2019年9月3日火曜日

山口さんち(8,9月度活動報告)


 この夏はウシロマエソコエビを求め,あちこち遠征をしてきました(和歌山愛知など).前回の伊勢湾遠征を「この夏最後」と考えていましたが,せっかくなのでここでもう一息と仕切り直し,未踏の地,山口へと足を伸ばしました.



サイト1


 崩れず,照り過ぎず.天候は申し分ありません.

 やばい.めっちゃ広い.

山口県某所.


 淡い色の,石英優占の粗砂がメインの砂浜です. 

 瀬戸内といえば,自然海岸を求めてさまよった岡山の調査が記憶に新しいところ.山口ではあっさりたどり着きました.岡山のロケハン難易度に比べてだいぶハードルが低いように思います.

 少し知多半島に似ていて,遠浅で海草が根付いた良さげな砂浜ですね.


 そんなに変わった生き物はいません.







 何かしらのヤドカリと何かしらのトウガタガイとカブトガニ…














 カブトガニ?!










 マジかよ.





 博物館の収蔵庫とかで見たことありますが,こうして野外で死骸を見つけたのは初めてです.ちっこい子供とかでも動揺は不可避なところ,いきなり大人でしかも2杯.こわすぎ.

 岡山遠征の折,「笠岡のカブトガニは天然記念物」という記憶が強く脳裏に刻まれており,非常にビビりました.でも,どうやら山口県下では天然記念物になってないらしく,ビビる必要はなかったようです.それにしても,この干潟のどこかに生きたカブトガニがいるとでも…? 


 とりあえずいつもの通り,汀線へと向かいます.


※カブトガニは地域によって天然記念物の指定を受けており,採集など「現状を変更する行為」には許可が必要です.また,長崎県のように,独自に条例を制定して捕獲を禁じている場合もあります.


これは何かしらの背骨.



 ひたすらに LNO を繰り出しますが


マルソコエビ(Urothoe).




クチバシソコエビ(Oedicerotidae).




ドロソコエビ(Grandidierella).





 掘るとオフェリアが多く,あとは何かしらのハゼとワタリガニ.たまにウミナナフシ,稀にクーマ.

 採れない.





 仕方がないので固着物に打撃を.

ユンボソコエビ属(Aoroides).


ドロクダムシ科(Corophiidae).


 驚きのヨコエビリティの低さ.


 砂の中のマルソコエビ密度はなかなかのものですが,磯的環境について特に見処はないようです.

 例のごとくタイムリミットが近づいてきたため潮上決戦に移行します.


 
ヒメハマトビムシの近似種(Platorchestia pacifica).


ニホンスナハマトビムシ(Sinorchstia nipponensis
第1尾肢の外肢に棘状剛毛があります.


 
 ヒゲナガハマトビムシみのある孔は見つかりませんでしたが,分布はしていてもおかしくない.課題とします.





 

サイト2


 未明.28時半.天気は雨.




山口県某所.


 夜に偵察したところパリピが活発に活動していましたが,さすがにこの時間,この空模様,誰もいません.

 打ち上げ物はかなり綺麗にされているようです.


 

 粗砂の浜が続き,リゾートみは感じますが,ヨコエビリティは感じられません.暗いせいもあってなかなか良いポイントがわかりません.

 浜の外れの雰囲気はやや磯っぽく,砂浜の凹凸にもヨコエビリティが感じられてきました.

 おもむろにLNOを繰り出すと


ヒサシソコエビ(Phoxocephalidae). 


 そっちか!


 潜砂性の優占種がヒサシソコエビに寄っているのは,和歌山に似ています.

 ならばもう一声,と周囲を探索したものの,上げ潮により敢えなく撤退.もっと早く始めるべきでした.



 さて,5時半を過ぎたあたりから,浜辺に人が集まりはじめました.
 近づくにつれ,釣り人であることと,ゴミ拾いをしている様子が見えました.



