2022年12月27日火曜日

2022年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)

 

 今年もヨコエビの新種です。

 メキシコとオーストラリアからワレカラの新種が記載されていますが、あえて掲載していません。
 
 
※2017年実績
※2018年実績 
※2019年実績
※2020年実績
※2021年実績

 

 学名に付随する記載者については、基本的に論文中あるいは私信で明言のある場合につけています。

 

New Species of
Gammaridean Amphipods
Described in 2022

(Temporary list)

 

JANUARY 


Jażdżewska, Brandt, Martínez Arbizu and Vink (2022)

Oedicerina henrici
Oedicerina teresae
Oedicerina claudei
Oedicerina lesci 

  クチバシソコエビ科 Oedicerotidae の4新種を記載。2022年1月現在本文は無料で読めます。

 

 

 Ceriello, Senna, Andrade and Stampar (2022)

 Podocerus carmelina

  ブラジルからハナギンチャク付着性の ドロノミ属 Podocerus 1新種を記載。種が未同定のものも含めて同所的に得られたヨコエビのほか、等脚類、タナイス、コノハエビの記述もあります。

 


Tomikawa, Sasaki, Aoyagi and Nakano (2022)

Melita miyakoensis ミヤコメリタヨコエビ

Melita nunomurai ヌノムラメリタヨコエビ

Melita ogasawaraensis オガサワラメリタヨコエビ

Melita okinawaensis オキナワメリタヨコエビ

  沖縄および小笠原から メリタヨコエビ属 Melita の4新種を記載。既知種も加えた系統関係を解析し、本州・沖縄・小笠原にまたがるクレードと、沖縄・小笠原のみのクレードが存在することを明らかにしています。本文は有料。

 ミヤコメリタヨコエビについては沖縄タイムス等で取り上げられ、Yahoo!ニュースにも取り上げられてコメ欄やTwitterが賑わいました。メリタヨコエビ属において無眼種は珍しく、特に今回は表層水で発見されたとのことで憶測が憶測を呼んでいますが、筆頭著者の富川先生曰く「地下水棲種が湧水に乗って表層へ出てきたのでは」とのことです(2021年日本動物分類学会第56回大会発表)。また、海を隔てて近縁種が生息することに疑問をもつ方もいるようですが、本属は海水種・汽水種・淡水種を内包する極めて適応力の高いグループであり、海流等の検証は済んでいないものの、祖先が海を渡ってきたというシナリオが最も妥当と思います(同発表)。御多分に漏れず研究が進んでいないため、他の地域の記述が進めば、より精度が高い分散様式の推定が可能になるのではないでしょうか。そして、生息地は外来植物アカギの繁殖が進み、ヨコエビをはじめとする淡水性の動物が生息する渓流が堰き止められて消滅するという危機的状況にあるとのことです(同発表)。争点にするべきはそういった喫緊の課題だと思います。

 

 

FEBRUARY

 

Sir and White (2022)

Elasmopus mukuinu

 沖縄から イソヨコエビ属 Elasmopus の1新種を記載するとともに、これまでマレーシアでの原記載のみが既知であった同科の Ceradocus mizani Lim, Azman & Othman, 2010 を報告しています。新種として記載された E. mukuinu の種小名は日本語の「尨犬」のことで、第2咬脚に不揃いの剛毛を密生する様子にちなむとのことです。命名したのは米国人研究者ですが、日本語センスがずば抜けています。南西諸島ではスンナリヨコエビ科を含めてヨコエビ相の記録は乏しく、またイソヨコエビ属は世界的に見て日本が分布の北端にあたるものの種多様性の高さに記載が追いついておらず、貴重な研究です。また、これらの種の他にも同所的に未記載のヨコエビはたくさんいそうです。アブストに簡単な形態の記述あり。本文は有料。

 ちなみに、本種の記載の過程は「New species podcast」というポッドキャスト番組に採り上げられ、コレスポの White博士が出演しています。



Marin and Palatov (2022)

Victoriopisa nhatrangensis 

Victoriopisa cangio

 ヴィエトナムのマングローブ林から ホソオヨコエビ属 Victoriopisa の2新種を記載。本文は有料。

 

 

Lowry and Myers (2022)

Demaorchestia hatakejima

Demaorchestia mie

Demaorchestia pseudojoi 

Insularorchestia susorum 

 ハマトビムシ大改造論文がまた出ました。3新属(CocorchestiaDemaorchestiaInsularorchestia)を含む15属を Platorchestiinae亜科として再構成し、Talitrinae亜科から分離・独立させました。何といっても注目すべきは、これまで2種として扱うのも不評だった「ヒメハマトビムシ」が、とうとう2属4種の大所帯になった点です。本論文は「armchair taxonomy」(自ら標本を収集・検討して分類に必要な一次情報を得ることはせず、出版済の文献およびそれに付随した私信を拠り所として行われる分類学研究:わたしの造語)に終始しており、このような細分化が果たして意味を持つのか疑問がありますが、少なくとも同種とするには気持ち悪い形質の違いがあることもまた事実です。今後の研究、主に分子系統解析に期待です。巻末で15属のオスの検索表を提供。本文は有料。「ヒメハマトビムシ」をめぐる本論文の処遇について、特に本論文で記載された2新種と、タイプロカリティ付近に現在棲息している個体群との対応については、こちらで考察しています。

 ちなみに、本論文は端脚類分類学における巨人の一人ジェームス・ケネス・ロウリーの遺稿となってしまいました。しかし、極めて重要な論文にも関わらず、本文中に「P. koreaensis sp. nov.」という記述がある一方でアブストで新種として示されず、属の構成種に挙げられず、記載らしいパートも見当たらないという不可思議な点があり、恐らくミスと思われます。査読者は何をしていたのでしょうか。

  

 

King, Fagan-Jeffries, Bradford, Stringer, Finston, Halse, Eberhard, Humphreys, Humphreys, Austin and Cooper (2022)

Nedsia canensis King & Cooper, 2022
Nedsia cheela King & Cooper, 2022
Nedsia erinnae King & Cooper, 2022
Nedsia mcraeae King & Cooper, 2022
Nedsia nanutarra King & Cooper, 2022
Nedsia pannawonica King & Cooper, 2022
Nedsia quobba King & Cooper, 2022
Nedsia robensis King & Cooper, 2022
Nedsia shawensis King & Cooper, 2022
Nedsia wanna King & Cooper, 2022
Nedsia weelumurra King & Cooper, 2022
Nedsia wyloo King & Cooper, 2022
Nedsia yarraloola King & Cooper, 2022
 

 西オーストラリアの地下水からハッジヨコエビ上科 センドウヨコエビ科Eriopsidae の13新種を記載した超大作が出ました。分子と形態の両刀使いです。本文まで無料で読めます。

 

 

Verónica, Águeda and Alejandra (2022).

Hyalella fatimae Verónica & Alejandra, 2022

 アルゼンチンの標高 4,000 m 級の山地から Hyalella属 の1新種を記載。形態を用いた記載で、アブストにもかなり詳しく記述があります。


 

Myers and Ashelby (2022)

Pontocrates moorei 

 クチバシソコエビ科 Pontocrates属 の1新種を記載。全世界の既知種レビューと全種の検索表を掲載という、これまでありそうでなかった文献です。本文は有料。

 

 

Rangel, Da Silva, Siegloch, Limberger and Da Silva Castiglioni (2022)

Hyalella insulae

 ブラジルから Hyalella属 の1新種を記載。本属初の島嶼性とのことで、それを示す種小名がついています。本文は有料。

 

 

Tong, Wang, Liu, Li and Hou (2022)

Gammarus hoboksar Hou, 2022

 新疆ウイグルから ヨコエビ属 Gammarus の1新種を記載。Gammarus zhouqiongi Zhang, Wang, Ge and Zhou, 2021 のタイプ産地にほど近いようです。本文は有料。

 

 

 APRIL

 

Wang, Sha and Ren (2022)

Cyphocaris lubrica 

Cyphocaris formosa

 南シナ海のメタン湧出域から ネコゼヨコエビ属 Cyphocaris の2新種を記載。形態のみを用い、線画のほか固定前の全身写真と、一部口器のSEM画像も載せています。世界の既知のネコゼヨコエビ科全種の検索表を提供するとともに、世界のメタン湧出域から得られた端脚類を総括しているかなり意欲的な論文です。本文まで無料で読めます。

 

 

Labay (2022a)

Eosymtes magnumoculis

 サハリンに産するテングヨコエビ科 Eosymtinae亜科 をレビューするとともに1新種を記載。亜科から属の検索表、および Eosymtes属 の全種の検索表を提供。本文は有料。



Ariyama and Kawabe (2022) 

Aoroides macrops  オオメブラブラソコエビ

Grandidierella ogasawarensis オガサワラドロソコエビ

 父島から ユンボソコエビ科 Aoridae の2新種を記載。このうちオガサワラドロソコエビは、濵邉 (2017) で Aoridae sp. とされていたものとのことです。SDなのでタダで読めます。



Andrade, Souza-Filho and Senna (2022)

Magnaphoxus ajaja 

Magnaphoxus simplex 

Magnaphoxus longicarpus

 ブラジルから ヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae の1新属3新種を記載。属の識別形質はアブストに詳しく書かれています。


 

Paz-Ríos and Daniel Pech (2022)

Dentimelita lecroyae 

Pardaliscella perdido  

Paraeperopeus longirostris

Pardaliscoides ecosur

Tosilus cigomensis 

Neohela winfieldi  

 メキシコ湾の深海域から メリタヨコエビ科 Melitidae の1新属(Dentimelita)・1新種,Pardaliscidae科の1新属(Paraeperopeus)・4新種,Unciolidae科の1新種を記載。本文は有料。



Tomikawa, Watanabe Kayama, Tanaka and Ohara (2022)

Paronesimoides calceolus

 マリアナ海溝から タカラソコエビ科 Tryphosidae の1新種を記載。3種のオスの検索表を提供。本文は有料。




 MAY

 

Wongkamhaeng, Dumrongrojwattana, Sumitrakij and Keetapithchayakul (2022)

Thailandorchestia rhizophila

 タイからハマトビムシ上科の 1新属 1新種 を記載。Protorchestiidae科 の 7属 の検索表を提供。本科において最東端かつ初の漂着木性属の報告と思われます。本文まで無料で読め、しかも生態動画付きです。漂着木性ハマトビムシ類の生態動画そのものが大変貴重だと思います。この発見は現地の新聞でも取り上げられました。

 

  

Marin, Sinelnikov and Antokhina (2022)

Pleusymtes actiniae

 北極バレンツ海から、イソギンチャク類 Urticina eques に付着している テングヨコエビ科 Pleustidae の1新種を記載。なかなか書き込みが多いスケッチが楽しめます。本文は無料で読めます。

 


JUNE


Cannizzaro, Sisco and Sawicki (2022)

Crangonyx apalachee

 フロリダから マミズヨコエビ属 Crangonyx の1新種を記載。現在「フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus」は種群として認識するのが妥当なようです。良からぬことが起きねばよいのですが。本文は有料。



Ariyama and Kohtsuka (2022a)

Aora biarticulata ニセツヒメユンボソコエビ
Aoroides sagamiensis  
サガミブラブラソコエビ
Grandidierella gracilis 
ホソナガドロソコエビ

 相模湾から ユンボソコエビ科 Aoridae の3属3新種を記載。本文は有料。




Momtazi (2022)

Cymadusa makranica

 オマーンから ヒゲナガヨコエビ科 Ampithoidae の1新種を記載。



Hendrycks and De Broyer (2022)

Abyssorchomene patriciae 

Abyssorchomene shannonae 

 大西洋北東部と南極からフトヒゲ2種を記載。種小名の Patricia は Claude De Broyer の奥様で、Shannon は Ed Hendrycks の奥様とのことで、それぞれの著者のパートナーに献名しています。既知種である A. abyssorum についてこれまでに得られている標本を再同定し、かなり A. patriciae が含まれていたことを示しています。個人的には体長の測り方に納得できません。EJT なので無料で読めます。



Bueno, Bichuette, Zepon and Penoni (2022)

