2025年10月27日月曜日

新属新種(10月度活動報告その2)

 

 ヨコエビおじさんはTwitterをやっていますが、久々に千バズしました(万じゃない)


およそ30時間経過した時点で7000リツイート超。
しかもまだサチる気配がありません。


 ともすれば、とばすいの公式アカウントの数字を抜いてますから、申し訳ない気持ちが先に立ちます。


 これだけバズると堅気(生物学の営みをよく知らない一般の人達)のナマのリアクションが集まってきて興味深いです。

 やはり「新種」というのは一般にかなりウケるようですが、それより謂わば「格上」の新属ができた、というのは相当なインパクトがあるようです。


 以下のようなコメントが多く見られました。

  • ピンクでかわいい
  • 新属というのを聞いたことが無かった
  • 新種より貴重な成果

 NHKの「夏休み子供科学電話相談」で北大の小林快次先生が「しんぞくしんしゅ」と言っていたのを、藤井アナウンサーが「親族新種」と誤った漢字に直していたことを思い出しました。それだけ一般的に馴染みのない言葉と考えてよいでしょう。


 また、次のようなコメントもありました。

  1. 新属とは認定されたもの
  2. 属がそう簡単に増えるものか
  3. 一属一種はすごい
  4. 発見者が命名する
  5. 属が増えれば種も増やせる?

 一般的な認識として興味深いので、深掘りしてみたいと思います。

 1についてはよく似たような話を見かけますが、正確な説明とはいえません。鉱物なんかとは異なり、動物分類において新種を認定する仕組みは無いからです。このコメントは私のツイートに返信した人への解説のようなものでしたので、教えられた方は少し気の毒だなと思いました。

 2について、何をもって多い少ないとするかによりますが、ヨコエビにおいては毎年のように新属が建つので、そのお鉢が日本に回ってくるのはそう不思議ではありません。ちなみに日本からヨコエビの新属が出たのは初めてではなく、新属として記載された種はホソナガシャクトリドロノミ (Ariyama , 2019),ミナミオカトビムシ (Morino, 2020),カワリスベヨコエビ (Ariyama, 2021) ,セイスイミノヨコエビ (Kodama and Kawamura, 2021),ワレカラドロノミ (Matsumoto et al., 2023) が著名でしょう(他にもあります)。科レベルで固有かつ単型の分類群としてコザヨコエビ (Tomikawa, 2007)、上科レベルではボウノボリヨコエビ (Ariyama and Hoshino, 2019) の例もあります。



過去の記載状況
設立科数 設立属数 設立種数
2017 0 4 109
2018 1 5 79
2019 7 46 72
2020 0 11 82
2021 0 5 63
2022 0 6 89
2023 0 5 78
2024 0 5 58

 3について素朴にそう思いますが、今回は一気に10種も記載されていますので単型分類群というわけではありません。これについては元ツイからは読み取れない部分であり、少し申し訳ないと思います。

 4もよく聞きますし、発見者が自分の名前を付けるものだ、と固く信じている方はよく見かけます。発見者の定義によりますが、その生物を自然から見出して確保し標本にする行為に最も貢献した人とするならば、明確なルールはないものの、発見者は必ずしも命名行為に関わらない(記載論文の著者にならない)です。フタバスズキリュウなんかはよく例に出されます。新しい分類群の設立を行う論文の執筆には特殊な知識や技能が必要で、発見者が必ずしもそれを持っているとは限らず、逆もまた然りで、記載者が標本となる生物の採集に長じているとも限らないからです。また、発見者の名前がつくかは命名者の匙加減であり、採集に関わってない人の名でも別にダメということはありません(個人的にはどうなんだろうと思いますが)。更に、命名者が発見しようがしまいが、命名者が自分の名前を付けることは大変稀です。全動物で数十年に一度みたいな感じで、それをやると、多くの研究者から白眼視されます。というのも、誰かの名前を学名につける献名という行為は謂わばその生物の発見や研究にあたっての功績を示す賞状やトロフィーのようなものなので、自分でトロフィーを作って自分で授与式を開いているように見えて、非常にダサいのです。