 釣り師のおじさんによると,ここらは6時から9時までの3時間だけ釣りが可能で,それにも幾つか条件があるそうです.
 その一つがゴミ拾いで,釣りが終わった時点で袋一杯にゴミを拾っていないと,ルール違反になるとのことです.ゴミの基準も「土に還らないもの」に限定しているとのこと.
 確かに,腐ったような打ち上げ海草/海藻は除去しているように見えましたが,良い感じにくたびれた植物体はわりと残されており,ニホンスナハマトビムシが見られました.汀線際の新鮮な打ち上げ物のまわりには,Platorchestiaと思われる微小なハマトビの子供たち.なかなか良い状態です.
 そして何より,この釣りルールを全面的に管理・運営しているのが市だというので,その実行力に驚きました.ぜひ全国で発展させてほしい.そして我々も参加できる枠組みになればいいな…


 「パアン」という花火が2回,浜に響くと,汀線に控えていた釣り人たちはめいめいに針を沈めていきました.


これはうまく撮れなかったゴンズイ玉.




 総括.

 ウシロマエソコエビを探る旅は,これにて一旦終わりです.2勝を収めましたが,いずれも細かく生息地を教えて頂いた場所で,自力のGoogleロケハンで突き止めた生息地は皆無です.

 敗因の1つは,アクセサビリティを重視しているため訪れる干潟が限られる点かと.生息情報があるエリアの中で,電車やバスで行きやすい場所を優先しているため,そこが必ずしも生息密度が高いとは限らない可能性.

 もう1つは採集方法の難点.約1mmメッシュの洗濯ネットを使っていますが,粒径が大きい場所ではヨコエビといっしょに砂粒が篩に残り,あまり意味をなしません.また,潮下帯で篩を使う場合,砂を採って持ち上げた時に逃げてしまう可能性がある.潮下帯へのアプローチが甘い中で,土地のヨコエビリティを受け止めきれているだろうか.あと,もしかすると網やバットを黒くすれば視認性が向上するのかもしれない.

 採集スタイルについては,まだ改善の余地があると思います.九州遠征を経て,改めてレンタカー採集の素晴らしさを認識しました.ホテルや宅配便センターとの連携により,大きな荷物を別送して採集に臨むこともできるはず.

 あとはロケハンの眼を養うため,失敗を重ねつつ,何度か同じ場所にアタックして知見を深めながら次の干潟へ行く,という心掛けも大切かもしれません.












2019年8月13日火曜日

東海サマー(8月度活動報告)


 ウシロマエソコエビを探して,近畿や東海を放浪しています.

 もう潮が引かなくなるので,夏の最後のチャンスを伊勢湾に賭けました.

 運命的な出会いがきっと待ってる・・・?



東海地方某所.


 事前に仕入れていた情報では,このへんで採れるとのこと.

 粒が粗い.


 クリークが校庭の砂利のような粗砂で満ちています.あまり見たことのない湿地です.




 岸から一定距離は砂利のような礫のような,潜砂性種狙いの身として扱いにくい底質が続いています.しかしヤドカリはいっぱい.



 ワンドを越えるごとに粒径が変わり,1mm 以下になるところもあります.なるほどこういう感じのフィールドなんだな…




 ワンドの間にはかなりの密度のアマモ場が.打ち上げ物を見ても海藻は少なく,バイオマスにおいてアマモがかなりの部分を占めているようです.

ドロソコ(Grandidierella).

 どこにでもいますね.

 二枚貝を採りに来ている人が多いようです.飽きるほどのマテと,マルスダレガイ科っぽい稚貝が見られました.
 チョロチョロと砂の上をハゼが滑り,スナモグリやワタリガニの子供,クーマ,オフェリア,チロリ,スピオ,スゴカイイソメ,ツバサゴカイなど,少し掘っただけでも砂の中のメンバーは厚いです.顔を出したスゴカイは初めて見た(さすがに撮影はできず).




