2021年6月24日木曜日

書籍紹介『三陸の海の無脊椎動物』(6月度活動報告)

 

 多少私が関わった書籍が出版されました。

— 加戸隆介(編著)/奥村誠一・広瀬雅人・三宅裕志(著)2021.『三陸の海の無脊椎動物』恒星社厚生閣,東京.ISBN978-4-7699-1664-2.

 

本文278ページの大ボリューム、
図鑑パートはフルカラーの大盤振る舞いで2,000円です。

 

 かつて三陸には北里大のキャンパスがあり、震災の後に一時閉鎖されたものの、現在は研究センターとして復活したそうです。そういった縁で、三陸の海の生物の知見が集積された本書が著されるに至ったようです。

 本書の大部分は、12門318種(群)の写真および解説に割かれています。各分類群の体制や系統について真摯な記述があるほか、用語解説や採集の注意点等も充実しています。近傍海域において浅海の無脊椎動物を学ぼうとする者にとって、これほどうってつけの本は無いと思います。

 ヨコエビに限ってですが、文化祭にお邪魔した時に本書の私家版を見て私なりにコメントを寄せた内容が反映されており、協力者としてクレジット頂いております。あと、よく見たら参考文献に『ヨコエビガイドブック』を挙げて頂いておりました。恐縮です。

 

 いちおう、端脚類のリストを掲載しておきます。8属18種のようです。5%というのは多いのか少ないのか…

 

  ヒゲナガヨコエビ科 Ampithoidae

  1. ニッポンモバヨコエビ Ampithoe lacertosa
  2. ヒゲナガヨコエビ科の一種

    クダオソコエビ科 Photidae

  3. ニホンソコエビ Gammaropsis japonica

    カマキリヨコエビ科 Ischyroceridae

  4. フトヒゲカマキリヨコエビ Jassa slatteryi
  5. イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax

    ドロノミ科 Podoceridae

  6. ドロノミ属の一種 Podocerus sp.

    テングヨコエビ科 Pleustidae

  7. オタフクヨコエビ Parapleustes bicuspoides
  8. テングヨコエビ科の一種

    アゴナガヨコエビ科 Pontogeneiidae

  9. アゴナガヨコエビ科の一種

    タテソコエビ科 Stenothoidae

  10. タテソコエビ科の一種

    ワレカラ科 Caprellidae

  11. セムシワレカラ Caprella brevirostris
  12. トゲワレカラ C. scaura
  13. トゲワレカラモドキ C. californica
  14. コシトゲワレカラ C. mutica 
  15. イバラワレカラ C. acanthogaster
  16. クビナガワレカラ C. equilibra
  17. マルエラワレカラ C. penantis
  18. コブワレカラ C. verrucosa


 確証はありませんが、おそらく収録されていない知見がまだあると思われます。また、今後調査を続ければ、ヨコエビはまだまだ出てくるのではないのでしょうか。

 私家版の時点でどういう形に仕上がるのかよく分かっていなかったのですが、このように出版されクレジットされるのであれば、もう少し内容に突っ込んだり標本の検討に参加しても良かったかなと思います。種リストとしての厚みはもとより、各動物門の概要や磯の生態系についての知見を網羅的に深めることができる良書ですが、同定キーが無いことや、未収録・未同定の項目があるのは、まだ変身を残している印象があります(こういった書物にキーは必須とは思いませんが、地元のアマチュアにとっては大いにニーズがあるものと思います)。更に研究が進んでパワーアップすることを祈っております。その時はもっとドラスティックにご協力させていただきたく。

 

2021年5月31日月曜日

ドロクダムシについて(5月度活動報告)


 ヨコエビ類の中に、ドロクダムシというグループがあります。
 ヨコエビといえば、身体の下側に底節板が張り出し、身体が横向きになりやすいイメージが強いかと思いますが、ドロクダムシにその気配はありません。

 日本の沿岸で見られるドロクダムシの身体は細長く筒状をしていて、真っすぐに歩いたり泳いだりします。中には底節板が深めのものもいますが、世界的にもその多くが砂泥底にトンネルを掘って暮らしているようです。過半数が明らかな懸濁物食者で、咬脚に密生した長剛毛を使って水中の粒子を濾し取って食べているようです。


 そういった性質をもつドロクダムシですが、沿岸性ヨコエビの中でも特に同定がめんどくさいグループと思われます。

 ドロクダムシの分類を難しくしている要因として、文献が乏しいことに加えて、Bousfield and Hoover (1997) などで用いられている形質を理解しにくいことが挙げられます。

 属の検索表における形態記述は難解で、思うように key が走りません。また、4桁程度のサンプルを見るとわかってきますが、種の識別に有効とされる形質の一部に個体変異があり、形態だけで確証を得るのは困難です。過去には、別種とされた2つのタイプが、累代飼育を経て同種だったと判明した事例があります (Chapman 2007)。ただ、全て諦めて科止まりにしておくのも少し勿体ないグループではあります。


 そんなわけで、ドロクダムシの分類について、知見を整理してみたいと思います。



世界のドロクダムシ科リスト

List of World Corophiidae

 体系はWoRMSに基づく。和名は Ishimaru (1994) に基づき、過去に提唱されていないものの順当と思われるものは括弧内に示した。

 また、Eocorophium属 には2017年に E. longiconum という種が記載されたが、WoRMSには反映されていない。採用しない理由が特に見当たらないため、本リストにはこの種を加え Eocorophium属 を2種とした。


