2016年4月14日木曜日

三番瀬ベントス調査(4月度活動報告)

                                                             
 お陰さまで端脚ライフをエンジョイしております。

 4月10日、絶好の干潟日和に三番瀬のベントス調査を行いました。


 3月の干潟では見られなかったコメツキガニや、タマシキゴカイの卵嚢と思われる物体を発見しました。そして何よりアナアオサの量。波打ち際にはところどころ緑の帯ができ、重なりあったアオサを掘り返すと、ハマベバエ科Coelopidaeが沢山飛び立つような状態でした。

ハマベバエ科の一種。海藻に集まる習性がある。


 漂着していたオゴノリの下にはヒメハマトビムシ属の一種Platorchestia pacifica(※1)がおります。まあまあのサイズ。アオサの下よりオゴノリの下の方が好きみたい。隙間が多いのか…?

 アナアオサ、スギノリ目?、オゴノリ、カキ殼、軍手など裏側にはほぼ決まってシミズメリタヨコエビMelita shimizuiやユビナガホンヤドカリと思われる異尾下目の子供。たまにモズミヨコエビAmpithoe validaもいました。

 3年前の春、初めて(記憶では)三番瀬でニッポンモバヨコエビA. lacertosaを捕獲したばかりか、なぜかモズミヨコエビがいないという現象に出くわしましたが、その後はやはりモズミヨコエビばかりです。

シミズメリタヨコエビM. shimizui
モズミヨコエビA. valida(♂)

 きれいな蛍光グリーンのモズミヨコエビ、体色には変化が多く種の判別の決め手にはなりません。

こちら3年前に採れたニッポンモバヨコエビA. lacertosa(♂)です。この個体は色が違いますが、そこに目を奪われてはいけません。

 オスに限って言えば、発達した第二咬脚2nd Gnathopod前節propodusの掌縁palmが垂直になり、真ん中にM字の角ばった出っ張りがあるのがモズミヨコエビで、掌縁が斜めになり、いびつな三角の出っ張りがあるのがニッポンモバヨコエビになります(Conlan and Bousfield 1982)。オスの第二咬脚前節はどちらの種でも長方形に発達しますが、モズミヨコエビのほうが厚みがある気がします。下の画像をご確認ください(ニッポンモバヨコエビの写真は左右反転したもの)。この第二咬脚がなぜここまで発達しているのかよく分かりませんが、メスを取り合う雄間闘争において使用されるといわれております。他の種のオスでは、発達した咬脚で素早いパンチを繰り出す様子を観察したことがあります。
 メスの場合は5~8箇所くらいのポイントを見れば、近縁属を含めて既知の種とはほぼ確実に区別できますが、いい写真がないのと、労力のわりにニーズがなさそうなので、今回は割愛します。
 
Distinguish Ampithoe valida from A. lacertosa (male gnathopod 2)




 さて、生物の生息基質として重要なアナアオサですが、簡単に千切れて漂着したと思えばすぐに溶け始め、急激な水質悪化を招きます。また、干潟面の沖側には沖のカキ礁が波で削られてできたと思われる大小のカキのかけらが散らばっており、これらも死貝となれば相当な危険物です。
  海藻や底生動物の死骸が有機物を放出すると分解に必要な酸素が足りなくなり、干潟は還元化し、黒く硫黄臭のする層が形成されます。 採泥器を使った調査で市川の塩浜あたりの深い潮下帯から底質を採取するとその最たる状態のものが得られます。要するに、酸素がなく有機物が多い状態がずっと続き、ヘドロ化するのです。

 今回の調査で砂を掘った印象では、粒径は陸に近いほど大きい一方、カキの漂着物が多い汀線付近は粒径がかなり細かく、泥っぽい状態でした。しかし、色や匂いにおかしい様子はなく、還元化は進んでいないと思われます。
 ベントスの分布としては、陸地側も汀線側も全体的に砂地上にツツオオフェリアが多く、小さなアサリも散見され、偏りはあまりありませんでした。ミズヒキゴカイイトゴカイスピオなどの還元的な環境で優占する傾向のある多毛類は、どちらかというと汀線側で目立っている印象ですが、陸側で全く採れないというわけでもなく、極端な分布とは思われませんでした。逆に、サラサラした砂干潟を好み、還元的な環境では全くいなくなってしまうこともあるアラムシロは全体的に分布しておりました。ということで、今のところは底質の腐敗など目に見えた要因のない、健全な砂泥底の干潟環境といえます。

  この状態でアナアオサやマガキが溶けて有機物を大量に放出するようなことになれば、還元化が進み、またベントス相は変わってきそうです。

アカクラゲさん。
普段より多くみられました。


 


