2016年10月19日水曜日

3分でわかる(かもしれない)ヨコエビ(10月度活動報告)



 いかがお過ごしでしょうか。



 当ブログ開設当初、ヨコエビとは何かということを徒然に書き記しました(「ヨコエビってこんな感じ」)。
 しかし、ヨコエビが何者なのかという説明になってないのと、そもそもヨコエビとは何かを自分でもよく分かっていなかった節もあって、補足などないまま年月が過ぎてしまいました。



 この度、人前で話す機会があったので自分なりに考えてみたところ、ヨコエビガイドブック以来、7年目の新境地が拓けた気がしたので、ご紹介します。


その名も・・・



スケブ芸:3分でわかるヨコエビ



  この芸はまだ完成していないので、概要と自分語りなどを含めてブログをまとめます。



  まず、ヨコエビはエビなのか問題について。

甲殻類の仲間
甲殻類で最も大きなグループは軟甲綱Malacostracaで、ヨコエビ(端脚目)とエビ(十脚目)はここに含まれますが、シャコ(口脚目)やダンゴムシ(等脚目)も入ります。

ヨコエビはエビ説 vs ヨコエビはエビじゃない説


ありがちなエビのイメージとヨコエビとの対比
 そもそもエビのイメージが間違っている場合もあり

 琵琶湖博物館のヨコエビ水槽の前に何時間か鎮座していた時には親子連れやカップルの会話を浴び続けていたのですが、「エビじゃない」という意見が思いのほか多く驚きました。アカントガンマルス科は湖の底を歩き回るため歩脚が発達していて、一般的なエビのイメージと違って見えたのだと思います。
Brachyuropus reichertii (Dybowsky, 1874)

 ヨコエビ=エビというのは、ダンゴムシ=エビというレベルのざっくりした話なので、だいたいの場面においてはヨコエビはエビではないと考えるのが適切と思います。



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  そして、じゃあヨコエビは何者なのか問題について。
 ヨコエビ類が含まれるのは端脚目Amphipodaですが、その中でヨコエビがどういう位置を占めているかというと、少々ややこしい状態にあります。

Lowry & Myers (2013)に基づく新4亜目分類体系に対応する和名

 というのも、図のようにヨコエビ類によって構成されるグループが2つあり、そのうちの1つの中にはワレカラとクジラジラミが入っているのです。分類学的にはワレカラやクジラジラミをヨコエビと呼ぶことに何ら問題はありませんが、独立した亜目となっているクラゲノミのようにそのまま「ワレカラ」「クジラジラミ」と呼ばれがちで、ヨコエビと言ったときには除外されることもしばしばです。

 ちなみに、ヨコエビにはかなり横向きのものから全く横向きでないものがいるばかりでなく、サカサヨコエビ科Melphidippidaeなどいったいどっち向きなのか分からない名前のものもおりまして、姿勢はあまり重要ではありません。

サカサヨコエビはこのように腹面を上にして、
 流れてくる有機懸濁物を集めて食べるのだとか。



 端脚目は9割方がヨコエビであるため、ヨコエビ目と呼ぶこともあります。以前はGammaridea=ヨコエビ亜目=一般的なヨコエビ類だったのですが、Lowry & Myers (2013)より後は和名が整備されていません。
Traditional classification of Amphipoda
伝統的な4亜目体系ではクジラジラミはワレカラ亜目に含まれていた


 ヨコエビと似た言葉にソコエビがあります。
 「海底に住むものをソコエビ,横向きになったものをヨコエビ」などとされることもありますが、具体的な証拠を挙げた資料が無いように思われたため、集計してみました。

ヨコエビとソコエビの対照
ソコエビはIshimaru(1994)における全科を網羅,ヨコエビは生態学的知見の厚いものを選んだ。
さらにIshimaru(1994)でフォローしていない科分類の知見を含めた。
科の中で多様な生活様式を示すグループについては、
代表種の生態を参考に典型的な特徴の抽出を試み、重複は避けなかった。
(参考:Barnard & Karaman, 1991;Bousfield, 1973;平山, 1995;Ishimaru, 1994;菊池, 1986)

 調べてみると、ソコエビは内在傾向が強く、ヨコエビは表在傾向が強いというのは、間違いでもなさそうです。
  ただ、これはあくまで語尾の形であって分類学的な区分ではなく、同じ科の中でも「~ヨコエビ属」「~ソコエビ属」 が混在していることも珍しくないので、生活様式を示すヒントくらいに思っておくのがよいかと。
 また、「ソコエビのほうが深海性の傾向が強い」という考えもあるようですが、 Hirondelleidae科のカイコウオオソコエビHirondellea gigasが水深10,000mを記録して深度を稼いでいる節もあり、何とも言えません。ただ、クチバシソコエビ科,ナミノリソコエビ科,マルソコエビ科,ツノヒゲソコエビ科などは潮下帯上部~潮間帯下部のかなり浅い砂地におり、ユンボソコエビ科は潮間帯の泥底に栄えているグループであるため、水深は重要ではないと思います。


 ヨコエビは何者か問題の結論は、「端脚目のうちGammaridea亜目の全てとSenticaudata亜目の一部を指す」となります。



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 つづいて、なぜヨコエビに手を出したのか問題について。


 ヨコエビがマイナー極まりない分類群であり、日本では普通種のリストアップすら十分に行われているとは言えない現状であることは、各種文献などで繰り返し述べられてきています。それにはいろいろな理由があり、例えば・・・

