環境省は8月6日から,「特定外来生物」に4科・4種群・5種を新規指定することについてのパブコメを開始しています.この中には1種のヨコエビが含まれています.
そのヨコエビこそ,ディケロガマルス・ヴィロースス = Dikerogammarus villosus (Sowinsky, 1894) —以下,D. villosus — です.
まだ和名も無い D. villosus は日本での知名度が極めて低く,今回のプレスリリースに触れて初めて知ったという人も少なくないようです.
D. villosus を特定外来生物に指定する方針が示されたのは,昨年2月のことです.更にさかのぼると,環境省と農水省は2016年の時点で D. villosus を「侵入予防外来種」に定めていました.すでに海外では D. villosus にまつわる問題が数多く報告されており,世界的に問題意識が高まっているのが一因でしょう.近年のWCA(世界端脚類会議)でも,この種に関わる発表がかなりの割合を占めていました.
D. villosus について,日本語で記述された文章は少ないように思います.近年の研究から幾つかご紹介します.
これがディケロガマルス・ヴィローススだ!! |
形態・生態
こちらのサイトに詳しいです.
体長は30mmにも達し,(バイカルの連中は例外として)淡水ヨコエビの中ではまあまあ大きく,日本ではまず見かけないサイズ感です.
背面に縞模様が目立ちますが,体色には変化が多い (Nesemann et al. 1995) との報告もあるので(複数種を混同していた可能性を否定できる材料はないものの),例の如く種の分類において模様は重要ではないと考えておいたほうがよいと思います.他のヨコエビ上科と同様に交尾前ガードを行うようです.
WoRMS によると原産地は黒海で,完全な淡水からやや汽水っぽい水域まで進出が可能とのことです.
分類
Dikerogammarus属 は,今のところ5種からなります(WoRMS).D. villosus 以外の種について,環境省の専門家グループ会合では「未判定」扱いとしたようですが,海外では既に外来種となっている種も散見されます.詳細は後述します.
WoRMS に基づけば,Dikerogammarus属 は ヨコエビ科(Gammaridae)に含まれます.しかし,ミトコンドリアCOI領域を用いた分子系統解析では,Dikerogammarus属 と ヨコエビ科の担名属であるヨコエビ属(Gammarus)との遺伝的な関係は,別の科であるキタヨコエビ科(Anisogammaridae)より更に遠縁であるとの知見が示されています (Hou et al. 2009).科階級の分類については検討を要すると言えるでしょう.
英名
英語では killer shrimp との別名が与えられています(#ヨコエビはエビじゃない).そう呼ばれる所以には,どうやら魚の卵や稚魚を平らげる旺盛な食欲があるようです.在来ヨコエビと比較して大型であることから,体サイズのアドバンテージがあり,より大きな卵を食べることができるようです (Taylor and Dunn 2017).
ちなみに,同属の D. haemobaphes は devil shrimp と呼ばれており,性転換を武器にする悪魔のような生態を持っています.後で述べます.
フランス語名
なお,こちらのサイトによるとフランス語では Gammare du Danube(ドナウのヨコエビ)と呼ばれているらしいです.英名よりだいぶ穏やか,というか優雅ですらあります.ドナウ流域のオーストリアやハンガリーでは,20世紀末には既に名の知れた外来種だったようです.
外来種としての特性
ライン川において,D. villosus は在来生物の種数、個体数,シャノン多様度を急激に減少させたとのことです.一方,エルベ川においては状況は異なり,環境によって の侵入リスクが異なることが示唆されています
生息環境の選好性については,実験的に確かめた論文があります.例えば,同属の Dikerogammarus haemobaphes は硬質・人工的な底質を好むのに対して,D. villosus は砂利を好むようです (Clinton et al. 2018).
他の外来種は,競合や棲み分けだけでなく,相乗効果がみられることもあります.Yohannes et al. (2017) によると,侵略的外来種であるカワホトトギスガイが進出している環境では D. villosus がより定着しやすくなるようです.
D. villosus は,在来の生態系にどのような影響を与えるのでしょうか.
肉食性とはいえ,魚卵などを主食としており,他のヨコエビを捕食して直接的な攻撃をするわけではないようです.
D. villosus は,在来ヨコエビと競争関係になることが多いようです.D. villosus を在来ヨコエビと比較した研究では,魚類の存在を感知しても摂餌行動をやめて逃げることが少ないため摂食効率が高く,また外骨格が発達してより硬くなっていることで,魚類の捕食圧を受けにくいという見解があります (Jermacz and Kobak 2018).