-----


※1 ”ヒメハマトビムシ”問題
 従来、日本全国の海岸には”ヒメハマトビムシ”という種が広域分布していると考えられており、その学名はPlatorchestia platensisとされていました(平山, 1995)。しかし、アジアの種はP. platensisではないという研究結果が発表され(Miyamoto & Morino, 2004)、ヒメハマトビムシには学名が対応しなくなくなりました。その後、提言がなされて、ヒメハマトビムシの学名はP. joiとなりました(森野・向井, 2016)。
 現状の問題は、これまで”ヒメハマトビムシ”と呼ばれていたものがどうやら単一種ではなく、全てP. joiとは限らないということです。例えば東京湾の”ヒメハマトビムシ”に対応する学名は、今のところP. pasificaです(笹子, 私信)。ということで、三番瀬の”ヒメハマトビムシ”は真のヒメハマトビムシではなく、和名がありません。今後の調査でP. joiが見つかった場合は、真のヒメハマトビムシと言えるのですが・・・


-----


<参考文献>


- Conlan,K.E. and E.L.Bousfield 1982. The amphipod superfamily Corophiidea in the northeastern Pacific region, Family Ampithoidae: systematics and distributional ecology. Publications in Biological Oceanography, National Museums of Canada, 10:41-75,17figs.

- 平山明 1995. 端脚類, In; 西村三郎『原色検索日本海岸動物図鑑[II]』, 大阪. 保育社.

- Miyamoto, H. and H. Morino 2004. Taxonomic studies on the Talitridae (Crustacea, Amphipoda) from Taiwan. II. The genus Platorchestia. Publications of The Seto Marine BiologicalLaboratory, 40(1-2): 67-96.

- 森野浩・向井宏 2016. 砂浜フィールド図鑑(1)日本のハマトビムシ類. 海の生き物を守る会, 京都市.
 

2016年3月6日日曜日

2016年のヨコエビルーキーたちへ(ヨコエビ文献リスト第二弾)


 芽生えの季節、皆さまいかがお過ごしでしょうか。


 昨年の4月、「学部新四年生の皆様へ」と題してヨコエビの研究を始めるにあたって役に立つ文献を列挙させていただきました。


 ここ1年、いろいろと新しい情報が集まったりしたので、今年もビギナーにぴったりの資料をご紹介したいと思います。


 ちなみに前回紹介したのは次の通り。

・富川&森野(2009)
・小川(2011)
・石丸(1985)
・Chapman(2007)
・平山(1995) In;西村
・Barnard & Karaman(1991)

 詳しくは去年のブログをご覧ください☆



生物研究入門者向け

 学部4年生または研究室に出入りし始めたばかりの3年生は、まず論文を読み書きするための素養がない場合があることが分かりました。思い起こせば偉そうにこんなこと言ってる私も、卒研を始める頃は論文の集め方はもとより論文というものそのものをよく理解していなかったのです。だからラボで色々学んでいく必要があるのですが、初歩の初歩から勉強したい方にはまずこの書籍を紹介します。

・濱尾章二, (2010) 『フィールドの観察から論文を書く方法』. 株式会社文一総合出版, 東京. ISBN978-4-8299-1177-8.
  生態学や行動学をベースとして、ビギナーが論文を書くにあたって知っておくべきこと、気を付けることなど、盛りだくさんな内容を、平易な言葉で、イラストを交え、約200pというコンパクトなボリュームでまとめた、奇跡的な本です。もちろん分類の論文を扱うような場合でも一読すべきと思います。ゼミでもこれを紹介して共同購入するよう皆にオヌヌメしました。そういえば。



ヨコエビ事情を俯瞰する

・ Lowry, J.K. and A.A. Myers (2013) A Phylogeny and Classification of the Senticaudata subord. nov. (Crustacea:Amphipoda). Zootaxa, 3610 (1): 1-80.
 ヨコエビ界隈では大事件なのですが、 従来、ヨコエビ亜目Gammarideaとして理解されていたヨコエビのうち主要な幾つかのメンバーが、2013年に新設されたSenticaudata亜目に移動されたのです。その論文がタダで読めます。
 去年のブログ上でそれぞれの亜目の科リスト(SenticaudataGammaridea)を作成したので、暇なときにでも確認してください。



最新の情報を見る

World Amphipod Database(WAD)
 ヨコエビの研究は日々新しい知見が集積されてくるため、最新の情報を集めるのは至難の業です。ということで、これを使います。WADには最新の系統樹が掲載されており、既知の端脚類のほぼ全種の最新の所属およびシノニムまでチェックできます。しかもタダ
 そしてAmphipod Newsletterは年一回の発行で、その一年の間に記載された種を手っ取り早く把握することができるネ申ニュースレターです。しかもタダ
 ただし、これを引用適なソースとみなすかどうかについては意見が分かれると思います。最低限の留意として、引用日時を明記したり、魚拓をとっておいたりすべきでしょう。内容の真偽云々ではなく、すぐ更新されてしまう性質のものということで。
  また、当データベースのacceptedが、そのタクサにおける共通認識を権威付けるものとは考えない方がよいです。論文を書く場合はあくまでそのacceptされた見解が記された文献をチェックし、自分で判断すべきかと。



