2021年9月18日土曜日

ディケロガマルスだけじゃない淡水ヨコエビの外来種問題について(9月度活動報告)

 

 以前こちらの記事でディケロガマルス・ヴィローススについて触れましたが、ここ数年、淡水域を中心に様々な外来ヨコエビについての論文は数多く、研究者の間で関心事になっているのは間違いありません。

 

 今年のベントス・プランクトン合同大会 (以下、市原・田辺 2021) でも取り上げられた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus(通称フロマミ)は、日本で最も注目されている淡水の外来ヨコエビといえるでしょう(「フロマミ」は私が2016年ごろから勝手に言っているものなので、基本的に世の中で通じないしつまり通称ではない・・・?!)

 利根水系で発見されて以来、90年代末から2000年初頭にかけて急激に広まったようです (金田ほか 2007)。海外では英国 (Mauvisseau et al. 2018)、 アイルランド (Baars et al. 2021) でも発見されており、今後も拡散していく可能性があります。

 フロマミの動態は、多少付き合いの長い日本でも、今まさに研究が行われている途中です。水域間の水草の移動に伴って拡散していると考えられますが、具体的にどのようなルートで分布を広げるのか、確証は得られていないようです。また、在来生態系や産業をどれほど脅かすのか、以下のような報告がありますが、十分な知見が得られている状況ではありません。

  • ワサビへ正の走行性を示すようです。ただし、ワサビへの食害については在来のオオエゾヨコエビ Jesogammarus jesoensis と比較して大きなものではないとのことで (古屋ほか 2011)、食害に寄与するにせよフロマミの侵入により生じる産業への害を予見したものではないと考えられます。
  • 在来種・オオエゾヨコエビ J. jesoensis とフロマミは微環境の違いによって棲み分けている傾向があり、若干の相互作用はありつつも排他的ではないとの報告があります (田中ほか 2010)
  • ナリタヨコエビ J. naritai はフロマミよりブルーギルの捕食圧を受けやすいとの報告があり、フロマミの拡散や在来ヨコエビとの競合という面からも、重要な外来魚であるブルーギルの管理という面からも、特筆すべき現象だと思います (石川ほか 2017;山本ほか 2017)。 

 市原・田辺 (2021) の考察はこの「捕食圧の違い」を前提にしているようで、ナリタヨコエビとフロマミの付着基質の違いは、フロマミによるナリタヨコエビの駆逐というよりは、それぞれの捕食回避戦略・基質選好性によるという解釈がしっくりくると思います。一方、例えば侵略的外来種の代表種であるディケロガマルス・ヴィローススは隠れ場所を巡る競争で在来ヨコエビに勝ることが知られ、外来魚とのコラボによって在来ヨコエビを絶滅に追い込んだ事例 (Beggel et al. 2016) も報告されています(ディケロガマルス・ヴィローススについては,こちらをご参照ください)。日本在来の多くのヨコエビと比較してフロマミの体躯は小さく、空間ニッチを巡る競争で分があるようには見えませんが、現状の情報だけで楽観はできないと思います。

 日本の在来ヨコエビは水質指標種として扱われる場面が多いなど、一般的に「きれいな水」を好むように思えます。一方フロマミは、有機物が多いあるいは水温が高い等、いわゆる「悪条件」の水域への適応性が高いようです (金田ほか 2007等)。これは、ニッチの競合に勝利する可能性以前に、多くの水域でそもそもニッチが異なることを示唆するように思えます。海外ではこれに類似したものとして、電気伝導度が高くなるに従って外来種 Echinogammarus ischnus が優占するとの研究があります (Kestrup and Ricciardi 2009)。開発に伴って清流環境が減ったことで在来種の生息域が減少し、人為的な改変圧のかかった環境が増えてそこを利用できる外来種が増殖する。アメリカザリガニなどが、こういった例の代表かもしれません

 一方、フロマミは食性も幅広く、前述の植食性のほか、捕食性が強いという説もあります。また、水質や水温の条件が幅広いことに加えて、表層水環境では複眼が出現し地下水環境では消失する(篠田 2006)など、その適応力には目を見張るものがあります。 こういった状況から、直接的な影響だけでなく、例えば地下水系の昆虫類等への捕食圧等、目に見えにくい場所の影響に留意するべきかと思います。


