2025年10月27日月曜日

新属新種(10月度活動報告その2)

 

 ヨコエビおじさんはTwitterをやっていますが、久々に千バズしました(万じゃない)


およそ30時間経過した時点で7000リツイート超。
しかもまだサチる気配がありません。


 ともすれば、とばすいの公式アカウントの数字を抜いてますから、申し訳ない気持ちが先に立ちます。


 これだけバズると堅気(生物学の営みをよく知らない一般の人達)のナマのリアクションが集まってきて興味深いです。

 やはり「新種」というのは一般にかなりウケるようですが、それより謂わば「格上」の新属ができた、というのは相当なインパクトがあるようです。


 以下のようなコメントが多く見られました。

  • ピンクでかわいい
  • 新属というのを聞いたことが無かった
  • 新種より貴重な成果

 NHKの「夏休み子供科学電話相談」で北大の小林快次先生が「しんぞくしんしゅ」と言っていたのを、藤井アナウンサーが「親族新種」と誤った漢字に直していたことを思い出しました。それだけ一般的に馴染みのない言葉と考えてよいでしょう。


 また、次のようなコメントもありました。

  1. 新属とは認定されたもの
  2. 属がそう簡単に増えるものか
  3. 一属一種はすごい
  4. 発見者が命名する
  5. 属が増えれば種も増やせる?

 一般的な認識として興味深いので、深掘りしてみたいと思います。

 1についてはよく似たような話を見かけますが、正確な説明とはいえません。鉱物なんかとは異なり、動物分類において新種を認定する仕組みは無いからです。このコメントは私のツイートに返信した人への解説のようなものでしたので、教えられた方は少し気の毒だなと思いました。

 2について、何をもって多い少ないとするかによりますが、ヨコエビにおいては毎年のように新属が建つので、そのお鉢が日本に回ってくるのはそう不思議ではありません。ちなみに日本からヨコエビの新属が出たのは初めてではなく、新属として記載された種はホソナガシャクトリドロノミ (Ariyama , 2019),ミナミオカトビムシ (Morino, 2020),カワリスベヨコエビ (Ariyama, 2021) ,セイスイミノヨコエビ (Kodama and Kawamura, 2021),ワレカラドロノミ (Matsumoto et al., 2023) が著名でしょう(他にもあります)。科レベルで固有かつ単型の分類群としてコザヨコエビ (Tomikawa, 2007)、上科レベルではボウノボリヨコエビ (Ariyama and Hoshino, 2019) の例もあります。



過去の記載状況
設立科数 設立属数 設立種数
2017 0 4 109
2018 1 5 79
2019 7 46 72
2020 0 11 82
2021 0 5 63
2022 0 6 89
2023 0 5 78
2024 0 5 58

 3について素朴にそう思いますが、今回は一気に10種も記載されていますので単型分類群というわけではありません。これについては元ツイからは読み取れない部分であり、少し申し訳ないと思います。

 4もよく聞きますし、発見者が自分の名前を付けるものだ、と固く信じている方はよく見かけます。発見者の定義によりますが、その生物を自然から見出して確保し標本にする行為に最も貢献した人とするならば、明確なルールはないものの、発見者は必ずしも命名行為に関わらない(記載論文の著者にならない)です。フタバスズキリュウなんかはよく例に出されます。新しい分類群の設立を行う論文の執筆には特殊な知識や技能が必要で、発見者が必ずしもそれを持っているとは限らず、逆もまた然りで、記載者が標本となる生物の採集に長じているとも限らないからです。また、発見者の名前がつくかは命名者の匙加減であり、採集に関わってない人の名でも別にダメということはありません(個人的にはどうなんだろうと思いますが)。更に、命名者が発見しようがしまいが、命名者が自分の名前を付けることは大変稀です。全動物で数十年に一度みたいな感じで、それをやると、多くの研究者から白眼視されます。というのも、誰かの名前を学名につける献名という行為は謂わばその生物の発見や研究にあたっての功績を示す賞状やトロフィーのようなものなので、自分でトロフィーを作って自分で授与式を開いているように見えて、非常にダサいのです。

 5について、コメントの真意を掴めない部分もあったのですが、恐らく分類群を箱として捉えていて、箱が増えればそこに収納される下位分類群も増える、ということかと思います。新属が建つことで既存の属に新たな視点での考察が加わり、新属へ移されるといった現象は恐らく有り得ます。しかし、だいたい新属を建てる時に近縁の属に含まれる既知種は緻密に検討されているはずですし、もし新属に含まれうる新種が他にいて新属の設立を待っているならば、その新種を記載しようという人が必要に応じて新属を建てるのが筋だと思います。

 一般の視点というのは、我々が泥沼にハマるまでに持っていたはずのものも少なくありません。忘れずにいたいものです。


<参考文献> 
— Morino H. 2020. Description of Aokiorcheestia jajima, A new genus and species from coastal forests in Southern Japan (Crustacea: Amphipoda: Talitridae). The Montenegrin Academy of Sciences And Arts Proceedings of The Section of Natural Sciences, 23: 191–208. 
Tomikawa K.; Kobayashi N.; Morino H.; Mawatari S. F. 2007. New gammaroid family, genera and species from subterranean waters of Japan, and their phylogenetic relationships (Crustacea: Amphipoda). Zoological Journal of the Linnean Society, 149(4): 643–670.


