記載論文をまた書いているわけですが、寄贈先から思わぬ依頼が。
「寄贈するコレクションの評価額を記入してください」
”世界に一つだけ”のホロタイプは言わずもがな、同じ記載論文で指定されたパラタイプ標本も基本的には替えが利かないもの=pricelessという認識だったので、それは晴天の霹靂ともいえるものでした。
いやでもよく考えたら、博物館同士で標本をやりとりする時の保険とかの関係で、そういう書類がやりとりされてる様子は見たことありました。
というわけで、何となく決めるのも気持ち悪いので、専門外ながらいろいろと調べてみました。
※数時間で書いた突貫記事です
※実際の標本に関わる数値はあえて不明確に表現しています
地衣類のタイプ標本(ホロタイプ?)
¥172(税別:2017年3月当時の為替レート)
Scienceに詳しいようだが、読めていない。
甲虫のパラタイプ標本
¥70,000(税別)
本種の記載論文 (Zhang & Barclay 2021) においてアクロニムNo.がない標本が2つあるだけに、妙な信憑性がある。この所在不明の1♀1♂は実際のところは小林一秀氏の手元にあると推測されるが、そこから市場に流れたか、あるいは別ルートで出回ったか、当方に確認の術はない。ともかく「パラタイプ標本」を謳う動物の死体にこれだけの値段がついたという事実だけを参考としたい。
甲虫のトポタイプ標本
数千円(ヤフオク)
数十円で投げ売りされてるのもあり。産地の信憑性もよくわからない。
鉱石のトポタイプ標本
¥495,000(税込)/129x96x70 mm, 1,931 g
動物の標本については基本的に重さを考えないためこれは貴重な情報。
哺乳類のホロタイプ標本(レプリカ)
¥2,800(税別)
ヨコエビのレジン封入標本
¥2,000(税別)
ワレカラのレジン封入標本
- トゲワレカラ (海鷹祭オンラインストア)
¥800(税別)
ヨコエビの透明化標本
¥3,600(税別)
ヨコエビの乾燥標本
~¥13,000(税別)
今回の標本群は足掛けで複数年(実日数にしても数十日)かけて得られた4桁オーダーの個体からなります。共著者が根気強く採集してくれたものですが、もともと自然界にあったものなので、実質的な金銭的価値は手間賃と考えられます。
厳密な作業時間はこの際勘案しないとして、例えば採集作業への従事者を1人の「軽作業員」とみなし、該当期間の公共事業労務単価表からタイプ産地における人件費を拾いました。
これらの数値をもとに全ての標本を集めるのにかかった人件費を求めて単純に標本の個体数で割り、送料やら薬品代やら瓶の値段やらを加えて丸めると、1個体あたり¥1,000程度でした。海外採取のアカントガンマルスは比較対象にならないとして、国内採取の鳥羽水族館と比較してもお安い。採集方法や処理方法が異なる点、またこの算出方法では標本の個体数により単価が大きく変動することを考慮すると、数千円という幅で概ね一致したものと考えてよさそうです。
問題は、これがタイプ標本だった場合です。ヨコエビにおいてタイプシリーズに値段がついた例を私は知りません。
今回軽くググった中では、ヤフオクで売られていた Psalidocoptus satori が唯一参考になりそうな例です。これは記載されたばかりという話題性もさることながら、前胸の鋭い棘や大きく盛り上がった前翅に走る力強い溝など、造形的にもマニア受けすること請け合いである。ヤフオクで他の海外産のビジュアル系カミキリムシを探してみると、だいたい数千円~5万円程度でした。このことから、「目新しい新種のパラタイプ」であるという付加価値に相当する掛け率は1.5~25倍の幅の中に存在すると考えます。
ただし、今回の記載論文におけるパラタイプ標本を得るには前述の多量の標本からの厳選という過程が不可欠だったので、そのレアリティも考慮する必要があります。というわけで、論文に使用したパラタイプの点数で前述の人件費を割ると、だいたい¥10,000になりました。
加えて、パラタイプ標本を指定する論文にも手間がかかっています。前作では牛歩の如く足掛け4年かかっているので記載論文にかけた時間を正確に算出するのは難しいですが、体感として自分以外に原稿のチェックをしてもらう時間も含めて1種につき半月ぐらいかかっているので、雇用統計から「研究者」の時給を拾って加え、1種あたりのパラタイプ標本の点数で割り、前述の備品の費用を加えると、やはりだいたい¥10,000になりました。
結論。
どんぶり勘定にどんぶり勘定を重ねた結果、 今回のパラタイプ標本の値段は1点あたり20,000円と算出されました。カミキリムシを参考に算出した掛け率の幅には一応収まります。タイプシリーズに含まれない標本や論文そのものの経済的な価値が重複して計上されてはいますが…
本来は送料や交通費などもかかるはずで、実際に公文書に記載する数値は上記とは異なります。あくまで思考実験とお考え下さい。
(参考文献)
— Matsubara, S. Miyawaki, R.; Hirokawa, K. 2003. Niigataite, CaSrAl3(Si2O7)(SiO4)O(OH): Sr-analogue of clinozoisite, a new member of the epidote group from the Itoigawa-Ohmi district, Niigata Prefecture, central Japan. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 98: 118–129.
— Zhang Y. ; Barclay M. V. L., 2021. A remarkable new species of Prioninae (Coleoptera: Cerambycidae) from Guadalcanal, Solomon Islands. Faunitaxys, 9(22): 1–5.
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・一部書式設定変更。