2023年7月27日木曜日

端脚グルメ情報(7月度活動報告)

 

 ヨコエビの話をするとよく出てくる「それって食えんの?」という質問。結論から言うと、食えなくはないものの、一般的な食材となりえない要素がいろいろある感じです。以下、国内の例を挙げてみます。


古典から

— 茅原定 1833.『茅窗漫録』中巻.

 四国ではワレカラを酒の肴にするとのこと。ただ、調理法は不明です。


 また、山形県などの地域で食用にされていたという記録もあるようです(サイカルJournal)が、原典を見つけることはできませんでした。一方、クジラジラミについては食用にならんと一蹴している文献もあるとのこと(小山田是清 1829. 『勇魚取絵詞』)



救荒食

— 原徹一・早川孝太郎 1944. 『戦時国民栄養問題』. 霞ケ関書房.

 非常時の代替食糧として検討されたことがあるようです。このあたりは前述の伝統食がヒントになってるのかもしれません。



プレミア

— のりのふくい磯音ニュース「少し変わり種の海苔の話/えび等級というナゾの海苔」(2020/11/5)

 「エビ入りの海苔はプレミア」という話は海苔業界の方から聞いていたのですが、こうしてネット記事になっている例はあまり多くない気がします。



現代の冒険者たち

東京湾のヨコエビガイドブック Open edition ver. 2.0 (2021/3/22)

 水槽に湧いていたフトメリタをレンチンして醤油味にしたものです。エビの香りがしてうまいですが、肉はほぼ感じません。


— 原人のCatch & Eat「【キチ○イ回】ワレカラを食う!」 (2016/4/4)

 玉ねぎや三つ葉?と一緒にワレカラをかき揚げにすると、香りが立って美味いようです。


TW釣りetc.「ヨコエビを食ってみた」(2019/5/30)

 これは有名な記事ですね。ヒゲナガハマトビムシを脱糞させて塩茹でにて齧ったはいいものの、汚いモノを食べてる気がして完食できなかったとのことです。確かに…



そもそも食べて大丈夫?

 端脚類は固い殻を持ち、何かに隠れたり、泳いで逃げたり、トゲを生やしたり、あるいは多産でカバーしたりと、ケミカル方面以外の戦略を発達させているためか、毒を持ってるという注意喚起はあまり見かけません。

 ワレカラにおいて咬脚に"poison tooth"と呼ばれる器官があり、どうやら水中で格闘する時に相手に毒の一撃を加えるもののようです。捕食された後に効かせることを想定したものではないにせよ、食べ方によっては口などに刺さるかもしれません。

 また、海産物にコンタミしがちな端脚類にはアレルギーの表示義務はありません塩見一雄 2009. 「えび」,「かに」のアレルギー表示の義務化. 日本水産学会誌75(3): 495–499.が、がっつりアレルゲンが含まれています (Motoyama et al. 2007. Allergenicity and allergens of amphipods found in nori (dried laver). Food Additives & Contaminants, 24(9).) ので、えびかにアレルギー持ちの方は忌避すべき食材です。混入については「えびかにが棲息する海域で採取」などとやんわり示唆するメーカーが多いので、事前に確認すべきでしょう。

 さらに、生態系において分解者の役割を果たすヨコエビは、生物濃縮により有害な化学物資を溜め込んでいる可能性があります (一例:Curtis et al. 2019. Effects of temperature, salinity, and sediment organic carbon on methylmercury bioaccumulation in an estuarine amphipod. Science of The Total Environment, 687(15): 907–916. )。そういった面を考えると、無理して食べるべき食材でもないような気はします。


2023年6月17日土曜日

ちっちゃな科学館(6月度活動報告その2)

 

 端脚類の展示があるらしいと聞きつけると、どこへでも現れます。


 神奈川県の「相模川ふれあい科学館 アクアリウムさがみはら」にて開かれている特別企画展「ちっちゃないきもの展」にワレカラが展示されていると聞き及び、またもや仕事をサボって訪れました。


