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2023年11月3日金曜日

日本の淡水ヨコエビについて(2023年11月度活動報告)

 

 本邦産淡水ヨコエビの全貌把握と同定には、富川・森野 (2012) という決定版ともいえる文献が著名です。

 しかし、出版から10年が経過し知見が古くなっている部分があるのと、アクアリウム界隈で流通している外産種には対応していないことから、本稿では僭越ながらそういった部分を補いたいと思います。ただ、種の識別キーや種ごとの細かな情報については、富川・森野 (2012) に譲りたいと思います。

※抜け漏れある可能性が高いため、不足あれば随時更新します。



本邦産淡水性ヨコエビ一覧
(2023年11月更新)

 科の配列は Lowry and Myers (2017) に基づく。分布および生息環境の情報は、ことわりのない限り 富川・森野 (2012) によった

 なお、河岸や湖岸の”ガサり”においてしばしばハマトビムシ上科が採集され、淡水性ヨコエビと同じカテゴリとして扱われることもある (金田 In: 石綿・齋藤 2006) が、この類は水から出しても横向きに這いまわるだけでなく身体を立てて難なく歩いたり跳ねたりできることと、「第1触角全長が第2触角柄部長より短い」ことにより、他のヨコエビから識別できる。

 また、本稿では淡水性種として扱っていないが、河川や湖沼では場所により汽水性種が採集されることがある。そういった属としては、例えば次のようなグループが挙げられる:Grandidierella ドロソコエビ属,Melita メリタヨコエビ属,Paramoera ミギワヨコエビ属,Anisogammarus キタヨコエビ属,Eogammarus トゲオヨコエビ属,Jesogammarus オオエゾヨコエビ属。


カマカヨコエビ科 Kamakidae

カマカヨコエビ属 𝐾𝑎𝑚𝑎𝑘𝑎

  1.  ビワカマカ(ビワカマカヨコエビ) Kamaka biwae Uéno, 1943:滋賀県琵琶湖[固有]【湖】
  2.  マカヨコエビ Kamaka kuthae Dershavin, 1923:北海道;カムチャツカ半島【河川・湖沼】
  3.  モリノカマカ Kamaka morinoi Ariyama, 2007:本州【河川~汽水】

    メリタヨコエビ科 Melitidae

    メリタヨコエビ属 Melita

  4. チョウシガワメリタヨコエビ Melita choshigawaensis Tomikawa, Hirashima, Hirai, and Uchiyama, 2018 :和歌山県【河川間隙/表層水】(Tomikawa et al. 2018)
  5.   ミヤコメリタヨコエビ Melita miyakoensis Tomikawa, Sasaki, Aoyagi, and Nakano, 2022:沖縄県宮古島[固有]【湧水】(Tomikawa et al. 2022)

    アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae

    アワヨコエビ属 Awacaris 

  6.  ヤマトヨコエビ Awacaris japonica (Tattersall, 1922):本州,佐渡島【湧水・渓流】
  7.  アワヨコエビ Awacaris kawasawai Uéno, 1971:徳島県,高知県 (Tomikawa et al. 2017)【地下水性】
  8.  モリノヨコエビ Awacaris morinoi (Tomikawa and Ishimaru in Tomikawa, Kobayashi, Kyono, Ishimaru, and Grygier, 2014):滋賀県【地下水性】(Tomikawa et al. 2014)
  9.  タキヨコエビ Awacaris rhyaca (Kuribayashi, Ishimaru, and Mawatari, 1996):北海道,本州,隠岐諸島,長崎県五島列島福江島【河川(回遊性)】

  10.  ツシマドウクツヨコエビ Awacaris tsushimana (Uéno, 1971):長崎県対馬[固有]【地下水】

  11.  エゾヨコエビ Awacaris yezoensis (Uéno, 1933):北海道[固有]【湧水・渓流】


    ミギワヨコエビ属 Paramoera 

  12.  ゴトウドウクツヨコエビ Paramoera relicta Uéno, 1971:長崎県五島列島福江島[固有]【地下水】

     

    カンゲキヨコエビ科 Bogidiellidae 

    カンゲキヨコエビ属 Bogidiella 

  13.  リュウキュウカンゲキヨコエビ Bogidiella broodbakkeri Stock, 1992:沖縄県世論島[固有]【地下水】

     

    マミズヨコエビ科 Crangonyctidae 

    マミズヨコエビ属 Crangonyx 

  14.  フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus Bousfield, 1963:本州,四国,九州;米国[原産]【表層水/地下水(篠田 2006)

     

    メクラヨコエビ科 Pseudocrangonyctidae 

    メナシヨコエビ属 Procrangonyx 

  15.  ヤマトメナシヨコエビ Procrangonyx japonicus (Uéno, 1930):東京都【地下水】

     

    メクラヨコエビ属 Pseudocrangonyx

  16.  アカツカメクラヨコエビ Pseudocrangonyx akatsukai Tomikawa and Nakano, 2018:長崎県【地下水】(Tomikawa and Nakano 2018)
  17.  トウヨウメクラヨコエビ Pseudocrangonyx  asiaticus Uéno, 1934:長崎県対馬;中国,朝鮮半島【地下水】
  18.  アスワメクラヨコエビ Pseudocrangonyx asuwaensis Shintani, Umemura, Nakano, and Tomikawa, 2023:福井県[固有]【地下水】(Shintani et al. 2023)
  19.  チョウセンメクラヨコエビ Pseudocrangonyx coreanus Uéno, 1966:島根県,長崎県五島列島福江島,対馬;朝鮮半島
    【地下水】
  20. (和名未提唱)Pseudocrangonyx dunan Tomikawa, Nishimoto, Nakahama and Nakano, 2022:沖縄県与那国島[固有]【地下水】(Tomikawa et al. 2022)
  21.  グダリメクラヨコエビ Pseudocrangonyx gudariensis Tomikawa, Nakano, Sato, Onodera, and Ohtaka, 2016:青森県[固有]【地下水】(Tomikawa et al. 2016)
  22.  コマイメクラヨコエビ  Pseudocrangonyx komaii Tomikawa and Nakano, 2018:岐阜県[固有]【地下水】(Tomikawa and Nakano 2018)
  23.  キョウトメクラヨコエビ Pseudocrangonyx kyotonis Akatsuka and Komai, 1922:京都府【地下水】
  24.  シコクメクラヨコエビ Pseudocrangonyx shikokunis Akatsuka and Komai, 1922:四国【地下水】
  25. (和名未提唱)Pseudocrangonyx uenoi Tomikawa, Abe, and Nakano, 2019:滋賀県[固有]【地下水】(Tomikawa et al. 2019)
  26.  エゾメクラヨコエビ Pseudocrangonyx yezonis Akatsuka and Komai, 1922:北海道[固有]【地下水】