 5について、コメントの真意を掴めない部分もあったのですが、恐らく分類群を箱として捉えていて、箱が増えればそこに収納される下位分類群も増える、ということかと思います。新属が建つことで既存の属に新たな視点での考察が加わり、新属へ移されるといった現象は恐らく有り得ます。しかし、だいたい新属を建てる時に近縁の属に含まれる既知種は緻密に検討されているはずですし、もし新属に含まれうる新種が他にいて新属の設立を待っているならば、その新種を記載しようという人が必要に応じて新属を建てるのが筋だと思います。

 一般の視点というのは、我々が泥沼にハマるまでに持っていたはずのものも少なくありません。忘れずにいたいものです。


<参考文献> 
— Morino H. 2020. Description of Aokiorcheestia jajima, A new genus and species from coastal forests in Southern Japan (Crustacea: Amphipoda: Talitridae). The Montenegrin Academy of Sciences And Arts Proceedings of The Section of Natural Sciences, 23: 191–208. 
Tomikawa K.; Kobayashi N.; Morino H.; Mawatari S. F. 2007. New gammaroid family, genera and species from subterranean waters of Japan, and their phylogenetic relationships (Crustacea: Amphipoda). Zoological Journal of the Linnean Society, 149(4): 643–670.


 <参考web> 

— 小川洋.“2017年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2017-12-26 (最終更新2024-08-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2017/12/201712.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2018年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2018-12-23 (最終更新2024-08-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2018/12/201812.html (2025-10-28)

— 小川洋.“ハマトビムシ科の新体制について(2019年2月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2019-02-11 (最終更新2024-08-15). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2019/02/20192.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2019年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2019-12-27 (最終更新2024-08-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2019/12/201912.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2020年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2020-12-30(最終更新2024-12-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2020/12/202012.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2021年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2021-12-27 (最終更新2022-12-23). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2021/12/202112.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2022年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2022-12-27 (最終更新2023-01-15). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2022/12/2022.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2023年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2023-12-29 (最終更新2024-10-11). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2023/12/202312.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2024年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2024-12-27 (最終更新2024-02-17). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2024/12/202412.html (2025-10-28)


 <補遺>28-X-2025 
  • 新属新種として記載された種の例示を変更 
  • 過去の記載状況の表および各種の参考文献を追加

2025年10月24日金曜日

書籍紹介『水の中のダンゴムシ』(10月度活動報告)

 最近ヨコエビ関連書籍が多くて、ちょっと載っているくらいでは購入していられないほどです。どうなっているんでしょうか。

 さて、そんな中でフクロエビ類を主役に据えた一般書が刊行されたとのことで、等脚研究者ではないのですが(いや1本だけ等脚論文の第二著者に入っているから等脚研究者か?)手に取ってみました。



 

 この『水の中のダンゴムシ』(以下、富川, 2025)は、ヨコエビ研究者としてその道では知らない人はいない広島大学の富川先生による、一般向けの生物関連書籍です。あの『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』を彷彿とさせる装丁が目を引き、出版元は違いますが、シリーズ的な立ち位置を意識したものに思えます。というかもう2年半も前の本になるわけですね。光陰矢の如し。

 広島大学には等脚類標本を提供あるいは横流しした実績があるため、ヨコエビおじさんも本書の関係者と言って過言はないでしょう(妄言にも程がある)

 ヨコエビ(端脚目)と等脚目はしばしば親戚のように扱われるグループで、実際生息環境や体制はかなり似ています。大きな違いは呼吸器系の構造で、これが陸上・淡水・海洋の構成比に効いているのではと思います。どちらの目も世界に1万種程度を擁し海洋に産するものが主ですが、端脚目において陸棲種は全体の5%に満たない一方、等脚目は4割程度とかなり構成が異なります。また、淡水性種は端脚目において2割程度、等脚目では数%になっています。端脚目が海産ヨコエビを中心に語られ、等脚目がダンゴムシを中心に語られる背景には、こういった生息環境の違いがあると思われます。



富川 (2025) を読む

 タイトルを見た第一印象は「コツブムシだけで一冊の本になるのだろうか」だったのですが、実際は等脚目からフクロエビ上目までを扱っています。ゆえに前作と一部内容が被るむきもありますが、富川 (2025) はよりパワフルに俯瞰的に書かれています。