水面に浮かんでいるかのようです






確かにいる


 相模川の感潮域にワレカラがいるかはわかりません。地形を見る限り護岸化がかなり進んでいて、大きな藻類が生える場所がないので、見つけるのは難しそうです。水槽の底にマット状の藻が広がっていて、ちょっと本来の生息環境でないのではと思う部分もありましたが、かなり開発強度の高い磯環境の再現なのだと思います。 科学館側の観察記録も充実しています。


 常設展にも海の生き物が充実していて、ヨコエビの姿こそ見えませんが、相模川の上流から最下流までの自然環境の変遷と、人との関わりを知ることができます。


2023年6月9日金曜日

大いなる寄り道(6月度活動報告)

 

 台風2号(マーワー)接近に付随する前線の活性化に伴う豪雨災害で被災された方に、心よりお見舞いを申し上げます。

 ちなみに私事ですが日本動物分類学会に遅刻しました。


〈地下鉄エビ〉

 事の発端は6月3日の朝6時半、東京駅で新幹線全線死亡の報に触れたことです。わたしが東京へ向けて出発した頃にどうやらHPのお知らせが更新されたようですが、確認が甘かったですな。

 かたや在来線下り復活も近いとの報もあり、ごった返す新幹線ホームを見るのも辛く、そちらに賭けることとしました(これが遅刻の元凶です)

 ただどのみち電車は動いてないため東京駅近傍を離れられず、日本橋ならではの採集と洒落込みます。


某ユーチューバーのアレ



なぜかスポイトが荷物に入ってたので



ミズムシしかおらん



〈熱海リベンジ〉

 過去、8月の熱海でヨコエビリティを探索した時は、打ち上げ海藻の乏しさに絶望しました。

 今回は在来線運転再開の日和見のため熱海入り。時間もあるのでサンビーチでも行きますか。


意外と魅力的な砂浜模様

 今回はメカブなどが見られて良い感じです。夏のビーチ全盛の頃と今とでは、恐らく清掃強度が異なるのでしょう。

 ウェーダーはまだ出さずに漂着海藻だけ見ます。


めかぶ

 ハマトビは出ず。

 代わりに

サキモクズ属 Protohyale


 少し放置されてる感のある流木。



ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis

 熱海にヨコエビはいないものと思っていたので、個人的にはかなり快挙です。しかもスナハマトビムシ属とは。夏にはリセットされるのでしょうが、どのように個体群を維持しているのか気になります。




〈第58回日本動物分類学会大会および第n回日本端脚類連絡協議会総会〉※個人の感想です

 今回は満身創痍で迎えた伝説的な回と捉えるむきもあるようですが、交通機関の混乱により実際に新幹線車内で急病人が出るなど、混雑そのものも災害と言え、また車の渋滞も緊急車両への影響や交通事故のリスクを高めると考えられることから、交通が大規模に麻痺した状態で参加者の招集を止めなかったことを武勇伝のように語るべきか、疑問もあります。過酷なフィールドワークに関しても同様。ただ天候そのものは開催予定時刻の時点で回復傾向にあり、2日目以降に関して開催を止める理由は何ら存在しない状況だったので、開催を延期や中止までにはしなかった判断そのものは妥当かと思います。

 2日目から参加なので半分しか聴けていませんが、全体を通して、普通種こそしっかり見つめる重要性を改めて認識することになりました。特にインパクトが大きいのはフナムシの件だと思います。また、印象に残ったのは、寄生性コペの幼生期表記を改めようという提言。とてもロジカルかつドラスティックな構成でした。

