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4月10日、絶好の干潟日和に三番瀬のベントス調査を行いました。
3月の干潟では見られなかったコメツキガニや、タマシキゴカイの卵嚢と思われる物体を発見しました。そして何よりアナアオサの量。波打ち際にはところどころ緑の帯ができ、重なりあったアオサを掘り返すと、ハマベバエ科Coelopidaeが沢山飛び立つような状態でした。
ハマベバエ科の一種。海藻に集まる習性がある。 |
漂着していたオゴノリの下にはヒメハマトビムシ属の一種Platorchestia pacifica(※1)がおります。まあまあのサイズ。アオサの下よりオゴノリの下の方が好きみたい。隙間が多いのか…?
アナアオサ、スギノリ目?、オゴノリ、カキ殼、軍手など裏側にはほぼ決まってシミズメリタヨコエビMelita shimizuiやユビナガホンヤドカリと思われる異尾下目の子供。たまにモズミヨコエビAmpithoe validaもいました。
3年前の春、初めて(記憶では)三番瀬でニッポンモバヨコエビA. lacertosaを捕獲したばかりか、なぜかモズミヨコエビがいないという現象に出くわしましたが、その後はやはりモズミヨコエビばかりです。
シミズメリタヨコエビM. shimizui |
モズミヨコエビA. valida(♂) |
きれいな蛍光グリーンのモズミヨコエビ、体色には変化が多く種の判別の決め手にはなりません。
こちら3年前に採れたニッポンモバヨコエビA. lacertosa(♂)です。この個体は色が違いますが、そこに目を奪われてはいけません。
オスに限って言えば、発達した第二咬脚2nd Gnathopod前節propodusの掌縁palmが垂直になり、真ん中にM字の角ばった出っ張りがあるのがモズミヨコエビで、掌縁が斜めになり、いびつな三角の出っ張りがあるのがニッポンモバヨコエビになります(Conlan and Bousfield 1982)。オスの第二咬脚前節はどちらの種でも長方形に発達しますが、モズミヨコエビのほうが厚みがある気がします。下の画像をご確認ください(ニッポンモバヨコエビの写真は左右反転したもの)。この第二咬脚がなぜここまで発達しているのかよく分かりませんが、メスを取り合う雄間闘争において使用されるといわれております。他の種のオスでは、発達した咬脚で素早いパンチを繰り出す様子を観察したことがあります。
メスの場合は5~8箇所くらいのポイントを見れば、近縁属を含めて既知の種とはほぼ確実に区別できますが、いい写真がないのと、労力のわりにニーズがなさそうなので、今回は割愛します。
Distinguish Ampithoe valida from A. lacertosa (male gnathopod 2) | . |
さて、生物の生息基質として重要なアナアオサですが、簡単に千切れて漂着したと思えばすぐに溶け始め、急激な水質悪化を招きます。また、干潟面の沖側には沖のカキ礁が波で削られてできたと思われる大小のカキのかけらが散らばっており、これらも死貝となれば相当な危険物です。
海藻や底生動物の死骸が有機物を放出すると分解に必要な酸素が足りなくなり、干潟は還元化し、黒く硫黄臭のする層が形成されます。 採泥器を使った調査で市川の塩浜あたりの深い潮下帯から底質を採取するとその最たる状態のものが得られます。要するに、酸素がなく有機物が多い状態がずっと続き、ヘドロ化するのです。
今回の調査で砂を掘った印象では、粒径は陸に近いほど大きい一方、カキの漂着物が多い汀線付近は粒径がかなり細かく、泥っぽい状態でした。しかし、色や匂いにおかしい様子はなく、還元化は進んでいないと思われます。
ベントスの分布としては、陸地側も汀線側も全体的に砂地上にツツオオフェリアが多く、小さなアサリも散見され、偏りはあまりありませんでした。ミズヒキゴカイ,イトゴカイ,スピオなどの還元的な環境で優占する傾向のある多毛類は、どちらかというと汀線側で目立っている印象ですが、陸側で全く採れないというわけでもなく、極端な分布とは思われませんでした。逆に、サラサラした砂干潟を好み、還元的な環境では全くいなくなってしまうこともあるアラムシロは全体的に分布しておりました。ということで、今のところは底質の腐敗など目に見えた要因のない、健全な砂泥底の干潟環境といえます。
この状態でアナアオサやマガキが溶けて有機物を大量に放出するようなことになれば、還元化が進み、またベントス相は変わってきそうです。
この状態でアナアオサやマガキが溶けて有機物を大量に放出するようなことになれば、還元化が進み、またベントス相は変わってきそうです。
※1 ”ヒメハマトビムシ”問題
従来、日本全国の海岸には”ヒメハマトビムシ”という種が広域分布していると考えられており、その学名はPlatorchestia platensisとされていました(平山, 1995)。しかし、アジアの種はP. platensisではないという研究結果が発表され(Miyamoto & Morino, 2004)、ヒメハマトビムシには学名が対応しなくなくなりました。その後、提言がなされて、ヒメハマトビムシの学名はP. joiとなりました(森野・向井, 2016)。
現状の問題は、これまで”ヒメハマトビムシ”と呼ばれていたものがどうやら単一種ではなく、全てP. joiとは限らないということです。例えば東京湾の”ヒメハマトビムシ”に対応する学名は、今のところP. pasificaです(笹子, 私信)。ということで、三番瀬の”ヒメハマトビムシ”は真のヒメハマトビムシではなく、和名がありません。今後の調査でP. joiが見つかった場合は、真のヒメハマトビムシと言えるのですが・・・
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<参考文献>
- Conlan,K.E. and E.L.Bousfield 1982. The amphipod superfamily Corophiidea in the northeastern Pacific region, Family Ampithoidae: systematics and distributional ecology. Publications in Biological Oceanography, National Museums of Canada, 10:41-75,17figs.
- 平山明 1995. 端脚類, In; 西村三郎『原色検索日本海岸動物図鑑[II]』, 大阪. 保育社.
- Miyamoto, H. and H. Morino 2004. Taxonomic studies on the Talitridae (Crustacea, Amphipoda) from Taiwan. II. The genus Platorchestia. Publications of The Seto Marine BiologicalLaboratory, 40(1-2): 67-96.
- 森野浩・向井宏 2016. 砂浜フィールド図鑑(1)日本のハマトビムシ類. 海の生き物を守る会, 京都市.
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