に赤いスライムが付着します。観察してみたところ、どうやらこれは食紅の賦形剤として添加されている「デキストリン」のようです。デキストリンより色素(ニューコクシン)のほうが早く溶けるようなので、デキストリンを沈殿させておいて上澄みを使えばイケるのでは…?

 

 というわけで、そういう構造を作りました。

 

 内側の器の中に食紅を入れ、グリセリンを滴下する。
オーバーフローした液を外側の器に溜め、スポイト等で吸い出して使う。


  液体の粘度が低いとデキストリンの粒が舞ったりするのと、解剖に使うグリセリンエタノール中での扱いの良さなどを考慮して、食紅を溶解する液はグリセリンに変更しました。

  染色液は視野が悪すぎて解剖や観察には使えないため、染色後の標本はグリセリンエタノール中に少し置いておき、余分な液を落とすようにします。グリセリンに浸し過ぎると組織が緩むため、必要に応じて無水エタノールに浸して身を引き締めてから解剖するようにします。このような方法にしてから、デキストリンの影響を少なくできているのか、標本が傷むことはなくなりました。






プレパラート管理のトレンド:フンボルト博物館のカンファレンスより

 9月19日~21日、ドイツにあるフンボルト博物館が、プレパラート管理に関するハイブリッド形式の特別会議を催していました。

 いちおう最初に「ここにいない人にも教えてあげてね(大意)」というアナウンスがあったので、豆知識として紹介したいと思います。ただし、個々の発表内容について要旨をそのまま転載といった権限はないですし、あくまで話題の共有と考えて下さい。また、カンファレンスは全体が英語かつ口頭のみ触れられた内容もあったので、聞き間違いや誤訳の可能性もあることを付記しておきます。

  • プレパラート標本の封入剤は極めて多様:国や分類群によっても違うし、同じ研究者でも時代によってレシピが変わったりする
  • プレパラート封入剤の劣化パターン:変色(黒化),結晶化,ヒビ割れ
  • プレパラートを劣化させる要因①封入剤そのもの:アウトガスによるヒビ割れ
  • プレパラートを劣化させる要因②縁部のシール:化学反応により封入剤の変色あるいは結晶化を誘発するが、シールしなければ酸素などの空気中の化学物質との接触が起こりやはり劣化の原因となる
  • プレパラートを劣化させる要因③標本:固定液(フォルマリン)や、透明化に使用した薬剤(クローブ油,フェノール,テルピン油)が残留、あるいは外皮の成分そのものが封入剤と反応する
  • プレパラートを劣化させる要因④環境:光,振動,高温,湿度,化学物質(木製キャビネットの防腐剤等あるいは金属キャビネットのエナメル塗料から放出されるVOCs)
  • プレパラートの加齢を再現する試験方法は確立されておらず、よって前もって封入剤の耐久性について確証を得ることは不可能な状態
  • ホイヤーは一般論として長期保存に向かない
  • ガムクロラールにアセトンを入れるレシピは最悪
  • ラベルが剥離あるいは虫害で破損することでも標本の価値は失われる
  • プレパラートは縦保存より横保存への切り替えが進んでいる(それはそう)
  • 病理分野ではプレパラートのスキャン技術が既に確立しており、転用による自然科学標本のデジタル化促進が期待されている
  • ラベルの読み取りなどプレパラート標本の目録化そのものが進んでおらず、プレパラートのデジタル化はまずメタデータの構築と、個々の標本を画像で記録しアーカイブ化するという、2つの異なる階層で進められている 

 
 


まとめ

  このたび、どうしてもユーパラル中で付属肢が収縮してしまうヨコエビがおり、結局永久プレパラートは作らずにダーラム管中に保存してホロタイプとすることに決めました。プレパラート化しておけば、後で観察したい時に余計な手間をかけずにすぐ検鏡できるメリットはありますが、封入剤との相性によって標本が劣化したり、プレパラート化できないボディと別に管理されることで迷子になるリスクがあります。ただ、プレパラート化しないことで、検鏡のたびにパーツを破損あるいは紛失しうるという大変大きなデメリットがあります。

 数あるプレパラート関係論文の中で決定版とされる論文 (Neuhaus et al. 2017) によると、博物館に収蔵する前提のプレパラートに適した封入剤としてバルサムやユーパラルなどのレジン系が挙げられています。理由は「琥珀が何万年や何億年も形状を維持できるならそれと同じような効果があるはずだ」というもので、シンプルな文脈においてこれには同意します。

 親水性・疎水性という面では、封入後の耐久性と生体組織との馴染みやすさがトレードオフになっている感はあります。耐久性は簡単に上げられないと思いますので、やはりレジン系封入剤とサンプルとをいかに馴染ませるかが極めて重要と思われます。

 ただ、屈折率や標本との馴染みの良さなど、作ったばかりの標本の出来栄えばかりに重きを置き、長期保存という使命に対して雑な憶測で臨んできたこれまでの一世紀以上の在り方を、そろそろ見直すべき時期のような気がします。たとえば、何億年と生物組織を保存し続けている琥珀の性質そのものに疑いの余地はありませんが、それをプレパラートに適用するためのアレンジとして「溶解の工程」が不可欠なことを軽視しすぎている感はあります。この有機溶媒は前述の通り、標本との化学反応やアウトガスの原因となり、プレパラートの劣化を引き起こします。つまり、いくら琥珀に倣っているとはいえ、レジン系プレパラートにおいて本来の琥珀の性質が発揮されているわけではないのです。

 カンファレンスを聴いたり文献を読んだりしても、封入剤について決定的な結論は出ませんでした。とりあえず、前述の通り、明確に劣化を誘発する事柄(透明化処理薬品の残留やトルエン含有の有機溶媒系包埋材)については、気づき次第速やかに排除するべきでしょう。また、本稿でも食紅を紹介しましたが、染色剤についても何かしら反応を起こすリスクを踏まえて、全ての標本を染色に供さないことや、染色した標本は包埋せず液浸して保存するなどの工夫は必要かもしれません。

 ちなみに最近『文化財と標本の劣化図鑑』(岩﨑ほか 2023) という良書が刊行されましたが、プレパラート標本に関する情報はありませんでした。液浸標本に関しては充実してますので、機会があれば内容を紹介したいと思います。





 (おまけ)スライドガラスの輸送方法

  そんなプレパラート標本ですが、割れたりズレたりと輸送には大変気を遣います。専用のケースも市販されていますが、容量が大きかったり、一般人に手が届きにくかったり、縦置きだったりして、ちょっと使い勝手が気になります。

 そんな中で見つけたのがこれです。



 ダイソーの名刺入れです。

 何十年と保管すると恐らく封入剤やシール材がPPと癒合したり反応したりして台無しになると思われますが、1・2年やそこらは平気なようです。持ち運び・輸送用として使うべきでしょう。

 なお、スライドガラスの幅に比べてかなり深さがあるため、手前にズレないようスポンジのようなものを入れるとよいです。


 


<参考文献>

— Hughes, L. E.; Lörz, A.-N. 2019. Boring Amphipods from Tasmania, Australia (Eophliantidae: Amphipoda: Crustacea). Evolutionary Systematics, 3(1): 41-52. 