     

    キタヨコエビ科 Anisogammaridae 

    トゲオヨコエビ属 Eogammarus 

  27.  トゲオヨコエビ Eogammarus kygi (Dershavin, 1923):北海道,青森県;沿海州,カムチャッカ半島,サハリン【湖沼・河川】
  28.  イトウトゲオヨコエビ Eogammarus itotomikoae Tomikawa, Morino, Toft, and Mawatari, 2006:北海道[固有]【河川】

     

    オオエゾヨコエビ属 Jesogammarus ― Jesogammarus亜属

  29.  シツコヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarusacalceolus Tomikawa and Kimura, 2021:青森県[固有]【湧水】 (Tomikawa and Kimura 2021)
  30.  ナガレヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarusbousfieldi Tomikawa, Nakano, and Hanzawa, 2017:山形県[固有]【渓流】(Tomikawa et al. 2017)
  31.  オオエゾヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarusjesoensis (Schellenberg, 1937):北海道,東北地方,中部地方【河川・湖沼】
  32.  ヒメヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarus) paucisetulosus Morino, 1985:関東・東北地方の日本海沿岸【渓流】
  33.  アゴトゲヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarusspinopalpus Morino, 1985:関東地方【河川・湖沼】 
  34.  ミカドヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarusmikadoi Tomikawa, Morino, and Mawatari, 2003:東北地方【渓流】

     

     オオエゾヨコエビ属 Jesogammarus ― Annanogammarus亜属

  35.  アンナンデールヨコエビ Jesogammarus (Annanogammarusannandalei (Tattersall, 1922):滋賀県琵琶湖[固有]【湖の中層】
  36.  ヒメアンナンデールヨコエビ Jesogammarus (Annanogammarusfluvialis Morino, 1985:東海地方,近畿地方【湧水】

  37.  ナリタヨコエビ Jesogammarus (Annanogammarusnaritai Morino, 1985:滋賀県琵琶湖,長野県諏訪湖【湖沼】

     

    ヨコエビ科 Gammaridae 

    ヨコエビ属 Gammarus

  38.  チョウセンヨコエビ Gammarus koreanus Uéno, 1940:長崎県五島列島;中国,朝鮮半島【渓流】
  39. (和名未提唱) Gammarus mukudai Tomikawa, Soh, Kobayashi, and Yamaguchi, 2014:長崎県[固有]【表層水】 (Tomikawa et al. 2014)

  40.  ニッポンヨコエビ Gammarus nipponensis Uéno, 1940:琵琶湖以西の本州,四国,九州,隠岐,壱岐,対馬【渓流】

     

    ナギサヨコエビ科 Mesogammaridae 

    チカヨコエビ属 Eoniphargus

  41.  イワタチカヨコエビ Eoniphargus iwataorum Shintani, Lee, and Tomikawa, 2022:栃木県蛇尾川【表層水】(Shintani et al. 2022)
  42.  コジマチカヨコエビ Eoniphargus kojimai Uéno, 1955:関東地方【地下水・河川間隙水】
  43.  トリイチカヨコエビ Eoniphargus toriii Shintani, Lee, and Tomikawa, 2022:静岡県瀬戸川[固有]【河川】(Shintani et al. 2022)

     

    ヤツメヨコエビ属 Octopupilla

  44.  ヤツメヨコエビ Octopupilla felix Tomikawa, 2007:近畿地方,四国【河川間隙】

     

    コザヨコエビ科 Luciobliviidae

    コザヨコエビ属 Lucioblivio

  45.  コザヨコエビ Lucioblivio kozaensis Tomikawa, 2007:和歌山県古座川[固有]【河川間隙】

  46.  こうして見ると、2023年11月時点で和名が提唱された形跡のない種がいくつかありますね。今後の進展に期待したいところです。



    分類学上の扱いに注意を要する淡水ヨコエビ

    • アンナンデールヨコエビ:20世紀半ば頃まで全国から報告されてきたが、現在は琵琶湖固有種であることが確かめられている。よって、他地域の古い報告はキタヨコエビ科の代名詞のように考えることはできても、種の記録としては採用すべきでないとみられる。なお、富川・森野 (2012) における表記は「アナンデールヨコエビ」とされているが、本稿では種小名の綴りにより近く出版年がより古い Ishimaru (1994) を採用し「アナンデールヨコエビ」とした。
    • サワヨコエビ属:Sternomoera に与えられていた和名。アワヨコエビ属 Awacaris の新参シノニムとして消滅した (Tomikawa et al. 2017) ため、現在は使われない。
    • ヤマトメナシヨコエビ属:Eocrangonyx に与えられていた和名。メナシヨコエビ属 Procrangonyx の新参シノニムとして消滅した (Nakano et al. 2018) ため、現在は使われない。
    • ドウクツヨコエビ属:Relictomoera に与えられていた和名。ミギワヨコエビ属 Paramoera の新参シノニムとして消滅した (Nakano and Tomikawa 2018) ため、現在は使われない。
    • シンヨコエビ科 Neoniphargidae:かつてチカヨコエビ属が含まれていた。チカヨコエビ属の所属変更に伴い本邦未知科となったが、移動先の科(ナギサヨコエビ科 Mesogammaridae)の和名に転用されたわけではないため注意。
    • ホクリクヨコエビ Jesogammarus (Jesogammarus) hokurikuensis;フジノヨコエビ J. (J.) fujinoi;ショウナイヨコエビ J. (J.) shonaiensis:これら3種は、オオエゾヨコエビの新参シノニムであることが示唆されている (富川・森野 2012)
    • スワヨコエビ Jesogammarus (Annanogammarus) suwaensis:ナリタヨコエビの新参シノニムであることが示唆されている (富川・森野 2012)
    • ハヤマサワヨコエビ Sternomoera hayamensis (Stephensen, 1944) :ヤマトヨコエビの新参シノニムとされている。
    • ミナミニッポンヨコエビ Gammarus sobaegensis:本邦の記録はニッポンヨコエビの誤同定の可能性が指摘されている (富川・森野 2012)
    • キョウトメクラヨコエビ:京都盆地に2系統が共存することが示唆されており、隠蔽種を内包するものとみられる (Yonezawa et al. 2020)
    • 岡山県のメクラヨコエビ属:3個体群が報告されており、このうち1あるいはそれ以上について未記載の可能性があるとされている (末永 2020)