また,高い捕食圧を与える外来魚 Neogobius melanostomus が存在する環境では,D. villosus が潜伏場所を巡って優位に立ち,結果として在来ヨコエビ Gammarus pulex を絶滅に追い込んだとのことです (Beggel et al. 2016) .
近縁の外来ヨコエビ
D. villosus に同属の外来種がいることは既に述べた通りですが,その侵略性には違いがあるようです.
イギリスの在来ヨコエビ Gammaru pulex を調査した研究では,寄生している微胞子虫(真菌)が Dikerogammarus属にも寄生することが示されました.しかし,D. haemobaphes には寄生するものの,D. villosus には寄生しないとのことです (Bojko et al. 2018).人にとって形態のよく似た2種ですが,寄生生物には明確に識別ができるようです.
D. haemobaphes は D. villosus ほど侵略性が高くないとされており,このケースでは,侵入した先で真菌に寄生されるかどうかの違いが「侵略性の強さ」に表れている可能性があります.ただし,D. haemobaphes には性転換という特技があり,これに微胞子虫の寄生率が関わっているという見解があります.D. haemobaphes が猛威を振るっている地域もあることから,D. haemobaphes がマイルドで D. villosus がシビア,という考え方もいずれ廃れるかもしれません.
D. villosus のほかに,ユーラシア西部において D. bispinosus が相次いで見つかっているとの報告があります (Copilaș-Ciocianu and Arbačiauskas 2018).これは何シュリンプと呼ばれるのでしょうか.
やや遠縁となりますが,Dikerogammarus属と同じヨコエビ科では,先に挙げた Echinogammarus ischnus や,Gammarus pulex, G. roeselii が外来種となっている地域があるそうです.これらの種について,寄生虫との相性と侵略的な性質に関する議論が行われています (Kestrup and Ricciardi 2009;Galipaud et al. 2017).
日本における淡水外来ヨコエビの現状
淡水性の外来ヨコエビとしては,日本にはすでに先客がいます.ヨコエビ科とは異なる「マミズヨコエビ科」に含まれる,北米原産のフロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus (以下,フロマミ)という種が定着しています(侵入・拡散等の経緯は Wikipedia 日本語版 に記事があるので割愛します).一部都道府県では規制がかかっているものの,今回の特定外来種の検討には上がってきていません.
フロマミの体サイズは5mm前後で,D. villosus の巨躯には遠く及びません.このことから,前述のようにあからさまな在来ヨコエビとの競合は起こりにくそうです.
また,フロマミはワサビに正の選択性を有するとの研究がある(古屋ほか 2011)ものの,より大型の在来ヨコエビによる食害は過去から継続しており,フロマミだけで壊滅的な被害が出たような話は今のところ見当たりません.フロマミは用水路などからも見つかっており,在来ヨコエビが住めない人工的な環境への生息が可能であることから,水質や水温によってある程度棲み分けができていると考えています.しかし一方で,表層水と地下水のどちらにも適応できるというチート能力の持ち主(篠田 2006)であるため,私たちの知らないところでフロマミが在来ヨコエビと競合している可能性もあります.劣悪な環境でも爆発的に繁殖するらしいので,「数の暴力」みたいな現象によってニッチを占有しやすい気もします.
フロマミの拡散様式については現在研究中ですが,主にペットショップで流通している水草を野に放つことで,そこに混じっていた個体が定着している可能性があります.直接的な捕食/被食や競合関係にとどまらず,目に見えない寄生虫との相性など,在来種への影響が不明確である以上は,野放図な放流は厳に慎むべきと考えます.
また,これまで定着したとの報告はないものの個人的に気になるのは,実験動物としての流通や水草への混入が日常的に起こっていると思われる,ヒアレラ属 Hyalella sp. or spp. です.本種はバイオアッセイ法に用いられ,比較的古い年代から日本で流通しています.そのせいか,国立科学博物館の新館で恐らく本属と考えられる標本が展示されていたり(同定は間違っていますが),「港で採取されたヨコエビの役」としてドラマ「ATARU」に出演したこともあります.ヒアレラ属はアメリカ大陸原産で,実験動物として流通していることを考えると飼育環境への順応性が高いのでしょうから,フロマミのように人工的な淡水環境を中心に拡散しそうなものですが,いまだに野外での採集例は聞いたことがありません.情勢を注視したいと思います.
海産種や陸生種の議論はまたの機会に.