— Hughes, L. E.; Lörz, A.-N. 2023. Unciolidae of Deep-Sea Iceland (Amphipoda, Crustacea). Diversity, 15(4): 546. 

— 石丸 信一 1985. ヨコエビ類の研究法. 生物教材, 19,20: 91–105.

— 岩﨑 奈緒子・佐藤 崇・中川 千種・横山 操 (編) / 京都大学総合博物館(協力) 2023. 『文化財と標本の劣化図鑑』. 136 pp., 朝倉書店, 東京. ISBN:978-4-254-10301-4 

Kodama M.; Kawamura T. 2021. Review of the subfamily Cleonardopsinae Lowry, 2006 (Crustacea: Amphipoda: Amathillopsidae) with description of a new genus and species from Japan. Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom, 101(2): 359–369.

— Neuhaus, B.; Schmid, T.; Riedel, J. 2017. Collection management and study of microscope slides: Storage, profiling, deterioration, restoration procedures, and general recommendations. Zootaxa4322(1).

— 富川 光・森野 浩 2009. ヨコエビ類の描画方法. 広島大学大学院教育学研究科紀要17: 179–183.


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補遺 (15-VIII-2024)
・一部書式設定変更。

2020年7月29日水曜日

ROAD TO DESCRIPTION Ⅶ(7月度活動報告その3)



 ヨコエビの記載に向けた活動をちまちまと垂れ流していくこの企画.前回から実に1年半以上ご無沙汰してしまいましたが,今回は論文の一角をなす「スケッチ」について取り上げます(肝心の原稿はアクセプトされていませんが,図だけは全員のレビュアーとエディターにお褒め頂きました)
 当の私も過去の経緯の記憶が怪しくなってきましたが,これまでの流れは以下の通りです.

I(立志篇)
II(救済篇)
III(解剖篇)
IV(研鑽篇)
V(調布篇)
Ⅵ(散財篇)



なぜ記載にスケッチを添えるのか

Stay with texts



 スケッチというものが,記載において一定の仕事量を占めることはある程度認識しておりました.しかし実際にやってみると,かかる時間と手間の大きさを改めて痛感しました.
 「その昔,絵心のない人は分類学者になれなかった」的な話を聞いたことがあります.
 今日のヨコエビ界隈では,画像技術の発達や表現手法の蓄積,描画装置などツールの成熟などいろいろと恵まれた世の中になり,何なら形態はあてにせず遺伝的な差異で種を記載することもあり得ます(Delić et al. 2017).しかし,今のところ「画を描く作業」が完全に排除されたわけではなく,特に種の記載においては重要な工程の一つであり続けています.

 19世紀のヨコエビの記載は往々にして図がないか,あっても数点の形質を断片的に示すに留まり,あくまで「文章が主役,図は脇役」というスタンスが多い印象です.また,どの国の研究者も判別文はラテン語で書いており,これが記載の要となっている印象を受けます.思うに彼らは生物学を,神の創造物たる自然の事物から秩序を発見する作業として考えていたのではないでしょうか.そして,形而下の世界から脱却して本質のみを抽出し,格式ある言語で記述することが,理想とされていたのではと思います.
 しかし,今は21世紀.当時の枠組みをある程度継承しつつ,分類学のスタイルは大きく変わっています. 特にタイプに対する考えは全く変わっていて,学名は唯一無二の holotype 標本に与えられるという原則もその1つです.つまり,種名は特定の標本につけられ,その標本がもつ情報をいかに共有するかが重視されます.図の果たす役割は,著者が発見した形態的特徴を伝達する際の補助にとどまらず,著者が注目していない holotype の特徴をも内包した holotype の分身へと変遷してきました.
 その最たる例かもしれませんが,現行の『国際動物命名規約』(以下,規約)では,標本を参照できない種について,描画そのものを holotype と同等に扱うとの規定(条73.1.4.;条74.4.)すらあります.研究技術が向上した今日においても,人間が描く画が果たす役割は依然として大きく,場面によってはむしろはるかに重いのです.



(参考)動物のいろいろなタイプ標本

※規約の記述に基づいています.


Holotype(ホロタイプ:完模式標本/正基準標本)

 いわゆる真のタイプ標本で,唯一絶対的な存在です.(何をもって1個体とするか難しい場合は別途議論する必要がありますが原則として)1個体のみを指定し,後世の研究者が参照できるよう保存・管理する必要があります.最良の個体(欠損がない,発達が進んでいる等)を指定しなければダメというわけではありませんが,その後の研究において唯一無二の物的証拠となるため,後の混乱を招かないために種の特徴が明確にわかる個体を選びます.


Paratype(パラタイプ:副模式標本/副基準標本/従基準標本)

 記載論文に使用したタイプ標本のうち,holotype ではないもの全てを指します.複数指定することができます.


Allotype(アロタイプ:異性基準標本)

 Paratype のうち,holotype と異なる性別の1個体をこう呼ぶことがあります.あくまで規約における paratype なので,仮に holotype と番をなしていた個体でも,holotype と allotype が同等に扱われることはなく,担名タイプとはなりえません.



Syntypes(シンタイプ:等価基準標本/共基準標本)

 過去の記載論文において,複数の標本が記載に用いられ,単一の holotype を特定できないことがあります.こうした場合,後述する hapantotype でないものに限り,包括して syntype と呼称します.Holotype の扱いが現在のように厳密でなかった頃の記載には,このような事例が多々あります.
 

Hapantotype(ハパントタイプ) 

 原生動物において認められているタイプ標本で,成長段階の異なる複数個体をひとまとまりにしたものです.



Lectotype(レクトタイプ:後模式/後基準標本/選定基準標本)

 Syntype の中から1個体を選び,学名を担う唯一無二の標本と定めた場合の呼称です.Lectotype が定まると同時に,残りの syntype は自動的に paralectotype となります.Lectotype (および paralectotype)が確定されれば,syntype は不可逆的に一つ残らず消滅します.