Spelaeogammarus ginae Bueno and Penoni, 2022

 ブラジルから カンゲキヨコエビ上科 Bogidielloidea の新種を記載。同属8種の形態マトリクスを掲載。無料で読めます。



JULY


Suklom, Keetapithchayakul, Abdul Rahim and Wongkamhaeng (2022)

Floresorchestia amphawaensis
Floresorchestia pongrati

 タイから河岸性ハマトビムシ類の2新種を記載。全身図に点描が用いられておりタッチが凝っています。本文まで無料で読めます。



Tomikawa, Nishimoto, Nakahama and Nakano (2022)

Pseudocrangonyx dunan 

 メクラヨコエビ属設立100周年の今年、与那国島から メクラヨコエビ属Pseudocrangonyx の1新種を記載。本文は有料。



AUGUST


Cannizzaro, Daniels and Berg (2022)

Sicifera cahawba 

 アラバマ州ダラス郡から マミズヨコエビ科 Crangonyctidae の1新種を記載。この属の下に3種を加えたとのこと。昨年末に出版されているはずですが、出版年は今年になっているみたいです。本文は有料のようです。



Labay (2022b)

Desdimelita spicatimanus 

 オホーツク海から メリタヨコエビ科 Melitidae の1新種を記載。著者自身は属の在り方に不審を抱いているようですが、再定義等には至っていないようです。本文は有料。



Zhang, Kim and Kim (2022)

Paradexamine acuta 

Paradexamine rotundogena 

 韓国近海から トゲホホヨコエビ属 Paradexamine の2新種を記載。頭側葉の形状が尖っているものと丸まっているものという、対照的な2種のようです。韓国近海産5種の検索表を提供。本文無料。



Ahn, Lee and Min (2022) 

Gammarus somaemulensis 

 韓国から ヨコエビ属 Gammarus の1新種を記載。本文は無料で読めます。



Limberger, Santos and Castiglioni (2022) 

Hyalella luciae 

 ブラジルのヴァルゼア川流域から5種目となる Hyalella属 の新種を記載。アブストに形態がわりと細かく書かれています。本文は有料。



Shintani, Lee and Tomikawa (2022)

Eoniphargus iwataorum イワタチカヨコエビ

Eoniphargus toriii トリイチカヨコエビ

 静岡と栃木から チカヨコエビ属 Eoniphargus の2新種を記載。属内全種の検索表を提供。ヨコエビ小目7科22属29種(+外群としてマミズヨコエビ小目1種)の分子系統樹を描き、Eoniphargus属, Octopupilla属, Mesogammarus属 の 3属5種 についてまとまりよさげな枝が描かれたので一安心しましたが、ヨコエビ科どころかヨコエビ属の散らばりっぷりに眩暈がします。本文は無料。



SEPTEMBER


Ortiz, Winfield and Ardisson (2022)

Bathypisella spinicauda 

 メキシコ湾南西部の深海 884m から センドウヨコエビ科 Eriopisidae の1新属1新種を記載。このグループは淡水から浅海にかけて見つかることが多く、深海性は珍しいです。アブストでは省略されていますが、第3尾肢の形状から、伝統的区分における Eriopisella line に該当するものと思われます。本文は有料。



Ariyama and Kohtsuka (2022b)

Metarhachotropis parva カワリリュウグウウヨコエビ

 相模湾から テンロウ科 Eusiridae の新属新種を記載。属名はカワリリュウグウウヨコエビ属となりました。頭身低めの特徴的なプロポーションをしています。本文は有料。



Marrón-Becerra and Hermoso-Salazar (2022)

Hyalella alvarezi Marrón-Becerra and Hermoso-Salazar, 2022

Hyalella garyi Marrón-Becerra and Hermoso-Salazar, 2022

Hyalella sarukhani Marrón-Becerra and Hermoso-Salazar, 2022

Hyalella villalobosi Marrón-Becerra and Hermoso-Salazar, 2022

Hyalella viviannae Marrón-Becerra and Hermoso-Salazar, 2022

 ベラクルスおよびメキシコシティから Hyalella属 の5新種を記載。分類には形態を用い、SEMでの観察を行ったとのことです。本文は有料。



Stringer, King, Austin and Guzik (2022)

Pilbarana grandis Stringer & King, 2022 

Pilbarana lowryi Stringer & King, 2022 

 オーストラリアから センドウヨコエビ科 Eriopisidae 1新属2新種を記載。河床間隙性の無眼種とのことで、形態的に Eriopisella line に属するものとみられますPilbarana Stringer & King, 2022 という属名は産地である西オーストラリアの地名・ピルバラに由来するとのことです。本文はなんと無料です(2022年9月22日現在)。



Andrade and Souza-Filho (2022)

Biancolina suassunai Andrade & Souza-Filho, 2022

 ブラジルからガラモノネクイムシの1新種を記載。本属がヒゲナガヨコエビ科に移されてから初めての新種です。本文は無料で読めます(2022年10月12日現在)。



Liu, Tong, Zheng, Li and Hou (2022)

Morinoia aosen

 中国から モリノオカトビムシ属 Morinoia の1新種を記載。日本,中国,韓国に分布する ニホンオカトビムシ M. japonica に生物地理学的に8系統が内包されるとの結果を導いており、その中で遺伝的・形態的に識別されうる中国の種を記載したようです。本文は有料。



Kodama, White, Hosoki and Yoshida (2022)

Leucothoe vermicola Kodama, White, Hosoki & Yoshida, 2022 ユキレンゲマルハサミヨコエビ 

 フサゴカイ類の棲管・ホヤ類の内部に棲み込みを行う マルハサミヨコエビ属 Leucothoe の1新種を記載。本科においてホヤ類への棲み込みは報告があるものの、環形動物とヨコエビとの関係はあまり報告がなく、近年研究が進み始めた感はあります。ヨコエビ屈指の風雅な提唱されていますが、ちょっと長すぎる気も…。遺伝子は COI mtDNA のほか 18S rDNA を解析。飼育下での行動を観察した動画も付属させている労作。本文は有料。



Arai, Ohno and Tomikawa (2022)

Podocerus setouchiensis セトウチドロノミ 

 瀬戸内海から ドロノミ属 Podocerus の1新種を記載。愛媛県立西条農業高校3年生の男子生徒が筆頭著者になっていますが、形態のみならず分子解析の要素を加えるなど、近年の新種記載の中でも優れたものです。高校生がここまでできるというのは衝撃的です。岡山のサイトについては私がサンプル提供させていただきましたが、マテメソに「polyvinyl alcohol」とあるのは正しくはプロピレングリコールです。本文まで無料で読めます。



Ortiz and Winfield (2022)

Vemana touzeti

 メキシコ湾の深海域から Vemana属の1新種を記載。ダイダラボッチと同じ上科に含まれるフトヒゲソコエビ類です。本属の5種の検索表を提供。本文は有料。



Raut, Prakash, Arjunan and Kumar (2022) 

Protohyale covelongensis 

 インドから サキモクズ属 Protohyale の1新種を記載。形態とMt DNA COI領域の解析による検討を実施し、重要種についてはマトリクス形態比較表と系統樹を掲載しています。本文は有料。



Souza-Filho and Andrade (2022)

Pleonexes lowryi

 ブラジルからカワリヒゲナガヨコエビ属 Pleonexes の1新種を記載。

 カワリヒゲナガヨコエビ属は過去にヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe のシノニムとして抹消されたことがあり、Peat and Ahyong (2016) が復活させた経緯があります。しかしながら、Peat and Ahyong (2016) にはいくつもの問題があり、この体制を継承した論文群について妥当性に議論の余地がありました。今回 Souza-Filho and Andrade (2022) はコウライヒゲナガを元のヒゲナガヨコエビ属に戻すなど、この問題を6年越しに是正してくれました。ありがたや。本文は有料。



Zettler, Hendrycks and Freiwald (2022)

Dautzenbergia concavipalma 

 アンゴラからアゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae の1新種を記載。本文は有料。



Marin, Turbanov, Prokopov and Palatov (2022)

Niphargus tarkhankuticus

 クリミア半島の地下水から Niphargus属 の1新種を記載。大変珍しい手法が用いられ、解剖済付属肢の透過光写真と線画を巧みに組み合わせて形態を示しています。本文はタダで読めます。



DECEMBER


Coleman, Krapp-Schickel and Häussermann (2022)

Liouvillea rocagloria

 57ページに及ぶモノグラフの中で、チリからアゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae の1新種を記載。この属はこれまで南極大陸から1種のみが知られていました。同じ地域で見つかった9種の端脚類も報告しており、一部の種には線画と生態写真を掲載しています。EJTなので無料で読めます。



Pereira, Andrade and Senna (2022)

Elasmopus helenae

 ブラジルからイソヨコエビ属 Elasmopus の1新種を記載。第5~7胸脚基節後縁の形態的特徴から castelloserrate group に属する種とのことです。Invertebrate Zoology はあまりなじみのないジャーナルですが、本文は無料で読めるようです。



White and Thomas (2022)

Leucothoe panjang

Leucothoe wheromura

 ニュージーランドおよび北インドネシアから固有の Leucothoe マルハサミヨコエビ属の2新種を記載。本文は有料。



  というわけで、今年は 8789 種が記載されたようです。当方の積み新種については論文の構成が当初とだいぶ変わりそうですが、来年辺りには1本くらいお届けできる予定です。



(特記事項)

  • Waller et al. (2022) はヒアレラ属に「new provisional species」を提案しているが、記載行為は行っていない模様
  • Penoni et al. (2022) はタイトルからしてブラジルからヒアレラ属の1新種を記載している雰囲気の講演要旨だが、どういった形態での公表なのか、記載の要件を満たすものなのかは不明(もしオンライン集会要旨で記載したとか言い出したらケジメ案件です)

(補遺)

  • White and Thomas (2022) を追加 (15-I-2023)。



<2022年新種ヨコエビ記載論文>

Ahn Y.-U.; Lee C.-W.; Min G.-S. 2022. A new species of Gammarus (Crustacea, Amphipoda, Gammaridae) from South Korea. ZooKeys, 1117: 53–69. 

Andrade, L. F.; Souza-Filho, J. F.; Senna, A.R. 2022. Description of a novel genus with three new species of Phoxocephalidae G. O. Sars, 1891 (Crustacea: Amphipoda) from off northeastern Brazil. Zootaxa, 5128(3).

Andrade, Renan de M.; Souza-Filho, J. F. 2022, A new species and record of Biancolina Della Valle, 1893 (Amphipoda, Senticaudata, Ampithoidae) from the Southwestern Atlantic. Papéis Avulsos de Zoologia (Pap. Avulsos Zool., S. Paulo), 62: e202262048, 7p.

— Arai T.; Ohno Y.; Tomikawa K. 2022. A new species of the genus Podocerus from the Seto Inland Sea, Japan (Crustacea, Amphipoda, Podoceridae). ZooKeys, 1128: 99-109. 

— Ariyama H.; Kawabe K. 2022. Two new Species of Aoridae from Chichijima Island, the Ogasawara Islands in Japan (Crustacea: Amphipoda). Species Diversity, 27(1):113–128.

Ariyama H.; Kohtsuka H. 2022a. Three new species of the family Aoridae collected from Sagami Bay, central Japan (Crustacea: Amphipoda). Zootaxa, 5159(3): 393–413.

Ariyama H.; Kohtsuka H. 2022b. Metarhachotropis parva, a new genus and species of Eusiridae (Crustacea: Amphipoda) from Sagami Bay, central Japan. Zootaxa, 5188(1): 95-100. 

 Bueno, A. A. P.; Bichuette, M. E.; Zepon, T.; Penoni, L. R. 2022. A new species of the troglobitic genus Spelaeogammarus da Silva Brum, 1975 (Amphipoda: Artesiidae) from a cave in the Brazilian semi-arid region, with new records of its congener, Spelaeogammarus spinilacertus Koenemann and Holsinger, 2000. Nauplius, 30: e2022020.

 Cannizzaro, A. G.; Daniels, J. D.; Berg, D. J., 2022. Phylogenetic analyses of a new freshwater amphipod reveal polyphyly within the Holarctic family Crangonyctidae, with revision of the genus Synurella. Zoological Journal of the Linnean Society, 195: 1100–1115.

