2023年3月2日木曜日

2023年のヨコエビギナーへ(文献紹介第九弾)


  今年もヨコエビの知見を得るのに有用な文献を紹介します。第九弾です。

 

(第一弾)
— 富川・森野 (2009) ヨコエビ類の描画方法
— 小川 (2011) 東京湾のヨコエビガイドブック
— 石丸 (1985) ヨコエビ類の研究方法
— Chapman (2007) "Chapman Chapter" In: Carlton Light and Smith Manual (West coast of USA)
— 平山 (1995) In: 西村 海岸動物図鑑
— Barnard and Karaman (1991) World Families and Genera of Marine gammaridean Amphipoda

(第二弾)
— Lowry and Myers (2013) Phylogeny and Classification of the Senticaudata
— World Amphipod Database / Amphipod Newsletter
— 富川・森野 (2012) 日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方
— Arimoto (1976) Taxonomic studies of Caprellids
— Takeuchi (1999) Checklist and bibliography of the Caprellidea
— 森野 (2015) In: 青木 日本産土壌動物
【コラム】文献情報のルール

(第三弾)
— 有山 (2016) ヨコエビとはどんな動物か
— 森野・向井 (2016) 日本のハマトビムシ類
— Tomikawa (2017) Freshwater and Terrestrial amphipod In: Species Diversity of Animals in Japan
— Bousfield (1973) Shallow-Water Gammaridean Amphipoda of New England
— Ishimaru (1994) Catalogue of gammaridean and ingolfiellidean amphipod
— 椎野 (1964) 動物系統分類学
【コラム】ヨコエビの分類にはどこから手を付けるか

(第四弾)
— Lowry and Myers (2017) Phylogeny and Classification
— Bellan-Santini (2015) Anatomy, Taxonomy, Biology
— Hirayama (1983–1988) West Kyushu
— 井上 (2012) 茨城県のヨコエビ
— 永田 (1975) 端脚類の分類
— 菊池 (1986) 分類検索, 生態, 生活史
【コラム】文献の入手

(第五弾)
— Arfianti et al. (2018) Progress in the discovery
— Ortiz and Jimeno (2001) Península Ibérica
— Miyamoto and Morino (1999) Talorchestia and Sinorchestia from Taiwan
— Miyamoto and Morino (2004) Platorchestia from Taiwan
— Morino and Miyamoto (2015) Paciforchestia and Pyatakovestia
— 笹子 (2011) 日本産ハマトビムシ科
【コラム】野良研究者

(第六弾)
— Lecroy (2000–2011) Illustrated identification guide of Florida
— Cadien (2015) Review of NE Pacific
— Copias-Ciocianua et al. (2019) The late blooming amphipods
— Bate and Westwood (1863) British sessile-eyed Crustacea
— 青木・畑中 (2019) われから
— Bousfield and Hoover (1997) Corophiidae
【コラム】ヨコエビの同定

(第七弾)
— 岡西 (2020) 新種の発見
— Conlan (1990) Revision of Jassa 
— Ariyama (1996) Four Species of Grandidierella 
— Ariyama (2004) Nine Species of Aoroides 
— Ariyama (2007) Aoridae from Osaka and Wakayama
— Ariyama (2020) Six species of Grandidierella
【コラム】ヨコエビリティの探索


(第八弾)
— Hughes and Ahyong (2016) Collecting and processing
— Буруковский and Судник (2018) Атлас-определитель Балтики и Калининградской 
— Гурьянова (1938) Gammaroidea заливов Сяуху и Судухе 
— Гурьянова (1951) Бокоплавы морей СССР
— Цветкова (1967) Бокоплавов залива Посьет
— Takhteev et al. (2015) Checklist of the Amphipoda from continental waters of Russia

【コラム】海外の司書さんを$29でパシる方法


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<超おすすめ①>

有山啓之 2022. 『ヨコエビガイドブック』. 海文堂, 東京. 160 pp.