 <参考web> 

— 小川洋.“2017年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2017-12-26 (最終更新2024-08-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2017/12/201712.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2018年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2018-12-23 (最終更新2024-08-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2018/12/201812.html (2025-10-28)

— 小川洋.“ハマトビムシ科の新体制について(2019年2月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2019-02-11 (最終更新2024-08-15). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2019/02/20192.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2019年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2019-12-27 (最終更新2024-08-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2019/12/201912.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2020年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2020-12-30(最終更新2024-12-30). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2020/12/202012.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2021年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2021-12-27 (最終更新2022-12-23). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2021/12/202112.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2022年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2022-12-27 (最終更新2023-01-15). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2022/12/2022.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2023年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2023-12-29 (最終更新2024-10-11). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2023/12/202312.html (2025-10-28)

— 小川洋.“2024年新種ヨコエビを振り返って(12月度活動報告)”.ヨコエビがえし.2024-12-27 (最終更新2024-02-17). https://yokoebi-gaeshi.blogspot.com/2024/12/202412.html (2025-10-28)


 <補遺>28-X-2025 
  • 新属新種として記載された種の例示を変更 
  • 過去の記載状況の表および各種の参考文献を追加

2025年10月24日金曜日

書籍紹介『水の中のダンゴムシ』(10月度活動報告)

 最近ヨコエビ関連書籍が多くて、ちょっと載っているくらいでは購入していられないほどです。どうなっているんでしょうか。

 さて、そんな中でフクロエビ類を主役に据えた一般書が刊行されたとのことで、等脚研究者ではないのですが(いや1本だけ等脚論文の第二著者に入っているから等脚研究者か?)手に取ってみました。



 

 この『水の中のダンゴムシ』(以下、富川, 2025)は、ヨコエビ研究者としてその道では知らない人はいない広島大学の富川先生による、一般向けの生物関連書籍です。あの『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』を彷彿とさせる装丁が目を引き、出版元は違いますが、シリーズ的な立ち位置を意識したものに思えます。というかもう2年半も前の本になるわけですね。光陰矢の如し。

 広島大学には等脚類標本を提供あるいは横流しした実績があるため、ヨコエビおじさんも本書の関係者と言って過言はないでしょう(妄言にも程がある)

 ヨコエビ(端脚目)と等脚目はしばしば親戚のように扱われるグループで、実際生息環境や体制はかなり似ています。大きな違いは呼吸器系の構造で、これが陸上・淡水・海洋の構成比に効いているのではと思います。どちらの目も世界に1万種程度を擁し海洋に産するものが主ですが、端脚目において陸棲種は全体の5%に満たない一方、等脚目は4割程度とかなり構成が異なります。また、淡水性種は端脚目において2割程度、等脚目では数%になっています。端脚目が海産ヨコエビを中心に語られ、等脚目がダンゴムシを中心に語られる背景には、こういった生息環境の違いがあると思われます。



富川 (2025) を読む

 タイトルを見た第一印象は「コツブムシだけで一冊の本になるのだろうか」だったのですが、実際は等脚目からフクロエビ上目までを扱っています。ゆえに前作と一部内容が被るむきもありますが、富川 (2025) はよりパワフルに俯瞰的に書かれています。

 全体的に平易な表現が貫かれており、分類群そのものを掘り下げるだけでなく研究の側面を追うパートも充実しています。字の大きさやルビの具合からすると、中学2年くらいより上が対象と思われます。カラー写真も随所に用いられ、眺めるのも楽しい書籍になっています。他に前作と異なる点としては、横書きになっている点が挙げられます。


 第1章。「ダンゴムシは虫か?」という基本的かつ奥深い問いを据えたかと思うと、フルスロットルでガチの分類談議、解剖学談議が始まります。「これを知ってれば君も●●博士」みたいな謳い文句はよくありますが、まさにそれを地でいくような、学部レベルでもここまで徹底的に掘り下げることはあるのだろうか?という水準まで読者を連れて行きます。

 第2章。ダイナミックに紡がれる等脚類の進化の歴史は、さながら地球科学の導入によくある「人類へつながる生命46億年の歴史」です。その過程は洞察に富み、10年ばかりフクロエビ類と遊んできた私からしても「うまく言語化してもらった」と感じるような、研究者側が漠然と考えているような等脚類の特性を、分かりやすく共有する工夫に溢れています。

 第3章。書名を冠したこのセクションは、富川研の研究風景が目に浮かぶような、躍動感のある筆致で綴られています。学会発表(や飲み会)を通して存在や記載者の人と成りを知ってはいたギョウジャヒラタウミセミについて、記載の経緯を改めて臨場感をもって知ることができました。

 第4章。ヘイケヨコエビの命名は、第2咬脚の底節板が大袖のように拡張していることが一因なのかと思っていましたが、普通に竹原沖の瀬戸内海産という理由なんですね…。それはさておき、等脚類の生物浸食という側面の中で、人間との経済的な関わりが大上段に構えず自然に語られているのが印象に残りました。

 第5章。チチジマオカトビムシ Morinoia chichijimaensis の生体写真が掲載されている媒体は、恐らく本書が初ではと思います。橙色と暗緑色のコントラストがなかなか印象的な生き物ですね。等脚類という切り口から海洋島の特異性から「ニッチ」や「適応放散」といった概念まで、分かりやすくも前のめりに駆け抜けていきます。

 第6章。最後のセクションはずばり「分類学のすすめ」。下地ができたところで「お前も分類学者にならないか?」という、ダイレクトマーケティングが始まったように感じられます。具体的な手技の指導ではないものの、中学校の学習指導要領にも触れつつ、分類学の歴史や意義を簡潔に述べています。


 富川 (2025) を通読してみた印象は、等脚類の本という体裁をとりつつ生物学の教科書に登場する様々な概念や現象を数珠繋ぎにして見せた、稀有な教育本といった感じです。私が学部時代に基礎生物学や生態学の講義で習ったことが、かなりの割合で網羅されている感覚です。執筆の動機として、中学校の学習指導要領に「生物分類」が加わったことを挙げているなど、教育学部ならではの視点が光っています。全てが必ずしも直接等脚類と結びつかずとも、等脚類の個々の種の生き様を正しく理解するにはこのくらいのバックボーンが必要なのだ、という信念が強く感じられます。等脚類に絡めて生物学の本を作ろうとしたのではなく、ここまで風呂敷が拡がっていながらも、あくまで等脚類を正しく生物学的に説明したらこうなった、という雰囲気を強く感じました。