Cannizzaro, A. G.; Sisco, J. M.; Sawicki, T. R. 2022. Reappraisal of the Crangonyx floridanus species complex, with the description of a new species of Crangonyx Bate, 1859 (Amphipoda: Crangonyctidae) from northern Florida, USA. Journal of Crustacean Biology, 42(2), ruac027.

 Ceriello, H.; Senna, A. R.; Andrade, L. F.; Stampar, S. N. 2022. Crustacea biodiversity in tubes of Ceriantharia (Cnidaria; Anthozoa), including the description of a novel species of Amphipoda from southeastern Brazil. Marine Biology Research, 17(7-8).

Coleman, C. O.; Krapp-Schickel, T.; Häussermann, V. 2022. Amphipod crustaceans from Chilean Patagonia. European Journal of Taxonomy, 849(1): 1-57.

Hendrycks, E. A.; Broyer, C. De, 2022, New deep-sea Atlantic and Antarctic species of Abyssorchomene De Broyer, 1984 (Amphipoda, Lysianassoidea, Uristidae) with a redescription of A. abyssorum (Stebbing, 1888). European Journal of Taxonomy, 825: 1–76.

Jażdżewska, A. M.; Brandt, A.; Martínez Arbizu, P.; Vink, A. 2022. Exploring the diversity of the deep sea - four new species of the amphipod genus Oedicerina described using morphological and molecular methods. Zoological Journal of the Linnean Society, zlab03, 294:181–225.

King, R.A.; Fagan-Jeffries, E. P.; Bradford, T. M.; Stringer, D. N.; Finston, T. L.; Halse, S. A.; Eberhard, S. M.; Humphreys, G.; Humphreys, B. F.; Austin, A. D.; Cooper S. J. B. 2022. Cryptic diversity down under: defining species in the subterranean amphipod genus Nedsia Barnard & Williams, 1995 (Hadzioidea: Eriopisidae) from the Pilbara, Western Australia. Invertebrate Systematics, 36(2): 113–159.

 Kodama M.; White, K. N.; Hosoki T. K.; Yoshida R. 2022. Leucothoid amphipod and terebellid polychaete symbiosis with description of a new species of Leucothoe Leach, 1814 (Crustacea: Amphipoda: Leucothoidae). Systematics and Biodiversity, 20, 2118389.

Labay, V. S. 2022a. Review of amphipods of the family Pleustidae Buchholz, 1874 (Amphipoda) from the coastal waters of Sakhalin Island (Far East of Russia). II. Subfamily Eosymtinae Bousfield & Hendrycks, 1994. Zootaxa.

 Labay, V. S. 2022b. Desdimelita spicatimanus a new species of Melitidae Bousfield, 1973 (Crustacea: Amphipoda: Hadziida) from the Sea of Okhotsk. Zootaxa5169(4): 347-358.

 Limberger, M.; Santos, S.; Castiglioni, D. S. 2022. Hyalella luciae (Crustacea, Amphipoda, Hyalellidae)—a new species of freshwater amphipod from Southern Brazil. Zootaxa. 

 Liu H.; Tong Y.; Zheng Y.; Li S.; Hou Z. 2022. Sea–land transition drove terrestrial amphipod diversification in East Asia, with a description of a new species. Zoological Journal of the Linnean Society, 196(2): 940–958. 

Lowry, J.; Myers, A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa, 5100(1): 1–53.

Marin, I. N.; Palatov, D. M. 2022. Two new species of the genus Victoriopisa Karaman & Barnard, 1979 (Crustacea: Amphipoda: Eriopisidae) from mangrove communities of Vietnam with a review of previous records. Zootaxa, 5094(1):129–152.

Marin, I. N.; Sinelnikov, S. Y.; Antokhina, T. I. 2022. The first Arctic conspicuously coloured Pleusymtes (Crustacea: Amphipoda: Pleustidae) associated with sea anemones in the Barents Sea. European Journal of Taxonomy, 819: 166–187.

 Marin, I. N.; Turbanov, I. S.; Prokopov, G.A.; Palatov, D. M. 2022. A New Species of the Genus Niphargus Schiödte, 1849 (Crustacea: Amphipoda: Niphargidae) from Groundwater Habitats of the Tarkhankut Upland, Crimean Peninsula. Diversity, 14, 1010.

 Marrón-Becerra, A.; Hermoso-Salazar, M. 2022. Morphological comparison and description of five new species of Hyalella (Crustacea: Amphipoda) from Veracruz and Mexico City. Journal of Natural History, 56(25–28): 1215–1263.

Momtazi, F. 2022. Ampithoidae (Crustacea: Amphipoda) from the Persian Gulf and the Gulf of Oman. Zootaxa5159(3): 367-382.  

Myers, A. A.; Ashelby, C. W. 2022. A revision of the genus Pontocrates Boeck, 1871 (Amphipoda, Oedicerotidae) with the description of P. moorei sp. nov. and the re-establishment of P. norvegicus (Boeck, 1860). Zootaxa, 5115(4): 582–598.

Ortiz, M.; Winfield, I.; Ardisson, P.-L. 2022. A new deep-sea species of Vemana J.L. Barnard, 1964 (Amphipoda, Amphilochidea, Vemanidae) from off southern Gulf of Mexico. Zootaxa5205(6): 585-593.

Ortiz, M.; Winfield, I.; Ardisson, P.-L. 2022. A new deep-sea genus and species of Eriopisidae (Crustacea: Amphipoda: Senticaudata) from the Gulf of Mexico. Journal of Natural History, 56(21–24): 1109–1121.

Paz-Ríos, C. E.; Pech, D. 2022. Two new genera (Paraeperopeus and Dentimelita) and four new deep-sea amphipod crustacean species of little-known genera (Neohela, Pardaliscella, Pardaliscoides and Tosilus) from the Perdido Fold Belt, Gulf of Mexico. Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom, 1–26.

 Pereira, C. S. M.; Andrade, L. F.; Senna, A. R. 2022. A new species of Elasmopus Costa (Amphipoda: Maeridae) from the coast of Rio de Janeiro state, southeastern Brazil. Invertebrate Zoology, 19(1): 42–56.

Rangel, C.; Da Silva, A. L. L.; Siegloch, A. E.; Limberger, M.; Da Silva Castiglioni, D. 2022. First island species of Hyalella (Amphipoda, Hyalellidae) from Florianópolis, state of Santa Catarina, Southern Brazil. Zootaxa, 5116(1): 40–60.

 Raut, S.; Prakash, S.; Arjunan, V.; Kumar, A. 2022. A new species of the genus Protohyale Bousfield & Hendrycks, 2002 (Crustacea, Amphipoda, Hyalidae) from Covelong, Chennai, India. Zootaxa5205(6): 563-574

 Shintani A.; Lee C.-W.; Tomikawa K. 2022. Two new species add to the diversity of Eoniphargus in subterranean waters of Japan, with molecular phylogeny of the family Mesogammaridae (Crustacea, Amphipoda). Subterranean Biology, 44: 21–50. 

Sir, S.; White, K. N. 2022. Maerid amphipods (Crustacea: Amphipoda) from Okinawa, Japan with description of a new species. Zootaxa, 5093(5): 569–583.

 Souza-Filho, J. F.; Andrade; L. F. 2022. A new species of Pleonexes Spence Bate, 1857 (Amphipoda: Senticaudata: Ampithoidae) from the São Pedro and São Paulo Archipelago, Equatorial Atlantic, Brazil, with comments on the genus. Zootaxa, 5209(2): 199-210

 Stringer; D. N.; King, R. A.; Austin, A. D.; Guzik, M. T. 2022. Pilbarana, a new subterranean amphipod genus (Hadzioidea: Eriopisidae) of environmental assessment importance from the Pilbara, Western Australia. Zootaxa, 5188(6): 559–573.

 Suklom, A.; Keetapithchayakul, T. S.; Abdul Rahim, A.; Wongkamhaeng, K. 2022. Two new species of the genus Floresorchestia (Crustacea, Amphipoda, Talitridae) from Amphawa Estuary, Samut Songkhram Province, Thailand. Zoosystematics and Evolution, 98(2): 285–303. 

 Tomikawa K.; Nishimoto Y.; Nakahama N.; Nakano T. 2022. A New Species of the Genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from Yonaguni Island, Southwestern Japan, and Historical Biogeographic Insights of Pseudocrangonyctids. Zoological Science, 39(5). 

Tomikawa K.; Sasaki T.; Aoyagi M.; Nakano T. 2022. Taxonomy and phylogeny of the genus Melita (Crustacea: Amphipoda: Melitidae) from the West Pacific Islands, with descriptions of four new species. Zoologischer Anzeiger,
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Tomikawa K.; Watanabe Kayama, H.; Tanaka, K.; Ohara, Y. 2022. Discovery of a new species of Paronesimoides (Crustacea: Amphipoda: Tryphosidae) from a cold seep of Mariana Trench. Journal of Natural History, 56(5–8): 463–474.

Tong Y.; Wang X.; Liu F.; Li S.; Hou Z. 2022. Taxonomic study of the genus Gammarus (Amphipoda, Gammaridae) from Xinjiang, China, with description of a new species. Zootaxa, 5120(1): 97–110.

Verónica, I. M. Águeda; Alejandra, P. M. 2022. A new Hyalella species (Crustacea: Amphipoda: Hyalellidae) from South American Highlands (Argentina) with comments on its cuticular ultrastructure. Zootaxa, 5105(2): 202–218.

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 White, K. N.; Thomas, J. D. 2022. Two new endemic species of leucothoid amphipods (Amphipoda: Leucothoidae) from New Zealand and northeastern Indonesia. Journal of Crustacean Biology, 42(4): ruac060. 

Wongkamhaeng, K.; Dumrongrojwattana, P.; Sumitrakij, R.; Keetapithchayakul, S. T. 2022. Thailandorchestia rhizophila sp. nov., a new genus and species of driftwood hopper (Crustacea, Amphipoda, Protorchestiidae) from Thailand. Zookeys, 1099: 139–153.

— Zettler, M. L.; Hendrycks, E. A.; Freiwald, A. 2022. A new amphipod species of the bathyal genus Dautzenbergia Chevreux, 1900 (Amphipoda, Calliopioidea, Pontogeneiidae) associated with cold-water corals off Angola. Zootaxa5213(1): 49–63.

— Zhang X.; Kim K.-W.; Kim Y.-H. 2022. Two new species of the genus Paradexamine (Crustacea, Amphipoda, Dexaminidae) from Korean Waters. ZooKeys, 1117: 37–52. 



<その他>

Bousfield, E.L.; Chevrier, A. 1996. The amphipod family Oedicerotidae on the Pacific Coast of North America. 1. The Monoculodes & Synchelpdium generic complexes: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 2(2): 75148.

Peat, R. A.; Ahyong, S. T. 2016. Phylogenetic analysis of the family Ampithoidae Stebbing, 1899 (Crustacea: Amphipoda), with a synopsis of the genera. Journal of Crustacean Biology, 36(4): 456–474.

Penoni, L. R. et al. 2022. A new species of Hyalella Smith, 1874 (Amphipoda: Hyalellidae) from Estadual Turístico do alto Ribeira – Petar/São Paulo, Brazil. In: Annals of XI Brazilian Congress on Crustaceans / The Crustacean Society - Summer Meeting Brazil. Anais. Santos (SP) Online Event, 2022.  

Waller, A.; González, E. R.; Verdi, A.; Tomasco, I. H. 2022. Genus Hyalella (Amphipoda: Hyalellidae) in Humid Pampas: molecular diversity and a provisional new species. Arthropod Systematics & Phylogeny, 80: 261–278.

濵邉昂平 2017. 小笠原諸島父島におけるヨコエビ類について. 首都大学東京 小笠原研究年報, 40: 59–72.