Neotype(ネオタイプ:新模式標本/新基準標本)

 Holotype が消失した場合,新たに別の標本を指定することが許されています.そういった事情のもとで,holotype と同等のものとして新たに指定された標本が neotype です.Paratype の中から選ばれたり,後述する topotype を用いて指定し直すことも有り得ます.

Topotype(トポタイプ:同地基準標本)

 Holotype と同じ場所から得られた標本を指します.同じ時に採れたかどうかは関係ありません.規約で規定されたタイプ標本の種類ではなく,あくまで neotype の指定などの場面で,特定の holotype を念頭に置いて用いられる便宜的な呼称です.


Cotype(コタイプ)

 現在は使用されない用語です.現在 syntype や paratype として扱われる標本のことを,かつては cotype と呼称していたようです.





何を描くのか

illustration

 記載における描画のゴールは,言い換えると近縁種のスケッチと同じような画を作成する,という点に尽きるかもしれません.
 例えば,昆虫の主要群の記載論文では,ピンポイントの図しかないものやそもそも図の無いものも多いと伺っております.近年の記載でも,スケッチが高度に模式化されているものを目にしますe.g. Evenhuis 2002; Mattingly and Rageau 1958; Naveen et al. 2012).昆虫の種分類は突き詰めると交尾器の嵌合性に帰着するため,特定の部分の差異を効果的に伝達することにこだわった結果こうなったものと思われます.しかし,そういった分類群に慣れた専門家からは,全身の線画を必要とするヨコエビのようなグループは異質なものとして捉えられるようです.
 しかし,ヨコエビは昆虫のようにシンプルな記載図では収まりません.とりあえず文字ではなくビジュアルとして欲しい情報は,
  • 全身のプロポーション
  • 各付属肢の付き方(全付属肢)
  • 剛毛の種類と生え方(各付属肢と各節)
 などでしょうか.
 同定形質が交尾器などに集約されないため, 重なり合った足を取り外した上で,全体をくまなく描画するのが慣例です.

  節数毛の本数などは言葉で記述することが可能ですが,節の形状そして毛の位置向きについては言葉だけで伝えるのは非常に難しいです.というか文才に自信があってもやるべきとは思えません.図1枚で済むのであれば,冗長な記載文に価値などないはずです.

 以下,記載文への付属を推奨する図(①~⑩)について述べます.


 新種記載においては,最初に①全身を側面(あるいは背面)から描いた引きの図を載せるのが慣例となっています.やはり記載しようとする生物の概要を示すのは重要です.しかし,各付属肢は観察しやすいように好きなだけバラバラにしますが,解剖前の全身は光が透過しないなどの理由で非常に見にくく,あまり実用的な図にならないこともあります.中には,解剖前の描画を簡素化し,ほぼ輪郭だけを描いている例もあります (Krapp-Schickel 2011)
 付属肢は歩脚だけでも基本的に7対あり,そこに触角および口器,腹肢と尾肢,尾節板を加えて,描画します.
 触角および③口(上唇,大顎,小顎,下唇,顎脚)は,頭部に付属した状態と,取り外した状態の二通りの記述が求められる場合があります.また,④頭頂および⑤複眼についても重要な同定形質となる場合があります.
 ⑥胸脚のうち,特に咬脚には性的二形を生じることがあるため,だいたいのグループにおいて雌雄ともに描画します(それ以外の胸脚は,覆卵葉以外にこれといった性的二形がない場合は描画しなくとも怒られないと思います).第3胸脚第4胸脚の形状は互いに似ており,過去の文献ではどちらかの描画を省略していることもありますが,近年はだいたい両方書くことが多いです.
 ⑦尾肢および⑧尾節板は,上位の分類を大きく左右し,かつ種の識別に有用な安定した形質を具えます.省略することはまず有り得ません. なお,胸脚と尾肢は基本的に左右対称ですが,極めて稀に咬脚が左右非対称となったりします.そういった場合は左右を記述する必要があります.胸節から尾節にかけての体節は記述されないことも多いですが,種によって表面が隆起したり,毛のようなものを生じることもあります.腹節や尾節の背面後縁の鋸歯や剛毛配列が種の識別に用いられることもあるため,グループによっては背面からの図も要求されます.
 一方、⑨腹肢・腹節は影が薄い部位です.特に腹肢は3対ともどれも似通っており,第1腹肢のみを掲載し,第2腹肢,第3腹肢の描画を省略する論文が多いなど軽視されてきた節があり,私が今回扱う分類群においてもそうでした(が,この度,既知種群との明瞭な識別点となりうる形質を尾肢に見出してしまったため,かなり真面目に検討する必要性が出てきました).種によっては腹肢に性的二形が表れるなど特殊な構造を生じることもあり,そういった形質は詳細に記録する必要があります.腹節はしばしば側部が板状になりますが,その後縁端部の形状はグループによって種の識別に極めて有効であるため,うまく描画する必要があります.
 近年では,⑩解剖前標本の落射視野写真を掲載する記載論文が多い印象があります.技術の進歩によって論文に写真を載せる敷居が下がったのでしょうか.できれば生時の状態が伝わるものが望ましいですが,固定後の写真を載せている論文もあります. 分類形質にが用いられることも少なくないので,スケッチをするにあたり描画装置を用いる意義も理解すべきでしょう. そういった中で道しるべになるのは,繰り返しとなりますが,やはり近縁のグループを扱った先行研究に他なりません.



良い線画を描くには

Ink in Black

 生物のスケッチは,意図をもった省略置換を伴う模式図といえるかもしれません(Di Rossi et al. 2020 などはかなりいい感じに模式化されています).私自身,これを認識はしていたものの,先人の記載図を漫然と見るだけでスケッチを知った気になっていた節があり,本来の在り方が抜けていた気がします.

 ちなみに当方の来歴としては,
1.幼少期,ペイントに親しみビットマップ芸を身につける
2.高校時代に生物スケッチの初歩を学び,つけペンで点描画をたしなむ
3.スケッチ技術のアップデートを行わないまま大学生活に突入
4.独学でオートシェイプ芸を身につけ昆虫図鑑を作る
5.臨海実習でイカスミを用いてイカをスケッチして呆れ果てられる
6.卒論では顕微鏡を見ながらフリーハンドでのスケッチと写真からベクタ的な線画を作成することに至る
7.イラレ・フォトショを知らぬまま卒業
 といった感じです.



 イラレを使った Coleman method (Coleman 2003, 2005) は別として,論文に求められるスケッチはオートシェイプ芸とは異なるルールが存在します.
  採集法などは(まともな標本さえ採れれば)いくらでもオリジナリティが発揮されるかと思いますが,標本の処理,描画,記述などの方法論は,他の研究者が共有しているフレームワークに乗らないと,後の研究に利用されないおそれもあります.