 気になる点を挙げるとすれば、等脚類の代表を「ダンゴムシ」としたことで、等脚目の和名を「ワラジムシ目」とする場面が多い学術シーンとのギャップが際立ってしまったのではないかという点。そして、タイトルや装丁のゆるさとは一線を画する、「だ」「である」調で詰め込まれた専門知識というのが、かなり鈍器の様相を呈していることです。実際に中高生が読めば刺さるのかもしれませんが。ただ、このくらい「ガチ」で取り組まないと誤解なく伝えられない、ややこしい命題に挑んだ書籍といえるでしょう。


※誤植を見つけてしまったので挙げておきます

  • 図4-7 ×触覚 〇触角


<参考文献>

富川光 2025. 『水の中のダンゴムシ あなたの知らない等脚類の多様な世界』.156 pp. 八坂書房,東京.ISBN978-4-89694-383-2 


2025年9月1日月曜日

書籍紹介『水の中の小さな美しい生き物たち』(9月度活動報告)

 またヨコエビが採り上げられた書物が出版されました。

 


仲村康秀・山崎博史・田中隼人(編) 2025.『カラー図解 水の中の小さな美しい生き物たち―小型ベントス・プランクトン百科―』.朝倉書店,東京.384pp. ISBN:978-4-254-17195-2(以下、仲村ほか, 2025)


 出版社は異なりますが『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン』の系譜のように思えます。ボリュームが充実し、ベントス要素が強化された感じでしょうか。なお、ページ数は2倍ちょっと、価格は10倍になっています。



仲村ほか (2025) を読む

 解説のないものも入れて、掲載端脚類は以下の通りです。この他に、表紙に姿があるリザリアライダーの話題も紹介されています。

  • Orientomaera decipiens(フトベニスンナリヨコエビ)
  • Ptilohyale barbicornis(フサゲモクズ)
  • Monocorophium cf. uenoi(ウエノドロクダムシと比定される種)
  • Pontogeneia sp.(アゴナガヨコエビ属の一種)
  • Caprella penantis(マルエラワレカラ)
  • Simorhynchotus antennarius
  • Vibilia robusta(マルヘラウミノミ)
  • Oxycephalus clausi(オオトガリズキンウミノミ)
  • Melita rylovae フトメリタヨコエビ
  • Grandidierella japonica ニホンドロソコエビ
  • Podocerus setouchiensis セトウチドロノミ
  • Sunamphitoe tea コブシヒゲナガ
  • Leucothoe nagatai ツバサヨコエビ
  • Jassa morinoi モリノカマキリヨコエビ
  • Caprella californica sensu lato トゲワレカラモドキ
  • Caprella andreae ウミガメワレカラ
  • Caprella monoceros モノワレカラ
  • Themisto japonica ニホンウミノミ
  • Phronima atlantica アシナガタルマワシ
  • Lestrigonus schizogeneios サンメスクラゲノミ

※仲村ほか (2025) に明示の無い和名は()内に示しています。


 なかなかボリュームがあります。

 だいたいが筆者のKDM先生が撮られた写真のように見受けられます。先生の主な研究テーマである藻場の生態系と端脚類に関するコラムもあり、エンジニア生物や物質循環といった観点から端脚類を見ることもできる構成となっています。KDM研における最新の分類学的知見を反映して「ウエノドロクダムシ」の同定に慎重になっている、といったライブ感があるのもポイント高いです。


 白眉はなんといってもヨコエビからクラゲノミまで揃い踏みしているところにありますが、驚愕したのは、堂々と旧3亜目体制に基づいている点。海外の文献では Lowry and Myers (2017) に基づく現在の6亜目体制を追認する動きが一般的となっている印象がありますが、日本人研究者は亜目を省略するなど距離をとる雰囲気がありました。「国内では不人気」という言い方もできるかもしれませんが、それを形にしたのは非常に画期的です。

 新知見を採用しないというと時代に取り残されている感じもしますが、6亜目体制は「形態に忠実であることを謳っている一方で例外を意図的に無視しており、自己矛盾している」「かといって系統を反映させる気はない(遺伝的知見との整合性を意図したような例外の扱いではない)」「形態的な明朗性・系統反映のポリシー・過去の慣例の全てを犠牲にしたわりに直感的に分かりにくく、使い勝手が良い場面が特にない」といった問題があります。Lowry and Myers (2017) は大量の分類群について形態マトリクスを作成して議論を試みた労作であることは間違いないのですが、このように中途半端な改変を行うより、「尾肢の先端に棘状刺毛があるグループとそうでないグループを発見した」というような発表に留めておいたほうが、論文として評価は高かったのではと思います。端脚類全体を網羅する下目・小目といった新概念を提唱しつつ、結局所属不明科を残したままというのも片手落ちの感があります。そろそろ10年になりますが、特に優れた点の無い体系のため安定して使い続けられる保障がないという判断から、採用に慎重になっている人がいるものと、個人的には理解しています。

 こういった分類のややこしさについても、仲村ほか (2025) は論文を引いて示しています。


 仲村ほか (2025) の印象を一言で表すとすれば「本棚にベンプラ大会」。タイトルからすると「生物ルッキズムを含んだ写真集」のように思えますが、写真はカットの物量こそあれど思いの外小さく、種や話題のチョイスの渋さ・ガチ感が光ります。前述のような分類学の議論をはじめ、ベントス・プランクトン学会大会で聴かれるお馴染みのテーマや学術的な課題が、当然のように並べられています。細菌の項で培地の写真が並んでいるのにはドン引きしました(誉め言葉)。マニアックな生物に対して、その珍奇さよりここに収録されるべき学術的意義に立脚して選定・解説しているのが、プランクトン学会とベントス学会が全面バックアップしているだけのことはあるなと、思いました。375ページに上る大著でありながら、水圏生物の花形である魚類が4ページしかないというのも特徴的だと思います。

