2023年3月27日月曜日

書籍紹介『深海の生き物超大全』(3月度活動報告その3)


 最近フィールドに出ていないこともあり書籍紹介が続いています。

 今回は『深海の生き物超大全』(以下、石井 2022)です。

 こういった書物も昔は片っ端から目を通していたのですが、ヨコエビに関して押並べて洗練される気配がないこともあってしばらくスルーしてました。


359ページにわたって
全613種のオリジナルカラーイラストが載って2600円。
正気の沙汰ではありません。 


 タイトルや帯からして良い子のための教養書といった趣ですが、開いてみると単なる子供向けでないことがわかります。ルビが振ってあるわけでもなく、高校生以上対象の一般書を意図しているようです。


 掲載端脚類は以下の通りです(登場順)。

  • キタノコギリウミノミ Scina borealis
  • オオタルマワシ Phronima sedentaria
  • オニノコギリヨコエビ Megaceradocus gigas
  • マルフクレソコエビ Stegocephalus inflatus
  • エピメリア ルブリエキュエス Epimeria rubrieques
  • カイコウオオソコエビ Hirondellea gigas
  • プリンカクセリア ヤミエソニ Princaxelia jamiesoni
  • ダイダラボッチ Alicella gigantea
  • オオオキソコエビ Eurythenes gryllus
  • カプレラ ウングリナ Caprella unglina
  • アビソドデカス スティクス Abyssododecas styx


 帯でも謳っていますが、一般書にカラーイラストとして登場したことがなさそうな種がかなり含まれています。

 この著者、どうやら二足の草鞋系イラストレーターらしいのですが、これだけの原稿を分筆せずまとめ上げるというのは只事ではありません。また当然端脚類の専門家ではないはずですが、少なくともここ10年くらいの分類体系・生態学的知見などを過不足なく把握していて、浮ついた誇張やこれといって間違った記述はみられませんでした。そのリサーチ力や記述力に驚かされます。類書の中で指折りの労作といえるでしょう。


 帯に同じ科がまとまっていて比較しやすいとありますが、目はことごとくバラバラになっています。生息環境ごとの章立てゆえ仕方ない部分もありますが、ページのデザイン上、目はかなり軽視されており、マイナー分類群を追いにくい構成となっています。

 分類群の名称については 石井 (2022) が出版された7月22日の1か月以上前(6月5日付)に「Eurytheneidae科」にはオキソコエビ科,「パルダリシダ科」にはミコヨコエビ科との和名が提唱されていますが(有山 2022)、反映させる術はなかったと思われますので、仕方のないことです。

 イラストは精密ですがあくまでインプレッション優先で描かれていて、第1触角の副鞭があり得ない場所から生えているように見えたり底節や基節の表現が一定しないなど、真に受けてはいけないポイントもあります。正確な姿を知りたい方は然るべき文献にあたるべきです。

 また、学名の仮名表記は独自に考えられたものでコンセンサスのあるものではなく、例えば E. rubrieques の種小名は「紅色+騎手/騎士」に由来するはずなので、読みは「ルブリエキュエス」より「ルブリエクェス」といった感じになるのではと。

 冒頭で最新の知見をもとにしていると言いつつ参考文献が皆無であること、(ヨコエビ以外でですが)属名の頭文字が小文字になっているところがあるなど生物学の書物として読む上での危うさや、「触角」をずっと「触覚」と表記しているなどエディタについても脇の甘さは気になるところです。


 昨今の二足の草鞋系クリエーターの勢いを象徴する一冊かと思います。どのくらい売れたのかは知りませんが、こういった量こそ質みたいな狂気の作品が出版されるのは喜ばしいことです。



<参考文献>

— 有山啓之 2022.『ヨコエビ ガイドブック』. 海文堂,東京.160 pp. [ISBN: 9784303800611]

— 石井英雄 2022.『深海の生き物超大全』.彩図社,東京.359 pp. [ISBN: 9784801305861]


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