ドロクダムシ亜科 Corophiinae Leach, 1814
 ドロクダムシ族 Corophiini Leach, 1814

  • Americorophium Bousfield and Hoover, 1997 [9種]
  • Apocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [5種]
  • Chelicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [12種]
  • Corophium Latreille, 1806 [11種]
  • (トゲドロクダムシ属)Crassicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [3種]
  • (タイガードロクダムシ属)Eocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [2種]
  • Hirayamaia Bousfield and Hoover, 1997 [3種]
  • Laticorophium Bousfield and Hoover, 1997 [2種]
  • (ウチワドロクダムシ属)Lobatocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [1種]
  • Medicorophium Bousfield and Hoover, 1997 [7種]
  • Microcorophium Bousfield and Hoover, 1997 [1種]
  • Monocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [11種]
  • Sinocorophium Bousfield and Hoover, 1997 [13種]

 Haplocheirini Myers and Lowry, 2003(族)
  • Anonychocheirus Moore and Myers, 1983 [1種]
  • Haplocheira Haswell, 1879 [4種]
  • Kuphocheira K. H. Barnard, 1931 [2種]
  • Leptocheirus Zaddach, 1844 [15種]

 Paracorophiini Myers and Lowry, 2003(族)
  • Paracorophium Stebbing, 1899 [8種]
  • Stenocorophium G. Karaman, 1979 [1種]

Protomedeiinae Myers and Lowry, 2003(亜科)
  • Cheirimedeia J. L. Barnard, 1962 [8種]
  • Cheiriphotis Walker, 1904 [17種]
  • Goesia Boeck, 1871 [2種]
  • オオアシソコエビ属 Pareurystheus Tzvetkova, 1977 [8種]
  • Plumiliophotis Myers, 2009 [1種]
  • キヌタソコエビ属 Protomedeia Krøyer, 1842 [13種]

 

ユンボソコエビ科は、第2咬脚がバスケット状でなく且つオスの第1咬脚が発達することで、ドロクダムシ科から識別するそうです。
 

 

 このように、ドロクダムシ科は 2亜科 3族 24属 160種 から構成されます。実はさほど大きなグループではありません。

 現状は、ドロクダムシ上科がドロクダムシ科ヒゲナガヨコエビ科を内包しています。ドロクダムシ科とヒゲナガヨコエビ科は、第3尾肢の剛毛により識別されます。また、その他の近縁の科(カマキリヨコエビ科等)とは、第1触角第3節の長さによって識別可能です(上図)。


 

 ドロクダムシ科には2亜科が含まれます。これら2亜科は、咬脚の剛毛配列によって識別されます。ドロクダムシ亜科は微粒子を濾し取る形状となっていますが、Protomedeiinae亜科 はそうではありません(ドロクダムシ亜科の第2咬脚の形状については直近ではこの記事に透過光写真を載せています)

 代表的な文献 Bousfield and Hoover (1997) では、ドロクダムシ科は ドロクダムシ亜科 に加えて ヤドカリモドキ亜科 Siphoecetinae(ハイハイドロクダムシ,スナクダヤドムシが含まれる)が含まれることになっていました。その後、Myers and Lowry (2003) の大改造を経て、今日ではヤドカリモドキ類は カマキリヨコエビ科 Ischyroceridae に含められています。その根拠の一つは、前述の触角の節の長さということになってます。

 かつてドロクダムシ上科には相当な数の科が含まれていて、伝統的にカマキリヨコエビ科やドロノミ科などもその仲間とされていました。現在この「伝統的なドロクダムシ上科」は概ね下目に格上げされています。このように、ドロクダムシの仲間の分類階級は時代によって変遷を重ねており、亜目として扱われたこともあります (Barnard and Karaman 1983)




ドロクダムシ亜科ドロクダムシ族の同定

 ドロクダムシ亜科の約半数はドロクダムシ族(≒ ”古き良きCorophium属” )に含まれます。ドロクダムシを征服するにはこの ”古き良きCorophium属” を押さえることが重要です。

 ドロクダムシ族と他の2族とは、以下のような形質で識別できます。なお、Myers and Lowry (2003) は Haplocheirini族 の判別文に ”第1,2尾肢の副葉に棘状剛毛列を密生する” と記していますが、ドロクダムシ族の第1,2尾肢副葉にも棘状剛毛の列や束がみられ、Myers and Lowry (2003) からはその密度を評価する基準が読み取れなかったため、今回は採用しませんでした。


 

 

 

 さて、ドロクダムシ族に含まれる13属は、今のところ Bousfield and Hoover (1997) で同定できます。しかしながら、前述の通りこの論文は至るところに理解が難しい部分があり、そもそも手元の標本が未記載の可能性すらあるという「ヨコエビあるある」も相まって、思ったような結果が得られない場面が多いように思われます。

 そこで、Bousfield and Hoover (1997) で用いられている形質のうち、使いやすいものだけを選んでマトリクス検索表を作成しました。

 

参考文献:Bousfield and Hoover 1997 .
これを使えば7形質だけで13属を識別できる(はず)。

 「第3腹側板が鋭く尖る」と「第2尾肢が第1尾肢より長い」という形質は、それぞれ単一の属にしかないことが分かります。これら2つの形質を確認すれば、まず2属が確定します

 

 なお、日本の沿岸では以下の種が報告されています。

  1. Crassicorophium属:トゲドロクダムシ C. crassicorne
  2. Eocorophium属:タイガードロクダムシ E. kitamorii
  3. Lobatocorohpium属:ウチワドロクダムシ L. lobatum
  4. Monocorophium属:アリアケドロクダムシ M. acherusicum,トンガリドロクダムシ M. insidiosum,ウエノドロクダムシ M. uenoi
  5. Sinocorophium属: ニホンドロクダムシ S. japonium,トミオカドロクダムシ S. lamellatum,タイリクドロクダムシ S. sinensis

