美しい写真が満載の書籍が出ました。
— 藤原義弘・土田真二・ドゥーグル・J・リンズィー(写真・文)2025.『深海生物生態図鑑』.あかね書房,東京.143 pp. ISBN:978-4-251-09347-9
(以下,藤原ほか2025)
藤原ほか(2025)を読む
さっそくですが、掲載されている端脚目は以下の通りです。
- テンロウヨコエビ属の一種 Eusirus cuspidatus
- ワレカラ属の一種 Caprella ungulina
- ホテイヨコエビ科の一種 Cyproideidae gen. sp.
- フトヒゲソコエビ上科の一種 Lysianassoidea (fam. gen. sp.)
- テングウミノミ科の一種 Platyscelidae gen. sp.
私はこのうち「フトヒゲソコエビ上科の一種」の同定に協力したのですが、こうして見ると学名の表記に難ありですね(括弧に補足しました)。申し訳ない。誰でも言えるような結果に落ちていますが、ちゃんと見るところは見た上で、全球を視野に手順に沿って検討しています。咬脚の形状などを総合的に判断してタカラソコエビ科かツノアゲソコエビ科のどちらかだと思いましたが、私の力量では写真同定には至りませんでした。機会があればいつか実物を確認して結論を出せればと思ってはいます。
というか、こんな重厚な趣の本の本文中に同定責任者として載ることになるとは、思ってもみませんでした(巻末にちょろっと名前が出ればいいかなくらいのつもりでした)。個人的には、あらゆる出版物に正確なヨコエビの記述されること以外に興味はないつもりでいたのですが、さすがに少しビビりました。
テンロウヨコエビ属が「海の掃除屋」と紹介されていますが、個人的にこの属をはじめとするテンロウヨコエビ科のかなりの部分は、死骸を食べる「スカベンジャー」よりも他の小さな生物を捕まえる「プレデター」という紹介が合っているではと思っています。確定的なことは何もいえませんが、Lörz et al. (2018) にそういった記述があるほか、同じ科のリュウグウヨコエビ属の一種 Rhachotropis abyssalis や (Lörz et al. 2023)、ドゥルシベラ・カマンチャカ Dulcibella camanchaca なんか (Weston et al. 2024) は捕食性と推定されています。また、テンロウヨコエビ属は藤原ほか(2025)にもあるように咬脚がボクサーのような特殊な形状になっていて、これは可動域からみて、咬脚を突き出すのと同時に腕節の接続部が滑らかに動くことで、指節と前節を素早く閉じるような機構になっているのではと思います。この動きは捕食と関係しそうです。ただし、科は違いますが魚と思われる組織に混じって木屑や多毛類のような断片が消化管内から発見されている深海性ヨコエビもいる (Barnard, 1961) ので、死骸に集まるヨコエビの食性は実際のところかなり流動的なのだろうとも思います。
ワレカラ属の一種は Takeuchi et al. (1989) で再記載されたりしており、界隈では少し名の知れた種かもしれません。本文中にあるように、複眼など生態写真ならではの情報が含まれているのは貴重です。
見たところ藤原ほか(2025)に掲載された端脚目は全て固定前の写真のように見え、他の分類群も(詳しくないので推測ですが)多くが生時あるいは絶命して間もない個体を使用しているように見えます。「深海生物図鑑カレンダー」の定期購入者であればどこかで見たことのある写真もあるかもしれませんが、ハードカバーに厚口ページの堅牢製本で全面グラビアカラー印刷、これだけしっかり作られた大判の写真集で定価¥6,000-ですから、当方としてはものすごくお買い得に思えます(このサイズ感の学術図鑑だと2万はしそう)(比較対象がおかしい)。
「生態」図鑑と銘打ちつつ、ヨコエビの生態についてこれといった見解が示されていない部分は、読者によっては消化不良となりそうです。が、実際のところ学術研究がそこまで進んでないのでどうにも仕方ないです。一般層としてはやはり「何を食べているか」みたいな部分は生態情報として真っ先に興味の対象となる部分かと思うので、近縁種の情報からこのへんをもう少し引っ張ってきてもよかったかもしれません。もちろん科や属の中でも食性の幅はあるので、どこまで適用できるかは慎重になるべきとは思いますが。
JAMSTECの研究者による執筆なので、最後に海洋汚染問題とそれに対して海洋研究が果たす役割や、一般読者が深海生物にアクセスできる方法なんかを紹介しています。ページを幾度も繰りながら深海生物の生き様に想いを馳せるのも一興、この本を入り口に深海生物推しの深みにはまっていくのもまた一興、といった造りになっています。
<参考文献>