 日本にヨコエビ学が勃興して約120年(※1)。全国45(ヨコ)万人のヨコエビファンが待ち望んでいた書籍がついに出版されました。海産種を中心に雌雄の生態カラー写真がわんさか載っている、世界的にも類のない書籍です。2023年3月時点で第2版2刷のはこびとなっており、かなり売れてるらしいです。ぽつぽつと公立図書館にも入ってるようですし、ビジュアルブック感覚でもとりあえず開いていただければ。決して損はさせません。その読みどころについてはこのあたりをご参照ください。

(※1)うの (1901) を、本邦ヨコエビ学の起点となる文献と考えています。



<超おすすめ②>

 富川光 2023. 『ヨコエビはなぜ「横」になるのか』. 広島大学出版会, 東広島. 198pp. ISBN:978-4-903068-59-6

 2月末に刊行されたばかりの書籍です。見た目と中身とのギャップが異常で、完全に裏切られますのでご注意ください。読みどころはこちらに。ヨコエビの特性について学術的知見の要点がわかりやすく集約されているばかりでなく、本邦浅海域および陸域のヨコエビの代表的グループについて科までの図解検索表が搭載されております。3月1日現在、入手経路が確立していないようですが、とりあえず価格は 2,640円(税込)です。



<アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae の文献>

 結論から述べると、21世紀のアゴナガヨコエビ科の全貌が総括されかつ同定ができる文献はないです。アゴナガヨコエビ属についても同様です。

 アゴナガヨコエビ科は伝統的にテンロウヨコエビ科と姉妹群を形成していましたが、Senticaudata亜目設立と共にバラバラにされてしまった、いわば Lowry and Myers (2013) 被害者の会の一員ということになります。そしてテンロウヨコエビ科は後の分子系統学的検討 (Copilaş-Ciocianua et al. 2019) により、アゴナガヨコエビ科を含むウラシマヨコエビ上科との類縁関係が示唆され、改定前の分類体系に系統学的妥当性があったことが明らかになりました。そればかりでなく、以前から指摘されていたテングヨコエビ科との関連 (石丸 1988) についても裏付けが得られるに至りました。つまり現状、これといった意義のない分類学的枠組みが作りっぱなしの状態で、混沌を極めているわけです。

 ただ伝統的にどういった形態形質が重視され、どういったグループを含めて理解されていたのか等を理解するのに、以下の文献は役立つでしょう。



Bousfield, E. L.; Hendrycks, E. A. 1995. The amphipod superfamily Eusiroidea in the North American Pacific region. I. Family Eusiridae: systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 1(4): 3–59.

 古き良き時代のテンロウ上科として、アゴナガヨコエビ科を含む8科の検索表が掲載されています。迷ったらまずコレ、といったところでしょうか。



— Gurjanova, E. F. 1938. Amphipoda, gammaroidea Zajibob Siaukhu I Sudzukhe (Japonskoe More) [Amphipoda, gammaroidea of Siaukhu Bay and Sudzukhe Bay (Japan Sea)]. Fijnaj Akademii Nauk SSSR, Trudy Gidrobiojogicheskoi Ekspedichii Zinan 1934 Japonskoe Morei [Reports of the Japan Sea Hydrobiological Expedition of the Zoological Institute of the Academy of Science USSR in 1934], 1: 241–404. (In Russian)

 アゴナガヨコエビ科およびアゴナガヨコエビ属の検索表を提供していますが、現在に通用するのは12属のうち8属,15種のうち4種のみです。ちなみにロシア語です。


p. 329~:科から属の検索表 

※以下は属(現在の属)— 現在の科

  • Atyloella — アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae
  • Atyloides — フタハナヨコエビ科 Atylidae
  • Bovallia — アゴナガヨコエビ科 
  • Djerboa — アゴナガヨコエビ科
  • Eurymera — アゴナガヨコエビ科
  • Harpinioidella (=Harpinioides) — ウラシマヨコエビ科 Calliopiidae 
  • ミギワヨコエビ属 Paramoera — アゴナガヨコエビ科
  • アゴナガヨコエビ属 Pontogeneia — アゴナガヨコエビ科
  • Pontogeneiella (=Prostebbingia) — アゴナガヨコエビ科 
  • Prostebbingia — アゴナガヨコエビ科 
  • Pseudomoera — アゴナガヨコエビ科
  • Zaramilla — Zaramillidae


p. 337~:属から種の検索表

※以下は現在の属位を反映したもの(配列は種小名のアルファベット)