  Ishimaru (1994) にはあと4種ほど挙げられていますが、それぞれ要点となる文献が手元になく、記録の妥当性を検証できませんでした。いずれ確認したいと思います。日本産生物種数のHPでドロクダムシ科が13種になっているのも、恐らくこれら4種を加算しているためかと思われます。


 私の知る限り、磯とか干潟でドロクダる場合、個体数では Monocorophium属 が圧倒的に多い気がしますので、まずは Monocorophium属 と関係がありそうな形質を確認していくと検索が早いかもしれません(ちなみに、三浦2008の「二ホンドロクダムシ」の写真は、Monocorophium属 のように見えます)。ただ、まだ報告されていないやつもいるでしょうから、決めつけてはいけません。

 ドロクダムシ類は太平洋で20年以上まともにレビューされていませんから、調べれば調べるほど発見があるグループかもしれません。また、日本固有属が1つ、香港固有属が2つもあることから、太平洋北西部は世界的に見てもドロクダムシ族の多様性が高いのではとも思います。




Haplocheirini族の同定

 Anonychocheirus属,Haplocheira属,Kuphocheira属,Leptocheirus属 の4属からなります。 主に大西洋や亜南極に分布します。かつてユンボソコエビ科に含められていました。せっかくなので形態マトリクスを作成しました。

 
参考文献:Moore and Myers 1983; Barnard and Karaman 1991.

 


Paracorophiini族の同定

 Paracorophium属は第2咬脚がはさみ形となり、Stenocorophium属は第7胸脚が巨大に発達するため識別は容易です。これら2属は南太平洋に分布します。

 

 

 

Protomedeiinae亜科の同定

  6属が含まれます。第3尾肢の形状が非常に重要ですが、逆にそこだけ見ればわりと落ちます。 また、第2咬脚の剛毛の様子や節の長さの比も同定形質に用いられますが、検索表を単純化するために省略しました。

 

参考文献:Barnard and Karaman 1991, Myers 2009.

 

 これらのメンバーは、伝統的にイシクヨコエビ科に含められていました。

 オオアシソコエビ属 Pareurystheus は、本邦からケナガオオアシソコエビ P. amakusaensis が知られます。

 キヌタソコエビ属 Protomedeia は、本邦からはミナミキヌタソコエビ P. crudoliops が知られます。属名はギリシャ神話に同名のネレイデス「Πρωτομέδεια」が登場することから、神話由来と思われます。和名の「キヌタ」は、第2咬脚の形状が木槌状であることから「砧」を連想したものでしょう。たぶん。

 

  以上、現在のドロクダムシ界隈の概況をご案内しました。ドロクダムシ類の中核はドロクダムシ族にあり、その理解には20幾年前の論文が今なお非常に重要です。私が卒研をしていた頃「Amphipacifica」はマイナーで入手困難なジャーナルでしたが、近年は BHL の躍進で非常に入手ハードルが下がりました。皆様にはぜひ Bousfield and Hoover (1997) をDLしていただき、存分にドロクダって頂ければと思います。

 前述の通り、ヤドカリモドキ類など過去にドロクダムシと姉妹群となっていたグループについては、現在は移動しているため説明を割愛しています。このあたりはまた別の機会に。

 

 


<参考文献>
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1983. Australia as a major evolutionary centre for Amphipoda (Crustecea). Australian Museum Memoir, 18: 45–61.
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1991. The families and genera of marine gammaridean Amphipoda (except marine gammaroids). Records of Australian Museum supplment 13, part 1,2, 866p.
Bousfield, E. L.; Hoover, P. W. 1997. The amphipod superfamily Corophioidea on the Pacific coast of North America; 5. Family Corophiidae: Corophiinae, newsubfamilly: systematics and distributional ecology. Amphipacifica, 2(3): 67–139.
Chapman, J. W. 2007. Gammaridea. In: Carlton, J. T. (ed.) The Light and Smith manual intertidal invertebrates from Central California to Oregon. Fourth Edition, University California Press, 545–618 pp.
Heo, J.-H.; Kim, Y.-H. 2017. A new species of The genus Eocorophium (Amphipoda, Corophiidae) from Korea. Crustaceana, 90(1112): 14051414. 
Ishimaru, S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29–86.
— 三浦知之 2008. 小型甲殻類.In: 三浦知之 2008. 『干潟の生き物図鑑』.南方新社,鹿児島.109–119 pp.
Moore, P. G.; Myers, A. A. 1983. A revision of the Haplocheira group of genera (Amphipoda: Aoridae). Zoological Journal of the Linnean Society, 79: 179–221. With 31 figures
— Myers, A. A. 2009. Corophiidae. In: Lowry, J. K.; Myers, A. A. (Eds.) 2009. Benthic Amphipoda (Crustacea: Peracarida) of the Great Barrier Reef, Australia. Zootaxa, 2260: 1–930.
Myers, A. A.; Lowry, J. K. 2003. A phylogeny and a new classification of the Corophiidea Leach, 1814 (Amphipoda). Journal of Crustacean Biology, 23(2): 443–485.