 修行中の身で偉そうなことは言えませんが,形態分類に使える線画を作るエッセンス,即ちヨコエビの構造を正確に記録伝達するための心がけとして,以下のような要点が挙げられます.この際,19世紀のスケッチは忘れてください

  • 外形を描く(近年の記載図で殻の厚みを表現したものには Drumn 2018 などがありますが、普通は厚みを無視します)
  • 比や位置関係を正確に描く
  • 節と膜の関係を理解して描く
  • 剛毛など付属物は類別を重視して描く
  • 輪郭の線は繋げて描く


 私は剛毛の描き分けや節の境界の見極めがウイークポイントでした.

 剛毛の種類を知ることは重要です.
 Oshel and Steele (1988) は16種類くらいに分類していますが,その一部をご紹介します.




(参考)先行研究のいろいろな図


 近年の記載論文におけるスタンダードな図は,さきほど示した①~⑩の要素からなります.他に,透過視野の写真や,SEM(電子顕微鏡)画像を載せることもあります.以下に例を示します.


Myers (2004) 

 線画を使わず付属肢の生物顕微鏡透過視野写真のみで形態を示して記載された種があります.現状入手できる白黒コピーの図を見ると,筋肉組織が透過してしまい節の様子や剛毛の重なりなどが非常に見えにくく,あまり良い方法ではないと思います.



Krapp-Schickel (2011)

 外骨格の厚みや,骨格内の組織の構造と思われる丸い模様まで書き込んでいます.一部の種について,落射視野の標本写真と線画を両方掲載しています.




Marin and Sinelnikov (2018)

 付属肢のスケッチは,外骨格の厚みが表現されていたり,基節に被さった底節板の影が点描として描かれていて,面白い仕上がりになっています.また,それに加えて,カラー生態写真を掲載しています.



d’Udekem d’Acoz and Verheye (2017)

 南極から大量のヨロイヨコエビ類を記載したこの論文では,やはりスケッチは1点も掲載されていませんが,落射視野写真を用い,さらに必要に応じて画像に補助線を書き入れるなどしています.外形の立体的な構造に特徴が表れるヨロイヨコエビ類ならではの方法といえるでしょう.



Kim et al. (2013) 

 こちらの論文では,解剖済の各付属肢を落射視野写真で示すという手法を用いつつ,普通の線画も並べて載せられています.




Lörz et al. (2018)

 落射視野のカラー写真,線画,SEM画像を全て載せています.




Fišer et al. (2013)

 付属肢など全体的に線画をベースとして,細かい部分についてはSEM画像を用いて情報を補っています.Kodama et al. (2016) もこのタイプで,スケッチなどでは表現が難しい rostrum と pseudorostrum の関係を示すため,効果的に使用しています.



Serejo and Lowry (2008) 

 SEM画像をベースとしながらも,腹肢,覆卵葉,底節鰓などについては線画で表現しています.



Lowry and Baldanzi (2016) 

 腹肢や覆卵葉の記載はなく,付属肢の図を全てSEMで仕上げています.同定形質として重要でないにせよ,腹肢や覆卵葉の図を全く載せないのはまずいと思います.



 線画にSEMを併用した記載はよく見かけますが,卓上電顕でも500万くらいした気がするので,やはりパンピーが手を出しにくい方法といえるでしょう.また,SEMだけの記載は年に1本あるかどうかの少数派で,今のところ線画が記載図のベースになっています.



 個人的にネ申スケッチだと思うのは,ニューカレドニアのツツヨコエビとワレカラが描かれた Hirayama (1990) です.ぜひチェックしてみてください.

 また,通常は外形の線画のみとなりますが,Lowry and Berents (2005) では,ホソツツムシが入っていた巣を精緻に描画するとともに、巣の主についても模様を点描で表現していて,息を呑む美しさです.


描きはじめよう

STARTING, MY DRAWING!

 オーソドックスな線画に必要なのは以下のものです.


・お絵描き用紙

「トレス」か「直書き」かによって用意するものが違います.

 次工程(墨入れ)でトレーシングペーパーに写す場合,下絵を描く紙は何でもよいとのこと.というわけで,A3のコピー用紙で充分でしょう.これは500枚で千円しないとか,そういう価格ですね.
 トレーシングペーパーにも厚みなどいろいろあるようです.私はホムセンで入手した40g/平米のものを使っていますが,特に不具合はありません.100枚で1,500円とかそのくらいです.海外では,透明なフィルムに書き写すという手法もあるようです.世の中にはインクジェット対応のPETフィルムなどがあり,利用できそうですが,今回は試していません.

 毛の多い部位は書き込みが細かくなるため,普通のコピー用紙ではきめが粗く,うまくいかないこともあります.また,消しゴムで消したりという耐久性も求められます.なので,下絵に直に墨入れする場合,ケント紙が推奨です.A3のケント紙は100枚で2,000円くらいです.



 スケッチを描く時は,ジャーナルに掲載されるサイズより大きくします.大きくし過ぎると線が細くなりすぎますが,その点だけご注意ください.
 なぜ大きく描くかといえば,初めから同じサイズで描くより,大きめに書いて縮小した方が精密で綺麗な図が作成できるからです.
 書き損じが多くなければ,ケント紙やトレーシングペーパーは1種あたり20枚くらいの使用となるイメージですので,100枚程度のロットで購入しても在庫過多にはならないでしょう.



・鉛筆

 Hがオススメとのこと.
 よく尖らせることが重要なのでシャープナーは必需品です.
 シャープペンシルを使う場合,細いほうがよく書き込める気がします.


(左から)ダイソー,ぺんてる「graph gear」,「Staedtler 925」,「pilot 500」.


 巷に溢れる筆記具を見ると,学用品やオフィス用品など「字をたくさん書く」方向にステータスを全振りしたものが目立ちます.これらをスケッチに転用した場合の使い勝手に不安があるそこのあなた!製図関係の文房具メーカーにドイツのステッドラー社があります.

 私が使用しているのは「Staedtler 925」という製品です.~500円の価格帯で探ってみた限り,他社品と比べてフィット感が優れていると感じます.同社製品には,シャープペンシルサインペン製図ペンなど幅広いラインナップがあるのでチェックしてみてください.

 このフィット感というのは,タングステン針の柄にも共通していて,「優れた下書き用シャープペンシル」は「優れたタングステンニードルホルダー」でもあります.私はタングステン用に回してしまいましたが,ぺんてるのグラフギアシリーズはグリップに重みがあり描画用としてもなかなか良さげです.