    日本の淡水ヨコエビの科までの検索表(外来種・飼育種を含む)

    (1)第1~第2腹節後縁に棘状の突出部を具える・・・ヒアレラ属Hyalella[飼育種・アメリカ大陸原産]※和名はマグローヒル科学技術用語大辞典編集委員会  (1996) による

     — 第1~第2腹節後縁に棘状の突出部を欠く・・・(2)

    (2)尾節板は肉厚肥厚する・・・カマカヨコエビ科 Kamakidae

     — 尾節板は薄片状・・・(3)

    (3)第3尾肢外肢は先端が裁断形の薄葉状・・・メリタヨコエビ科 Melitidae

     — 第3尾肢外肢は槍状・・・(4)

    (4)腹肢は内肢を欠く・・・カンゲキヨコエビ科 Bogidiellidae

     — 腹肢は外肢と内肢を具える・・・(5)

    (5)第3尾肢は内肢を欠く・・・メクラヨコエビ科 Pseudocrangonyctidae

     — 第3尾肢は外肢と内肢を具える・・・(6)

    (6)頭部の触角洞はほとんど確認できない;第3尾肢は第2尾肢末端を越えない・・・マミズヨコエビ科 Crangonyctidae[外来種・アメリカ大陸原産]

     — 触角洞は明瞭;第3尾肢は第2尾肢末端を越える・・・(7)

    (7)尾節背面に刺毛を欠く・・・アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae

     — 尾節背面に刺毛を具える・・・(8)

    (8)底節鰓に付属片を具える・・・キタヨコエビ科 Anisogammaridae

     — 底節鰓に付属片を欠く・・・(9)

    (9)第7胸脚に底節鰓を具える・・・ヨコエビ科 Gammaridae

     — 第7胸脚に底節鰓を欠く・・・(10)

    (10)第3尾肢の外肢は1節からなり、内肢は外肢とほぼ等長・・・コザヨコエビ科 Luciobliviidae

     — 第3尾肢の外肢は2節からなり、内肢は外肢より短い・・・ナギサヨコエビ科 Mesogammaridae 



    <参考文献>

    Ishimaru S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29–86.

    金田彰二 2006. ヨコエビ類. In: 石綿進一・齋藤和久(編)『酒匂川水系の水生動物~里地・里山の生きものたち~』.神奈川県環境科学センター.

    Lowry, J. K.; Myers, A. A. 2017. A Phylogeny and Classification of the Amphipoda with the establishment of the new order Ingolfiellida (Crustacea: Peracarida). Zootaxa, 4265(1): 1–89. 

    — マグローヒル科学技術用語大辞典編集委員会 (編) 1996. マグローヒル科学技術用語大辞典 (第3版). 日刊工業新聞社.

    — Nakano T.; Tomikawa K. 2018. Reassessment of the groundwater amphipod Paramoera relicta synonymizes the Genus Relictomoera with Paramoera (Crustacea: Amphipoda: Pontogeneiidae). Zoological Science, 35(5): 459–467. 

    Nakano T.; Tomikawa K.; Grygier, M. J. 2018. Rediscovered syntypes of Procrangonyx japonicus, with nomenclatural consideration of some crangonyctoidean subterranean amphipods (Crustacea: Amphipoda: Allocrangonyctidae, Niphargidae, Pseudocrangonyctidae). Zootaxa, 4532(1): 86–94.

    篠田授樹 2006. 東京都の湧水等に出現する地下水生生物の調査. 研究助成・一般研究. Vol.28, No.164.

    Shintani A.; Lee C.-W.; Tomikawa K. 2022. Two new species add to the diversity of Eoniphargus in subterranean waters of Japan, with molecular phylogeny of the family Mesogammaridae (Crustacea, Amphipoda). Subterranean Biology, 44: 21–50. 

    — Shintani A.; Umemura S.; Nakano T.; Tomikawa K. 2023. A new species of the genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae) from subterranean waters of Japan. Zootaxa, 5301(3): 383–396. 

    末永崇之 2020. メクラヨコエビ属. In: 岡山県野生動植物調査検討会 (編) 岡山県版レッドデータブック2020動物編. 岡山県環境文化部自然環境課.

    Tomikawa K.; Abe Y.; Nakano T. 2019. A new stygobitic species of the genus Pseudocrangonyx (Crustacea: Amphipoda: Pseudocrangonyctidae)  from central Honshu, Japan. Species Diversity, 24: 259–266.

    Tomikawa K.; Hirashima K.; Hirai A.; Uchiyama, R. 2018. A new species of Melita from Japan (Crustacea, Amphipoda, Melitidae). ZooKeys, 760: 73–88.

    — Tomikawa K.; Kimura N. 2021. On the Brink of Extinction: A new freshwater amphipod Jesogammarus acalceolus (Anisogammaridae) from Japan. Research Square.

    Tomikawa K.; Kobayashi N.; Kyono M.; Ishimaru S.; Grygier, M. J. 2014. Description of a new species of Sternomoera (Crustacea: Amphipoda: Pontogeneiidae) from Japan, with an analysis of the phylogenetic relationships among the Japanese species based on the 28S rRNA gene. Zoological Science, 31: 475–490. 

    —  Tomikawa K.; Kyono M.; Kuribayashi K.; Nakano T. 2017.The enigmatic groundwater amphipod Awacaris kawasawai revisited: synonymisation of the genus Sternomoera, with molecular phylogenetic analyses of Awacaris and Sternomoera species (Crustacea : Amphipoda : Pontogeneiidae). Invertebrate Systematics, 31(2): 125–140. 

    富川光・森野浩 2012. 日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方.タクサ, 32: 39–51.

    Tomikawa K.; Nakano T. 2018. Two new subterranean species of Pseudocrangonyx Akatsuka & Komai, 1922 (Amphipoda: Crangonyctoidea: Pseudocrangonyctidae), with an insight into groundwater faunal relationships in western Japan. Journal of Crustacean Biology, ruy031.

    Tomikawa K.; Nakano T.; Hanzawa N. 2017. Two new species of Jesogammarus from Japan (Crustacea, Amphipoda, Anisogammaridae), with comments on the validity of the subgenera Jesogammarus and Annanogammarus. Zoosystematics and Evolution, 93(2): 189–210.