 しかし,潜砂性ヨコエビは増えず.上げ潮に転じたためガサりに移ります.



ところどころ硬い石や人工物があり,アオサが付いています.



 

ヒゲナガヨコエビ(Ampithoe).




ポシェットトゲオヨコエビ(Eogammarus possjeticus).



メリタ(Melita)とイソヨコエビ(Elasmopus).




 ここまでの所要時間,およそ2時間半.驚くべき歩留まりの悪さ.

 日差しもきついので,潮上決戦で〆めます.


打ち上げられているのはほぼアマモ.  誰も掃除していない感じがGOOD.


 めっちゃおる.

 過去にないくらいのヒメハマ活性です.大人が多い.
 これ夜間に灯火を焚いたら楽しいやろなぁ.ついでにEHT法もぶちきまして…


 やはり海草の打ち上げが続いていることがハマトビリティには重要ということでしょうか.しかし,得られたのはPlatorchestia pacifica





 総括.

 事前情報を得ていながら,目的の成果を得ることができませんでした.伊勢湾はもう少し攻めたいところなので,この自然海岸のヨコエビリティをどうモノにするかが課題です.
 それにしても,ドロソコも,モズミんも,ポシェットタソも,P. pacifica も,本当にどこにでもいるのが驚きです.




 

2019年7月5日金曜日

ヨコエビ四番勝負 ~令和最初の夏も宝虫探し~(7月度活動報告)


 潮が良いので遠征してきました.

 今季は期限や目的のはっきりした採集が多く,自分のペースでフィールドのポテンシャルを測るような旅をあまりしていなかった気がします.S.A.M. project もほったらかしだし.

 件の記載論文もあとは図表に番号を振って関係方面に回すだけという段まで来たので,7月頭のこのビッグウェーブを逃すわけにはいかないと,新幹線に飛び乗りました.スマートEXまじで楽(それにしても全ての新幹線はつながっているのになぜIC乗車券に新幹線チケットを紐付けするシステムは東海道山陽と北陸上越は互換性がない…おや、誰か来たようd).



 S.A.M project とは,ヨコエビが人をかじることを確認する,極めてシンプルな企画です.
 とりあえず,できるだけ多くの人食いヨコエビを発見し,その傾向を知ることを目標としています.
 発端はオーストラリアでのこの事件です.ヨコエビが死肉を漁るのは常識といえるかもしれませんが,生きた人間をかじるという事象はあまり一般的ではないのが現状です.生きた人間がヨコエビに齧られるのかどうか.その知見が積み重なっていけば,今後無用な不安感を抱かなくても済むのではないでしょうか.余計に心配になったりして.



 さて,新幹線は思い出の岡山を過ぎて九州へ…


 しかし…


「木曜日まで豪雨」
「3日が特に激しい」
「九州は例年7月1ヶ月分の降水量が1日で降る可能性」
「気象庁が異例の会見」


 やめてよぉっ!



福岡激闘篇


 志賀島での S.A.M project の前に,九州北東部のヨコエビリティを探っておきたいと思います.

 山奥の採集であれば早期に中止を決めたでしょうが,今回の採集地は県のハザードマップでは大規模な土砂崩れの懸念箇所には含まれていなかったので,ひとまず予定通りに…



福岡県某所.


 意外と大丈夫じゃね?
 小雨がちらつく程度で時折晴れ間さえ見えます.

 ちなみに居酒屋のおばちゃんによると,ここ何日も「明日はヤバい」と予報されつつ,
ずっとこんな感じとのこと.むしろ水不足が心配らしい.ホンマかいな.




 干潟の端に電波塔が聳えています.これで分かる人は分かるかもしれません.

 アオサしかない絶望感もさることながら,干潟を埋め尽くすあまり細くないホソウミニナとヤドカリの物量.


 ヨシ原と連続していることもあってかやや泥っぽくもろもろとした砂泥の底質は悪くありませんが,少し掘るとすぐにその黒い本性を顕す潮通しの悪さと,LNO(ランドリーネットオペレーション=洗濯ネット作戦)を阻む粒径の大きさ.