 製図用のシャープペンには数千円するものもあります.そのへんはまあお好みで・・・



メンディングテープ,消しゴム,筆記用シャープペンシル,描画用シャープペンシル,シャープペンシルの芯.



・メンディングテープ

 紙がズレないように押さえます.これがないと口にするのも恐ろしい大変なことが必ず数秒で起こります.100均で買えます.



・墨入れ用ペン

 製図ペンと呼ばれるもの.私の場合,0.05mmで剛毛を描き,0.1mmで外骨格を描きました.
 墨入れには「つけペン」も用いられますが,太さが均一にならないので熟練を要します.まず剛毛用に細いものを使い,先端が摩耗して線が太くなると,外骨格用にジョブチェンジさせるのが一般的なようです.

(左から)「Staedtler 01」,サクラクレパス「Pigma 005」,パイロット「Drawing pen 005」.

 市販されている極細フェルトペンや製図ペンをいろいろ使ってみた感じでは,サクラクレパスの「pigma」が最も黒の発色が鮮やかな印象で,ステッドラーとパイロットがそれに続きます.価格は200円しないくらいです.
 なお,富川・森野 (2009) ではカートリッジ式の「マルスマチック」というステッドラー社製図ペンがオススメされていますが,使い捨てのものとの違いは検証できていません.本体に重量があって書きやすいはず・・・と勝手に推測しています.価格は2000円以上するようです.





 道具を揃えたら,さっそく描き始めます.
 スケッチの要領については,基本的に富川・森野 (2009) に全てが記されており,追加すべき情報は特に無いのですが,生物顕微鏡下での観察に関して個人的に思ったところを述べます.

 ヨコエビをはじめとして小型甲殻類の線画には幾通りかパターンがあり,特に剛毛の表現などは人によって微妙に異なります.

 コペの某先生はペン画の教室に通ったとのことで,個人のスキルによる部分が大きいのでしょう.とはいえ,1つの仕事の中ではルールを統一すべきです.


(左)デジタル描画;(右)手書き.
 右端は剛毛の透過を表現しない例.

 このように外骨格と剛毛は線の太さを変えて混同しないようにします.線が交わった時に奥側の線を遠慮させる(右端)表現もあります.

 また,デジタル描画(デジタルインキング)において,特に太い剛毛をグレーに塗って他の毛と識別する手法もあります (Krapp-Schickel 2011)
 


 デジタル描画は,毛のパーツなどはコピペで対応する場合もあるようです.Colemanいわく「きれいな図が短時間で描ける」とのことですが,Coleman method に忠実に実施する場合,標本を脱脂・タンパク融解して外骨格を得た後,染色して撮影する工程が必要です.このノウハウが確立していないのと,デジタルでは線の端が四角になって「いかにも」な感じが醸されるため,実施は見送りました.

 手書きにせよデジタルにせよ,基本的に見たままを描けばよいのですが,剛毛のタッチにはそれなりにバリエーションがあるようです.

 
さまざまな剛毛の描き方.”Strongly fringed” は,
縁取りがある剛毛とそうでないものを区別するために用います.
右は途中で切れている場合の表現.


 剛毛が生えている根元部分は,何らかの装飾により強調すべきと教わりました.また,特に強く縁どられている根元部分は他と区別して描画するよう心がけました.
 途中で切れているのが見て分かる剛毛(あるいは外骨格の欠損部)については, 点線や「~」マークで本来の状態ではないことを示すのが慣例です.



 描画には,直に描く方法と,トレースする方法があるといいました.
 わざわざ別の紙にトレースするのは,墨入れを書き損じた時の保険と,下書きを後から参照できるため,とのことです.確かに下書きには顕微鏡で見えたものを更に模式化してメモしたりと,単に線画を作成する以上の情報を付加できます.



(上)墨入れ.(下)下書き.


 製図ペンは必ず,このように垂直に立てて使います.




 さもないと



 こうなります




ペン先が斜めになっている不調法者の証.



 ちなみに,スケッチには一枚ごとに,ミクロメーターで正しいスケールを入れておいて下さい.後で詰みます.
 最初に顕微鏡を買ったとき,ミクロメーターを発注し忘れていたので,スケッチにあたっては業者へレンズを送って組み込みをお願いしました.接眼ミクロメーターは数千円で,これにアタッチメントや工賃がそれぞれ数千円ずつかかります.せっかくなので今回は正規の対物ミクロメーターも購入しました.合計で15,000~20,000円程度です.対物ミクロメーターは最初しか使わないので,誰かから借りたりしてもよいでしょう.

 スケッチは,端からうまくレイアウトできると考えなくてよいです過去の文献ではLincoln (1979) のように描いてる途中で付属肢が被ってしまったスケッチもありますが— .後からレイアウトする前提で,1つ1つのバランスは考えず,A3の用紙いっぱいになるべく倍率を上げて書き込むことをお勧めします.

 スケッチが蓄積してくると枚数が増えてかさばるようになります.とりあえず私は上部に足の名前を書き込んでいます.

スケッチの管理例.記載論文の投稿に伴ってどこかしらに標本を供託/寄贈するにせよ,
それまでは,自分の標本管理番号を振って紐づけしておいたほうがよいです.




取り込もう



 さて,スケッチが描けたら,電子データとして取り込まねばなりません.

 拙宅のスキャナーはA4が限界です.縮小して掲載されることを想定してA3の紙に書いたスケッチを,コンビニのコピー機で70%コピーしてから,A4の図としてスキャンし,はじめて線画のデータが得られます.かかる費用は10円×12枚=120円くらいです.


 最初に,PC内で画像のレイアウトを試みました.
 イラレやフォトショなしの縛りプレイを貫いて参りたい所存でしたが,今回は線画の取り込みデータが指定解像度(1200bpi)で4~7MB程度になり,無事死亡のはこびと相成りました.パワポやエクセルに貼り付けてレイアウトしようと試みましたが,自動でサイズダウンされるようで,画質が著しく落ちるのです.

 オートシェイプでトレースしてベクタ化すれば,解像度の制約なく容量が落とせるはずですが,非常にめんどくさいのと,パワポやエクセルで作成したオートシェイプの線は端が四角になっていて,細い剛毛や毛の根元の凹みなど,繊細な表現には向いていないことから,墨入れしたものをスキャンして使いたいところです.


筆者の数少ない特技「オートシェイプ芸」
一般的には何が起こっているのか理解されにくい特殊な芸能の一つで、
国の重要無形文化財に指定されていません。

 そこで,幼少の砌に覚えたもう一つの特技「ビットマップ芸」を駆使することになったのですが,1200bpi の画像ファイルをペイントでこねくり回すのはゲロ重です.しかもなぜかペイントで編集したJPEGを再度ペイントで開こうとすると,エラーになります.


