すでに20本あまりの文献を紹介しているこの企画.今回は第5弾です.
ヨコエビの入門者が触れるのに適していると思われる文献を独断と偏見でご案内しています.
選定理由は,その年にhotというのもありますが,基本的に気づいたもの・思い出したものから掲載しておりますので,今年からの方はぜひ過去の紹介文献もご覧ください.
※たぶん今年
ネ申図鑑が出るのですが,本記事の公開には間に合いませんでした・・・出版が待ち遠しい・・・
(第一弾)
・富川・森野 (2009)
ヨコエビ類の描画方法
・小川 (2011)
東京湾のヨコエビガイドブック
・石丸 (1985)
ヨコエビ類の研究方法
・Chapman (2007) "Chapman Chapter"
In: Carlton Light and Smith Manual (West coast of USA)
・平山 (1995)
In: 西村 海岸動物図鑑
・Barnard & Karaman (1991)
World Families and Genera of Marine gammaridean Amphipoda
(第二弾)
・Lowry & Myers (2013)
Phylogeny and Classification of the Senticaudata
・World Amphipod Database / Amphipod Newsletter
・富川・森野 (2012)
日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方
・Arimoto (1976)
Taxonomic studies of Caprellids
・Takeuchi (1999)
Checklist and bibliography of the Caprellidea
・森野 (2015)
In: 青木 日本産土壌動物
(第三弾)
・有山 (2016)
ヨコエビとはどんな動物か
・森野・向井 (2016)
日本のハマトビムシ類
・Tomikawa (2017)
Freshwater and Terrestrial amphipod In: Species Diversity of Animals in Japan
・Bousfield (1973)
Shallow-Water Gammaridean Amphipoda of New England
・Ishimaru (1994)
Catalogue of gammaridean and ingolfiellidean amphipod
・椎野 (1964)
動物系統分類学
(第四弾)
・Lowry & Myers (2017)
Phylogeny and Classification
・Bellan-Santini (2015)
Anatomy, Taxonomy, Biology
・Hirayama (1983–1988)
West Kyushu
・井上 (2012)
茨城県のヨコエビ
・永田 (1975)
端脚類の分類
・菊池 (1986)
分類検索, 生態, 生活史
<番外編>
— ジュディス・E・ウィンストン[馬渡峻輔・柁原宏 訳]2008.『種を記載する』新井書院,東京,653 pp.,ISBN:9784903981000
師匠の下でヨコエビの記載を目指している中で,ふと「どのように動物分類学を学んだか」と訊かれ,ぱっと思い浮かんだのが本書です.
分厚い書籍で、例示や資料を差し引いてもそれなりのヴォリュームがあり,英語に慣れていないと原書を読みこなすのは難しいと思います.また,著者の得意とする分類群とそうでない分類群とでは情報の濃度が違うように思え,若干アヤシイ記述があって訳者に直されていたりしますので,日本人なら,一手間加わった日本語訳版を読むのが良いのではないでしょうか.
豊富な例を引き,
「学校で教えてくれない」的な分類学の基本から実践まで懇切丁寧に記述しています.
<今年のおすすめ文献>
—
Arfianti, T., Wilson, S. and Costello, M. J. 2018. Progress in the discovery of amphipod crustaceans. PeerJ, 6: e5187; DOI 10.7717/peerj.5187
昨年出版されました.これまで端脚類がいかに発見・記載されてきたか,その過程を多角的に分析した論文です.
2016年時点での種数や属数がまとめられていたり,全ての化石種を紹介していたり,ちょっとした網羅的な情報を得るのにも便利ですが,そんな楽しい論文が
無料で読めるというのですから読まない手はありません.ただし,資料収集期間に含まれない Lowry & Myers (2017) の知見は反映されていませんのであしからず.
—
Ortiz, M. and Jimeno A. 2001. Guía ilustrada para la identificación de las familias y los géneros de los Anfípodos del suborden Gammaridea de la Península Ibérica. Graellsia, 57(2): 3–93.
イベリア半島のヨコエビガイドブック的なものです.
日本の浅海域に産する科はだいたい網羅されております.図を多用して視覚的に形質を検討しやすいように工夫されています.特に,適合する形態の番号を選んでその組み合わせで科から属へ落とし込める工夫が良いです.