 苦戦の予感.




 さっぱり採れん.

 三番瀬と谷津干潟を足して2で割った感じと言えば,千葉県のヨコエビ事情に通じている方ならばピンとくるでしょうか.アオサにはシミズメリタ,杭にはアリアケドロクダというメンバーの単調さ.モズミヨコエビもいますがかなり少ない.


モズミヨコエビ(Ampithoe valida).


メリタ属の一種(Melita ).
シミズメリタかもしれない.


ドロクダムシ科の一種(Corophiidae).
ちょっと見たことのないスレンダーなドロクダムシですね・・・
第2触角に見たことのない突起があります・・・


 ベントス相は,汀線上にコメツキ,汀線下にタマシキ,マメコブシ,ガザミ,タイワンガザミ,アサリと,ほぼ三番瀬です.アラムシロっぽい巻き貝とオキシジミっぽい二枚貝とマハゼっぽい魚もいました.違うところといえば,主張してくるフグでしょうか.


ガザミ先輩こわすぎ.


 仕方がないので,潮上決戦へ移行します.
 
 翻って,ハマトビリティは凄まじいものがあります.

 小雨パラつくコンディションが良かったのでしょう.米粒とか稗粒サイズのハマトビムシがそこらじゅうをぴょこぴょこしてます.

 このような場面にも遭遇.


この画像,ずっと自前でほしかったんだよねぇ.


 ハマトビムシを観察していると…


(チクッ)


 チクッ?!


 見ると,なんとハマトビムシがアラサーサラリーマンの汚い足を齧っているではないですか!



 ハマトビムシが人を刺すという話は以前からネットで見かけましたが,どうやらスナホリムシなどと区別がつきにくいようで,誰が犯人なのか決定的な証拠に欠けていました.新潟で土左衛門にハマトビムシがたくさん付いていたとの検死結果がありますが(小関・山内 1964),遺体の損壊には寄与していないとされています.
 オーストラリアではスナホリムシが(嘘か真か)博物館の理事長の息子さんのポークビッツを噛んだ事例(※1)がありますが,種の同定が信頼できる事例は非常に乏しかったわけです.

 しかし同時に,ハマトビムシが人を刺さない証を立てるのは「悪魔の証明」の部類です.一件でも明確にハマトビムシであることが分かればこの問題は解決できると思っていたところ,思いがけずハマトビムシに噛まれても痛いことがわかったのです!
 

 齧っているのは1個体ではないようです.指の腹を齧られても何も感じませんが,指の上や足の甲にとりついた個体は確かに口元を押し付けて齧る仕草をしています.そして明らかな痛み.

 齧っていたのは未成熟オスあるいはメスのようです.その個体そのものは確保できませんでしたが,周辺でピョコピョコしている個体の中から同定が可能なサイズのものを採取してみます.

ヒメハマトビムシの近似種(Platorchestia pacifica).



 結果:勝ち(豊かなヨコエビリティに触れることはできなかったものの新知見を得た).




志賀島再戦(リベンジマッチ)篇



 戻ってきたぜ志賀島!

 今年は2ヶ所のサイトを設定しました.



 サイト1.


 恐らく,この沖で件の事故(※2)があったものと思われます.事件発生箇所に近ければタカラムシが採れるはずですが果たして…



 サイト2.


 昨年,○○な○○を採取してしまった場所ですね.記載準備の準備中です…



 サイト2の地形やヨコエビリティは見当がついているので,最干潮の前にサイト1を見てみます.
 


 要するに,ビキニのチャンネーやらが肌を焼いているようなビーチです.ビキニも観察したいところですが,こちらはあまり潮の影響を受けないため,まずヨコエビを探ります.

 


 銚子の先っぽで見たことあるような,良さげな岩場がありますね.モクとミルを主体として,アオサや短い紅藻,場所によりサンゴ藻がこんもり生えています.ウニの密度もそれなりに.