 通常の発表以外の部分、メタ的なところで印象に残ったのは、普通種の重要性に加えて、純粋な記載的研究と記載+αの意義、『海岸動物図鑑』の後の空白を埋めるべきというお話。特に “分類学から始まる総合生物学“ から「分類学者が実学的な他分野と積極的に協働して真価を示すべき」との提言は、多少物分かりが良すぎるように見えるきらいもありつつ、パイを取り合うしかない今日の日本社会を生き抜いていく強かさを、この上なく明確に示したハングリー精神の結晶にも見えます。区画整理されてない土地にどんなに立派なオブジェクトを設けようと、それは砂上の楼閣に過ぎないわけで、適切な(種)分類は実践的生物学に再現性をもたらす最低ラインだと思います。分類学者が興味の赴くまま土地を均すのをただ待っていろというのも、おかしな話かもしれません。よく人が通る場所こそ優先的に、精密に、整備していく。そういったプラオリティの付け方は、普通種をちゃんとやるという動きにも繋がっていくのかもしれません。

 日本端脚類協会決起集会の内容については、あまりにコアすぎるためここには記しません。




〈C県某所開拓事業〉

 月曜豊橋17時バラしというスケジュールがキツかったため、命名規則勉強会をブッチしていますが、潮回りには抗えず帰りに寄り道することに。豊橋からの帰り道、東海道本線沿いといえば真鶴が挙げられますが、行ったばかりなので、もう少し外してみます。


ちょっと外しすぎたか

 初エントリーとなります。

 堆積岩系の磯です。


イワガニ Pachygrapsus crassipes の優雅な朝食

飛び立つトビ Milvus migrans

 波当たりの穏やかなプールから波が直にぶつかる部分までがかなり近く、すぐ深くなる感じです。風が強いとかなり危険なフィールドといえるでしょう。砂浜を設置しているわけでないため沖側に波消しブロックもなく、波はダイレクトに来ます。

 紅藻は多様でかなり沖寄りの褐藻側にも進出しています。緑藻には全く期待できないものの、潮が引いてくるとかなりスガモが生えてるのが分かります。これだけ大量のは初めて見たかもしれん。


おわかりいただけただろうか…(海藻に紛れたタコ)

 モクズヨコエビ科 Hyalidae はあまり優占しません。あまり変わったものも出ません。紅藻から採れるイソヨコエビ Elasmopus がやたら小さい。

イソヨコエビ属 Elasmopus
恐ろしいことに同所的に明らかに形態が異なる2タイプが出ました



 褐藻はわりとヨコエビが好む形状のものが多い。ただ圧倒的にヘラムシが優占しています。

ニセヒゲナガヨコエビ属 Sunamphitoe



 岩の間の、砂利が溜まっているところが気になります。


ミナミモクズ属 Parhyale

 あまり馴染みがありません。伝統的に第3尾肢が双葉になることが主な識別形質ですが、よく調べるとあまりパッとしない種ばかりのようです。今回のサンプルもしかり。だとすると、これもミナミモクズ属だったっぽい。



 スガモが気になりますね。


Ampithoe changbaensis(和名未提唱)


呆れるほどデカいヒゲナガヨコエビ属
モズミヨコエビっぽい要素を具えつつ、たぶん別種でしょう
オスが採れていないので悶々としています(スケールはだいたい10mm)


オボコスガメ属 Byblis
頂き物の標本はありますが、スガメソコエビ科を自己採取したのは初
生きた姿を生で見たのも初めてです
意外と機敏に海藻・海草の間を動き回りますが、ツノヒゲ系の潜砂性種のような、独特な佇まいをしています
変な顔をしているのも生時からよく目立ちます



ユンボソコエビ属 Aoroides



?トウヨウスンナリヨコエビ属 Orientomaera


?カクスンナリヨコエビ属 Quadrimaera


 ドロクダムシ強化月間(6月~中止連絡まで)ですが、あまり採れず。課題です。

 さすがに最干潮を回って少し波が高くなってきたようなので、潮上決戦にもつれ込みます。


陸域由来の竹などが目立ちますが
海藻もかなり含まれているようです


 砂利と言えそうな粗砂や礫の浜なので、たぶん ホソハマトビムシ Pyatakovestia がいるはず。


ニホンヒメマハトビムシ
Platorchestia pachypus
頂き物の東北のサンプルは所有していますが
自己採取でいうと東日本初です

 