— Zhang K.; Wang J.; Ge Y.; Zhou Q. 2021. A new Gammarus species from Xinjiang Uygur Autonomous Region (China) with a key to Xinjiang freshwater gammarids (Crustacea, Amphipoda, Gammaridae). ARPHA Preprints


2022年11月29日火曜日

書籍紹介『海産無脊椎動物多様性学』(11月度活動報告)


 

 京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所(以下、瀬戸臨海)が100周年を迎えられたとのこと。おめでとうございます。

 和歌山県白浜町はガタガールオタクにとって思い出深い土地であるばかりでなく、日本の端脚類研究の発展と深いつながりのある場所ですが、そういった経緯を理解することができる書籍が出版されました。『海産無脊椎動物多様性学:100年の歴史とフロンティア』(以下、海産無脊椎動物多様性学)です。


※表紙・裏表紙にヨコエビはいません。


 『海産無脊椎動物多様性学』は副題の通り、瀬戸臨海の過去と今、そして未来を俯瞰する密度の高い書物となっていますが、その歴史を語る上で欠かせない愉快な仲間たち・海産無脊椎動物の研究史について、その道の専門家が熱い原稿を寄せている、たいへん読み応えのある本です。個別の分類群についての基礎的な知見が、概ね大学生レベルの知識で理解できるよう、エッセンスとして摂取できる贅沢な構成といえるかもしれません。永久保存版であることは間違いないです。

 富川博士による専門的な解説は「日本におけるヨコエビ目の分類と系統」という項です。内容は京都大学および臨海実験所との関わりが軸になっており、改めて本邦端脚類研究における影響の大きさがうかがえます。京大といえばウエノドロクダムシのタイプ標本も大津臨海実験所(現:同大 生態学研究センター)で採られたものだったりするので (Stephensen, 1932)、やはり本邦端脚類学の黎明期は旧帝大の京都大学に担われていた感が強いです。

 有山 (2022) でも貴重なレビューがありましたが、ヨコエビ類の分類学的研究の経緯について、大分類の不安定性や国内の歴史が整理・総括されています。この2冊をあわせて読むことで、現状の嵐のような大分類の組み換えが、研究者達に一様に戸惑いをもって受け止められ、また同様な弱点が指摘されていることが理解できるかと思います(このセクションで若手研究者として末席を汚すことになったのは大変畏れ多いですが、今後もヨコエビ学の発展に何らかのかたちで寄与してまいりたい所存であります)

 後半は瀬戸臨海にゆかりの深いメクラヨコエビ科とメリタヨコエビ科の、これまでの研究の経緯や系統に関する最新知見の紹介です。ヨコエビのようなマイナー分類群においては特に、個別の分類群に関する歴史がまとめられた科学史的な文献は大変貴重です。

 瀬戸臨海では現在もどうやらハマトビムシ類は研究テーマの一つとなっているようですが、実験所に付属する畠島は森野博士によりハマトビムシ類の分類学的検討 (Morino, 1972, 1975) や”Orchestia platensis”の生態調査 (Morino, 1978) が行われたことで有名です。そしてこの時に記述されたスケッチ (Morino, 1975) をもとに、畠島の名を冠した新種 Demaorchestia hatakejima が記載されてもいます (Lowry and Myers, 2022)。奇しくも今年2月に出版された本種の記載論文もまた、臨海実験所の100周年に花を添えるものといえるかもしれません。



<取扱>

 出版社のサイトから直接購入できますが、一般ではヨドバシ.com楽天Amazonなどで求めることができます。また、なぜかキャラアニ.comでも買えます。



<参考文献>

有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. [ISBN: 9784303800611]

— Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa5100(1): 1–53.

Morino H. 1972.  Studies on the Talitridae (Amphipoda, Crustacea) in Japan I. Taxonomy of Talorchestia and OrchestoideaPublications of the Seto Marine Biological Laboratry21(1): 43–65.

Morino H. 1975. Studies on the Talitridae (Amphipoda, Crustacea) in Japan II. Taxonomy of sea-shore Orchestia, with notes on the sea-shore talitrids. Publications of the Seto Marine Biological Laboratry, 22(1–4): 171–193.

Morino H. 1978.  Studies on the Talitridae (Amphipoda, Crustacea) in Japan III. Life history and breeding activity of Orchestia platensis KrΦyer.  Publications of the Seto Marine Biological Laboratry, 24(46): 245267.

— Stephensen, K. 1932. Some new amphipods from Japan. Annotationes Zoologicæ Japnonenses13: 487–501, 5 figs.

富川光 2022. 日本におけるヨコエビ目の分類と系統. In: 京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所創立100周年記念出版編集委員会/編 2022. 『海産無脊椎動物多様性学:100年の歴史とフロンティア』.京都大学学術出版会,京都市.697P. [ISBN-10: 4814004494]


2022年10月10日月曜日

海じまい(10月度活動報告)

 


 

 久々に桃太郎に会えました。

 最後にここに来たのは2019年の夏とかだった気がします。今回は日本甲殻類学会大会の自由集会から参加のため、連泊の旅行です。

 O大学のキャンパスには初めて立ち入ります。広い。



 オンサイトの学会大会そのものがかなり久し振りです。分類学会もベントス学会もオンラインだけでしたね。

 生物科学学会連合の加盟団体を中心に、これに隣接した分野に対応していると思われる団体を含めて、ホームページで大会や集会の類の情報を公開しているところをざっと確認したところ、水産学会や動物学会など他にもオンサイト開催をしているところはあるようです。リモート参加も「情報を得る」という意味でそれほど悪いものではなかったと思いますが、現場には現場の良さがあるのでオンラインに取って代われれることはあり得ないでしょう。


 さて、せっかくここまで来たので、個人的なヨコエビ空白地帯を埋めたいと思います。




1.河口泥干潟



 塩分はかなり甘めです。

 最干潮時間と学会開始時間を踏まえ、時間的にトライ可能な非直立護岸にアタリをつけただけで、その他の要素は多分に妥協しています。逆に、Googleロケハンの限りでは、市街から1時間圏内には海産ヨコエビの採取可能と思われる未踏ポイントは無いと言えます。


 踏み込んでみると…


 ドロドロだもん。

 ソロチャレンジしていたら最悪落命していたかもしれません。


 それなりに水草の残骸が見られますが、還元化しているというより、河川からのシルト・クレイの供給が盛んなようです。

 ボウズは回避しましたが、ドロクダ・ドロソコ近辺のラインナップで、目新しいものはありませんでした。




2.砂礫海岸


 海に迫る山肌にホテルやレストランがまばらに配されたエリアで、堤防の内側に道路、外に砂浜があります。浜はとにかく汀線方向に距離があって、今回は片道20分程度歩きました。これだけ広いとあまりコストをかけて砂の投入や漂着物除去をやっているようには思えないのでこれがデフォなのでしょうが、打ち上げ海藻はほぼ皆無で、その代わりリールから引き出された磁気テープのようになったアマモが散在しています。潮廻りや時間帯もありましょうが、カラカラのアマモの下にはハサミムシ類だけいて寂しいです。



 瀬戸内でよく見る石英の多い岩と砂ですが、岩の配置に何となくアーティフィシャルな雰囲気を感じます。道路を造る時に切り取った分を海側に置いたのかな。


 海藻少ない。

 沖合いにアマモ場がある感じなんですかね。汀線際の浮遊物も遠くから流れ着くアマモが優占していて、岩には紅藻とカヤモノリのような単純構造の褐藻だけちらほら。


モクズヨコエビ科ほか。

 

エンマヨコエビ上科ほか。丸いのは等脚です。


 主に海藻からしかヨコエビが採れません。このエンマヨコエビ上科ぽいのは恐らく県初記録ですが、同定できる自信はないです。


 打ち上げ物が砂に埋まっている部分からはハマトビムシが見つかりました。

 細かい砂は倉敷のヒゲナガハマトビを彷彿とさせますが、掘ってみて納得。ここはすぐまあまあの大きさの礫でできた層があってとても硬い。小型の動物には掘りにくそうです。


ハマトビ寄生ダニ。


 これも県初ではないでしょうか。幼体だろうけど分類できるんだろうか…


 「せっかくなら採集」なりの結果となってしまった感もありますが、新しいものも見れました。この2Pを回れたことで、公共交通機関でのアクセサビリティなどの条件を踏まえると、行ける範囲の海岸はだいたいカバーしたのではと思っています。

 離島や道があまり通っていない地域など、手付かずとなっている場所のヨコエビリティは未知数ですし、潮下帯ともなれば尚更です。目録の完成にはこのあたりへの対応が鍵となりそうです。




3.前浜砂泥干潟

 O県から戻った後、今年最後の海へと出かけました。

 今回は「潮間帯スタッカー!」の管理人・ひろこりん氏とのコラボ第二弾、干潟編です。


イマジナリーでないことの証拠として同行者の写真を載せます。


 数年前に来た時よりアオサの打ち上げは悪化しているようです。このような状況になる要因はいくつか考えられますが、あまり続くようだと底質は還元化して生物相は単純化していきます。

 沖に向かっていくとワンドのヘリにもかなりアオサが溜まっています。ここまでひどい状況はあまり見たことがない気がします。

 漂っているアオサそのものは面白くないのですが、漂着物の中や表面にはアオサに混じってヨコエビが見られました。


何らかのサキモクズ属 Protohyale と思われる。


これは何のタテソコエビ Stanothoidae だろうか…



イソヨコエビ属 Elasmopus。おそらく未記載。


 このサイトの干潟面でこれだけイソヨコエビ属が採れたのは初めてです。以前も同じような干潟面の構造物をガサガサとやったことはあったのですが、環境が何かしら変化しているのか、今回はだいぶ時間をかけてガサガサしていたのでそのお陰かもしれません。過去に1個体だけ得られたものと同じか分かりません。


 最干潮を迎えてからの上げ潮がやはりエグいですね。潮上帯へ退避。


個人的にタイヘイヨウヒメハマトビムシ Platorchestia pacifica と信じているもの。


 実は今回の主目的はこれらの種ではありません。いちおう採りたいものは採れたので、のちほどひろこりん氏からリリースされるものと思います。乞うご期待。



また来るで!


 


2022年9月6日火曜日

しつこく文献紹介『ヨコエビ ガイドブック』を読む(9月度活動報告)

 

 突然製作発表された『ヨコエビ ガイドブック』(以下、有山2022)は、もはやヨコエビをマイナー分類群呼ばわりするのを躊躇わせるレベルの売れ行きであったようで、楽天では「発売日」の5月23日に動物学部門で1位を獲得、楽天・Amazonともに発売翌日には「在庫切れ」の文字が躍り、空前の品薄にネット上がざわつきました。

 Amaz〇nの業者についてはそもそも仕入れを行っていなかった説、また初版が相当弱気な部数だったせいもありましょうが、発売1週間程度で第二版決定というスピード重版をキメており、今後も伝説を作り続けていく気はしています。


これは初版です。



こちら第二版。
一部和名表記の修正が見受けられましたが大きな変更はないようです。



 ヨコエビという分類群には、1冊の本として成立する一般向けの日本語のテキストは恐らく存在せず、また日本産79科のキーが掲載された資料などというものはいかなる言語でも用意されておらず、そういった敷居の低さとコアな情報を両方摂取できる資料に注目が集まるのは無理からぬことと思います。それにしても 4,500円(税別)という、一般向けの生物学の書籍として高額であるにも関わらずこれだけ売れたというのは、そろそろヨコエビの種多様性・量的優位性にヒトの関心が追いついてきたという証左ではなかろうか、とオタク特有の早口でまくし立てたくなってきます。


 とりあえず、有山 (2022) がどのくらいスゴイのか独断と偏見でまとめてみました。


日本語で書かれた「図鑑的書籍」を中心に、代表的と思われるものを挙げた。日本語でないもの、図鑑形式でないものでも、有山 (2022) との対比で特に重要と思われる文献(*)は参考として加えてある。
「categories」が(ord.=目)となっているものは、ワレカラ類やクラゲノミ類を含めた解説が行われている中で、この表においてヨコエビ類部分のみ抽出していることを示す。
「Lists」は、特定の分類階級において当時の既知分類群が網羅されていることを条件とし、地域を限定したリストについてはカウントしていない。
種類ごとの解説の中で形態や生態に一言でも言及(図を含む)のある種類は全て「Basal info of species」とした。括弧内の数字は種同定されていないもの。
分類群の生物学的特性でなく、研究方法や研究状況を扱った内容を「Explanations on study scene」とした。


 改めて数えてみると 菊池 (1986) が扱う種数に驚きましたが、菊池 (1986) は既存文献から線画を引用しているものでオリジナルではなく、また1種ずつに細かな解説を伴うものではありません。ただ、九州西岸のヨコエビ種リストや、分類から生態まで幅広い学術論文のリストが充実していて、強力な手引書であることは間違いないです。