 ただ、解説は非常に平易な文章に仕上がっており、文字数もそれほど多くありません。「写真をパラパラ見る」用途として問題はないかと思います。これだけ幅広い生物群を、「小さく美しい」というテーマに沿って網羅的に平等に扱おうと試みた書籍の例はあまりないものと思われます。『深海生物生態図鑑』のようにグラビアの美麗さや物量で押してくるタイプではないのですが、微生物やメイオベントス群集といった、ともすれば味気ない専門書の中の住人であった生物を、ビジュアル図鑑の世界へ招き入れたというのは、大きな出来事のように思えます。中学生から大学まで、生物分類や水棲生物研究全般に興味のある学生には、興味をそそるだけでなく基礎知識の勉強にもなる一冊でしょう。

 『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン』のコスパの良さが異常なので、こちらのほうがエッセンスだけ摂取したい方にはお勧めできるかもしれません。ただ、当然のことながら 仲村ほか (2025) において情報量は格段に増えていますし、学名の併記や参考文献もしっかり押さえられており、実用性を付与されているのは間違いありません。


 ちなみに、「ウミガメワレカラ」という和名が学名と明確に対応された出版物は初めてだと思います(和名の初出は青木・畑中, 2019)。そういった文脈でも参照され続ける文献と思われます。


 最後に、仲村ほか (2025) における端脚類の掲載箇所を詳細にご教示いただいた朝倉書店公式ツイッターアカウント様に、この場をお借りして篤く御礼申し上げます。



<参考文献>

青木優和 (著)・畑中富美子 (イラスト) 2019.『われから: かいそうの もりにすむ ちいさな いきもの』. 仮説社, 東京.39pp. ISBN-10:4773502967

藤原義弘・土田真二・ドゥーグル・J・リンズィー(写真・文)2025.『深海生物生態図鑑』.あかね書房,東京.143 pp. ISBN:978-4-251-09347-9 

Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2017. A phylogeny and classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265 (1): 1–89.

山崎博史・仲村康秀・田中隼人(指導・執筆) 2024. 『小学館の図鑑NEO POCKET プランクトン クラゲ・ミジンコ・小さな水の生物』.小学館,東京.176pp. ISBN:9784092172975


2025年8月23日土曜日

甲殻WONDER(8月度活動報告)

 

 7月末、地方の博物館で「ヨコエビ」をテーマとした展示をやるという情報が駆け巡り、衝撃を受けました。

 場所は北の大地。

 数年来、東農大オホキャン近辺で新しいヨコエビストが爆誕した霊圧を感じてはいたのですが、それと関係はあるのでしょうか。


 8月1日から開始の特別企画展「甲殻WONDER・網走のヨコエビ展」。子供の夏休みに合わせた企画展ならなぜ7月からやらないのか疑問に思われるかもしれませんが、網走市内の公立小学校の夏休みは7月25日~8月21日みたいな感じで本州とはだいぶ趣が違うんですよね。しかしまぁ、言ってもしょうがないですが、どのみち夏休み開始には間に合ってないですね。


 網走で特にヨコエビ研究が盛んという話は訊かないので、行ってみるまではどういう方向から攻めてくるのかまったくわかりません。しかも主催は地域の郷土博物館です。完全ノーマークでした。恐らく標本とパネルを用いた地域ファウナの紹介を軸として、基礎情報や親しみかたなんかを扱うのではないかと思われました。フクロエビ上目が前に出てるのは、このへんで十脚の多様性がそれほど高くないためでしょうか?

 ダンゴムシの観察イベントの実績がある施設のようですが、ほとんどの沿岸性ヨコエビはダンゴムシよりだいぶ小さい気がします。体長で勝てるのはニッポンモバヨコエビとヒゲナガハマトビムシ属,オオエゾヨコエビ属くらいなのでは。なお、本州からしてみると「今更ダンゴムシなんて」と思われるかもしれませんが、北海道では四半世紀前までオカダンゴムシはUMAみたいな存在で、今もそれほどありふれた虫ではないので、このへんの温度感の違いというのも、フクロエビ上目への眼差しと関係があるかもしれません。


 茨城栃木でも潮間帯ベントスや甲殻類をテーマとした企画展でヨコエビが展示されていましたが、分類がされてなかったり或いは怪しかったり、タイトルからハブられてたり、扱いが悪いのはデフォだった想い出(正直網走の展示ポスターも驚くほど主役のヨコエビが目立たないデザインなのですが)。科博で謎の講座が行われたことはありましたが、それ並みの、あるいはそれ以上のイレギュラーに思えます。道東で一体何が起きているのか…



〈網走市某所〉

 せっかくなので自力の採集を計画しました。

 節理が目立つ火山岩地質の自然海岸で、崖がオーバーハングしています。付近に真新しい落石はないようですが、崖下に長居するのは危ない気がします。


 磯環境は洗濯板のような一枚岩で、転石は少ないようです。表面は小さなフジツボで被覆され、これといって大型藻類は見えません。とても限られた範囲にタイドプールがありました。

 砂浜は潮上帯から潮間帯上部にかけて泥シルトは少なく、山砂が卓越します。

 漂着物はスゲアマモを主体とし各種褐藻が混じるようです。

 ヘラムシやコツブムシが多いですね。本州ならアゴナガヨコエビ科とかたくさん出るはず。


ヘッピリモクズ属Allorchestes
実物は初めて見ましたが、どのへんが「へっぴり」なのかわかりません。

キタヨコエビ科Anisogammaridaeの2属。
キタヨコエビ属Anisogammarusは初めて見ました。

 河口に流れ込んで腐朽した褐藻にもトゲオヨコエビ属がついています。


 洗濯板の片隅に典型的なタイドプールがあり、こちらを見上げている奴と目が合いました。



たぶんモクズヨコエビApohyale cf. punctata。これが元祖ですか。

ドロクダ。数は採れず。

 潮上決戦といきますか。

ヒメハマトビムシ種群。

 ヒゲナガハマトビムシもいるはずですが、昼間に採るのはやはり難しいですね。



〈網走市立郷土博物館〉

 考古がメインかと思いましたが、どうやら1階が自然史、2階が人文といった構成になっているようです。建物自体が戦前の建築物で、和洋折衷と北海道の大自然やアイヌ文化の文脈を参照しようと試みた、「時代の建築」といった趣です。空調は当然後付けですが、建築家が自らデザインしたという調度品やステンドグラスといった細かいものもそのまま使われていたりして、見応えがあります。