ミナミホソハマトビムシ 

Pyatakovestia iwasai

目論見通り

久しぶりに見ました



 デカいハサミムシとハマダン、マキバサシガメ、ムカデ、ザトウムシなどがうじゃうじゃと。そしてハマワラジへ移行するエコトーンが見えるのには唸らされました。ハマトビムシのバイオマスも相当なものでした。スナハマトビムシ属がいなかったのは砂浜ではないからだと思います(小並感)。


”ヒメハマトビムシ”種群
Demaorchestia joi sensu lato (cf. Platorchestia pacifica)

 何にせよスガモが育む独自のファウナが特筆に値します。種数は少ないですが、安定しています。ただ長い葉の間に入ったヨコエビは海藻に対するような普通の洗い出し法ではほとんど外れないため、採り方にはコツがいることが分かりました。

 今回はスガモにかまけて紅藻をあまり見ていません。また、漁業権の掲示がなかったため、触れてない生物も多くいます。このあたりを少し見直して、計画的にアタックできれば、かなりの科数を稼げる気がします。



〈美しいスケッチ〉

 日本端脚類連盟の議題に上がったものです。

 形態分類の論文に掲載するスケッチは「言葉にならない形状を伝える」機能が求められます。

 過去にも参考になる図が載っている論文を挙げていますが、今回は「スケッチの技法」として参考になる事例をここから抜粋した上で、更に別に事例も加えてまとめます。



Barnard (1967)

 羽毛状剛毛が多いナミノリソコエビの描画において、そこに埋もれた棘状剛毛を切り抜きのような表現で見せています。この画は論文の著者が描いたものではなく Jacqueline M. Hampton という画工の筆によるもので、そういった目で見るのも面白いです。


Kamihira (1977)

 底節鰓の構造を点描で描いています。


Hirayama (1990)

 ここ半世紀で出色の出来といえばこの論文だと思います。とにかく線が活き活きとしています。


Pretus and Abello (1993)

 頭頂の書き込みが特徴的です。また、変わったところでは前胃を描画しています。


Lowry and Berents (2005)

 色素斑を描くとともに、入っていた巣まで描画しています。


Jaume et al. (2009)

 体表を覆っている細かい剛毛などのテクスチャを、全体に書き込むのではなく、枠で囲った範囲に部分的に描いて表現しています。


Pérez-Schultheiss and Vásquez (2015)

 色素斑を描いています。


Marin and Sinelnikov (2018)

 影のついた特殊なタッチです。



<参考文献>

Barnard, J. L. 1967. New and old dogielinotid marine Amphipoda. Crustaceana, 13: 281–291.

— Hirayama A. 1990. Two new caprellidean (n. gen.) and known gammaridean amphipods (Crustacea) collected from a sponge in Noumea, New Caledonia. The Beagle, 7(2):21–28.

— Jaume, D.; Sket, B.; Boxshall, G. A. 2009. New subterranean Sebidae (Crustacea, Amphipoda, Gammaridea) from Vietnam and SW Pacific. Zoosystema, 31(2): 249-277.

— Kamihira Y. 1977. A new species of sand-burrowing marine amphipods from Hokkaido, Japan. Bulletin of the Faculty of Fisheries, Hokkaido University, 28(1): 1–5. pls. I–V.

Lowry, J. K.; Berents, P. B. 2005. Algal-tube dwelling amphipods in the genus Cerapus from Australia and Papua New Guinea (Crustacea: Amphipoda: Ischyroceridae). Records of the Australian Museum, 57: 153–164.

   Marin, I.; Sinelnikov, S. 2018. Two new species of amphipod genus Stenothoe Dana, 1852 (Stenothoidae) associated with fouling assemblages from Nhatrang Bay, Vietnam. Zootaxa, 4410(1).