 こうして並べてみると、図鑑的書籍の中でいかに 有山 (2022) がスゴイかがわかると思います。出版決定の報を受けた時は、こういった期待値をもって出版社へ発注メールを流した次第です。


 さて、有山 (2022) の書評は和文誌タクサ53号に書かせていただいたわけですが、当然のことながら「書評」としての職責を全うすることに全ステ振りしています(なお、学術的批評よりコマーシャルに寄ってる感があるのは、評者が初めてこういう文章を書いたためです多分)。そこで、この場では個人的な感想に振ってコメントしていきます。

 ちなみに、内容がよく似ている小玉氏による Cancer での書評のほうが先に公開されましたが、それぞれ個別に書かれたものです(読んでびっくりしました)。他にまた別の評者による書評が出れば違った見方も出てくるかと思います。




有山 (2022) を読む前に思ったこと

 出版が予告された3月30日時点で、最初に考えたのはこの本の評価軸は2つになる、ということでした。その1つは「自分自身にとって良いものか」、もう1つは「底生生物学・甲殻類学にとって良いものか」という軸です。そして、ぶっちゃけて言うと、目次に目を通した時点でこれらの評価は概ね定まっていました。


 自分にとっては、特に真新しい情報はないように思えましたが、日本語でヨコエビを語る上で数多ある障壁(和名未提唱の分類群,気軽に紹介できる入門書の不足など)が解決されることが大いに期待できました。また、有山先生しか知りえないコアな情報がコラムなどの形で掲載されることが予見されたので、これは大いに楽しみでした。カラー写真については事前にそのクオリティが分からなかったのと、体色は分類の役に立たないという認識だったので、あまり期待はしていませんでした。

 そして、色々問題を孕みながら日本各地で読まれていると思われる「東京湾のヨコエビガイドブック」がとうとうその仮初めの役割を終える時が来たな、という感慨もありました。「東京湾のヨコエビガイドブック」の英題が「A Guidebook of ...」となっているのは実は意味があって、「The をつけるほど知見が洗練されていない」というのと、「日本各地でヨコエビのガイドブックが作られて本書が one of them になるくらいヨコエビ学が盛り上がってほしい」との願いだったりします。11年越しでしたが、引用可能な真っ当な書籍としての「ヨコエビガイドブック」が出る瞬間を見られたのはその些か他力本願な願望が成就した瞬間でもありました。


 底生生物学・甲殻類学の観点からすると、最新の知見が日本語で紹介され、また平山 (1995) から実に27年ぶりに日本産の科を網羅した検索表が提供されること、そして「140種」にも上るヨコエビがカラー図版で解説されるとのことで、一足飛びに分類への理解が進むことが期待できました。本邦において、アマチュアや部活動やサークル活動の学生はおろか、底生生物を扱う大学の研究室やプロの環境コンサルタントですら、ヨコエビの種同定ができるのはごく一部と思われます。その要因の最たるものは、参照できる資料が主に四半世紀~半世紀前の書物であることと思われ、本書の登場はまさに地獄に仏といったところです。

 ただ、「140種」という掲載種数は、本邦既知が約四百数十種と考えると網羅性は最大でも 34% 程度にとどまることを意味しています。目次に連なる科名を見ても、例えば淡水や潮下帯のグループはかなり省略されている印象ですし、直近でこのブログで採り上げたものではあの記載論文 (Ogawa et al. 2021) で扱ったナミノリソコエビ科は地域によりまともな報告がないためか科ごと欠落していたりします。後述しますが、本邦におけるヨコエビの書物で34%程度の網羅性は破格の高さであると同時に、ここから更に高めるのは非現実的だと思います。しかしながら、傍から見て専門性を期待できるインパクトのある書籍なので、「140種」も掲載されているとなるとだいたいの種類が載っていると考える読者が多いと思われ、種の選び方によっては漏れた普通種に対して強引な絵合わせ同定が行われる場面もあるのでは、とも思えました。




改めて 有山 (2022) を読む

 さて、ここからは実際に読んでみての感想です。 

 まず、著者の人柄が感じられる温もりのある文体と、知っていることを全てつぎ込もうという熱量に圧倒されました。往々にして「知っていることを全部入れる」姿勢で文章を書くととっ散らかってしまいますが、全体に非常にまとまりが良くサクサクと読みやすいです。

 研究方法について、採集や同定だけではなく記載論文投稿まで触れているのは完全に意表を衝かれました。ガイドブックや図鑑の類はおろか、教科書の類でもここまでの手厚さはそうそうない気がします。本ブログが言及されたり、本邦文献リストの中で Ogawa et al. (2021) が紹介されているのは嬉しいですね。共著者も喜んでいました。

 大量の和名提唱がなされたのはありがたく、特に科レベルで日本語表記のしようがなかった サキシマオカトビムシ科,オオテソコエビ科,ミコヨコエビ科 に和名がついたのは念願叶った感がありました。モクズヨコエビ科の各属についても Bousfield and Hendrycks (2003) による細分化から20年が経とうという今日この頃、コンセンサスが得られていないから等と言いながら旧来の モクズヨコエビ属 Hyale を使い続けるには年月が経ちすぎており、すっとぼけるのがキツくなっていた頃だったので、今後の日本語の各種テキストへも大きな貢献があると思われます。強いて言えば、既に「ミサキモクズ」が存在する分類群に「サキモクズ属」という和名を提唱するのは、「フサゲモクズ」「フサトゲモクズ」のような無用の混乱の再来かと少し身構えたりしました。

 あと、非常に細かい話ではありますが、Amphipoda(端脚目)の名前の由来について「第1~4は前向き,第5~7は後ろ向きなため」(p.9)と書いている点、人づてにはよく聞くものの、専門書の記述として世に出たことはないような気がしていて、今後ここが中心となって引用されていく予感がします。異説には文献が存在し、例えば Spence Bate & Westwood (1863) はこのように書いています。

This name was given by Latreille to the present order of Crustacea on account of the animals contained in it having both swimming and walking legs, and to distinguished it from the order Isopoda, in which the legs are adapted for walking only.

 しかしながら、当の Latreille (1816) にそのような記述はないことと、Isopoda(等脚目)が Latreille (1817) によって記載された(出版年の上では1年だけ)若いグループであることを踏まえると、由緒ある文献ではあるものの真相を示しているかどうかは分かりません。


 閑話休題。

 書評の中でも触れましたが、個人的な驚きポイントは雌雄の生体カラー写真にこだわった構成で、これは本当に度肝を抜かれました。活きた姿を写真に収めるだけでもかなりの苦労が伴いますが、観察に堪える雌雄を揃えるというのは本当に気の遠くなる作業だと思います。形態分類のみに供するヨコエビの標本は採ってからなるべく早くフォルマリンで固定してしまうのが最善で、有山先生はそういった標本を長年蒐集されて4桁とか5桁とかの単位で所蔵しているはず。今回他の方からも写真提供を受けたとはいえ、生体写真を確保するというのは、それを上回る採集努力が必要と思われます。実際、論文で使用した標本とは別に新たに採集して改めて生体写真を撮った種もあるとのことで、その色彩や質感についても丁寧なコメントがあります。


 さて、読む前は34%の網羅率を期待しましたが、掲載種類数140のうち実際は属どまり同定が2割程度を占め、実質の網羅率は本邦既知種の 23% に満たない数字になります。その上、種同定に有用な形態形質を挙げているのは一部の種類にとどまり、科から先の同定には読者の力量が試される構成となっています。

 しかし、実際のところいくら紙面を拡充したとて本邦産種を不自由なく同定できる図鑑の類を作ることはできないと思われます。なぜなら、本邦産ヨコエビ類の解明度は極めて低く、掲載されている5種類全ての種同定が見送られているドロノミ科(ドロノミ属)などは本邦で顧みるに足る分類学的研究が行われたのはせいぜい2種であろうと思われ、手つかずのままその5倍とか10倍に及ぶ種が残されている気配がするからです。本属は世界から80種ほど記載されていますが、ガイドブックに載せようにもまだ学名すらないものも多いと思われます。

 こういった細かい「学術上どうしようもない点」が累積していることと、現状として日本語で分類学の世界が構築されていないことから、こういった難物を相手に孤軍奮闘するような書物に対して、それ単体で「本邦ヨコエビ学」の麓から頂にロープウェイをかけるような働きを期待するのは筋違いではないか、という感はあります。ヨコエビについて「学術的に確実なこと」を知るためには、読みやすい日本語のテキストを漁るだけでは不十分で、原典たる外国語の文献にあたるほかなく、これは意地悪でもなんでもなく、無いものは仕方がない状態といえます。今後和文の学術論文がたくさん出るようになればそれも実現が近づいていくかと思いますが、それはこの研究分野が文化として成熟していくような状態だと思います。

 この「魔の分類群」を調伏させるには、確かなところから少しずつ固めていくしかないと思います。地域なり、分類群なり、という感じです。そのためにはマンパワーが不可欠で、本書が本邦端脚研究者人口の増加に寄与することを心から願っていますし、有山 (2022) はそれに適役だと思っています。



 

ネットの反応

 発売決定当初、Facebook のグループで紹介したところ、海外のヨコエビ研究者達から反響がありました。「いかなる言語であれこのような本が出版されることは意義深い」等のコメントをもらいました。

 出版直後、まだ献本分しか発送されていない時期ですが、写真提供もされている和田太一先生によるレビューが光のように早かったです。しかもじっくりと全体を読み込まれています。

 ゴカイの幼生期研究でおなじみ石巻専修大学の阿部先生のお手元にも。

 三重大の木村先生も大絶賛

 写真提供されている幸塚先生の一言

 伊豆大島で水中写真を撮られていて、有山先生との共著でも知られる星野さんによるレビュー

 柏島のダイビングショップもご購入。これまで絵合わせのしようがなかったヨコエビ界隈にも、とうとう「絵合わせの波」が生まれていることを実感します。

 組曲「甲殻類」でおなじみ井上さんもご購入。たいへん気に入っていただいているようです


 


<参考文献>

— 有山啓之 2011. 今原幸光 (編著) 『写真でわかる磯の生き物図鑑』. トンボ出版, 大阪. [ISBN:9784887162259]

有山啓之 2016. ヨコエビとはどんな動物か?―形態・色彩・生態について―. Cancer, 25: 121–126.

有山啓之 2022. 『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. [ISBN: 9784303800611]

Bousfield, E. L.; Hendrycks, E. A. 2002. The talitroidean amphipod Family Hyalidae revised, with emphasis on the North Pacific Fauna: Systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 3(3): 7–134.

— 風呂田利夫・多留聖典 2016. 『干潟に潜む生き物の生態と見つけ方がわかる 干潟生物観察図鑑』.誠文堂新光社,東京.[ISBN: 978-4-416-51616-4]

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— 石丸信一 2001. ヨコエビの分類学の発展 —近年の動向—.月刊 海洋, 号外No.26: 15–20.

加戸隆介(編著)/奥村誠一・広瀬雅人・三宅裕志(著)2021.『三陸の海の無脊椎動物』. 恒星社厚生閣,東京.[ISBN: 978-4-7699-1664-2]

菊池泰二 1986. 第一編 ヨコエビ類の分類検索, 及び生態, 生活史に関する研究. In: ヨコエビ類の生物生産に関する基礎研究. 昭和60年度農林水作業特別試験研究費補助金による研究報告書. pp.9–24.

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— Latreille, P. A. 1817. Les Crustacés, les Arachnides, et les Insectes. In: [G. L. C. F. D.] Cuvier. Le Règne Animal, Distribué d'après son Organisation, pour Servrir de Base a l'Histoire Naturelle des Animaux et d'Introduction a l'Anatomie Comparée. Volume 3: i-xxix+1-653. Paris: Deterville.