 おもむろにガサると



ドロノミ(Podocerus ).



ソコエビ(Gammaropsis).


 
ニセヒゲナガヨコエビ(Sunamphithoe ).



ミノガサヨコエビ(Phliantidae).


イソヨコエビ(Elasmopus).


チビヨコエビ(Amphilochidae).


ホヤノカンノン(Polycheria).
これは自己初.
各胸脚の指節が付着に特化している.



 もうこんなもんでいいや(疲労).

 これ以上潮が引いても地形に変化はないようです.最干潮にあわせて場所を変えます.




 サイト2.なつかしい.


 相変わらず海藻の打ち寄せがすごい.

 昨年は血眼で Orchomenella を探した末にヤバいものを拾ってしまいました.今回は Orchomenella Eohaustorius とついでに例のヤバいものも探してみましたが,潜砂性種は全くヒットせず.粒径の問題で LNO が機能しないという難しさが浮き彫りに.



 仕方がないので潮上決戦に持ち込み,フィニッシュとしました.採れたのはPlatorchestia pacifica でした.






 さて,今回はタカラムシに会うため,サイト1に鶏肉入りの洗濯ネットを仕掛けていたのですが…



 ダメでした…


装置の設計や設置時間に問題がある気がするので,
玄界灘に沈む夕日にリベンジを誓い,
島を後にしました.



 結果:負け(岩礁のヨコエビリティを発見したものの目的にかすりもせず)

 

ベイトトラップでなぜか Jassa がよく採れる.スカベンジャーなのかお主ら(たぶん付着基質として利用しただけ).






愛知死闘篇



 東海地方へ移動します.連戦によりぎょさん装備の足はもう限界です.

「九州南部に大雨を降らせた雨雲は東へ移動」
「東海から関東は夜にかけて雨」

 やめてよぉぉっっっ!!


 伊勢湾を挟んだ三重県と,いちおう伊豆は参戦したことがあるものの,愛知のヨコエビリティは未経験です.今回は愛知のヨコエビリティを知り,愛を知り,できれば最近集め始めた Eohaustorius を採ることを目的としています.

 愛知に Eohaustorius がいることがわかっているものの,電車で行くことを考慮して新たな干潟を探すことに.


 Googleマップでは,海苔網がかなり岸の近くまで張られているのがわかりました.李下の冠,怪しい行動は慎んで慎重な採集が求められます.

 
 しかし,串カツの美味さに我を忘れ,結局どこにも連絡しないまま現場へ.




 ロープとかは張ってないのね?

 富津を思わせる密漁絶許標示と茶色がかった砂底,繁茂したアマモ.東京湾が失ったものがここにあるようです.

 やたら転がっているワタリガニの脱皮殼.時々生体.


ハサミないけど大丈夫?


これは図鑑でしか見たことがないけど
ジャノメガザミというやつか…

 潮間帯上部はアマモやコアマモの群落が占めており,その隙間の砂地にはアオサがぽつぽつと.目につくのはタマシキとアラムシロとヤドカリ.

 潮間帯を上から下に移動し,汀線に沿っても歩いてみましたが,砂の状態は非常に均質でした.河川由来の堆積物も今回見た限りでは溜まっておらず,還元化しているところもありません.リップルマークのあるところとないところがありますが,概ね地形による感じです.表層2㎝ほどはややモロモロとした感じのする褐色,その下は東京湾奥に似た黒色の海砂です.1mmの洗濯ネットでふるうと黒い粒はすっかり抜けてしまい,少しだけ透明な粒が残るのが印象的です.



 そこへ近寄ってくる人影.優しそうなおばちゃんが声をかけてきました.