 「甲殻WONDER」は、一部常設展や他館から展示物を借りつつ、大きく「網走における甲殻類の利用」「甲殻類の化石」「非カニ下目・ヤドカリ下目十脚類」「カニ下目」「ヤドカリ下目」「口脚目―アナジャコ下目―エビジャコ上科/オキアミ目―アミ目/カブトガニ」「六幼生綱/等脚目」「端脚目」「汎甲殻類」といったテーマごとにまとめられています。



 会期は8月末までで今日はギャラリートークの日なのですが、これからパネルや標本はもう少し増やす予定とのことでした。



 気になる企画の趣旨ですが、昨年にテーマとしていた「ダンゴムシ」から派生してその親戚という位置づけでヨコエビをターゲットに据えたそうです。1年間サンプルを蓄積し準備してきたものの、分類に苦戦して種名の確定に至ったのはごく一部、とのこと。確かに難物のドロクダムシ科やヒゲナガハマトビムシ属といった標本が散見され、現状種分類が不可能ともいえる側面が見えつつ、キタナミノリソコエビなど比較的落ちやすいグループもいました。道東では厚岸周辺での研究進捗が比較的有名ですが、網走の潮間帯においてまとまった研究はないように思えるので、先立つものがない不便さは大きいと思います。また、展示担当学芸員の方は地下水性種にも興味があるそうで、洒落にならない展開が待っている可能性もありそうです。こわい。


 ギャラリートークに参加されていたのは概ね近郊にお住まいと思われる方々で、この博物館のイベント常連といった雰囲気でした。定員20名に対して当日飛び込み含めて参加者は8名ほど。ヨコエビに対してこれといったアツさを持って帰って頂けたのかわかりませんが、色彩の多様性はリアクションが良かったような気がします。

 確かに日本の温帯~寒帯において潮間帯をガサガサした時に見られる端脚類の色や形は、同所的に獲れる他の甲殻類と比べて、目単位で見るとより多様な気がします。



 個人的に「甲殻WONDER」の白眉はなんといっても日本に2つしかないオニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas の化石標本のうち1つが展示されていることです。これを生で見れることは他の施設ではまずありません。


 また、端脚類の標本や写真はどれも美麗で、多くの深海展などで見られる白く褪色してフォルマリン瓶の向こうにいる、みたいなヨコエビ像より目に楽しいのは印象的でした。ダイダラボッチはもともと白いので仕方ないですが。アクアマリンふくしまでヒロメオキソコエビを液浸にせず特殊な薬品によって柔軟性を保ったまま展示するといった試みが昨年学会発表されていましたが、やはり褪色する液浸より乾燥標本とかのほうが、短期間では間違いなく見栄えがするといえるでしょう。


ヒゲナガハマトビムシ属の主張が強い。

 タイトルにある「網走のヨコエビ」については、分類や生態の掘り下げは十分でなく、例えば地場の端脚類相を勉強したいという方にはあまり有用ではないかもしれません。ただ、富川(2023)でも採り上げられた、ホッチャレ(放精・産卵を終えた鮭の遺骸)を分解するという部分や、またその鮭の餌資源になっている話などが、魚の剥製や写真を交えて紹介されており、網走の重要な漁業資源を支えている一面にリアルな感覚をもって触れることができるでしょう。

 甲殻類全体としては、入れ子構造を示す複雑な分類の概念や、似て非なるものにややこしい呼び名がついていることに対して、果敢に説明を試みている点に好感がもてます。


 「甲殻WONDER」はほぼ個人的研究の賜物らしく、残念ながら今後機材などを揃えてヨコエビをフィーチャーしていく予定はないとのことですが、まぁ、企画展でヨコエビを扱うこと即ち端脚沼に骨を埋める覚悟、というのも相当不健全に思えますので、改めて、研究基盤のない拠点でもヨコエビに光を当てた展示を積極的にやってほしいという気持ちです。

 

 ちなみに、網走市立郷土博物館の人文パートは縄文から昭和までを網羅していますが、網走に特有かつ北海道考古学において重要な発見とされているオホーツク文化の展示は、分館のモヨロ貝塚館でより掘り下げられています。



<参考文献>

2025年7月26日土曜日

書籍紹介『茨城の磯の動物ガイド』

 

 6月に図鑑的な文献が出版されたようです。


—茨城の海産動物研究会(編)2025.『茨城の磯の動物ガイド』.ミュージアムパーク茨城県自然博物館.(以下、茨城の海産動物研究会,2025)



 ネットには情報ないですね。博物館の報告書に匂わせ記述があるほか、Facebookにこういった投稿があるくらい。一般の書店に出回っているものではなさそうですが、恐らく日本財団の支援により作成した限定的な部数をミュージアムショップのような限られた場で頒布しているっぽいです。ただISBNは取得されていますし、オマケ冊子のようなものではないです。


 掲載端脚類は以下の通りです。

  • ヨツデヒゲナガ Ampithoe tarasovi
  • タイヘイヨウヒメハマトビムシ Platorchestia pacifica
  • マルエラワレカラ Caprella penantis