— 森野浩 1991. ヨコエビ目. In: 青木淳一(編) 『日本産土壌動物検索図説』. fig.203–219.  東海大学出版会, 東京. [ISBN: 978-4-486-01156-9]

— 森野浩 1999. ヨコエビ目. In: 青木淳一(編) 『日本産土壌動物 -分類のための図解検索』. pp. 626–644. 東海大学出版会, 東京. [ISBN: 978-4-486-01443-0]

— 森野浩 2015. ヨコエビ目. In: 青木淳一(編) 『日本産土壌動物 第二版 -分類のための図解検索』. pp. 1069–1089. 東海大学出版会, 東京. [ISBN: 978-4-486-01945-9]

森野浩・向井宏 2016. 砂浜フィールド図鑑(1)日本のハマトビムシ類. 海の生き物を守る会, 京都市.

— 永田樹三 1965. 端脚目 (AMPHIPODA) 概説. In: 岡田要 『新日本動物図鑑[中]』第6版. 北隆館, 東京.

— 西村三郎 1999.『入門検索 海岸動物』.初版:1987年,保育社,東京.[ISBN4-586-31026-X]

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—  小川洋 2022. BOOK REVIEWS ヨコエビ ガイドブック 有山啓之(著).タクサ53: 66.

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— Spence Bate, C.; Westwood, J. 1863. A history of the British sessile-eyed Crustacea 1. London: John van Voorst. pp. iii-vi,1-507

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— 武田正倫 1982. 『原色甲殻類検索図鑑』. 北隆館,東京.

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— 上野益三・入江春彦 1960. In: 岡田要『原色動物大圖鑑』. 北隆館,東京.


2022年8月23日火曜日

エイリアンとタルマワシ(8月度活動報告)

 