 どうやら密漁監視の方のようで,タダ乗り潮干狩り客と思われたようです.干潟でアサリなんか採れてもいつもそのへんに投げてるヨコエビおじさんとしては,身に覚えのないことです.スコップ持って干潟に立ってる時点で怪しすぎますが

 ヨコエビを採っていることを伝えようとしましたが…せや…わてまだヨコエビ採れてへんかったわ…

 おっ,コアマモの間で枯草のフリしとるんはヒメイカはん…見てくださいこのイカが食べてるのがヨコエ…


エビジャコやんけ.


 現地にヨコエビに対応する言葉がないかと色々と探ってみましたが,やべー奴というのは伝わったらしく,逆に励まされて放免となりました…


 アカン…このままやとウシロマエソコエビを採る前にワイがパクられてまう…潔白を証明するためにまず何でもいいから「見せヨコエビ」を採らないと… 蛍光グリーンの活きのいいモズミヨコエビが欲しいところです.2㎝くらいの.


 それからアマモやコアマモをガサってみたものの,大量の微小巻貝とたまにヘラムシが落ちるだけで,一向にヨコエビが出ません.
 砂地からも何も採れません.


 もしかして,ヨコエビが存在しない世界線に来てしまったのでは?


 そんなことを考えつつ,汀線付近で波に洗われていたロープに付いたアオサをガサってみると





見せヨコエビGET!

ヒゲナガヨコエビ属の一種(Ampithoe cf. tarasovi).



 こんなに立派なヒゲナガを採ったのは久々です.

 がっちりした体形や体格を見ると,かなりニッポンモバヨコエビに見えます.一応第5底節板の下縁に短い剛毛があります.第1触角の特徴などから総合的に判断しました.


アゴナガヨコエビ(Pontogeneia).

チビヨコエビ科(Amphilochidae)のなにか.


タテソコエビ科(Stenothoidae)のなにか.

 しかし,それから砂を掘れども出てくるのはオフェリアとチロリとハマグリ(チョウセン?).ハマグリを遠投するたびHPが減少し,チロリをオルタナティヴする元気もありません.

 そこへまた地元の方が,貝を採っているのか聞いてきたではありませんか!見せヨコエビの出番!ヨコエビを採っていることを説明すべく懐からヨコエビセットを取り出そうとしていると「貝じゃないならいいです」と足早に去っていくではないですか!ちょっと!見てよ!かわいいモズミん見てよ!!ねぇ!!



 そうこうしているうちに潮は満ち始め,電車の時間もあるので,諦めて潮上決戦に移行します.

 海草場が豊かなので打ち寄せ物もアマモが多いようです.おや,まだ生きているワレカラが…


 どうやら,ここのハマトビムシは1種ではないようです.


ヒメハマトビムシの近似種(Platorchestia pacifica).



スナハマトビムシ(Sinorchstia sp.). 
あっ,やべぇこんな掌縁をした咬脚の種は見たことがねぇ.
やべぇ・・・
(ニホンスナハマトビムシでもタイリクスナハマトビムシでもないです).



結果:逆転勝ち(完全ボウズではないが,圧倒的ヨコエビリティ不足はロケハン技術不足.最後にヤバいのを引いたので加点.).





愛知突撃篇



 愛知の恐ろしさを知ったヨコエビおじさんは,例のごとく地元の有識者に助言を頼み,改めて採集地を見直すことにしました.ここから本気で Eohaustorius を求めます.



 かなりの密度でナミノリケナシザルが生息しています.群れを避けて,教えてもらったポイントへ向かいます.

 やはり密漁絶許看板が立っているので浜に下りてよいか近くの方に声をかけたところ,問題ないとのこと.スナホリケナシザルに優しいのは嬉しい.



 色が少し山砂っぽいものの,細かくさらっとした砂質が良い感じです.
 1mm メッシュの通りがとても良く,かといって腐った泥もなく,堤防に囲われかなり人工的な雰囲気が漂う環境ながら,自然海岸的な健全さを感じます.汀線付近にはうんざりするほどアオサが溜まっていますが,潮通しが極めて良好で,留まることなく移動しているようです.アオサだまりからやや下がるとアマモ場が広がっていて,その間にワタリガニやらタコやらが潜んでいるようです.