 英国では、ディケロガマルス・ヴィローススと同属の Dikerogammarus haemobaphes は、微胞子虫 Dictyocoela berillonum の寄生によって性転換が起こり、侵入能力が高まっているとのこと(Green Etxabe et al. 2015)。外来種1種だけでなく、付随している生物にも目を向ける必要があるといえます。

 ツイッター等を監視していると、日本ではアクアリウムショップで各種ヨコエビが販売されていて、Hyalella属などはフロマミと同様に水草に紛れて偶発的に水槽に現れているようです。今のところ、フロマミ以外のヨコエビが定着しているという話は聞こえてきませんが、引き続き監視を続けていく必要があると思います。

 

 淡水以外のヨコエビについてはまたの機会に。

 

 

<参考文献>

Baars, J.-.R; Minchin, D.; Feeley, H. B.; Brekkhus, S.; Mauvisseau, Q. 2021. The first record of the invasive alien freshwater amphipod Crangonyx floridanus (Bousfield, 1963) (Crustacea: Amphipoda) in two Irish river systems. BioInvasions Records, 10. 629–635.

Beggel, S.; Brandner, J.; Cerwenka, A. F.; Geist, J. 2016. Synergistic impacts by an invasive amphipod and an invasive fish explain native gammarid extinction. BMC Ecology, 16, 32. DOI: 10.1186/s12898-016-0088-6

— 古屋 洋一・今津 佳子・久米 一成・金子 亜由美 2011. 静岡県における外来種(フロリダマミズヨコエビ)の生態調査.静岡県環境衛生科学研究所報告, (54):13–19.

Green, E. A.; Short, S.; Flood, T.; Johns, T.; Ford, A. T. 2015. Pronounced and prevalent intersexuality does not impede the ‘Demon Shrimp’ invasion. PeerJ, 3:e757 

— 市原 龍・田辺 祥子 2021. PP04 琵琶湖におけるヨコエビの動態解析. 2021 年日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会 講演要旨集.

石川 俊之・木下 智晴・山本 賢樹 2017. 琵琶湖において同所的に生息するナリタヨコエビ(Jesogammarus naritai)とフロリダマミズヨコエビ(Crangonyx floridanus)に対するブルーギル(Lepomis macrochirus)による捕食圧の違い. 滋賀大学環境総合研究センター研究年報, 14 (1): 51–55. 

—  金田 彰二・倉西 良一・石綿 進一・東城 幸治・清水 高男・平良 裕之・佐竹 潔 2007. 日本における外来種フロリダマミズヨコエビ(Crangonyx floridanus Bousfield)の分布の現状. 陸水学雑誌, 68 (3): 449–460.

Kestrup, Å. M.; Ricciardi, A. 2009. Environmental heterogeneity limits the local dominance of an invasive freshwater crustacean. Biological Invasions, 11 (9). 2095–2105. 

Mauvisseau, Q.; Davy-Bowker, J.; Bryson, D.; Souch, G. R.; Burian, A.; Sweet, M. 2018. First detection of a highly invasive freshwater amphipod (Crangonyx floridanus) in the United Kingdom. BioInvasions Records, 8.

— 篠田授樹 2006. 東京都の湧水等に出現する地下水生生物の調査. 研究助成・一般研究. Vol.28, No.164.

田中 吉輝・長久保 麻子・東城 幸治 2010. 外来種フロリダマミズヨコエビと在来種オオエゾヨコエビが混棲する長野県安曇野市蓼川における両種の個体群動態. 陸水學雜誌, 71(2): 129–146. 

山本賢樹・木下智晴・藤野勇馬・饗庭優香・藤岡沙知子・石川俊之 2017. びわ湖に侵入した外来種フロリダマミズヨコエビと在来種ナリタヨコエビの現状について. 日本生態学会第64回全国大会, 一般講演(ポスター発表) P2-G-232.