    Tomikawa K.; Nakano T.; Sato A.; Onodera S.; Ohtaka A. 2016. A molecular phylogeny of Pseudocrangonyx from Japan, including a new subterranean species (Crustacea, Amphipoda, Pseudocrangonyctidae). Zoosystematics and Evolution, 92(2): 187–202. 

    Tomikawa K.; Sasaki T.; Aoyagi M.; Nakano T. 2022. Taxonomy and phylogeny of the genus Melita (Crustacea: Amphipoda: Melitidae) from the West Pacific Islands, with descriptions of four new species. Zoologischer Anzeiger, 296: 141–160.

    Tomikawa K.; Soh H. Y.; Kobayashi N.; Yamaguchi A. 2014. Taxonomic relationship between two Gammarus species, G. nipponensis and G. sobaegensis (Amphipoda: Gammaridae), with description of a new species. Zootaxa, 3873(5):451–476. 

    Yonezawa S.; Nakano T.; Nakahama N.; Tomikawa K.; Isagi Y. 2020. Environmental DNA reveals cryptic diversity within the subterranean amphipod genus Pseudocrangonyx Akatsuka & Komai, 1922 (Amphipoda: Crangonyctoidea: Pseudocrangonyctidae) from central Japan. Journal of Crustacean Biology, ruaa028. 

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    補遺 (15-VIII-2024)
    ・一部書式設定変更。

2023年2月9日木曜日

書籍紹介「ヨコエビ類からみた琵琶湖の生物地理」In:『琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?』(2月度活動報告)


 2022年11月に出版された 『琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?』に、ヨコエビの節(以下、富川 2022)がありましたのでご紹介します。


表紙に琵琶湖固有種アナンデールヨコエビがいます。


 巻頭に琵琶湖産ヨコエビ3種のカラー写真があります。かわいいですね。

 本書は富川 (2022) のような分類群ごとの解説がほとんどを占めますが、深底部のベントスといった環境に着目した節もあります。殊に魚類に関しては本草学的なアプローチもあり、読んでいて楽しいです。また、巻末に用語解説と参考文献が完備されており、初学者の参考書として活用することができるでしょう。


 さて、本邦において淡水ヨコエビは海産と比べると解明度が比較的高い雰囲気がありますが、「いつ、どこからきたのか」というような進化学的・系統学的な問いに対しては国境を超えた解析が不可欠です。富川 (2022) は極めてローカルな話題を扱いつつ、筆者ならではのグローバルな視点で深い洞察を与えています。そしてその範疇は現在琵琶湖から知られているヨコエビの起源に留まらず、世界的に知られる他の古代湖のヨコエビ相の概説にも及んでいます。琵琶湖博物館ではバイカル湖との連携でアカントガンマルスの展示実績があることからも、こういった比較の意義深さがうかがえます。

 富川 (2022) の構成は以下の通りとなっています。検索表などを提供する類の書籍ではありませんが、内容は極めて専門的でありつつ、表現は平易で読みやすいです。


1.はじめに

2.ヨコエビとは

3.世界の古代湖のヨコエビ

  • バイカル湖
  • チチカカ湖
4.琵琶湖のヨコエビ
  • 分類学的研究の歴史
  • 固有種
  • 外来種
  • 琵琶湖のヨコエビはどこから来たのか


 富川 (2022) を読み、改めてアナンデールヨコエビ(アンナンデールヨコエビ)が分類学的意味で特異な固有種であるばかりでなく、琵琶湖の環境へ巧みに適応した生態を獲得した特異な生物であることを認識しました。アナンデールヨコエビ亜属に含まれるアナンデールヨコエビやナリタヨコエビについては分子系統解析に基づいてある程度侵入・分化のシナリオが描けているのに対して、ビワカマカは情報が不足していることも改めて示され、大いに首を縦に振るところであります。

 本書で触れられている外来種問題はフロリダマミズヨコエビのことで、琵琶湖(滋賀県)は全国に先駆けて警戒体制を敷いていることで知られています。在来のナリタヨコエビとフロリダマミズヨコエビとの間には外来魚による捕食圧の違いがあることが示されていますが、これはそれぞれの種が転石上と水草上という異なる環境を利用するためという考察もなされていて(市原・田辺 2021)、かなりホットな話題です。フロリダマミズヨコエビは日本全体に拡散していて、その適応力の高さから侵入を防ぐことは難しいと考えられている一方、在来ヨコエビとはそもそも生息環境が異なるため直ちに競合や追い出しが起こるかは分からないとも言われます。しかしながら、これほどの勢いで拡散している外来種が、数多いる在来淡水生物に対して何の影響も与えていないと判断するのは無理筋のように思えます。在来ヨコエビのみならず、幅広い生物種を視野に入れて影響を注視する必要があるでしょう。


 琵琶湖というと、(外来種対策ではないですが)日本の湖水生物分野における先進地域というイメージがあり、長い研究史の中で幾度となくレビューが行われ、知見は整理され尽くしている印象でした。しかし本書を読み、個々の生物の起源といったテーマは近年の分子系統解析の手法により深化されている段階にあり、琵琶湖は今もなお生物学的研究の最前線にあることがわかりました。そして何といっても本書はアナンデール博士が琵琶湖の生物相を記述した論文を発表してからちょうど100年にあたる年に出版されたという、記念碑的な書物でもあります。今後も新たな謎や解析手法が出てくるたびに、琵琶湖に注がれる研究者の眼は更に熱を帯びてくるものと思います。



<参考文献>

— 市原 龍・田辺 祥子 2021. PP04 琵琶湖におけるヨコエビの動態解析. 2021 年日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会 講演要旨集.

— 富川光 2022.ヨコエビ類からみた琵琶湖の生物地理.In:西野麻知子 2022.『琵琶湖の生物はいつ、どこからきたのか?』.サンライズ出版,彦根.p. 350.


2021年9月18日土曜日

ディケロガマルスだけじゃない淡水ヨコエビの外来種問題について(9月度活動報告)

 

 以前こちらの記事でディケロガマルス・ヴィローススについて触れましたが、ここ数年、淡水域を中心に様々な外来ヨコエビについての論文は数多く、研究者の間で関心事になっているのは間違いありません。

 

 今年のベントス・プランクトン合同大会 (以下、市原・田辺 2021) でも取り上げられた フロリダマミズヨコエビ Crangonyx floridanus(通称フロマミ)は、日本で最も注目されている淡水の外来ヨコエビといえるでしょう(「フロマミ」は私が2016年ごろから勝手に言っているものなので、基本的に世の中で通じないしつまり通称ではない・・・?!)