    Pérez-Schultheiss, J.; Vásquez, C. 2015. Especie nueva de Podocerus Leach, 1814 (Amphipoda: Senticaudata: Podoceridae) y registros nuevos de otros anfípodos para Chile. Boletín del Museo Nacional de Historia Natural, Chile, 64: 169-180.

    Pretus, J. L.; Abelló, P. 1993. Domicola lithodesi n. gen. n. sp. (Amphipoda: Calliopiidae), inhabitant of the pleonal cavity of a South African lithodid crab. Scientia Marina, 57(1): 41–49.



2023年5月23日火曜日

ヨコ●●国立大学(5月度活動報告その2)

 

 まだ関東近郊でアタックしていない自然海岸がありました。

 天下のヨコ⚫⚫国立大学(通称:横国)・臨海環境センターのお膝元、当然ヨコエビは研究され尽くしているものと思われますが、行ったことがなかったので覗いてみます。


 海水浴場になってるようです。朝の天気が微妙で大型連休から絶妙に離れてるので、たぶんごった返しではないはず。

 よい子の皆さんが磯遊びに興じていますね。

 打ち上げ海藻は多様ですが、歩いて行ける範囲には ヒラガラガラ? Dichotomaria が多く、そこにヒラミル Codium latum が混じったり、岩の空いてるところに サンゴモの類 Corallina が入ったりと、概ね単調なリズムです。ところどころ、潮間帯の上部には イシゲ Ishige、砂を被る岩のあたりに別の幅広い褐藻がチョロチョロと。


クロサギ(鳥)Egretta sacra

野生個体は初めて見たかもしれん



 汀線際まで進むと、ホンダワラ類 Sargassaceae が少し出てきて、紅藻も Laurencia が加わるなど多少バリエーションが増えてきますが、葉の切れ込みが多いヨコエビが好むような紅藻や緑藻が群生するようなエリアは見えません。少し特徴的なのは、ハイミル Codium lucasii sensu lato の近縁でしょうか。めくるとヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe などがゴロゴロと採れましたが、かなり飛び石的な環境のようでほとんど見かけませんでした。


大きなチビマルヨコエビ属 Houstonius
5mmくらいあったので、現場では別のグループに見えた
もはやチビとは呼ばせない


タテソコエビ科 Stenothoidae


ヒゲナガヨコエビ属 Ampithoe


ユンボソコエビ属 Aoroides




ドロノミ属 Podocerus



カマキリヨコエビ属 Jassa


小さめのイソヨコエビ属 Elasmopus


たぶんフトメリタヨコエビ Melita cf. rylovae


 さて、水面に漂うこれは何でしょう。








 カツオノカンムリ Velella velella ですね。引っくり返ることもあるようです。瞬間的に相手の形態を捉えて類推する能力は磯で生き残るために重要です。


 これは何でしょう。




 死んだ ミカン属 Citrus のようですね。新鮮な個体は、捕食時に圧力を加えられると、刺激性・溶解性・引火性をもつテルペン油を霧状に噴射することで知られ、これも大変危険な生物です。



Hypselodoris festiva

アオ いいよね

いい…




 ここから潮上決戦へ移ります。
 海水浴場らしく人工物はある程度清掃され、河川由来とみられるヨシなどの枯死体と流木、わずかに海藻が混じっています。エボシガイまみれの浮きや瓶なども漂着している。



ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis


 なぜか ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis ばかり採れ、タイヘイヨウヒメハマトビムシの特徴を具えたヒメハマトビムシ種群 Demaorchestia joi sensu lato (cf. Platorchestia pacifica) が混じる感じでした。猫の額ほどの砂浜、塩分はかなり甘めで、不安定な環境に見え、ヒメハマトビムシ種群のみ定着できると予想していたので意外です。海藻の打ち上げが目立たないかわり陸域から植物の供給が多く、そのせいかもしれません。