しかしながらというか,当然のことながらというか,オススメしておいて申し訳ないのですが,分類的知見は古く,現在の下目体系との乖離は頭に置いておかねばなりません.また,イベリア半島と日本では,属レベルでは互換性に乏しく,必ずしも同定には使えません.あくまで
科レベルの把握と,共通した属があればそのレベルでの落とし込みにお使いください.あと,本文は全て
スペイン語です.
これほど多くの属を網羅しビジュアルとしてイメージできるように表現された文献はあまりない気がするので,グーグル先生の力を借りて訳しながらでも読む価値はあると思います.何にせよ無料です.
さて,ヨコエビ全体に関する入門書的な出版物もそろそろネタ切れなので,少し細かいところに入っていこうかと思います.科などのグループごとに,分類群の概要の理解であったり,日本で分類同定を行う上で読んでおいた方がよい文献をご案内します.
今年はひとまずハマトビムシ科をご案内します.
<ハマトビムシ科の分類にオススメ(1)>
—
Miyamoto, H. and Morino, H. 1999. Taxonomic Studies on the Talitridae (Crustacea, Amphipoda)from Taiwan, I. The genera Talorchestia and Sinorchestia n. gen. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 8(5–6): 169–200.
スナハマトビムシ
Sinorchestia属の分類を行う上では押さえておくべき文献です.無料で読めます.
なお,現在の
Sinorchestia属 や
Trinorchestia属,そして
Platorchestia属 に含まれる種には,かつて
Talorchestia属 として扱われていたものが含まれますが,現在
Talorchestia属 は南太平洋(東南アジア,オセアニア)からペルシャ湾にかけて分布するグループとされており,日本からは報告されていません.
—
Miyamoto, H. and Morino, H. 2004. Taxonomic studies on the Talitridae (Crustacea, Amphipoda) from Taiwan, II. The genus Platorchestia. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 40: 67–96.
Platorchestia pacifica の記載論文であるとともに,ヒメハマトビムシ種群およびオカトビムシ類の分類にあたって,非常に重要な文献です.無料で読めます.
なお,当時
Platorchestia属 として扱われていたオカトビムシ2種(オカトビムシ,ニホンオカトビムシ)は Lowry and Myers (2019) の処遇により
Morinoia属 となりました.
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Morino, H. and Miyamoto, H. 2015. Redefinition of Paciforchestia Bousfield, 1982 and description of Pyatakovestia gen. nov. (Crustacea, Amphipoda,Talitridae). Bulletin of the National Museum of Natural Sciences, Ser. A 41: 105–121.
ホソハマトビムシ
Pyatakovestia属の分類にあたって欠かせない文献です.無料で読めます.
Pyatakovestia属 はかつて
Paciforchestia属 とされていた種を含みますが,現在
Paciforchestia属 は北米沿岸に産する1種のみで,日本からは報告されていません.
—
笹子由希夫 2011. 日本産ハマトビムシ科端脚類の分布と分子系統解析. 三重大学修士論文.
日本のハマトビムシ科について,各地から得られた標本の検討を行っています.同定のキーはありませんが,近似種の識別ポイント,生息環境や国内の分布について知ることができます.何はともあれ無料です.
※また,ハマトビムシ科に関しては過去のブログ(
こちらや
こちら)もご参照ください.
<野良で研究するために>
まだ論文が出ていないのでニセチビ研究者モドキですが,問い合わせがありましたので.
こうして今のところ,ヨコエビと無縁の仕事をしながら採集をしたり論文を追ったりしているのは,何かしらポイントがあるのだと思います.真に受けないほうがよい部分もあるかと思いますが,私が
「今思うとやっておいて良かった」「もっと早くから意識すれば良かった」と感じることをご案内します.
予めお断りしておきますと,当方のスペックとしては,勉強ができるわけでもなく,コミュ強なわけでもなく,仕事ができるわけでもないです.具体例を挙げると切なくなるのでこのくらいにしておきます.また,研究は卒論でカタを付けるつもりでおり,野良としてやっていく予定はありませんでした.
さて,文献紹介シリーズは卒論を書き始める学生さんを想定読者としているので,まずは論文を仕上げることに専念して頂きたいです.その上で,今のうちにやっておくべきことを挙げるとすれば,
学会(大会)へ参加しまくることではないでしょうか.