  • Gondogeneia antarctica
  • Gondogeneia bidentata
  • Gondogeneia georgiana
  • Gondogeneia gracilicauda
  • Pontogeneia inermis
  • Pontogeneia intermedia
  • Tethygeneia longleyi
  • Gondogeneia macrodon
  • Pontogeneia melanophthalma
  • Pontogeneia minuta
  • アゴナガヨコエビ Pontogeneia rostorata
  • Gondogeneia simplex
  • Accedomoera tricuspidata
  • Gondogeneia tristanensis
  • Gondogeneia ushuaiae



— Gurjanova, E. F. 1951. Bokoplavy morey SSSR i sopredelinyh vod (Amphipoda – Gammaridea), opredeliteli po faune SSSR [Gammarids from USSR seas and adjacent waters (Amphipoda – Gammaridea), determinants of fauna in USSR]. Zoologicheskii Institutom Akademii Nauk [Zoological Institute Academy of Science], 41: 1–1029. (In Russian) 

 アゴナガヨコエビ科3属の検索表を提供しています。アゴナガヨコエビ属については12種が実装されていますが、現在も属位変更がないのは8種です。ちなみにロシア語です。

p. 717~:属から種の検索表

※以下は現在の属位を反映したもの(配列は種小名のアルファベット)

  • Pontogeneia andrijaschevi
  • Pontogeneia inermis
  • Pontogeneia intermedia
  • Pontogeneia ivanovi
  • Pontogeneia kondakovi
  • Tethygeneia longleyi
  • Tethygeneia makarovi
  • Pontogeneia melanophthalma
  • Pontogeneia minuta
  • Tethygeneia pacifica
  • アゴナガヨコエビ Pontogeneia rostorata
  • Accedomoera tricuspidata




 アワヨコエビ属6種の検索表を提供。分布情報についても大いに参考になるかと思います。


 アゴナガヨコエビ科は一目見てそのグループと分かりやすい特徴に乏しいため、より広い範囲から検討して絞り込んでいく必要があります。上記文献の他は(とりわけ読みにくいことで有名な)Barnard and Karaman (1991) や Cadien (2015) などを適宜参照するのがよいでしょう。

 アゴナガヨコエビ属について、Ren (2012) は中国産3種、Cadien (2015) は北太平洋産4種を対象に、それぞれ検索表を提供しており、日本を含む海域では一応これらが最新の知見となります。しかし、これだけでは国内の分類には全く役に立たないため、2023年現在の既知種をまとめました(※authorshipのcitationは割愛しています)



Pontogeneiidaeアゴナガヨコエビ科 Pontogeneiaアゴナガヨコエビ属 の検索表(Gurjanova 1951 を改変)
 
1. 頭頂は短く直線的に尖り、下垂あるいは上反しない・・・2
— 頭頂はサーベル状に下垂あるいは上反する・・・9
2. 頭頂は幅広く、第1触角柄部第1節の長さおよび幅の50%を超える・・・P. opata J.L. Barnard, 1979
— 頭頂は小さく痕跡的、あるいは第1触角柄部第1節の長さおよび幅の50%に満たない・・・3
3. 第1, 2咬脚の腕節長は前節長より長いかほぼ同長;尾節板は剛毛を欠く・・・4
— 第1, 2咬脚の腕節は前節より短い;尾節板に剛毛を具える・・・8
4. 第1, 2咬脚は腕節長>前節長・・・P. inermis (Krøyer, 1838)
— 第1, 2咬脚は腕節長≒前節長・・・5
5. 第3尾肢の外肢は内肢よりやや長い・・・P. stocki Hirayama, 1990 ホンアゴナガヨコエビ
— 第3尾肢の外肢は内肢より短いかほぼ同長・・・6
6. 第3尾肢の外肢は内肢より短い・・・P. oligoseta Ren, 2012
— 第3尾肢の外肢と内肢はほぼ同長・・・7
7. 尾節板の長さは幅の2倍程度で、2/3程度まで切れ込む・・・P. arenaria Bulyčeva, 1952
— 尾節板の長さは幅の1.5倍程度で、1/2程度まで切れ込む・・・P. littorea Ren, 1992
8. 第1, 2咬脚は腕節長<前節長;尾節板側縁に2対程度の棘状剛毛を具える・・・P. melanophthalma Gurjanova, 1938
— 第1, 2咬脚は腕節長<<前節長;尾節板背面に5束程度の棘状剛毛を具える・・・P. bartschi Shoemaker, 1948
9. 複眼はアルコール固定中で黒色・・・10
— 複眼はアルコール固定中で黄色・・・11
10. 第1, 2咬脚は腕節長>前節長;第3腹側板後縁は弱く突出する・・・P. intermedia Gurjanova, 1938
— 第1, 2咬脚は腕節長>>前節長;第3腹側板後縁は強く突出する・・・P. andrijashevi Gurjanova, 1951
11. 第1, 2咬脚は腕節長>前節長・・・P. rostrata Gurjanova, 1938 アゴナガヨコエビ
— 第1, 2咬脚は腕節長>>前節長・・・12
12. 頭頂は微小かつ下垂する;尾節板は棘状剛毛を欠く・・・P. ivanovi Gurjanova, 1951
— 頭頂は上反する;尾節板は側縁に3対の棘状剛毛を具える・・・P. kondakovi Gurjanova, 1951