 利根水系で発見されて以来、90年代末から2000年初頭にかけて急激に広まったようです (金田ほか 2007)。海外では英国 (Mauvisseau et al. 2018)、 アイルランド (Baars et al. 2021) でも発見されており、今後も拡散していく可能性があります。

 フロマミの動態は、多少付き合いの長い日本でも、今まさに研究が行われている途中です。水域間の水草の移動に伴って拡散していると考えられますが、具体的にどのようなルートで分布を広げるのか、確証は得られていないようです。また、在来生態系や産業をどれほど脅かすのか、以下のような報告がありますが、十分な知見が得られている状況ではありません。

  • ワサビへ正の走行性を示すようです。ただし、ワサビへの食害については在来のオオエゾヨコエビ Jesogammarus jesoensis と比較して大きなものではないとのことで (古屋ほか 2011)、食害に寄与するにせよフロマミの侵入により生じる産業への害を予見したものではないと考えられます。
  • 在来種・オオエゾヨコエビ J. jesoensis とフロマミは微環境の違いによって棲み分けている傾向があり、若干の相互作用はありつつも排他的ではないとの報告があります (田中ほか 2010)
  • ナリタヨコエビ J. naritai はフロマミよりブルーギルの捕食圧を受けやすいとの報告があり、フロマミの拡散や在来ヨコエビとの競合という面からも、重要な外来魚であるブルーギルの管理という面からも、特筆すべき現象だと思います (石川ほか 2017;山本ほか 2017)。 

 市原・田辺 (2021) の考察はこの「捕食圧の違い」を前提にしているようで、ナリタヨコエビとフロマミの付着基質の違いは、フロマミによるナリタヨコエビの駆逐というよりは、それぞれの捕食回避戦略・基質選好性によるという解釈がしっくりくると思います。一方、例えば侵略的外来種の代表種であるディケロガマルス・ヴィローススは隠れ場所を巡る競争で在来ヨコエビに勝ることが知られ、外来魚とのコラボによって在来ヨコエビを絶滅に追い込んだ事例 (Beggel et al. 2016) も報告されています(ディケロガマルス・ヴィローススについては,こちらをご参照ください)。日本在来の多くのヨコエビと比較してフロマミの体躯は小さく、空間ニッチを巡る競争で分があるようには見えませんが、現状の情報だけで楽観はできないと思います。

 日本の在来ヨコエビは水質指標種として扱われる場面が多いなど、一般的に「きれいな水」を好むように思えます。一方フロマミは、有機物が多いあるいは水温が高い等、いわゆる「悪条件」の水域への適応性が高いようです (金田ほか 2007等)。これは、ニッチの競合に勝利する可能性以前に、多くの水域でそもそもニッチが異なることを示唆するように思えます。海外ではこれに類似したものとして、電気伝導度が高くなるに従って外来種 Echinogammarus ischnus が優占するとの研究があります (Kestrup and Ricciardi 2009)。開発に伴って清流環境が減ったことで在来種の生息域が減少し、人為的な改変圧のかかった環境が増えてそこを利用できる外来種が増殖する。アメリカザリガニなどが、こういった例の代表かもしれません

 一方、フロマミは食性も幅広く、前述の植食性のほか、捕食性が強いという説もあります。また、水質や水温の条件が幅広いことに加えて、表層水環境では複眼が出現し地下水環境では消失する(篠田 2006)など、その適応力には目を見張るものがあります。 こういった状況から、直接的な影響だけでなく、例えば地下水系の昆虫類等への捕食圧等、目に見えにくい場所の影響に留意するべきかと思います。


 英国では、ディケロガマルス・ヴィローススと同属の Dikerogammarus haemobaphes は、微胞子虫 Dictyocoela berillonum の寄生によって性転換が起こり、侵入能力が高まっているとのこと(Green Etxabe et al. 2015)。外来種1種だけでなく、付随している生物にも目を向ける必要があるといえます。

 ツイッター等を監視していると、日本ではアクアリウムショップで各種ヨコエビが販売されていて、Hyalella属などはフロマミと同様に水草に紛れて偶発的に水槽に現れているようです。今のところ、フロマミ以外のヨコエビが定着しているという話は聞こえてきませんが、引き続き監視を続けていく必要があると思います。

 

 淡水以外のヨコエビについてはまたの機会に。

 

 

<参考文献>

Baars, J.-.R; Minchin, D.; Feeley, H. B.; Brekkhus, S.; Mauvisseau, Q. 2021. The first record of the invasive alien freshwater amphipod Crangonyx floridanus (Bousfield, 1963) (Crustacea: Amphipoda) in two Irish river systems. BioInvasions Records, 10. 629–635.

Beggel, S.; Brandner, J.; Cerwenka, A. F.; Geist, J. 2016. Synergistic impacts by an invasive amphipod and an invasive fish explain native gammarid extinction. BMC Ecology, 16, 32. DOI: 10.1186/s12898-016-0088-6

— 古屋 洋一・今津 佳子・久米 一成・金子 亜由美 2011. 静岡県における外来種(フロリダマミズヨコエビ)の生態調査.静岡県環境衛生科学研究所報告, (54):13–19.

Green, E. A.; Short, S.; Flood, T.; Johns, T.; Ford, A. T. 2015. Pronounced and prevalent intersexuality does not impede the ‘Demon Shrimp’ invasion. PeerJ, 3:e757 

— 市原 龍・田辺 祥子 2021. PP04 琵琶湖におけるヨコエビの動態解析. 2021 年日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会 講演要旨集.

石川 俊之・木下 智晴・山本 賢樹 2017. 琵琶湖において同所的に生息するナリタヨコエビ(Jesogammarus naritai)とフロリダマミズヨコエビ(Crangonyx floridanus)に対するブルーギル(Lepomis macrochirus)による捕食圧の違い. 滋賀大学環境総合研究センター研究年報, 14 (1): 51–55. 

—  金田 彰二・倉西 良一・石綿 進一・東城 幸治・清水 高男・平良 裕之・佐竹 潔 2007. 日本における外来種フロリダマミズヨコエビ(Crangonyx floridanus Bousfield)の分布の現状. 陸水学雑誌, 68 (3): 449–460.

Kestrup, Å. M.; Ricciardi, A. 2009. Environmental heterogeneity limits the local dominance of an invasive freshwater crustacean. Biological Invasions, 11 (9). 2095–2105. 