 なお、落ち葉を噛んだ転石があったのでホソハマトビムシ属を探してみましたが、見つかりませんでした。


ニホンスナハマトビムシ♂(上)とヒメハマトビムシ種群♂(下)



潮上帯採集でごつい手袋が必要な理由(ウミケムシ Amphinomidae)


 ドロノミ属とカマキリヨコエビ属には不自由せず、またタテソコエビ科がわりと採れるという特徴がみられましたが、ヒゲナガヨコエビ属など同定が可能なグループは少ない場所と考えられます。昔から "The Only Good Amphipod Is an Identified Amphipod" と言われるように(言われたことない)、同定ができるグループが採れることは、誰かにオススメできるかどうかという点で重要と考えています。

 他に、サキモクズ属は採れたことは採れましたが、バイオマスも種多様性も少なそう。イソヨコエビ属も多産とは言えなさそうです。転石帯があるためか「砂の中の岩」だけの磯ではあまり会えないメリタを稼げるのは良いです。

 最干潮を二時間ほど回ってもあまり潮位に変化はなく、長く遊べる場所のように思われます。ただ、潮回りはそれほど悪くないにも関わらず歯応えは薄かったので、上記の種構成の特徴の他に、パピコの入手が非常に容易なことと、意外と便利だったアクセス以外には、あまり利点はなさそうです。



2023年5月9日火曜日

Gammarid Week (5月度活動報告)


  今年のGW後半はかなり良さげな潮廻りなので、いそいそと出かけてみました。

 なお、以下の写真はほとんどラヴ・プリズンを経て解凍した個体ですが、今回はサンプル処理の途中で資材が品切れとなり、仕入れ待ちの間は解凍・固定作業を止めていたため写真が録れず、そのぶんブログ更新が遅れました(言い訳)。



〈ハイアイアイ臨海実験所銚子臨海実習〉

 ハイアイアイ臨海実験所についてはこちらを参照。ハイアイアイ群島の生態系においてもヨコエビが重要な役割を担っていたことが示唆されていますが (Stümpke 1961)、ヨコエビ相の記述やその種間関係が解き明かされることがなかったのは慚愧に堪えません。

 さて、今回はヨコエビ採取のポイントを見て頂こうという実習です。特定のグループを狙っていましたが、勝手知ったる銚子を選んだのもそのためです。

 ただ、勝手知ったるとはいえ最後に来たのはコロナ禍の前で、銚子電鉄がバンナム資本に呑まれている状況は知らず。それより文豪つながりで角川とコラボとかしないすかね。


白波の騒ぐ磯辺の…

 風は容赦ありませんが、数字通りまでは潮は引いてる感じです。サクサクとヨコエビを集めていきます。


チビマルヨコエビ属 Hourstonius


テングヨコエビ亜科 Pleustinae 


モクズヨコエビ科 Hyalidae


Ampithoe changbaensis(和名未提唱)


コウライヒゲナガ Ampithoe koreana
さんざんヨコエビおじさんが不満をこぼしていた処遇がやっと見直され、
コウライヒゲナガは無事ヒゲナガヨコエビ属に戻ってきました (Souza-Filho and Andrade 2022)。おかえりなさい。


ヒゲナガヨコエビ類の未記載種



ソコエビ属 Gammaropsis



イソヨコエビ属 Elasmopus(どうせ未記載)