グループごと

富川光 ・ 森野浩 (2012) 日本産淡水ヨコエビ類の分類と見分け方, タクサ, 32: 39-51.
 2012年までに記載された日本の淡水産ヨコエビ全種の解説と検索表が掲載されているネ申論文です。淡水のヨコエビをやる人はもうこれさえあれば何というかいろいろ大丈夫ですよね(当ブログ筆者が海産しかやってないため紹介がいろいろ雑)。


Arimoto, I. (1976) Taxonomic studies of Caprellids (Crustacea, Amphipoda, Caprellidae) found in The Japanese and adjacent waters. Special publications from the Seto Marine Biological Laboratory, 3: iii-229.
 日本近海のワレカラの決定版です。ワレカラはヨコエビと区別されつつも近縁な甲殻類として長く親しまれてきましたが、前述のLowry & Myers (2013)によって晴れて(?) Senticaudataの一員となり、Gammarideaと併せた広義のヨコエビ類に内包されるかたちとなり、要するに今やヨコエビの一種なわけです。Arimoto(1976)は少し古いですが、このようなレビューが行われているのは本当にすごい。しかもタダで読める。これでもう何かいろいろ心強いですね(やはり紹介が雑)。

・Takeuchi, I. (1999) Checklist and bibliography of the Caprellidea (Crustacea : Amphipoda) from Japanese waters. Otsuchi marine science, 24(3): 5-17.
 Arimoto(1976)ほど細かい記述はありませんが、より新しい知見に基づいたシノニムリストを惜しげもなく全部乗せているのがTakeuchi(1999)です。この論文には分類学だけでなく生態学等の文献リストもついていて、ワレカラ研究のバイブル的な存在と言えるでしょう。しかもタダ

・森野浩 (1999) ヨコエビ目. In; 青木淳一(編) 『日本産土壌動物-分類のための図解検索』 1069-1089. 東海大学出版会, 東京. ISBN-10: 448601443X
・森野浩 (2015) ヨコエビ目. In; 青木淳一(編) 『日本産土壌動物 第二版-分類のための図解検索』 1069-1089. 東海大学出版会, 東京. ISBN978-4-486-01945-9
 1991年刊の『日本産土壌動物検索図説』を大幅に増補改訂した本書は、日本の陸生ヨコエビ(ハマトビムシ,オカトビムシなど)が網羅的に紹介されており、ヨコエビを扱うページ数も4p増えました。思いっきり図説に力が入れられており、検索時にはかなり重宝するものです。チェックしてみるとたぶんいろいろと完璧です(相変わらず紹介が雑)。


----


 さて、ここからはおまけです。

 ルーキーの皆さんが研究をはじめるにあたり、ヨコエビに限らず文献を探すのに、文献リストが手元にあってもどれがタイトルなのか分からない、といったこともあるそうなので、文献情報のルールについて軽く紹介させて頂きます。

 

・論文の文献情報


 まずこちらをご覧ください。

-Barnard, J.L. and C.L. Ingram (1986) The Supergiant Amphipod Alicella gigantea Chevreux from the North Pacific Gyre.  Journal of Crustacean Biology, 6(4): pp.825-839.

ダイダラボッチが再発見されたときの論文です。
この一連の文献情報に含まれるものを抜き出してみます。

筆頭著者: J. L. Barnard
共著者: C.L. Ingram
出版年: 1986年
題名:  The Supergiant Amphipod Alicella gigantea Chevreux from the North Pacific Gyre
雑誌名:  Journal of Crustacean Biology
巻(Volume):  6
号(Issue number):  4
掲載ページ: 825~839ページ



 ギリシャ数字がある場合は、本文以外に何かがあるということです。これを見落とすと、コピーは届いたが本文だけで図表がない、なんてことになりますので要注意です。
-Sars, G.O.(1895) Amphipoda. An account of the Crustacea of Norway with short descriptions and figures of all the species, 1: viii + 711p.


 他には、出版年を括弧でくくらなかったり、出版月を入れたり、雑誌名の後や掲載ページの後に記述したりすることもあります。著者のイニシャルのピリオドを省いたり、雑誌名や巻数の書式を変えなかったり、学名をアンダーラインで表記したり・・・いろいろあります

 たとえばAPAスタイルに忠実にやるとこんな感じ。
-Kamihira, Y. (1979). Ecological studies of macrofauna on a sandy beach of Hakodate, Japan. II. On the distribution of paracarids and the factors influencing their distribution. Bulletin of Fisheries Sciences, Hokkaido University, 30(2), 133-143.  