 ということで,どのようなデジタル環境であっても快適に線画をレイアウトするにはどうすればいいか,それはズバリ

アナログ

 ではないでしょうか.

 要するに,スキャンする前にレイアウトを完成させておくわけです.
 子供のころの工作を思い出します.線画を切り取って,紙に貼り付けていきます.紙の段差が影になるので,メンディングテープで埋めます.そしてありがたいことに,メンディングテープはコピーした時に綺麗に向こうが透けるので,被りを気にせず貼りまくることができます.



 しかし,その画像をスキャンしてから,またゲロ重との戦いが始まります.
 とりあえずペイントでゴミを消したりしてましたが,そうやってできあがった画像ファイルの重いこと重いこと.

 投稿規定には「本文と画像を合わせて5MB」とあるのに,画像1枚が既に200MBを超え,泣きそうでした.普通に白黒変換したり拡張子を書き換えるだけでは到底規定を守れそうにありません.


 そこで編集委員に泣きのメールを入れてみたところ,ファイル形式の変更についてかなり細かいアドバイスをもらうことができました.そして「GNU Image Manipulation Program(GIMP)」というフリーソフトを入れてみました.


 このソフト,さすがヌープロジェクトなだけあって,無料なのに非常に高性能.だいたいのファイル形式には対応しており,基本的にどんな画像も自由自在に出し入れできます.PDFをPNGに換えたりなんてこともできます.
 ただ,どうやら「圧縮なしtif(カラー)」→「圧縮tif(白黒)」の変換を苦手としているらしく,何度もエラーを吐いて発狂しそうになりました.一度別の形式を挟んで白黒画像を生成して,例えば「圧縮なしtif(カラー)」→「png(白黒)」→「圧縮tif(白黒)」の順で変換すると上手くいきます.
 最初にビットマップで編集した画像は,圧縮なしのtifでどうやっても 200~10MB くらいでした.しかし,GIMPを使って生成した圧縮tifでは 100~300KB の驚きの軽さ!しかもまたペイントに戻すこともできます.
 
※ちなみに,科学論文に使う写真をフォトショで編集する方法は Bevilaqua (2020) なども参考になりそうです.


 こうして線画を自由自在に操る術を身につけた(?)私は,文章の仕上げに入っていきます.



(次回予告)

線画を仕上げたヨコエビおじさんの目の前に,無数の横棒が現れる!形態分類厨に突き付けられた挑戦か?神の気まぐれか?Unicodeが微笑む時,新しい朝が訪れる.

 次回,ROAD TO DESCRIPTION 「作文」篇

 お楽しみに.





(参考文献)
Bevilaqua, M. 2020. Guide to image editing and production of figures for scientific publications with an emphasis on taxonomy Image editing for scientific publications. Zoosystematics and Evolution, 96(1): 139158.
— Coleman, C. O. 2003. “Digital inking”: how to make perfect line drawings on computers. Organisms Diversity & Evolution, 3(4): 303–304.
Coleman, C. O. 2005. Speeding up scientific illustrations. A method to avoid time consuming pencil drawingsparticularly in arthropods. NDLTD Union Catalog.
Di Rossi, C.; Sciberras, M.; Bulnes, V. N. 2020. Description of Ptilohyale corinne sp. nov. (Amphipoda: Hyalidae) from the Bahía Blanca estuary, Argentina, including a key to all valid Ptilohyale species. Zootaxa, 4763(1): 125–137. 
 動物命名法国際審議会 2000.国際動物命名規約第4版日本語版.xviii +  133  pp.日本動物分類学関連学会連合,札幌.
Drumn, D. T. 2018. Two new species of Cerapus (Crustacea: Amphipoda: Ischyroceridae) from the Northwest Atlantic and Gulf of Mexico. Zootaxa, 4441(3): 495–510.
Delić, T.; Trontelj, P.; Rendoš, M.; Fišer, C. 2017. The importance of naming cryptic species and the conservation of endemic subterranean amphipods. Scientific Reports, 7(3391).
d’Udekem d’Acoz, C.; Verheye, M. L. 2017. Epimeria of the Southern Ocean with notes on their relatives (Crustacea, Amphipoda, Eusiroidea). European Journal of Taxonomy, 359: 1–553.
Evenhuis, N. L. 2002. Pieza, a new genus of microbombyliids from the New World (Diptera: Mythicomyiidae). Zootaxa, 36: 1–28.
Fišer, C.; Zagmajster, M.; Ferreira, R. L. 2013. Two new amphipod families recorded in South America shed light on an old biogeographical enigma. Systematics and Biodiversity, 11(2): 117-139.
Hirayama, A. 1990. Two new caprellidean (n. gen.) and known gammaridean amphipods (Crustacea) collected from a sponge in Noumea, New Caledonia. The Beagle, 7(2):21–28.
— 石丸信一 1985. ヨコエビ類の研究方法. 生物教材, 19(20): 91–105.
Kim, M.-S.; Jung, J.-H.; Min, G.-S. 2013. A new beach-hopper, Platorchestia parapacifica n. sp. (Amphipoda: Talitridae), from South Korea, with molecular phylogeny of the genus Platorchestia. Journal of Crustacean Biology, 33(6): 828–842.
Kodama, M.; Ohtsuchi, N.; Kon, K. 2016. A new species of the genus Rhinoecetes Just, 1983 (Crustacea: Amphipoda: Ischyroceridae) from Japan. Zootaxa, 4169(1): 133–144.
Krapp-Schickel T. 2011. New Antarctic stenothoids sensu lato (Amphipoda, Crustacea). European Journal of Taxonomy, 2: 117.
— Lincoln, R. J. 1979. British marine Amphipoda: Gammaridea. British Museum (Natural History), London, 658 pp.
Lörz, A.-N.; Jażdżewska, A. M.; Brandt, A. 2018. A new predator connecting the abyssal with the hadal in the Kuril-Kamchatka Trench, NW Pacific. PeerJ, 6: e4887. doi: 10.7717/peerj.4887
Lowry, J. K.; Berents, P. B. 2005. Algal-tube dwelling amphipods in the genus Cerapus from Australia and Papua New Guinea (Crustacea: Amphipoda: Ischyroceridae). Records of the Australian Museum, 57: 153–164.
Lowry, J. K.; Baldanzi, S. 2016. New talitrids from South Africa (Amphipoda, Senticaudata, Talitroidea, Talitridae) with notes on their ecology. Zootaxa, 4144(2): 151–174.
Marin, I.; Sinelnikov, S. 2018. Two new species of amphipod genus Stenothoe Dana, 1852 (Stenothoidae) associated with fouling assemblages from Nhatrang Bay, Vietnam. Zootaxa, 4410(1). 
Mattingly, P. F.; Rageau, J. 1958. Culex (Culex) iyengari n. sp., a New Species of Mosquito (Diptera, Culicidae) from the South Pacific. Pacificscience, 12: 241–250.
Myers, A. A. 2004. Amphipoda (Crustacea) of the family Aoridae (Corophiidea) from Rodrigues, Indian Ocean. Journal of Natural History, 38: 3123–3135.
Oshel, P. E.; Steele, D. H. 1988. Comparativé morphology of amphipod setae, and a proposed classification of setal types. Crustaceana, Supplement No. 13, Studies on Amphipoda (Proceedings of the VIth International Colloquium on Amphipod Crustaceans, Ambleteuse, France, 28 June-3 July 1985): 90–99.
Serejo, C. S.; Lowry, J. K. 2008. The coastal Talitridae (Amphipoda: Talitroidea) of Southern and Western Australia, with comments on Platorchestia platensis (Krøyer, 1845). Records of the Australian Museum, 60(2): 161–206.
Singh, N. S.; Phillips-Singh, D.; Lal, D. 2012. Role of morphometric description of female genitalia to discriminate Phlebotomine sand flies species (Diptera; Psychodidae; Phlebotominae) from Northern Part of India. Journal of Entomology, 9: 389–395.
富川光・森野浩 2009. ヨコエビ類の描画方法. 広島大学大学院教育学研究科紀要, 17: 179–183. 