大会はだいたい年に1回なので,短い学生生活の中で何回も参加することは難しいかもしれません.それでも,例えばヨコエビでは,甲殻類学会,ベントス学会,動物分類学会など、関係する組織がいくつもあります.また,普通の大会以外にもシンポジウムとか講演会とか,付随するイベントがあったりします.必修科目とかコアタイムとかあるかもしれませんが,万障繰合せて学会のイベントに参加することをお勧めします.卒論はだいたいラボのテーマに沿う形で取り組むと思いますので,関係する組織やイベントは,教官や先輩から教えてもらえるでしょうし,参加を促される場面もあるかと思います.
学部生ならば必ずしも発表する必要はないと思います.発表を聴けば,聴かなくても要旨集を見れば,研究というものがどのように行われているのか,どの人がどんな研究をしているか,何となくわかります.
教官や先輩の後ろを付いて回りながらでも,名刺をばら撒いて,研究者の方と何人も知り合って,今自分が追っている対象への情熱をぶつけてみてはいかがでしょうか.懇親会に出るのもいいですね.
卒論生というのはめまぐるしく通り過ぎる旅人みたいなもので,大会を聴いていただけで誰かの記憶に残るのは難しいかと思いますが,研究対象とかアプローチとか共通項を狙い澄ましてぶつかっていけば,強い印象が残る気がします.誰かを捕まえたら、誰かを紹介してもらうのも良いです.知り合いの知り合い,みたいな曖昧な関係であっても,逆に紹介してくれた人に紐づいて印象が強くなることもある気がします.
大会へ参加することは,学位論文を執筆するにあたってはもちろんのこと,その後の野良研究人生において大切な宝物になると思います.
要するに
「学会で出会った方と連絡を取って情報交換をしながら研究していくのがいいよ」という話なのですが,卒業研究から野良研究生活にかけて,こちらから助力を乞う場面がほとんどかと思います.ただ,プロの研究者はあくまでプロであり,こちらがいくら研究対象に情熱を持っていようとも,趣味でやってる人と交流するかのような(同好の志の親玉みたいな)認識で近づいていくのはNGです.所詮は学生ですし,世の中の先生には「いいよいいよ」と言ってくれる方も数多いかもしれませんが,敢えて私からお伝えしたいのは,見返りなく先方へ出費や手間を求めることにはとても慎重になってほしい,ということです.
私自身は自分の興味の赴くままに動きますが,機関に所属して研究をしている方のスタンスが同じでないことは,想像できるかと思います.私の知る限り,プロの研究者の方も,深い部分では,同じ対象に携わる人間が増えて,研究が活発化することを願って,あるいはそれを使命として,活動されています.しかし,だからといって,何でもかんでもとりあえずお願いするのはダメです.例えば,お願いする内容(標本の同定や文献の提供)が自分にとってどういう位置づけでどのくらい必要なのか,一つ一つ考えて,その上でそれが伝わるようにお願いしてみてはいかがでしょうか.結果としてその考えが間違っていても良いかと思います.ただ,最初から明らかに重要でない事柄に膨大なコストをかけて,結局学生のためにも学問のためにもならないというのが,研究者が最も避けたいことだと思います.また,研究の過程を整理して相談することは,もしかすると問題解決への近道になるかもしれません.
野良研究生活に入ったら「研究以外にしっかりと自分の生活を持つこと」.これは大切ではないでしょうか.例えば入社して3年くらいは大人しくしておくとか,研究を始めるまでに焦らないことも大切かと思います.
もちろん,人のモチベーションや身体能力は,時に急激に低下して,大変な後悔を引き起こすこともあります.また,パートナーがいる人は,早めに野良研究生活を切り上げる場合もあるのではないでしょうか.こればかりは人それぞれです.
野良研究生活に正解なし.私も機会がありましたらいろいろな人のやり方を知りたいと思っています.
<参考文献>(過去の文献紹介で挙げていないもの)
—
Lowry,
J. K. and Myers, A. A. 2019. New genera of Talitridae in the revised
Superfamily Talitroidea Bulycheva 1957 (Crustacea, Amphipoda,
Senticaudata). Zootaxa, 4553(1).