 こちらはAMAスタイル。
-Chapman JW, Dorman JA Diagnosis, systematics, and notes on Grandidierella japonica (Amphipoda: Gammaridea) and its introduction to the pacific coast of the United States. Bulletin of the Southern California Academy of Science. 1975; 74(3): 104-108.


 雑誌名などは略称で表記されることが多く、ルール化されているのでググれば出ると思いますが、慣れないと戸惑うかもしれません。例をいくつかあげます。
Bull. = Bulletin
Suppl. = Supplment
Biol. =  Biology
Ecol. = Ecology
Zool. = Zoology
Nat. = NationalNatural
Natl. = National


 文献情報の表記は学域ひいては出版物ごとにルールがあると考えていただいたほうがよいかもしれませんが、基本はある程度共通しています。そして学術雑誌の形式はいわば基本形で、他にも書籍,報告書など、様々な文献から引用する際には、それぞれのバリエーションとなります。


・書籍の文献情報


 例えば、単行本を引用したものはこんな感じです。
-イヴレフ, B.C. (訳:児玉康雄,吉原友吉) (1985) 『魚類の栄養生態学-魚の採餌についての実験生態学-』, 新科学文献刊行会, 米子.


 本として出版されている媒体から一部を引用する場合はこんな感じです。
-駒井智幸 (2003)  甲殻類. In; 松浦啓一(編)『国立科学博物館叢書③標本学 自然史標本の収集と管理』 : 39-47. 東海大学出版会, 東京.
 
 書籍名は『』で囲うことが多く、部分的な引用であればページを記載します。ちなみに、ジャーナルに掲載された論文と書籍に掲載された論文(章など)では複写のルールが異なり、後者は単一のものとみなされて、図書館等では1度に全体の二分の一を越えるボリュームの複写ができないとのこと。図書館を利用する際にはまずは司書さんに相談ということですね…


 さて、いろいろと思い付くままに書き連ねてしまいましたが、お役に立てましたでしょうか…

 ご意見ご感想などありましたら、フォームまでよろしくお願いします。





-----

(補遺)

・ワレカラの文献にTakeuchi(1999)を追加しました。(6 Mar. 2016)

・コメント欄にてFlota様にご指摘をいただいた箇所を修正しました。(6 Mar. 2016)

・CiNiiのPDF無料公開サービスの終了に伴い、富川・森野(2012)のリンクを削除。(5 Mar. 2017)

・J-stageへの移管に伴い、富川・森野(2012)のリンクを復活。(19 Oct. 2018)

2016年2月13日土曜日

ROAD TO DESCRIPTION (第一弾)


 学位ナシ,肩書ナシ,金ナシの一般人が、執念だけを武器に新種記載を目指すこの企画(?)。まず、ヨコエビの記載に必要なものを挙げていきます。


1.標本


  欠損なく状態のいいもの。
 記載は1個体で行うが、普通は複数個体をparatypeとして指定する。

2.引用文献


  対象のタクサにおける先行研究。
 属・科の設立や処遇の変更に関わった論文については、孫引きせず原典をあたるべきと思っているが果たしてどうか。

3.記載文

  導入と特徴の記述を英語で。
 英語じゃないと世界の研究者の活動に寄与できない。

4.図


  全体図と付属肢の拡大図。あとできれば写真。
 図は殻の厚みを表現しない外側だけの線画です。

5.投稿先ジャーナル


  査読のある学術誌で世界の人に読んでもらえるもの。
 その国の言葉で刊行されているモノグラフみたいな本で記載とかしてはいけません。



 そもそもなんで記載を目指すことになったのかといえば、ヨコエビのイラストを描こうと思って、学生時代に採取した写真を漫然と眺めつつ、それと同種と思っていた既知種のスケッチを見ていた時、両者が同一種などではないということに、気づいてしまったのです。
 このヨコエビについてろくな報告書は読んだ記憶がありませんし、写真つきで紹介しているソースは東京湾生態系研究センターのHPか『東京湾のヨコエビガイドブック』くらいで、そのいずれにおいても同定は既知種の学名となっており、今のところ気付いている研究者はいない様子。
 私がやらなきゃ、永遠に放置される。
 このまま誰にも知られずに粉々になる前に何とかしなければ、そう思って、まあ分類群としても科から5属8種が知られるのみだったはずだし、いけるんじゃないかと思って着手したわけです。


-進捗報告-


  ヨコエビの記載をすると決意してまず我が師に相談しました。
 ただ、私が学生なら例えば教授には面倒をみる義務があったりしますが、私の面倒をみる義務のある人などどこにもいないわけで、そこは探り探りにならざるを得ません。