1.種が多い
 端脚目は軟甲綱の中でもトップ3に入る多様性を誇る。

2.生息域が幅広い
 海の底,地の底,山の上までいろいろな環境に進出しているため、それぞれの場所で調査をしないと標本があつまらない。

3.分類に使うパーツが見づらい
  付属肢を外して観察しないといけない。

4.1~3ゆえに知見が成熟しにくい
 研究をしようにも、これさえ読めば的なものがあまりなく、資料を集めるのが大変。


 ざっとこのような感じです。


 覚悟決めたから本気だから説明は今更いらないね、というスタンスでやってきましたが、私とヨコエビの出会いというか、経緯めいたものを示しておきます。


 私がヨコエビというものの存在を知ったのは小学校高学年の頃で、チャレ○ジの付録であったと記憶しています。それは夏休みの野外観察ガイドみたいな冊子で、ハマトビムシが載っていました。富津の浜でよく見る生き物であったためよく記憶に残っており、節足動物の一種として認識していました。

 その後、私は昆虫とたわむれることが多く、高校生になると標本の作製手技を身に付け、分類学の深淵に気づき始めました。同じころから海の生き物にも親しむようになり、大学では干潟をフィールドとする研究室に入りました。海にヨコエビがいろいろいると知ったのもこの頃ですが、同定が非常に厄介であることを察して、それ以上踏み込もうとは思いませんでした


 大学では環境学生態学を軸として学びました。そして卒業研究のテーマを決めるというときに、教授からは「できれば干潟で、みんなと一緒にできるのにして」と言われました。

 卒研の題材には実は私はほとんどこだわりがなく、何をやることになってもベストを尽くすだけという気持ちでしたが、大学に残るつもりはなかったので、何年もかかるような研究ができないのだけは確かでした。研究を1年で仕上げるにあたって予想されるリスクとして、
  ・スケールが大きすぎると1年で追いきれない
 ・期間や場所が絞られると僅かなしくじりによって研究が頓挫する
   などが考えられました。

 陸に上れば勝手知ったる昆虫の研究ができるので、こうしたリスクを嗅ぎ分けてテーマを設定するのは難しくないと思っていましたが、干潟となると話は別。というのも・・・

 ・干潟生物の季節変化や細かい生態特性が頭に入っていない
 ・種によっては生物史が未解明なものもいる
 ・リスク回避を万全にしようとすると、テーマを設定する前に泥沼にはまる
   といった、干潟の底生生物に対する私の知見不足が招く不安要素が多かったのです。

 また、微環境としては変化に富む干潟であっても、地図上では海岸線という二次元の広がりしかもたず、現存する場所も少ないことから、これまでの研究はかなり集中的に行われてきたものと思われました。よって、学部生ふぜいが取り組めるような感じの生態学的研究はだいたい誰かがやっていると思われました。

 その時、僕の脳裏に三番瀬の干潟の風景と、ある甲殻類学者の顔と、カタカナ四文字が浮かびました。

「ヨコエビとかどうでしょうかね。」

 教授は首を縦に振りました。即決でした。

 その取っつきにくさゆえ、東京湾の干潟においておよそヨコエビに関わる研究は何であっても手垢の無い真っ新な領域と思われました。そこで、研究室の中心となる生態学ではなく、基礎的な分類学に比重を置くことで、リスクを回避しようとしたわけです。これまでと違う手法でもって既存の分類を整理するような研究ではなく、そもそもの形態的分類に取り組むこと,つまり同定しまくるだけの作業に新規性を主張しうる分類群は、干潟の底生生物においてそうはないと思ったのです。


 平たく言ってしまえば私がヨコエビを始めたのは、卒研をまとめる時にデータや時間の不足で悩みたくないという一心からのこういった打算が働いたのが最初なのですが、思い返せば、研究の新規性にこだわっていた部分が大きいのかもしれません。
 みんなが分かっていないことを解き明かして常識にしたい。そのような願望がこの判断の裏にあったのかもしれない、などと思っています。



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<参考文献>

- Barnard, J.L., G.S. Karaman 1991. The Families and Genera of Marine Gammaridean Amphipoa (Except Marine Gammaroids), Records of Australian Museum supplment 13, part 1,2, 866p.
- Bousfield, E.L. 1973. Shallow-Water Gammaridean Amphipoda of New England. Comstock Cornell University Press; Ithaca & London, 312 pp.
- 平山明 1995. 端脚類. In: 西村三郎(ed.)『原色検索日本海岸動物図鑑[II]』. 保育社, 東京.
- Ishimaru, S. 1994. A catalogue of gammaridean and ingolfiellidean Amphipoda recorded from the vicinity of Japan. Report of the Sado Marine Biological Station, Niigata University, 24: 29-86.
- 石丸信一 2001. ヨコエビの分類学の発展 -近年の動向-.海洋 / 号外26:15-20.
- 菊池泰二 1986.第一編 ヨコエビ類の分類検索,及び生態, 生活史に関する研究. In: ヨコエビ類の生物生産に関する基礎研究. 昭和60年度農林水作業特別試験研究費補助金による研究報告書. pp.9-24.
- Lowry, J.K., A.A.Myers 2013. A Phylogeny and Classification of the Senticaudata subord. nov. (Crustacea: Amphipoda). Zootaxa, 3610(1): 1-80.




1 件のコメント:

  1. 小川様

    いつも楽しく拝見させていただいております。
    私の場合は、地下性生物という切り口からヨコエビ界へ迷い込んだため、ある程度は種が絞り込まれていました。それでも種が不明瞭かつ採取(できる)場所の限定性など課題は盛りだくさんです。本来ならば日本全体を研究対象にしたいところですが、やはり限られた時間というものが同じくネックとなっております。
    今後も小川様のブログ楽しみにさせていただきます。

    末永

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