京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所(以下、瀬戸臨海)が100周年を迎えられたとのこと。おめでとうございます。
和歌山県白浜町はガタガールオタクにとって思い出深い土地であるばかりでなく、日本の端脚類研究の発展と深いつながりのある場所ですが、そういった経緯を理解することができる書籍が出版されました。『海産無脊椎動物多様性学:100年の歴史とフロンティア』(以下、海産無脊椎動物多様性学)です。
※表紙・裏表紙にヨコエビはいません。 |
『海産無脊椎動物多様性学』は副題の通り、瀬戸臨海の過去と今、そして未来を俯瞰する密度の高い書物となっていますが、その歴史を語る上で欠かせない愉快な仲間たち・海産無脊椎動物の研究史について、その道の専門家が熱い原稿を寄せている、たいへん読み応えのある本です。個別の分類群についての基礎的な知見が、概ね大学生レベルの知識で理解できるよう、エッセンスとして摂取できる贅沢な構成といえるかもしれません。永久保存版であることは間違いないです。
富川博士による専門的な解説は「日本におけるヨコエビ目の分類と系統」という項です。内容は京都大学および臨海実験所との関わりが軸になっており、改めて本邦端脚類研究における影響の大きさがうかがえます。京大といえばウエノドロクダムシのタイプ標本も大津臨海実験所(現:同大 生態学研究センター)で採られたものだったりするので (Stephensen, 1932)、やはり本邦端脚類学の黎明期は旧帝大の京都大学に担われていた感が強いです。
有山 (2022) でも貴重なレビューがありましたが、ヨコエビ類の分類学的研究の経緯について、大分類の不安定性や国内の歴史が整理・総括されています。この2冊をあわせて読むことで、現状の嵐のような大分類の組み換えが、研究者達に一様に戸惑いをもって受け止められ、また同様な弱点が指摘されていることが理解できるかと思います(このセクションで若手研究者として末席を汚すことになったのは大変畏れ多いですが、今後もヨコエビ学の発展に何らかのかたちで寄与してまいりたい所存であります)。
後半は瀬戸臨海にゆかりの深いメクラヨコエビ科とメリタヨコエビ科の、これまでの研究の経緯や系統に関する最新知見の紹介です。ヨコエビのようなマイナー分類群においては特に、個別の分類群に関する歴史がまとめられた科学史的な文献は大変貴重です。
瀬戸臨海では現在もどうやらハマトビムシ類は研究テーマの一つとなっているようですが、実験所に付属する畠島は森野博士によりハマトビムシ類の分類学的検討 (Morino, 1972, 1975) や”Orchestia platensis”の生態調査 (Morino, 1978) が行われたことで有名です。そしてこの時に記述されたスケッチ (Morino, 1975) をもとに、畠島の名を冠した新種 Demaorchestia hatakejima が記載されてもいます (Lowry and Myers, 2022)。奇しくも今年2月に出版された本種の記載論文もまた、臨海実験所の100周年に花を添えるものといえるかもしれません。
<取扱>
出版社のサイトから直接購入できますが、一般ではヨドバシ.comや楽天,Amazonなどで求めることができます。また、なぜかキャラアニ.comでも買えます。
<参考文献>
— 有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂, 東京. 160pp. [ISBN: 9784303800611]
— Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2022. Platorchestiinae subfam. nov. (Amphipoda, Senticaudata, Talitridae) with the description of three new genera and four new species. Zootaxa, 5100(1): 1–53.
— Stephensen, K. 1932. Some new amphipods from Japan. Annotationes Zoologicæ Japnonenses, 13: 487–501, 5 figs.