 好意に甘えるという形でひとまず設備を借りて標本の観察と解剖。プレパラートの作成まで行いましたが、♂♀を1個体ずつ処理したところで時間切れ。朝9時から18時ごろまで頑張りましたが、昔の勘を取り戻したようなところで終わりました。

 初めての記載論文で、研究を進めるにあたって指導してくれる人はどうしても必要です。
 しかし、その人の研究はその人の責任において行われるもので、論文の著者名というのはそういうものですよね。
 ここは分からないところを極限まで突き詰めてから確実に理解できるところまで専門家に教えを乞い、それを基に自分で間違いないというところまでしっかりと論文を仕上げて、また専門家に見せてボコボコにされつつ、レフェリーに全てを委ねるという流れが必要なのかなと思います。

 我が師も実はヨコエビの研究者ではなく、もう少し(いやだいぶ)大きい十脚類の記載を主に行っています。ということで、設備やノウハウが少し違うので、やはり専門家にみてもらわないとだろうとのことでした。



<標本>

私が学生時代に集めた1000個体ほどが手元にありますので問題なし。でも、新たに採りに行きたさはあります。当時は記載に使うなど夢にも思っていないので、固定がしっかりされていない標本があったりして怖いです。
 ヨコエビは交接する習性があるので、♂♀の成熟個体を容易に他と識別した上で採取できます。
解剖およびその後の観察を容易にするため、できるだけ大きな個体が交接しているところを採取したいです。
 ただ、大きいということはそれだけ長生きしているということで、欠損がある可能性もあります。このへんがたぶん難しいのです。 

 結論: 干潟行きたい



 <文献>

入手困難文献が必要なことが分かり慌てましたが、コネによって必要なものを集めることができました。本当にありがとうございました。

 国立国会図書館の活用方法について、続報があります。
 1月には強襲作戦によって国立国会図書館に進入し、文献を漁りました。(国立国会図書館は分類ヲタクの救世主たるか?

 ただ、欲しい文献があるからといっていちいち永田町まで出張るのも現実的ではないので、ネットで依頼する方法にチャレンジしました。
  今回チャレンジしたのは石丸(2001)という文献で、20世紀までの世界のヨコエビの分類学の状況をものすごいパワーでわずか5pに集約した濃厚な文献です。是非とも読みたい。

①まず、国立国会図書館のデータベース「NDLサーチ」で目当ての文献を探します。文献名でも著者名でもOK。
②複写依頼をします。国立国会図書館をフル活用するには、1月の投稿でも述べましたが、利用者カードを取得する必要があります。ネットから申し込む時にもこのカードに記されている番号と別途発行されるパスワードが必要です。
③待つ。今回は到着まで1週間かかりませんでした。ページ数が少ないのでポストに入れてくれました。受け取りに行く手間はなし。
④支払い。悪質な滞納にはペナルティが課せられるとのことですが、一日や二日遅れたところで催促の電話などはありません。非常に研究者気質向けです(?)

申込内容確認票,複写明細書,請求書,支払案内など、いろんな書類が付属していてビビりますが、
とにかく同封の電信用紙をコンビニに持って行って払えばOK。


 結論: 国立国会図書館は一度だけ行ってみるとして、あとは遠隔地からかなり活用できる。



 <記載文>

なにぶん英語が苦手なもので・・・とにかく先行研究を読み込んで、ロジックや表現を盗んだりしていく感じで進めています。

 結論: もっと勉強が必要。


<図>

まず自宅に顕微鏡がありません。
 そして図を作るには、顕微鏡だけじゃなくていろいろと他にも必要なものが・・・


 私は論文に載せるような線画を描いたことはないのですが、文献を整理するとこんな感じです。
 数字は、ネットで適当に調べたイニシャルコストです。顕微鏡と備品は高すぎてビビって安めに算出しているので、本当に最低限の価格です。

 
 Coleman(2003,2005)は簡単に完璧な線画が書けるという謳い文句で、アドビのイラストレーターを使った作図方法を提唱しましたが、彼の手掛けた論文の線画はあまりクオリティの高いものには見えないという些か気になる現象が確認されています。
 ここは富川・森野(2009)のスタンダードな方法に則り、しっかり描きたいということで、工程数が多く未経験なためいろいろ未知数ではあるものの、描画装置を用いた方法を採りたいと思います。

 ヨコエビの研究では、実体顕微鏡を用いた全身の観察はもちろん、解剖の後にプレパラートを作成し、生物顕微鏡で観察する過程が含まれます。実体だけでなんとか同定できたとしても、記載するには付属肢の正確なスケッチが必要で、これは生物顕微鏡の領域になります。 
 つまり必要な顕微鏡は2種類。そして原則的に照明や描画装置もそれぞれに1つずつ。国産のお手軽なモデルであっても新品の相場は25~35万程度で、これに15万の描画装置を付けて照明までとなると、2台で100万円程度。安月給の身には冷や汗の出る金額です。 

