日本の沿岸や河川によく出没する「メリタヨコエビ類」や「スンナリヨコエビ類」は、「ハッジヨコエビ上科」に含まれます。しかし、「ハッジヨコエビ」といわれてもピンとこない方が多いのではないでしょうか。
これが「メリタヨコエビ科」だ! |
そもそも「ハッジヨコエビ」は Hadzia属 およびそれを担名属とする Hadziidae科 に出自をもつ和名ですが、この科は現在日本から Dulzura projecta の1種しか知られておらず、知名度は極めて低いです。ピンとこないのも当然です。
「ハッジヨコエビ上科」は 8科129属約800種 を含みますが、1977年に設立された比較的新しい分類単位です。
かつてこの群はほとんどが「ヨコエビ科」に内包されていましたが、当時の古き良きヨコエビ科はあまりに巨大で取り扱いに難があり、様々な研究者によって整理が試みられていました。そんな中、1973年に12属ほど(Melita,Maera,Elasmopus,Metaniphargus,Casco,Weckelia,Parawickelia,Alloweckelia,Quadrivisio,Paramelita,Ceradocus,Maerella など)が「メリタヨコエビ科」として独立しました (Bousfield 1973)。そこから段階的に科や属が追加され、一部は他のグループへ移ったりしながら、現在の姿に至りました。
そして、形態形質を用いて上位分類を整備した Lowry and Myers (2013) において、ハッジヨコエビ類はヨコエビ類とは完全に袂を分かち、独立したハッジヨコエビ下目となりました。この論文の流れをくむ分類体系は諸々の問題を抱えているものの、ヨコエビ科に間借りしていた頃とは隔世の感があります。さらに、分子系統学的な研究ではハッジヨコエビ類は複雑な多系統を示し、トゲヨコエビ科を内包する可能性すら指摘されています (Copilaş-Ciocianua et al. 2019) 。なかなかに噛み応えのある領域といえるでしょう。
今回は、ハッジヨコエビ上科の代表格であるメリタヨコエビ科 Melitidae について扱うことにします。ちなみに、昨年記載されて話題になった チンボクヨコエビ属 Bathyceradocus は、スンナリヨコエビ科 Maeridae となります。別の機会にご紹介します。
こちらが現状のメリタヨコエビ科です。26属約180種のまあまあ大きな科です。なお、化石のみが知られる Alsacomelita属 は除いています。
属および種の構成はWoRMS(2021年2月閲覧)によった。 属の識別に使用される形質と生態学的な特性をマトリクスに集約している。 ただし、同定形質の選別・開発は行っておらず、 この表からすべての属が同定できるわけではない。 |
ちっちゃい眼がかわいいですね。 |
前述の通り、過去のメリタヨコエビ科には現在のスンナリヨコエビ科やセンドウヨコエビ科など、かなり多様な属が含まれていました。これらの関係性は、「maera-group」や「melita-group」といったように、ハッジヨコエビ上科の中で近縁の科をまとめる枠組みとして使われることがあります (Lowry and Springthorpe 2009)。
メリタヨコエビ類において属の識別に利用される主な形質。 |
Bousfield (1977) では、当時のメリタヨコエビ科を尾肢の形状により2つの亜科(相当のグループ)に分けることが提唱されていました。すなわち、ホンスンナリヨコエビ属 Maera に代表される「内葉と外葉が同大」となる 22属 と、メリタヨコエビ属 Melita に代表される「内葉が外葉と比較して著しく縮退し鱗状」となる 9属 です。
この方向性は今日でも概ね支持されていますが、2つのグループをまたぐ科も存在します。例えば、Cottarellia属 とParapherusa属 は現在 メリタヨコエビ科 のメンバーですが、第3尾肢内外葉のサイズが同大です。というわけで、あまり深堀りしないことにします。
属の一覧を見ると、全体的に海産種が多く、一部が汽水や淡水に進出しているのがわかります。生息環境は多様で、浅海域の砂泥底あるいは磯的環境から深海まで、そして陸では河川からアンキアラインなどの地下水系までみられます。その食性も幅広く、特に触角に剛毛を発達させているような種は浮遊あるいは堆積している有機懸濁物を食しているようです (Simpson et al. 2005)。また、同定の信憑性は担保できないのですがヤシャヒメヨコエビ属が他の甲殻類を捕食している画像なんかもネットに転がっており、一部の種は捕食性を示す可能性もありそうです。
メリタヨコエビ科を他のグループから識別する特徴として、前述の第3尾肢の形質のほかに、下唇内葉が肉質肥厚し目立つことと、交尾前ガードの際にオスが第1咬脚で保持するための切れ込みがメスの第5底節板に見られる、などが挙げられます。
本邦からはだいたい 5属18種 のメリタヨコエビ科が知られていますが、未記載種は膨大と思われます。
ヤシャヒメヨコエビ属 Abludomelita Karaman, 1981
- チョビヒゲメリタヨコエビ Abludomelita denticulata (Nagata, 1965) / 渤海、黄海;日本(水深8~21.5m 砂底)
- ニッポンメリタヨコエビ Abludomelita japonica (Nagata, 1965) / 瀬戸内(水深2.5~3.0 m)
- テブクロメリタヨコエビ Abludomelita unamoena (Hirayama, 1987) / 九州
ウチデノコヅチ属 Dulichiella Stout, 1912
- Dulichiella takedai Tomikawa & Komatsu, 2012 / 小笠原
- Dulichiella tomioka Lowry & Springthorpe 2007 / 九州(沿岸 砂・貝殻底)植食性
メリタヨコエビ属 Melita Leach, 1814
- ビンゴメリタヨコエビ Melita bingoensis Yamato, 1987 / 瀬戸内
- チョウシガワメリタヨコエビ Melita choshigawaensis Tomikawa, Hirashima, Hirai & Uchiyama, 2018 / 三重県銚子川(河口)
- ホシノメリタヨコエビ Melita hoshinoi Yamato, 1990 / 南海;瀬戸内(水深59m 細砂底)