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コラム:ヨコエビ採集の安全対策


 フィールドでの安全対策に関して、ネットではまた活発な発信が行われています。こういったテーマは常に関心のトップに置いておかねばと分かっていながらも、人は忘れがちで、口の端に上るのは何かがあった時だけになりがちです。どれほど貴重なサンプル・データをその手に掴もうと、生還しなければ採れたことにはなりません。命がけでやってる自負がある方もいるかもしれませんが、事故が起きれば「覚悟ができている」当人だけの問題では終わりません。研究組織や道楽カテゴリと心中する可能性すらあります。


 事故や遭難の原因は、制度設計や組織の指揮系統など勘案すべき事項が多岐にわたるかと思いますが、個人がルールを踏まえて行動することが前提になるかと思います。危険な場所は立ち入り禁止になっていたり、危険を招く行為はルールとして禁止されていて、これが予防策になりうるわけです。また、これと関連して、生物そのものあるいは生物に関わる産業の保護などを目的として、各種法令が制定されている場合もあります。これについては昨年たいへん良い書籍が出ましたので(山渓いきもの部 2022)、未読の方は参考にしていただきたいと思います。ルールは、知らなければ守れませんので、こういった事柄を事前に調べ、また教えることが第一歩かと思います。

 これらを踏まえた上で個人に帰属する安全対策は、一般論として、事前に然るべき指導を受け無事に帰る術を身につけること、単独行動しないこと、などが挙げられます。原理的・究極的な部分では大変優れたマニュアルが公開されていますのでこちらをまず頭に入れることが肝要かと思います。また、学校など組織に所属されている方は、まずは各々の組織が定めているフィールドワーカー向けの安全マニュアルの類に目を通していただければと思います。そして近年では、インターネットで色々な大学の安全マニュアルを読めたりします。土地柄や調査の内容によって微妙に違いがあったりしますので、「フィールドワーク」(野外調査)「安全」「マニュアル」などのキーワードで検索するとかなり良質な情報が得られますので、参考にしてみてください。また、もう少し敷居を下げてレクリエーション的な活動に対しても、各自治体や民間団体がマニュアルを公開している場合があります。フィールドワークを「野外活動」「自然体験」などに置き換えると、いろいろヒットします。


 その他の非常に主観的で細かな話として、主に潮間帯でのヨコエビ採集にあたってフィールドワーカー個人が予め注意したほうがよい事柄をご提案します。なお、以下の内容は全ての人・地域・調査方法に当てはまるものではなく、また事故・不具合の予防を保障するものではありません。


 事前に考えられる危険を予知します。


【磯】
 足元が不安定で、更に波が打ち付けてくる過酷な環境です。転がりやすい・滑りやすい石は一見して判断できないこともありますので、急な動きを避けて慎重に進むことが必要です。バランスを崩して咄嗟に手や足を着いても、着いた先が安定しているとは限りません。波は一定のタイミングで押し寄せてきますが、引き潮あるいは満ち潮の時刻にはめまぐるしく大きさや向きが変わります。沖をこまめに見て白波の高さを確認する,近くを船が通ったら航跡波に備える、などの注意をしたほうがよいです。
 また、波消しブロックの隙間は水流が複雑に入り乱れ、吸い込まれると生還はおろか遺体が上がるかどうかさえわからないと言われます。近づかないことです。 
 磯の脇に崖が切り立っていることがあります。真新しい石などが近くに落ちてないか注意します。