Mauvisseau, Q.; Davy-Bowker, J.; Bryson, D.; Souch, G. R.; Burian, A.; Sweet, M. 2018. First detection of a highly invasive freshwater amphipod (Crangonyx floridanus) in the United Kingdom. BioInvasions Records, 8.

— 篠田授樹 2006. 東京都の湧水等に出現する地下水生生物の調査. 研究助成・一般研究. Vol.28, No.164.

田中 吉輝・長久保 麻子・東城 幸治 2010. 外来種フロリダマミズヨコエビと在来種オオエゾヨコエビが混棲する長野県安曇野市蓼川における両種の個体群動態. 陸水學雜誌, 71(2): 129–146. 

山本賢樹・木下智晴・藤野勇馬・饗庭優香・藤岡沙知子・石川俊之 2017. びわ湖に侵入した外来種フロリダマミズヨコエビと在来種ナリタヨコエビの現状について. 日本生態学会第64回全国大会, 一般講演(ポスター発表) P2-G-232.

 



2016年12月1日木曜日

アカントガンマルス科について(12月度活動報告)


 ロシアのバイカル湖に住む巨大ヨコエビを一目見るためこの夏に琵琶湖博物館を訪れましたが、どうやら11月そのヨコエビ達がお亡くなりになってしまったとのことで、日本全国のヨコエビスト達が哀しみに包まれました。そして今月、どうやら1種が復活したとのことで、現在はまた琵琶博にてその御姿を見ることができます。
(この展示に関連するツイートはモーメントにまとめました。)


 7月から11月まで琵琶湖博物館で展示されていたのはアカントガンマルスビクトリィとアカントガンマルスレイヘルティという2種のヨコエビで、どちらも日本には分布していないアカントガンマルス科に含まれます。12月現在はアカントガンマルスビクトリィ1種のみの展示のようです。

アカントガンマルスビクトリィ
Acanthogammarus (Ancyracanthus) victorii (Dybowsky, 1874)

アカントガンマルスレイヘルティ
Brachyuropus reichertii (Dybowsky, 1874)


夏にはこんなものも作りました





 アカントガンマルス科の分類学的な位置づけは以下の通りです。

 Suborder Senticaudata Lowry & Myers, 2003(和名未提唱) :6下目
  Infraorder Gammarida Latreille, 1802(ヨコエビ下目) :2小目
   Parvorder Gammaridira Latreille, 1802(ヨコエビ小目) :1上科
    Superfamily Gammaroidea Latreille, 1802 ヨコエビ上科 :24科
      Family Acanthogammaridae Garjajeff, 1901 アカントガンマルス科




 アカントガンマルス科はバイカル湖のヨコエビのうち約半分の種を含んでいます。6つの亜科から構成されます。




Acanthogammarinae亜科


模式属のロシア語表記:  Акантогаммарус
学名: Acanthogammarinae Garjajeff, 1901
生態: 表在底生/近底遊泳性
構成: 15属2亜属47種13亜種

 主に湖底を歩き回り、たまにカイメンに登ったり泳いだりするヨコエビです。種によって、背中には長いトゲがあります。ほとんどがバイカル湖およびその流域に生息しますが、Issykogammarus hamatus Chevreux, 1908 という種のみがキルギスの標高1600mにあるイシク・クルという塩水湖に生息しています。





Garjajewiinae亜科


模式属のロシア語表記:  Гаржажевиа
学名: Garjajewiinae Tachteew, 2001
生態: 中層遊泳性
構成: 4属10種2亜種

 湖のかなり深いところに住んでおり、水中を泳いで生活しています。第1触角が長く、背中にトゲやコブがあります。複眼は発達しません。





Hyalellopsinae亜科


模式属のロシア語表記:  Хйалеллопсис
学名: Hyalellopsinae Kamaltynov, 1999
生態: 表在底生
構成: 2属19種2亜種

 ほとんど泳ぐことがなく、岩の表面などにしがみついています。底節板が大きく、触角や尾肢は縮小傾向にあります。背中はかなりボコボコしています。





Parapallaseinae亜科


模式属のロシア語表記:  Парапалласеа
学名: Parapallaseinae Kamaltynov, 1999
生態: 表在底生
構成: 3属10種2亜種

 背中にはトゲがあります。主に深い泥質底に生息し、一部の種は転石帯でも得られます。





Plesiogammarinae亜科


模式属のロシア語表記: Пресиогаммарус
学名: Plesiogammarinae Kamaltynov, 1999
生態: 表在/埋在底生
構成: 3属2亜属8種

 トゲやコブは目立ちません。歩脚の前節が長く、歩脚や尾肢に多くの毛をもち、砂質底の表面あるいは内部に潜って生活しているとされています。複眼は縮退傾向にあります。数百メートルの水深からも得られています。





Poekilogammarinae亜科


模式属のロシア語表記: Пёкилогаммарус
学名: Poekilogammarinae Kamaltynov, 1999
生態: 近底遊泳性/表在底生
構成: 7属2亜属23種

 湖底にいて、泳ぐこともあるヨコエビです。背中は比較的つるりとしており、歩脚の指節が長く伸長しています。ロシア語名としてПёкилогаммарус длинноногийдлинноногий=足長)との記述もみられます。





  アカントガンマルス科のヨコエビには5cm程度の大型種がざらであり、淡水域に生息するヨコエビとしてはかなり異質、どちらかといえば深海性ヨコエビに似た傾向です。
 その他のバイカル湖のヨコエビもトゲが伸長したり、足が長かったり、不思議な姿をしています。
 バイカル湖は世界最古・世界最深とも評される湖で、種やそれ以上の単位での分化が進むのに十分な空間的そして時間的な資源があったためと理解されています。バイカル湖はなぜか湖底まで十分な酸素がいきわたるため、1000mを超える水深まで大型生物が生息しており、これも際立った特徴と言えます。

 バイカル湖では古い時代に入り込んだ生物がそのまま、あるいは独自の発展を遂げているため、いわば淡水生物の宝箱のような場所です。ヨコエビもまたその一角を占めているわけです。


 今年の琵琶博の巨大ヨコエビ展示ですが、国内でアカントガンマルスの標本が展示された例はあれど、恐らく生体展示は初の試みと思われます。始まりのこの夏を覚えてく、との思いで、今後も琵琶博の取り組みに期待したいと思います。そしてまたぜひ見に行きたいです・・・
 
 






