2023年8月27日日曜日

ワカモン爆誕(8月度活動報告その2)

 

 岸和田から始まった「チリモン(ちりめんじゃこモンスター)」の公認妹?弟?分の「ワカモン(ワカメモンスター)」が開発されたとのことで、覗いてみました。



 岩手県大船渡市の碁石海岸インフォメーションセンターが現場です。

 

 到着早々、さっそくワカモンをゴッチャ。この地域ではワカメに混じる雑多な甲殻類を「シャムシャラリン」と呼ぶらしく(※小田嶋ほか 2014くらいしか文献が無い)、それがイコール「ワカモン」ということになります。ちりめんじゃこのようにゴッチャゴチャの状態のワカモンを、匙で好みの量だけ掬います。珍種が入っていることを祈りつつ。


端脚界隈には堪らない光景です。


 ワカメモンスターは出来たばかりのプログラムで、これが初回。しかもチリモン系列としては東北初の出店とのことです。しかし地元博物館のスペックの高さ故か、チリモンのノウハウがしっかり活かされているためか、道具や資料は洗練されていて進行はスムーズです。


 オープニングではワカモンの背景の説明。チリモンからワカモンが着想され形になった経緯について、なかなか興味深いお話を聞けました。地域の産業たるワカメが選ばれた理由や、イベントとして成立させる道筋。環境教育プログラムの設計や運営といった観点からもものすごく勉強になります。これが500円ですから実質無料です。

 その後、ほとんど分類群の予備知識の無い状態でまず直感でワカモンを仕分けてみます。ヨコエビおじさんは端脚ソーティング経験者ですが、ワレカラは専門外。事前にワカモンの画像を見て該当しそうな種の分類ができる資料を用意して臨みましたが、肉眼では細かい節の様子などは判別困難。結局雰囲気でソートしていきます。

 支給されたピンセットが重くワカモンを破損しそうだったので、私物のピンセットを使用(このへんから目をつけられるようになります)。

 

 そして種類の解説。

 ところどころ気になる表現はあるものの、最新学説の不安定さに影響されない丁度いい塩梅のラインです。

 ワカモンが優れているところは、体積比でカマキリヨコエビ属九割、ワレカラ九分、残りがその他といった感じで、基本的にワレカラの探索や観察に集中できることです。ワレカラは端脚類の中でも日本における解明度は極めて高く、要点を押さえれば種の同定が可能です。その内訳は、ぱっと見たところマルエラワレカラRタイプが八割、イバラワレカラが一割で、これも絶妙です。イバラのトゲトゲ感はルーペで見ればマルエラからの識別は容易で、絶妙なレアリティは探索意欲を掻き立てます。また、同じ種類でもより大きな個体や完品を探すといった楽しみ方ができるので参加者側のやり込み要素は無限で、逆に構成種が少ないため答え合わせ側の整備がしやすく、恐らく準備次第では腕1本から種の類推も可能と思います。

 カマキリヨコエビに関しては完全に雑魚ですが、thunbed maleの造形や模様など楽しめる部分も多いのではないでしょうか。


 ここから再度時間をかけてソーティング。机間指導を交えたレア種の紹介と、適宜顕微鏡での観察に入っていきます。


 最後は気に入ったワカモンをレジンに封入してお土産を作ってフィニッシュ。時期が時期だけにあまり自由研究にコミットする感じではありませんでしたが、顕微鏡写真を配布したり標本としてまとめる手法が確立すれば、自由研究用の夏の定番メニューになりそうです。


生態の再現をテーマとしました


 概ね予想通り、新しいコンテンツながらチリモンから引き継いだ安定感があります。あっという間に二時間を駆け抜けました。講師の古澤学芸員の専門は地質とのことですが、いきなりこんなマイナー分類群に取り組まれているあたり、只者とは思えません。

 予想外だったのは、端脚類の保存状態の良さ。色こそ変わってますが、体表の刺状剛毛はわりと残っていて種の同定ができそうです(それなのに※Conlan et al. 2021 のキーが流れなかったのでアレの公算大と思われます)。どうやら水揚げ後に釜茹でした時にワカメから外れた屑を干したものらしく、古澤さんいわく茹でることで組織が固定されたのではないか、とのこと。

 ヨコエビを「ヨコエビ」でまとめて細かい分類を回避するスタイルは、この手のイベントではつきものですが、せっかく属が限定されているので、何とは言わなくとも生態特性の情報やワカメやその他の漁業資源との関わりなんかを掘り下げてもいいような気がしました。カマキリヨコエビ属はワカメ葉状部を食べるとの報告もあるので(※桐山ほか 2000)。


 午前午後ともに定員割れのようでヨコエビとかワレカラの弱さに悔しく思う部分もありつつ、これから地域に愛されまた出張するようなイベントになればと思います。徳島とか横浜とかどうでしょう。


※関連する文献の情報は後で追加します



【補遺】<参考文献>

— Conlan, K. E.; Desiderato, A.; Beermann, J. 2021. Jassa (Crustacea: Amphipoda): a new morphological and molecular assessment of the genus. Zootaxa4939(1).