 ヨツデヒゲナガは線画が挙げられているのは第3尾肢のみでオス第2咬脚の形状はわかりませんが、掲載写真の個体は体色的には恐らくAmpithoe changbaensis(和名未提唱)と思います。Shin et al. (2010) でも混同されていた歴史がありよく似た種ではありますが、いちおう色彩と外骨格形態 (Shin and Coleman, 2021) および色彩と遺伝子 (Sotka et al., 2016) の対応がとれています。この外骨格形状と遺伝子が対応しない可能性もありますし、真のA. tarasoviが茨城に分布する可能性も十分にありますが、久保島 (1989) もA. tarasoviとしてA. changbaensisを掲載している経緯があり、また井上 (2012) の"A. tarasovi"がどちらを指すか不明なため、現時点では「真のA. tarasoviは未記録」「現時点での定義に基づくA. changbaensisはいる」という判断が適当と思われます。Ampithoe lacertosa種群あるいはtarasovi種群と呼ぶべき一団は形態での種同定が難しく、日本にはまだ種として記載されうる個体群が北海道とかにいるようです。

 タイヘイヨウヒメハマトビムシに関しては、日本全国にわたって本種の形態差異をレビューした Morino (2024) の著者その方が執筆を担当しているため、この手の図鑑ではまずみられない高精度での検討が行われているものと考えてよいでしょう。ただ、載っているのは引きの生体写真だけで、このビジュアルだけで同定できる種ではないため、絵合わせしてよいということではありません。

 マルエラワレカラはRタイプとされるもののようです。


 茨城の海産動物研究会(2025)は前身となるテキストのようなものがあったようで、それを冊子体にまとめたもののようです。地域のファウナをまとめた書籍は非常に貴重で、手探りでフィールドに出るよりも関心を深めるのに役立ちます。茨城の磯には金色のやつとかその他諸々大量に面白いヨコエビがいますので、これから類書が出る折には更なる充実が図られることが望まれます。



<参考文献>

— 茨城の海産動物研究会(編)2025.『茨城の磯の動物ガイド』.ミュージアムパーク茨城県自然博物館,坂東市.111pp. ISBN978-4-902959-87-1 C3045

井上久夫 2012. 茨城県の海産小型甲殻類 III. ヨコエビ相(端脚目,ヨコエビ亜目).茨城生物32:9–16.

— 久保島康子 1989.日本におけるAmpithoe属(Ampithoidae)の分類学的研究.茨城大学大学院理学研究科修士論文.

Morino H. 2024. Variations in the characters of Platorchestia pacifica and Demaorchestia joi (Amphipoda Talitridae, Talitrinae) with revised diagnoses based on specimens from Japan. Diversity, 16(31). 

Shin M.-H.; Hong J. S.; Kim W. 2010. Redescriptions of two ampithoid amphipods, Ampithoe lacertosa and A. tarasovi (Crustacea: Amphipoda), from Korea. The Korean Journal of Systematic Zoology, 26: 295–305.

Shin M.-.H; Coleman, C. O. 2021. A new species of Ampithoe (Amphipoda, Ampithoidae) from Korea, with a redescription of A. tarasovi. ZooKeys, 1079: 129–143.

Sotka, E. E.; Bell, T.;  Hughes, L. E.; Lowry, J. K.; Poore, A. G. B. 2016. A molecular phylogeny of marine amphipods in the herbivorous family Ampithoidae. Zoologica Scripta, 46: 85–95.


2025年7月20日日曜日

書籍紹介『海のちいさないきもの図鑑』(7月度活動報告)

 

 博ふぇすに行ってまいりました。

 今までありそうでなかったワレカラのトートバッグをはじめ、クジラジラミのブローチなど端脚類グッズは年々充実してきています。


 そして端脚類が載った書籍がまた出たそうなので購入しました。




 むせきつい屋さん(著) ・ 広瀬雅人(監修) 2025.『海のちいさないきもの図鑑』.西東社,東京.176pp. (以下、むせきつい屋さん,2025)です。

 箔押しの装丁が豪華です。本邦海産無脊椎動物学もとうとうここまできました。


むせきつい屋さん(2025)を読む

 所謂「子供むけ生物学の本」カテゴリのものと思います。

 ただだいぶ内容はしっかりしていて、水生生物の生態区分やウミエラの骨片の類型、軟体動物の系統関係やウミウシの近似種まで、大学の研究室レベルの知見がてんこ盛りされています。それも単なる豆知識というより、それぞれの生き物の有り様を理解するためのアプローチとして、生物学の文脈の中に位置づけられている味わいを感じます。かわいくない参考文献群からも、著者が堅実に研究をされていたことが伺えます。悪く言えば教科書的かもしれませんが、ホホベニモウミウシの盗葉緑体やプラニザ幼生の体色決定などここ数年の間に学会発表されてコンセンサスになりつあるような、教科書の水準を上回るアツアツの話題が惜しげも無く投入されており、それにも関わらず、首尾一貫したポップな絵柄と平易な文体によって「分かり易さ」を諦めている部分がどこにもないのは驚くばかりです。

 独立の項としてコケムシが入ってないところから、良好な師弟関係が伺えますね。詳しい裏話はわかりませんが、こういう場面で教え子に寄り添って一肌脱いでくれる恩師というのは本当にありがたいものです。


 さて、項が設けられている端脚類は次の通りです。

  • カイコウオオソコエビ
  • オオタルマワシ
  • ワレカラ


 カイコウオオソコエビについて、示されている食性が植物に偏ってますが腐肉もかなり貪食するものと考えてよいでしょう (Jamieson and Weston. 2023)。また、体組織に脂質を多く含む理由を飢餓への耐性としていますが、個人的には、恐らくこれと同じくらい重要なのは浮力の確保だと思います。脂質を蓄える深海性ヨコエビにおいて意義は一律でなく、個別の種において意味合いは違うのかもしれませんが。