超 怖くね?

アミメキンセンガニというやつだろうか.


 あとは,夥しい稚魚,稚ガニ,貝形虫が印象的です.




ドロソコ(Grandidierella).
なぜか小さい個体しか採れない.




ウシロマエソコエビ(Eohaustorius).

 やったぜ.


 しかし,よく採れる場所を探し当てるまでにかなりの時間を使ってしまいました.それに小さいものばかり.
 Eohaustorius は,冬季のみ大型個体でしのぎ夏季に短いスパンで小型個体が出現するナミノリソコエビと異なり,通年で大型個体がいるはず.
 なお,持ち帰って形態を確認したところ,たいへんまずいことが発覚しました.これはまたいつの日か・・・

 

 硬い基質も見てみましょう.
 岩場の海藻をガサるとモクズとかいろいろ.少し小さめ.半ば干上がった岩の上まで歩いていて根性を感じました.

ヒゲナガヨコエビ(Ampithoe).



 そろそろタイムリミット.
 ナミノリケナシザルをかわしながらすでにハマトビリティの高さは感じていました.


プラゴミ少なくアマモがこんなに.
この海岸管理は全国のサーフスポットが真似してほしい.




 潮上決戦は残った時間でサクッとをキメたいところ.


スナハマトビムシ(Sinorchstia).

 あれ?ヒメハマは?

 ナミノリケナシザルの生息域では普通にヒメハマがいた気がします.確保しておくべきでした.これはまた後日かな…


 
 結果:辛勝(目的外のヤバいのを引いてしまった).






 総括.
 ”見せヨコエビ”以外は悉く狙いを外れ,実力不足を思い知らされました.愛知二日目は一応属レベルで目的を果たせたものの,欲しかったのは既知種の複数ポイントのサンプルであったため,今後の研究に対しては厳しい展開となりました.これは仕方ないけどね~
 とりあえず藻があればよい磯と比べて,干潟の潜砂性ヨコエビの生息密度は細かい底質状況に左右され,現場でもしばらく流してみないと狙ったヨコエビを得るのは難しいです.ヨコエビの情報がなくとも,既存の報告書などから現場の雰囲気を察知してヨコエビリティを推し量ることができればよいのですが…

 あとは,ターゲットとなる潜砂性ヨコエビの生態特性と,ヨコエビおじさんの採集スタイルとの乖離です.
 電車で移動して岸から歩いてエントリーする都合上,胴長と洗濯ネットが関の山です.盤州干潟でも潜砂ヨコエビはかなり潮下帯での活性が高かったので,メインハビタットに至らず,採集効率が悪い可能性があります.





※1:アンドリュー・ホジー氏(西オーストラリア博物館)の証言.
”このニュース記事を見てすぐ,私は博物館のコレクションにあるPseudolana concinna(スナホリムシ科)の標本のことを思い出した.
 これは1959年の夏にパース海岸にほど近いロットネスト島(西オーストラリア)で採集されたものだ古い登記書類にはこのような備考がある ”水辺に座っていた小さな子供のペニスに取り付いて食らいついてた;非常に出血していた”確証はないがその小さな子供は当時の西オーストラリア博物館理事長の息子だったと考えられる


※2:永田ほか (1967) の事例.
  投錨して操業していた小型漁船が鉄船にぶつけられ,漁師の男性が変わり果てた姿で発見された事件.ヨコエビによる蚕食事例として著名.


(参考文献)
— 小関恒雄・山内峻呉 1964. 水中死体の水生動物による死後損傷. 日本法医学雑誌, 18 (1): 12–20.
永田武明・福元孝三郎・小嶋亨 1967. フトヒゲソコエビ及びウミホタルによる水中死体損壊例. 日本法医学雑誌, 21(5): 524–530.

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補遺 (15-VIII-2024)
・一部書式設定変更。