— 桐山隆哉・永谷浩・藤井明彦 2000. 島原半島沿岸の養殖ワカメに発生した魚類の食害が疑われる葉状部欠損減少.Bulletin of Nagasaki Prefectural Institute of Fisheries, 26: 17–22.

— 小田嶋祐希,ほか. 2014. 博物館から海を発信!!~大船渡の生態系を子供たちへ~. 平成26年度Let'sびぎんプロジェクト 活動報告. [web publication]

2023年8月5日土曜日

海(8月度活動報告)

 

 今年の科博の夏休みのやつは「海」とのこと。海といえば当然ヨコエビが関わってくるわけで、覗いてきました。


 なかなかの人手です。


涼しげな看板


 生物の紹介パートに入って、いきなり海洋における線虫の暴力的な多様性が提示されました。もう他の多細胞生物のことがどうでもよくなってしまうレベルです。陸上にそのまま当てはまるものではないですが、いやはや、恐ろしい。


線虫すごいぜ



いました

 これらのヨコエビの画像はネットで散々見ていますが、今回の標本は固定方法なのかライティングなのか、節々の細部までかなり観察しやすく、身体の構造が非常にわかりやすいです。いつも置いてあるだけで御の字だったヨコエビですが、今回は実利として大満足です。それにしても、ダイダラボッチの第2,3尾節背面にある凹みというか2本の強いキールは、一体どんな機能を有しているのでしょう。



ヨコエビの視点(ハイパードルフィン)



ヨコエビの視点(ベイトランダー)


ダイダラボッチの群れ


 とりあえずダイダラボッチを買ってきました。


PN:胸節;PS:腹節;US:尾節;CX:底節板


 全体的に背腹扁平の作りになっていて、あまりヨコエビ感はありません。ぬいぐるみとして側方に平べったいのはちょっと親しみにくい部分もあるので、そういった設計なのではと思います。
 まず体節ですが、頭部のほか胸節7節と腹節3節に加えて、尾節が2節という編成のようです。実際のダイダラボッチは尾節が3節ありますが、互いに被っている部分がありそういったビジュを表現したものと思われます。
 胸脚は7対あり、身体にくっついている底節板と概ね対応しています。これは実際のダイダラボッチと同じですが、第5底節板が異常に大きく、それ以降も、第1~4底節板と同じ深さになっています。また、第6胸節の下に潜り込んだ第7胸節の下から第6・第7底節板が生じており、これは現実のヨコエビの体制からは明らかに逸脱しています。
 二又の付属肢が、第3腹節と第1尾節から1対ずつ生じていますが、実際のヨコエビにおいて腹肢と尾肢は形状が違います。これは恐らく第1尾肢と第2尾肢を表現したもので、この5節になっている尾体部というのは、尾節をオミットしたというより、腹節をオミットしたのかもしれません。その後ろには3対の三角形の棘を有したフリルがありますが、もしかすると尾端にある二又の尾節板と、それに続く二又の第3尾肢を表現しているのかもしれません。
 

 そしてもう一つ、猿田彦珈琲から出ている「超深海ブレンド」。1箱に5袋入っていますがそのうち2つがカイコウオオソコエビとダイダラボッチという、ちょっと正気ではない編成です。6,000m以深に住んでる目に見えるサイズの動物がそんなもんなので、当然の帰着かもしれません。


※深海生物由来の成分は含まれません


5袋中2袋がヨコエビという異常グッズ。


他の3袋はこれ。


 猿田彦といえば天狗のような風貌の国津神ですが、今後はテングヨコエビをモチーフにしたコーヒーなんかを作ってくれないですかね(無理筋)。


 ヨコエビ成分は少なく、また今日は混みまくっていてじっくり見れていない部分もありますが、副題の「生命のみなもと」に内包される多様な意味合いが興味深い構成となっていました。まだの方はぜひ足を運んでみてください。


 

<おまけ>


いつもの。

 Gammarus sp. とありますが、どう見ても Hyalella あたりなんですよね。