 ということで、少しでも安く済ませたい気持ちから中古品をアテにしていましたが、どのみち安い買い物ではないため失敗したくないので、悩ましい問題でした。

 これまでの人生で顕微鏡を買ったことがなかったのでどうしたものかと考えあぐねておりましたが、我が師に専門店を教えてもらいました。


   本郷三丁目駅でお馴染み東京大学の前にある浜野顕微鏡というお店です。
(2016年2月13日訪問)


 棚にはたくさんの顕微鏡が並び、窓口の脇には価格表やパンフレットが置いてありますが、人影なし。入り口のインターフォンを鳴らして声をかけると、ややしばしして店主が出てきました。

 まず、確認されたのは次の内容
・対象の生物
・必要な顕微鏡のタイプ
・これまでの顕微鏡使用歴

 どうやらライカの視野を経験してしまうと他で満足できないカラダになるらしいのです。私が研究室で使ってたのはライカの、恐らく100万以上するやつ… やばい…

 どういう観察スタイルになるのか実物を見たいということで、偶然持っていたヨコエビのサンプルを実際に検鏡してみることに…(なぜ持っていたのか)


 やっぱライカだな~



 でもって、顕微鏡を買う(選ぶ)ときに持っていった方がいいものは、
・観察対象(標本、プレパラートなど)
・観察の成果物(線画、写真など)


 小さなシャーレやピンセットは浜野さんが貸してくれます!

 今回はたまたまヨコエビを持ち歩いていたからよかったものの、次回からはプレパラートなども持っていこうと思いました。


 浜野店主が強調していたのは、実際に使ってみて決めること。品質にピンキリある中古はもちろんのこと、新品であってもメーカーによって見えかたが違ったり、微妙な特徴があるため、買ってからコレジャナイみたいなことになりうるとのこと。
 顕微鏡を選ぶにあたって、これまで顕微鏡を買っていった人の話などを聞かせていただきましたが、それが錚々たる顔ぶれで、私のよく知っている方も多くびっくりしました。日本中どこに住んでいても一度でも店に来て実物を見てもらうようにしているという浜野さんの営業スタイルが、研究者の支持を集めている理由の一つなのかなと思いました。

 浜野顕微鏡はオリンパス,ニコン,ライカ,カールツァイスの顕微鏡を専門に扱っていて、新品はもちろん中古の相談に応じてくれます。もちろん日本各地に同業がいて、そこの兼ね合いもあるみたいですが、店頭にない品でも入荷の見込みであったり算段であったり、相談に乗ってくれるので、素人が自分で探したりするより絶対に良いです。
 今回は近日入荷見込みの品に良さげなものがあるとのことで、入ったら連絡をもらえるようお願いしました。
 ネットでは営業時間は平日と土曜日だけで、日曜祝日は休みとなっている記事がありましたが、浜野店主に確認したところ日曜でも営業しているとのこと。ネットには疎いということで、公式HPもないです(^^;)  メールはありますが、アドレスを打ち込むのが苦手とのことなので、まずはこちらからメールを送るのがおすすめです。


 結論: 顕微鏡を買うなら浜野顕微鏡。関東民なら迷わず赤門前へ。



<ジャーナル>

ここ数年で日本人が海産ヨコエビの新種を記載したジャーナルをピックアップしました。今はその投稿規約を読んでいます。
 海外のジャーナルはリテイクが外国語だったりして、到底意思疎通できる自信がないので、とにかく国内の学術誌を考えています(弱気)
 
 結論: コミュ力上げたい




 久々にヨコエビの観察を試みていた私の様子を眺めていた我が師によると、この調子では2年はかかるだろうとのこと。いや、厳しい。




<参考文献>
-Coleman, C.O., 2003. “Digital inking”: how to make perfect line drawings on computers. Organisms Diversity & Evolution, 3(4) :303-304.
-Coleman, C.O., 2005. Speeding up scientific illustrations. A method to avoid time consuming pencil drawingsparticularly in arthropods. NDLTD Union Catalog. http://edoc.hu-berlin.de/oa/reports/reR0F1Pmv6ctQ/PDF/22QyOiOE4cPA.pdf  

-石丸信一, 2001. ヨコエビの分類学の発展-近年の動向. 海洋, 号外 (26): 15-20.
-富川光,森野浩, 2009. ヨコエビ類の描画方法. 広島大学大学院教育学研究科紀要, 17:179-183. http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/00028592


2016年1月9日土曜日

国立国会図書館は分類ヲタクの救世主たるか?(1月度活動報告)