 ~ とう場人ぶつ ~
 
こうたくん
ヨコエビのことが気になっている男の子。


ひろきくん
さいきん、こうたくんやはかせと、あそぶようになった男の子。
あまりしゃべらないけど、するどい。


ひばりちゃん
 うつりぎな女の子。
ウミノミがすき。
 
 
よこえびはかせ
ヨコエビの本やひょうほんをいっぱいもっている。
ヨコエビのことにくわしくて、何でもしらべて教えてくれるけど、
そのほかのことにはまるっきりきょうみがないんだ。


~~~~~~~


よこえびたんていだん


だい4話 エイリアンとタルマワシ





じけんはっ生



こうたくん:はかせ!えい画に出たヨコエビがいるんだって!

はかせ:どれどれ、見せてごらん。

 



はかせ:ホッホッホ、こうたくん、これはタルマワシじゃよ。

こうたくん:タルマワシ?

ひばりちゃん:しん海生ぶつずかんとかにのってるやつ。かな。

こうたくん:・・・だれ?

ひばりちゃん:いいだ ひばり です。

こうたくん:せち こうた です。

はかせ:ひばりちゃんはときどき、ヨコエビとかウミノミの本を読みに来るんじゃよ。

こうたくん:ウミノミって、あの足をかじるやつ?

はかせ:それは、ごやくじゃったという話を、した気がするのう。ともかく、ヨコエビとウミノミはべつの生きものの名前なんじゃよ。そしてタルマワシは、ウミノミのほうのなか間なんじゃ。

こうたくん:じゃあ、えい画に出たのはウミノミってこと?

はかせ:どうじゃろうのう。ちなみに、こうたくんが見たのはこれかの?



こうたくん:そうそう!うちゅうせんがよその星?についたとこで、ねちゃった。

ひろきくん:ありえんほど、じょばんですね…。

こうたくん:ひろきくん、いたんだ。




かくにん

ひばりちゃん:「エイリアンのモデルはタルマワシ」って、テレビで水中しゃしん家の人が言ってた気がするかな。

はかせ:ツイッターでは日本のはくぶつかんのアカウントがそういうことを言っておったし、海外の「エイリアン」のデータベースにも書いてあるぞい。せかいさい大の学じゅつ組しきとも言われるスミソニアンきょう会も、「うわさ」としてしょうかいしておる。

ひばりちゃん:じゃあ、間ちがってないのかな。

はかせ:ちょっとしらべてみるかのう。「エイリアン」のえい画ではいろいろなデザイナーがしごとをしたみたいじゃが、「ゼノモーフ」のデザインはギーガーさんという画家のイラストが元になっているようじゃのう。

こうたくん:ゼノモーフ?

はかせ:いわゆる「エイリアン」のことじゃよ。

こうたくん:これゼノモーフっていうのか!

はかせ:ゼノモーフ、つまりエイリアンにはいろいろな形があるし、えい画のタイトルも「エイリアン」でまぎらわしいから、だい1作目のエイリアンだい3形たいのことは「ビッグチャップ」と、よぶことにするかのう。



はかせ:ギーガーさんの絵を気に入ったきゃく本家が、えい画につかうセットやきぐるみなんかを作るときに、ビッグチャップをふくめて、ギーガーさんにデザインをたのんだみたいじゃ。『ギーガーズ・エイリアン』のギーガーさんの日記には、このように書いてあるのう。

私はついていたのだ。画家仲間のボブ・ヴェノーサは,シュールレアリストのサルバドール・ダリの家にしばしば招待されていたが ふたりは同じ町,スペインのタガクに住んでいたのだ  あるとき私の作品カタログを彼に見せた。そしてダリに私の作品をどう思うかと尋ねた。ダリは明らかにそれを気に入ったようで,そのカタログをフランク・ハーバートのSF小説,『デューン』三部作の映画化を考えていたプロデューサーのアレハンドロ・ホドロフスキーに見せた。(中略)ホドロフスキーは私やほかの何人かが仕上げたものを携えて,プロデューサーを探すためアメリカに飛んだ。彼には運が味方しなかったとみえて,その後彼に会ったことはない。私の手に残った唯一のものは,もうひとりのがっかりした男(『デューン』では特殊効果を担当することになっていた)の住所だけだった。その男の名はダン・オバノン,『エイリアン』の作者である。(中略)

1977年7月 ハリウッドのダン・オバノンから,まったく予期していなかった電話が入った。(中略)話の内容は,彼の新しい映画『エイリアン』についてだった。(中略)『エイリアン』の恐ろしいモンスターたちは私に作られるべきだと提案した。

はかせ:『ギーガーズ・エイリアン』によると、そのあと7月11日にオバノンさんから手紙がとどいたようじゃのう。そこに、ギーガーさんにデザインしてほしいものが書いてあったそうじゃ。『メイキング・オブ・エイリアン』によると、こんなかんじだったそうじゃ

エイリアン(第3形態):宿主の身体から抜け出たエイリアンは急速に、人間の成人と同等のサイズにまで成長。この段階では非常に危険な生物と化している。あちこち動き回り、頑強で、人間をバラバラに引き裂くことも可能。人肉を食料とする。この生物は野卑で醜悪な、嫌悪感を抱かせる外見だ。プロデューサーは、巨大な奇形児のような感じにすれば忌まわしいイメージが出せるかもしれないと提案している。とにかく遠慮なく独自のデザインを編み出してほしい。

ひばりちゃん:タルマワシっぽいオーダーは、ないのかな。

はかせ:そこまでのしじはなかったみたいだのう。『ギーガーズ・エイリアン』にはその後のながれが書いてあるんじゃ

私は説明図やスケッチや模型を作ってオバノンの許に送り,そして待った。

ハリウッドからはなんの返事もなかった。ちょうど私の本,ネクロノミコン1(HRGiger’s Necronomicon 1)のフランス版が出たばかりだったので,できたての,まだインクが乾ききっていないものをオバノンに送った。

はかせ:エイリアン」のきゃく本を書いたオバノンさんがギーガーさんに、たまごがたくさんあった「いきせん」やゼノモーフのデザインをたのんだのは間ちがいないようじゃが、どうやらビッグチャップの元になったデザインは、その前からじゅんびされていた『ネクロノミコン1』という本の中の「ネクロノームⅣ」という絵のようじゃのう。

ひばりちゃん:それがタルマワシっぽかったのかな。

はかせ:『ネクロノミコン1』によると、「ネクロノームⅣ」は1976年に書かれたもののようじゃが、タルマワシがモチーフになっているとは書いてないぞい。

ひばりちゃん:じゃあ、モチーフは何なのかな。

はかせ:かいせつには、人間の体のパーツと、きかいのぶひんを組み合わたもの、と書いてあるんじゃ。「ネクロノームⅣ」を見ても、あえてタルマワシのようそをさがすより、人の体ときかいのイメージで、せつめいができると思うぞい。

ひばりちゃん:ギーガーのほかに、ゼノモーフのデザインこうほは、なかったのかな。

はかせ:そうじゃのう、じつはオバノンさんがきゃく本を書きはじめてから、ギーガーさんに手紙をおくるまでの間に、べつのすがたの「かいぶつ」が書かれたこともあったんじゃよ。

こうたくん:どういうこと?

はかせ:『メイキング・オブ・エイリアン』にはこのように書いてあるのう。オバノンさんは「クローンびょう」にかかっていて、友だちのシャセットさんの家で休ようしながら、きゃく本を書いてたみたいじゃ。

オバノンとシャセットは(中略)爆撃機が帰還途中に黒い嵐雲の中で隊からはぐれ、機内に忍び込んだ小さな悪魔に襲われるという展開になった。この凶悪な生物は機体後部の機銃塔から侵入し、機内を進みながら、遭遇した乗組員をひとり、またひとりと殺していく。

はかせ:『エイリアン|アーカイブ』には、その後のきゃく本について書いてあるんじゃ。

オバノンは「Star Beast(スター・ビースト)」と題した脚本を仕上げる。オバノンが監督、シャセットがプロデュースする計画で、独力で資金を集めようとしていた。しかし、オバノンは資金を調達するには何らかのビジュアル素材が必要だと考えた。それでオバノンは著名なイラストレーターで、ロサンジェルス・フリー・プレス紙の政治風刺漫画家だったロン・コブ(Ron Cobb)に頼み、脚本と一緒に送れるようなカラーイラストを依頼した。

はかせ:『メイキング・オブ・エイリアン』によると1976年の春ごろにえがかれたコブさんのイラストでは、かいぶつのすがたは「うろこ」におおわれた、はちゅうるいのようなイメージだったようで、タルマワシとはかんけいないんじゃ。そしてこれが、その「スター・ビースト」のあらすじと思われるのう。

乗組員たちは墜落した宇宙船の残骸と痩せこけたパイロットの亡骸を発見する。そして奇妙な形の頭蓋骨を自分たちの船に持ち帰るのだが、その頭蓋骨の内部に恐ろしい微生物が宿っており、それが急激に成長することは知る由もなかった。地球に向けて航行を開始するなり、その微生物が動き始める。

はかせ:このプロットはだいぶ「プロメテウス」っぽいのう。『メイキング・オブ・エイリアン』によると、その後、たねをうえつけられるアイディアが出てきたようじゃ。

「ダンは『ここで諦めちゃダメだよ。良い案が出かかってる。そんな気がする』と訴えた(中略)僕はダンのもとに駆け寄って、こう伝えた。『アイデアが浮かんだんだよ。謎の生命体は乗務員のひとりと<交わる>んだ。相手の顔に飛び乗って<種>を体内に植え付けるんだ』と」シャセットは当時の詳細をこのように語った。

はかせ:このアイディアができてから、タイトルも「エイリアン」にかわって、その後にギーガーさんへ手紙がおくられたみたいじゃのう。じゃが、『ネクロノミコン』がオバノンさんにとどいてからしばらくしても、まだビッグチャップのデザインには、きまっていなかったようじゃ。『ギーガーズ・エイリアン』にはこのように書いてあるぞい。

1787年(※注)2月23日,シェパートン・スタジオ(中略)まず第一に,『エイリアン』に登場するエイリアンがどんな姿をしているべきか定かでなかった。(中略)果しのない議論の末,エイリアンを昆虫のようなエレガントな形にしようということになった。(中略)

目の部分を前方から見たところは(図表番号省略),あまりにもオートバイ用のゴーグル然としている。これは黒く半透明の頭蓋に置き換えねばならなかった。頭蓋が長く延びて,前方に眼窩が見える(図表番号省略)

はかせ:この「ゴーグルっぽいかお」というのは、「ネクロノームⅣ」のイラストのことじゃのう。そこに、こん虫やとうがいこつのイメージを足して、ビッグチャップが出来上がったみたいじゃ。『エイリアン|アーカイブ』には、こんなコメントもあるんじゃ。

”地獄からやってきた、この黒いゴキブリを作ったのはギーガーだ” 

ロン・コブ

コンセプトアーティスト

はかせ:ちなみに、フェイスハガーやチェストバスターなど、ほかのゼノモーフについても、タルマワシとかかわりがありそうな話は、見つからなかったのう。

ひろきくん:「タルマワシ」というのは、見た目じゃなくて、べつのいみがあったりするんでしょうかね…

ひばりちゃん:あい手の中みを食べて子どもをそだてたり、にてるとこはあるかな。

はかせ:『メイキング・オブ・エイリアン』によると、ゼノモーフが人の体を食いやぶって生まれるのは、オバノンさんが「クローンびょう」のせいで、いつもおなかのいたみをかかえていたことが、かんけいあるみたいじゃ。そして、とうじオバノンさんが読んでいたという「エスエフ小せつ」「エスエフコミック」には、うちゅう生ぶつが人の体を食いやぶって出てくる話が、いろいろあるそうじゃ。タルマワシのえいきょうが、ぜったいなかったと言いきることはできんが、これだけほかのネタがあるのに、わざわざ引き合いに出すほどのこんきょもないのう。

ひろきくん:このひとによると、ビッグチャップより、「エイリアン2」にでてくる「エイリアンクイーン」のほうが、タルマワシににてるということです…

はかせ:たしかに、そのとおりに思えるのう。おなじことがマイケル・ボックさんののページにも書いてあって、さいしょに「クイーンのデザインはタルマワシが元になってる」という話が出たのは、デイヴィッド・アッテンボローさんのナレーションでゆう名なドキュメンタリーばん組「ブルー・プラネット」へのネットでのひひょうだった、と言われておる。

こうたくん:これできまりなの?

はかせ:じゃが、『エイリアン|アーカイブ』には、クイーンがタルマワシを元にしているとは、書いてないんじゃ

エイリアンクイーンはジェームズ・キャメロンのデザインに基づき、スタン・ウィンストンが監督の意向を取り入れて、デザインに忠実に造形した。(中略)「彼女はジムのコンセプト、構想、デザインなんだ。プロジェクトについて最初に話し合ったとき、ジムが美しい絵を見せてくれた。即座に気に入ったよ」

「拒食症の恐竜だと言った人がいた。仕方がないけれど、僕が思い描いていたのとは違う。実際、恐竜みたいな感じにするつもりもなかった。それだと少し、平凡で退屈になっただろうね。僕にとってクイーンは、ギーガーのデザインと、僕が欲しかったデザインの融合だ。大きくて力が強く、恐ろしくて、素早く動く雌の生物なんだ。醜悪で、なおかつ美しい。まるでクロゴケグモのように」と、キャメロン。

はかせ:『メイキング・オブ・エイリアン2』には、こんなこともかいてある。マハンさんはクイーンの「あたま」と「かお」、ローゼングラントさんは「うで」を、それぞれたんとうした、クリーチャーエフェクトコーディネーターじゃ。

マハンとローゼングラントはロンドン自然史博物館に赴き、インスピレーションを得るために化石のリサーチを行った。「先史時代から存在する魚、シーラカンスの化石を見て、思い浮かんだアイデアをスケッチしていった」と、マハンは語る。「そのシーラカンスが、エイリアン・クイーンの頭部に活かされているんだ。この博物館でのリサーチをもとに、僕らは頭部の彫刻にディテールを加えていった」

はかせ:そんなわけで、タルマワシではない生きもののイメージがあったようじゃ。

ひばりちゃん:ビッグチャップより、いろいろな生きもののイメージを活かすようになったのかな。

はかせ:『エイリアン|アーカイブ』には、とくしゅぞうけいコーディネーターのウッドラフさんのコメントも、のっておるんじゃ。

「物理的な構造の点から言うと、クイーンについてそれほどメカニカルな感じもなく、それほど完成された形でもない」と語るのはウッドラフ。「ギーガーのエイリアンが本質的には虫だったように、エイリアンクイーンの本質は甲殻類に近い。すごく細くてすごく貧弱な手足はそのままで、エイリアンの最初の見た目に比べると、海中生物らしさがある。だけど、原型は確かに同じで、顔だけはエイリアンの顔を思わる(※原文ママ)ものになっていた。うまく変化させたものだ」

はかせ:クイーンはビッグチャップを元にしながら、キャメロンさんが「クモっぽいかんじ」を入れたり、マハンさんが「シーラカンスのイメージ」を入れたりして、「こうかくるい」っぽく作り上げたもの、みたいじゃのう。キャメロンさんは学生じだいに「海よう生ぶつ学」をせんこうしておったようで、2009年の「アバター」ではパンドラのジャングルの中にクラゲのような生きものをとうじょうさせるなど、じぶんのえい画に「海よう生ぶつ」のイメージを入れたことがある。クイーンをデザインするときに、「海よう生ぶつ」があたまのかたすみにあったとしても、ふしぎではないと思うぞい。

ひばりちゃん:「ブルー・プラネット」より前から、「こうかくるい」ににてるという話があったなら、タルマワシとかんけいあるという話も、あったのかな。

はかせ:「ブルー・プラネット」のさいしょのほうそうは2001年じゃから、このせつでは2001年から2009年の間に「クイーンのモデルはタルマワシ」という話ができあがったことになるのう。えい画シリーズでは「エイリアン4」までこうかいされておるから、「エイリアン2」よりずっと後なんじゃ。ちなみに、『エイリアン|アーカイブ』を読んだかぎりでは、「エイリアン4」までに出てくるキャラクターにも、タルマワシのイメージが入ったものは、見あたらないぞい。

こうたくん:えっ、これできまりじゃないの?

はかせ:2011年にアイルランドのしん聞に「クイーンのモデルはタルマワシ」というきじがのったのがそうとうふるいんじゃが、2009年より前にエイリアンとむすびつけたコメントを見つけることはできなかったぞい。

こうたくん:なんだーちゃんとさがしたの?



すいり

はかせ:プリオサウルスさんは「エイリアンのデザイナーがタルマワシをモデルにした」と、はっきりかいてある本を見つけて、さらにべつのえい画がかんけいしているかも、とかんがえたようじゃな。じっさいに『うつくしいプランクトンのせかい』には、こう書いてあるぞい。

そして、タルマワシには風変わりなエピソードがある。フランスの漫画家メビウス(Moebius)がタルマワシの形態に触発されて描いた絵が、ハリウッド映画の大ヒット作「エイリアン」に登場するモンスターの元となったのだ。

はかせ:これの元になったしりょうがないか、さんこう文けんもかくにんしてみたんじゃが、えい画かんけいのものは見あたらなかったのう。げんしょもかくにんしたかったんじゃが、日本にはざいこがなくて、ゆ入もできないと、きの国やしょてんに言われてしまったぞい。

ひばりちゃん:メビウスという人が、キーパーソンなのかな。

はかせ:プリオサウルスさんも言っておるが、これまで見てきたとおり「エイリアン」に出てくるビッグチャップのデザインはギーガーさんが手がけたもので、メビウスさんはかんけいないはずじゃ。