<参考Web>
— WoRMS(2021年1月)



2021年4月1日木曜日

2021年4月1日活動報告

 

 「ヨコエビがいるならタテエビはいないの?」などとよく聞かれます。

 

 基本的に「いない」と答えてきましたが、やはり「いない」証明というのは難しいもので、とうとう見つけてしまいました。「タテエビ」を。



 この図は『肥中古民具記』の一部です。江戸時代後期に成立したものと推測され、現在の山口県で海岸を歩き回って農具やら打ちあがっている物体やらを書き連ねた、狂気のスケッチブックのような書物です。

 

 



   解説には判読が難しい部分もありますが、どうやらこれは「たてゑひ」という生物のようです。イラストは細かく書き込まれていて、節足動物の体制をよく捉えているように見えます。

 

 

 現在の本邦既知種にこれに該当しそうなものはありませんが、かつて韓国で記載された Pseudocyrtophium longitudinem Jeong, 1987 という種の特徴とは、よく合致します。

 

    

  生時は直立して触角を広げ、餌を集めているのではないかと考察されています。

 発見時の状況について詳しい記述はありませんが、汀線近くで採集されたオス1個体、メス3個体、未成熟3個体を調査標本として挙げています。日本での発見のように打ちあがっていたものか、あるいは生きて水中を漂っていたものかは分かりません。 

 当時 Jeong は本種をドロクダムシ科の新属新種としています。現在もその見解を覆す研究は行われていないようです。

 しかしながら、この種は長らく忘れ去られており、その後の主たるレビューにも取り上げられたことはありません。極めてマイナーで入手困難な雑誌に掲載されたことなどがその要因と考えられます。

 日本でも韓国でもその後に報告はないということは、絶滅したのでしょうか。あるいは、突発的な発見だったのであれば、また機会があれば見つかるかもしれません。記録が乏しいのは、一般的なプランクトンやベントス調査で発見されにくい生活を送っているせいかもしません。再発見される日が来ることを願っています。

 

 

<Reference>

— Jeong, M. 1987. Less known crustaceans (Arthropoda) from Korean coast. Journal of the Royal Society of Cryptobiology, 24: 23–31.

— 神木芙明 1820 (年次). 肥中古民具記. In: 『文政・天保年間諸国産物聚』.伊達書院.



















 というわけで、今年もエイプリルフールでした。

 鹿児島では実際に「タテエビ」と呼ばれるエビが食べられているようですが、正確な分類学的地位はよくわかりません。




2021年3月22日月曜日

ナミノリソコエビ科について


 このたび、ナミノリソコエビ科の新種を記載しました(以下、Ogawa et al. 2021)

 

これがウスゲナミノリソコエビ Haustorioides furotai だ!

 


 これまで ROAD TO DESCRIPTION シリーズI 立志篇II 救済篇III 解剖篇IV 研鑽篇V 調布篇Ⅵ 散財篇Ⅶ 描画篇Ⅷ 完結篇)としてちまちまつらつらやってきた記載がとうとう皆様のお手元に届くことになりました。せっかくなので、論文の中で触れなかった細かい研究背景などを解説します。
 

※近縁のモクズヨコエビ類の提唱についてはこちらに。ハマトビムシ類についてはこちら(入門編最新事情[1]最新事情[2])に。



お詫び

 まず、東京湾のヨコエビガイドブックにおいて本種を Haustorioides japonicus として紹介していたことをお詫びして訂正します。
 ガイドブックにある通り、従来挙げられていた同定形質であるところの「腹節板後角の突出」「尾節板の癒合」などの特徴は Haustorioides japonicus と一致しています。このため、ある意味では「Haustorioides japonicus の隠蔽種」となりますが、個人的には「パッと見そんなに似てねぇ」と思いますので、同定ミスの類と認識しています。




ナミノリソコエビ科とは


 ナミノリソコエビ科 Dogielinotidae Gurjanova, 1953 は Hyaloidea上科 の一員で、モクズヨコエビ科などと近縁のグループです。

 「潜砂」に特化した(いうなれば「埋在性」)属が複数含まれています。なので、Lowry and Myers (2013) では生態特性が「海洋性・表在性」という表現はあまり正確ではありません。なお、担名属の Dogielinotus属 をはじめとして、潜砂性種は全て北太平洋沿岸にみられます。

 本邦既知の潜砂性種は ナミノリソコエビ属 Haustorioides です。砂泥底に適応しており、主に水中の有機懸濁物を摂餌していることが知られています。潮間帯では砂から出て餌を採ってまだ戻る(清家 2020)ようですが、私は観察できていません。「波乗り」というぐらいですから、この属に普遍的な生態と思われます。私の卒研では底質中の密度に日周変化らしき現象をとらえており、潮の流れに呼応して移動しているのは間違いないと思います。