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補遺 (16-VIII-2024)
  • 一部誤字の修正。
  • 書式設定変更。

2019年5月3日金曜日

令和はバイブレーションとともに(5月度活動報告)



 元号が改まって初めての採集です.平成をどう終えたかといえば自宅に籠って文献調査,令和をどう迎えたかといえば自宅に籠って文献調査をしておりました.岡山は手強いです…


 さて,今回はせっかくの10連休の中の大潮を大切にしたい(?)という気持ちから,採集会を企画いたしました.



干潟漫画家・小原先生と行く!
GW 電マ端脚採集会!!


物好きな皆さん.


 電マ採集とは,昨年から私が提唱している新しい干潟採集法で,大地とひとつになる感覚を味わえる稀有な方法です.昨年11月の深夜に実施した実績はあるものの,目覚ましい成果を上げるには至っていません.


   今回はその真価を確かめたいと思います.


11月に使用したものと同じ,干潟専用の完全防水マッサージ器です.



 電マを使うことに加えて,採るのは端脚類だけというニッチ・オブ・ニッチの企画ですが,普段から科とか属とか種レベルで採集計画を立てることが常のヨコエビストにしてみれば,何ら違和感はありませんね().




 千葉県某所干潟.午前9時30分.
 



 潮はわりと引いています.


 あと,親子連れをはじめとして,人がめっちゃいます.


 そこに響き渡るモーター音.


 干潟面の穴や海藻を刺激してみます.

 すると

電マは優しく当てます.


 海藻から這い出してくるトゲワレカラ(Caprella scaura)の皆さん.



 バットを用いて採集をする際,海藻に付いているヨコエビやワレカラを洗い落とす工程を経た後,バットに残った生き物を収集します.しかし,電マを使うことで,拾ったままの海藻から這い出してくる生物を効率よく発見することができそうです.


定番のモズミん(Ampithoe valida).


 モズミんに混じって,赤みを帯びたヒゲナガヨコエビがいます.確か過去にこの界隈で赤茶色のヒゲナガが採れた時は別種だったような気が・・・


こちらはAmpithoe tarasoviです.


 Ampithoe valida A. tarasovi はよく似ていますが,底節板後縁に剛毛束があるかどうかで見分けられます.

モズミんの第4底節板以外の剛毛は見えにくいですが,
 顕微鏡下で剛毛の存在を確認しました.

 見慣れてくると,全体のプロポーションやオス第2咬脚の形状を見れば,肉眼でも見分けられます.また,成熟しきったオスは第1咬脚が大きく発達するので,A. valida とはだいぶ趣が異なるように見えます.




 電マを砂の中に押し込んだり,沈めたりして待っていると,オサガニなんかが飛び出してきます.他にはヒモハゼやシミズメリタなど.

 やるじゃないか,俺の電マ.

シミズメリタヨコエビ(Melita shimizui)ですね.


 しかし,途中からどうもスイッチの反応が悪くなり,汀線へたどり着くころにはとうとう沈黙・・・

 大地はやはり強かった.

 次の出撃に備え,さっそく新たに(もっと強そうな)電マを発注しました.
 

※機器の操作に集中しており,あまり写真を撮っていませんでした.ご了承ください.








 さて,電マ採集後は,谷津干潟に寄って「ガタガール原画展」を拝ませていただきました.


何年振りかの谷津干潟.


 原画撮影自由という太っ腹!
 

ガタガール既刊を買うこともできます.




フェスティバルと原画展のポスターが干潟の柵にも張ってあります.



2018年11月24日土曜日

干潟の望月(11月度活動報告その2)


 秋も彩り豊かにいよいよ深まり、朝晩の冷え込みの中にどこか冬の足音が聞こえる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 さて最近、11月と12月のラベルの干潟のヨコエビ標本がほとんどないことに気付きました。

 春を過ぎると潮が悪くなるとともに、海藻の現存量も芳しくなく、干潟でヨコエビを採るのはだんだん厳しくなってきます。

 しかしまあ、一度も調査したことがないというのもアレなので、東京湾内湾最大級のヨコエビリティを誇る干潟で冬季採集を試みました。




 折しも、藤原道長が望月の歌を詠んでからちょうど1000年目にあたるという満月が、纏った薄雲を眩く輝かせながら、天頂から見下ろしています。



 千葉県某所干潟
 午後10時

 暗いので写真はほぼないです。
 この干潟の夜間アタックは学生以来ですね。当時は1.2kmばかり歩いて30測点以上採取し、その後夜通しソーティングなどしていましたから、若かったんですねぇ・・・

 今回の本命は潜砂性種とします。

 また、新たな採集法も試します。



誑かす砂上の月光

(ハマトビキャッチャー)



 砂浜水盤ライトトラップです。
 ここでのハマトビキャッチャーも学生以来です。

 白浜では採れるかどうかの確認でしたが、今回は効率的な採集を目的として、放置プレイバージョンと、攪乱ありバージョンなどで効果を比較してみました。この結果については改めてどこかで。