【干潟】
 一見何の危険もないようですが、砂泥の中に鋭い貝殻の破片が埋まっていたり、アカエイ・イシガニ・有毒クラゲなどの危険生物に出くわしたり、いきなり底なし沼にハマる可能性があります。

【河口】
 河口付近や川の中まで入って採集を行う場合、少なくとも直近3日間程度の上流の降水状況を把握すべきと思います。川の形状によっては鉄砲水のリスクがあります。


 
季節のコーデ。
※個人の見解です


 海は陸上動物であるヒトにとってアウェイな環境です。特に都会化されたヒトにとっては、潮間帯さえ完全アウェイです。吹き渡る風さえ、街のそれとは違います。一年を通して肌の露出を極力減らし、気温変化に直接身体を晒さないことが体力維持において重要と考えられます。体力の低下は機動力の低下を招き、思わぬ事故を招く可能性がありますし、何よりせっかくのアクティビティが有意義なものになりません。体力が有り余っている方は平気と思うかもしれませんが…


【夏季】
 遮るもののない海辺に照り付ける太陽は相当なものです。前述の服装によって身を守るとともに、水分を持ち歩くようにします。また、夏の盛りを外れた時期は体感温度が目まぐるしく変わることも考慮すべきです。

【冬季】
 潮汐に依存した採集は自ずと夜潮になります。水辺において冬の夜の寒さは異次元です。どうしても行かなければならない場合、複数人で十分なバックアップ体制を敷くことが重要です。また、干潟なら平坦な道を進めますが、磯は地形が複雑で非常に危険です。転倒や滑落などもそうですが、エントリーポイントが分からなくなると戻れなくなることも有り得ます。よほど慣れた場所でもないかぎり、何人で行っても危険性はさほど減らないように思えます。私は行く気にはなれません。

 また、その他の装身具でいうと、マスクをしたままにしていると水を被ったり誤って水中に落ちた時に呼吸ができず生命に関わります。


 採集用具に関しても、安全対策の一環になると考えています。かさばる器具を持ち歩くことは疲労や忘れ物・紛失につながります。人工物の紛失は環境汚染であるばかりではなく、例えばそれを取ろうとして思わぬ事故が起きる可能性もあります。採集を終えて体力を損耗した状態であっても管理できる点数・重量に収めるべきです。私はサコッシュとリュックに入れるのをデフォとし、手元が空くようにしています。


 前述の生態学会のマニュアルは、組織の体制作りからロープワークや蘇生法まで、極めて幅広くかつ実践的な内容が凝縮されていますので、フィールドに出る前に一読されることを強くお勧めします。その中では自身の危険体験を「武勇伝」のように語ることを戒める文言もあります。

 指導教員や研究リーダー、先輩らは、自らの危険な経験・無理・無茶を武勇伝にしてはいけない。冒してしまった危険な経験や無理は、論文の盗用と同じぐらい恥ずべき経験である。恥を忍んで、同じ過ちを後輩が冒すことがないようにという気持ちで、自らの経験を語るべきである。無謀な野外調査の思い出話や冒険談は、調査前の計画や準備の能力不足を吐露しているだけであり、自らの能力の低さを証明しているに等しいことを、年長者は年少者を前にして自覚すべきである。(p.S4)

 改めて強調しておきますが、これは「誰かの個人的意見」ではなく、委員会組織の見解として表明されているものです。また、その本当の意図については、単純な自分語りの否定とは読まずに前後の文脈からも読み取ったほうがいいと思います。
 危険事例を共有することそのものは安全教育に不可欠と思いますが、例えばもし同様のアクシデントで人一人死んでたら同じテンションで話せるのか、見つめ直すべきとも思います。聞き手に「自分ならもっと上手く立ち回れる」と思わせて災害を増やすと言われることもありますが、単純に「同様の危険を冒して仮に遭難しても無事に生還できて話のタネになる」と思われてしまうのではないでしょうか。現状、フィールドワークの危険事例をシステマティックに集約する仕組みはこれといってなく、個の発信になってしまっているのも、もしかすると武勇伝を許している一因かもしれません。学術組織を中心にそういったプラットフォームを作ることができれば、あるいは尊い人命が喪われる場面を1つでも減らせるような気がしています。

 

<本項おすすめ本以外の参考文献>
— Ren X. 2012. Crustacea, Amphipoda, Gammaridea (II). Fauna Sinica, Invertebrata. vol. 43. Science Press, Beijing, 651pp.

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