 オオタルマワシの和名の由来はあっさりとしています。和名を提唱した入江 (1960)に示されているような(いないような)理由に、忠実な記述だと思います。エイリアンというニックネームについてもあっさりしていて、世の中の議論はもうこのくらいふわっとした認識でよい気がします。それっぽい理由を捻り出すとたぶんドツボに嵌まります。というか、ネット上には話を作っている人が多くて辟易してしまいます。


 このような細部は全体の構成に影響を与えませんが、並べてみると、項ごとに濃度や厚みが違う気がします。特にウミクワガタは情報量こそ定型に収めてありますが、生活環やその特性について厳選して詰め込んだ感じがします。

 著者は北里大の卒業生で、主に三陸海岸など浅海のベントスに直に触れてきた来歴の持ち主なので、その時に得た豊富な知識や経験が作品に反映されていると思います。過去に書籍紹介したこの本も、その研究の成果の一つです。むせきつい屋さん(2025)の出版にあたり様々な意向が働いたような気がしますが、生き物との付き合いの長さの違いがムラに繋がっているように見えます。

 とはいえ、むせきつい屋さん(2025)は150ページ超フルカラーというハイボリュームをたった一人で、テンションを落とさず、たぶんそれほど時間をかけずに仕上げた、恐るべき書物といえると思います。熊坂長範からウルトラマン、タコ焼きから茶釜狸、ゾエアからオエー鳥まで縦横無尽に描けるイラストレーターでありつつ、生物学研究の最先端を子供むけにサマライズできるのは、控えめに言っても働きすぎです。

 個人的に白眉と思ったのは、各生物の体サイズ比較。名前や生態にちなんだり、あるいはひねったり、単にサイズが近いモノを選んだり、心地良く軽妙に題材を選んでいるのが最高ですね。


 小学生以上から余裕で理解できる構成です。子供向けとして読んでもよいですが、生物学の知識を得る本として大人も驚きをもって読むことができるのは間違いないです。元々アクセサリーやイラストボードといったグッズを提供するブランドだったこともあり、色使いが絶妙なイラスト本としても楽しめると思います。



<参考文献>

— 入江春彦 1960.In:内田清之助 等(著)『原色動物大圖鑑Ⅳ』.北隆館,東京.

むせきつい屋さん(著) ・ 広瀬雅人(監修) 2025.『海のちいさないきもの図鑑』.西東社,東京.176pp. ISBN:9784791634453

Jamieson, A. J.; Weston, J. N. J. 2023. Amphipoda from depths exceeding 6,000 meters revisited 60 years on. Journal of Crustacean Biology, 43: 1–28.


2025年7月12日土曜日

聖地巡礼シリーズ「松川浦」

 

 函館福井と続けてきた、主に端脚類のタイプ産地を廻るこのシリーズ(?)。今回は環境省のモニタリングサイト1000の調査協力で、福島県の松川浦に行ってきました。サンプルの同定協力はしたことがありますが、現場は初です。





松川浦の端脚類相

 松川浦は言わずと知れたヨコエビ聖地の一つではあるものの、継続して端脚類研究の拠点になっているわけではなく、何より32年前に採られた手法がプランクトンネット採集であったため、親しみやすい潮間帯のファウナはあまり語られていないのが実情だったりします。


過去の調査結果
文献 Hirayama and Takeuchi (1993) 環境省 (2013) 富川 (2013)
出現種 Pontogeneia stocki, Atylus matsukawaensis, Synchelidium longisegmentum, Dulichia biarticulata, Gitanopsis oozekii, Stenothoe dentirama, Lepidepecreum gurjanovae, Eogammarus possjeticus, Tiron spiniferus, Allorchestes angusta, Ampithoe lacertosa, Aoroides columbiae, Corophium acherusicum, Ericthonius pugnax, Gammaropsis japonicus, Guernea ezoensis, Jassa aff. falcata, Synchelidium lenorostralum, Melita shimizui Ampithoidae gen. sp., Grandidierella japonica, Corophiidae gen. sp., Melita shimizui, Melita setiflagella, Ampithoe sp.
Ampithoe lacertosaAmpithoe valida, Hyale sp., Melita shimizui, Talitridae gen. sp.

 属位変更はなんとかなるとして、後に日本個体群が別種として記載されたブラブラソコエビAoroides columbiae(→A. curvipesなどは解釈に注意が必要です。Jassa aff. falcataは順当にいけばフトヒゲカマキリヨコエビJ. slatterlyと推定されますが、他の近似種や未記載種の可能性もあります。
 富川 (2013) の各種は0.5mm目合いの篩にかけて採取されたもので、モニ1000の定量調査に近い手法で行われています。Hyale sp.は恐らくフサゲモクズPtilohyale barbicornis、Talitridae gen. sp.は広義のヒメハマトビムシであろうと思います。


 今回の調査結果はいずれ然るべき媒体でアウトプットされるはずですが、本稿ではフィールドの雰囲気だけお伝えします。比較対象が関東の干潟になってしまうのはご了承ください。



松川浦北部前浜的干潟

 砂州から内側へ突き出た遊歩道の周辺が、調査地になっています。遊歩道の左手には転石帯、右手にはヨシ原が広がっています。転石帯側は、遊歩道根元の少し引っ込んだエントリーポイントから澪筋を越えると、いつの間にか流れのある川へ至ります。ヨシ原側は、汀線方向へ進むにつれカキ礁が卓越します。基質は全体的に有機物の多い砂泥で、転石帯にはパッチ状に底無し沼的なゾーンがあります。


 今回はアオサやオゴノリの繁茂はみられず、干出面はホソウミニナとマツカワウラカワザンショウに被覆されています。深さのある場所では流れの中にアマモの群落が散見されます。


 アマモ葉上やカキ殻表面にはホンダワラ類の付着が散見されました。
 端脚類はアマモ葉上で最も充実しており、表在底生グレーザー・植物基質寄りの自由生活ジェネラリスト・遊泳グレーザーの3者が最も優占していました。いずれの基質においても、造管濾過食者はかなり少ない、むしろほとんどいない印象です。