ハマトビキャッチャー(改)

 使用したLEDライトは公称1000LMらしいのですが、見た感じはよく分かりません。COB12灯の拡散光、とにかく頼もしい明るさです。

 ハマトビキャッチャー実施中に沖で採集していましたが、この通り、遠くからでもよく見えます。暗くなると道が分かりにくくなるので、以前の夜間アタック時もライトを吊るしたり工夫していましたが、これは一石二鳥です。

矢印部分がハマトビキャッチャー改の光です

 ありがたいことにというべきか、不思議なことにというべきか、これをやるとハマトビ(と寄生ダニ)しか採れません。土地柄や季節もあるでしょうが、目的外の生物を殺さずに済むのは良いことです。

Platorchestia pacifica

 ハマトビキャッチャーは、沈黙を抱く湖(エキストラハイパートニック)と併用できますが、集められたハマトビは光に寄せられてバットからあまり逃げないので、普通の海水でも問題ありません。




濡れそぼつ小さな秘め事

(シークレットバイブレーション)


 これはフエコチドリの足技から着想した技です。
 砂をコチョコチョして獲物を探索する行動は渉禽類などでよく見られるのですが、その再現を狙ったものです。

 使用するのはこちらです。


Amaz○nにて購入。2399円。

 市販されている観察用具です。モーターが内蔵されており、10種類のモードから振動パターンを選択できる優れモノです。

 全体がシリコンコーティングされており、マグネット電極充電式なので、水中でも使用できます。 

オゴノリに潜らせてみる

 やってみると、海藻の中にいるヘラムシやアゴナガヨコエビなどがフラフラと出てくる感じがします。
 海藻の付着生物狙いであれば従来のように普通にバットで洗ってもよいのですが、海藻が基質から取り外せない場合や、バットにあけると噛んでいた砂がばっと広がって生き物を見つけにくいような、夾雑物が邪魔になる場合などに使えそうです。


アゴナガヨコエビ属 Pontogeneia

 また、今回砂中に挿入した限りでは、特にこれといった収穫はありませんでしたが、スゴカイイソメやイワムシなど潜行能力が高く掘り起こし採集が難しい多毛類に使っても良いかもしれません。

 この観察用具、寒い干潟では握り締めることで指先の血行が促進され、またモーター部が発熱することで、暖を取ることができるというメリットがあります。
 また、本来の用法ではありませんが、眼精疲労や肩こりによく効きます。
 ただし、取扱説明書を見ると、なぜか対象年齢が18禁表記になっていましたので、ご購入時にはお気を付けください。




 ちなみに、砂を掘りましたが、出てくるのはウミナナフシばかりで・・・
 あとはヒメドロソコエビ属と、エビジャコと、クーマですね・・・


未成熟だがたぶんヒメドロソコエビ Paragrandidierella cf. minima




 夜の干潟は視界が非常に悪く、泥干潟などに入り込むと極めて危険です。夜間チャレンジする前に、昼間に何度も足を運んで現場の状況を頭に入れておく必要があるでしょう。
 また、干潟を吹きすさぶ風と突いた膝から上ってくる冷気は、身体を冷やすには十分です。冬干潟は楽しいものですが、風を遮断できる素材,保温素材,首周りの防寒,そして手足から逃げる熱への対策が重要です。

 夜間かつ冬の採集は、これらが連携攻撃で襲ってきます。単独行動は極めて危険(良い子は真似しないでね☆)であることと、引き際が肝心であることは申し添えておきます。
 今回も不甲斐無いことに目的種についてはボウズでしたが、無事に還れたのでこれでよいこととします。


2018年9月28日金曜日

ROAD TO DESCRIPTION Ⅵ (9月度活動報告)



 うだつのあがらないサラリーマンによるヨコエビの記載に向けた活動の軌跡です。


I(立志篇)
II(救済篇)
III(解剖篇)
IV(研鑽篇)
V(調布篇)






 前回、調布篇ではいよいよ顕微鏡の購入に向けて動き出した旨をご報告しました。

 せっかくなので助成金などをいろいろ検討して、若干すったもんだあったのですが、今回は身銭を切って購入することにしました。
 ただ、中古なので、出費としては当初の想定最大予算の3分の1以下ですね。ありがたいことです。









 人一人が入れそうな段ボールと格闘。

 尋常ではない緩衝材の量ですね。





 箱にネジが貫通してますね。ライカさんお茶目ですね。




 組立図とかは特にありませんがまあ悩む要素はあまりないです。

 あと、ネットに無料でカタログがアップロードされてたりするので、ダイアグラムを簡単に確認できますね。



実体顕微鏡


Ampithoe valida

(*'ω'ノノ゙☆パチパチ...



生物顕微鏡



Victoriopisa ryukyuensis

(*'ω'ノノ゙☆パチパチ...



 とうとう我が家に「端脚類研究室」が設立されました。




 さて、少し考えれば分かる程度の話ではありますが、顕微鏡受け入れ時に用意しておいた方が良いもの。


収納スペース
 言わずもがな。パンフレットの諸元でも確認できますが、お店で見た時に形状のかさばり具合とか、マキシマムの大きさを測っておいたほうがいいかもしれません。今回は描画装置をセットアップした状態を見る機会はなかったので、出荷前に業者のほうで測ってもらうのもアリかもしれません。
 ちなみに調整可能なメタルラックに収納することにしていたため、今回私のほうでは購入前には大きさはあまり気にしていませんでした。



エアブロワー
 分解されている顕微鏡を組み立てる際、レンズとレンズの間にゴミが入らないようにする必要があります。



マイクロファイバークロス
 ブロワ同様。家にPCのノベルティでもらったのがあったので流用しました。



 あと、オリンパスはカバーがついてきましたが、ライカはついてこなかったので、大きくて厚手のビニール袋などは用意しておいた方がいい気がします。



 そして転倒防止。
 最近大きな地震もあったのでできる限りの対策はしておきたいところ。

 ひとまず自転車のカゴ用ネットを購入して、メタルラックに縛り付けることにしました。
 
 

 また、トリセツについて。
 オリンパスの本体には紙ベースでついてきたのですが、描画装置には無く。ただ、ネットで探してみるとすぐ出てきたのでとりあえず確保。

 ライカは公式サイトにあるのがカタログ止まりだったので、顕微鏡業者に確認してもらったのですが、1台ごとに付属するものではないとのこと。
 そんなご無体な、と思っていたら、 Manuals Onlineという、説明書の類がアップロードされているサイトがあって、そこで見つかりました。


 これから双眼実体のライティングなどを検討していくことになります。


 
(つづく)