 科の判別文は、Lowry and Myers (2013) が最新と考えてよさそうです。以下に引用します。

 身体は横方向に圧扁される。複眼はよく発達し、円形、卵形あるいは角丸の四角形。第1,2触角はカルセオライを欠く。第1触角は、第2触角より短い、あるいはほぼ同長、あるいはより長い;柄部第1節は、第2節とほぼ同長あるいはより長い;柄部第2節は、第3節と同長あるいはより長い;柄部第3節は第1節より短いあるいはより長い;柄部第1~2節は膝状とならない;副鞭を欠く。第2触角柄部第1節は肥大化しない、あるいは肥大化し、球根状。大顎臼歯部は擂潰に適する;髭を欠く。第1小顎基節内葉は先端に剛毛を具える;髭を具える、あるいはこれを欠き、髭を具える場合は左右対称。第2小顎基節内葉は斜走剛毛列を欠く。下唇内葉は退化的、あるいはこれを欠く。底節鰓は第2~6胸脚あるいは第2~7胸節にあり、柄は伴わない;胸節鰓を具え、あるいはこれを欠き、単純形;胸部の膨隆部を欠く;覆卵葉は縁部に単純形あるいは先端が曲がった剛毛を具える。第1咬脚は亜はさみ形;雌雄でよく似る(性的二型はない);第2咬脚より小型(発達が弱い)あるいは同大;前節掌縁は縁に沿った太い剛毛を欠く。第2咬脚は亜はさみ形;雌雄で似ない(性的二型がある);腕節は前節の後縁に沿って、強くあるいはやや引き伸ばされる。第3,4胸脚に性的二型はない。第4胸脚は、よく発達した、あるいは小さな後腹側葉状突起を具える。第5胸脚は第6胸脚より短い;底節板は均等にあるいは後腹側に葉状突起を具える。第7胸脚は第5胸脚より長い。第1~3腹節背面に竜骨状突起を具える、あるいはこれを欠く。第1~3尾節は癒合しない;背面に細長い、あるいは太い剛毛を欠く。第1尾節は腹側端部に大きく太い剛毛を欠く。第2尾節は背面に剛毛を欠く。第1尾肢は基部表面の太い剛毛を欠く。第3尾肢に性的二型はない;単葉で羽毛状剛毛を欠く。尾節板は弱く切れ込むか、途中まで切れ込むか、あるいは全縁;背面あるいは横面の太い剛毛を欠く;先端の太い剛毛を具えるか、あるいはこれを欠く。

 

 第2触角が第1触角と比べて極端に長くならないことや、胸脚の葉状突起、完全に分割しない尾節板などにより、近縁の他の科と識別されます。特にナミノリソコエビ属などは各付属に毛が多く、深い底節板やフックの多い覆卵葉など潜砂性種の特徴が発達しており、他のモクズヨコエビ類との識別は容易です。





ナミノリソコエビ科の構成(~2021年)


 Ogawa et al. (2021) より前、世界的には以下の 11属36種 が知られていました。


Genus Allorchestes Dana, 1849 ヘッピリモクズ属 / 表在

  • Allorchestes angusta Dana, 1856 二ホンヘッピリモクズ / 南カリフォルニア~ブリティッシュコロンビア アラスカ南東部~アリューシャン列島(主に潮間帯,稀に潮下帯;海藻上)
  • Allorchestes bellabella J.L. Barnard, 1974 /カムチャツカ半島,アリューシャン列島(水深1.5~15mの砂質,岩場;底性・遊泳性)
  • Allorchestes carinata Iwasa, 1939 ヘッピリモクズ / 日本海,オホーツク海,カムチャツカ半島,アリューシャン列島(沿岸~亜沿岸;水深0.5~4mの砂質および石,岩場)
  • Allorchestes compressa Dana, 1852 /オーストラリア:イラワラ
  • Allorchestes hirsuta Ishimaru, 1995 ハケモクズ  / 隠岐の島北部流れ藻(ホンダワラ類)
  • Allorchestes malleola Stebbing, 1899 / 北海道北部;日本海北部~カムチャツカ半島までのオホーツク海(水深3~4mの潮間帯下部)
  • Allorchestes novizealandiae Dana, 1852 / ニュージーランド:パルア湾(フナクイムシの穴に潜む)
  • Allorchestes priceae Hendrycks & Bousfield, 2001 / クイーンシャルロッテ諸島,バンクーバー南部(潮間帯下部;砂質底)
  • Allorchestes rickeri Hendrycs & Bousfield, 2001 / アラスカ,ブリティッシュコロンビア

Genus Allorchestoides Wongkamhaeng, Dumrongrojwattana & Shin, 2018 / 表在あるいは海藻に埋在 
  • Allorchestoides rosea Wongkamhaeng, Dumrongrojwattana & Shin, 2018 / タイ

Genus Dogielinoides Bousfield in Bousfield & Tzvetkova, 1982 / 潜砂
  • Dogielinoides golikovi (Kudrjaschov, 1979) / 沿海州,千島列島

Genus Dogielinotus Gurjanova, 1953 / 潜砂
  • Dogielinotus moskvitini (Derzhavin, 1930) / 沿海州,千島列島,オホーツク海;北海道


Genus Eohaustorioides Bousfield in Bousfield & Tzvetkova, 1982 / 潜砂

  • Eohaustorioides japonicus (Kamihiara, 1977) ナミノリソコエビ / 北海道西部,宮城,島根,富山(潮間帯砂底)

 

Genus Haustorioides Oldevig, 1958 / 潜砂

  • Haustorioides gurjanovae Bousfield & Tzvetkova, 1982 / 沿海州,サハリン
  • Haustorioides indivisus Jo, 1988 / 韓国西岸(砂浜の潮間帯中部~下部)
  • Haustorioides koreanus Jo, 1988 / 朝鮮半島南部日本海側(細~粗砂底)
  • Haustorioides latipalpus Jo, 1988 / 韓国:洛東江(砂泥底)
  • Haustorioides magnus Bousfield & Tzvetkova, 1982 / 沿海州
  • Haustorioides munsterhjelmi Oldevig, 1958 キタナミノリソコエビ / 沿海州,サハリン;北海道東部
  • Haustorioides nesogenes Jo, 1988 / 韓国:飛禽島,都草島(砂浜の潮間帯上部)

Genus Parhaustorioides Ren, 2006 / 潜砂
  • Parhaustorioides littoralis Ren, 2006 / 中国:南海

Genus Proboscinotus Bousfield in Bousfield & Tzvetkova, 1982 / 潜砂
  • Proboscinotus loquax (J.L. Bamard, 1967) / カリフォルニア州ユーレカ,バンクーバー