松川浦南部河口的干潟

 最奥部に開口した細い水路周辺に形成されている、典型的な内湾の富栄養泥干潟です。表層に触れるだけで還元化した黒い部分がのぞくシルトの底質に、転石やカキ殻が散らばっています。一歩進めるごとに足をとられ、ケフサイソガニ類が横っ飛びします。膝をついてじっとしていると、いつの間にか大量のヤマトオサガニに取り囲まれます。

 造管懸濁物食者が高密度に棲息し、漂着物のような多少柔軟性のある基質の周囲には硬質基質寄りの自由生活ジェネラリストが見えますが、際立って端脚類の多様性が高い箇所はみられません。


 潮上帯において、打ち上げ物は陸由来の植物質が卓越し、転石帯とともに、関東の同様の環境から推測できる代表的な属ないし種の構成となっています。 



おまけ:松川浦北部河口

 ここはモニ1000の対象ではありませんが、かなり特色のあるポイントです。


 松川浦に注ぐ最も大きな川の河口部です。ヨシ原が発達しており、深みにはわずかなカキ殻などの硬質基質にオゴノリやアオサが付着しています。底質は基本的に石英や珪岩などが卓越する明色の砂泥で、場所により陸上植物砕屑物が多く混入したり、ヨシ原が幅広く残っている場所ではシルト・クレイ分が増えて底なし沼化しています。泥干潟おなじみのカニがひしめいています。

 甘めかつ基質の多様性が低い環境で、大型藻類上や堆積物中には植物基質寄りの自由生活ジェネラリスト,遊泳性グレーザー,表在底生グレーザー,硬質基質寄りの自由生活ジェネラリストが優占していました。顔ぶれは三番瀬や小櫃川河口に似ています。潮上帯転石下にはフナムシ属が優占し、ヨコエビは僅少でした。



 今回は、定量調査を補完しリストを充実させる意味合いで定性調査専任での参加でした。結論からいうと劇的な種数増には至りませんでしたが、フィールドの感じは何となく掴めてきたので是非ともリベンジしたいところです。もし松川浦という海域のインベントリを行う場合、燈火採集や硬質基質の要素が加われば、科~種の数はもう少し増やせそうです。もはや干潟のモニ1000ではありませんが。



おまけ:蒲生干潟

 環境省やWIJとは関係なく、地元で連綿と継承されてきた定量調査に同行しました。

過去の調査結果
文献 松政・栗原 (1988) Aikins and Kikuchi (2002) 近藤 (2017)
出現種 Grandidierella japonica, Corophium uenoi, Kamaka sp., Melita sp. Corophium uenoi, Grandidierella japonica, Eogammarus possjecticus, Melita setiflagella Monocorophium insidiosum, Grandidierella japonica


 なんと蒲生干潟には「カマカが出る」んですね。
 これはヨコエビストにとって垂涎ものなのですが(平たくいうと、この形態的にも系統的にも特異な科は生息地が限定的かつ体サイズが微小なため、おいそれとはお目にかかれないのです)、今回はダメでした。分布や生息環境を踏まえると、恐らくモリノカマカKamaka morinoiであろうと思います。宮城県のRDBにも掲載されていることですし。
 ウエノドロクダムシMonocorophium uenoiとトンガリドロクダムシM. insidiosumの是非についてここで掘り下げることは避けますが、これら文献における記述内容と今回の実地調査の結果を総合的に判断して、この地においてモノドロクダムシ属の形態種は2種いると解釈して差し支えないものと思います。


 水門を挟んで七北田川河口に接続した潟湖で、堤防の外側に陸上植生からヨシ原の連続性が維持されている奇跡的な場所です。奥部はきめ細かなシルト・クレイで、下るにつれ砂が卓越してきます。ヨシ原を縫い水門へ続く本流は、地盤高が下がるにつれて陸上植物の砕屑物が混ざった砂質からカキ殻の混じる富栄養砂泥へ変容します。本流は水門に近づくにつれ深さを増し、貧酸素化が顕著で三番瀬の澪筋を彷彿とさせます。



 潮廻りの関係か、植物基質寄りの自由生活ジェネラリストが大量に遊泳していて驚きました。底質中には造管性懸濁物食者がパッチ状に分布しており、潮上帯は海浜性種しか得られませんでした。

 調査範囲外だったため手を伸ばしていませんが、潟湖に加えて蒲生干潟の一部とされている七北田川河口の砂浜も、潟湖とはだいぶ様子がかなり違うのでなかなか面白そうです。

 


 東北の干潟をベントスの専門家と一緒にがっつり回るという経験は、かなり貴重でした。ベントス研究拠点としての東北大の将来が心配される中、石巻専修大の底力を目の当たりにしました。



<参考文献>

Aikins, S.; Kikuchi, E. 2002. Grazing pressure by amphipods on microalgae in Gamo Lagoon, Japan. Marine Ecology Progress Series245: 171–179.

Hirayama A.; Takeuchi I. 1993. New species and new Japanese records of the Gammaridea (Crustacea: Amphipoda) from Matsukawa-ura Inlet, Fukushima Prefecture, Japan. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 36(3):141–178.

環境省 2013. 平成24年度 モニタリングサイト1000 磯・干潟・アマモ場・藻場 調査報告書.

— 近藤智彦 2017. 東北地方太平洋沖地震と津波攪乱後の蒲生干潟 (宮城県) における底生生物の群集動態と優占種の生活史戦略(学位論文).

松政正俊・栗原康 1988. 宮城県蒲生潟における底生小型甲殻類の分布と環境要因.日本ベントス研究会誌33/34:33–41.

富川光 2013. 東日本大震災による津波が松川浦(福島県相馬市)の生物多様性に与えた影響の評価と環境回復に関する研究. 公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団平成25年度助成研究報告書. pp.123–132.