メリタヨコエビ属 Melita


カクスンナリヨコエビ属 Quadrimaera


アゴナガヨコエビ属 Pontogeneia


 うんざりしたのでサンプルはほとんど採っていませんが、褐藻・紅藻表面の付着ヨコエビで最も多かったのはサキモクズ属 Protohyale のようでした。


 コアマモの根元の砂をガサガサやると見慣れない白い影が。


ヒサシソコエビ科 Phoxocephalidae

 「波当たりの強い銚子に自然砂浜はないので潜砂性ヨコエビはいない」などと言っていたのは完全な思い込みでした(確かにこのへんの粒径はヒサシソコエビ科が優占していた光市の海岸に近いので、予想は働かせるべきでした)。そして今でこそ海水浴場として波消しブロックの裏側に飼い殺しにされている砂浜は、実は護岸の整備が進む前はこのあたりにありふれた風景の一つで、君ヶ浜あたりはとんでもない広さの自然海岸が広がっていたとのこと。改修によって幾多の潜砂性ヨコエビが滅んだかと思うと残念です。当時の粒径の構成や分布はよく分かりませんが、仮に今みられる砂に近い底質が主体であったなら、海水浴場に生き残っている面子は当時の潜砂性ヨコエビ相を反映していると期待してもよいかもしれません。




〈I県某所開拓事業〉

 新たなヨコエビ産地を求めて関東を彷徨っております。

 ある地域のヨコエビ相を知りたい、あるいは逆に特定のグループを見たい・採りたいといった要望にヨコエビおじさんが応えるためには、各地のヨコエビの状況を正確に把握している必要があります。こういう分布も積極的にアウトプットすべきなのですが、いかんせん未記載・国内未記録のオンパレードで、現状の種や属の分類も安定しないため、後世に禍根を残さぬためには記載レベルのしっかりとした報文となってしまいます。現状とりあえず明らかに未記載種というやつが多すぎるため、これを片付けながら各地のヨコエビ相を報告していければ理想的です。

 Googleロケハンによりかなりのポテンシャルは感じていますが、余裕をもって日帰り採集を行う場合の限界がこのへんになりそうです。


不安要素として相変わらず天候は微妙

 

関東にこんな砂州が残っているとは。


 最寄駅からしばし歩きます。電車が少ないためオンタイムの現着・離脱は難しく、時間ロスは大きめです。

 基本的には砂浜。かなりの規模がありヒゲナガハマトビムシに期待しましたが、粒径がお気に召さないのか全くヒットせず。

 波がすごい。不用意に近づくと被るでしょう。

 潜砂性種もいる可能性はありますが、今回は装備がないので見送り。気が向いたらチャレンジしてみたいです。

 それにしても海藻もとい硬質環境がない。1時間半前ですが気配なし。


 砂の表面に生えている紅藻をガサガサっと。


 ウソやん。





 大量のモクズヨコエビ科。

 拾うのが追いつきません。

 それにしても、同種なのに体色がこんなに違うのがヨコエビの怖いところです。


それにしてもこの金色は一体どうしたことでしょう。
筆で塗ったようにしか見えませんが、残念ながら生時からこれです。


 最干潮回ってからが引きが良くていい感じ。


イソホソヨコエビ Ericthonius pugnax


オタフクヨコエビ亜科 Parapleustinae ?

 科数はそれほどではありませんでしたが、物量が恐ろしい場所でした。


ニホンスナハマトビムシ Sinorchestia nipponensis


 潮上帯では流木下にニホンスナハマトビムシ,オオハサミムシ,シロスジコガネらしき幼虫と蛹がみられました。


 季節変化はわかりませんが、紅藻にひたすらモクズヨコエビ・コツブムシ・ヘラムシが多産する地域のようです。風が強く波頭の高さに恐怖を覚えたものの、マイナス潮位でこれですから、海況が穏やかであったとしても、かなり引かない限りは自由に歩き回れるフィールドではないかもしれません。動き回る必要のないほど量的な優位性を感じましたが、種構成は極めて単調でした。触れそうな基質が紅藻のみであるため、汀線に沿って移動しても種構成が劇的に変わる可能性はなさそうなので、通ってポテンシャルを見極める必要がありそうです。



<参考文献>

Souza-Filho, J. F.; Andrade; L. F. 2022. A new species of Pleonexes Spence Bate, 1857 (Amphipoda: Senticaudata: Ampithoidae) from the São Pedro and São Paulo Archipelago, Equatorial Atlantic, Brazil, with comments on the genus. Zootaxa, 5209(2): 199-210.