 あけましておめでとうございます。今年もLet 's 端脚ライフの精神で頑張りたいと思います。よろしくお願いします。

 私はヨコエビとは繋がりのない会社でヨコエビとは無縁の仕事をするサラリーマンでして、研究機関や教育機関の類には属していません。そのため学術的な活動には様々な限界が存在するのですが、今回はその一つ、「文献の限界」に挑戦します。


 訪れたのはここ。



 天下の国立国会図書館です。


 国立国会図書館(東京本館)は東京は永田町、国会議事堂のすぐ近くに位置しています。最寄駅は東京メトロ「国会議事堂前」および「永田町」です。
 日曜祝日は休館ですが、土曜はやっていて、朝の9時半から開いてます。基本的に誰でも利用できますが、入館にはカードが必要です。アドホックなものを貸してもらう方法と、登録をして3年有効の利用者カードをもらう方法がありますが、今回は今後の展開を考えて、登録利用者カードを発行してもらうことにしました。


 左側の大きな建物が本館、右側の低い建物が新館です。新館は9時から開いていて、カードを発行してもらえるのはこちらです。
 事前に調べたのは、アクセス,開館時間,複写サービスはあるか,持ち物に決まりはあるか、という点のみ。国立国会図書館の実力やいかばかりか、いざ現場検証です。

 朝イチで新館に突入。必要事項を所定用紙に記入して、本人確認書類を見せるだけ。ほぼ待ちなしでカードをもらえました。


 利用者カードは今回のように直接足を運べば即日発行が可能で、来れない場合は郵送で対応してくれるとのこと。3年で期限が切れますが、期間内にwebで更新すればそのまま使えるとのことです。


 国会図書館の入口には無料ロッカー(100円戻ってくるやつ)があり、持ち込み制限がかかるものについてはそこに預けます。
 B5以上の不透明なバッグは既に持ち込み制限品なので、A4の透明な書類ケースを持参しました。そういったものがなくても、小物を入れるための透明なビニール袋を入口でもらえます。
 
 入館用のカードにはICチップが内蔵されており、ゲートにタッチして入館します。
 館内の撮影行為は禁止です。飲食や携帯端末での通話が可能な場所は限られています。


 ちなみに、今回チャレンジした文献は次のとおり。


Derzhavin,1930
 ソ連のデルジャヴィンが1930年にAllorchestesの1種として現在のDogielinotus moskvitiniを記載した論文です。その他の沿岸性軟甲亜綱についても記述されており、この界隈では重要な文献です(たぶん)。

Gurjanova,1953
 ソ連のヨコエビ研究における超巨人グリャノバが著した論文で、これによってDogielinotidaeナミノリソコエビ科が設立されました。

上平,1992
 Kamihira,1977にて函館の海岸でHaustorioides japonicusナミノリソコエビを記載した上平先生の博士論文です。本種は島根や宮城にも生息しているといわれてますが、そのソースはこの文献なのです。



 国会図書館の中に、たくさんのPCが並ぶ一角があります。ここで書籍の検索、閲覧依頼ができるほか、電子化されているものの閲覧や出力依頼が可能です。もちろん国会図書館には普通の図書館のように開架式のコーナーもありますが、論文などは端末で探したほうがよいでしょう。早速、著者名や雑誌名を叩き込んでみます。
 この検索システムはwebでも利用できます

 検索してみましたが、Derzhavin.1930とGurjanova,1953は見つかりません。
 自宅で調べたときにもNDL-OPACではヒットしなかった記憶があるので、この方法ではみつからないのかもしれません。
  
 上平先生のD論はといえばバッチリ。自宅でも収蔵は確認済でした。自宅からでは本文の閲覧はできませんでしたが、国会図書館の端末からは見ることができます。

 さっそくプリントアウトをかけようとするとエラー。150ページ近くの大著なため、一度に依頼できる上限を超えてしまったみたいです。とりあえずイントロと分類に関わる部分のみ指定して依頼。

 プリントアウトは窓口での受け取りとなりますが、それは10時からのスタート。
 まだ時間があるので上平先生の他の文献がないかと調べてみたところ、函館大学の論究に垂涎ものの論文が大量に投稿されていることが分かり、この中からすぐに必要な箇所を選んで複写することにしました。
 大学のBulletinや学位論文は外からはなかなかアクセスできないもの。外からというか、改修前の九大図書館を襲撃(?)した時は、D論の棚は鍵がかかっていて一般利用者は閲覧できないような感じだった記憶があります。平山さんのD論を読みたかったのに・・・ 国会図書館はかなりの博士論文を収集しており、今回の調べものにはうってつけの場所だったようです。
 
 さて、そうこうしているうちに10時をまわりました。窓口が開く時間です。ここで役立つのが実はこのPC。カードのICチップ情報+パスワードを使ってログインする仕組みですが、書籍の検索や依頼の送信だけでなく、進捗をチェックできる優れもの。画面で確認すると、閲覧依頼の論究3題2冊も、プリントアウト依頼のD論も、どちらも用意できたとのこと。仕事早い!

