2017年3月8日水曜日

2017年のヨコエビギナーたちへ(ヨコエビ文献リスト第三弾)



 何人いるか分からないものの毎年日本のどこかで生まれているはずのヨコエビギナーにむけて、オススメの文献をご紹介するこの企画。「配属されたらテーマがヨコエビだった件」「ヨコエビやることになったんだが俺はもうダメかもしれない」など、突然ヨコエビを分類することになり、気持ちだけ焦ってるという話をよく聞きます。




 ヨコエビ類は2015年の時点で日本から411種が知られていますが、それを網羅した資料がないばかりか、実際の種数がどのくらいに落ち着くのかすら見当がついていないと思われます。ちょっとドキドキします。

 ヨコエビはプランクトン幼生期をもたないため拡散力が低く、一般論として、地域ごとに種分化しやすい傾向にあります。しかしながら、世界でヨコエビの分類学的研究が行われてきたエリアは少なく、解像度が極めて低いか、或いは全く手付かずになっている地域は広大です。また、そういった地域においてはもちろんのこと、繰り返し研究が行われている地域でも未だにコンスタントに新種が記載されており、そのたびに属以上の階級が作り変えられたりして、全貌を追うことを難しくしています。

 世界の海産ヨコエビについては1991年に全種を網羅した決定版の文献が出版されています(Barnard & Karaman, 1991)。しかし、それから分類が変わっているものも多いのと、淡水や陸生についてはそのような文献が乏しいため、往々にして苦戦を強いられることになります。

 国際的な進捗においてもそのような状態ですので、ヨコエビの分類の最新事情を日本語で読むことはまず叶いません。1994年に日本産種リストが出版されましたが(Ishimaru, 1994)、それ以降、海産まで包括して日本のヨコエビ相を網羅した文献はありません。

 また、ヨコエビは体長数mmの小型種がほとんどを占めますが、主に形態分類に使用する付属肢はさらに小さく、また互いに重なり合っていて、暗視野では観察ができません。かといって十分な光量が透過する大きさでもないため、1本ずつ切り離してプレパラートに封入する必要があります。取り外すパーツは1個体につき20個程度。しかも、最も複雑に入り組んでいる口器の形質は属以上の階級でもよく使われ、例えばヨコエビ類とクラゲノミ亜目を分けるのも顎脚鬚の有無だったりして、そこそこで分類を止めようとしても解剖作業が付いて回る鬼畜仕様となっています。形質の検討を重ねてより観察しやすい特徴を探すこともできますが、それができるレベルに到達する頃には解剖もお手の物になっていることでしょう・・・

 そして、新種が出ることもそう珍しくはありません。ヨコエビを集めているうちに、かなりの確率で新種または疑わしいものに遭遇します。そうなると、新種を記載するまでそのヨコエビには名前がつかないことになりますので、自ずと本来の研究の想定が狂っていくことになります。恐ろしいことです。




 さて、そんなヨコエビですが、いろいろと良い文献やツールがありますので、過去の紹介文献も併せて、ご参考にして頂ければと思います。

・富川・森野 (2009) ヨコエビ類の描画方法
・小川 (2011) 東京湾のヨコエビガイドブック
・石丸 (1985) ヨコエビ類の研究方法
・Chapman (2007) "Chapman Chapter" In: Carlton Light and Smith Manual
・平山 (1995) In: 西村 海岸動物図鑑
・Barnard & Karaman (1991) Families and Genera of Marine Gammaridean Amphipoda

・Lowry & Myers (2013) Phylogeny and Classification of the Senticaudata
・World Amphipod Database / Amphipod Newsletter
・富川・森野 (2012) 日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方
・Arimoto (1976) Taxonomic studies of Caprellids 
・Takeuchi (1999) Checklist and bibliography of the Caprellidea
・森野 (2015) In: 青木 日本産土壌動物



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 初心者向けのヨコエビの概論的な文献が爆誕しました。形態や生態の特徴について、日本沿岸にみられる種を中心に解説しています。有山氏が記載した種が多く取り上げられており、論文の材料となった生体写真もふんだんに使われていて綺麗です。しかもタダで読み放題です。分類についてはLowry & Myers 2013をひとまず置いておき、従来の4亜目体系に基づく解説を行っています。


・森野浩・向井宏 2016. 砂浜フィールド図鑑(1)日本のハマトビムシ類. 海の生き物を守る会, 京都市.
 日本の浜辺でみられるハマトビムシ類を網羅し、簡易かつ確実な識別法まで載せた画期的な書物ですが、なんと100円(送料別)で販売されています。ヒメハマトビムシ問題に終止符を打つべく新たな学名との対応も行っていますが、Platorchestia joiP. pacificaの識別など険しすぎる課題については突っ込んでいません。ともあれ、土壌動物図鑑を買うのは躊躇うけどハマトビムシは同定したいというハマトビフリークには堪らない文献です。二又式の検索表を採用していないところもポイントです。ちょっとした贈り物をしたい時などにも最適です。
※ヒメハマトビムシ問題:長きにわたり常識であったヒメハマトビムシ(和名)=Platorchestia platensis(学名)の対応が誤りであることが分かり、これまでヒメハマトビムシと同定されていた標本と対応する学名の再検討が必要となっている状況のこと。森野・向井2016によってヒメハマトビムシ=P. joiということで一応の決着をみたが、他にもP. pacificaなどが含まれている可能性があり、過去のどのヒメハマトビムシがP. joiで、どれがP. pacificaなのか等の課題は解決されていない。