Genus Exhyalella Stebbing, 1917 / 表在あるいは堆積物に埋在
  • Exhyalella hartmani Lazo-Wasem & Gable, 2001 / セイシェル:マヘ島,ボー・バロン(浅瀬;サンゴ砕屑物の間)
  • Exhyalella indica (K.H. Barnard, 1935) / インド:トゥティコリン湾
  • Exhyalella natalensis Stebbing, 1917 / 南アフリカ:ダーバン

Genus Marinohyalella Lazo-wasem & Gable, 2001 / 表在
  • Marinohyalella richardi (Chevreux, 1902) / スペイン:アルボラン海の小島

Genus Parhyalella Kunkel, 1910 / 表在
  • Parhyalella barnardi Lazo-Wasem & Gable, 2001 / バハ・カリフォルニア
  • Parhyalella batesoni Kunkel, 1910 / バミューダ
  • Parhyalella congoensis Ruffo, 1953 / 大西洋南東
  • Parhyalella kunkeli Lazo-Wasem & Gable, 2001 / 台湾
  • Parhyalella nisbatae Lazo-Wasem & Gable, 2001 /カリブ海
  • Parhyalella penai Pérez-schultheiss & Crespo, 2008 / チリ
  • Parhyalella pietschmanni Schellenberg, 1938 /ハワイ
  • Parhyalella ruffoi Lazo-Wasem & Gable, 2001 / ペルー
  • Parhyalella steelei Lazo-Wasem & Gable, 2001 / マダガスカル(漂着海草上)
  • Parhyalella whelpleyi (Shoemaker,1933) / カリブ海~ブラジル


 なお、本邦からは 3属 5種 7種 が知られていました。
 

※ Ishimaru (1994) では Allorchestes japonica Stimpson, 1855;A. penicillata Stimpson, 1855;A. rubricornis Stimpson, 1855 という3種が報告されていました。しかしながら、Bulycheva (1957) はいずれの種についても不確定なものと結論し、このうち A. japonica については Hendrycks and Bousfield (2001) では明確に A. compressa のシノニムであると結論づけられています。よって本記事では適格の分類群とみなさず、本邦からの記録としても不確定なものと扱います。

 



誕生、そして・・・


 Ogawa et al. (2021) の中にもありますが、ナミノリソコエビ類の歴史にはいろいろな研究者のドラマがあります。以下、敬称略で研究史をざっとご紹介します。

 

 ナミノリソコエビ科の担名属は先ほど触れたように Dogielinotus で、担名種は D. moskvitini です。この種は当初「ハマトビムシ科 Talitridae」の一員の ヘッピリモクズ属 Allorchestes として記載されました。

 その後、Gurjanova (1953) によって独立した属と科が建てられました。属名 Dogielinotus および科名 Dogielinotidae は、ソ連の動物学者 ヴァレンティン・アレクサンドロビッチ・ドギエル Валентин Александрович Догель に献名されたものです。その後、調査が進むにつれ、この科に含まれる属は北太平洋の沿岸にぐるりと分布することが明らかになってきました。

  なお、かつて Metoediceros fuegiensis Schellenberg, 1931 という種もナミノリソコエビ科に含められていましたが、検討を経てクチバシソコエビ上科 に移動しました (Barnard 1969)



 さて、今回の新種が含まれる ナミノリソコエビ Haustorioides 属は、キタナミノリソコエビ H. munsterhjermi を担名種として設立されました。

 1977年、上平幸好によって函館の海岸でナミノリソコエビ科の未記載種が発見され、Haustorioides japonicus と命名されました。本邦のナミノリソコエビ研究はここから始まりました。上平はパラタイプ100個体という驚異的な標本観察を行い、その後も発生様式や分布など多角的にこの種を分析しました。本種の分布が東北や中国地方にも及ぶことを示したのも、上平の論文 (上平 1992) です。ちなみに、上平は現在ヨコエビ類の研究にほとんど携わっていませんが、貧毛類研究の権威として知られています。

 1982年、カナダの Bousfield とソ連の Tzvetkova の共著論文で、ナミノリソコエビ科に新たな属と種が追加されました。その中で、Haustorioides japonicus は際立った特徴を具えているとされ、新属 Eohaustorioides属 が建てられました。マニアックな雑誌に掲載されていることと、本文が基本的にロシア語で書かれているため読みにくい論文ではありますが、現在のナミノリソコエビ科を語る上で重要な文献です。

 1988年、韓国の Jo が朝鮮半島南部から4種のナミノリソコエビ属を記載しました。このうち3種には、日本のナミノリソコエビとその他の種との中間にあたると思われる特徴がありました。Jo は日本のナミノリソコエビの標本を入手してその形態を詳細に検討し、Haustorioides属 と Eohaustorimides属 を分けるポイントとして Bousfield と Tzvetkova が挙げていた形質が、実は H. japonicus には存在しないことを示しました。こうして、二つの属を分ける意味が失われたことが示され、Eohaustorioides属 は姿を消したかのように思われました。

 しかし、3年後の1991年に Barnard と Karaman のコンビが海産ヨコエビのモノグラフを出版したことで、話はこじれていきます。このモノグラフは世界中の文献を集める都合で、資料収集の期限を1986年に設定していました。つまり、Jo が記載した4種も,Eohaustorioides属 を消したという操作も、このモノグラフには反映されなかったのです。その後,記載された新種はフォローされたものの、Eohaustorioides属 に対する見解はほとんど顧みられることはなく、抜群の発信力をもつ Barnard and Karaman (1991) が Eohaustorioides属 を追認した記述だけが参照されることになりました。こうして Eohaustorioides属 の可否は特に議論されることもなく、適格なものとして使われてきたのです(例:WoRMS)。