 雑誌の受け取り窓口は新館2階にあります。窓口でカードを読み取ってもらい、論究を受け取って、1階に下りて複写依頼をかけます。すべてカードに紐づけされているのでとてもスムーズ。


 
別々の利用案内に同じような内容が書いてある・・・ 
これが二重行政というやつか・・・(違)
 
 
  複写依頼の窓口に行く前に、さきほどのPCのシステムから、複写依頼用の書式を出力する必要があります。複写依頼の準備ができた状態でログインしていれば、その書式を参照できるようになります。
 プリントアウトのタスクを送信してから、カードをプリンターにかざして印刷します。本当に全部利用者カード一枚で行われます。
 印刷した書式に、複写の範囲等を記入し、書籍にも栞を挟み、窓口に持っていきます。

  複写してもらうのに10分くらいかかるということで、その間にプリントアウトの受け取りをします。プリントアウトの際に注意が必要なのは、カードを一時的に没収されて、番号札を渡されるということ。プリントアウトが終わるまでは他のことはできません。
  

 複写は、モノクロA4@\24-でした。写真や図表があるものについては、濃度の調整の注文をすることができます。

 プリントアウトは、モノクロA4@\14-カラーA4@\46-でした。

 
 さて、上平先生の文献が一通り手に入ったので、本日のメインイベント、地獄のロシア語文献狩りに参戦したいと思います。

 インフォメーション窓口に文献のリストを渡して、探してもらいます。

「この文献であれば蔵書がありますが・・・」
「これは確かにTrudy Zoologicheskigi Instituta Akademii Nauk SSSRですが、出版が1953年じゃないし巻号も違いますよね(´・ω・`)」
「同じ巻号のものは・・・ないですね(´・ω・`)」
「ですよね(´・ω・`)」
「こちらの国内の大学などにはあるみたいですが・・・(´・ω・`)」
「北大・・・(´・ω・`)」

「こちらの1930年の資料は国内の蔵書がヒットしませんが(;'∀')」
「マジすか」
「ここにはあるみたいですね」
「ロシア国立図書館・・・(´・ω・`)」
 

  おそロシア!!ロシア手強し!!見事に散華致しました!!




<今日のまとめ>

 国立国会図書館は・・・

1.卒論や紀要に強い

2.海外の論文は蔵書が無いこともある

3.所蔵の有無はウェブで確認する

4.あくまで資料を集積・公開する施設であって、取り寄せなどは行っていない



  ということで、先ほどの文献については、原典をあたらずに研究を進めるか、誰かに頼むか、別の方法を模索したいと思います。

 大学図書館も一般の利用を許可している場合が多いですが、所蔵していればまだしも、ロシアのめんどくさい論文を取り寄せてくれるかは不明です。
 また、国会図書館と異なりウェブサービスなどという気の利いたものはあるはずもないため、平日に休みをとって出向くのが現実的と思われます。

 通っていた大学の伝てをたどるか、最寄りの大学に突撃するか、というかたちになるかと思います。何かキッカケもちたいところですが・・・

 国立科学博物館は郵送やファックスでの複写対応をしてくれるみたいです。蔵書があれば、国会図書館の次に使いやすいのはこれかもしれません。あればですけど・・・



 (上記内容は、2016年1月9日現在のものです。)





<参考文献>

Derzhavin, A.N. 1930. The fresh water Malacostraca of the Russian Far East. [Russk.] Gidrobiologicheskii Zhurnal, 9(1-3): 1-8 [in Russian with English summary].

= Державин А.Н. 1930. Пресноводные Malacostraca Дальнего Востока СССР. Гидробиологический журнал, 9(1-3): 1-8.



Gurjanova, E.F. 1953. Novye dopolnenija k dal’nevostochnoi fauna morskik bokoplavov. Trudy Zoologicheskogo Instituta Akademii Nauk S.S.S.R., 13: 216-241, figs. 1-19 [in Russian].

= Гурьянова, Е.Ф. 1953. Новые дополнения к дальневосточной фауне морских бокоплавов. Труды Зоологического Института АН СССР, Т. 13. - С. 216-241.



Kamihira, Y. 1977. A new species of sand-burrowing marine amphipods from Hokkaido, Japan. Bulletin of the Faculty of Fisheries, Hokkaido University, 28(1): 1-5. pls.I-V.
上平幸好, 1992. 北海道南西部の砂質海岸に生息する端脚類 Haustorioides japonicus (Dogielinotidae) の生態学的研究. 函館大学論究特別号, 1: 72 + XXXIII Appendix.



----

(追記)

 有山啓之様よりDerzhavin, 1930を送っていただくことができました。誠にありがとうございました。