・ Tomikawa, K. 2017. Chapter 9 Species Diversity and Phylogeny of Freshwater and Terrestrial Gammaridean Amphipods (Crustacea) in Japan. In: Motokawa, M., H. Kajihara (eds.), Species Diversity of Animals in Japan, Diversity and Commonality in Animals, DOI 10.1007/978-4-431-56432-4_9
 日本産の淡水棲(37種)および陸棲(21種)ヨコエビを網羅し、分布を示すとともに分散や種分化の考察を加えています。ヒメハマトビムシ問題については、「P. platensis=日本を含め世界中にいる」とした伝統的な解釈を踏まえつつ、Miyamoto & Morino, 2004が形態分類によって示したアジアの地域種(P. pacifica)の位置づけを分子系統解析によって明確にする必要があるとしています。長らく「P. platensis」とされていた「ヒメハマトビムシ」が、P. joiP. pacificaなどの別種として独立する可能性が示唆されたことで分類学的に不確定となっている現状を認めつつ、裏付けとなる研究を重ねてから結論を導きたいという判断のようです。
 とにかく、日本産の淡水と陸のヨコエビを知るにあたって、近隣地域との関係や分子系統学の最新知見に触れることができるネ申文献です。該当部分のみダウンロード購入ができるほか、本稿を含むハードカバー書籍も販売しています。
※陸棲ヨコエビ(ハマトビムシ科)のリストでは、笹子(2011)が報告しているP. pacificaTrinorchestia longiramusおよび森野・向井(2016)が示唆しているP. parapacificaについて、日本からの記録を認めていません。



・Bousfield, E.L. 1973. Shallow-Water Gammaridean Amphipoda of New England. Cornell University Press; Ithaca & London, 312 pp.
 昨年亡くなったヨコエビの大家Edward Lloyd Bousfieldが著したニューイングランドのヨコエビの書籍です。日本との共通種もいます。ムシャカマキリヨコエビJassa marmorataをカマキリヨコエビJ. falcataとしているなど、分類において気になる点はあるものの、形態分類や生態などの基礎情報が記されていて内容が横断的なのと、線画が綺麗なのでオススメです。 


 日本におけるヨコエビ類とインゴルフィエラ亜目の記録を洗いざらい論文から図鑑に到るまで調べあげた恐るべき文献です。種名に文献情報を添えてリスト化したもので、レビュー的なカラーは薄いため、闇雲に欧州産種の学名を当てはめていた頃のアヤシイ記録も拾われているのですが、ダイダラボッチAlicella giganteaをはじめとして、たくさん和名提唱が行われているため要チェックです。


・椎野季雄 1964. 端脚類. In: 内田亨『動物系統分類学』. 第7巻上. 節足動物 第1. 中山書店, 東京.
 ヨコエビの分類・形態・系統・発生・生理・生態などの基礎中の基礎に触れることができる、ありそうであまりない文献です。裳華房のバイオディバーシティーシリーズにも類書はありますが、手厚さはその比ではありません。知見が古い部分もありますが、かなり網羅性が高く、ヨコエビという生物を理解するにあたり最初に頭に入れておきたい内容が一通り記されています。
 また、和名が悉く古いため、呼称の変遷を追う資料としても有用です。


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 ヨコエビの分類を始めるにあたり、幾つかの普通種を頭に入れてから出発する方法が考えられます。
 淡水や陸のように既知種が整理されていれば、有効な手段の一つです。ただし、海産ヨコエビにおいてその地域における普通種の情報がない場合、本邦既知種どころか海外からのみ知られていて和名もないような種も候補に入ってくるので、種を一つ一つ覚えようとするのは無謀といえるでしょう。

 従来の知見が乏しいエリアで海のヨコエビを始める場合、実際に採れるサンプルをベースに、まずは科や属のレベルで名前がつけられると、理解が進みやすいと思います。

 さらに大枠で捉えた方が便利な場合もあります。
 2013年にSenticaudata亜目が設けられ、ヨコエビを下目や小目の単位で整理するようになりました。しかしその前には、上科を用いるのが一般的でした。
 属より上の類縁関係については、覚えることが増えて煩雑になったりして、一概に重要性が高いともいえません。ただ、科を羅列するよりは、少しでもまとまっていたほうが、全体像のイメージがつきやすいと思います。

 伝統的な上科の分類は、平山1995Ishimaru1994で確認できます。
 新しい下目の分類は、過去のブログ(SenticaudataGammaridea)でご紹介しています。文献としては、原典のLowry & Myers 2013を読んでみるのがよいかと思います。