 その後、Jo (1988) を踏まえてナミノリソコエビを Haustorioides属 として扱った文献には 上平 (1992) などがありますが、純然たる日本語の文献であったためか、国際的なコンセンサスに影響を与えることはなかったようです。

 


2004年以降の研究史


 一方、科のレベルでも、ここ20年でいろいろな動きがありました。特にSerejo (2004) が「ハマトビムシ上科」の体系を再構築したことで、これまでモクズヨコエビ科に含まれていた属が流れ込み、ナミノリソコエビ科の雰囲気はがらりと変わりました。

 また、2019年には Lowry と Myers が上科の再編を行い、ハマトビムシ科はハマトビムシ上科として独立した上科を形成し、残りの旧ハマトビムシ上科の面々が Hyaloidea上科 に含められました。これによってナミノリソコエビ科はハマトビムシ上科ではなくなりました。

 

 


Ogawa et al. (2021) の要点


   上記のような状況を鑑みて、Ogawa et al. (2021) は以下の行為を含んでいます。

  • Haustorioides furotai ウスゲナミノリソコエビ の新種記載
  • Jo (1988) の主張を受け継ぎ、Eohaustorioides属 を Haustorioides属 の新参シノニムとして改めて抹消
  • ついでに Haustorioides属と Eohaustorioides属との対比で記載されていた Parhaustorioides属も、種間の形態の差が連続的であり、属を分けるだけの材料はないものと判断し、Haustorioides属の新参シノニムとして抹消

 

 Haustorioides furotai ウスゲナミノリソコエビ は、長らくナミノリソコエビと混同されてきました。

 種の記載には、形態的な比較とともに,分子系統解析の結果も入れました。韓国から H. koreanusH. indivisus の遺伝子情報が GenBank に上げられており、これを使って種間の比較ができたのはたいへんありがたかったです。

 

 腹側板と尾節板を見れば系統関係を妄想するのに役立ちそうなので、ひとまずこれら形質だけを使ったマトリクス検索表を提案します。

 

あえて相対的な表現を使っています。
種同定の際には Ogawa et al. (2021) の
二又式検索表をご参照くださいませ。
 

  これら限定的な形態的特徴に着目しつつ、分子系統樹の雰囲気から推測すると、Haustorioides属 は日本海およびオホーツク海周辺で種分化を遂げた気がします。Dogielinotus属 のような祖先的な集団から、H. gurjanovaeH. magnus のように腹側板後角が湾曲し尾節板が幅広く途中まで切れ込む姿を経て腹側板後角が太く突出し剛毛を多く装うような集団が生まれ、H. munsterhjelmi となった後に北海道へ侵入し、一部は朝鮮半島へ入り込んで H. koreanus となったのではと思います。

 H. koreanus のような集団からは、徐々に腹側板に剛毛を生じつつ腹側板後角が上反せず尾節板が縦長かつ癒合傾向を示す H. latipalpusH. nesogenes を生じたのではないでしょうか。この中から、ある集団は海南島まで及んで更に華奢な H. littoralis となり、また H. indivisus のように腹側板や尾肢に剛毛が少なく腹側板後角が直線的に尖るシャープな姿となった集団が日本海側から日本列島へ侵入し腹側板を更に長く尖らせた H. japonicus になったのではと思います。

 

分布と腹側板と尾節板だけ見るとこんな感じの分岐が考えられます。


  H. furotai の分布域は極めて限定的かつ大陸から離れています。一見すると、大陸から日本へ進出して分化した H. japonicus を祖先としてさらに発展したような感じです。

 しかし、第3腹側板の形状などを見ると、形態的には H. japonicus から発展していない印象があります。また、現在入手可能な材料のみで構築した分子系統樹からは H. japonicus より祖先的な位置を占める可能性が読み取れます。

 

 これについて確定的な証拠はなくあくまで妄想ですが、H. furotai は早い時期に日本に入り込んだ集団で、他の地域が後から H. japonicus に発展・置換された中で生き残ったものか、あるいはそもそも日本に住み着いた H. japonicus の姉妹群ではなく、半島に生息する未確認の個体群が何らかの人為的要因で東京湾に持ち込まれた外来種の可能性も考慮すべきと思っています(Hancock et al. 2020 にも東京湾の別の潜砂性種についてそんなようなことを書かせていただきました)。朝鮮半島北部は諸事情により学術研究がほとんど成立していませんが、もし将来調査ができるようになったら H. furotai が発見されるのではと思えてなりません。

 過去の研究が無視されたことで、ナミノリ界隈は混乱が続いていました。近年はデータベースが整備されて情報共有体制が充実しており、またヨコエビの記載に実績ある雑誌に掲載されたことで目立つことができると思いますので、混乱には一区切りがついたものと自負しております。




現在のナミノリソコエビ類の問題点


 まず、属同士の関係性が見えにくいところがあります。

 Hiwatari et al. (2011) は、ナミノリソコエビ科に含まれうる「モクズヨコエビ類」としてフタアシモクズ属を挙げていますが、分類学的地位の変更・確定には至っていません。

 また、Serejo (2004) 以降、ナミノリソコエビ科とされているメンバーの中にも気になる点があります。潜砂性の属同士は、形態的特徴や分布から系統関係を類推しやすいものの、それ以外の属はまとまりがなく、互いの関係が全く見えてきません。このモヤモヤについては、潜砂性のグループをよりつながりの深い「亜科」等の単位としてまとめるなど、科の構造を見直す必要があると思います。また、他の属については別のアプローチから系統関係のストーリーを描くなどの試みが必要かと思います。

 

世界のナミノリソコエビ科の分布。

 