ひばりちゃん:メビウスがエイリアンをデザインしたかのうせいは、ほんとうにないのかな。

はかせ:このサイトではしょきコンセプトにさんかしたとかいてあって、たしかに『エイリアン|アーカイブ』にはメビウスさんが書いた「わく星」や「いきせん」のしょきデザイン画ものっておる。じゃが、『メイキング・オブ・エイリアン』には、このように書いてあるのう。ちなみにスコットさんというのは、1作目「エイリアン」のかんとくじゃ。

 「メビウスには、映画全体の作業は引き受けられないが、宇宙服のデザインだけならやれると言われた」と、スコットは振り返る。(中略)

 「そうやってメビウスは宇宙服のデザインを描き、飛行機に乗ってフランスへ帰っていった」と、オバノンが顛末を説明する。「そのデザインは実際に採用されたが、メビウスとのかかわりも彼への支払いも、そこで終わりになった」

はかせ:『ギーガーズ・エイリアン』のギーガーさんの日記では、うちゅうふくをデザインしたメビウスさんとは1978年2月14日にホテルでかおを合わせたと、書いてあるんじゃ。ギーガーさんが「ネクロノームⅣ」を書いたり、オバノンさんにデザインをおくったりしたのは、それより前の話じゃからのう。「いきせん」のデザインもけっきょくギーガーさんがやることになったし、しりょうを見たかぎり、メビウスさんがビッグチャップのデザインにかかわったかのうせいは、ないと言ってよいじゃろう。まあ、『メイキング・オブ・エイリアン』にあるえい画のクレジットには、「いしょうデザイン」としてもメビウスさんはのってないようじゃから、クレジットに名まえがないだけでかんけいないときめつけることは、できんがのう。

こうたくん:なんだ、本はうそじゃん。

はかせ:プリオサウルスさんの話だと、えい画「アビス」にでてくるキャラクターのデザインはタルマワシとクラゲを合体させたような形をしとるから、デザイナーのメビウスさんつながりで「エイリアンのモデルはタルマワシ」という話になったんじゃないか、ということみたいじゃのう。

こうたくん:アビス?

はかせ:海をぶたいにした、エスエフえい画じゃよ。さっきの「エイリアン2」をふまえると、かんとくが「アビス」とおなじキャメロンさんという、きょうつうてんもあるのは、せっとく力としてかなり強いぞい。

ひろきくん:でも「アビス」と「エイリアン」って、間ちがえますかね…

はかせ:たとえば「かんとくがジェームズ・キャメロンでメビウスがデザインにかかわったえい画」みたいな話を聞いたときに、「エイリアン」を思いうかべるのは、正しいとはかぎらんが、むりもない気はするのう。

ひばりちゃん:じゃあ、メビウスがタルマワシを元に「アビス」の「うちゅう生ぶつ」をデザインしたのは、本とうなのかな。

はかせ:「アビス」のムック本『DANCING ON THE EDGE OF THE ABYSS』には、こう書いてあるのう。ジョンソンさんは、「アビス」の「うちゅう生ぶつ」のパペットを作った人じゃ。

キャメロン監督は地球外生物のデザインを何人ものアーチストとつくり出そうと何か月もかけた。「私の意図は天使のような異生物だった。(中略)興味ある形や模様を得るために、周囲の目を気にせず、高価なものから安価なものまであらゆる雑誌類に目を通した。イカからクラゲまで、ひかれるものはすべて見た。これらの生物が脅威的でなく美しいということが私にとって重要だった。(中略)メビウスのコンセプトは実際かなり愛らしかったが、私が望む特定のクオリティがなかった。私はそれらのクラゲのような、あるいはまったく未知の生物を人格化させたかったのだが、メビウスはその要求に抵抗したんだ」(中略)

「スタート時点でわかっていたのは、彼らが美しく、発光し、水中で機能し、まったく透けて見えるということだけだった」とジョンソンは言う。「きれいで発光し、水中にいる。この3つの要素を含んだ難しい作業をやらねばならなかった。ジムが選んだ大量の絵を渡されたが、それらすべてがエイや蝶のような外見だった(中略)」数週間が過ぎ、数か月がたったが、依然、承認されるデザインはなかった。(中略)

「最終デザインは脚本の中で描かれていた生物にとてもよく似ていた。デリケートな人間のような体をもち、広がった大きな羽と尻尾のある、透き通った流線形の生物だった。人間の全長より大きいが、頭が多少小さく、手や腕がかなり細かった。色を変え、模様をつくる、発光性の姿をしていたんだ。(中略)漂うマントのようなもののため、それはエイのようにも見えた。(以下鉤括弧まで省略)

はかせ:タルマワシがさんこうにされたとは、書いてないんじゃ。えい画のパンフレットにも、デザインのいきさつは書いておらんのう。

ひばりちゃん:そういわれてみると、「アビス」の「うちゅう生ぶつ」は、ほとんどエイみたいなものかな。

はかせ:画ぞうけんさくするといろいろイラストを見れるが、タルマワシに見えるかどうかは、人によるかもしれんのう。じゃが、「アビス」のデザインで海の生きものがとり入れられたのは、「うちゅう生ぶつ」だけじゃないぞい。「ぼせん」や「のりもの」、「ていさつてい」も、どくとくなコンセプトがつらぬかれておる。『DANCING ON THE EDGE OF THE ABYSS』には、こう書いてあるぞい。バーグさんはミニチュアデザインたんとうのスタッフじゃ。

「地球外生物の乗り物のインスピレーションは、いくつかの海洋微生物から得たものだった」とキャメロン監督は言う。「それらは地球的でなく、異様で視覚的におもしろい必要があった。(中略)たとえば乗り物が形を変える、いろんな幾何学的な状態や、エイのように動く羽のような構造など、多くのアイディアを検討した。(中略)」。(中略) 
「何年間もジムは何種もの海洋生物の写真を集めていた」とバーグは言う。「エイ型の乗り物はそれらのひとつをもとにしたもので、それは不気味な組織をもつ軟体動物だった。その生物自体のように、乗り物は透明な吹きガラスのような外見をもつ発光性のものだった。1・5~1・8㍍の翼長があり、ヘリコプターや偵察機のような機能をもつものだった。(中略)私のお気に入りは、ピンクで内部に球状の形をもつ、つばの垂れ下がるベレー帽に似たもので、エイリアンを載せる目に見えないコントロール脚やコックピットとして考えられた。ジムはそれに手を加えた。前部の先端周囲を変えて彼自身で絵を描き、腹部の下に取り入れ口がある、くぼんだ形を与えた。相互に連結した細い柄のワイン・グラスのような内装の特徴は、そのままだった」。(中略)「最初、偵察艇はリモコンで操作される、とても小さな乗り物になるはずだったが、結局、大きなバイクのサイズになってしまった。初めのアイディアは巨大なぞうり虫のようなものだった中略)」 



はかせ:「のりもの」と「ていさつてい」は、ムック本にもしゃしんなどはなくて、えい画のなかではみじかい間しか出ないのじゃが、エイのほかにはクシクラゲやサルパに見えなくもないのう。キャメロンさんがデザインをねり上げるよう子はこのように書いてあるのじゃが、「メビウスさんがタルマワシにしょくはつされた」とは、書いてなかったぞい。

こうたくん:じゃあ、うそなの?

はかせ:しょう言が見つからないだけかもしれんのう。いろいろな、うみの生きものをさんこうにしたみたいじゃから、タルマワシが目にふれなかったと言いきるのも、むずかしいと思うぞい。メビウスさんはざんねんながらすでになくなっておるから、しんそうは、ふかい海のようにくらいやみの中じゃ。

こうたくん:アッテンボローさんのやつはどうなったの?そっちがただしいの?

はかせ:「ブルー・プラネット」からの広まりは、大きかったんじゃろう。そもそも「メビウスさんデザインせつ」があって、それが「ブルー・プラネット」をきっかけにネットに広まったのかもしれんのう。

ひばりちゃん:ちょっとまって、ということは、ふかくじつな「うわさ」をはいじょすると、「アビス」と「エイリアン」をつなぐのは、メビウスじゃなくてキャメロンかんとくのかのうせいが高い、ということかな。

はかせ:そうじゃのう、もしかすると、「アビス」でキャメロンさんが「うちゅう生ぶつ」や「のりもの」にタルマワシのデザインをつかったという話があって、それがねじれて「エイリアン」になったのかもしれんのう。「しんそう」にせよ、「うわさ」にせよ、「エイリアン」ではなく「エイリアン2」から、タルマワシとむすびつけられたように思えるぞい。

ひばりちゃん:もし「アビス」でタルマワシを元にした「うちゅう生ぶつ」のデザインにかかわったキャメロンかんとくが、「エイリアン2」にそのイメージをもちこんだとしたら、「うわさ」ははんぶん「しんじつ」ということに、なるのかな。

はかせ:「エイリアン2」が「アビス」より、先に作られておるから、ありえないことになるのう。

ひばりちゃん:そうなんだ。

はかせ:もしかすると、キャメロンさんは「エイリアン2」で、本とうにエイリアンクイーンのデザインにタルマワシをつかったのかもしれんし、「こうかくるいみたい」というコメントが一人あるきしたのかもしれんのう。

ひばりちゃん:それにしてもタルマワシは、うちゅうせんみたいなサルパにすんでいたり、「うちゅう生ぶつ」っぽいとこはあるかな。

はかせ:さいしょに広まったのは、えい画「エイリアン」じゃなくて、「うちゅう生ぶつ」といういみで「エイリアン」に見える、という話だったのかもしれんのう。「ブルー・プラネットきげんせつ」が正しいとしても、もともと「うちゅう生ぶつっぽいイメージ」があったかもしれんからのう。

ひろきくん:なんか「きょくひどうぶつが、エイリアンのモデル」というせつも、あるみたいですね…

はかせ:たしかに、イギリスのしん聞のページにはこう書いてあって、ウミユリのしゃしんがそえられておるのう。

絵画「ネクロノームⅣ」を見たリドリー・スコットに見いだされ、エイリアンのクリエーターとなったスイスのシュールレアリスムアーティスト、ハンス・ルドルフ・ギーガーだが、彼のたくさんのデザインの一部は化石を元にしているといわれている。

はかせ:そもそもこの「いわれている」のこんきょがはっきりしないぞい。ウミユリに、にているのは「ネクロノームⅣ」が元になったビッグチャップではなくてフェイスハガーなんじゃが、これはギーガーさんがオバノンさんにたのまれてデザインしたものなんじゃ。たしかに『ネクロノミコン1』にはレリーフのような絵がたくさんあって「か石」のように見えるが、フェイスハガーはその後にえい画のためにデザインされたものじゃからのう。これは2013年のきじじゃが、こうしてあたらしい「うわさ」は作られつづけておるようじゃのう。




けつろん

ひばりちゃん:けっきょく「エイリアンのモデルはタルマワシ」は、しんようできる「しょうこ」が見つからなくて、しかも1作目の「エイリアン」については、ほとんど「しんぴょうせい」がないかんじ、かな。

こうたくん:なんだ、うそじゃん。

はかせ:すくなくとも『うつくしいプランクトンのせかい』に書いてあった「メビウスさんがエイリアンをデザインした」というのは、間ちがいじゃったのう。もしかするとギーガーさんはタルマワシを見たことがあったのかもしれんが、ご本人はもうなくなっていて、しんじつはうちゅうのように、くらいやみの中、なんじゃ。

ひばりちゃん:「エイリアン2」のクイーンは、ひょっとするのかな。

はかせ:キャメロンさんがタルマワシを元にデザインした「しょうこ」はないが、あたらしい「かせつ」にはなりうる気がするのう。

ひばりちゃん:「エイリアンのモデルはタルマワシ」と言いはじめた人も、けっきょくわからなかったかな。

はかせ:「エイリアン」にせよ「エイリアン2」にせよ、「うわさ」がどこからはじまったのか、たどれなかったのう。

ひばりちゃん:「アビスせつ」がただしいのかも、わからなかったかな。

はかせ:「うちゅう生ぶつ」も「のりもの」も、「しょうこ」はなかったし、そこまでにてるように見えんが、デザインが作られる「かてい」からかんがえると、タルマワシが元になったかのうせいはクイーンより高い気がするぞい。じゃが、それが「エイリアン」につながるようになった「けいい」は、はっきりせんかったのう。

こうたくん:せいかなしか、だらしないなあ。

はかせ:そうじゃのう、こんかいは手に入りやすい、ほんやくずみのムック本だけを読んだわけじゃが、ほかにもしらべようがあるはずじゃからのう。

こうたくん:ちょうさぶ足ってこと?

はかせ:えい画やドキュメンタリーばん組のしりょうをたくさんあつめられれば、何かわかったかもしれんぞい。どこかに「うわさ」の元になった、そのものズバリなインタビューがあるとも、思えるのう。

ひばりちゃん:それがあれば、かんぺきなのにね。

はかせ:じゃが、かんけいしゃのインタビューがたとえばぜんぶ手に入ったとしても、言ってることが食いちがうかのうせいはあるぞい。『エイリアン|アーカイブ』でも、出えんしゃと、せい作スタッフがわとの言いぶんが、ちがっていることがしょうかいされておる。

こうたくん:けっきょく、わからないってこと?

はかせ:人によっておぼえていることがちがったり、話をもったりするのは、しかたないと思うぞい。こういう、かんけいしゃしか「しんそう」がわからない話には、よくあることじゃ。

こうたくん:じゃあ、よの中のことは、ぜんぶ「わからない」ってこと?そりゃないよ。

はかせ:そうじゃのう、たとえば本などの活字に「しんそう」があれば、そこだけは「わかる」と言うことができるぞい。

こうたくん:どういうこと?

はかせ:「エイリアンのモデルはタルマワシ」が「しんじつ」かどうかはべつにして、そう書いてある本があって、後からそれを読んだ人が「この本にこう書いてあった」と言いながらべつの本を書けば、その話のながれだけは、おいかけることができるんじゃ。今はただの「でん言ゲーム」みたいな「うわさ」でそれすらもよくわからんから、「しんそう」を知ることにも、くろうしておる。

こうたくん:そういうもんなのか。

はかせ:これまでこのコーナーでとりあげたような「ろん文」や「しん聞きじ」などの活字だと、そういうながれをおいかけやすい「くふう」があるんじゃ。活字を読むことのいみは、こういうことなんじゃよ。

こうたくん:メタはつ言?いみがわからないよ…

はかせ:そうじゃな、活字をいやがる人もおるが、もんだいかいけつのためには、いやがらずに読むことは、ときにはとても大せつなんじゃ。

こうたくん:でも、ちょくせつ見たわけじゃないでしょ?あなたのかんそうですよね?それ「しんじつ」って言えるんですか?

はかせ:一人の人間がちょくせつ見たり聞いたりして「しんじつ」にふれられるのは、ごくかぎられておるぞい。気にしてないだけで、ふだんからむかしの人の見たこと聞いたことには、たすけられておるはずじゃ。活字を読むことにかぎらず、な。もちろん、だれかのかんがえの「出てん」をかくして「ひょうせつ」するのはダメじゃが、むかしの人の見たこと聞いたことの「かりもの」とむえんに生きてると思ってるのは、それはそれで、かなりごうまんなかんがえな気がするのう。

こうたくん:そうなの?

はかせ:そういう、だれかが活字にしてのこしたことを、うまくつかいこなして、じぶんでも活字にのこすようにすれば、さらに後の人にもやくだつぞい。それは、読む人と書く人がいるからできることで、だれかに教えようとせずだまっていたら、そのまま土にかえるだけになってしまうんじゃ。

 こうたくん:なんかせっ教くさいね。

はかせ:何でもかんでも人に教えるひつようはないが、もし何かをしらせたいなら、ふさわしいやりかたにのっとるのが、オススメじゃ。

 こうたくん:うん!帰ったらお母さんにも教えてあげようっと。


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※注:1978年の誤りと思われる。


<さんこう文けん>

 H.G.ギーガー(画)/伊藤俊治・武邑光裕(解説)1986.『H.G.ギーガー/ネクロノミコン1』.トレヴィル,東京.

 H.G.ギーガー(著)/田中克己(訳)1986.『ギーガーズ・エイリアン』.トレヴィル,東京.

 クリスティアン・サルデ(著)/吉田春美(訳)2014.『美しいプランクトンの世界』.河出書房新社,東京.

 マーク・ソールズバーリー(インタビュー)/株式会社Bスプラウト(訳)/平谷早苗(編)2014.『エイリアン|アーカイブ』.ボーンデジタル,東京.

 ニュータイプ編集部 1990.『DANCING ON THE EDGE OF THE ABYSS』.角川書店,東京.

 J.W.リンズラー(著)/阿部清美(訳)2019.『メイキング・オブ・エイリアン』.玄光社,東京.

 J.W.リンズラー(著)/阿部清美(訳)2021.『メイキング・オブ・エイリアン2』.玄光社,東京.

 20世紀フォックス極東映画会社 1990.『アビス』(パンフレット).東宝出版事業室,東京.


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補遺 (15-VIII-2024)
・一部書式設定変更。

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「よこえびたんていだん」シリーズ

だい1話「ダイダラボッチのなぞ」

だい2話「めいきゅうのヨロイヨコエビ」

だい3話「ようぎしゃ フトヒゲソコエビ」