<参考文献>
- Bazikalova, A. 1945. Amphipods of Baikal. Proceedings of the Baikal limnological station. XI. USSR Academy of Sciences Publishing House, Moscow. (in Russian)
- Tachteev, V.V. 1997. The gammarid genus Plesiogammarus Stebbing, 1899, in Lake Baikal, Siberia (Crustacea Amphipoda Gammaridea). Arthropoda Selecta, 6(1/2): 31-54. (in Russian)
- Takhteev, V.V., N.A. Berezina, D.A. Sidorov 2015. Checklist of the Amphipoda (Crustacea) from continental waters of Russia, with data on alien species. Arthropoda Selecta, 24(3): 335370. (in Russian with English abstract)



<参考Web>
WoRMS


2016年8月18日木曜日

古代湖のヨコエビ/伊勢のヨコエビ (8月度活動報告その2)


 夏休とれましたので、今一番ヨコエビがアツい念願のあの場所へ。
 誰も止められやしない弾丸のようなツアーです。


〈琵琶湖博物館編〉

Amphipods in Lake Biwa and Lake Baikal


JR草津駅西口正面の2番乗り場からバスに乗り、30分ほどで着きます。

 琵琶湖の生物の紹介でしっかりとヨコエビが



 
Fresh water amphipods from Biwako (Lake Biwa)
 おお…

 琵琶湖はヨコエビ分類学の権威・森野浩博士が長年フィールドとしてきたエリアで、森野博士はバイカルの調査にも関わっています。

 

 ナリタヨコエビJesogammarus naritaiは1985年に森野博士によって記載されたヨコエビで、淡水ヨコエビの代表的なグループであるヨコエビ上科キタヨコエビ科エゾヨコエビ属に分類されます。展示では琵琶湖固有種とされていますが、諏訪湖に生息するスワヨコエビJ. suwaensisをシノニム(同物意名)とする説があり、その場合はわりと離れた地域に分布する種といえます(富川・森野, 2012)。

 


 ニホンオカトビムシPlatorchestia japonica は海水から離れた内陸に生息するハマトビムシ科(オカトビムシ, Land hopper )で、琵琶湖畔から恐らく森林にかけて普通にみられるものと思われます。この種を含むPlatorchestia属の6種を比較した論文(Miyamoto & Morino, 2004)は、日本の主要なオカトビムシ類とハマトビムシ類の資料として非常に重要です。




 ビワカマカKamaka biwaeは淡水域に進出した珍しいドロクダムシ下目の1群カマカヨコエビ科に属します。カマカヨコエビ類はこのほかに国内で2種(北海道:1種,本州:1種)が報告されています(富川・森野, 2012)。属名の由来は東太平洋の小島の名前らしいす。


 でかいアナンデールヨコエビの模型、これが噂の…!

 アナンデールヨコエビJesogammarus annandaleiはナリタヨコエビと同じキタヨコエビ科エゾヨコエビ属に分類される琵琶湖固有種で、近似種が幾つか知られています。本種はリニューアル前の2014年にびわはくで生体展示を行ったことでも話題となりました。  


 少し違和感があったのでよく見てみると、第3,4胸脚が第4底節板から出ていて、第1底節板からは顎脚が生えています。基節と底節とが対応していませんね。また、尾肢が完全に尾節の裏側から出ていて、段差すらあります。 たぶん気にする人なんてほとんどいないってことなんだと思いますが…


琵琶湖の魚類を支えてるのはアナンデールヨコエビなんだぞどうだすごいだろ!Oncorhynchus masou rhodurus eat many Jesogammarus annandalei


 そしてとうとう・・・

Gammarids from Lake Baikal
 

 バイカルも古代湖ということで、そのつながりでの研究らしいす。
 湖の形もどことなく似てる…


アカントガンマルスヴィクトリィAcanthogammarus victorii
 2匹いました。

アカントガンマルスレイヘルティことBrachyuropus reichertii
6匹いました

①|②
― ―
③|④
Acanthogammarus victorii
Acanthogammarus lappaceus
Eulimnogammarus verrucosus
④??

 不勉強で申し訳ありませんが、展示の写真の分類はこんな感じと思われました。

 バイカル湖のヨコエビは276種で、ロシア陸水域のヨコエビ(26科110属581種)の60%を占めます(Takhteev et al., 2015)。しかも全て1つの上科(ヨコエビ上科)に含まれるというから驚きの爆発的進化です。
 海産淡水陸生全て含めた日本のヨコエビの既知種数は400程度ですから、バイカル湖のヨコエビ相の厚さがうかがえるかと思います。


エサとしてアミのようなものが撒かれていました


プランクトンのコーナー。神々しいノロ様。
This Leptodora kindtii is made from Metal

琵琶湖とかほぼ海


〈鳥羽市海岸採集編〉

Amphipods in rocky and sandy coast of Toba shi, Mie ken


 伊勢のヨコエビはイセエビではありません。
 紀伊半島を横断、三重にやって参りました。通過したことはあったはずですが、目的をもって訪れたのは初めてです。

 今回の旅の重要ポイントとなっているのがこの潮です。 海保によると鳥羽の最干潮は12:34の19㎝。 これに遅れてはいけません

 まず駅に近い港の周りを探しますて堤防の先に岩場があります。 見ると小石の多い浜に黒くなったアマモが漂着、風情ある(?)海岸環境を醸しています。

 若干のヨコエビリティを感じてガサるも…空振り…だと…?  どうやら私のヨコエビリティセンサーはフォッサマグナを越えると調整が必要なようです。
 岩の表面にはアオサ類らしき肉厚の緑藻が這うように固着しており、目を凝らすと… モクズヨコエビ類が見えてきました。


 まあまあ大型の不明属がいますが、1種のようです。
 しかしガサれども代わり映えはせず、フナムシLigia exoticaがひたすら大行進する中、時間だけが過ぎていきます。あたりに紅藻などはほとんどなく、これがヨコエビリティの低さの一因のようです。


モクズヨコエビ科Hyalidae

指節が小さいほうのグループに属するモクズヨコエビ類

ドロクダムシ科Corophiidae
Monocorophium属の一種 トンガリドロクダムシかもしれない

  10:30、最干潮まで2時間しかないため、場所を移動。



 別の港の船だまりを覗いてみます。
 港内にアオサUlva sp or spp.は浮いているしかし、深くてまだ行けません。落ちているブロックをひっくり返してもイソガニとフナムシしかいません。これはやばい。