- カギメリタヨコエビ Melita koreana Stephensen, 1944 / 黄海、渤海、香港(サンゴ礁石の下);瀬戸内
- ナガタメリタヨコエビ Melita nagatai Yamato, 1987 / 九州ほか
- ケナガメリタヨコエビ Melita pilopropoda Hirayama, 1987 / 有明海
- ヨツハメリタヨコエビ Melita quadridentata Yamato, 1990 / 瀬戸内
- フトメリタヨコエビ Melita rylovae Bulycheva, 1955 / 黄海、渤海;北海道、東京湾、九州ほか(海藻、磯 潮間帯)
- ヒゲツノメリタヨコエビ Melita setiflagella Yamato, 1988 / 南海;瀬戸内ほか(河口 潮間帯、砂底)
- シミズメリタヨコエビ Melita shimizui (Uéno, 1940) / 沿海州;日本各地(汽水、砂泥底)
- ヒメメリタヨコエビ Melita tuberculata Nagata, 1965 / 黄海、渤海;日本(サンゴ礁石の下)
Quasimelita属 Jarrett & Bousfield, 1996
- ホソメリタヨコエビ Quasimelita sexstachya (Gamo, 1977) / 相模湾
Tegano属 Barnard & Karaman, 1982
- シオダマリメリタヨコエビ Tegano shiodamari (Yamato, 1995) / 紀伊半島(水深1m)
三重県の銚子川で発見された「チョウシガワメリタヨコエビ」はNスぺの特集でお茶の間に届けられ、たいへん話題になりました(NHKスペシャル取材班ほか 2019)。
シミズメリタヨコエビは本邦各地の潮間帯や汽水域で得られていますが、サハリンから亜種が報告されていたり (Labay 2016)、国内でも地域により微妙に個体差が報告されていて (Yamato 1988)、危険な香りがします。本種はそもそも関東州(大連)の地下水から発見され、当初は マミズヨコエビ属 Crangonyx として記載された経緯をもちますが(上野 1940)、これも現在認識されている生態とのギャップを感じざるを得ません。ごっそり隠蔽種があるか、あるいは非常に適応度の高い種なのか、詳細な検討が必要だと思います。
今年は、ウチデノコヅチ属の一種が時速約78kmで咬脚を閉じることができるという短報 (Longo et al. 2021) が発表され、これを紹介した記事が拡散されました。ウチデノコヅチに限らずハッジヨコエビ上科にはアシンメトリの咬脚をもつ種が散見され、特殊な機能を具えている可能性があります。
なお、本邦既知属は以下の4つの形質を確認すれば識別可能です。
大顎髭節数;第5~7胸脚基節の幅;腹節背面の棘;第3尾肢副肢 |
同定形質の属内での多型や、サブグループの線引きの難しさなど、ちょっとめんどくさいグループではありますが、未記載の種や属がボロボロと出てくる領域であり、死蔵されている標本も相当な数に上ると思われます。個人的には、日本各地で採れているもののまだ誰も名前をつけようとしない、ヨコエビ業界で通称「パンダメリタ」と呼ばれている白黒のメリタヨコエビが気になっています。
<参考文献>
— Barnard, J. L. 1977. The cavernicolous fauna of Hawaiian lava tubes 9. Amphipoda (Crustacea) from brackish lava ponds on Hawaii and Maui. Pacific Insects, 17(2–3): 267–299; 16 figs.
— Barnard, J. L.; Barnard, C. M. 1983. Freshwater Amphipoda of the World, I. Evolutionary patterns and II. Handbook and bibliography. Hayfield Associates, Mt. Vernon, Virginia. xix + 830 pp.;50 figs.
— Bousfield, E. L. 1973. Shallow-Water Gammaridean Amphipoda of New England. Cornell University Press; Ithaca & London, 312 pp.
— Bousfield, E. L. 1977. A revised classification and phylogeny of amphipod crustaceans. Transactions of the Royal Society of Canada, 16, ser. 4: 343–390, fig. 5.
— Cadien, B. D. 2007. Hadzioidea of the NEP (Equator to Aleutians, intertidal to abyss).
— Ruffo, S. 1979. Studi sui Crostacei anfipodi. 90. Descrizione di due nuovi anfipodi anoftalmi dell'Iran e del Madagascar (Phreatomelita paceae n.gen. n.sp., Dussartiella madegassa n.gen. n.sp.). Bolletino del Museo Civico di Storia Naturale di Verona, 6: 419–440.
— Stock, J. H. 1977. The taxonomy and zoogeography of the Hadziid Amphipoda, with emphasis on the West Indian taxa. Studies on the Fauna of Curaçao and other Caribbean Islands, 55(177): 1–130.
— Stock J. H. 1988. Two new Stygobiont Amphipoda (Crustacea) from Polynesia. Stygologia, 4(1): 79–100.
— 上野益三 1940. 滿洲產陸水端脚類. In: 川村多実二(編)關東州及滿洲國陸水生物調査書.311–322.
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