 全体的に平易な表現が貫かれており、分類群そのものを掘り下げるだけでなく研究の側面を追うパートも充実しています。字の大きさやルビの具合からすると、中学2年くらいより上が対象と思われます。カラー写真も随所に用いられ、眺めるのも楽しい書籍になっています。他に前作と異なる点としては、横書きになっている点が挙げられます。


 第1章。「ダンゴムシは虫か?」という基本的かつ奥深い問いを据えたかと思うと、フルスロットルでガチの分類談議、解剖学談議が始まります。「これを知ってれば君も●●博士」みたいな謳い文句はよくありますが、まさにそれを地でいくような、学部レベルでもここまで徹底的に掘り下げることはあるのだろうか?という水準まで読者を連れて行きます。

 第2章。ダイナミックに紡がれる等脚類の進化の歴史は、さながら地球科学の導入によくある「人類へつながる生命46億年の歴史」です。その過程は洞察に富み、10年ばかりフクロエビ類と遊んできた私からしても「うまく言語化してもらった」と感じるような、研究者側が漠然と考えているような等脚類の特性を、分かりやすく共有する工夫に溢れています。

 第3章。書名を冠したこのセクションは、富川研の研究風景が目に浮かぶような、躍動感のある筆致で綴られています。学会発表(や飲み会)を通して存在や記載者の人と成りを知ってはいたギョウジャヒラタウミセミについて、記載の経緯を改めて臨場感をもって知ることができました。

 第4章。ヘイケヨコエビの命名は、第2咬脚の底節板が大袖のように拡張していることが一因なのかと思っていましたが、普通に竹原沖の瀬戸内海産という理由なんですね…。それはさておき、等脚類の生物浸食という側面の中で、人間との経済的な関わりが大上段に構えず自然に語られているのが印象に残りました。

 第5章。チチジマオカトビムシ Morinoia chichijimaensis の生体写真が掲載されている媒体は、恐らく本書が初ではと思います。橙色と暗緑色のコントラストがなかなか印象的な生き物ですね。等脚類という切り口から海洋島の特異性から「ニッチ」や「適応放散」といった概念まで、分かりやすくも前のめりに駆け抜けていきます。

 第6章。最後のセクションはずばり「分類学のすすめ」。下地ができたところで「お前も分類学者にならないか?」という、ダイレクトマーケティングが始まったように感じられます。具体的な手技の指導ではないものの、中学校の学習指導要領にも触れつつ、分類学の歴史や意義を簡潔に述べています。


 富川 (2025) を通読してみた印象は、等脚類の本という体裁をとりつつ生物学の教科書に登場する様々な概念や現象を数珠繋ぎにして見せた、稀有な教育本といった感じです。私が学部時代に基礎生物学や生態学の講義で習ったことが、かなりの割合で網羅されている感覚です。執筆の動機として、中学校の学習指導要領に「生物分類」が加わったことを挙げているなど、教育学部ならではの視点が光っています。全てが必ずしも直接等脚類と結びつかずとも、等脚類の個々の種の生き様を正しく理解するにはこのくらいのバックボーンが必要なのだ、という信念が強く感じられます。等脚類に絡めて生物学の本を作ろうとしたのではなく、ここまで風呂敷が拡がっていながらも、あくまで等脚類を正しく生物学的に説明したらこうなった、という雰囲気を強く感じました。

 気になる点を挙げるとすれば、等脚類の代表を「ダンゴムシ」としたことで、等脚目の和名を「ワラジムシ目」とする場面が多い学術シーンとのギャップが際立ってしまったのではないかという点。そして、タイトルや装丁のゆるさとは一線を画する、「だ」「である」調で詰め込まれた専門知識というのが、かなり鈍器の様相を呈していることです。実際に中高生が読めば刺さるのかもしれませんが。ただ、このくらい「ガチ」で取り組まないと誤解なく伝えられない、ややこしい命題に挑んだ書籍といえるでしょう。


※誤植を見つけてしまったので挙げておきます

  • 図4-7 ×触覚 〇触角


<参考文献>

富川光 2025. 『水の中のダンゴムシ あなたの知らない等脚類の多様な世界』.156 pp. 八坂書房,東京.ISBN978-4-89694-383-2