 遠くを見ると、ビーチが見えます。
 これは行くしか・・・

カイ・・・ガン・・・
1km from Toba Station




 ビーチの地先に岩場があります。沖に向けてわりと浅い地形の砂地が広く続いているようです。

アマモZostera marinaたくさん漂着している

 打ち上がったアマモの下にはハマトビムシ種群の一種。
 
ハマトビムシ科Talitridae
オスの第2咬脚を見る限りは東京湾と同種のPlatorchestia pasificaのようです

 三重大学でハマトビムシを研究して修論とした笹子(2011)によると津,志摩で採れているのもP. pasificaとのことで、三重のヒメハマトビムシ種群はP. pasificaが優占していると推測されます。



浅場にアマモが自生していてとてもよい

 砂地には細かな管があります。

Sandy tube of Phyllodocids
   バットに採ってみると、スピオではなくサシバPhyllodocidae gen. sp.の巣のようです。こうした巣があるところ、三番瀬ではよくアリアケドロクダムシが一緒にいますが、全くのノーヒット。コペはいますが、ヨコエビなし。


 石をめくると、ここにはメリタ。
岩の表面は汀線付近まで細かな巣穴の痕跡のある泥が付着していました


メリタヨコエビ科Melitidae
Melita属の一種


 それではとアオサUlva sp. or spp.をかき集めてみると、幾つか見知った顔ぶれです。

全体にアオサ類が浮遊,ところどころにミルや紅藻がくっついていました

ヒゲナガヨコエビ科Amphithoidae
モズミヨコエビAmpithoe valida
第5底節板後縁に毛がないのでたぶんvalida

ユンボソコエビ科Aoridae
Aoroides属の一種

カマキリヨコエビ科Ischroceridae
Jassa属の一種

 バッ トの水面に小さなヨコエビみたいのが浮かんでいて、ヒゲナガヨコエビあたりの子供かと思ってよくみると、細長い繊維のようなものを引っ掻けているものが多数。これ を集めていて違和感がありました。どいつもこいつも長いのをつけてやがる… そしてバットの底にいるものは、長い糸のようなものを振りながら低速で這い回っています… もしかして激レアヨコエビのMaxillipiidae か・・・?
 さてその正体とは・・・

ムンナ科Munnidaeぽい等脚類でした・・・
 
不詳。現場ではアゴナガヨコエビ科Pontogeneiidaeに見えたのだが・・・?


 ミルCodium fragileも洗ってみましたが、こちらのほうもなかなか。

ドロノミ科Podoceridae
第2咬脚に毛が多いのでPodocerus brasiliensisかもしれない
 さて、こうしているうち最干潮を迎えました。これを合図に、本日のもう1つの目的地へと向かいます。




〈鳥羽水族館編〉

Toba Aquarium


 飼育種数日本一を誇る大型水族館です。鳥羽駅からは、さきほどの砂浜とは逆方向に10分ほど歩くと着きます。鳥羽-名古屋間はJR快速みえで2時間、近鉄伊勢志摩ライナーで1時間半と、アクセスにも恵まれ、夏休み中とはいえ金曜である今日もかなりの数の親子連れで賑わっていました

撮影者が写り込んでいます。決してこの画像のコントラストをいじらないでください。

 へんな生き物研究所(通称へん研)はダイオウグソクムシBathynomus giganteus とオオグソクムシB. doederleiniiの生体展示を行っており、グソフリ(グソクフリーク,意:グソクムシ類を愛する人達のこと,今適当に作った言葉)には堪らない構成です。
"Laboratory of Strange Creatures"

へん研のパイプウニの表面にスンナリヨコエビ類Maeridae sp.がいるのはすんなり見つかりました


 世界的にも飼育例の少ない海棲動物の展示数と飼育実績の豊かさは言うまでもなく、生体のみならず標本においてもかなりキテます。


 というのも、何を隠そう鳥羽水族館は世界一高価な貝の落札記録を、米ドルと日本円でそれぞれ保持しているという何ともセレブな水族館で、そういう貴重な貝がどこに置いてあるかといえば、場末のケースの中に、簡単な解説を添えただけという、もう本当にこれがその貝なのという状況なのであります。リュウグウオキナエビスEntemnotrochus rumphiiは1969年に$10,000-で購入したそうな。当時は固定相場だったので360万円になります。(今やオンラインショップにて19万で買えるってよ)
この貝は池澤夏樹の『南の島のティオ』にも登場して、どんな貝なのかと想いを巡らせたりしたこともありましたが、ここには他にも立派なエビス貝や写真でみたことしかない貝も多 く、かなり霞んでしまいました。


成果はのちほど

画になりますなぁ

〈グッズ編〉

びわはく: バイカル湖クリアファイル,バイカル湖Tシャツグッズバイカル湖ヨコエビ置物,身近な生き物図鑑
鳥羽水族館: ガチャ(鳥羽水族館3)

 バイカルのヨコエビ関係でこれほどグッズ化されているとは思っておりませんでした。
 Tシャツに描かれたAcanthogammarus victoriiは第3,4胸脚の指節が二又となっていたり、第2触角が第1底節板から生えているように描画されていて各節がかなり細かったりして、正確とはいえませんが、ディテールの書き込みは大したものです

いろんな生き物が載っているしイラストも解説もとても分かりやすい、しかしこのヨコエビ愛の無さに泣く (Grandidierella japonica
(中西崇雄・横山悦子 2016. 『自然が好きになる たのしい 生きもの図鑑』 NPO法人地域と自然, 名張. ISBN978-4-9903086-1-2) スマホ版もあるってよ


A. victoriiの背面のトゲが見事に表現されています
付属肢を再現しようと試みた形跡が確認されます

  これ\3,456-もするのであまり数は出てないんだと思いますが、それだけ手間がかかってるということだと思います。ヨコエビだもの。こういうので普通は作らないもの。



最近は欲しいガチャを念じるだけで1発で引ける能力を身につけました(ニシキエビPanulirus ornatus



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(参考文献)


-Miyamoto, H. & H. Morino 2004. Taxonomic studies on the Talitridae (Crustacea, Amphipoda) from Taiwan. -II. The genus Platorchestia. Publications of The Seto Marine BiologicalLaboratory, 40(1-2): 67-96.



-Takhteev, V.V., N.A. Berezina, D.A. Sidorov 2015. Checklist of the Amphipoda (Crustacea) from continental waters of Russia, with data on alien species. Arthropoda Selecta, 24(3): 335–370. (In Russian with English abstract)