 次に、本邦に未調査の個体群が存在することが挙げられます。

 ナミノリソコエビ Haustorioides japonicus は幾つかの遺伝的なまとまりに分けられることが既に示されており (Takada et al. 2018; Sakuma et al. 2019)、これを種として扱うべきかが課題です。北陸からは“イシカワナミノリソコエビ“が報告されていますが (守屋・奴賀 2016)、分布から考えると遺伝的に H. japonicus から区別されることはほぼ確実なので、将来的に学名が与えられる可能性があります。

  さらに、東京湾にHaustorioides属でないものが潜んでいるという説があります。まだ論文にはなっていないようですが、これも将来的に重要な発見としてリリースされる可能性があります。

 そんなわけで、国内のナミノリソコエビ類のサンプルを絶賛募集中です。特に、研究が進んでいない太平洋側のエリア(岩手~千葉、神奈川~九州)は、学術的に非常に重要です。居そうで居ない瀬戸内も気になります。お心当たりの方はご連絡いただけると幸いです。

 

 


おまけ:ナミノリソコエビ科の属までの検索表

  ナミノリソコエビ属の検索表は、出版されている中では恐らく Wongkamhaeng et al. (2018) が最新となります。掲載されている形態マトリクスはある程度信用できますが、二又検索表のほうは形態の理解に間違いが多いばかりか、性的二型を盛り込むなど設計が不親切なことに加えて、Ogawa et al. (2021) による属の改廃で知見が改訂されているため今後は使えません。なので以下の通り作り直しました。

※〔 〕内に分布情報を示した。

 

 1. 第3尾肢は双葉;尾節板は根元まで切れ込む ... Parhyalella〔太平洋,インド洋,大西洋:赤道~南半球〕
— 第3尾肢は単葉または副肢を欠く;尾節板は半ばまで切れ込むか全く切れ込まない ... 2

2.  第5胸脚の腕節は拡がらない ... 3
— 第5胸脚の腕節は葉状に拡がる ... 6(潜砂性グループ)

3. 第5–6胸脚の長節はいずれも拡がる ... Marinohyalella〔地中海〕
— 第5–6胸脚の長節はいずれも拡がらない ... 4

4. 第1小顎髭は縮退する ... ヘッピリモクズ属 Allorchestes〔太平洋全域〕
— 第1小顎髭を欠く ... 5

5. 左大顎可動葉は4歯を具える;尾節板は半分の長さ未満まで切れ込む ... Allorchestoides〔太平洋:西部赤道付近〕
— 左大顎可動葉は5歯を具える;尾節板は切れ込まない ... Exhyalella〔インド洋〕

6. 第3尾肢は単葉 . . . 7
— 第3尾肢は副肢を欠く . . . ナミノリソコエビ属 Haustorioides〔太平洋:北西部〕

7. Epistoma(上唇基部)は鼻状に突出する . . . Proboscinotus〔太平洋:北東部〕
— Epistomaは通常形 . . . 8

8. 第3–4胸脚の長節は葉状突起を欠く;第5–7胸脚の前節長は指節長の約3倍 . . . Dogielinotus 〔太平洋:北西部〕
— 第3–4胸脚の長節の葉状突起は腕節に被る;第5–7胸脚の前節長は指節長の約2倍 . . . Dogielinoides〔太平洋:北西部〕

 

 

 また、例の如くマトリクスも作りました。

胸脚の葉状突起は属内の変異が多いです。
参考資料:Barnard 1969; Bousfield and Tzvetkova 1982;
 Lazo-Wasem and Gable 2001; Wongkamhaeng et al. 2018。



※追記(25-X-2021)

 Youtube「国立環境研究所動画チャンネル」の【夏の大公開2021】ヒガタ☆マンがゆく~ふしぎな生きものたちを探してみよう(2021年7月17日公開)にて、一瞬ですが種名キャプションとともにウスゲナミノリソコエビ抱卵メスが映りました。種同定された生態映像が公開されているのは、今のところこれだけではないでしょうか。ちなみに、動画内ではニホンドロクダムシのメスらしき静止画も見られました。



(参考文献)

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Amphipoda. United States National Museum Bulletin 271.
— Barnard, J. L.; Karaman, G. S. 1991. The families and genera of marine gammaridean Amphipoda (except marine gammaroids). Records of Australian Museum supplment 13, part 1,2, 866p.
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Hiwatari, T.; Shinotsuka, Y.; Morino, H.; Kohata, K. 2011. Phylogenetic relationships among families and genera of talitroidean amphipods (Crustacea) deduced from 28S rRNA gene sequence. Biogeography, 13: 1–8.

— 飯島明子 (ed.) 2007. 第7回自然環境保全基礎調査 浅海域生態系調査(干潟調査)業務報告書.環境省自然環境局生物多様性センター.

— 石丸信一 1985. ヨコエビ類の研究方法. 生物教材, 19・20: 91–105. (in Japanese)
Jo, Y. W. 1988. Taxonomic studies on Dogielinotidae (Crustacea—Amphipoda) from the Korean coasts. Bijdragen tot de dierkunde, 58: 25–46.
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(補遺)23-III-2021

・ナミノリソコエビ科種リストの一部属名表記の修正


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(補遺2)27-III-2021

・Hiwatari et al. 2011 による Allorchestes mallerus および 飯島 (ed.) 2007 による Dogielinotus moskvitini の記録を認め、本邦既知種を5種→7種に変更。

・Ishimaru (1994) に示された Allorchestes 3種について既往研究(Bulycheva 1957; Hendrycks and Bousfield 2001)を参照しコメントを追加。

・上記参考文献を追加。


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(補遺3) 15-VIII-2024
・一部書式設定変更。